渋谷としまむら   作:Luigi Bloom

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やっとガッツリうづりんです。
この二人最高かよって思います。


渋谷としまむらと花火

「……うん、なんとかなると思います。いいえ、珍しい凛ちゃんのお願いですから、なんとかしてみせます♪」

「わかりました。もちろん私も全力を尽くします。ただし、しばらくは渋谷さんにも多少無理をさせてしまうかもしれませんが……」

「うん、それはもちろんわかってる。無理を言ってごめんね、ちひろさん、プロデューサー」

「いえいえ、私たちは大丈夫ですから、頑張ってお休みにして楽しんできてくださいね!」

「では、渋谷さん。状況が確定し次第、こちらからまたお伝えします」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 事務所のホワイトボードと手帳のスケジュール帳を見て、思わずため息が出てしまいます。

 私のスケジュールと凛ちゃんのスケジュール、照らしあわせて一緒にお休みの日が一日もありません。……ゆっくりお話したいなぁ。

「あらいけませんよ、卯月ちゃん。ため息は幸せが逃げちゃうんですっ」

「あ、ナナちゃんおはようございますっ」

 声に振り返ると、紅茶の入ったティーカップを二つ持った安部菜々ちゃんがいました。

「おはようございます♪ このまま幸せが逃げちゃったらいけませんから、もう一度集めて、飲み込んじゃいましょう?」

 空中でティースプーンをかき混ぜる仕草をして、そのスプーンでカップをかき混ぜます。私が吐き出してしまった幸せを集めて、お茶に入れてくれたんだと思います。ナナちゃんらしい素敵な考え方に、ちょっと元気をもらっちゃいました。

「はいっ、ナナの幸せブレンドですっ!その辺を飛んでたのも一緒に入ってるので、幸せ倍増ですよ♪」

「えへへ……ありがとうございます!」

 ナナちゃんのとっても素敵なお茶をいただきます。なんだかいつもよりいい香りが強くなっている気がして、ミルクを入れるのがもったいないなぁ。

「さて、なにかあったんですか?ナナでよければお話聞きますよ。これでも、ウサミン星ではたくさんのウサミン星人の悩みを解決してきたんです!」

 時々ナナちゃんは私と同い年とは思えないぐらい、頼りがいのあるお姉さんに感じてしまいます。なんだか甘えたくなってしまうような、お姉さんみたいな。つい、良くないと思っていた気持ちが溢れてきます。

「……私、わかってるんです。凛ちゃんが忙しいことは、本当なら嬉しい事だって……」

 なんの話か、それもろくに言わずに突然切り出してしまう私だけど、ナナちゃんは何も言いません。でもじっと目を見て、少しだけ頷いて、聞いてくれている事はちゃんとわかりました。

「凛ちゃんだけじゃないです。私にもたくさんお仕事が増えて、それは良いことなはずなのに……我慢しなきゃって思ってるのに……っ」

「……卯月ちゃんは、アイドルですよね?」

「……はい、そうです」

 突然の質問にどう答えたらいいのか迷ってしまったけど、そうです。

 私はアイドルです。なら、やっぱり我慢をしなきゃ……寂しいだなんて、子供みたいなわがままを言ってはいられません。自然と手に力が入って、気付けば膝の上で握りこぶしを作っていました。

「でも」

 答えを急ごうとする私を見つめて、ナナちゃんが微笑みます。

「卯月ちゃんは『卯月ちゃん』でもあるんです」

 ……私は、私? 当たり前のようで、何か意味があるのでしょうか……?

「アイドルの島村卯月ちゃんが頑張ってるのは、ナナだけじゃなくってみんな知ってます。でも、卯月ちゃんはアイドルである前に『卯月ちゃん』っていう一人の女の子だと思うんです」

 指が白くなるまで握られた私の手に、やわらかい手が添えられます。さっきまでカップを持っていたナナちゃんの手はあったかくて。

「無理をしてつらい思いをして、それで卯月ちゃんの笑顔が無くなっちゃったら、ファンのみなさんも悲しんじゃいますよ?」

 お茶請けのチョコレートの包装を剥がしながら、ナナちゃんは続けます。

「卯月ちゃんが何を我慢しているのか、それはナナにはわからないですけど……たまには我慢しない時があったっていいんですよ!もちろん、誰かに迷惑をかけちゃわない程度に、ですけどね?」

 そう言ってナナちゃんは包装をすべて剥がしたアーモンドチョコレートを口に入れました。「んん~っ♪」なんて、とっても幸せそうです。

 ナナちゃんの言いたいことが私の中に染みこんできて、心が軽くなっていく感覚がします。そっか、私はただ闇雲に『頑張ろう』とし過ぎていたのかもしれません。

「……だけど少しは我慢もしないと、ナナは最近お腹周りが……それに足腰や体力も……ううう」

 自分で何かの地雷を自分で踏み抜いちゃったみたいです。でも泣き真似を見ると、きっと私を元気づけようとしてくれてるのかな。

「と、とにかく! ナナだけじゃなくって事務所には仲間がいっぱいいるんですから、たまには我慢ばっかりじゃなくてもいいんじゃないかなって思います!」

「えへへ、ありがとうございますっ!ナナちゃんは本当にお姉ちゃんみたいですねっ」

「おねっ……!?な、ナナは同い年ですよぅ!」

 

 

 いつも夜になると、少しだけ空いた時間に凛ちゃんと電話をします。今日あったこととか、明日はどんなお仕事か、なんて他愛もないお話です。私はこの時間がとっても大好きです。

 ついついお喋りし過ぎちゃう私の声に、『うん』って優しく相槌を打ってくれる凛ちゃんが好きです。今日頑張ったことを教えてくれて、頑張ったねって言ってあげると、すごく嬉しそうにする凛ちゃんが好きです。

 今日はわがまま、言ってもいいかな?凛ちゃんの迷惑にならないかな?

 いつもよりもちょっとだけ緊張しながら、電話をかけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お、終わった……!

 本来なら土曜日にあるはずだった予定を、私のわがままでどうにかしてもらって当日までに消化できた。

 正直、それまでの二週間ぐらいのスケジュールはだいぶタイトになってしまっていて、それでも土曜日を空けられるのか微妙なところだったんだけど……状況が確定するまでは卯月に言うこともできないし、詰め込んだおかげで会うどころか夜の電話さえあまりできなかった。もう卯月成分が不足しすぎて身体中が乾いてる気がする。早く声が聞きたい。

 

 そう思った瞬間に、スマホが卯月からの着信を表示する。

 嬉しいのと驚きと、とにかく変に焦ってしまってスマホを取り落としそうになりながら受話ボタンをタップした。

『凛ちゃん、お疲れさまです! 今大丈夫ですか?』

 ああ、この声だ。

「うん、大丈夫だよ。ちょうど卯月の声が聞きたかったところ」

『えへへ、嬉しいですっ!私も凛ちゃんの声が聞きたくって……』

 一応電話できる日は毎日声を聞いていたはずなのに、久し振りに声を聞いたような気がしてしまう。それだけ毎日必死だったってことなんだろうけど、卯月と一緒にいるために卯月との時間を無駄にしてしまうのは、本末転倒だったと今になって気付いた。

『あのっ!』

「あのさ、」

 タイミングよく声がかぶってしまう。卯月とだったらそんなことでさえ楽しく感じてしまうんだから、我ながら単純なものだと思う。

「いいよ、卯月。なに?」

『あ、凛ちゃんどうぞ』

 言葉の続きをゆずるタイミングすらかぶって、気が合うというか、むず痒い気持ちになってしまう。

「今日は時間あるしいっぱい話せるから、卯月からどうぞ」

『そうなんですか?えへへ……』

「ん?どしたの?」

『いっぱい話せるの、嬉しいですっ! 最近忙しいのはわかってるんですけど、今日はいっぱいお喋りしないなって思ってたんです』

「最近忙しかったからね……ごめん」

「なんで凛ちゃんが謝るんですか?」

 そっか、やっぱり卯月も寂しいって思ってくれてたんだ。そう思ってくれることが嬉しいけど、申し訳ない気持ちにもなる。でも、それも今日までだからね。

「最近忙しかったの、ちょっと理由があったんだ」

『理由、ですか?』

 なんだろう、花火見に行こうって誘うだけなのに、妙に緊張してしまう。

「ら、今週の土曜日なんだけど……花火見に行かない?」

『土曜日……明後日ですか?私は行きたいですけど、凛ちゃんその日スケジュール……』

 そう、そのために。

「空けたよ。ちょっとちひろさんとプロデューサーに助けてもらって、スケジュール変更してもらったの」

『ということはお休みになったんですね!?えへへっ、これで一緒に花火見られますね!』

 よかった……断られでもしたら数ヶ月は立ち直れないところだった。私が確実に休みになるかわからない以上、あらかじめ誘っておくこともできなかったし。

 

 そのあと、いつもより声のトーンが高くて上機嫌な卯月と私は学校であったこと、仕事のこと、花火のこと……話すことは尽きなくて、気付けばシンデレラの魔法が解けてしまう時間まで喋っていた。

 翌日気付いたことだけど、睡眠をとるよりも卯月と喋った方が身体が元気な気がした。

 

 

 

 

 さて、ハナコと鏡の前に立つ。

「どうかな?おかしくないかな?」

 ハナコに聞いてみるとわん、と頷く。この子は親バカとかじゃなくて、本当に私の言ってることがわかってるような気がする時がある。

 今日は待ちに待って待ちかねた土曜日。

 散々悩んだ服装は、いつもと同じにすることにした。きっと卯月は浴衣で来るだろうし、そうなったら転んだりしそうないざって時には私が動きやすい服じゃないとね。

 ちなみにみくと李衣菜にも相談してみたんだけど。

 

『凛チャン、いっつも同じ服ばっかりなのは許されないにゃ!いくら似合ってるからって、何度も同じ服じゃ絶対ダメだからね!』

『みく……似合ってるって思ってくれてたの?』

『さ、最初から似合ってないとは言ってないにゃ』

『えへへ!嬉しいなぁ!』

『でもみくは怒ってるにゃ。だって李衣菜チャンいっつも同じ服でしょ!』

『だって可愛いって思ってほしいけど、何着ればいいかわかんなくて……結局いつもと同じに……』

『みくはどんな李衣菜チャンだって可愛いと思ってるにゃ。でも、いろんな李衣菜チャンが見たいって思うのもみくの気持ちなの!』

『みく……私がんばるよ!』

『うん、その意気にゃ!じゃあ明日は一緒にお洋服見に行こうね♪』

 いつもの解散芸はどうしたの!?私をダシに普通にイチャつかれたんだけど!

 

 ……と途中から存在を無視されてたので、今回は参考にならなかった。

 そんな二人のやり取りを思い出して軽くイラッとしながらも、ノースリーブのブラウスに袖を通す。今回は暑さに負けないシンプルな白いブラウスに、ブルージーンズだ。ちなみにこれは杏の発案で、迂闊にもきらりに相談してしまった私がフリル全開な洋服を着させられようとしてるところを、助けてくれた。

 例のごとく、支度が終わったらハナコと一緒に最終確認して家を出る。おみやげ買ってきてあげるからね。

 

 

 

 

 太陽が目に見えて傾き始めた頃、もうすぐ待ち合わせの場所に到着する。約束の時間まで一時間はあるけど、早く来ておく分には普通だよね、普通。

 目印にしていた近くの公園に差し掛かったら、向こうから浴衣の天使が歩いてくるのが見えた。近づくに連れて卯月なのを確信して、思わず駆け寄ってしまう。私が卯月を見間違うわけはないんだけど、あまりに可愛すぎて卯月じゃなくて天使が降りてきたのかと不安になってしまった。

「卯月っ!」

「凛ちゃんっ!」

 卯月もカランコロン、と小気味良い音を立てながら駆け寄ってくる

「こら、危ないから走っちゃダメだよ」

 思わず年下を相手にするみたいになってしまって、卯月がちよっとだけむくれる。可愛い。

「もー。子供みたいに!私のほうが年上なんですよ?」

 そう言いながらも、私の前で立ち止まって、顔を赤らめつつ手を差し伸べてくる。

「……でも凛ちゃんが危ないって言うなら、今日は手を繋いでてくれませんか?」

 多分、私は今日、燃え尽きてしまうと思う。

 

 花火が上がるのは大きな池のある公園の側で、その開けた広場に向けて縁日が出ている道が伸びている。徐々に道行く人も増えてきているけど、これからまたどんどん暗くなるだろうし変装は必要無いかな。

 少し薄暗くなって、ぼんやりとした道路の上。日中の光を吸って熱くなった路面のせいで、暑さ自体はそんなに和らいでいなかった。暑さと幸せとで、少しぼんやりしたまま卯月の手を握ったまま歩を重ねた。

「そういえば卯月、来るの早かったね」

「うふふ、同時に来てた凛ちゃんがそれを言うんですか?」

 ……確かに。

「私はほら、支度早めに終わってたまたま時間に余裕できたから」

 それ自体に全く嘘は無くって、実際支度が終わってしまえば待つのが焦れったくて、すぐに家を出てしまっていたのだ。それでも一時間前まで時間を潰せたのは、ハナコが付き合ってくれていたからだと思う。

「私も一緒です!早めに支度したら待ちきれなくなっちゃって……」

「そうなんだ……」

 それだけしっかり浴衣を着ていてそれでも時間が余るって、どれだけ早くから支度始めてたの……。楽しみにしていてくれたんだろう卯月を想像すると、胸が締まるような愛おしさに満たされる。

「浴衣、すごく似合ってる。可愛い」

 緊張で声が震えてしまわないように極力気をつけながら、今日一番言いたかったことに触れる。卯月が着てきたのはピンク色を基本とした花柄だった。

「本当ですかっ?せっかくだから、新しいの用意してみたんです。凛ちゃんは牡丹好きですか?」

「うん、綺麗だよね、牡丹。……でもそれ、たぶん芍薬だと思う」

「ええっ!?」

「木に咲いてて、葉がギザギザしてるのが牡丹。逆に草で、葉が丸っぽいのが芍薬かな」

「そ、そうだったんですか……うう、恥ずかしいです……」

「花がそっくりだから間違えるよね。でも卯月には、芍薬のほうが似合ってるよ」

 恥じらい、思いやり、謙遜、清浄。芍薬の花言葉で、卯月のいいところを言い当ててると思う。『立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花』、なんて言葉もあるしね。あれ?それなら牡丹でも百合でもいいのか。

「そういえば卯月、着付けできるの?」

「いえ、今日初めてお母さんに教えてもらいながら、自分でやってみたんです。 今度は凛ちゃんの分も私が着付けてあげますね」

 それいいね。そしたら着崩れちゃうような事もでき……今のは無しで。なんでも自分で出来るのはいいことだよね。

「凛ちゃんは今日は浴衣じゃないんですか?」

「うん、まぁ」

 言った瞬間、卯月がつまづいて視界から消える。とっさに手を引っ張って手繰り寄せつつ、どうにか抱きとめた。

「……こういう事もあるかと思って」

「あ、ありがとうございます……」

 備えあれば憂いなし。抱きとめられて真っ赤になる卯月を間近で見て、ついでに役得だった。

 

 

 

 話は尽きないまま歩いて行くと、ぽつぽつと縁日の屋台を見かけるようになってきた。やたらと光を発するかぶりものとかアクセサリー、焼きそばやたこ焼きの定番な食べ物、かき氷みたいな夏の風物詩。せっかくだから何か食べたいような気もするけど、後にしようかなって気にもなる。この浮ついた感覚になれるところが屋台の楽しいところだよね。

「卯月、おなかすいてない?」

「それはまだ大丈夫なんですけど、おみやげにリンゴ飴を買いたいです」

 リンゴ飴。卯月は何を欲しがっても可愛いからずるい。

「おみやげにするの?」

「うん、着付け教えてくれたお母さんにお礼ですっ」

 理由まで可愛い。卯月のお母さんになりたい……。でも、お母さんじゃ結婚できないんだよね。こういうのをジレンマっていうのかな。

 結局それは帰りのほうがいい、という事になって、縁日の雰囲気を楽しんで二人並んで歩く。行くうちに、独特のモーター音を響かせる綿菓子屋さんを通りすがった。

「わぁ!綿菓子って、大きくなってからはあまり食べませんよねぇ」

「……一つだけ買って、一緒に食べようか?」

「えへへ、食べたいのわかっちゃいましたか?」

 にへ、と笑って振り向く卯月は心から楽しそうで、ほんと来てよかったって気持ちになる。さて、注文して目の前で作ってもらう。ザラメを入れた機械からふわふわと綿菓子がどんどん生まれてきて、子供の頃はこれが最終的に雲になるって本気で信じていたのを思い出した。よくわからない工程で出てくるふわふわで、あまいもの。確かに夢に溢れてる存在だなぁ、と今になっても思える辺り、我ながらちょっと乙女が抜けていない気もするけど。

 ……よく考えたら、綿菓子はもしかしたら卯月なんじゃ? あまくて、ふわふわで、魔法みたいな存在。間違いない、きっと卯月は綿菓子で、綿菓子は卯月なんだ。

 表情を読んでツッコミを入れてくれる未央が不在なおかげで、よくわからない想像がどんどん先に進んでしまう。『わたがしがくもになる』と思っていた子供のころと比べると、純粋さを失っている成長だった。

「へい、お待ちぃ!」

 差し出された袋は子供向けアニメのもので、地縛霊になった猫が描かれていた。こういうのもみくの守備範囲内なのかな?嬉しそうに受け取る卯月を見ていると、やっぱり天使が日本の縁日に遊びに来たようにしか見えない。

 受け取ったはいいけれど手は繋いだままなのに、袋を開けたい卯月。右手に私、左手に綿菓子でおろおろする姿が可愛すぎてしばらく見つめてたけど、おどおどした目で見られてしまうとなんでもしてあげたくなる。でも、私としても手は離したくないので卯月が綿菓子を持って、私が輪ゴムの封を取る形で落ち着いた。もちろん苦戦したけど。

 

「あ、おみやげ買わないと」

 屋台を巡りつつ二人で分け合って食べ歩く至福の時間の中で、ふと思い出した。

「おみやげですか?」

「うん、本当は事務所のみんなにも買っていこうと思ってたんだけどね……明日会える人たちはともかく、全員に屋台の食べ物とかを買っていくわけにもいかないかなってね」

「あー……そうですね、すぐに渡せない人もいますし」

 ついでに未央が『おみやげいらない代わりに、どうだったかちゃんと私にも話してよね!』って言ってたけど、それは置いておこう。

「そう。だからハナコの分だけだけどね。約束したから」

 多分ハナコは期待して待ってると思う。言葉がわかるぐらいだし。

 

 

 

「あ、そうだ。今食べたいんだけど、リンゴ飴買ってきてもいい?」

「……? いいですよ?」

 よし、これであとは花火を楽しむだけだ。

 

 

 

 縁日の喧騒から少しだけ離れた特等席。ちひろさんがこっそり教えてくれた穴場の公園、片隅のベンチに腰掛けている。私たちの他には親子らしき三人が、離れたところで花火を待っているだけのようだった。

「卯月も食べる?」

 リンゴ飴を卯月に向けて聞いてみる。流石に飴はちょっとためらってたけど、多分食べてくれる……はず。さっきから屋台の食べ物分けて食べたりしてたしね。

「あ、ありがとうございます……」

 卯月の短い舌が、リンゴの表面を滑る。暗がりなこともあって、ちょっとイケナイことをさせているような気分になってしまった。

「あのさ、卯月」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 うわぁ、卯月すごい意識してる……いや、意識してるのは私も同じなんけど、ここまで意識されてしまうとこれからしようとしてる事の恥ずかしさがすごいことになってきた。

「り、リンゴ飴食べると舌って赤くならない!?」

 あ、だめだこれ。すっごく不自然だ。

「あぁ~言いますよね!私のもなってますか!?」

 卯月も相当テンパってるのか、べぇ、と舌を出す。全く計画通りではあるんだけど、こうなってしまってはムードもへったくれもなかった。

 

 

 今回の私の目標は「卯月とちょっとだけ進む」ということだった。具体的にはキスがしたい。本当のところを言うのなら「絶対にキスしたい!」っていうこだわりがあるわけでは無いんだけど、卯月とは恋人同士ですることを全部したい。そのための足がかりとしてのキスだった。……まぁ結局いくら自分に言い訳したところで、キスしたい気持は間違いなくあるんだけど。

 それで、私なりに精一杯考えたのがこの自然に流れに持ち込むためのリンゴ飴計画だ。リンゴ飴を食べて、間接キスを意識させた上で、舌の色が~みたいな話から……うん、自然だね。すごく自然。

 

 

 しかし、計画はすっかり頓挫した。卯月も私も、自分でも訳がわからないぐらい静かにパニックに陥っていて、私たちはどんどん迷走する。たぶん、漫画だったら目の中がぐるぐるしてる感じだと思う。

 突然、卯月のスマホがメッセージの着信した。「あれ?なんだろう?」って言いながら画面をちらっと確認している。

「っ!?」

 声も挙げずに跳びはねるようなリアクションをする卯月。何があったらそんな反応になるの。

「なんかあった?」

「い、いえ!なんでもないです!なんでもないですよ!?」

 画面をこっちに見えないように伏せて、慌てふためく様子を見れば「なんでもない」わけがない事はすぐにわかる。何よりもまず、卯月に内緒にされていることがなんだか寂しくなって、何も言えないまま私もスマホを確認する。

 『二人きり そっと誰かを隠す君 僕は視線を外し~~』なんてコマーシャルがやっていたけど、あの男の子はこんな気持ちだったんだ……。

 私のスマホもタイミングよくメッセージを受信していた。未央から……?ただ一言『ごめん!』って、何があったんだろう……?

 

 

――――――

 

 

「あああああ!!どうしようあーちゃん、間違えてしまむーに送っちゃった!!」

「えぇっ!?なんて送っちゃったの!?」

「『やっほーしぶりん!楽しんでる?ちゅーはできたかい?』って……」

「未央ちゃんのおばか!こんな時に限ってまたなんで卯月ちゃんに!」

「ば、ばかって……確かに今回は否定できないけど……うあああごめんよしぶりーん!」

「とりあえず宛先間違えたって卯月ちゃんに言わないと!」

「でもしぶりんって書いちゃったし、しまむーもこれ自分たちのことだってわかってるよね……?」

「あ、確かにそうかも……もー!未央ちゃん!」

 

 このあと、お説教は一時間にも及んだそうだ。

 

 

――――――

 

 

 

 明らかにさっきの受信から、卯月の様子がおかしい。

 そわそわしながらこっちを盗み見るようにしてるんだけど、焦っているとかではない事はなんとなくわかった。

「……なんか悪い知らせとかあったの?」

「あ、いえ、全然そういうのではないんですけど……」

 卯月はそれ以上何も言おうとしないまま、持っているリンゴ飴をくるくると弄んでいた。

「…………」

「…………」

 普段なら心地良い卯月との沈黙も、今は少しチクチクとした痛みを感じる。

「あ、あの!凛ちゃん!」

 その瞬間、一発目の花火が上がった。

 暗さに慣れていた目が、闇を思いきり照らす大輪の花を映す。絶え間なく咲いては散る花火と、ほんの一瞬だけ遅れて重たい音が身体全体を打ち付けた。

「なに、卯月?」

 しばし二人で花火に見とれてから、話の続きを促す。

「……リンゴ飴!そう、リンゴ食べたくないですか?」

「リンゴ?うん……?もらおうかな?」

 どん、と響く音の中で、お互いが聞こえるだけの声で話をする。話の内容が突然過ぎてよくわからない。

「ほんとはこういうのお行儀悪くていけないんですけど、その、リンゴ食べますよね!」

 なんだか全く状況は掴めないまま、卯月が飴のリンゴ部分を齧った。私にくれるんじゃなかったのか。

「ふぁい!」

 そのまま、卯月の距離がどんどん近くなる。ついには首に手を回されて、卯月との距離はゼロになった。

 頭が混乱で追いつかない。わかっているのは、目の前いっぱいに卯月がいること、いい匂いがすること、スカスカで甘みの弱いリンゴが口の中に入ってくることだけだった。

 遅れてようやく状況を理解して、私も卯月の腰に手を回す。もうゼロになっている距離をもっと近づけるように抱き寄せる。全ての感覚が卯月に集中していて、花火の光も音も全部遠くに感じられた。

「……おいしかったですか?」

 少しだけ離れて、卯月が恥ずかしそうに聞いてくる。自分の行為の答え合わせが欲しいようだった、

「うん、今までで一番甘いリンゴだった」

 言ってからもう一度、卯月に口付ける。

 もうリンゴなんて言い訳は必要なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の事務所。休憩スペースには未央がいた。

「おはよう」

「お、おっはようしぶりん!良い朝だね!?」

「もうおやつの時間だけどね」

「そ、そうだった~あはは~……」

「未央」

「は、はいっ!!」

「グッジョブ」

 ぽかんとした顔になる未央を見て思わず笑いがこみ上げる。花火が終わった後、未央の送信先を間違えたメッセージを卯月に見せてもらっていた。

 ある意味では、あれがなければ私たちはぐるぐるパニックに陥ったままギクシャクと家に帰るハメになってただろうし、ある意味未央のおかげだった。

「どういうことなんでしょうか、渋谷さん……?」

 想定外の私の態度に怯える未央をくすくすと笑いながら、おみやげに買ったリンゴ飴を机に置いておいた。

「おはようございます!……あれ、リンゴ飴ですか?」

「おはよう、菜々さん」

「おっはよーウサミン!昨日しぶりんが花火大会に行ってきたおみやげにもらったの」

「っていうか菜々さん……その頭のは?」

「ふっふっふ……昨日卯月ちゃんも花火大会行ったらしくて、私もおみやげにもらいました!ウサミン、ナイトフォームにメルヘンチェンジです♪」

 菜々さんの頭には、卯月と一緒に見た光るウサ耳のかぶりものが乗っていた。

 

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