Re:超高校級の幸運のボクがゼロから始まる異世界生活?絶望的だね 作:エウロパ
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フェルトはエルザが興奮ぎみに言ったその一言に全身に戦慄が走りゾッと寒気を感じた。
(狂ってる…………これが、いま王都を騒がせている腸狩り……)
フェルトは狛枝に目をやる。
すると、狛枝は先程よりもさらに嫌悪感を感じていたようで、こんな状況でも強気な態度を崩さずそれどころか、エルザを見下した様な目で睨み付けた。
「はぁ?寝言は寝て言うものだよエルザさん。〝オマエ〟みたいな〝絶望〟とボクを一緒にしないでくれるかな?不愉快だよ……でも、質問には答えてあげないとね。そうだねぇ……まずは何から話そうかなぁ……そうだ、エルザさん、最初はボクの〝肩書き〟何てどうかな?ボクが住んでた国でボクが呼ばれていた事なんだけど」
「肩書き……別に私は貴方の好き話してくれても構わないのよ?むしろそうしてくれた方がありがたいわ」
エルザは頬を赤く染めて笑顔で歓迎した。
「そう言うことなら始めさせてもらおうかな……ボクはね、自分の国では〝超高校級の幸運〟と呼ばれていたんだよ」
「うふふ……チョウコウコウキュウの幸運、それは何なのかしら?加護……のようなものと考えて良いかしら?」
「加護って言うのが何の事かは分からないけど……たぶん、そんな大したものじゃないよ。〝超高校級の幸運〟はボクが持ってる一種の才能なんだ。まぁ、ゴミみたいな才能だけど」
「……貴方の才能の事は良く分かったわ。それで?それで終わりというわけではないのでしょ?」
「もちろんだよ。でも、ボクが直接言わなくても〝もうじき〟その答えは分かると思うよ?〝君が知りたい事〟はね……」
「……どういう意味かしら?」
エルザは眉間にシワを寄せる。
狛枝はフェルトに目を向けた。
「フェルトさん。悪いんだけど、ボクの手帳の光る面を光らせて見せてくれるかな」
「……え?」
急に話を振られて戸惑うフェルトだったがすぐに、狛枝から先程渡された〝電子生徒手帳〟を思い出しポケットから取り出すと、狛枝がやっていたように電子生徒手帳を操作した。なんとか電子生徒手帳は光かりだす。
「……こ、こうか?」
フェルトは光っている面を狛枝の見せる。狛枝は頷く。
「ありがとう。もういいよ」
「それは何なのかしら?」
エルザはフェルトの持っている電子生徒手帳に若干の興味を示した。
「ロム爺が言うには〝ミィーティア〟だとよ……」
フェルトは嫌々エルザの質問に答えた。
「ミィーティア……彼女が持っているそれは貴方の持ち物なのかしら?」
「そうだよ。でも、そんな事は今はどうでも良いんじゃない?」
「……そうね。今はそんな事よりも貴方の方が大事だわ」
フェルトは狛枝とエルザの会話の聞いて首をかしげた。
(兄ちゃんは……何がしたかったんだ?アタシに電子生徒手帳を見せさせて……)
フェルトは電子生徒手帳の光っている面を自分の方に向け見つめた。
電子生徒手帳の光っている面には黒を基調にした背景に中央には何等かの紋章、もしかしたら狛枝の居た国のものかもしれない物と妙に角ばった奇妙な文字、日本語が点滅していた。
狛枝が見ていたものは、何なのだろうか……。
(思い出せ……兄ちゃんは、この電子生徒手帳を見せたときに、何て言っていた……兄ちゃんは本、数十から数百回冊分の文字が入るって言ってたけど……今は違う気がする。他になにか……)
フェルトは記憶を探った。
すると、三つ、思い当たる節がフェルトにあった。
――まず、一つとして時間が分かる――
――ミニゲームとか――
――ボクが閉じ込められていたジャバウォック島の地図が見れるよ――
フェルトの頭の中に狛枝が電子生徒手帳に関して言った三つの事がこだまする。
この中で現在の現状で狛枝が確認しそうなことは……。
(……そうか、分かったぞ!確か兄ちゃんは電子生徒手帳は〝時間が分かる〟って言っていたよな?だとすると兄ちゃんは〝時間の確認〟のためにアタシに言ったのか?……たぶんだけど……)
フェルトは狛枝を見つめた。
意味が分からなかった。狛枝の考えていることが全然分からなかった。
時間を確認していったい何になるというのだ?この〝絶望的〟状況で……。
エルザの強さは桁外れだ。それは、さっき剣を交じあわせた時にすぐに分かった。もしロム爺が怪我をしていなくてフェルトと二対一で戦っても恐らく勝てないだろう……。
いま自分達が無事なのは狛枝がエルザの興味を引いているからだ。
それが終われば、間違いなく殺されるだろう。
だからフェルトは狛枝を見つめた。
困惑しきった表情で……。
すると、狛枝はフェルトの視線に気がついた。
「フェルトさん、そんな顔はしちゃダメだよ……」
「…………」
フェルトは言葉がでなかった。
「確かに今の状況は、絶望的だよね……このままじゃ、ボクたちは間違いなく〝この絶望〟にその手で持っているナイフでお腹を引き裂かれて、内蔵が外に飛び出して……踏み潰された虫みたいに惨めっぽく殺されてしまうんだろうね……」
狛枝が片手で頭を押さえながら言う。
その言葉はフェルトの心に突き刺さり絶望感が心を満たしそうになった。
だが、次の瞬間、狛枝は一転して笑顔になった。
「でも、諦めちゃダメだよ?希望をもって前を向いて頑張らないと!君には〝夢〟という〝希望〟があるんだからさ!それに〝君は貧民街に住んでいる人達とは違うんだよね?〟それを証明する前に死んじゃっても良いの?このままじゃ〝何も変わらないんだよ?〟君の希望は……輝けないんだよ!だからさぁ〝希望〟を持って前を向いて進まないと!君は、こんなところで立ち止まってはいけないんだ!!」
「狛枝兄ちゃん……でも、この状況はどうするんだよ!?もう、アタシたちじゃ……!!」
いつにもなく熱意が入った様子の狛枝にフェルトは叫んだ。
その目からは自然と涙が溢れる。
だが、狛枝は笑顔のままだ。
「大丈夫だよ。フェルトさん、思い出してみてよ。ボクの才能をさ……」
「超高校級の……幸運?」
「そう。ボクは幸運なんだよ。だから、心配なんていらないんだって」
狛枝は自信満々に言う。
フェルトは狛枝のその自信が理解できずにさらに困惑した。
「幸運……うふふ、幸運ごときでこの〝絶望的〟な状況がどうにかなるのかしら?」
エルザは可笑しそうに笑う。
「そりゃ、そうだよね……ボクごときの才能じゃ、そう思われても、しょうがないよねぇ……でもね、ボクの幸運はそんじょそこらの幸運とは違うんだよ?だってボクは〝超高校級の幸運〟なんだからさ。エルザさん、だから宣言するよ!」
狛枝はエルザを指差した。
「オマエと言う〝絶望〟は必ず〝希望〟が撃ち破る!そして〝希望が絶望なんかに負けない〟事を証明するんだ!」
「超高校級の幸運……貴方、いったい何を考えて――」
エルザが警戒した様子で狛枝を見つめ言い放とうとしたその時だった。
「そこまでだ!」
突如、盗品蔵の表玄関の扉が勢い良く開け放たれ若い男の声が響いた。
狛枝はうっすらと笑顔で、エルザは警戒した目で、フェルトは困惑し疲れきった目で、ロム爺は傷を押さえながら朦朧とした意識のなかで辛うじて、この場にいる全員が男の声の方に釘付けとなる……。
その声の主はゆっくりと歩いて盗品蔵へと入ってきていた。
「ほら、やっぱりそうだ」
狛枝は笑顔で呟いた。
だが、狛枝以外の者は今はそれよりも盗品蔵に入ってきた者の方が気になってしょうがなかった。
入ってきた時は暗くて良く見えなかったが、だんだん、こちらに近づいてくるにつれてシルエットが分かるようになった。
そこで初めて分かったのだが、どうやら、この盗品蔵に入ってきたのは先程の男以外にもう一人いるらしくシルエットは二つあった。
そのシルエットは男の物と思われるシルエットより小さかった。
「……良かった、居てくれて」
刹那、盗品蔵に男とは違う〝フェルトにも聞き覚え〟がある、少女の声が響いた。
その声にはどこか怒りが込められているようにフェルトには聞こえた。
だが、それよりも何故、聞き覚えのある声が聞こえたのかがフェルトの疑問だった。
「……え?」
(この声…………)
窓ガラスから射し込む月光に照らされその姿が露になる。
フェルトは目を見開いた。
「……白昼の王都で大規模乱闘事件を引き起こし〝こちらの彼女〟の私物を窃盗した犯人を追ってきたけど、何だかおかしな事になっている様だ。仲間割れなのかな?いずれにせよ、舞台の幕を引こうとしようか」
先程、盗品蔵に入ってきた時に一番に声を響かせた青年の爽やかな声が響いた。
その青年は赤髪で腰に剣を身につけた美形の青年だった。
「貴方ね……もう、観念しなさい!私から盗んだ物、取り返させてもらうわ!」
そしてその隣に居るもう一人の人物が怒りを込めて言い放つ。
その人物はなんと、フェルトが徽章を盗んだあの銀髪の少女だった。
だが、少女の怒りは徽章を盗んだフェルトではなく、さっきからニヤニヤ笑っている狛枝に向けられていた。
「あら、あら、これは、新しいお客様が来たものね。所で貴方方は何者なのかしら?」
狛枝とフェルトそれと、赤髪の青年と銀髪の少女に前後を挟まれた形になったエルザは楽しそうに笑顔を浮かべながらそっと、壁の方へと位置をずれ両者と間合いをとる。
(一体何が起きているんだ……?あの銀髪の女ともう一人は……)
何処かで聞いたことがある気がした。
だが、その疑問の答えを出したのはフェルトではなく意識が朦朧としているロム爺だった。
「赤髪に……空色の瞳……〝剣聖ラインハルト〟か…………」
「ら、ラインハルト!?こいつが!?」
ロム爺の言葉にフェルトは驚愕する。
(なんで、こんな有名人がこんなところに!?)
「どうやら、自己紹介の必要は無さそうだ。もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎる」
ラインハルトは エルザの方を見た。
「黒髪に黒い装束、そして北国特有の刀剣。それだけ特徴があれば、見間違えたりはしない。君は、腸狩りだね。危険人物として王都でも名前が上がっている」
エルザに向かってそう言うと今度は狛枝の方を見る。
「そして君は……特徴的な白髪の髪形に全体的に珍しいデザインの服装、そして緑色のコート……全て〝不良達の証言〟に一致する。君が〝こちらの彼女を不良達に襲わさせた犯人〟なのかな?」
ラインハルトは銀髪の少女を示す。
「…………」
狛枝はラインハルトの質問に対し何も言わなかった。
ただ、笑顔なだけだ。
「黙ってないで答えなさい!どうしてあんな事をしたの!?それと……私から盗んだ物を早く返して!!」
銀髪の少女が手を狛枝の方へかざし叫ぶ。
どうやら少女は魔法をいつでも使えるようにしているようだ。
だが、口を開いたのは狛枝ではなく狛枝の代わりのようにエルザが楽しそうに口を開いた。
「ラインハルト……そう、騎士の中の騎士。〝剣聖〟の家系ね。すごいわ、こんなに楽しい相手ばかりなんて。雇い主に感謝――いえ、貴方に感謝すべきかしら?〝超高校級の幸運〟どうせこれも、貴方の仕業なのでしょ?」
エルザは狛枝に対して顔を赤らめた。
そして、狛枝は両腕を肘から上にあげて初めてあった頃のような〝気味の悪い笑み〟を浮かべた。
「あっは!認めるよ。そう、全てその通りだよ。ただ一点を除いてね……エルザさん。それと君は……ラインハルトクンだったよね?」
「僕の名前を覚えてくれて光栄だよ。それで、どこが違うのかな?」
ラインハルトは狛枝に問う。
「君がさっき言った〝仲間割れ〟という点だよ。ボク達は〝仲間〟では無いんだ。フェルトさんとロム爺さんとはボクは一時的に協力しあっていただけ、エルザさんとはボク達は敵対関係なんだよ。ねぇ、エルザさん?」
「ええ、その通りよ」
エルザが認めるとラインハルトは頷いた。
「なるほど。この状況については納得がいったよ。しかし……それはつまり、認めたということで良いのかい?大規模乱闘事件に関しては君が引き起こした犯人だという事を」
「そうでもしないと〝フェルトさんやエルザさんと話す時間が稼げなかった〟からねぇ……」
狛枝は残念そうに俯く。
(エルザさんと話す時間が稼げなかった……?)
「君達には色々と聞きたいこともある。投降をお勧めしますが?」
「ボクは別に構わないんだけど、エルザさんは、うんとは言わないんじゃない?」
「血の滴る極上の獲物を前にして飢えた肉食獣が我慢するとでも?」
狛枝とエルザはまるで息が合うようにラインハルトに言った。
「……ねぇ、私の徽章はどこなの?」
「やぁ、銀髪の少女さん〝今回〟会うのは初めてだね。君には迷惑を色々かけて悪いとは思ってるよ」
「……正直に答えて。あれは大切な物なの」
銀髪の少女が狛枝を睨み付ける。
そして、次の瞬間には少女は魔法を発動させ少女の周りに氷の大きな塊が出現した。
その矛先は狛枝を筆頭にエルザとフェルトに向けられている。
ロム爺に関しては戦闘不能の状態だった為かその矛先は向けられていなかった。
「徽章なんてボクは持ってないよ?」
「じゃあどこに隠したの!?」
銀髪の少女が声を荒あげた。
ラインハルトも少女を手助けするように一歩前に出る。
「僕からもお願いするよ。彼女の持ち物を返してもらえないかな?君はどうやら頭が良さそうだし賢明な判断をしてくれると嬉しいんだけど」
「隠したなんてとんでもない。ボクは、ただ、人に渡しただけだよ……」
「……渡した?」
「……そうだよね?エルザさん」
「それってどういう…………っ!まさか!?」
銀髪の少女はエルザの方をもの凄い勢いで見た。
「なるほど……これが貴方が考えていた事なのね。ようやく理解できたわ。貴方ったら本当に回りくどいやり方が好きなのね」
エルザは覚ったように笑う。
そして次の瞬間、フェルトは自分の目と耳を疑った。
それは、エルザが最初から感じていたものなのかもしれない。
だが、これだけは言えた、フェルトの今後の人生に大きな禍根を残してしまうであろう事だけは……。
「………………あはっ!」
狛枝は左手を頭に当てる。そして……。
「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
「狛枝、兄、ちゃん……?」
狛枝は笑っていた。
狛枝の狂気に満ちた笑い声が盗品蔵に響き渡った……。
フェルトの気分が急激に悪くなる。
その目は……。
そこでフェルトが見た狛枝の目は……。
闇が幾重にも重なりあったせいでその闇が眩しく輝いているような……。
〝希望〟と〝絶望〟をグチャグチャに混ぜたような、そんな目だった。
「「…………」」
ラインハルトと銀髪の少女は狛枝を冷たい目線で見る。
「さぁ、エルザさん、君が知りたかった事だよ……役者は揃った。あとはボクの〝幸運〟を信じるだけ……ラインハルトクン……エルザさんの話を聞く限りだと凄く楽しみだなぁ……〝剣聖〟……あぁ、君にはどんな素晴らしい〝才能〟が秘められているんだろうね!フェルトさん、ラインハルトクン、銀髪の少女さん、エルザさん……〝希望〟と〝絶望〟の戦いだよ!〝絶望〟は所詮〝希望の踏み台〟にしか過ぎない……君達が〝この絶望〟を乗り越える事によって皆の〝希望〟はより輝くことができる!全てはその為だったんだよ!〝ボクがフェルトさん達に近づいてエルザさんと交渉をさせてほしいとお願いしたのも〟〝銀髪の少女さんを不良達に襲わせたのも〟〝この状況を作り出した〟のもね……全ては〝希望〟の為だったんだよ!!」
「狂ってる……」
銀髪の少女は狛枝を睨み付け嫌悪感を露にした。
フェルトも無意識に涙を流しながら呆然と狛枝を見つめた。
(これが……これが……兄ちゃんの本性……なのかよ……)
「お、おい兄ちゃん!!何、意味のわかんねぇー事言ってるんだよ!?これが……兄ちゃんの本性だっていうのかよ!?アタシらを……騙してたのかよ!?」
フェルトは必死に叫んだ。
(頭はおかしいヤツだとは思ってたけど、兄ちゃんは良いヤツだったじゃねぇか!!)
頭の中に今日、狛枝と会ってから一緒に居た記憶がフラッシュする。
それに対し狛枝は神妙な表情をした。
「騙すなんてとんでもない……ボクが皆を騙せるわけないじゃない……」
狛枝は腰に左手を当て右手を見ながら笑みを浮かべた。
「自分が大した事ない人間だって事くらいは、ボク自身が誰よりも理解しているつもりだよ……」
両腕を組むようにして俯く。
「夢や希望を持つのもおこがましいほど……努力するのも図々しいほど……ボクは決定的に最低でぇ最悪で愚かで劣悪で、何をやってもダメな人間なんだ」
「う、うるさい!!うるさい!!もう黙ってくれ!!」
狂った笑みを向けられたフェルトは顔を真っ青にして両耳を手で塞ぎ目を瞑りしゃがみこんでしまった。
「……ちょっといいかな」
すると、それを見ていたラインハルトが少し不機嫌そうに前に出る。
「君の計画は良く分かったよ。つまり君は僕達や腸狩り、それと……その娘と後ろで倒れているご老人を〝この状況になるように誘導した〟という事なんだね?君の言う〝絶望〟と僕達を〝戦わせるために〟」
「まぁ、結果的にはそうなるね……それは否定しないよ。ボクとしてもなるふり構っている暇はなかったからね……〝希望〟が〝ボクの知らないところで〟〝訳のわからない状況で潰えていく〟……それを見ていくのは悲しいもんだよ……それを止めるためにも、この戦いは重要なんだ。〝希望〟と〝絶望〟の戦いがね。でも……流石にラインハルトクンみたいな〝エルザさんでも知っているような有名人〟の登場は想定外だったなぁ……君からは〝希望〟の持つある種、独特なオーラみたいなものを感じる。だからボクは君に期待してるんだ!君ならこの〝絶望〟を撃ち破ってくれるんじゃないかってね!」
「……確かに君の言う通り、僕ならば君のご期待が無くても〝この絶望〟を撃ち破ることはできるだろう。君はやはり、頭が良いようだね。しかし、僕は君のやり方には賛同できない。彼女のような少女を泣かせるようなやり方はね」
ラインハルトは、しゃがみこみ涙を流すフェルトを見つめて言う。
「うーん……フェルトさんに関してはボクも悪いとは思ってるよ。他人の感情に疎いボクでもあの様子を見れば流石に、ね……」
狛枝は腕を組んで俯きながら申し訳なさそうにした。
「でも、さっきも言ったようにボクはこの戦いは君達の持つ〝希望〟をさらに輝かせることができると思うんだ。とくにフェルトさんは、〝今この絶望〟に押し潰されそうになってしまっているよね……」
「………………」
フェルトを何も答えない。
「でも、この〝絶望〟を乗り越えられればきっと今よりも素晴らしい〝希望〟が生まれると思うんだよ。だからボクは最後まで諦めないで欲しいんだ」
(………………)
笑顔で狛枝はフェルトに言う。
だが、フェルトは聞いているのか聞いていないのか良くわからない状態だった。
すると、この状況に流石に痺れをきかせたのか、ラインハルトが口を挟んだ。
「そこまでだ。これ以上、彼女に負担をかけるのは止めるんだ」
「励ましてるつもりだったんだけどなぁ……でも、最後にこれだけは言わせてよ。フェルトさん、ラインハルトクン」
狛枝が右手の人差し指を立てて言う。
「〝最後には希望が勝つ〟!ボクはそう確信してるんだ!だから、フェルトさんもそれは覚えていてほしいんだ!」
(…………最後には……希望が、勝つ……?)
フェルトは顔をあげ虚ろな目で狛枝を見つめた。
そんな時だった。
何かが空気を裂くような音がした。そして、次の瞬間にはドスッという鈍い音がした。
見るとエルザのナイフが床に突き刺さっている。
エルザがナイフを床に向けて投げたのは明快だった。
「いつまで私を放っておく気なのかしら?少しイラっとしたわ」
エルザがナイフをちらつける。
それを見たラインハルトはエルザの方を向いた。
「これは失礼しました。僕としたことが」
「分かれば良いのよ」
「……貴女はあの倒れているご老人の手当てをお願いします」
「言われなくても分かってるわ」
ラインハルトは銀髪の少女にそう言うと銀髪の少女は真剣な顔で頷いた。
「……でも、あの二人は大丈夫なの?」
銀髪の少女が狛枝とフェルトの方を睨む。
「少女の方は恐らく大丈夫でしょう。しかし、白髪の青年には念のためお気をつけ下さい」
「ええ……そうね」
銀髪の少女はロム爺の方へ駆け寄った。銀髪の少女は駆け寄ると膝をつきロム爺の腕に手をかざす。
すると、銀髪の少女の手の周りが光だした。
治癒魔法だ。
その姿を見たフェルトが恐る恐る銀髪の少女に近寄る。
「……た、助けてくれるのか?姉ちゃんのもの盗んだのに……」
「……だからよ。無事に治ってもらってその恩を逆手に情報を聞き出すの。命の恩人相手なら嘘なんてきっとつかないわ。これも私のための行為よ。貴女もそうでしょ?私の物を盗んだのは許せないけど、さっきの話を聞いていれば貴女はむしろ被害者に見えるもの……その男のね」
銀髪の少女はそう言うと後ろにいる狛枝に注意を向ける。
「それってボクの事?」
「貴方以外誰が居るって言うのよ!」
無邪気に聞いてくる狛枝に銀髪の少女は怒りをぶつける。
「まぁ、まぁ、怒っているなら深呼吸でもして落ち着いた方が良いよ。それよりも…………始まったね。〝希望〟と〝絶望〟の戦いがさ!」
狛枝は目を見開いてそう宣言した。
フェルトはエルザとラインハルトの方をみる。
その瞬間、エルザがナイフを構えてラインハルトに突撃をしかけていた。
「あまり女性相手に乱暴はしたくないんですが」
ラインハルトは落ち着いた様子でそう言うと足を思いきり床に叩きつけた。
床が壊れ、突進を仕掛けてきたエルザのバランスが崩れる。
つかさずそこに蹴りをいれた。
エルザの体は大きくしなり飛ばされ床を転がる。
だが、それで終わりという事はなくすぐに体制を整えて立ち上がった。
「噂通り……いえ、噂以上の存在なのね。貴方は」
エルザが楽しそうに笑う。
「ご期待に添えるかどうか」
「……その腰の剣は使わないのかしら?伝説の切れ味、味わってみたいのだけど」
エルザが疑問を投げ掛ける。
そこまで来たところでようやく、フェルトの思考も戻ってきた。
(そう言えば……腰に剣を持ってるな……どうして使わないんだ?)
「この剣は抜くべき時以外、抜けないようになっている。鞘から刀身が出ていないということはその時ではないと言うことです」
「安くみられてしまったものだわ」
「僕個人としては困らされる判断ですよ」
ラインハルトは苦笑いを浮かべた。
「……ですから」
ラインハルトは数歩歩き床に落ちている剣を拾う。
恐らく狛枝がカウンターに体をぶつけて破壊したときに近くの棚から落ちたのだろう。
「こちらで相手させてもらいます。ご不満ですか?」
自信満々に言うラインハルトの姿にエルザは今までで一番の楽しそうな表情を浮かべた。
「いいえ……素敵。素敵だわ!楽しませてちょうだいね!」
エルザが再び突進を仕掛ける。
するとラインハルトは今度は手にもった剣を軽々と振った。
エルザのナイフから火花が飛び散る。
「――っ!?」
エルザはそれを見て後に下がった。
良く見るとラインハルトの片手にエルザのナイフが握られていた。
どうやら先程の剣の振りでナイフが弾かれたようだ。
「武器を失ったのなら投降をおすすめします。それと、彼女の持ち物を返してくださると嬉しいのですが」
ラインハルトはそのナイフをエルザの背後の木の柱に勢い良く投げつけ綺麗に突き刺す。
だが、エルザは動じず新たにナイフを取り出すと再び突進した。
エルザがナイフを勢いよく振る。
だがその刃はラインハルトには届かず回避された。
「それは無理な相談ね。それに牙は一本ではないの、仕切り直しに付き合っていだたける?」
「すべての武器を切り落とせば満足してもらえるかな?」
「牙がなくなれば爪で――」
エルザは壁に向けて跳び跳ねた。
一瞬でエルザは2階にまで登り超人的なスピードを見せる。
「爪がなくなれば骨で――」
エルザはラインハルトの周りを飛び回り続けた。
そのスピードは凄まじくフェルトの目にはもはや追い付けなかった。
だが、ラインハルトは全てが分かっているようで目でそれを追っている。
「骨がなくなれば命で――それが腸狩りのやり方よ?」
その凄まじいスピードの中、エルザは何度も何度もラインハルトを攻撃した。
だがそれでもラインハルトは防ぎ続ける。
「おいおい……まさかあのラインハルトってヤツまで最後の決め手にかけるってんじゃ……」
フェルトは一向に自分から攻撃しようとしないラインハルトを見て銀髪の少女に不安を漏らした。
「……私が精霊術を使っているから彼は本気が出せないの」
「……どう言うことだ?」
「ラインハルトが本当に戦うつもりになったら大気中のものは私にそっぽ向くのよ……そろそろ治療が終わる。合図したら彼に声をかけて」
「おお……」
銀髪の少女の精霊術によってロム爺の腕の傷口が塞がっていった。
そして、精霊術の光が徐々に弱くなり消えた。
「もう大丈夫。お願い」
「なんか……ありがとな姉ちゃん」
フェルトの心はすでにグチャグチャだったがとりあえず、お礼を言うと立ち上がりラインハルトの方を向いた。
「ラインハルト?なんだか良くわかんねぇーけど、銀髪の姉ちゃんが声をかけろって!!」
フェルトは精一杯大きな声を出した。
ラインハルトはそれを聞いて頷く。
すると、その瞬間、ラインハルトの周囲の空気が歪み始め、ラインハルトを中心に湯気のように立ち上った。
それを見たエルザは攻撃をやめ立ち止まる。
「何を見せてくれるの?」
エルザは楽しそうに言った。
「アストレア家の剣撃を」
ラインハルトはそう言うと剣を勢いよく両手で構えた。
「「…………」」
エルザとラインハルトが睨み合う。
「腸狩り、エルザ・グランヒルテ」
エルザはそう宣言すると両手にもったナイフを真剣な表情で構えた。
「剣聖の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア!」
ラインハルトのがそう宣言をすると、ラインハルトの持つ剣に光が急速に集まり始めた。
その光は強力になり太陽よりも眩しい白い閃光となる。
ラインハルトが剣を振り上げそして、降り下ろした――。
瞬間、フェルトの目は膨大な光で埋め尽くされた――。
「あぁ……これが君の希望の光なんだねぇ……」
「うぅ……いったい何が……」
フェルトはゆっくりと体を起こし立ち上がる。
そのまま目をゆっくりと開き辺りを見回した。
(なんか、物凄い突風が吹いたきがしたん、だが――――)
フェルトはその変貌ぶりに思考を止めた。
そこは盗品蔵ではなく外だった。
上を見上げれば夜空が広がっていた。
奇妙な感覚がフェルトを包む。
視線を戻してみれば目の前にラインハルトが立っていた。
その位置は先程、ラインハルトがエルザと戦っていた自分との距離と同じくらいだと思う。
フェルトは横を向く。
ボロボロのカウンターがあった。
ボロボロの壁があった。
後ろを振り向けばそこにもボロボロの壁があった。
壁と屋根が無いのはラインハルトの立っている辺りからラインハルトの正面、エルザがさっきまで居た方の壁すぐ近くの玄関があった壁だった。
その盗品蔵の惨状を見てフェルトはようやく理解した。
この男……ラインハルトがあの剣をエルザに向けて降り下ろしたことでこうなったのだと。
「無理をさせてしまったね……ゆっくりお休み」
ラインハルトは自分が使った剣を見てそう言うと剣は粉々に崩れ落ちてしまった。
「………………」
(とりあえず、助かった……のか?というか……これが剣降った現場かよ……)
驚きのあまりフェルトは声が出なかった。
「いやぁ……これは、本当にすごいね!」
フェルトが呆然とその惨状を見ているとこの状況に声を出したのは……狛枝だった。
フェルトは狛枝を見る。
だが、フェルトの表情にもはや〝絶望〟はない。
助かった事への安堵の気持ちが強かった。
(エルザは影も形も残っていない……あれだけの威力だ。さすがに死んでいるだろう)
立ち上がった狛枝はズボンやコートの汚れを手ではらうと、満面の笑みでラインハルトを見つめた。
「無事に、終わったの……?」
フェルトの隣で銀髪の少女が片手で頭を押さえて立ち上がろうとする。
しかし、その銀髪の少女の声はどこか弱々しく立ち上がった途端にヨロめいた。
「おっとっと……大丈夫か姉ちゃん?一応、無事に……終わったみたいだぜ」
フェルトはヨロめいく銀髪の少女の体を支える。
「なんか本当にありがとな、銀髪の姉ちゃん……ロム爺を助けてくれて……」
フェルトは申し訳なさそうに言う。
「だから、さっきも言ったでしょ。これは――」
「分かってる分かってる……姉ちゃんの為だろ?でも、それでも、礼だけは言わせてくれ」
「……勝手にしなさい」
銀髪の少女はそう言うとフェルトの手を離れたがその表情は何処か恥ずかしそうだった。
「でも……」
「でも?」
「こっちは終わったけれど……問題は私の徽章よ……この様子じゃ……影も形も残ってないわよね……」
銀髪の少女は深刻そうに言った。
すると、ラインハルトが申し訳なさそうに銀髪の少女に近づく。
「この度は本当に申し訳ありませんでした。こればかりは言い訳のしようもありません……」
「いえ……貴方のせいじゃないの……あの状況だったんだもの……しかたない、わ……」
「ゴメンな姉ちゃん……アタシが盗みなんてしなければ……」
「ううん、良いの……過ぎたことだから……でも、これからはこんな事にならないように真っ当に生きなさい」
「「「………………」」」
フェルトと銀髪の少女とラインハルトの三人の間に重い空気がのしかかった。
「ねぇ、ちょっと良いかな」
そんな中、空気も読まずに狛枝が割り込んでくる。
「ちょっと良いかな。じゃないわよ!!もとを辿れば貴方が悪いんでしょ!?」
銀髪の少女は涙を浮かべて狛枝を怒鳴り付けた。それに対して狛枝は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、まぁ、怒らないでよ」
「怒らない方が無理な相談よ!あの徽章は大切なものだったんだから!」
「その徽章って……これの事かな?」
そう言うと狛枝は手のひらを開き中身を銀髪の少女に見せた。
「「――――え?」」
その中身を見た瞬間、フェルトと銀髪の少女の口から間抜けな声が出た。
なんと、狛枝の手のひらには……、
エルザに〝渡したはずのあの徽章〟があった。
「「えええぇぇぇぇぇえええ!?!?」」
貧民街にフェルトと銀髪の少女の声が響き渡った。
「ど、どうして!?徽章はエルザに渡したって貴方、言ってたじゃない!?嘘だったの!?」
「い、いや、嘘じゃなはずだぜ!?だって、その取引の様子はアタシもロム爺も見てたんだぞ!?」
「じゃあ、貴方は何か魔法が使えるって事なの……?」
フェルトと銀髪の少女の問い詰めに狛枝は今度はなだめながらも自信満々な表情を見せた。
「魔法?ボクはそんなもの使ってもいないし使えもしないよ?」
「……じゃあ、どうやったのよ?」
「さっき、ボクが倒れていた場所の近くに気がついたら落ちてたんだ。きっと戦闘の間に落としたんじゃないかな。ツイてたね」
無邪気に言う狛枝がに開いた口が塞がらない。
「そんな都合のいいことあるわけが……」
「ボクは幸運なんだよ。これくらいの幸運なんて朝飯前さ。はい、フェルトさん」
そう言うと狛枝はフェルトに徽章を渡した。
「ちょ、何で私に渡すんだよ!」
「いいから、いいから、これは君から返した方が良いと思ってね」
「でたらめだぜ……」
フェルトは苦笑いを浮かべた。
狛枝はラインハルトに向かい合う。
「それにしても……ラインハルトクン!素晴らしいよ!!君の〝才能〟がもつ輝きはまるで太陽の様だったよ!!あぁ……もしかしたら、君こそが僕の探していた、どんな〝絶望〟も撃ち破る事ができる〝絶対的希望〟に一番近い存在なのかもしれないね!!そんな君に会うことができたなんて……ボクはなんてツイてるんだ!!」
狛枝は両腕を大きく広げて笑った。
銀髪の少女は相変わらず狛枝を睨み付けている。
「お褒めのところ悪いけど、君にはさっきも言ったように〝王都で大規模乱闘事件〟を起こした容疑がかかっている。君の身柄は騎士団へ引き渡させてもらうけどいいかな」
「まぁ、当然だね。別にボクは抵抗するきも無いし何なら処刑してもらっても構わないよ」
ラインハルトは淡々と狛枝の事件の容疑の事を伝える。それに対して狛枝は平然と嬉しそうな顔のまま言った。
(……狛枝兄ちゃん……やっぱり、兄ちゃんは…………)
フェルトは悲しそうな顔で狛枝を見つめた。
すると、銀髪の少女も会話にはいる。
「ねぇ、ラインハルト。あの女の子やお爺さんはどうなるの?」
「職務上、見逃すことは出来ない部類だと考えます」
(フッ……そりゃそうだよな……)
フェルトはなかば諦め考えた。
「ですが、あいにく自分は今日は非番でして」
「悪い騎士様ね」
銀髪の少女は冗談を交えながら嬉しそうな顔をした――――その時だった。
すぐ近くの瓦礫の山がガシャッと音をたてた。
ラインハルトはその音にいち早く反応して叫んだ。
「――っ!?皆!危ない!!」
「――え?」
フェルトは音のした瓦礫の山の方を向いた。
瓦礫が大きな音をたてて崩れた。
いや、弾けとんだと言った方が良いかもしれない。
その瓦礫の山から何かが飛び出てきたのだ。
時間が異常にゆっくりに感じる。
ラインハルトが急いで駆け寄ろうとする。
それもそのはずだった。
瓦礫の山から出てたのは……エルザだったのだ。
フェルトも銀髪の少女もいきなりの事に思考を停止させた。
エルザは全身ボロボロで額からは血を流し物凄い形相で片手にナイフを構えて銀髪の少女に向かって突進を仕掛けてくる。
ラインハルトは距離的にも間に合いそうになかった。
フェルトの足はすくんで動かない。
ようやく状況を理解したときにはもう手遅れだった。
エルザのナイフはあと数歩で攻撃圏内に入る……。
(ダメだ……殺られる!!)
フェルトは目を瞑った。
エルザのナイフがついに攻撃圏内に入り銀髪の少女に向かって一撃を放ち、周囲を血で染める。
そんな想像が頭を過った。
「――――」
銀髪の少女の短い悲鳴が聞こえた。
瞬間――――。
――――パァンッ!!強烈な今まで聞いたことの無いような何かの炸裂音が辺り一面に響いた。
フェルトは瞬時に目を開いた。
そこには、エルザにナイフで襲われ血を高く吹き出している銀髪の少女ではなく――――狛枝が立っていた。
銀髪の少女は狛枝に押されたらしく床に倒れこむ。
狛枝は何か小さな道具を片手で持ってそれをすぐ間近に迫ったエルザに向けていた。
その道具の先端が一瞬だけオレンジ色に光る。
すると、何が起きたのか全くわからなかったがエルザの持つナイフが火花を上げて高く飛び上がった。
エルザも何が起きたのか分からなそうだったがナイフを持っていた手を痛そうに押さえて後ろに跳ねて下がる。
その手からは血が溢れ出ていた。
「チッ、貴方はまた、私の邪魔を!」
エルザは舌打ちをして狛枝を忌々しそうに睨み付けた。
それに対して狛枝はエルザを見下すように嫌悪感に満ちた様子でエルザを見た。
「エルザさん、君の出番はもう終わったんだよ。出番の終わった役者はさっさと舞台裏にご退場してくれないかな」
「……あら、さっきとは随分、私への接し方が違わないかしら?」
エルザは不満そうに言う。
「ボクはね、君に失望してるんだよ。ラインハルトクンというイレギュラーを入れたとしても〝君程度の絶望〟では〝希望の踏み台〟にすら、なれない……本当に残念だよ」
「あ、貴方は……!!」
エルザは狛枝を睨み付けた。
「そこまでだ!エルザ!!」
ラインハルトが駆けつけエルザと対峙する。
「……いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。特に、貴方のはね」
エルザは狛枝を見つめた。
それでも狛枝は動じない。
「勝手にしなよ……」
狛枝は腕を組んでめんどくさそうに言う。
「それまでは、精々、腸を可愛がっておいて!」
そう言い残すとエルザは高く飛びはね穴の開いた盗品蔵を飛び越えて去っていった。
それを見届けたラインハルトは銀髪の少女の方へと駆け寄る。
「ご無事ですか!?」
「私の事はどうでも良いでしょ!それより!!」
だが、銀髪の少女は狛枝に駆け寄った。
「貴方、無茶しすぎよ!!」
「に、兄ちゃん……大丈夫、か?」
「また、また、ツイてたね。ボクの撃った銃の銃弾がエルザさんのナイフに幸運的にも命中するなんてさ」
狛枝は無邪気に笑う。どうたら元気そうだ。
「ねぇ、どうして……どうして私を助けたの?貴方にとって私は〝敵〟なんじゃないの……?だって貴方は私を不良たちに襲わせたじゃない!」
銀髪の少女は狛枝に詰め寄った。
「敵?何を言ってるのかな?敵だと思われていたのなら心外だよ……ま、でも、そう思われたとしてもしょうがないか……」
「誤魔化さないで!!」
銀髪の少女はさらに詰め寄る。
「誤魔化してなんていないよ。ただ単に、ボクは〝希望の味方〟ってだけなんだからさ」
笑顔であたかも普通の事のように言う狛枝を銀髪の少女は嫌悪感を露に睨み付ける。
「……私、貴方の事嫌い」
「あはは。手厳しいね」
狛枝は苦笑いを浮かべた。
フェルトもこの会話を聞いてようやく少しだけ安堵する。
(ああ、これでようやく終わる……この悪夢みたいな一日が。絶望的な一日が……終わる)
その時、フェルトは確かにそう思っていた。
これでようやく終わると……。
狛枝にしばらく会わなければ、もうこの事件を思い出すこともないだろうと……。
そう、思っていたのだ。
少なくともこの時は……。
それが単なる始まりであることを知らずに……。
ギシッ……上の方から木が軋む音がした。
フェルトは上を見上げる。
(あれは……)
暗がりでよく見えなかったがそれがなんだかは分かった。
エルザのナイフだ。
狛枝のよく分からない方法で弾け飛ばされた物だ。
そのナイフが今にも崩れそうなバランスの悪いところにある木の柱に突き刺さってる。
その柱は振り子の様に左右に揺れ始めついにその柱は地面に向かって落ちた。
「――ッ!?」
「きゃっ!?」
「わっ!?」
ドスンッと大きな音をたてて落ちた柱にフェルトとラインハルトと銀髪の少女が後ろに下がる。
ロム爺はラインハルトが引っ張って一緒につれてきた。
だが、狛枝は動こうとしない。
「君!!すぐにそこから下がるんだ!」
「お、おい!狛枝兄ちゃん!!早く逃げろよ崩れるぞ!!」
ラインハルトとフェルトが大声で狛枝に警告する。
それでも狛枝は動かない。
それどころか腕を組んで残念そうにしている。
「〝今回〟はここまでか……まぁ、ラインハルトクンに会えた幸運を考えれば当然か。ボクがちゃんと希望の踏み台になれたかは分からないけど…………」
そんな意味の分からないことを狛枝が呟いている間にも柱が落ちた衝撃で舞い上がった瓦礫が周囲に飛び散る。
飛び散った木材や盗品等の商品が他の物にぶつかりそれがまた、飛び散り他の物にぶつかる連鎖。
それは短い時間の間だったが水上の波紋のように現場を揺さぶっていた。
フェルトもラインハルトも銀髪の少女も迂闊に動くことが出来ない。
カウンターの方で一本の剣が先から棚から落ちそうになった。
狛枝がフェルトの方へ笑顔をふりまく。
「フェルトさん、ボクの言った事は忘れないでね。最後には希望が勝つってことをさ」
「な、何を言って……」
棚から既に半分落ちかけた剣は柄の部分が偶然引っ掛かり落下を止める。
「皆には言い忘れてたね。ボクには超高校級と呼ばれる幸運の才能があるけど……幸運が起きるには〝ひとつ条件〟があるんだよ」
「じょ、条件……?」
フェルトは不穏な空気を感じた。
「ボクの幸運は幸運が起きる前か後に必ず幸運と比例するくらいの不幸が起きるんだよ」
棚に引っ掛かった剣の先に崩れた衝撃で飛んできた煉瓦がぶち当たる。
煉瓦が当たったことにより剣は大きくしなった。
「に、兄ちゃん、そんな事はどうでも良いから早く逃げろよ!!」
フェルトが必死に訴える。
剣がしなった事により引っ掛かっていた柄の部分が外れる。
そして……。
「ごめんね。フェルトさん……それじゃあ皆、また会おうね!」
狛枝が両腕を肘から下を上に上げて満面の笑みを浮かべた。
「兄ちゃ――――」
フェルトが言うとした、その瞬間だった。
棚から外れた大きくしなった剣は反動でブーメランの様に勢いよく飛んだ。
フェルトは目を見開いた。
その剣はまっすぐに狛枝の首へと――――、
きっとここから先は気のせいだ。
ジュシュッ……鈍い音が聞こえた気がした。
真っ赤な噴水が高く上がった気がした。
顔に何か生暖かくてぬるっとしたものが飛び散ってきた気がした。
カウンターから飛んできた剣は反対側の壁に突き刺さっている気がした。
狛枝の緑色のコートがベチャベチャに濡れてどす黒い赤色に変わっている気がした。
ゴロンと何か大きな物が私の足元に転がってきた気がした。
足元を見ると私の足元で狛枝が笑顔で私を見つめている気が…………、
…………した。
気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした、気がした......
限界だった。
「あ、ああ、あああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアア――――――――!!」
フェルトの意識はそこで途絶えた……。
※※※
これ以上先の事は何も覚えていない……。
今でも当時の事を思い出すと吐き気がする……。
次に気がつくとアタシはラインハルトの屋敷にいた。
聞けば二日も寝込んでいたらしかった。
疲れていたのか現実逃避をしたかったのか、あるいはどちらかもしれない。
結論から言うと狛枝兄ちゃんは死んだ……。
目覚めてからラインハルトにアタシは聞いた。
狛枝兄ちゃんはどうなったのかと……。
ラインハルトは一瞬言葉を詰まらせはしたが正直に全てを話してくれた。
死因は不幸にも飛んできたが剣が首を切断したことが原因だった。
つまり、あれは全て気のせいではなかったのだ。
あの、足元からアタシを見つめていた満面の笑みの狛枝兄ちゃんの顔も……全て事実…………。
そして、ラインハルトはアタシに狛枝兄ちゃんの遺品として血に染まり変色した衣類とエルザを追い払ったときに使った奇妙な道具を渡して部屋から去っていった。
アタシは数日間、部屋に塞ぎこんだ。
が、その時ふと思い出したのだ。
狛枝から預かっていた〝電子生徒手帳〟を。
電子生徒手帳はアタシの寝ているベットの横に置かれていた。
アタシはそれを見てから狛枝兄ちゃんの事を調べようと思った。
もしかしたら何かが分かるかもしれないと思ったのだ。
狛枝兄ちゃんが何をしようとしていたのか……。
数日ぶりに部屋から出たアタシは真っ先にラインハルトの所に行った。
いや、行ったと言うより、アタシが出てきたということを聞きつけて真っ先に駆けつけてきたのだが……。
とにかく、アタシはラインハルトに狛枝兄ちゃんの事を聞いた。
すると、彼も彼なりに狛枝兄ちゃんの事を独自に調べていたらしかった。
しかし、目立った情報は皆無に等しかった。
分かったのはアタシと会う前の行動くらい……だが、その行動ですら〝ある時間〟より前になると分からなくなった。
ラインハルトはまるで突然現れた様だとも言っていた。
狛枝兄ちゃんが着ていた服や電子生徒手帳の〝ニホン語〟を頼りに狛枝兄ちゃんの居た国を調べようともした。
でも、それもダメだった。
ラインハルトによればこんな見たことのない技術や服装、言語を使う国は聞いたこともないとのことだった。
最後の手がかりは狛枝兄ちゃんが電子生徒手帳に残していったかもしれない手がかりを探すことだったが言葉の翻訳や未知の技術の塊だった電子生徒手帳の機能の解明には今しばらくかかるらしい……。
つまり、狛枝兄ちゃんの過去を探るのは事実上、現時点では不可能なのだ……。
しかも……狛枝兄ちゃんのアタシ達への言動も不可解なものが多い。
中でも……、
――〝今回〟はここまでか……まぁ、ラインハルトクンに会えた幸運を考えれば当然か。ボクがちゃんと希望の踏み台になれたかは分からないけど――
――それじゃあ皆、また会おうね――
狛枝兄ちゃんは死ぬ前に確かにそう言っていた。
あの言葉の意味がわかる日もいつか来るのだろうか?
それに、狛枝兄ちゃんはアタシにある頼みごとをしている。
アタシが盗品蔵から出る時……、
――あ!ちょっと待ってフェルトさん!――
――何だよ兄ちゃん……今、そう言う流れだっただろ――
――危ない危ない忘れるところだったよ……フェルトさん、ボクに何かがあった時のために一つお願いがあるんだけど――
――お願い?――
――ボクたちが貧民街に入った時に茶髪で亜人の猫耳っぽい君よりも年下の女の子が居たの覚えてる?――
――ああ……そう言えば居たような……そいつがどうしたんだ?――
――ボクに何かがあった時は君がよければで良いんだけど彼女の事を少しで良いから気にかけて欲しいんだ――
――はぁ?なんで、アタシがそんなこと――
――実は〝前〟に彼女に助けてもらった事があるんだけど、その時に彼女をヒドイ目にあわせちゃってね……お礼が何一つできてないんだ――
――そんなの自分でやれよな――
――ボクに何かがあった時の保険だよ――
狛枝兄ちゃんが話した亜人の女の子は今、狛枝兄ちゃんの最後の頼みだからとアタシがラインハルトに無理に頼んでラインハルトの屋敷で働かせてもらっている。
もちろん、その娘には狛枝兄ちゃんとの関係を聞いた。
しかし、返答は奇妙なものだった。
その娘は狛枝兄ちゃんと面識はなかったのだ。
もちろん、助けた記憶もヒドイ目にあわせられた記憶もないらしい。
ここまで来ると狛枝兄ちゃんに妄想癖があったとかそう言う風に考えた方が手っ取り早いのかもしれない。
でも、アタシは最後まで狛枝兄ちゃんの事を調べようと思っている。
それに、あれから私なりに狛枝兄ちゃんについて考えて一つ分かったことがあった。
そして、狛枝兄ちゃんに教えてもらったんだ。
狛枝兄ちゃんは……、
狛枝兄ちゃんは希望の為に……自分の才能を信じていたんだ。
〝超高校級の幸運〟〝狛枝凪斗〟
狛枝兄ちゃんは〝希望の踏み台〟になったんだ。
どんな絶望も所詮は希望の踏み台にしか過ぎない……。
絶望を乗り越えた先にこそ真の希望がある筈なんだ。
アタシにも狛枝兄ちゃんが、言っていた意味がようやく分かった。
最後には希望が勝つんだ。
アタシもそれを見てみたいと思った。
狛枝兄ちゃんは見れなかったけど……アタシは見たいなぁ。
どんな絶望にも負けない絶対的な希望をさ……。
なぁ、狛枝兄ちゃん……。
ピーーーーガガガガガガ――――う――ぷぷ――――――――――――
すっかり冬になりましたね。
私のアレルギーは冬がきついので大変です……。
皆さんも体調には十分注意してくださいね。
本来の予定では今回の話の最後に狛枝視点に戻る予定ですが私の想定よりも長くなってしまった為、狛枝視点に戻るのは次回になります。
その辺は申し訳ございません。
前々回から続いたフェルト視点からお話ですがこれは狛枝の狂気を一番出すにはどうしたらいいかと考えたときにフェルトからの視点の方が良いのではないかと思いこんな感じになりました。
上手くできていれば嬉しいです。
それにしても書いててなんですがこのフェルトは大丈夫なんでしょうかね……?