魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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第3話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンリたちの生んだ双子たちの出産祝い、そして、セバスとツアレの正式な婚姻と結婚式を終えたその翌日、ナザリックはかつてないほどの緊張感に包まれていた。

 久方ぶりの、主人からの直接招集令を受け、ナザリック全階層に散るNPCは勿論、ナザリック外の外地領域を統治するうえで派遣されたシモベたちもまた、御身の指示に従い、神聖不可侵なる第十階層・玉座の間への集合を果たしていた。

 彼らシモベたちは、世界征服――大陸統一を成し遂げたアインズ・ウール・ゴウンに忠誠を誓うNPCたちばかり。外の世界にて獲得した新たな人員――エンリやツアレなど――は、一切含まれていない。この異世界に転移して僅か経過した時に「アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ」と命じられた時と同じ配置の他に、アインズが生み出し続けたアンデッド――死の騎士(デス・ナイト)死の騎兵(デス・キャバリエ)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)、御身と同じ種族と言える死の支配者(オーバーロード)の姿まで存在していたのが、あの当時との明確な違いらしい違いである。

 そうして、彼らは一様に戸惑いを覚えていた。

 至高の御方であられるアインズ・ウール・ゴウンは、滅多なことでもなければシモベたち一同を玉座の間に集結などさせないはず。

 そもそもにおいて、この第十階層と、直上に位置する第九階層は、神聖なるナザリック内でも聖域の中の聖域。アインズその人の許可によって警護任務の他に、休暇の際などは自由に開放されるようになった階層であるが、それでも「玉座の間」に入れるシモベというのは選び抜かれた精鋭ばかりであることに違いはない。

 アインズ・ウール・ゴウンを伝説とするための宣言をはじめ、シモベたちの賞与授受や、ナザリックの方針明示などの大きな――至高の御身の行動はすべてにおいて偉大なのだが――出来事でもなければ、アインズが全てのシモベたちを集結させることはなかった。

 であるならば、今回のこの招集の儀も、きっと何か巨大な意義が存在しているはず。

 だが、シモベたちの矮小な知識や判断では、御身の思索思考に追随することは難しい。例外としては最高の知能を持つLv.100の守護者たちなどであれば、御身の為すことにも一定の理解を示しているはずだろうが、畏れ多くもナザリックの最奥の地にして、至高の御身がおわしますこの玉座の間で、お喋りに興じる不敬者など、ただの一人も存在しない。

 静けさは一瞬の吐息どころか一拍の鼓動すら憚られるような、無言の結実。

 整列する大小強弱様々な異形の影たちは全員、(こうべ)を垂れて己の忠誠を示す。

 重い空気が、さらに重くなり、しかし飛び上がりそうな昂揚感をもたらしてくれる輝くような威光を背負うかの如く、御身は現れた。

 四十の幕旗が下がる玉座の間に、たった一人残られた至高の四十一人のまとめ役――ナザリック地下大墳墓の絶対支配者――異世界において歴史上類を見ない大陸制覇を成し遂げた魔導王――アインズ・ウール・ゴウンが、杖の音までも輝くかのように、その神々しい玉体を(あらわ)にした。

 玉座の間に集ったNPCの前で、この大陸の最頂点、現世に顕現した「死」そのものというべき至高の御方は、ナザリック最奥に位置する水晶の玉座に身を預ける。

 その隣には伴だって現れた元守護者統括、「宰相」のアルベドを引き連れて。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様の威光に触れる栄誉を与えます。

 (みな)、面を上げなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面を上げる音が、意外にも大きく、静謐な玉座の間に轟く。

 階段の上の玉座から見下ろす光景に息を飲みそうになる。これだけの異形たち――死者に悪魔に竜に魔獣などが、一糸も乱れぬタイミングで動くだけで、広大かつ壮麗な玉座の内装を震わせる威力を伴うのだ。

 シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、セバスに戦闘メイド(プレアデス)の六人――他にもたくさんのナザリック直轄の、この地を護るべく創られたものたちの忠誠は、この数年の間にもまったく陰りを見せたことはなかった。例外もいるにはいたが、今はどうでもいい話である。

 アインズはそんな彼らの忠義ぶりに少しばかり気圧されつつも、慣れた様子でNPCたちの思いに応え始める。

 

「皆の者、我が招集に応え集ってくれたことに、感謝を述べさせてもらう」

 

 感謝など勿体ないという言葉すらも聞き飽きるほどに繰り返された遣り取りだが、主人である自分が彼らへ抱く感情は隠しようがないし、隠す意味もない。

 アインズはとりあえず、先日催された祝賀祭――エンリたちへの出産祝いの式典が、無事に滞りなく終わりを迎えてくれた功を褒めちぎる。特に、都市全域の警備に回ったものたちや、国民たちへの興行に尽力してくれたものなどを優先的に褒めつつ、その者らのバックアップに終始した者たちも平等に賛辞を贈った。主からの賛美を受け取った者たちは、粛然とした無言で、毅然とした返礼で、混然とした喜悦で、主人からの感謝を恭しい態度をもって受け取っていく。

 儀礼としては、まずまずの進行ぶりだ。

 我ながら支配者の演技も板についてきている気がする。

 アインズは内心で気を良くしつつ、しかしその声音と外見には主人としての威厳を盛大にトッピングしたまま、今回の招集の目的を語り始める。

 

「おまえたちのおかげで、祭典は無事の終着を迎え、その途上にてセバスたちの婚礼を果たすことも叶った。皆のかかる苦労に、さらなる感謝を贈ろう。そしてさらに、今日この場において、私はおまえたちに、ひとつの新たな秩序と体制を布達しようと思う」

 

 シモベたちの大多数が、主人の進言に息をのんだ。

 ナザリック地下大墳墓に、新たなる秩序を盛り込むとは、いったいどのような内容であるかと思うよりも先に、その新秩序とやらを盛り込む“意味”の方が気にかかった。

 このナザリックは、至高の四十一人によって完成された究極の聖域。

 そのような場所において、秩序も体制もすでに完成されているはずなのに、御身は新たなる法を、則を、何かを加えようとしている。無論、主人の意思には絶対服従を誓うシモベたちに否も応もないが、現状の自分たちのありさまに御身は満足されていないのではないかという危機意識が、彼らの胸中を苛んだのだ。

 御身に不快と思われることは彼らを容易く自死に(はし)らせ、御身に不満を抱かせるのは何物にも耐えがたい悲しみである。

 

「心配には及ばないぞ、おまえたち」

 

 アインズは彼らの憂慮するような気概を抱いていないことを、至高の御身として高らかに宣言しておく。

 

「この新秩序と新体制は、私が現在のおまえたちに不平不満を抱いて()くような類のものではない。ただ、私がおまえたちの可能性を狭めていた不徳を是正するためのもの――責めを負うべきは私の方だろうな」

 

 シモベたちはさらなる驚愕に息をもらしていた。

 御身は自分こそが責められるべきだと、自分の不手際がシモベたちの現状にふさわしくない在り方を強いていたのだと謝罪してきたのだ。これは本来であればあり得ないようなこと。至高の御身たるアインズに、如何様な間違いや不徳が存在するものか、そう抗弁しようとするものたちに先んじて、アインズ・ウール・ゴウンはさらなる宣布をもって彼らの言を塞いでしまう。

 

「私は、アインズ・ウール・ゴウンの名の下に、このナザリック地下大墳墓に新たなる秩序『婚姻制度』を導入することを、ここに宣言する」

 

 御身が宣言したことは、アインズに比べれば粗雑極まるシモベたちの認識では、即座に理解することは不可能に近かった。婚姻制度という聞き慣れない言葉に、NPCは動揺と詠嘆――ある者らは感動にも似た声を漏らす。

 その中にあって、最前列の階層守護者の位置に侍ることを許され質疑も認められていた真祖の吸血鬼が、慄きに震える手を伸ばして質問する許可を願った。アインズは鷹揚にシャルティアを促し、彼女の問いを聞く。同時に、シモベたち全員からの質問を全肯定しておいた。

 

「アインズ様……その、コンイン、制度というのは、一体どういうシステムなのでありんしょうかえ?」

「ふむ。婚姻とは、男女の関係にある者たちが取り交わす契約のようなもので、その男女が様々な恩恵を獲得できるように、私などの上位者が働きかけるシステムのことだ」

 

 分かりやすい説明として妥当な表現を使ったアインズであったが、それでも大半のNPCたちから疑問の表情は拭いきれなかった。反面、シャルティアをはじめ一部の守護者やシモベたちはその意図するところを理解し納得したように深い沈黙を保ち始める。アルベドやデミウルゴスあたりは、そのための法整備や体制の拡充に奔走させていたのだから、当然知っていたわけだし。

 

「男女の、関係……?」

「あのー、それってつまり、どういう関係なのでしょうか?」

 

 そんな守護者たちの中で、ほぼ唯一理解が及んでいないアウラとマーレは恐縮した風に聞いてくる。

 

「二人にはそういったことは早い気もするが、そうだな……より分かりやすく言えば、一番仲のよい異性と共同生活を送る関係、といったところか?」

「それはつまり、私たちのような姉と弟の関係、では、ないのですか?」

「いいや違うぞ、アウラ……そう、これは……」

「愛し愛される関係の事よ、アウラ」

 

 アインズの傍らに侍る宰相にして女淫魔(サキュバス)の女神のごときたおやかな笑みが、シモベたち全員を言祝(ことほ)ぐように見つめている。

 

「男と女の関係とは、この世界で最も尊い“つながり”であり“絆”のひとつ。私がアインズ様を愛するように、アインズ様が私を愛してくださるように、それはとてもとても尊いことなの。先日婚礼が認められ御身に祝福されたセバスとツアレの関係こそが、今後ナザリックにおいて推奨されることは、ほぼ間違いないわ。

 ナザリックの戦力増強という意味でも、私たち配下の将来という意味でも、それに何より、外の世界との融和による“理想郷の完成”という意味でも」

 

 何だか急にアルベドの周囲が色めき立つような気配を、アインズは感じる。

 しかし、そのことを努めて意識の隅に置きながら、ナザリックの支配者らしい悠然とした口調のまま、アルベドの発言に乗りかかる。

 

「うむ……そういうことだ。今回の件で、セバスたちが果たした役割というのは絶大だ。その返礼として、セバスとツアレには私の方から特別に、婚礼という褒賞を与えてやったほどだと言えば、わかるか?」

 

 実態は、あくまで生まれてきた二人の娘、マルコ個人への贈り物という体裁を整えたが、やはり二人の想いを汲み取って式を準備した思惑は否定できない。

 瞬間、玉座の間がさらなる驚嘆の声に包まれる。

 至高の御方から直接賜る褒美など、これほどの名誉があるものか。それを今でこそナザリックに忠誠を誓う同胞としてみられる外の存在――人間の娘、ツアレに対してなどとは、破格の度合いを超えていた。

 アインズはさらにナザリックの配下たる者たちに言い聞かせていく。

 

「人と亜人、人と異形、そういった垣根を超えた種の在り方こそが、今後我が国土においてスタンダードな、基本的な命の営みに加えられることだろう。そのためにも、まずはおまえたち、ナザリック地下大墳墓を鎮護するおまえたちもまた、その手本となれるように励むことを、私から推奨させてもらう」

 

 厳命、とは言わない。

 愛情の有無や絆の在り方とは、命じられて初めて得られるようなものではあってはならない。

 彼らが自発的に、自由に、自儘に、自分の意思で、愛情を抱くようになってくれれば、これに勝る喜びなどないだろうと、アインズは確信を込めて立ち上がる。

 

「此度の『婚姻制度』の導入は、まさにその第一歩だと思ってくれて構わない。

 守護者たちを含めた全員に言っておこう。ナザリックに仕える、我が(いと)()たちよ!」

 

 主人から愛という単語を賜った栄誉と感激に、すべてのシモベたちが体の芯を熱くさせられる。

 

「このナザリックを愛するように、隣に並び立つものたちを愛せ!

 我がナザリック地下大墳墓の輝煌(きこう)を、アインズ・ウール・ゴウンの威名(いめい)を、遍く世界に伝え残す種子(しゅし)を創るのだ!

 おまえたちの手で!」

 

 臣下として、敬服の姿勢を新たにするNPCたちの唱和と万歳と熱気が、主の空っぽな胸を震わせる。

 

 ナザリックの未来は洋々として、今アインズの眼前に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずの散会を命じられたシモベたちは、玉座の間を後にする。

 アインズの勅命により玉座に残ったNPCは、各階層守護者と宰相の、計六名のみ。

 セバスについては、例のごとく愛娘の夜泣き番を務めさせるべく、早々に帰室させている。本当は育児休暇中なのだからずっと休ませてやりたいところなのだが、さすがにアインズの今回の直接招集に参加させないでいるのは、婚姻制度の発祥を促した存在であるという点が大きいため、できなかった。

 

「さて、守護者たちのおまえたちには、早速これを渡しておくとしよう」

 

 デミウルゴスが楚々とした動作で取り出し配ったのは、真っ白な書類である。

 

「これはデミウルゴスに作成させた婚姻届。いわゆる契約書の類だ。これを専門の部署、あるいは私に提出し、認可されれば、その者たちは婚姻を結んだことが認められる」

 

 夫と妻の名前を記入する欄や、住所もとい住居や役職の欄。さらには婚姻を交わしたことを認める第三者――証人の存在を記入する欄などが空いている用紙である。当然のことながら、これは婚姻を結ぶ両者が完全に同意したことを示す血判、あるいは魔力を込めた押印がなされなければ不受理となる。同様に、二人の証人欄を埋めることができないものもまた、受理無効となる。一方的に名前だけを書き連ねて提出しても、婚姻を結んだことにはならないシステムが確立されていた。

 この婚姻届は、アインズ・ウール・ゴウンの名の下に、正当なものであることを宣誓する文言も、一番先頭に添えられていた。つまるところ、この夫婦はアインズの名の下に認められた清い関係であると認証されることを意味しているのである。

 そんな書類を不遜にも偽造したり、故意的に誤用したりすれば、シモベとして失格の烙印を押されることになるだろう。

 

「これが、婚姻届……」

「で、ありんすか……」

 

 宰相と元帥――アルベドとシャルティアは、ほぼ同時に呟いていた。

 二人の恭しい手つきは、まるで宝石を賜るかのように慎重そのもの。低位の武器やマジックアイテムではない為、カースドナイトのシャルティアが手に触れても、途端ボロボロに朽ちるようなことはない。まるで愛おしい者の肌をなぞるように、紙の薄い質感を指先にとらえなぞっていく。

 総監と導士――アウラとマーレも、好奇心をたっぷり滲ませたオッドアイで真っ白い書類の文面を読み込んだ。

 四人は、婚姻届を直接見るのは初めてのこと。セバスとツアレの婚礼の時は、アインズが直接回収し、デミウルゴスに渡してしまっていたし、この書類の作成者は体制面の拡充を任されていたデミウルゴスにほぼ一任されていたので、法整備に尽力していたアルベドも、実は完成されたものに直接触れるのは初だった。これは彼女たちが手抜きを行ったというわけではなく、セバスとツアレの婚儀に間に合わせるために、アインズが二人に急ピッチで作業を進ませたが故、アルベドはデミウルゴスの仕事を信頼し、御身の望む法体制の確立に力を尽くした結果であったわけだ。……決して、アルベドが婚姻届に細工をして、勝手に提出しても受理できるようなものを自分用に作るのを危惧したわけでは、一応、ない。

 守護者たちの興味深げな反応は、アインズにとっては喜ばしいものである。

 今頃は、玉座を辞したNPCたちも、部署に求めれば婚姻届が普及されている筈。

 NPC同士で結婚し、子を生すことが可能かどうかは不透明な状態だが、いざとなればヒュギエイアの杯の薬湯を使ってみるのもありだろう。少なくとも、セバスはツアレを孕ませることができたのだから、可能性は0ではない。むしろNPC同士の方が確率は高いのかもわからない。

 そうして、NPCたちが交わり生した子が、外の存在と同じくレベルを獲得し、戦闘を行えるだけの力量を備えることができれば、それは即ちナザリックの強化に繋がるだろう。マルコはすでに、その片鱗を感じさせてくれている。

 ナザリックの未来は明るい――アインズはそう確信しきっていた。

 故に、自分ですら予期せぬ事態が、この場で発生する可能性をまったく完全に失念していた。

 

「……コキュートス?」

 

 四人が書類を受け取っていく中で、何故だろうか、コキュートスはデミウルゴスから婚姻届の書類を受け取らなかった。というか、デミウルゴスも彼には婚姻届を供出しようとしない。二人は仲の悪い関係ではないので、イジメやそういったものでないことは確実だ。

 では、何故?

 

「どうした、コキュートス?」

 

 命令に忠烈な蟲の武人が膝をつき、何かを玉座に座すアインズの方へ差し出していた。

 

「私ハ既ニ、デミウルゴスカラ“婚姻”ト、種子ヲ造ルタメノ“交配”ノ許可ガ下サレルト聞キ、我ガ配下デアル雪女郎(フロストヴァージン)全員ト、婚姻ノ儀ヲ済マセテオリマス」

 

 そう言って、コキュートスが差し出しているのは、魔導国の参謀、デミウルゴスが作成した婚姻届に相違ない。

 すでに記入済みのそれが――六枚。証人欄には、彼の友たるデミウルゴスと恐怖公が名を連ねていた。

 何の非の打ちどころもないほど、几帳面に記入された書類を受け取ったアインズであったが、事態を飲み込むには数秒の時間を要した。

 

「え……………………待て。ということは、つまり」

「既ニ、六人全員ガ、私ノ子ヲ孕ンデオリマス」

 

 将軍様かよ!

 いやコキュートスは今の役職としては将軍なんだけどな!

 これで蜥蜴人(リザードマン)たちの嫁自慢とやらに参加できると、意気揚々と語って聞かせる守護者の姿に、アインズはひっきりなしに精神が安定化してしまう。それでも、玉座の肘掛けを殴りそうになるのを抑えるのは難しかった。

 そういえば、重婚とかそういったことは、考えていなかった!

 ……いや、……確かアルベドとデミウルゴスが作成した草案にもそんなことが書いていたような……難しい記述や見慣れない文言をスルーしてしまった弊害である。

 というか、雪女郎(フロストヴァージン)たち全員って!

 そりゃあ、この転移後の世界にも(めかけ)とか一夫多妻制はあったんだから、別にこれくらいのことは想定しておくべきだったのかも知れないけど。でも、まさか、いきなり六人の妻を侍らせるNPCが現れるなんて、さすがに予想できないから! 二人や三人ならいざしらず、まさかの六人って! ……もしかして、デミウルゴスも、それぐらいやっているのかな? ……やってそうだなぁ、あの笑顔。

 だが、いや、これはむしろ、祝福すべきこと、ではないか?

 守護者が子を作れることが判明した上、しかもNPC同士で子供を作れることは確定したようなものだろう。未使用でものがなくなってしまった身の上、羨ましいだなんて思ってなんて……いや、ちょっと妬ましいのが本音だけどさ。

 そんな内心を僅かにも吐露することのない骨の表情で助かった気がするのは、少し情けない。

 

「す、素晴らしい報せだ。め、めでたいぞ、コキュートス!」

「アリガタキ幸セ! コレデ、アインズ様ノ御嫡子ニ、胸ヲ張ッテ(ジイ)ト御呼ビイタダケルコトデショウ!」

 

 いや、子がいるかどうかで爺と呼ばれるかどうかは関係ないんじゃ……あるのかな?

 というか、御嫡子って……骨の自分がどうやって子供を産むと考えているのか、少し気になる。

 いずれにせよ。コキュートスはアインズが求める結果を、先回りして実証してくれたという見方もできるだろう。本当に、蜥蜴人(リザードマン)たちとの戦いから考えると、すさまじい成長ぶりである。

 

「えぇと……とりあえずアルベドたちも、コキュートスと同様、早く相手を見つけ……て?」

 

 何やら異様な雰囲気に、アインズは椅子の上でたじろいでしまう。

 視線を移して見た残りの守護者たちは、婚姻届を両手で握りしめつつ、自分たちの主の顔を、じっと見つめていた。

 昂然とした瞳。陶然とした瞳。毅然とした瞳。悄然とした瞳。

 合計八つの瞳は、まるでそれぞれが引力を発するかのように、アインズの意識を吸い込み放さそうとしない。

 思わず声を漏らした。

 

「ど……どうした。アルベド、シャルティア、アウラ、マーレ」

 

 言ってみたが、アインズは自分の失言をいまさら理解した。

 アルベドとシャルティアが自分の妃の座を巡り争っていることは周知の事実。その二人に相手を見つけろというのは、なるほど、これ以上ないほどの侮辱、もとい拒絶に思えたことだろう。それは判る。

 だが、残る二人――アウラとマーレまで顔を俯かせて震えているのは、本当に、訳が分からなかった。

 

「お…………おい?」

 

 その声を合図としたかのように、四人はほぼ同時に、声を張り上げた。

 聞く者の心を打ち震えさせるような――それは、魂からの言の葉。

 

「  アインズ様以外の(ひと)になんて抱かれたくありません!!   」

 

 唱和した声がアインズの頭蓋の内の空洞の空気を撹拌するかのように響き渡る。

 だが、言われた内容はちっとも脳内で処理できない。

 

「な……………………え?」

 

 あまりの威力に、存在しない心臓がもぎ取られそうな感覚をアインズは覚えた。

 守護者四人は互いに示し合わせた様子などなく、一心に至高の存在の眼窩の奥に灯るものを見つめている。彼女たち(+彼)の叫びは、まったく偶然の一致の、けれども見事に重なり合った一声であったのだ。

 そこに誇張や虚飾は一切なく、どこまでも真摯で純粋でまっすぐな想いが、剣のようにアインズの中心へ突き立てられる。

 どこまでも本気で本当で本物な愛情の発露。

 それが、四人の守護者の表情から投げかけられるすべてだと理解した。

 だが、アインズは思わず反射的に両手を顔の前で振っていた。あまりの事態に支配者としての振る舞いなど失念しきった様子で。

 

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て! おまえら正気か! 私はアンデッドで、この体は骸骨の」

「   そんなこと関係ありません!!   」

 

 またも見事な唱和が玉座に轟く。

 あまりの剣幕に、ナザリックの最高支配者が完全に腰を引かせていた。

 元守護者統括の泣訴に近い声が、アインズの真っ白い顔の至近で響く。

 

「アインズ様。私はこれまで、御身の宣言された“そういった関係”になれる日まで、一日千秋の思いで過ごして参りました。――そして、今! アインズ様は! 私たちに“そういった関係”になられることを確約してくださったのですよね!」

 

 話が飛躍し過ぎじゃね!

 

「落ち着け……落ち着くのだ、アルベド」

「私は落ち着いております! 落ち着いているからこそ、今もこうして、御身の身体に覆いかぶさるような愚挙には及んでおりません!」

「いや、そういうことじゃなくて」

「アインズ様! アルベドの言っていることに間違いはございんせん!」

 

 真祖(トゥルー・ヴァンパイア)の紅く濡れた瞳が、ずいと迫る。

 いつもなら暴走する純白の悪魔を嘲弄し抑制にもなってくれるはずの吸血鬼が、今は完全に彼女の支援者と化して、アインズの膝近くに(はべ)っていた。

 

「この馬鹿も、ようやく御身の前で礼を失するような無様をさらすことを卒業し、御身の妻となる覚悟と矜持とを獲得しんした。御方の愛を無理やりもぎ取ろうなんて下賤(げせん)な行いに走ることもないでありんしょう。故に……どうか! どうか私共の愛を、御身の偉大な御心で受け入れて欲しいのでありんす! 私たちに御寵愛を――子を授けてほしいのでありんす!」

「いや、だから、そういうことじゃ」

「アインズ様! 二人の言っていることは、総監の私から見ても正しいと判断できます! 確かに、アインズ様の妻になるには不出来なところも残っているかもしれませんが、そこは私が、しっかりとフォローさせていただきますので、ご安心ください! そして、私も! アインズ様に愛されるに相応しい女として、今後精進に励みたいと思っております! アインズ様の御子(みこ)を賜るに相応しい妻として!」

 

 え、ええええ?

 何なの、これ?

 アルベドとシャルティアはいざ知らず、何でアウラまでこんなこと言うようになってるの?

 

「ちょ……ちょっと待ってくれ、おまえたち……」

 

 ナニのない身体で、一体どうやって女と交わり子をなせと言うのか!

 そりゃあ、性欲は微妙に残ってなくもないけど、さすがにこの骨だけの身体で子供なんて望めないだろうが!

 

「というか……アウラは百歩譲るとして、なんでマーレまでそっち側なんだよ!?」

「だ、だって、僕、ア、アインズ様のこと、だ、大好きですから!!」

 

 えええええええええええええええええええええええええええっ!?

 

「マーレ……それは男として、男のアインズ様が好きってこと?」

「え? いや、別に、男とかどうか関係なくて、ただ、誰の子供が欲しいって訊かれたら、や、やっぱりアインズ様との子が欲しいかなって」

 

 姉の質問に律儀に答える弟の様子に、アウラはとりあえず息を吐いた。

 マーレにそういう知識がないことが理解できたのは良かった――いや良くない――が、さすがにこんな状況は想定の範囲を大きく超えていた。視界の端でコキュートスとデミウルゴスが同意したように首を頷かせるのは、完全に無視するしかない。

 

「待て、待て待て……待つのだ、おまえたち。ここは、そう、冷静に、だな」

「アインズ様! 私たちは本気です!」

「アルベドの言う通り! 私共は、御身ただ一人にこそ、己の純潔を捧げたいのでありんす!」

「アインズ様は、私たちのこと嫌いなんですか? 大好きだって、あの時私に言ってくれたじゃないですか!」

「えと、その、あの」

「むう……」

 

 おかしい。

 どうしてこうなった?

 どうしてこうなった!

 もう自分は何度くらい精神が安定化しているのかも判然としないくらい混乱してしまう。

 何か自分は、とてつもない失敗をしでかしていたのではないだろうかと自省してみるが、絶えず安定化の波に揺られる精神では、常のように冷静な判断が出来ない。呼吸など必要のない身体なのに、酸欠にでも陥ったのかと思うほど視界が暗く閉ざされていく。

 

「   アインズ様!   」

 

 再び名を呼ばれながら詰問され、アインズは頭を抱えながら、天を仰ぐしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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