魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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第4話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大海のように、大空のように、

 前途洋々(ぜんとようよう)という晴れやかな気持ちは、

 アインズの眼前から突如として消え失せてしまっていた。

 

「……はぁ」

 

 ナザリックに婚姻制度を導入したアインズは、導入早々、とんでもない事態に直面してしまった。

 コキュートスがすでに配下の雪女郎(フロストヴァージン)六人と結婚し、NPC同士で子を作ることが可能な事実を知らしめてくれたこともそう。

 デミウルゴスがすでに外の人間などの女――かつてナザリックに敵対した反抗因子らしいもの複数名――と子を生していたこともそう。

 そして、何より……NPC四名……アルベド、シャルティア、アウラ、さらにマーレからの、至高の御身であるアインズへの正式な求婚もそうであるが、

 

 それ以上に困惑してしまう事態が、今、目の前に平伏しているのだ。

 

 アインズは静かに、そこに控える二人の姿を確かめるような声色で話しかける。

 

「そうか……おまえたち、そういう、仲……だったのか……」

 

 この大陸を治める至高の王は、自分の目の前で片膝をつくNPC二人を見つめた。

 

「――申し訳ありません、父上」

 

 項垂れる表情は、創造主のアインズですら機微の掴めない卵頭に三つの黒円が空いているだけのもの。しかし、その口から漏れ聞こえる声に宿る感情は、ひどく後ろめたい告白をしなければならない者特有の、暗く沈んだ調子が多分に含まれていること自体は把握できた。

 パンドラズ・アクター。

 アインズが自ら創造したNPCもまた、婚姻制度導入の翌日、とある同族を伴って、父たる至高の御身に婚姻の許可を願い出てきたのだ。

 

「いや、謝る必要はない」

 

 必要はないのだが。

 

「少し……そう、少しだけ、意外ではあったが……」

 

 アインズは、不肖の息子(?)の伴侶となろうとする黒髪の乙女――戦闘メイド(プレアデス)が一人、ナーベラル・ガンマの平伏する姿を眺めた。

 

「ナーベラル・ガンマ」

 

 跪くパンドラズ・アクターの隣で、メイドの肩がビクリと跳ねる。

 

「本当に、その……いいのか?」

 

 問われたナーベラルは深く息を吸い、そして吐き出す間を(よう)した。

 

「アインズ様がお許しいただけるのなら、私はこの方と――」

 

 ナーベラルは紅い薔薇色に染まる頬をさらし、どこまでもまっすぐな瞳で言い放つ。

 

「パンドラズ・アクター様と、未来永劫、添い遂げたく思っております!」

「そ……そうか」

 

 見事なまでの覚悟に、アインズは気圧(けお)されたように声を詰まらせてしまう。

 

「パンドラズ・アクター……お、おまえも」

「はい。私も、彼女と同じ気持ちです」

 

 どこまでも真摯(しんし)な男の声。

 決意に満ちた二重の影(ドッペルゲンガー)たちの言葉は、聞いているアインズが羨ましくなるほどの意志が溢れていた。

 

「許す……許すとも、おまえたちの婚姻を」

 

 言って、アインズは二人がサインした婚姻届を受け取った。証人欄にはしっかりと、参謀デミウルゴスと、ナーベラルの姉であるユリ・アルファの名が記されている。魔力の含まれる血判も、二人の意思が本物であることを明確に示していた。

 御方の祝福を賜った二人は、仲睦まじく手を取り合い、意気軒高という表情でアインズの執務室を後にする。そんな二人の前途を祝福し終えながら、

 

「はぁ……」

 

 もう何度目とも知れぬ重い吐息が、骸骨の身から生じるはずのない溜息が、執務室を漂った。

 不肖の息子ですら結婚することを決意しているというのに、その生みの親たる自分は――

 

「うわぁぁぁ……どうしよぉぉぉ……」

 

 情けない大きな声が思わず漏れる。何だか頭がすごく痛い気分を錯覚する。

 アインズ当番の一般メイドや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)などを、事前に人払いしておいてよかった。

 アインズは執務室に入るよりも先に、あの二人から呼び止められ、そうして室内に招いた。

 二人の尋常ならざる気迫というか、気配というか、とにかく「重大な話がある」という言から、余人に立ち聞きさせる話ではないと考慮した結果、小間使いや近衛たちを引き払っていたのだ。そして、アインズの読みは当たっていた。婚姻制度についてはナザリックの全シモベに知悉されているが、仮にも息子が、婚約者を紹介しに来る場面に、他人を侍らせておくのはマズいという、アインズなりの常識的な気遣いがそうさせたのだ。

 ……だが、

 

「あ、あいつまで、パンドラズ・アクターまで結婚するなんて……しかも、ナーベラルと……」

 

 弐式炎雷さんに、なんて報告すればいいのだ。

 報告のしようがないのを喜ぶべきか、悲しむべきか。

 何にせよ、二人の「婚姻したい」という意思は本物であった。

 であるなら、自分がとやかく言えることはない。

 ないのだが……

 

「結婚もしていないのに、結婚報告を受けるなんて……どんな罰ゲームだよ、これは?」

 

 結婚どころか交際経験もないアインズにしてみれば、これはあまりに想定外すぎる仕事であったと、遅まきながら気づかされた。

 やはり関連部署に任せっぱなしにして、アインズは事後報告を受けるだけという方式に、今から転換すべきではないのか?

 (いな)

 断じて、(いな)だ。

 彼らNPCは、かつての仲間たちが残した、言うなれば親友たちの子供たちなのだ。

 そんな子供らが、結婚という、人生(異形種の生というべきだが)において重大な決定を下すのに、主人にして親代わりとして君臨するアインズが何にも干渉しない――結婚報告を直接聞くくらいしないというのは、(いささか)か以上に薄情ではないか。無論、アインズを親だなどと認めない、仕えるに値しない存在と見ているのなら、報告など怠ってしまえという考えを抱くこともありえるだろうが、皮肉なことに、ナザリック地下大墳墓の主は、遍くシモベたちが深い忠誠と忠義を尽くすに相応しい人物像を健在させている。むしろ、彼らの信じるアインズ・ウール・ゴウンという存在は、忠烈を尽くしても尚足りぬほどの傑物として、日々崇拝と尊信の念を深め高めていっているのが現状なのだ。

 つまり、ナザリックのNPCはほぼ全員、結婚報告を直接アインズに届けようとするのは、半ば必然の事態とも言えたわけで。

 アインズは一度、深呼吸の真似事をする。

 空っぽな体に空気が満ちる感覚もなく、何の意味もない動作をした分だけの時間をアインズは消費した。

 

「……負けるな、俺。がんばれ、俺」

 

 これまでにないほど空疎な調べが、一人寂しく執務室にこだまする。

 そう言って気持ちを前向きに切り替える。微妙に芽生える嫉妬とか羞恥とかは、かなぐり捨てて。

伝言(メッセージ)〉ですでに、ナーベラルたちに次いで現れた結婚報告者たちの存在を待たせていた。

 次は、ルプスレギナだ。この世界で出会い、逢瀬を重ねた黒い人狼の彼と、彼の義妹も共に来るというが……もうここまで来たら腹を据えるしかない。据える腹なんて、骨の身体にはないんだが。

 嬉しい報告、言祝(ことほ)ぐべき出来事……そう自らに言い聞かせる“未婚”な支配者は、手元に用意された魔法のベル――執務室のオートロックを適正な人物に対し自動解除する効果も付属したそれを鳴らして、次なる来訪者の入室を許可する。メイドが不在な今のような状況ではアインズ自身が扉の施錠をあれこれする必要があるので、そういった手間を減らすための道具がこれなのである。

 一分の後、赤毛の三つ編みを二房垂らした戦闘メイドが、ノックと共に執務室に現れた。

 

「失礼いたします」

 

 いつもの軽い微笑みとは打って変わって、緊張と重圧をこらえるような、怜悧な表情を浮かべたルプスレギナ・ベータが姿を見せる。

 例の人狼――クスト・スゥと、その義妹である猫耳のリンク・スゥを伴って。

 

 ……二枚の婚姻届を(たずさ)えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに、それから数日の間に、ナザリック内でアインズはそれなりの数の結婚報告を受け取ることになる。

 

 その一部を列挙すると、ソリュシャン・イプシロンと三吉くん、シズ・デルタとガルガンチュア、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータと恐怖公などが、それぞれ婚姻を結んだ。

 

 ナザリック始まって以来の、結婚ブームが舞い込んだのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああぁぁぁ……」

 

 アインズはナザリック内で午前の政務を終えた今、かつてないほどの精神安定化の連続に身悶えしながら、ナザリックの私室にあるキングサイズのベッド――アルベドの香水の香りはつけられていない――の上で、子どものようにゴロゴロと転げまわっていた。

 

「どうする……どうしよう……」

 

 どうするも、どうしようも、ない。

 

「割と皆、結婚願望、つよかったのかよぉ……あああ、自分だけなんかウジウジ考えてるみたいで……うぁぁぁ……あああ……」

 

 言っているそばから精神が安定化し、さらに思考が急降下していくのを止められない。

 そして急降下した精神が無理やり安定化の波によって浮上するが、すぐさま下降線を描き始める。

 もはや、ナザリックの主としての威厳も何もない。結婚という重大な選択を迫られた一人の男の、それは魂からの慟哭であり、心からの苦悶であった。

 

「ああ、いよいよ……なぁなぁで済ませてきた問題に直面しただけ、という見方もできるが、あああ……どうしよう……どうしようもないよなぁ、くそぅ……あああ……」

 

 アンデッドである事実が、これほど呪わしく思えることなど滅多にない。

 そもそもアンデッドの精神安定化という特性のおかげ(せい)で、こういった懊悩や焦燥というものを抱くこと自体が稀であったので、アインズはこういう自分の内側から湧き起こる劣等感や羞恥心には滅法弱いのだ。生きる黒歴史(パンドラズ・アクター)と顔を合わせるのは今も抵抗感が強いし、自分の失敗や怠慢によって望む結果を得られない事態に直面するのは、理解し納得できていても、キツいものがある。

 

「と……とにかく、落ち着いて、考えるんだ」

 

 ゴロゴロ転がるのにも飽きて、ベッドの上で体を起こし胡坐(あぐら)をかく。

 慎重に、冷静に、努めて四人から求婚された場面や、NPCたちからの結婚報告を思い出すことを避けながら、ただ一点――アインズ・ウール・ゴウン自身が、未婚であり続けることで生まれる評判や、何らかの弊害の有無に思いを致す。

 

「さすがに……王様が一生独身なんて、対外的に見てもいい格好じゃない、よなぁ?」

 

 不死身のアンデッドなのだから、別にそれが普通だと押し通してしまえばいい気もするが、そうするとアルベドたちの思いを踏みにじる結果に繋がってしまう。

 結婚しない王様というのも意外とレアな気がしないでもないが、そう思っているのはアインズだけという可能性は強い。というか、確実にアインズだけだろう。そもそもにおいて、レアであるかどうかが良い王様であるかどうかとは関りがない。

 

「何より……自分から結婚することを(すす)めておいて、自分は結婚しませんなんて――むしが良すぎるだろ」

 

 無論、これもアンデッドなのだから不要なものだと言い通せばいいのかもしれないが、アンデッドだから婚姻不要なんて差別発言をしたら、自分が言い出した融和政策と完全に背離する。ナザリックにはアンデッドのNPCが無数に所属しているのだから、彼ら彼女らの結婚意思を砕く事態にも陥りかねない。絶対にアンデッドだからうんぬんは使えない論理だ。

 第一、シモベたちに子供を作れとぬかした主が、自分だけ知らん顔でふんぞり返っているだけというのは、かなりつらい。従業員にはサビ残を強要しながら、自分だけ知らん顔で定時帰宅する上司や社長を想像すると、思い出しただけで吐き気が込みあがるくらいのクソっぷりだ。アンデッドに吐くものはない上、その社長というのは今の自分ということだから、もう何とも言えない。

 ……いや、主人たる者、泰然自若にふんぞり返っていてもバチは当たらないのだろうが、どうしてもアインズ個人としては、ただ偶像として玉座に座っているだけの自分という状況は忌避したいのだ。

 ナザリックのNPCたちのことは全面的に信頼しているし、守護者たちも六大君主として外の世界の統治に一定以上の貢献を果たしているのだから、疑う余地などまるでない。そうやって部下たちが担ぎ上げる神輿(みこし)にふんぞりかえっているだけの自分の姿を夢想すると、何とも言えない罪悪感にも似た苦悩を覚えてしまう。

 一般人の平会社員だった現代人・鈴木悟の感性からすれば、身体を動かして無心に働いている方が何かの役に立っているのだという実感を得られるというもの。だからこそ、大陸を完全統一した今でも、各都市を巡り、市井の様子を観察しながら、自分たちの国が平和的に治められている事実にほくそ笑むことができるのだ。

 

「会社の社長だって、ただ高級な椅子の上に座っているだけというのも、つらいんだろうなぁ……だからって、部下の仕事に一々口を挟むのもあれだし…………あれ?」

 

 いけない。

 論点がずれてきている。

 逃避のあまり、本来の議題から話が逸れるというのも珍しいことではないが、今はそういった時間さえ惜しい。

 何にせよ、自分もいつかは、そうやって身を固める時がくるかもとは思っていた。

 思ってはいた、のだが。

 

「ああ……アルベドたちと、その、結婚するとしても……一体、どうなるんだ?」

 

 六人の部下と婚姻した将軍(コキュートス)がいるのだから、四人と結婚するぐらい訳もないのだろうが、自分が彼女たちを同時に侍らせている場面を想像するのは難しい。

 いや、物理的に近づかれたり、太腿に乗せたり、一名に限ってはイス代わりに腰掛けてみたこともあるぐらいスキンシップは多いのだが、それだけだ。

 夫婦としての、その、男女の営みを、あの、想像するというのは――うあああ、なわけで。

 

「アウラとマーレはそれなりに成長して、もう80代だけど、ダークエルフ基準だとまだ子供……シャルティアも背格好でいったら変わらないし……魔導王ロリコン疑惑とか、そんな噂がたったらどうするんだよ?」

 

 勿論、守護者たちが見た目通りの年齢でないことは、魔導国の民で知らぬ者はいない。あくまでそれがNPCの設定であろうとも、アウラたちは自分の年齢を設定されたとおりに公表しているのだ。

 何より、魔導王の治世に反感を抱く者すら絶えて久しいのだから、今更アインズが外見子供な少女(一人は少年)と結婚しても、民らは祝福以外の感想を表出することはないだろう。だが、それとこれとは話は別なのだ。一般人的な感性の残るアインズにとって、幼女趣味など欠片もない。かと言って、彼女たちのことを拒絶したいくらい嫌いかというと、それは別なわけで。

 こうなってくると、対外的に、外面的に、アインズが妻――王妃として選ぶのにふさわしい者と言えば、アルベドをおいて他にないだろうという思考に至るのだが。

 

「アルベドは……設定を変えたままだからなぁ……うわぁ、やっぱりすごい罪悪感だぁ……」

 

 あの時の軽率な自分の行いは、いくら猛省しても、し足りない。

 仲間の、タブラさんの創ったNPCの設定をいじって、芸術作品ともいうべき存在に泥を塗ったのだ。

 今では取り返しのつかない事であるので、あまり気にしないようにしてきたが、こうしてふとしたきっかけで思い出されると、何とも言えない気持ちに苛まれる。

 

「いや……それを盾に逃げるのも、もう……ダメだよなぁ……」

 

 むしろ、アルベドを歪めた責任をとって、彼女からの想いを汲み取るくらいするべき段階に至ったのではないか。

 だが、いや、しかし、……懊悩は果てが見えず、飛行不可な迷宮の攻略に苛立ちを覚えるよりも忸怩(じくじ)たる思いが脳を数周する葛藤。

 アインズは空洞の頭蓋の中に痛みを覚えながら、髪の毛をわしゃわしゃする要領で頭をかいた。

 

「ああ、もう! 設定の書き換え、これは考えても(らち)があかない!」

 

 だから、難しく考えるのはストップだ。

 一種の諦観にも似た境地で、アインズは自分のなすべきことを思う。

 とにかく、魔導王として、彼らの主として、相応しいふるまいを取らないと。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王がするべき、理路整然とした――

 

「いや……それも、逃げか」

 

 アインズは首を振った。

 冷静に考えてみれば、魔導王としての立場や重責など、色恋に持ち出してよいものではないはずだ。

 彼女たちは真摯に、真剣に、アインズ個人への恋情や憧憬に焦がれて、アインズの(きさき)たらん存在になることを希求したのだ。魔導王としての地位や名誉など、そこには一切含まれていない。彼女たちはアインズとの絆を、つながりを、それぞれがそれぞれの形で熱望している。

 魔導王として仕方なくとか、ギルド長という最上位者なのだから是非もない――そんな決意に、一体どんな情や愛があるというのか。

 贖罪や代償行為としての婚姻など、人として――アンデッドだがそこは気にしてはいけない――あってはならない行動ではないか?

 それでは、無理やりに、仕方なく、嫌々で、アルベドやシャルティアたちと結ばれようとしていると言えるのではないか?

 その結果が互いにとっての幸福に繋がるとは言えないだろう。少なくとも、アインズには大きなしこりが残る。残ってしまうのだ。きっと。確実に。

 それがわかっていて、彼女らの思いに応えるなどと、笑止千万な不誠実ぶりである。

 何が至高の魔導王だ。

 罪悪感や義務感で、彼女たちを受け入れてみろ。

 これを逃避――逃げと言わずに、何というのだ?

 

「はぁ……やっぱり恋愛初心者以下の状態じゃ、どうしてもなぁ……」

 

 一人でぐるぐる考えていても(らち)があかない。

 その事実だけは、正しく認識できる。

 

「誰かに聞く……相談すべき、なんだろうが……」

 

 まさか、大陸を統一した魔導王陛下が、重婚の、というか結婚の相談を持ち掛けられる相手とは?

 

「とりあえず近場から探ってみる……か」

 

 アインズは迷走をやめ、瞑想に耽ってみる。

 まず、ナザリック内のシモベたちは却下だ。口封じを命じれば、アインズが一夫多妻制に抵抗を感じていること、アルベドらの求婚に悩みに悩んでいるという噂は流れないだろうから、そういった意味では信頼における。だが、それ以前に、親友たちの子供らというべきNPCに、アインズは絶対的支配者としての風格というものがあると認識されている以上、その認識を狂わせるような振る舞いや相談というものは回避すべきだろう。

 四人の求婚者たちへはアインズ個人としての決断を下すことにしたが、これはまた別の問題だ。下手な聞き方をして、万が一にでもアルベドたちに自分が懊悩し苦悶しているという情報が広まり、彼女たちの耳に届いて誤認でもされたら、彼女たちはきっと傷つくだろう。それだけは、どうあっても避けたいのだ。

 とすると、ナザリック外の存在しかいない。

 それも、アインズが絶対の信頼を置けるほどの相手。

 アインズは指折り、自分の知り得る既婚者の顔を頭に思い浮かべていく。

 

「ジルは……やめておこう」

 

 ジルクニフ・エル=ニクス交易都市長。

 彼はアインズと交流を持つ、帝国が属国になる以前から愛妾を囲っていたから、今回のアインズと状況的には符合する点が多いはずだが、

 

「あいつはあいつで、いろいろと苦労させてしまっているしなぁ」

 

 魔導国における一都市の運営管理は、帝国全土を治めていた鮮血帝をしても、気苦労が多い役職である。

 それこそ、帝国が属国化した当初は、神殿勢力や法国などから派兵された暗殺者などからの襲撃を受けて、幾度も修羅場をくぐりぬけてきた経歴の持ち主でもある(ちなみに。旧帝国四騎士にして、現二等冒険者である“重爆”との関係も、彼女に守られることが多くなったこの頃に改善を果たしたと聞いている)。そういった意味では、彼は本当によく働いてくれているし、その妾の中で最たるものにも感謝を述べねばなるまい。

 都市において、関税徴収や収支決済、都市内の治安維持などに派遣されている中位アンデッドたちが仕事の大部分を担っているのだから、その都市運営には心配などいらないと思われるだろうが、人間――生者の果たすべき役割というものは、当然ながらそこここに存在している。

 人間たち――人間種もまた、立派に魔導国の一員としての務めを果たせているのだ。

 

 有用な例としては、アンデッドにとっては無価値な動植物の新種や、新鉱石の眠る鉱脈などの鑑定や把握などは、魔法一辺倒の価値判断では計り知れない作用を及ぼすものもあることが挙げられる。

 

 たとえば、新しい薬草を発見したが、それ単体の薬効は魔法で鑑定すると、その価値は1だったとする。既存の薬草を10の価値と判断すると圧倒的に微妙なものに違いないが、実はその薬草というのは様々な条件――ある新種の動物やモンスターの食事消化を経て排泄・数年間の熟成や醸造期間を置く・既存の薬草などと絶妙かつ難解な配分で混合を果たすetc――をクリアすると、100や1000、10000の価値をもたらすとしたら? アンデッドの魔法鑑定では廃棄同然に処されるべきものが、あるいは人間や亜人たちの創意工夫によって、既存の何よりも価値ある霊薬に変貌を果たすとしたら、実に勿体ないことになり得る。

 そうならないためにも、人間の鑑定士や薬師、医師や専門家、研究者というものは必須なのだ。無価値の中から価値を拾い集める創造力というのは、アンデッドにはない彼らの重宝されるべき特質なのである。

 

 そうして、都市長というものは、そういった“生きる者”たちを治めるという大任を果たす為に、日々を忙殺されている。

 ここでアインズ個人の結婚相談など、胃に穴でも空くような効果を生み出しかねない。

 

「うん、やめておくか。今は妾なんて欲しくないし」

 

 そもそもにおいて、結婚していないのに妾を侍らせるというのが、一般人のアインズには理解不能な状況だ。直感として、参考にはならないだろうと結論付ける。

 何より、今回のアルベドたちからの求婚に対して、彼女たちのいずれか、または全員を“妾”として扱うことに、ささやか以上の抵抗感を感じている。誰か一人を特別視するというのはいただけない。ナザリック地下大墳墓の主として以上に、一般人・鈴木悟の常識として、アインズ個人の希望……願いとして、彼女たちからの求婚には、誠実に、応えねば。

 

「レエブンとヘジンマールは、一夫多妻じゃないし……ドラウディロンは女性だから、論外……」

 

 こうして改めて考えてみると、一夫多妻な知り合いがほぼいない事実に気づく。

 

「工芸都市エイヴァーシャーも、都市長は女性。工業都市の山小人(ドワーフ)はゴンドの知り合いが都市長だが、やっぱり一夫多妻じゃない。カルサナス領域にまで足を運ぶ……理由がないよなぁ。友人に気安く相談っていうノリじゃいけないだろうし」

 

 連中はビーストマンやミノタウロスの国などを容易く蹂躙した魔導国の国力――アインズ・ウール・ゴウンの力そのものを、完全に理解し尽くし、こちらが出征するよりも先んじて属国化を申し出てきた。

 おかげで無駄な手間が省けたと喜んだものだが、アインズ個人の友好関係としては微妙な感じである。

 それならば、まだジルクニフの方が地理的に近い上、それなりに友好的な関係を築けているくらいだ。

 

「いや――そもそもにおいて、ナザリックのNPCたちほどに信頼できる存在という前提が覆りつつあるぞ?」

 

 アインズは最後に残る可能性に思い至る。

 

「まともに相談するなら、やっぱり――おっと」

 

 とりあえずの方針が決定したところで、時計がアラーム音を響かせる。

 自分だけの時間は終わった。ここからは魔導王としてのターンとなる。

 

「婚姻については要相談……っと。次のスケジュールは……魔法都市か」

 

 ニニャの魔法授業って、ほんと癒しだ。

 めきめき上達してくれるから、教え甲斐もあるし。

 アインズはベッドから降りると、いつものように皴ひとつない魔法のローブの襟元を正した。

 指輪の転移を使って、アインズは勉強熱心な生徒の許へと急ぐ。

 行先は、魔法都市カッツェ。アインズの王城。

 

「アインズ様」

 

 城内の中庭で〈飛行(フライ)〉の練習に勤しむ少女は、宝石を先端にはめた杖に腰掛けながら、待ち侘びていた偉大なる魔導王の到着と共に空中を下降してくる。講師役を務めるナーベラルと共に、頭を下げる様も慣れたものだ。

 すっかり魔法の力を我が物とした少女の微笑みにつられ、アインズは少しばかりの間だけ、先ほどまでの懊悩を忘れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 アインズは政務や結婚報告、魔法授業や都市散策などの合間を縫う形で、一人の友の領地を訪ねていた。

 

「なるほどねぇ……それで、僕のところに来たのか」

 

伝言(メッセージ)〉でちょっとした相談を持ち掛けられていた盟友は、改めて聞かされた相談内容に、声を柔らかく綻ばせながら答える。

 白い巨岩か大樹にもたれるようにしている白銀の鎧は、その中身は完全ながらんどうだ。その内側にはいかなる力も気配も宿していない。

 ただ、鎧は巨岩か大樹が動くのに合わせて関節の可動部を軋ませる。

 

「すまないな。指輪の製作で忙しいところに」

 

 動いている岩か樹と思われていたのは、光を反射させた美しい鱗に覆われるしっぽである。

 巨大に過ぎる尾はその名残を惜しむように、鎧から一旦興味を失ったように波打ち離れた。

 アインズは、鎧を抱え込む作業を中断した鎧の保有者――その鎧を唯一駆動させることができる者の姿を見上げた。

 宝石のように(つや)めくのは、純白に輝く角と鱗。細い光彩や壮麗な牙は爬虫類然としているが、その身のこなしや体の休め方は瀟洒(しょうしゃ)な猫を思わせる。幾星霜、数百年という長い歳月をかけて伸ばされ鍛えられたという双翼と体長は、アインズをしても自らがちっぽけに思えるほどに巨大で悠々としている。

 ありとあらゆる叡智、秩序、歴史、伝説、神話、叙事詩に通暁しているような賢者の視線が、骸骨の瞳の炎をはっきりととらえていた。

 かつて父たる竜帝より受け継がれた二つ名“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”に恥じぬ、巨竜の偉丈夫。

 当代において数えるほどしか現存しない始原の魔法(ワイルド・マジック)の担い手。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンの盟友。

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオンが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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