魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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第5話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法都市カッツェは、アインズ・ウール・ゴウンによって僅か数年で建造された一大都市であるが、生産都市や交易都市、工芸都市や工業都市とは違って、主たる産物と言えるものはない。

 そもそもが荒涼とした、アインズが治める以前から低級アンデッドの跋扈(ばっこ)する土地であったことから、大地は生命を育む力が乏しく、鉱山のような希少金属というものも蓄えていない。通常の生者であれば、何の意味も価値もない茫漠とした地を与えられても何の益にも結びつくはずのない場所であったのだが、アインズはまがりなりにも己の領土となった場所がただの荒れ野のままであることを良しとするはずもなかった。

 マーレの魔法による土壌の活性化や、湧き出るアンデッドたちの実験場にするという案がある中で、アインズは大々的に現地の他勢力の度肝を抜く方策に打って出た。

 それこそが、魔導国の国力の喧伝もかねての、新都市の建造・造営事業である。

 

 周辺諸国が何の利益にもならない――だが防衛的観点から見て、失陥するのは痛い程度の――何もない土地に、アインズは一から都市を作り上げることで、己の力を誇示することにした。造営には数多の疲労しないアンデッドや動像(ゴーレム)が導入され、昼夜を問わず働ける重機としての力を発揮させ続けた。ナザリックの鍛冶師や生産職NPCだけでなく、ドワーフの匠やエ・ランテルに住む人間の建築家などの意見を参考に、人間も亜人も異形も、すべての存在が幸福に生きられるためのモデル都市――統治下においたエ・ランテルや都市化させたカルネ村での経験もふんだんに取り入れた大都市――水晶のような建物が整然と並ぶ魔法の都が、完成した。

 そういった歴史を経て誕生した新都市である魔法都市カッツェは、その歴史の浅さ故に、他の都市のような産業には恵まれていない。

 他の都市は、その都市の主要住人たちの特色に合わせた産業――ドワーフであれば鉱業や鉄工業、エルフであれば林業や芸術、そして人間であれば商業や農業(無論、アンデッドがその基底となる単純労働などを代行している)――を、アインズ・ウール・ゴウンへと献上することで、魔導国への恭順の証をたてているのだ。

 生産都市は穀物や肉類・農産物や畜産物、工芸都市は木工細工、工業都市は貴金属類、などといった具合に、魔導国内の各都市には使命的な役割が与えられ、大陸全土に住まう全国民の流通や需要の基礎を支えている。交易都市に関しては、それらを一旦集積し、適宜適分に都市や地方へと卸す役割を負っており(各都市による商品の独占を起こさせず、また交易都市そのものが独立した都市国家化をすることを防ぐ)、その商取引で生じた利益の一割ほどを税としてナザリックに納めることが義務付けられている。交易都市では、各都市とは比べようもないほどに大量の商品が拡充され、しかも他の都市に比べて格段に安く提供されており(無論、各都市の特製品――生産都市で売られる生産都市製食料や、工業都市で売られる工業都市産の鉱物や魔法機械に比べれば、さすがに負ける)、一度に大量の、さまざまな品物を買い込むのであれば、この交易都市を利用しない者は存在しないだろう。

 魔導国建国以前のような、モンスターや夜盗の集団などに襲撃される危険性も絶えて久しく、死の騎士(デス・ナイト)などのアンデッド軍に代表される街道警備も24時間体制で万全に保たれるため、国民は昼夜を問わず安全な街道を利用することができ、またアンデッドを活用した荷馬車による交通手段もあるおかげで、それ以前の世界とは比べるべくもない勢いで大陸中の文明は発展を遂げたのである。

 人種を問わず、数多くの人々が流入する関係上、交易都市は興行や嗜好の類も取り揃えられており、種族間交流も盛んであるため、他の都市のような種族の一極化というものも生じない。

 城塞都市エモットに関しては、ナザリックを防衛するという大義のため、これらの都市機能を複合併呑しており、大陸全土の都市が一斉蜂起を果たしたとしても、攻め落とすことは難しい要害と化している。この都市だけで数万の死の騎士(デス・ナイト)が駐留しているのだから、当然とも言えた。

 このように、魔導国が治める大陸中の都市はそれぞれの役目を、使命を、義務を負う。

 

 

 であるならば、

 魔法都市とは、魔導国においてどのような役割を与えられているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりとした下降により、王城の中庭に降り立つ魔法詠唱者(マジックキャスター)の姿が、二名。

 短い髪を揺らす少女は、自分の身体と、杖に込めた力を完全に消し去った。

 刈り込まれた芝生の感触を靴底に踏みしめ、確かな手応えと共に拳を握る。

 

「――昨日の授業より、持続時間を一時間十七分更新しました」

 

 お見事ですと評するメイド服姿の教師に、ニニャは疲労を感じさせない微笑みで応じた。自己ベストを一時間も更新できたのは初めてのことだったので、思わず笑みが深くなるのを止められない。

飛行(フライ)〉は肉体的疲労のない移動手段――魔法として有名だ。故に疲れは感じていない。

 いないのだが、

 

「魔力は、ほとんどカラッポなのは、相変わらずですけど」

 

 魔法詠唱者にとって、魔力を完全に失うことは戦闘力の完全欠如を意味する。この状態で唱えられるのは、第一位階魔法がせいぜい一、二発。ナザリックの戦闘メイド(プレアデス)基準で言えば、彼女の魔力量はすでに“英雄級”と言っても良い。にも関わらず、その魔力が尽きているというのは、そうなるほどに大量の魔法を使用したということではない。

 たったひとつの魔法を、数時間規模にわたり行使し続けた結果である。

 

「第四位階魔法の修得から、また魔力量が増えていらっしゃるご様子です」

「増えるのはいいんですけど、魔力がカラになる感覚は、あまり慣れませんね」

 

 これが戦闘中や冒険の最中などであれば、ニニャは完全に無防備な状態だ。彼女の身に着ける衣服は魔法的な防護に優れてはいるが、それだけである。

 おおよそ半日は、ただの人間――零位階の生活魔法くらいしか使えない存在に堕するのだ。

 故に、ナーベラルは終業のベル代わりに開いていた教本を閉じた。

 

「本日の授業はこれまでとします。十分、ご休息なさいますよう」

「ありがとうございます、ナーベラルさん」

 

 魔力がなくなってしまえば、魔法が扱えない。魔法授業を続けることは不可能である。

 ニニャは第三位階を修得してから程なくして、ナーベラルからの魔法授業を、常時〈飛行(フライ)〉の魔法を自身にかけた状態で行うことが義務化されていた。最初は教室の床から足が離れる程度だったものが、最近では王城の最頂点、塔の橋付近の高所にまで、自力で飛行した状態で教練を施すこともある。ちなみに、防衛上・魔導王陛下への礼儀として、何人であろうともそれ以上の高さを飛ぶことは禁じられている。

 魔法詠唱者の授業としてはスポ根気質に思えるやり方であるが、実際、この手法はニニャの成長を著しく助けた。もともとが、塾で座学に励むことよりも、実地で魔法を学び、実戦を積むことで彼女の能力は底上げされてきたのだから、魔導国の学園機構に預けるよりも余程、効果は覿面であったのである。

 さらに、この世界で二つとない魔法の力が充溢した拠点・ナザリック地下大墳墓で培われ養われた経験やナザリックにおいて最頂点とも言うべき魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下からの授業は、この世界の魔法詠唱者においては神からの啓示や最高級の魔導書とでも言うべき経験値を少女に与え、その身に宿る叡智を、魔力を、魂を、諸共に鍛え上げた。

 すでに、彼女は第四位階魔法を修めている。

 第五位階魔法にまでも手を伸ばしつつある。

 

「本日、お昼以降に予定されていたアインズ様の授業ですが」

「大丈夫です。昨日のうちに、〈伝言(メッセージ)〉で自主学習を仰せつかっていましたから」

「さようですか」

 

 アインズは“とあるやんごとなき事情”によって、アーグランド領域の信託統治者である竜王のもとを訪れている。

 だからこそ、ナーベラルはニニャの魔力ギリギリまでを消費させ尽くしたのである。

 アインズの授業では、ナーベラルの教練によって消耗した状態で、その時の魔力の許せる範囲での魔法行使を行うことが多い。ニニャが覚えた中でも派手な〈第四位階天使召喚(サモン・エンジェル・4th)〉や〈第四位階不死者召喚(サモン・アンデッド・4th)〉、〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉などを一度詠唱できれば御の字、悪くても〈魔法の矢(マジック・アロー)〉一発は発動してみせることにしている。これはニニャの意地であると同時に、極限状況下において己の魔力を的確に把握する余裕と能力を備えさせる意味を持っている。

 しかし、彼女の自習において、魔力はほぼほぼ意味をなさない。魔法理論の座学をすることもあるが、大抵は魔導国の歴史や内政、新編冒険者たちの知識や新たな世界事情、大陸全土の精巧な地図を併用した社会公文などの理解のための時間に自習時間が費やされる。ニニャはある意味、この世界でもかなりの智者としての情報量を詰め込まれつつあるわけだ。

 これは、アインズのちょっとした好奇心から与えたものではない。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)というものは、魔法以外の知識や情報が、魔法職のレベル獲得にも少なからず影響を与えている。それはそうだ。魔法の知識を増やしていくにしても、その根本にある魔法詠唱者自体の教養がなければ、立て板に水となる。魔力を錬成し運用するという絶対的な「才能」や「適性」は必要不可欠であるが、魔法の教育を施す以前に“言語”や“世界”というものを正しく認識し、適切に使用できる知性を獲得しないと、どれほどに素晴らしい教育機関に預けられようと無駄に終わる。父母を呼ぶ言葉すら未発達未習熟な乳幼児を、大学に通わせるはずがないことと同じように、魔法詠唱者は自己と世界を正しく認識し、理解し、掌握することによって、はじめて「世界との接続」を可能にする。

 一般教養としての知識を詰め込むというのは、実のところ魔法理論を暗記したり、新しい魔力公式を提言したり論文化したりすることよりも、遥かに意義深いものとなるのである。

 

「では、私は昼食の準備をして参りますので、ニニャさんは」

「あ、ナーベラルさん!」

 

 教師役を終え、メイドとしての本分に立ち返ろうとしていた黒髪の乙女を、ニニャは引き止めていた。

 

「えと……良ければ、今日は外で食べませんか。その、二人で」

「? それは、何故でしょう?」

 

 ニニャは以前よりも近しい位置で、ナーベラルに自らの企みを吐露する。

 

「ナーベラルさんの結婚を、お祝いしたくて」

 

 ニニャは、城内で魔法を使った手伝い――塩、砂糖、香辛料を生み出す生産魔法や、メイドらの清掃業務の仕上げに〈清潔(クリーン)〉の魔法を施すなど――を行い、小遣い稼ぎを続けてきた。これは、アインズ本人から認可、むしろ推奨された奉仕活動(という名のアルバイト)であり、ニニャの自活能力向上のためにも、アインズのための魔法を供与するという実感と実績を与えるためにも、非常に有意義なものであった。

 そうして蓄えた小金を資本として、ニニャは日ごろから世話になりっぱなしのメイドに、恩返しの機会を得ようと具申してきたのである。

 少女の言葉は、メイドには些か以上に意外なものだったらしく、

 

「あ、え……いえ、それは……」

 

 珍しくナーベラルは狼狽した風を見せるので、ニニャは我知らず微笑んでしまった。

 メイドは熱くなる頬を意識しつつ、自分の左手に視線を落とす。

 ナーベラルの左手薬指に煌く指輪――彼女個人に与えられた至高の御方の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)は、外に出る時の慣習として、ナザリックの宝物殿にいる“彼”に預けている――は、宝物殿の領域守護者にして、ナーベラル・ガンマの伴侶たる彼、パンドラズ・アクターからの贈り物であることは想像に難くない。

 これは、かつてパンドラズ・アクター個人が、至高の御身にして創造主であるアインズから賜ったものではない。

 純潔の輝きを灯す金剛石のはめられたそれは、ナザリックの鍛冶師であるサラマンダーたち謹製の結婚指輪である。彼が鍛冶長たちに頼み込み、花嫁(ナーベラル)と自分用に作ってもらったペアリングの輝きは、至高の御方の指輪に次いで大切な贈り物として、メイドの薬指を常に飾るようになって久しい。

 

「だめ……でしょうか?」

 

 若干以上の不安を瞳に宿す少女に情が移って――などということは微塵もない。

 ただ、主人であるアインズからは『ニニャの要望は可能な限り叶えよ』という指令を下されているので、無碍(むげ)にすることは(はばか)られる。提示された要望についても、別段問題らしい問題はない。さすがに魔法都市以外への移動や、ナザリックの不利益に繋がるような事態となれば断固阻止するところであるが、ニニャはアインズと共に都市内を散策したこともある上、城外へ出て都市で食事をとるということも初めてのことではない。

 ただ、ナーベラルを食事に誘うということは、実はこれが初である。

 たいていの場合、ニニャが食事に誘うのは育児休暇中の(ツアレ)一家やナザリックの一般メイド、あとは城内のメイドや女料理長くらいだった。

 ナーベラルはニニャの小間使い兼護衛(比重としては後者の方が重い)であるので、共に食事を楽しむことなどなかった。ニニャは自覚していないが、VIPと共に食事をとるなどというのは言語道断である。ボディーガードとしては非常識極まりない申し出に違いない上、ナーベラル個人としては、ニニャの存在価値というのはアインズの愛玩動物(ペット)程度の認識しかない。彼女に魔法の教練を与える教師役というのも、トレーナーが主人に代わって芸をペットに仕込んでいるようなものに思えているのが実情なのだ。

 だが、

 

「――(うけたまわ)りました」

 

 メイドは実直な表情と仕草で承諾した。

 お昼の休憩時間に、主人のペットとランチタイムを楽しむくらいのことをしても問題ないだろう。ほだされているとは、これっぽっちも感じていないし思っていない。

 ニニャは嬉しそうに、勢い込んで頷くと、すぐさま都市へ向かうための準備を整えに行く。

 その手伝いもしなければならない小間使い(ナーベラル)は、少女が走り去るのを呆れつつも眺め、仕方なしに転移魔法を使って先回りするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例のごとく、都市内のものに偽装した王城専用の馬車に乗り込んだニニャとナーベラルは、互いの首に下げられた装備を確かめ合い、御者の死の騎兵(デス・キャバリエ)へ出発するよう声をかける。

 金貨の詰まった財布を大事そうに握る少女の様に、ナーベラルは怜悧な表情を崩さない。

 彼女の表情が崩れない程度のことには、ニニャはすっかり慣れていたので特に気にすることなく、二人は中央市場のロータリーの手前、目抜き通りの一角で馬車を降りた。馬車が去るのを見送った二人の格好は普段通りのものである。つまり、ナーベラルはメイド服のままなのだが、行き交う人々はメイド姿の美女の姿に何の興味も感じていないかのように過ぎ去っていく。

 ナーベラルにも、都市を歩いたり、公的な場に姿を現したりする時には、正体を隠匿する例の魔法のネックレスが装備されているのだ。かつて、最高位の冒険者、漆黒の英雄にただ一人だけ仕えることを許された“美姫”の姿とほとんど変わらない出で立ちであっても、今は完全に市井に紛れることが可能となっている。

 当時は、アダマンタイト級冒険者としての評判を維持するため、さらには漆黒をつけ狙う不遜な影を(おび)き寄せる(えさ)としての役割のため、ナーベラルは下等生物たちからの鬱陶(うっとう)しい視線を集めねばならなかったのだが、それも今や昔である。

 

「こっちです」

 

 ニニャは慣れた様子で通りを覆う人ごみに溶け込み、ナーベラルを誘導していく。

 程なくして辿り着いたのは「小鬼たちの護り亭・魔法都市カッツェ支店」

 城塞都市にある本店とは規模も何もかも見劣りする宿屋であるが、ここで提供される食事は魔法都市では随一と謳われている。なんでも、あの魔導王陛下も御忍びで来店するという噂もあるため、その盛況ぶりは連日満員御礼といった具合である。

 本来であれば、予約のない客にはお帰りいただくこともあるが、幸運にもニニャたちは空いている一卓へと通されることが叶った。

 ウェイトレスは蠍人(パ・ピグ・サグ)の――人間の上半身に、蠍の下半身を持った――少女である。

 

「いらっしゃいませ、お客様。こちら“おしぼり”と“お(ひや)”になります。

 ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 ナーベラルはニニャに一切を任せると、そのまま黙り込んだ。当然の対応とも言えた。この食事はニニャが誘い、ニニャが結婚の祝いとして用意したもの。であるなら、メニューの選定は、奢る立場にある少女が果たす義務がある。

 託されたニニャは、南方の地より輸入されたという「ワショク(和食)」メニューをいくらか頼み終え、蠍人(パ・ピグ・サグ)が立ち去るのを見送ると緊張を解いた。非常に可愛らしい顔立ちをしていたが、あの下半身――巨大な鋏や尾の先端にある毒針を見ていると、思わず警戒してしまう。いい()だと通い慣れているので理解しているのだが、まだまだ慣れていないのが現状なのだ。

 一息ついていると、近くの卓で食事をとっているアダマンタイト級冒険者チームの声が聞こえてくる。

 

「ウーズィ、そっちのショーユ取って」

「ほらよ。あまりドバドバかけんなよ?」

「人の味や好みに文句をつけないでくださーい」

「でも、ナキズさん。あまり塩分過多になるのは」

「…………………………………………」

「もう。カサミもマリドも、ウーズィの味方なわけ?」

「チームのリーダーなんだから、少しは体調に気を遣えって話だ」

「…………………………………………」

「ほら、マリドさんもこう言ってますし」

「はいはい。かわいく優しい仲間たちの忠告を、聞いてあげますわよっと!」

「うわ、何しやがる! 俺の最後の天ぷらっ!」

戦士(ふぇんひ)たる(ふぁる)もの(ほほ)――ゴクリ……油断大敵よ♪」

「テ……テンメェ、今日という今日は許さねぇ! 表出ろ!」

「やってやろうじゃないの! 蜥蜴の黒焼きにしてやるわ!」

「――仲がいいですよね、お二人とも」

「…………」

 

 人間に蜥蜴人(リザードマン)、ビーストマンと人馬(セントール)という、どこかで見たことがある気がする四人組だなと思いつつ、ニニャはナーベラルを振り返ってみた。

 あれだけ騒がしい人たちがいるのに、黒髪の乙女はどこかボーっとした視線で、テーブルの隅にある三個の穴のあいた木目柄の胡椒ビンを眺めている。まるで、誰かの顔を思い起こしているかのような、そんな輝きを瞳に宿して。

 

「ナーベラルさん?」

「……あ、何ですか?」

 

 普段の、打てば響くような声が遅れていることに、ニニャは静かな疑問を抱いた。

 

「どうかしましたか?」

「何でもありません」

 

 冷厳に告げる声は普段通りのメイドの口調である。

 

「そちらこそ、あのアダマンタイト級冒険者が気にかかりますか?」

 

 しっかり気づかれてた。

 

「あれは、ほうっておいても?」

「構いません。六等冒険者(アダマンタイト)同士の決闘喧嘩の仲裁は、都市警邏隊の仕事ですから」

 

 ナザリックに仕える者として、他のシモベの仕事を横取りするわけにはいかない。

 特に、警邏隊のアンデッドは、至高の御方が創り上げたシモベ。彼らの存在を無為にする行動は慎むべきなのである。

 ニニャは辺りを見回す。店の従業員や常連客なども、まるで慣れた様子で魔法詠唱者の娘と蜥蜴人の戦士、その連れ合いたちを店外にまで誘導し、双方それぞれへと野次を飛ばしてすらいる。都市の最高級宿屋直営の食事処でありながらも、割とこういう事への免疫は強いように思えたのは、少し意外でもあった。

 

「でも、魔法詠唱者(マジックキャスター)が、亜人の戦士と喧嘩って」

「この都市の、学園出身の魔法詠唱者であれば、特に問題はないでしょう」

 

 魔法都市には、魔導国が魔法学院の発展形として、新たなる教導機関と施設が創立された。

 冒険者組合のみならず、魔術師組合をも掌握したアインズは、冒険者の強化と共に、魔法詠唱者の教育と発展――量産化と高品質化を目指した。魔導王、魔を導く王として、アインズはこの方面でも確たる成果を成し遂げ、上質かつ大量の魔法使いたちを大陸中に供出する体系(システム)化された教育方式を拡充。魔導国内に籍を置く(つまり大陸の)魔法詠唱者の九割~十割は、この教育機関の恩恵に与っていると言っていいだろう。

 魔術師組合からの仕事の斡旋、

 さらなる魔法理論の構築編纂や独自魔法の開発、

 各種巻物(スクロール)やマジックアイテムの製作と研究、

 杖やローブなどの上質な魔法媒体や魔法職専門装備の生産と売買など、

 例を挙げればキリがない。

 この魔法都市は、アインズ自らが主導して創設した魔法教育機関、その第一期生の生まれた地にして、都市のおよそ半分が魔法詠唱者の教育機関――魔導学園、通称“学園”――の関係にあると言っても過言ではない。

 

 魔法都市とは、言うなれば「魔法詠唱者の量産」と、

 民らの生活水準を向上させる「新魔法を創出」することを産物とした都なのだ。

 

 ……曲がりなりにも、魔法詠唱者=人間などの”国民”を産物とするのはどうかということもある上、新魔法については他の都市へ送るものではなく、絶対原則としてナザリックへと直接奏上する関係上、やはり一般流通の産物とは見做さない方がいいだろう。

 

 故に、この都市にて教導を受け、鍛錬を積んだ魔法詠唱者は、旧態のような脆弱な魔法詠唱者とは比べようもないほど強健であり、その戦闘力は前衛の補助という範疇には収まらない。〈飛行〉による一撃離脱戦法(ヒット・アンド・アウェイ)、最強化・多重化した魔法による絨毯爆撃、様々な強化(バフ)弱体化(デバフ)を併用しての護身戦闘も、学園生であれば標準的に使いこなすようになるのだ。

 おまけに、安価かつ高い効能を示す水薬(ポーション)の流通や、魔化された魔法武器や防具も充実すると、ただの軽装にしか見えない魔法使いの方が、全身鎧を着込んだ戦士然とした存在よりも攻撃力や防御力に優れていることも十分以上にありえる。それ故に、ああいう異種格闘技じみた取り合わせの決闘というのは、魔法都市ではさほど珍しくもなく、また住人達もそれを楽しむ余裕すら持つようになるのだ。都市はありえないほどに魔法防備に秀でており、住人に被害が出る可能性は絶無。また、決闘法が広く布達されているため、決闘条件さえ整えてしまえば公共の場でPVPを開催しても、それほどの重罪とは見做されないのだ。

 実際、都市外にまで移動して繰り広げられる六等冒険者同士の決闘――という体裁を整えた喧嘩――も、両者一歩も譲らずという攻防が繰り広げられていたが、もはやニニャたちには関係のない話である。

 

「そういえば……あのビーストマンの女の人、会話らしい会話していませんでしたね」

 

 だが、それにしては仲間たち三人はまるで彼女と普通に話している感じなのが、不思議と言えば不思議であった。

 

「あれはおそらく、〈念話結合(テレパシック・ボンド)〉のマジックアイテムの効果です」

「〈念話結合(テレパシック・ボンド)〉?」

「声を出さずに、特定の相手と意思疎通を可能にする魔法です。見方によっては、常に魔法で仲間と緊密に通信連絡を取り合えるアイテムではありますが、一対一の会話に使うには不便、装備し続けていると魔力を勝手に消耗し尽くす、思ったことは完全に相手に筒抜けになるなど、あまり使い勝手の良いものではありません。場合によっては、声を出せない存在が意思を伝えるためのものとして利用することがある程度とか」

 

 声を出せないという不穏な響きがニニャの耳を撫でた。改めてみると、ビーストマンの女性は首をマフラーで何重にも隠していた。言うまでもないが、今は寒さの厳しい季節ではない。

 

「ただ、現在の魔導国において、声帯欠損程度の傷は治癒することは容易かつ安価ですので、声を出せないというものはほぼ存在しないはずです」

 

 それこそ、六等とは言え冒険者なのだから、それなりの依頼を達成すれば治療のための金を工面することは容易なはず。というか、あんなマジックアイテムを購う金があれば、それくらいの蓄えはあって然るべきだろう。

 可能性としては、遺伝的かつ先天的な欠損――生まれた時から盲目だったとか、手足が欠けていた場合――などは、生まれてきたその状態が「健康」「正常」と判断されるので回復することは不可能なのだとか。

 ごく低い確率だが、本人が何らかの戒めで治療を拒んでいるという可能性もある。

 

「お待たせいたしました」

 

 程なくして、二人の卓に料理が運ばれてきた。

 大きな木の板の上に整然と並べられた料理は、南方の国にて祝い事の席に供されることもあるという“スシ”――生魚の切り身を、コメという穀物を固めたもの上に置いたもの――で、これにショーユという調味料をつけると極上の味が舌の上に転がるのだ。

 湯呑という深緑色の陶器には、湯気のあがる茶が注がれている。

 それを、ビールジョッキで乾杯するかのように二人は持ち上げた。

 

「それじゃ……ナーベラルさん、改めて結婚、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 ささやかな乾杯が交わされ、二人は昼食の場を借りた宴を愉しみだす。

 ナーベラルは、少女からの安くはない贈り物であるスシへと箸を伸ばす。スプーンやフォーク、ナイフ程度しか扱ったことがないニニャとは違って、黒髪の乙女は手慣れた様子で細い二つの棒を器用に扱い、口に新鮮な色艶を放つ料理を運んでいく。小皿に満たした黒い調味料につけるさまも見事だ。スシは手掴みで食べても問題ない(というか、他の卓についてる客の大半もニニャと同様の食べ方をしている)ものなのだが、ニニャは新鮮な驚きを胸に懐いてしまう。

 

「ナーベラルさんって、箸まで使えるんですか?」

「この程度、メイドの一般教養として当然です」

 

 そう言うが、和食文化が本格的にこの地域に流れてきたのは、割と近年――ここ二、三年の話と聞く。

 南方の地出身というわけでないと、彼女の正体を明かされていたニニャは、ナーベラルの示したメイドの(たぶん間違っている)常識に、ひたすら感心するしかない。

 

「すごいですね。やっぱりアインズ様に仕えるには、それぐらい普通でないといけないんですか?」

「当然です」

「……私も、練習した方がいいのかな? どうやって使うんです?」

 

 ニニャはナーベラルの手ほどきを受けながら、四苦八苦といった具合で棒っきれと格闘しつつ、何とかだし巻き卵の乗ったスシを口に運んだ。やはり、一筋縄ではいかない。

 

「……城内やナザリックでの食事も、和食のものを取り入れましょう。そうすれば、少しは慣れるはずでしょうから」

 

 少女は苦笑し、自分の世話を焼きつつ教師役まで務めてくれる乙女に、深い感謝と憧れを示した。

 同時に、以前から気になっていた――結婚した者であれば、避けては通れない事柄について、聞いてみる。

 

「結婚したということは、お名前は変わるんですか? ナーベラル・アクターさんになるとか?」

「いえ。アインズ様は、私たちの名称を変えることを()とはしません」

「夫婦別姓、ということですか?」

「一応は、そういうことになります。私たちの名は、至高の四十一人、それぞれの御方々が御授けくださったもの。それを無闇に変えることはありえないと、アインズ様が決定なさいましたので」

 

 しかし、だからといってナーベラルたち婚姻した者たちの絆が失われることにはなり得ない。

 彼女らの思いが不変不朽である限り、婚姻した者らの契りは未来永劫に渡って断ち切られないのだ。

 ちなみに、ツアレに関してはナザリック外の存在であるため、セバスと名を同じくすることができたのである。

 

「なるほど……じゃあ、式はいつ挙げるんです?」

「式については……とりあえず、考えておりません」

 

 ニニャは意外なことを聞いたように首を傾げたが、それ以上は何も言えない。

 

「あの方と……

 パンドラズ・アクター様と共に生きられる許しをいただけただけで、私は十分なのです」

 

 ナーベラルの薔薇色に輝く表情を見つめていると、何か言ってやろうという気概すらなくなるのだ。

 深く、深く。通じ合い、想い合えることの、歓び。

 それを知った――知り尽くした乙女の(かんばせ)は、本当に素敵であった。

 

「アインズ様には、感謝してもしきれません。あれほどの方を創造してくださった上、不肖な私を、あの方の妻に迎え入れることをお許し下さるなんて」

「よかったですね、ナーベ、ラルさん」

 

 思わず慣れた呼称で呼びつけてしまいそうになるが、瞬間、メイドの鋭く硬質化した視線を受けてどうにか修正できた。

 ナーベラルはさらに胸を震わせ、言い募る。

 

「アインズ様は、本当に素晴らしい御方です」

 

 ニニャは微笑みをたくさん浮かべて頷いてみせた。それは疑いようのない事実だったからだ。

 彼は魔導王という超絶の立場にある存在でありながらも、ニニャのような大したことのない小娘に魔法の偉大な力の一端を理解させ、週五日の魔法授業によって日々に充溢と活力をもたらし、こうして最高の美食に浴する時を与えてくれた。

 感謝してもしきれない。

 尊敬してもしきれない。

 海のように深く、空のように高い存在。

 だから、正直に言うと、今日の予定変更は残念でならなかった。

 魔導王としての政務が、多忙を極める事業であることは十分に理解している。

 だが、教え子に誠実な彼は、予定を遅れさせることはあっても、魔法授業の予定を完全にキャンセルしたことはなかった。

 

「アインズ様、今どうしてるでしょうか」

 

 海と空の色を宿す瞳は、窓の向こうの世界へ、至高の魔導王の行方を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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