魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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アーグランドの土地情報、評議国の記述などは、作者の独自設定です。


第6話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニニャとナーベラルが、魔法都市でささやかな祝杯を挙げている頃。

 

 アーグランド領域にて。

 

 この世界の頂点に君臨するアインズ・ウール・ゴウンと、ほぼ対等な同盟・共生関係を結んだ“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”ツアインドルクス=ヴァイシオンこと、ツアーは、アインズ・ウール・ゴウンの盟友として、この地を預かる信託統治者――外地領域守護者よりも階級で言えば上、役職としては階層守護者などとほぼ同格、アインズ個人としては気心の知れた相談役であり友人――として、大陸世界を平定し尽くした稀代の王者、魔導王の訪問を心から歓迎していた。

 しかし、これは公的な訪問ではなく、式典や礼典などを必要としない“友人同士”の語らいの場でしかない為、アーグランドの人々は誰一人として、アインズが真なる竜王の住居――清廉な、しかし朽ち果てたような、古代からの宮殿――を訪れていることを知らされていない。

 

「……それにしても」

 

 ふと、アインズは宮殿の外に広がる光景、蒼穹(そうきゅう)の断崖より望める大自然の偉大さに目を細める。

 

「ここは変わらないな」

「そうだね。竜が治める土地は、あまり変化とは無縁なものだから」

 

 彼と、彼の同胞である竜王――代表評議員らが治めるこの地、アーグランド領域(旧評議国領)は、魔導国の助力と、代表者である竜王による合議によって、目覚ましいまでの発展を遂げている――ことはなかった。

 これは、ツアーたちの手腕が著しく稚拙であることを示すわけでもなければ、魔導国がこの領域に対して然るべき労力を注いでいないというわけでもない。

 それどころか、この地は下手をすると、魔導国の如何なる都市よりも壮大なものと言っても、過言にはならないのかも知れない。

 地平線と山麓(さんろく)にまで広がる深緑(しんりょく)の輝き、白い尾根(おね)を煌かせる山々の稜線(りょうせん)は、その見渡せぬ先のすべてまでもが、アーグランド領域の都市に含まれているのだ。これは、ナザリックを防衛する役目を担う城塞都市エモットよりも、数倍以上に広大な領地であることを示している。

 

 竜は、非常に長命であることで有名な種族だ。

 100年単位の寿命は当然として、個体によっては1000年を超える時を生きる者もいるという。大空を無限に舞う“聖天の竜王(ヘヴンリー・ドラゴンロード)”や、巨大地下洞窟を永劫の()()とする“常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”などがそれだ。

 ツアーは、600年前の八欲王との戦いが勃発した折にようやく幼年期を終えた身で、比較的若い部類に入る。彼の口調に幼さが残っているのは、その表れと言ってもいい。下位の竜――火竜や霜竜などで言えば長老(エルダー)を超え古老(エインシャント)以上とも言えるほどの時間を過ごしてきた“青年”は、自分たちの領地の不変ぶりを、朗らかに笑う。

 

「父の、いや、父の代以前から、ここはこういう場所だったようだから」

 

 軽い微笑みの声は、むしろ誇るような音色をそのうちに宿しているようだった。

 アーグランド領域は、非常に荘厳な都市と、広大に過ぎる自然とが見事に融合を果たした“自然都市”とも言うべき造りを成していた。大樹の上や中ほどに家々が建立され、浮遊する岩塊に下位の竜や鳥系モンスターが巣を作る。樹々の下にある広場では、魔導国の都市で開かれているような市場が営まれ、兵士とも冒険者とも見える人型の若者たち――人間や亜人が、互いの意思を持ち、連携を示しながら、教官の竜に向かって木剣を向け、魔法を唱える訓練をしている。

 これは、アインズが初めて訪れた時から変わっていない。

 多様な種族――人間、亜人、そして異形である“竜”――が共存共栄を謳歌する街並みは、平和そのものだ。

 魔導国がそうするよりも先だって、アーグランド評議国は完成された共存形態を確立していたことは、割と広く知られた情報であったのだから、当然の光景だとも言えるだろう。

 

 

 

 

 

 これは、種族間での差別や格差、文明の齟齬(そご)や誤解、食料とするものの違いや美醜の感性まで何もかも違いすぎるものたちが、一同に一個のテーブルに収まっていられないこの世界において、奇跡と評してもいいほどの光景であった。

 人間が他の種族に劣等感を抱くように、人間を軽蔑する種族、人間を不快に思う種族、人間を食料に見ている種族という具合に、たった一個の種を眺め見るだけでも、様々な思考や信仰、習慣が存在し、それらが複雑に入り組み作用しあうことで、各亜人種や異形種との間で――時には人間種同士でも――不和を生じさせる。

 誰も恐怖を隣人にできないように、殺戮(さつりく)の対象に見られることを忌避するように、各種族というものは互いに反目し、反発し、虚実や不満をなすりつけ合い、相互に理解を示すことは、ない。

それが、この世界における常識であった。

 だが、この大陸の北西に位置するアーグランドの大地は、いつの頃よりかは不明だが、そういった常識から相反した国家づくりが行われた。

 竜という最上位者による、圧倒的な支配権(カリスマ)実行力(カリスマ)のもとで、他種族が手を取り合い、多種族が一個の統一された国家の運営に携わることが“できる”という実例を、その地に住まう生命・存在は実証してみせていたのだ。それも、数百年の長きにわたって。営々と。

 

 その事実を前にして、アインズは疑問を――どうして、他の国家や土地で似たような運営がなされないのか?――抱いたものだが、答えは単純明快である。

 

 彼らアーグランド評議国の国民は、竜たちによる平和統治を()とする感性の持ち主であったが、当然ながら、すべての人が、生物が、存在が、それを受容することはできなかったのだ。

 肯定するものがいれば、否定するものも当然として存在する。

 ただそれだけなのだ。

 

 評議国の国是(こくぜ)を受容できなかったものたちは、思考的、信仰的、精神的、いかなる思想思案に関わらず、他種族との融和を、多種族との生活を、容認することができなかったのだ。

 人間は人間のみで団結せねばならないと信じた国があったように、亜人は亜人のみで団結せねばならぬと信じた国家も、当然ながら存在する。己と違う存在を、違いすぎる価値観を、許し、認めることができないという一点においては、人間も亜人も同質な気性気概の持ち主であったことは、何とも皮肉なことである。

 彼らが互いに向け抱いた感情とは、けっして快いものばかりではなかった。

 あるいは憎悪。

 あるいは嫌悪。

 悪意、悪気、悪業、悪習、悪声、悪徳、悪名、悪法――それぞれが抱くそれぞれへの悪感情が、種族間での抗争・対立・不和・軋轢を生じさせ、評議国が示した実例よりも意義深い“差別意識”を世界中に根付かせ育ませ続けた結果、人々は互いを尊重し互助し合うことよりも、互いを拒絶し否定し殺戮し食い破り合う関係こそが正しいという“一般常識”こそが()と……正しいと、された。されてしまったのだ。

 さらに。

 六大神による、八欲王による、十三英雄による、世界各地に残された「ユグドラシルプレイヤー」などの爪痕、100年周期で訪れる世界の擾乱(じょうらん)によっても、種族間での混乱や摩擦、浄化という名の暴力や、保護という名の改変が、発生した。一定の種のみを優遇する「神のごとき存在」や、世界を正しい方向に直そうと(歪曲)する「英雄」――単純に暴力の権化として君臨した「王」たちなどが存在したことによって、世界はさらなる混沌の坩堝(るつぼ)を形成していくことになったのである。

 

 

 

 

 

 無論、アーグランド領域が魔導国に編入されたことで、変わったこともある。

 大小、老若、色合いなども様々な竜種が空を舞うのは珍しくもないが、その横を競争するかのように人間の魔法詠唱者が杖や箒に乗って飛行している。

 魔導国の設立した“学園”や、魔導王の唱えた魔法普及政策(優遇制度)などによって、これまでの国家とは比べるべくもなく、魔法の力が広く、正しく、下々の民らにまで普及され配給された結果、魔法詠唱者への誤解や冷遇は消え去り、人々は様々な形で魔法の恩恵を甘受できるほどに生活レベルが向上していったのだ。

 さらに、魔法の恩恵を受けた人々は、自らもまた魔法の恩恵を他者へ施せる道を、魔法詠唱者(マジックキャスター)としての道を志す者が噴出し、魔法都市より発生した“学園機構”は、一年もたたずに魔導国内、大陸各地に建立設立される運びとなり、さらに多くの魔術師が生み出されることになり、さらなる魔法の恩恵を大陸の端々にまで行き渡らせる種子と化した。

 まさに「魔を導く王」の智謀が成し遂げた偉業によって、魔法を使う存在は、それまで以上の幸福を謳歌できるようになり、また彼ら魔法詠唱者という使徒によって、世界の人々に魔法の恩恵が行き渡るようになっていたのである。

 そうした結果として、このアーグランド領域にも魔法の良き恵みは供給され、竜と並んで飛行する存在がいる風景が、日常的に眺められるようになったのだ。

 

「ようやく――世界が対等になりだしてくれたわけだ」

「ツアー?」

 

 独り言を言ってしまった己を自覚し、ツアーは静かに首を振っていた。

 ちらりと、視界の端に剣と呼ぶには異様な形状の剣を眺め、ふいと逸らす。

 アインズは友人の「何でもないよ」という言を飲み込み、改めて竜と向き合うことに。

上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉によって生み出された椅子に腰かけ、深き叡智を宿した竜の瞳を見つめ返しながら、アインズはとりあえず、自分の置かれた状況――部下である四人からの求婚のことを説明し始めた。

 四人の名や特徴は、ツアーもある程度は知っている。というか、しっかりと面識も得ている。

 まがりなりにもツアーもまたナザリックに在籍しているような立場なのだ。役職上で言えば、今の竜王はすべてアインズの配下と言ってもいいのだから、当然ともいえる。

 だが、

 

「すまない、アインズ。人々に様々な助言をもたらしてきた僕でも、アンデッドの結婚相談は、やはり初めての出来事だからね」

「まぁ……だよなぁ」

 

 苦笑する竜に対し、アインズもまた自嘲するように笑みをこぼした。

 

 ツアーは厳密に言えば既婚者――婚姻を既に結んだ者ではない。

 だが、別に相手に恵まれていないという意味ではない。

 というか、むしろ恵まれすぎているといってもいいだろう。

 彼の数多い子供には、義理とはいえ人間の娘までいるというのだから驚きだ。

 彼は竜王(ドラゴンロード)――「竜」という種族であるため、結婚という概念自体が理解できないという話を聞いた。

 (いな)、子を()すための(つがい)という意味では理解はしているらしいのだが、結婚制度というものそれ自体が、彼ら竜種にとっては意味をなさない。人よりも遥かな悠久の時を生きる彼らにとって、人間の法制度や価値観については、どこか齟齬(そご)を感じているようなのだ。

 (いわ)く、結婚という形式(そんなもの)が本当に必要なのか。

 竜たちにとって、寄り添うのも離れるのも、一時の気まぐれ。あるいは、ただの成り行き。

 男か女、雄雌(おすめす)の別を問わず争い、殺し殺されもする竜たちの世界においては、結婚という繋がりに特別な感慨を抱く者は少ない。独り立ちすれば己の子どもすら敵として追い払わねばならず、親であろうとナワバリたる領地を巡り戦う種族なのだ。そも、家族や一族という団体でいることすらも珍しい、とさえ言われているのが現状である。

 彼らの結婚を無理やり定義化するのなら、事実婚というものがあてはまるのではないだろうか。

 無論、一般的な日本人――というか童貞――には、あまり馴染み深いものではないので、アインズをしてもあまり理解が及んでいないというのが実際なのだ。

 いずれにせよ、あの「事件」以来、ツアーと共闘せざるを得なくなった「一件」以来、アインズはツアーの人(竜)格者としての為人(ひととなり)には、全面的な信頼を寄せている。

 故にこそ、アインズは彼からの助言を受け取ることを躊躇(ちゅうちょ)しない。

 何しろ、相手は“真なる竜王”、“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”、この世界でもアインズたちと同等の力を保持しながら世界の安寧と均衡に尽力する調停者であり、永き叡智と歴史を集積した比類ない本物の賢者でもあるのだ。

 それに、アインズ個人としての盟友でもある。

 むしろ、頼らない方が礼を失すると言ってもいいだろう。

 

「だが、そうだね……結婚することで、何か君にとって困ることがあるのかい?」

「困ることは……たぶん、ないな」

 

 と、思う。

 思いたいだけかも知れないが。

 

「だったら、別にいいんじゃないかな。結婚しても?」

「……そう軽く言われてもな……」

 

 アインズは沈鬱な表情を浮かべかけるが、竜は無知なるものを諭す賢者としてではなく、気安く友人に提言する友人として、自らの言葉を補足する。

 

「あまり難しく考えても、(いたずら)に時を回すだけだよ。試しに結婚して、これはどうしても駄目だと思ったら離れてみる。それではいけないのかな?」

「あー、どうだろう。……離れることができるのか、どうか」

 

 というか、ナザリックのNPCたちなんだから、離れようと思ったらナザリックから出ることになるかも知れない。それはちょっと遠慮したい気がする。

 

「いや。というか、離れることを前提に考えて結婚するというのは、少し違う気がするぞ?」

「でも、それだけ真剣に考えているくらい、その求婚してくれた四人を思っているのだろう?」

「……それは、まぁ」

「彼女たちは君を求めている。そして、君はそれにどう答えるべきか悩んでいる。アインズは複雑に考えようとしているけど、結局のところは、君が彼女たちとどうなりたいのか――それだけなんだよ、問題は」

 

 アインズは、黙考する。

 アルベドたちの想いに応えたい。

 しかし、どう応えるのが正解なのか、わからない。

 経験のなさや自分の立場などを引き合いに出すことで、事態は混迷の様相を呈しているが、友である竜の眼には、違う問題こそが浮き彫りになっていた。

 

「誰だって最初から経験者でいられるわけじゃない。誰の気持ちや想いにどう応えるにしても、一度応えてみてからでないと、応え方なんてわかるはずがない。正解を導き出すにしても、間違った選択をするにしても、『やってみなければわかりはしない』のさ」

 

 彼は“転ばぬ先の杖”が必要なのではなく、“七転八起”を目指さねばならないと、そう告げた。

 人が立って歩くことを覚え学ぶ上で、転ぶことがないなんてことはありえない。

 転ぶことを恐れて歩みを止めていては、誰も前に進むことはできない。

 ツアーの言葉に、アインズは思わず呻く。

 

「覚悟が足りない――という奴なのかな、これは?」

「いいや。むしろ、覚悟という“道具”に頼ろうとしているだけだと思うけど?」

「ん……なるほど」

 

 アインズは目から鱗が落ちた気を味わった。

 しかし、それでも――

 

「小賢しく振る舞うのは、止めた方がいいということかな?」

「……そうだね。愛というのは、小賢しいままではいられないものだからね」

 

 遠い記憶を眺めるように、竜は瞳を細めた。

 

「アインズ。何故、僕たちのような異形が、永遠に近い時を生きる異形(モノ)らが、子を()すのか……考えたことはあるかい?」

 

 伏せた眼に射抜かれながら、魔導王は真実を口にする。

 

「いや、考えたことはなかったな」

「まぁ、アンデッドが(つが)うとかいう話は僕も聞いたことがないから、そう考えるのも無理はないね」

 

 ツアーは静かに、何か大切なことを思い出すような口調で、語り始める。

 

「長い寿命、途方もない時間、誰よりも先へと進むことができる存在なのに、どうして子を残す必要があるのか――」

 

 竜の口調が問いかける風であることに気づき、アインズは思った解答を口にしてみる。

 

「自分を継ぐ者が必要だから、じゃないのか?」

「半分、正解」

 

 竜は牙を剝き出しにする。微笑んでいる証拠だ。

 

「けれど、もしかしたら自分を継ぐ者が先に死んでしまえば、その子は無意味に生まれ、無意味に死んでいったことにならないかい?」

 

 確かに。

 しかし、アインズは疑問を深める。

 

「では、やはり異形種には、自分を継ぐ者を、子を生す必要はないのか?」

「自分を継ぐ者も、確かに僕たちには必要だ。それは異形種も違いはない。

 しかし、それ以上に、僕たちは“たった一人では、孤独ですらいられないもの”なのだよ」

 

 孤独。

 その言葉は、思いの(ほか)アインズの胸骨の奥にある空白を(えぐ)った。

 

(つがい)を、伴侶を、連れ合いを持つというのは、つまるところそういうことなのさ。僕らは一人でいても何も楽しくない。どころか、一人でいては何を思うこともできなくなる。一人だとつまらないと感じる以上に、一人でいることは、自分さえ存在しなくなることを意味すると、僕は考えている」

「……自分さえ、なくなる?」

「僕たちは、触れ合える他者がいてこそ、自分という者の存在を認識できる。語らえる誰かがいてこそ、僕たちの言葉は意味を持ち、言葉たりえるのさ。誰もいない場所に自分一人でいては、何もできない。世界に自分ただ一人でいたとしたら、それはもはや孤独ですらない。自分というモノすら意味消失して、孤独というありさまさえ、不適当に成り下がる。――変に聞こえるかもしれないけれど、孤独とは、他人が存在してくれるからこそ、はじめて孤独となりえるものなのさ」

「ふむ……」

 

 ツアーの思考は、アインズの想像を超えて余りある。

 しかし、だからこそ彼との語り合いは非常に有意義なのだ。

 

「では、普遍的な――他者のいる孤独とは?」

「他者を拒絶すること。自分は一人きりだと思い込むこと」

 

 ツアーの声は淀みなく、吹き抜ける風のように軽やかな口調で紡がれ続ける。

 

「他者を拒絶したところで、その他者たる人物が消えてなくなるはずがない。自分は一人ぼっちなのだといじけてみせても、世界を歩き回ればどうしたって誰かと巡り会う。巡り会えるものなんだ。ああ、そういう意味ではキーノもそうだったね。懐かしいな。

 市場の露天商から食べ物は買うし、組合に赴いて依頼をすることもある。他にも役人とか農夫、教官や冒険者、通りを行き交う親子連れとだって出会えるだろう。人は、生き物は、たった一個では、寝床の確保も、知識の収集も、飲食すら満足に事足りることができない、脆く儚く、とても弱い生き物だ。

 その事実を前にして、何をどう思うも個人の自由だけど、そんな状態を孤独だなんて言い募るのは、少し傲慢に過ぎるだろうね」

「確かにな。言うなればそれは、孤独ではなく孤立しているというべきかな?」

「ふふ……それは言い得て妙だ。けれど、確かに孤立しているというべきだね」

 

 竜の笑声(しょうせい)がアインズの言葉を受け入れた。

 

「僕は、こう考えている。自分は、誰かから受け継がれた存在である以上、自分に受け継いでくれた誰かのために、自分を継ぐものが必要なのだと。

 自分は、いきなり一人で生まれてきたわけじゃない。

 たくさんの命に支えられ、たくさんの命に育まれたから、僕という今が、ここにある。

 そこに、一年や十年、百年、千年の違いなんてものはない。命とは、巡るもの。贈り贈られ、送り送られ、その繰り返しを続けていく。

 命を生み、生まれ、生きて、そうして次を生んで――死んでいく」

 

 竜は朗らかに、しかし、積み重ねてきた年月に相応しい思いを含ませた声で言い募る。

 彼は竜帝の子として、国を治める者として、数多の同胞が戦い死んでいくのを見続けてきた。

 八欲王と戦った父や兄ら、始原の魔法の使い手であったかつての竜王たち――評議国の代表として、多くの民らの生き死にを看取り――十三英雄の一員として、リーダーや仲間たちと共に戦い、あのような最後を迎え――それから200年後に、思いがけない者との対面を果たし、

 そうして、今、

 大陸を制覇した、骸骨姿の友を見下ろしている。

 

「悲しいな……私は、ただのアンデッドだ。生きてもいなければ、死んでもいない」

「でも、君は今、世界(ここ)にいるだろう?」

 

 ツアーはおかしそうに、自らの存在を残念がる不思議なアンデッドに相好を崩した。

 

「命は、まったく悲しいもの。

 けれど、まったく不幸なものではないことは確かだ。

 同時に、アンデッドであるから不幸なものだということは違うだろう? 少なくとも、(アインズ)は、今、僕の目の前にいる。僕という友の目の前に、ね」

 

 アインズは微笑むように肩を(すく)めた。

 

「それで、肝心の結婚のことについては」

「いや、十分参考になったよ」

 

 椅子に体を預けていた魔導王は、居住まいを正すように背筋を伸ばす。

 

「ありがとう、友よ」

「礼には及ばないさ」

 

 軽く喉を鳴らす竜の姿に、アインズは胸のつかえが僅かに取れた気がした。

 

「至高の魔導王と呼ばれてはいるが、こうして見ると随分と不甲斐ないものだな、俺は」

 

 謙遜でも謙虚でもなく、実直にそう思考するアンデッドの様子は奇妙だが、とても好印象なもので。

 

「僕たちは神ではないからね」

 

 ツアーは考える。

 神ほど可哀(かわい)そうな存在はいないとさえ、思う。

 神はその完璧さ故、完全無欠であるが故に、何物も何者も、何一つとして受け入れる余地のない存在だ。失敗も敗北もなく、ただの一度も己を顧みることはない。そして、神と呼ばれるものたちの悲哀を、神を信仰するものたちは知らない。知ろうとさえしない。信奉者たちは助けを求め、救いを望み、己の窮状を陳情するだけの愚物であろうとする者の姿に他ならない。

 故に、ツアーは神を嫌う。

 同時に、哀れとさえ思う。

 それとは逆に、神などとは程遠い者――目の前のアンデッドなどがそうだ――を好ましく思う。

 彼個人への恩義もあるにはある。

 だが、それ以上に、彼個人は信頼に値するのだ。

 はっきり言えば、いい人なのだ。アンデッドではあるが。

 たとえ、神のごとく尊崇されていようとも、神のごとく超然とした存在として奉られようとも、本当の神とは程遠い彼のような存在なら、きっと…………“彼”や、“彼女”のようにはならないだろう。

 

「すっかり話し込んでしまった。すまないな、こちらの依頼した指輪の製作中だったというのに」

「……なんの。僕も久しぶりに、いろいろと語ることができて嬉しかったよ」

 

 少しばかり懐かしい顔を思い出してしまったことで苦笑を深める竜は、席を立つ魔導王への礼儀――というよりも敬意の証として、己の鎌首を会釈するように垂れてみせた。

 

「これぐらいのことなら、いくらでも相談に乗るから、気安く頼ってくれていいとも」

 

 勢い込んでそう受け合ってみせる“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”。

 ただ、

 

「ああ、っと……もうひとつ、相談したいことが、あるにはあったんだが」

「うん? 何だい?」

「…………アンデッドの俺って、どうやったら子どもをつくれると思う?」

 

 その相談には、ツアーをしても、さすがに口を(つぐ)まざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。

 ナザリックにて、主の留守を預かる元守護者統括にして、「宰相」の地位を与えられた女悪魔は、同じく留守を任されている第六階層守護者「導師」マーレを連れて、姉であるニグレドの協力の下、一つの会談の場を設けていた。

 

『何でありんすか、アルベド?』

『わざわざ〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉と〈全体伝言(マス・メッセージ)〉を併用しての会議なんて――そんな重要な話を、今からしようっていうの?』

 

 外の領地にて政務に励む守護者二人を呼び出したアルベドは、二枚の水晶板に映し出される少女らに、同胞であり恋敵であり、今では対等な妃候補たちに、静かに語りかけ始める。

 

「ええ、そうよ。シャルティア、アウラ、そしてマーレ。これは私たち四人にとって、もっとも重大かつ重要な会議となるわ」

 

 アルベドの傍近くに(たたず)むマーレは思わず息を飲んだ。

 宰相の横顔はいつになく重い緊張に覆われており、常のような女神の微笑は(なり)を潜めている。

 

『……わかりんした』

『……お昼休憩は残り四十分だよ。早いところ始めちゃお』

 

 二人はあっという間に、アルベドの語らんとする会議の内容に思い至ったらしい。

 アルベドは頷き、貴重な時間を割いて招集に応じた三人に感謝を込めながら、会談内容を(あやま)つことなく伝達する。

 

「ではこれより、私たち四人が、アインズ様の(きさき)として迎え入れられるための、第一回極秘会議を執り行います!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第三章へ続く】

 

 

 

 

 




ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。

第二章”ナザリックの婚姻制度”は終幕となります。

いよいよ、完結が見えてまいりました。ラストスパートです。

続く第三章”アインズの決断”にて、お会いしましょう。

それでは、また次回。       By空想病


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