魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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第2話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不滅なる国、永遠の魔導国、ありとあらゆる幸福が約束された理想王国。

 生と死の垣根を取り払い、あらゆる種族と存在が共存する、奇跡のような統一国家。

 アインズ・ウール・ゴウンという絶対者にして最高支配者の偉大な力と知略、そしてカリスマによって確立された世界征服は、この大陸全土に、彼という素晴らしい存在を知らしめ尽くした。

 もはや、アインズ・ウール・ゴウンという名前を知らぬ者など存在しない。その名を軽んじる者など絶えて久しく、北は亡国の人形たち、南は和国の士族たちにまで、その名は崇められ尊ばれ、あるいは畏怖と恐懼(きょうく)の象徴として敬服されることになった。

 彼の王の麾下に加わることを拒絶した国々は、国としての体裁を保てなくなる程に蹂躙され殲滅され、魔導国の庇護を受ける以外の道は、残されはしなかった。

 彼の王と友誼を交わし、盟を結ぶことが出来た国や領地の種族は王の強大な魔法の矛先にさらされることはなく、やはりその庇護の下で安穏とした生活を保障されるに至った。

 こうして、ありとあらゆる種を、(うから)を、存在という存在を掌中に治めることになったアインズ・ウール・ゴウンであったが、ここまでの道筋は決して平坦なものではなかった。

 

 この異世界に転移してから、数年という月日が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ時間のはずだが……」

 

 アゼルリシア領域で製造された、ドワーフ製最高級懐中時計を確認する。

 天の橋の中央に位置する展望スペースで、アルベドとシクススを傍らに侍らせたアインズは、この時間を指定してきた守護者の到着を待つ。

 

「まぁ、あいつのことだから心配する必要もないだろう」

「アインズ様。よろしければお茶をご用意いたしましょうか?」

 

 アインズはアンデッドであるが故に、飲食は不要――というか不能――な体をしている。この世界に来た当初は、鈴木悟として存在していた元の世界では味わえなかった肉や魚、野菜や果物、様々な嗜好品とも言うべき食べ物や飲み物を味わえないことを残念に思っていたものだが。

 

「いや。今は、ヌルヌルくん三世がいないから遠慮しておこう。

 ――しかし、気遣いには感謝するぞ、アルベド」

「勿体ない御言葉」

 

 アインズが声帯を変えるために飼育している口唇蟲には、声を変える以外の機能があることが最近になって明らかとなった。

 それが「疑似飲食を可能にする」という能力だ。

 口唇蟲の主食はキャベツなどに代表される葉野菜であるが、人間の声帯を貪るという習性からもわかるように本性は雑食のモンスターだ。アインズはほんの気まぐれに、自分が口唇蟲を装備した状態で彼らに餌となる食料を与えられるか実験したところ、彼はアインズの口から運ばれてくる食材を難なく食せたのだ。

 しかも、その味覚を装備者であるアインズに共有させるというおまけ付きで。

 初めて味わった新鮮な野菜の味覚と歯ごたえに度肝を抜かれ、他にもいろいろと試行錯誤を重ねた結果、口唇蟲は装備した者の声を偽装するのみならず、食した物の味覚を伝播させる能力があることが判明した。これは口唇蟲の供給元であるエントマですら知りえなかった情報だったのは言うまでもない。

 しかしながら、口唇蟲による疑似飲食は、あくまで彼らが許容できる量に限定されるのが難点だった。これは食材や飲料を味わう本体というべき蟲のサイズを考慮すれば当然なことだ。しかし、それでもアインズにとっては、口唇蟲の価値が数段階上昇したのは言うまでもない。

 アルベドが提案したように、ほんの少量ではあるが、アインズはお茶という嗜好品を愉しめるゆとりがもてたのだ。これを喜ばないはずがないというもの。

 まだまだ、知らないことがたくさんあると痛感させられながら、展望台の腰掛けに座り、飽かず青空と都市の光景を見つめる。

 程なくして、地平線の向こうから、幾つかの影が姿を現す。

 天を高速で舞う、一対の皮膜が舞い降りてきた。

 一陣の風が、庭園の花々を僅か揺らす。

 蛙の頭が見る内に黒髪をオールバックにした眼鏡をかけた青年のそれに変貌し、背中から生えていた蝙蝠のような翼をスーツの内側に格納する。彼に付き従うように降りてきたのは、彼の副官たる魔将(イビルロード)の三人。

 降り立った悪魔たちは、その場で膝をついて臣下の礼を献上していた。

 アインズは先頭に控える第七階層守護者の名を呼ぶ。

 

「デミウルゴス」

 

 ナザリック地下大墳墓“空軍”を率いる「参謀」の職を新たに賜った悪魔が、(うやうや)しく(こうべ)を差し出す。

 アインズが大陸を平定するにあたり新たに設けた“空軍”とは、アインズの作成した“蒼褪めた乗り手”をはじめとした空中戦闘能力を獲得したシモベたちと、現地で徴用した航空騎乗獣の騎兵たちが属する空中治安維持部隊――その前身は強襲擲弾兵戦闘団――である。

 

「お久しぶりでございます、アインズ様」

「息災で何より。だが……おまえ自身が翼を用いてまで急を報せる事態というのは何だ?」

 

 アインズがこの時間に、展望台に赴いたのは気分転換のためというわけではない。

 いや、彼本人としては十分にそういう意味も含まれていたのだが、実際にはこのように、デミウルゴスとの対面を果たすために赴いたのが主な理由だ。

 ナザリックの存在は、ある程度の距離ならば〈伝言(メッセージ)〉の魔法で意思の疎通が可能だ。にも拘らず、デミウルゴスは魔法を使わない直接伝達にこだわり、多忙を極めるアインズの政務時間の合間を縫う形で、この魔法都市の王城にまで飛行してきたのだ。

 

「はい。詳細は、この書状にて」

 

 デミウルゴスは懐から取り出した書状を、アインズ当番のシクススに手渡そうとする。

 それをアインズは手で制した。

 

「構わん、デミウルゴス。おまえが直接渡すのだ。火急的用件となれば、寸刻を争う事態やもしれぬ」

 

 笑みを深めた悪魔は、シクススの代わりに、自分の手で書状を献上した。その手は、彼には似合わない震えの気配が纏わりついていたのをアインズは見逃さなかったが、今は気にしても仕方ない。

 羊皮紙の内容は当然日本語で書かれており、翻訳魔法の眼鏡をかける必要はない。仰々しいながらも簡潔な文章が、アインズの熾火のような瞳の奥に焼き付いた。

 

「こ……これは!」

「い、如何なさいましたか、アインズ様?」

 

 若干以上の不安を覚えたアルベドは、主人の裾を手にできるほどの至近に近づく。

 その白き顔に浮かぶは、驚天動地の様相。

 アインズは全身を雷に打たれたような衝撃を錯覚しさえした。

 思わず開いた口腔から、そこに書かれた内容を口走ってしまう。

 

「ツアレが、セバスの子を身籠った、だと?」

 

 アルベドは口元を掌で覆い、シクススは嬌声を上げて飛び跳ねかける。

 

「ど……どういうことだ、デミウルゴス?」

 

 アインズの疑問は必然であった。

 この世界に転移してから、デミウルゴスには様々な役目を与えてきた。

 聖王国での情報収集、巻物用の羊皮紙の確保と安定供給、種々様々な魔法的実験や検証。

 その途上で報告に上がっていた情報のひとつをアインズは思い出していく。

 

「確か、異種族との交配、特に人間と異形の間に子はなせないと、おまえ自らが教えてくれたはずだが?」

「――はい」

 

 重く、重く、悪魔は跪拝の姿勢を崩さない。見れば、彼に付き従う魔将たちもまた、主たるデミウルゴスと同様に不動の姿勢を保ち続けていた。

 その姿は以前にも見た――遥かな昔のようにも感じられるが、ほんの数年前、蜥蜴人の集団に敗退した第五階層守護者の――光景と酷似している。

 まるで親に罰せられる幼童、神から罰せられる信徒、運命という鎖に繋がれ打たれた虜囚を思わせる、陳謝の様相。

 

「では、何故だ? 竜人という異形種が、ただの人間との間に子をなすなど……何がどうしてそうなった?」

 

 二人が、セバスとツアレがそういう間柄であることはアインズも理解していた。ナザリックに属するもので、二人の関係を知らないものなどほぼ皆無だろう。ツアレはナザリックに招かれた、この世界ではじめての人間の女だ。その安全と生活は至高の御身の名の下に保障され、いかなる存在もツアレを害することはありえなかった。二人がそういう関係であることも、半ばアインズによって公認されていることから二人の愛情という繋がりを非難する声もなかった。

 しかし、愛情という、ただそれだけのものですべてが上手く回る道理などない。

 そうであるならば、この世界には最初から不幸や不和というものは存在しないはずだ。

 種の垣根は取り払えない。たとえどんなに愛し愛される関係であろうとも、生物として生きていく時間には誤差が生じるものであり、愛の結晶たる子を授かることは不可能だった。少なくとも、デミウルゴスが調査した段階では。

 しかし、その調査した(どのように調査したのかは語ることはなかったが)張本人たるデミウルゴスは、今その過去を、自分自身の口舌(くぜつ)で否定する。

 彼本人も信じられないという思いを込めて。

 

「それに関しましては、私が御身より賜っておりました世界級(ワールド)アイテム“ヒュギエイアの(さかずき)”の機能によるものかと推察しております」

 

 ヒュギエイアの杯。

 アインズは必死に頭の中に眠る記憶を探り、世界級アイテムの一覧を紐解いていく。元ネタは確か神話の医療の神の娘が持つ蛇の巻き付いた杯だったか。薬学、清潔、衛生、健康、婦人医学、繁栄などの象徴だとも言われていたはず。

 

「さ、(さかずき)の、機能、だと?」

「端的に申し上げますと、この世界級(ワールド)アイテムは、女性の妊娠を誘発するという隠された、あるいは新たな能力があることが判明したのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デミウルゴスは順を追って説明していく。

 まず最初に、ヒュギエイアの杯に注がれた水はたちどころに薬湯となり、飲んだ者の体力気力や状態異常を完全に回復させることが可能という、完全無限回復アイテムとしての効能しかユグドラシルには存在しなかった説明がなされた。

 次に、デミウルゴスは人間の都市へ派遣されたセバスとツアレの身に起こったことを、解りやすく口にしていく。

 アインズが魔導国の領地として勝ち取った人間の都市の統治は、至高の御方が創造されたシモベたち――死の騎士(デス・ナイト)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)など――の働きによって円滑に行われ始めたのだが、如何せん、人間たちは不死者たちを忌み怖れ、遠巻きに見る程度の関係が続いた。いくら漆黒の英雄モモンの力添えがあったとしても、これではいつまでも人間と異形との融和は成り立たないと判断したアインズによって、執事とメイドである二人が都市に派遣されることになった。

 セバスはナザリックにおいては数少ない善属性のNPCであり、そのレベルは100を数える。大抵の強者や不穏な陰に敗退する可能性は薄い人選でありつつ、人間とまったく変わらない容姿というのが肝だ。さらに、アインズの邸宅となる屋敷で大量に雇い入れる人間のメイドたちの模範となるべきメイド長をナザリックから選抜した折に、白羽の矢が立ったのはツアレだった。彼女はセバスやユリ・アルファの鬼のような指導に耐え抜き、見事ナザリックの威を示すだけの所作と品格があると認められたのだ。この任務はユリの方が適任だと考えるものもいなくはなかったが、彼女は孤児院の経営と子どもらの教育という別の使命が与えられた為、候補からは最初から除外されている。

 そうして二人は意気揚々と人間の都市へと派遣され、人間たちとの融和政策もある程度の成果を挙げつつあった。

 だが、そんな完璧な人選に問題が――というより穴があった。

 都市で昼は人間メイドの長として働き、夜は竜人との愛の営みを続ける日々を送るツアレは、極度の疲労困憊に陥り、この世界で手に入る通常の水薬(ポーション)程度では満足に回復できない状態に陥ってしまったのだ。完全にツアレ自身の管理不行き届きと揶揄(やゆ)されても仕方のない事態であるが、セバスはこの件の責任の一端は自分にあると思い込み、だが至高の御身に都市の運営を任された手前、相談することはあまりに憚られた。セバスを弁明するとすれば、人間の女のツアレの体調管理ごときで、日々をナザリックの為に忙殺している至高の御身に対してお伺いを立てるというのは、ある点から見ればアインズを軽んじているような印象さえ抱くだろう、と。しかし、この話を聞いて「ほうれんそう、しっかりしろよ!」とアインズが心の中で嘆いたのは言うまでもない。

 そこでセバスは恥を忍んで知略に秀でた同輩たるデミウルゴスに相談し、その代価として、悪魔はひとつの素晴らしい実験を施したのだ。言外に口封じも兼てと言われては、セバスには否も応もなかった。

 デミウルゴスの施した治療と、実験。

 それは、ヒュギエイアの杯で作った薬湯を、ただの人間の女――この場合、ツアレ――が飲むとどうなるのか。

 勿論、至高の御身たちの尽力と叡智の化身ともいうべき世界級(ワールド)アイテムを、いくら貸し出されているとはいえ、シモベ風情が勝手に使用するのは本来であれば絶対に忌避していたはず。だが、ツアレは至高の御方の名において保護され、今ではナザリック地下大墳墓の人間メイドの主席として労を尽くす、限りなく同胞に近いもの。そんな彼女の不調は、ひいてはナザリックの不名誉と同列になり得る。そんなことは御免被る。たとえ相談してきた相手が仲のすこぶる悪い執事であろうと、ナザリックの同胞を見捨てるという選択肢は、デミウルゴスには存在しなかったのだ。

 ナザリックの下位治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)――これはデミウルゴスも個人でいくつか持っている――を使用するのは無意味だと、試したセバスから言われていた為、デミウルゴスはこの可能性に賭けることにしたのだ。

 結果を言えば、デミウルゴスは賭けに勝った。実験も成功と言えた。

 ツアレは完全に回復し、ポーションを口にする必要のない健康体に立ち戻ってくれた。その後の経過も、目を瞠るほどの精力だったという。

 しかし、どういうわけだか、次にセバスのもとを訪れた際には、今度はセバスの方が若干――ほんの若干だが、(やつ)れていたのだ。

 相手の言いたくない事柄を言葉巧みに聞き出すことは悪魔の得意とする業である。

 そうして、セバスはまんまとデミウルゴスに、自分とツアレの営みが度を超え始めていること……有体に言えば、彼女の精力もとい性力に、竜人の自分が追い抜かれ始めている事実を語って聞かせていた。

 これはデミウルゴスの溶岩の如く熱い心胆でさえ凍えさせた。

 何が彼女の情動を奮起させ、竜人の力を超越させ得たのか、答えはこっきりひとつだった。

 

 そうしてついに、ツアレはめでたく、愛する男との愛の結晶を勝ち得たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほんとに、……本当にそんなことで、ツアレは妊娠したと?」

「まず間違いございません」

 

 世界級(ワールド)アイテムで施された精力増強。

 確かに世界級(ワールド)アイテムであれば、それほどに法外な奇跡を実現させ得るだろう。

 しかし、アインズは未だに信じられなかった。

 

「その後の追加調査と実験で、このヒュギエイアの(さかずき)の薬湯を飲んだ女は、亜人や異形の垣根を超え、子を(はら)めることがすでに数十近く確認されております」

 

 言われた言葉に、アインズは再び眩暈にも似た感覚に襲われる。

 

「待て。待つのだ、デミウルゴス。調査、実験……子を、孕む? それはつまり、つまり……」

「異種交配実験にございます!」

 

 彼の口調はまさに、己の臓腑を吐き出さんばかりの慟哭であった。

 

「私は! ナザリックに敵対したものたちを集め、その者たちを使って、かようなる冒涜的な試みを遂行いたしました! 御身より与えられた至宝を(いたずら)に濫用し、その性能を計るというのは! あまりにも! 侮辱的な行為だったやも知れません!」

 

 無論、デミウルゴスの心情は今しがた述べたように、アインズに対して不忠を働き、至高の四十一人が集めた宝物を許可なく使い込んだことへの(おそ)れしかなかった。倫理的、道義的、生命的な冒涜行為を働いた事実については、寸毫ほどの後悔も抱いていない。人が狗の仔を孕むことをむしろ喜々として祝福する、彼はそういう人物なのである。

 では何故、彼はそういう行動に出てしまったのか。

 単純に自分の知的好奇心を満たしたいからでは当然、ない。同胞でありながらも犬猿の仲ともいうべきセバスに対して暗く浅はかな感情を抱いたからでは断じて、ない。

 

「このような形で報告することとなり、まことに申し訳ありません、アインズ様!」

 

 どうか厳正な裁きをと、首を差し出す悪魔の嘆願が周囲に響く。

 処刑場に連行される咎人でも、今の彼ほど従容とはしていないだろう。そう思えてしまうほど、彼の態度はひたむきであった。

 

「――面を上げよ、デミウルゴス」

 

 ややあってから発せられた声に、デミウルゴスは従うしかない。

 きっと自分は刑されるだろう。そう確信しきった悪魔が見たものは、御身の微笑みの相。

 骨の見た目であっても、シモベであれば彼の表情を見誤ることはない。であるなら、どうして彼の御方は微笑みを浮かべ、子を(さと)す父のような瞳を向けてくれるのか、デミウルゴスの叡智であっても、理解が追い付かない事態であった。

 

「――よくやった」

 

 その一言は、何物にも代えがたい救済を悪魔の身の上にもたらす。

 

「デミウルゴス。おまえの(しら)せは、我々に無限の可能性を示してくれた。私は、おまえが誇らしいぞ!」

「ア……アインズ、様?」

 

 最高の頭脳を持つはずのデミウルゴスですら、御方の発する賛辞の意味が理解できない。

 そんな混沌を抱く忠臣に対して、アインズは喜びを声に変えるように言葉を紡ぎ始めた。

 

「私は常々思っていたのだ。種の垣根を超えて、すべてのものが我が膝元に平伏(ひれふ)すには、どうすれば最もふさわしい形になれるのかを」

 

 人間。

 亜人。

 異形。

 これらは共にアインズを戴き、共にナザリックに仕え、共に幸福な生を謳歌できることは、各都市のありさまから十分に実証されている。

 だが、やはり種の壁というものは、厳然として存在しているのだ。

 都市で生きる各種族たちは平和的に暮らしている。暮らしているからこその弊害というものが生じつつあった。それは当初想定されていた文化や風土の違いや、食料や慣習、生態の絶対的な齟齬から生まれるものではなかった。

 種を超越した絆の在り方。セバスとツアレの間で生まれた愛という結びつきに似た例は、すでに各都市で確認されている。御伽噺の中でしか結ばれるはずのない人間と亜人と異形が手を結ぶことが出来るが故に、その種の壁というものは覆し難い。

 人とエルフが結ばれることがあっても、人とゴブリンが、人とトロールが、人とアンデッドが結ばれることは決してない。

 たとえどんなにも二人の間に存在する愛情や絆が強固なものであったとしても、その二人には愛の結晶たる子は、産まれはしないのだ。

 故に、二人の結びつきというものはそこで終わってしまう。

 人が死ぬ運命から逃れられぬように、アンデッドが死することがないために、その尊い繋がりというものは、儚くも潰え去る道理しかなかったのだ。

 ――これまでは。

 

「だが、今回の一件によって、セバスとツアレが子をなせることが判明したことで、我が国民たちは無限の可能性を知ることになるだろう。そして、私も、ナザリック地下大墳墓のシモベたちも、これは例外ではないのだ」

 

 御衣が汚れることも(いと)うことなく、アインズは小さくなるデミウルゴスと視線を合わせるように膝を屈する。

 至高の存在のまとめ役にして、シモベたちの神たる魔導王は、その可能性を見つけ出し、こうして知らせてくれたデミウルゴスたちに、感謝の念を惜しむことはなかった。

 

「おまえたちは今、この私に大いなる可能性を教えてくれた。ありがとう、デミウルゴス」

「も……勿体なき御言葉っ!」

 

 感涙に咽ぶ悪魔の肩を、骨の掌がそっと撫でる。

 

「よいのだ、デミウルゴス。おまえの忠勤は痛いほどに、この私を助けてくれている。

 改めて、礼を言うぞ」

「っ、ア、アインズ様っ……!」

 

 語尾が霞むほどの嗚咽をもらしつつ、目頭を押さえる悪魔は己の臆病を嘆いた。

 何故、もっと早く報せることができなかったのか。

 何故、もっと早くこれほどの不忠を咎めてもらおうと動かなかったのか。

 無論、デミウルゴスには怯えがあった。しかし、それは命を奪われることへの恐怖ではない。

 アインズに失望されることを何よりも恐れた。己が殺されることよりも、アインズを悲しませる結果をもたらすのではないかという不安が、知略に秀でる彼の行動を鈍化させた。

 しかし、もはや隠し通すわけにはいかなかった。

 これだけの重大な情報をアインズに秘したままでいることは許されない。

 自分が賜った杯は、御方の至宝にして、至高の四十一人の労苦によって勝ち取られた、栄光の象徴。

 それが想定以上の機能を隠し持っていた、あるいは発現してしまったという事実に直面し、それを隠匿してしまうことだけは、デミウルゴスの忠義が拒絶した。

 この行動は、御身の将来の為に必要だと信じた。

 世界級アイテムの性能を計り損なうなどという事態に、直面しない為にも。

 そして何より、アインズが君臨し支配するナザリック地下大墳墓の将来の為にも。

 デミウルゴスは実験と検証を重ね、確たる証左を握ったからこそ、今ここに馳せ参じることが出来たのだ。

 そうして、そんな自分の行動を、御身は咎めるどころか、祝福の言葉を授けてくれる。

 これではまるで、夢のようではないか。

 

「そういえば、セバスとツアレは今どこに?」

「二人であれば……エ・ランテルに留まっております。ツアレは既に臨月を迎えているため、セバスはその付き添いに」

「なるほどな。いや案ずるな、デミウルゴス。私はおまえを責めるつもりがないように、二人を責めるつもりは毛頭ない」

 

 むしろ何か褒美を授けたいくらいだと主張する御身の寛大さに、デミウルゴスはさらに両の眼を熱くする。

 傍に控える魔将たちや、アインズの傍に侍るアルベドとシクススまで貰い泣きするほどに、御方の慈悲深さは留まるところを知らない。

 報告を怠ったセバスの不出来を許し、そのセバスと睦み隠れ子を孕んだ人間の女を誉めそやすなど。

 そんな彼ら彼女らが目の当たりにしている主君の内実というのは、些か以上の誤差が生じていた。

 そして、そういった事実はアインズ自身もまた自覚していない。気づく素振りもない。これはいつものことではあるが、今回に限って言えば、アインズはそれほどまでに、デミウルゴスたちがもたらした可能性について熟考し、その意義深さに昂然としていたことが影響していた。

 

 そう。

 アインズは今更な可能性を見出したのだ。

 

 NPCが子を()し、子を残すことができるのであれば、その子供たちの力も加わり、ナザリックはさらなる力を手に入れることができるということ!

 これを言祝(ことほ)がない理由がまったくもって見当たらない。

 そう思う度に、デミウルゴスとセバス、そしてツアレの成した功績は計り知れない。

 ナザリックは、まだまだ強化する余地がある。残されている。

 これから訪れるだろう危難や災厄の為にも、ナザリックの強化は必須案件なのだ。

 いずれ(あい)(まみ)えることになるであろうユグドラシルプレイヤーや、この世界に存在し得る、ナザリック以上の強者の可能性を思えば、今という状態に甘んじていることは非常に危ういと言わざるを得ない。それは再三に渡りアインズが提唱してきた軍拡の発展形であり、セバスとツアレの契りは、その第一歩を、魔導国の歴史に刻み込んだとも言えるだろう。

 見渡す蒼穹(そうきゅう)と同じく、遥かに広がる未来を思い描きながら、アインズは心臓のない胸を躍らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   【第一章に続く】

 

 

 

 

 

 







 ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。

 この物語は、拙作の短編小説・プレアデス逢瀬シリーズなどとリンクしております。
 そちらを見ていないと話が判らないというわけではありません。
 ただ、見てたら作者のやりたいことが判る程度です。

 作中に登場するモンスター(汚穢喰いや、ヌルヌルくん三世)の描写は、原作では登場しておりません。
 こういった独自設定が、拙作には大いに盛り込まれております。
 ご注意ください。

 続く第一章“「術師」の復活”でお会いしましょう。

 それでは、また次回。          By空想病




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