魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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前回のあらすじ。
生まれてきた御嫡子の命名について、アインズ様は皆に相談することに。

昨日の更新、後日談の第1話を読んでいない方は、ご注意ください。


第2話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全体伝言(マス・メッセージ)〉によって複数人全員へ一斉に通達されたのは、アインズとアルベドの嫡子――魔導国の唯一の王子への名付けを、守護者各位などから公募するという内容であった。

 

「あくまで参考として、おまえたちに(たず)ねたい。

 この子の名は、どのようなものが相応しいと思うのかを」

 

 この〈伝言(メッセージ)〉を送られたのは、生みの母たるアルベドをはじめ、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、セバス、さらにニニャの、合計八人のみ。

 それ以外にも関係各所に連絡して、王子の名前を募集しようとも思ったが、第八階層守護者をはじめ、各領域守護者、戦闘メイド(プレアデス)、一般メイド、近衛、隠密……ただのシモベたちでは畏れ多すぎる大任として、声をかけた傍から辞退されてしまった。

 そして、アインズの不肖の息子、伴侶に迎えた戦闘メイド(ナーベラル)と共に、遅めの新婚旅行(ハネムーン)――休暇を満喫中なため、ナザリックを離れているパンドラズ・アクターは、予定を切り上げてでも父であるアインズの嫡子誕生――つまり義弟との対面を果たそうと上申してきたが、彼と、彼の伴侶である義理の娘(ナーベラル)の休みを取り上げるのをアインズ自身が遠慮して(というか、二人に新婚旅行へ行けと命じたのはアインズ本人だったのだ)、今回は参集させていない。ただ、参考意見として一応、パンドラズ・アクターの考える名づけを訊いておいたが、アインズの息子だけあって参考にはならなかった。「ドイツ語はやめてくれ」と言っておいたのに。

 エンリやネムたちも同様に辞退されて、ツアーにも頼ってみたが「信託統治者の立場として、あまり踏み込むわけにはいかない。私的には友人を助けたいところだが、公的には下の存在である僕が魔導王太子の名付け親になっては、他への示しがつかないからね」という理由で流さざるを得なかった。

 そうして選ばれた八人は、数日という期限を頂き、アインズとアルベドの間に生まれた第一子……御嫡子にふさわしい名前を考える栄誉に与り、それぞれがそれぞれで、「至高」にして「唯一つ」の名前を献上すべく、寝食を惜しんで考え抜いた。ちなみに、アインズが個人的に除外した名前案のひとつ――○○○○・ウール・ゴウンはナシという事情も説明済みである。

 

 そして、数日後。

 

 期限を迎えた魔導王の妃たちと守護者らは、それぞれが御嫡子に相応しいだろう命名を胸中に抱いて、ナザリック地下大墳墓の最下層、神域の中の神域である第十階層の“玉座の間”……ではなく、“会議室”に招集された。全員が晴れ晴れとした自信と自負に満ちた表情をして着席している中、ただニニャだけは、浮かない顔をしていた。

 この会議の主役たる肝心の御嫡子は、乳母役を務めるニグレドや、アインズ当番のインクリメント、御嫡子の遊び相手として選ばれ連れてこられた竜人と人間の混血児・マルコ、その母であるツアレに、身辺の世話を全面的に任されながら、この会議室内に健在である。特別に運ばせたベビーベッドに横たえられた御嫡子は、今日も輝く微笑みを浮かべつつ、この半年で歩けるまでに成長したマルコと、仲睦まじく遊び、転げ、そうしてすでに安らかな面持ちで寝入っている。

 

「皆、よく集まってくれた」

 

 アインズは議場に集った全員の忠烈と愛に、深く感謝する。

 

「かしこまった挨拶は省いて、早速始めるとしよう――我が子の命名に関する議を」

 

 誰もが自分の主にして大陸を統一した魔導王への尊崇と敬愛のまま、その建議への参加の意を表明し、厳かな答礼を座った姿勢のまま行ってみせた。

 ちなみに、今回の議会には特別に、戦闘メイドの長姉にして、ナーベラルに代わり魔王妃の世話役を任されるユリ・アルファが、書記を務めてくれた。首無し騎士(デュラハン)の背後に、大きなホワイトボード――黒いペンで『第一回・御嫡子様命名についての議』と書かれている――が鎮座していて、そこに守護者たちが考えてきた名付けが筆記される手筈である。

 

「さて。では、まず誰から発表していく?」

 

 長卓の上座に腰掛けたアインズは、堂に入った口調を無自覚に紡いで、会議を進行していく。

 それほどに、アインズは今回の議会に期待を寄せているのだと、そこに集った者たちは過たずに理解した。

 彼らは一様に決意する。アインズの期待に応えねばと。

 

「では、生みの母たる私から」

 

 主君にして夫の期待を一心に浴びて、嫡子の実母である女淫魔・アルベドは、音吐朗々、誇りに満ちた声色で、己が熟慮に熟慮を重ねた命名案を奏でようとして、

 

「……本当に大丈夫か、アルベド?」

 

 愛する夫に、僅かの間だが制される。

 産後から幾日しか経っていない母の労苦を思うアインズであったが、それすらも、アルベドにとっては恩寵以外の何物でもなかった。

 

「大丈夫です、アインズ様」

 

 ご安心くださいという宣言。

 穏やかに、(たお)やかに、微笑みを浮かべる母の姿で、悪魔は夫の期待に応えてみせる。

 

「そうか……では、頼むぞ」

 

 歓喜によって焔のごとく燃え上がる微笑を浮かべ、アルベドは今度こそ、己の愛を、天高く響かせた。

 

 

 

「私は、ここに提言します。アインズ様と私の子に託す御名は、

 ――“マグヌム・オプス・ザ・グレート・ワークス”!」

 

 

 

 自信に満ち満ちた大音声は、しかし、期待したほどの反応が得られず、一人舞台で踊っているような虚しい恰好に終わる。

 無理もない。

 そこに居並ぶほとんどすべてのものが、その命名の真意を掴み損なっていた。

 

「えぇと、マグヌ…………なんでありんす?」

「“マグヌム・オプス・ザ・グレート・ワークス”!!」

 

 頬を膨らませながら早口に友を(たしな)めるアルベドであったが、そこに集った者らのほとんどは、理解不能な音の羅列にしか聞こえていない。

 

「ごめん、なにそれ?」

「えと……ええ、と?」

「フム。訳ガワカランゾ、アルベド」

「浅学な身の上、アルベド様の意は量りかねます」

「すいません。私もよく意味が……あ、いや、図書館で読んだかな?」

 

 ほとんど全員が怪訝(けげん)そうに首をひねる様を直視して、アルベドは「ンも~!」と牛のように鳴いた。不満を表すように両の拳をブンブン上下させる。せっかくの一番槍が空振りに終わったような感じで、アルベドは涙すら浮かべかける。

 

「ア、アインズ様は、この名づけがどれほど素晴らしいものか、ご理解していただけますよね!?」

 

 思わず自分の意を汲んでくれるに違いない夫に縋りついた。

 

「ぇ……う、うむ。勿論だ、アルベド!」

 

 などと、その場を取り繕う魔導王であったが、当然ながら一般人的な知識量のアインズでは理解が及ぶはずもない。せいぜい、グレートなワークという単語だけは判読できる程度である。

 ただ、彼女と同等の頭脳を誇る参謀は、違っていた。

 

「……なるほど、そういうことですか」

「え、知ってるの、デミウルゴス?」

 

 アウラからの問いかけに、悪魔は悠然とした微笑と説明を返した。

 

「簡潔に言うと、“マグヌム・オプス”とは、錬金術における『大いなる業(ザ・グレート・ワークス)』……ニグレド、アルベド、ルベド=黒化、白化、赤化という“賢者の石”の生成過程……「完成」や「完全」へと至る三段階を総合した技法のことです。確かに、アルベドを含む三者の力をも超える存在、完全無二な存在になることを祈念しての名づけと考えると、なかなかに秀逸かつ、唯一的な名前と、言わざるを得ませんね」

 

 大いなる業を体現し得る存在。

 しかも、マグヌム・オプスに、ザ・グレート・ワークスという二重の名づけに込められた意図は、間違いなく我が子への愛情があればこそ。

 デミウルゴスが即座に反応しなかったのは、ひとえに母の命名の秀逸さと重厚さに戦慄し、感服していたがために過ぎなかったのだ。

 

「そ、そういうことでありんしたか」

「確カニ、アインズ様ノ御嫡子デアレバ、ソレホドノ存在ニモ至レルコトダロウ」

「うわぁ、アルベドの名づけ、ガチで良い感じじゃん? 二重の意味で完全かぁ」

「う、うん。す、すごいね、お姉ちゃん」

「真に、素晴らしき御名前かと」

「すっごいなぁ、アルベドさん」

 

 デミウルゴスという最高位の知恵者の援護射撃のおかげで、アルベドはあっという間に守護者各位や王妃らの一歩先どころか、四歩も五歩も先へと勇躍した気を味わった。

 アインズも感心の沈黙を貫いた。アルベドの命名の凄まじさに度肝を抜かれる。肝なんて、骸骨の身体にはないのだが。

 

「さぁ、生みの母たる私の名づけを超えることが、あなたたちに可能かしら?」

 

 ナザリック最高位の智者として、完璧(?)なスタートダッシュを見せた女淫魔。

 誰もが怖気(おじけ)づいてしまうのも当然という空気の中、勇ましくも挙手する悪魔の掌が。

 

「では、僭越(せんえつ)ながら次は、この私の案の発表を」

 

 ()しくもアルベドの援護を行ってくれた参謀は、迷うことなく、アルベドの命名に対抗する名前を用意していた。

 

「よろしいですか? 名づけというものは、見聞きするものすべてに対して明瞭に、かつ正確に込められた意味を教授できるものでなくてはなりません。アルベドの名づけは、その点のみがネックであったことからも、お理解(わか)りいただけることでしょう」

 

 ほぼ全員(アルベドを除く)が首肯してしまう。

 その様に悦に入るような語調で、悪魔は清らかな歌のように、御嫡子に相応しき調べを紡ぐ。

 

 

 

「卑小な我が身が提案させていただく、麗しきアインズ様の御嫡子様の御名前は、

 ――“プリンス・オブ・グレートオールライフメイカー”様!」

 

 

 

「おお!」という無数の感嘆が轟くのも無理はない。先ほどのアルベドのそれよりも、ここに居並ぶものらに等しく明快に、意味を理解させることができたのである。

 

「まぁ、説明の要もないでしょうが、この御名前は『至高にして(グレート)』『全てなる(オール)』『創造主の(ライフメイカー)』の『御子(プリンス)』という名前。このナザリック地下大墳墓の最高支配者にして、我々すべての産みの親たる至高の四十一人のまとめ役であられるアインズ様のプリンスに、まことに相応しい名となっております!」

 

 いつになく熱い口調で語り終えた悪魔は、意気軒昂という調子で両手を天に向けて捧げ広げている。

 一同は気圧されるように感動の吐息を漏らす。

 

「な、なかなかでありんすえ」

「サスガハ、デミウルゴストイウベキカ」

「確かに、さっきのマグ何とかよりもわかりやすいね」

「お、お姉ちゃん。マグヌム・オプスだよぉ」

「これもすごい名前だなぁ……」

 

 皆が口々に納得の表情を浮かべる様を、アルベドは爪を噛んで悔しがる。「その手があったか」と悔しがり、心底から難敵が出現したことを憂える戦士の相だ。

 

「いかがでございましょう、アインズ様?」

 

 自分の案を気に入っていただけたかどうか伺いを立てる悪魔の微笑に、アインズが応じようとした瞬間、

 

「――プリンスが名前というのは、些か問題があるのでは?」

 

 空気がキシリと軋む音がする。

 

「……どういうことだねぇ、セバスぅ?」

 

 表情はまったく優しげなまま、しかし、憤怒のマグマを内に滾らせる炎獄の造物主に、ただ一人だけ――セバスだけが、異を唱えたのだ。

 二人の仲の悪さは全員が知悉(ちしつ)している。しかし、セバスは仲が悪いというただそれだけの理由だけで、意見を述べ立てたわけではなかったことは、紛れもない事実。

 執事は淡々と懸念を口にする。

 

「アインズ様の御嫡子は、魔導国における王太子、つまりは“プリンス”の位を(いただ)く存在。それほどの御方の名がプリンスそのままでは、国民に宣布する際、プリンス王子(プリンス)となることに――」

 

 老執事の的確な言及に、デミウルゴスの熱狂は、氷瀑のごとく真っ白と化す。

 悪魔は膝から崩れ落ち、我が身一生の不覚と言わんばかりに落ち込み始めた。床面にめり込まんばかりに突っ伏す様は、実に憐れを誘うものがある。

 

「あ、が……で……ですが。これ以上ないほど、アインズ様の御嫡子に、相応しい名は、ないものと……っ!」

 

 血を吐かんばかりに述懐するデミウルゴスだが、今回ばかりは、セバスの指摘は正しかった。

 確かに、グレートオールライフメイカー……至高の四十一人全員を体現することを表明する唯一の御方の“子息”の名としては、これ以上ないほど明瞭かつ直截な名づけであったことは疑う余地がない。

 しかし、今回はそれが裏目に出てしまった。

 日本人的に考えてみれば、誰だって自分の子どもに「子ども」なんてそのままな名をつけようとは思わないだろう。アインズもそう考え納得してしまった。

 

「――確かに、セバスの言う通りだな」

 

 主より断言され、悪魔は血の涙すら流しそうな絶望を覚える。

 己の失態から首を()ねてしまいたい衝動に、刹那の間、射抜かれてしまう。

 

「しかし、デミウルゴス。素晴らしい名前であることには違いない。一考の余地はあるとも」

 

 悪魔は我が意を得たと言わんばかりに、膝を折った姿勢のまま、両の拳を高らかに突き上げる。その様は、まるで天からの啓示を受けたかのごとき光を幻視させられるもの。その一言を賜っただけで、デミウルゴスの溶岩のごとき熱狂が再燃してしまうほどであった。

 

「ああああ! ありがとうございます! アインズ様っ!!」

 

 感情の高低差をこれでもかというぐらいに表出する参謀に、アインズはとりあえず頷いてやる。

 

「あー、うん。では次に……セバス、おまえの名づけを聞かせてくれ」

「畏まりました――ですが、執事でしかない私ごときでは、あまり御子(おこ)に相応しい御名前ではないやもしれませんが」

 

 アインズは「構わない」と鷹揚に許しておく。

 

「ありがとうございます。では、ここに提言させていただきます」

 

 長卓の末席に座すセバスは、即座に感謝の念をもって応じた。

 

 

 

「私が思いますに、アインズ様の御子であれば、“森羅万象”の王太子となられる御方、ゆくゆくはあまねく世界に属するすべての頂点に君臨し、アインズ様の御傍において、必ずや御身の御力となれるはず。故に、万物を意味する“ユニヴァース”様という名が、よろしいかと」

 

 

 

 アインズは思わず復唱してしまう。

 

「ユニヴァース、か」

 

 確かに、簡潔かつ明晰な名前である。

 他の者たちも、アルベドやデミウルゴスですら、彼の提示した「森羅万象」というスケールには、全面的に同意しているらしい。

 

「良い名前だ。ありがとう、セバス」

 

 謹直に敬服の姿勢を見せる執事……という以上に、愛娘に頂いた名や、御身からの期待や歓心に応えようとする父の面が大いに感じられた。セバスも人並みに父親としての姿が板についてきていて、アインズには微笑ましかった。

 いい感じに議会は廻り始めている。

 アインズの背後にあるホワイトボードに、三つの名が書き込まれた。

 

「なれば。次は私が、ご提案させていただくでありんすえ」

 

 新たな命をその身に宿すアンデッド、真祖(トゥルー・ヴァンパイア)が名乗りを上げた。

 

「大丈夫かしら、シャルティア?」

「心配には及びんせん、アルベド」

 

 親友に二つの意味――膨らんだ胎と、御嫡子への命名――で心配される主王妃は、心から二人の愛の結晶たる存在を言祝(ことほ)ぐ姿勢を貫く。

 すでに、シャルティアもアインズの子を……娘を、その不死者であるはずの胎内に宿す身だ。

 

「此度の御嫡子誕生に際し、私が彼の方に贈る名は、ただひとつ……」

 

 まるで祈りを捧げる敬虔な信徒のごとき澄んだ音色で、吸血鬼は今世において最大級の祝詞(のりと)を紡ぐ。

 

 

 

「偉大なるアインズ様の力を受け継ぐ第一子! 輝かしい(かんばせ)! 美しき一個!

 その名は“ビューティフル・ワン”様、でありんすえ!」

 

 

 

 昂然とした様子で席を立った主王妃・シャルティア。

 最王妃であるアルベドをはじめ、皆口々に思うままを言い募っていく。

 

「い、意外とやるわね、シャルティア。ねぇ、ニニャ?」

「はい。私も、いいんじゃないかと」

「ぼ、ぼくもあの、す、すごく、いいと思います」

「シャルティアニシテハ、中々ニマトモダナ」

「確かに……シャルティアにしては、問題なさそうですね」

「シャルティア様も、やればできるという好例でございますな」

「ちょ、後半のおどれらぁ! どういう意味でありんすかっ!」

 

 白皙の面貌を真っ赤にしながら、約三名ほどを指差す主王妃。

 何だかんだ言って、シャルティアのイジられっぷりは相変わらずだと、アインズは相好を崩してしまう。彼女の命名案にしても、特に悪そうな印象は受け取ることはなかった。

 

「シャルティア……本当にその名前でいいの?」

 

 ただ、何故か――真祖の親友であるはずのアウラだけは、難色を態度に表情に示している。

 

「ど、どういう意味でありんすえ、アウラ?」

 

 さすがに闇妖精(ダークエルフ)の少女の言を(いぶか)しむシャルティア。

 気づいていない主王妃に、陽王妃は仕様がないという雰囲気で諭し始める。

 

「いや、ほんと……本当に、いい名前だよ? それは絶対に確かだよね。アインズ様の御嫡子なら、美しく生まれてくるのはアタリマエ。それはわかるよ? でもさ、そうなると、アインズ様と並ぶ美の持ち主が、唯一の存在(ワン)っていうのは、少し不敬だと思わない? アインズ様の美貌と、御子の美貌……「唯一無二」「一個の美(ビューティフル・ワン)」が“二つ”って、それ矛盾してない?」

「――はぅ!?」

「アインズ様の美しさがアインズ様の子に勝ってもダメ、アインズ様の子の美しさがアインズ様に勝ってもダメ……シャルティアの名前だと、アインズ様と御嫡子が喧嘩でも起こしかねない、要らない内紛を誘発するかもしれないんだよ……そこ、ちゃんと考えてる?」

「あ、あぅ……」

 

 小さく呻くシャルティア。

 アウラは、この場の誰もが失念していた可能性を案じていたのだ。アインズ・ウール・ゴウンが至上の美貌を備えるアンデッドであることは絶対の事実。しかし、その頂点に立つ者を蹴落とすかのように、新たな才美が君臨するという名前は、なるほどこれ以上ないほど不適格だと言える。

 アインズ個人としては「心配しすぎではないか」と言っても良い程度の問題であったが、主人であるアインズ・ウール・ゴウンの絶対性を信奉する彼らにとっては、これは無視し難い問題である。

 

「確かに……それは、憂慮せねばなりませんね」

「フム、ソウナルト、“一番(ワン)”デハナク、“二番(ツー)”アタリガ妥当ナノカ?」

「しかし。第一子が二番扱いというのは、対外的によろしくないかと思われますが?」

 

 参謀と将軍と執事が声を発し、議論が紛糾して熱を帯び始める。

 その間、縮こまって可哀そうな吸血鬼があんまりだったので、アインズは助け舟を渡すことに。

 

「シャルティア」

「は、はひ! も、申し訳ありんせん、アインズ様!」

「いや……謝る必要はないとも。我が子に美しく、健やかに育ってほしいというのは、私の願いと合致する。シャルティアよ、おまえの想いは、確かな“愛”の為せるものだ。誇ってよいのだぞ」

「ア、アインズさまぁん……」

 

 陶酔の朱色を頬に差し込むアンデッドの少女は、そのまま安堵の涙を零し始める。

 

「泣く必要などない。ほら、これを」

 

 言ってハンカチを取り出し、親が子にするように優しい手つきで、その涙を拭っていく。

 相変わらず、アンデッドなのにどうやって泣いているのか不思議である。

 

「……ごめんね、シャルティア」

「……いいでありんすえ、アウラ」

 

 アウラをはじめ、他の者たちもアインズの言を受けて、それ以上の論議は不要とばかりに、シャルティアの案を一応受け入れることに。

 

「さて、これで半分が出揃ったな」

 

 ペストーニャがボードに筆記した名は、四つ。

 残っているのは、アウラ、マーレ、コキュートス、そしてニニャの四人。

 

「じゃあ、次は私たちの番ね! マーレ!」

「は、はい!」

 

 シャルティアに負けず劣らずという語気を発露する姉に促され、弟は共に立ち上がるしかない。

 

 

 

「私たちの提案する御名前は、“ファンタジア”様!」

 

 

 

 アウラははっきりと、マーレはおどおどと紡いだ提言の重なりは、その場にいる者たち全員の理解を勝ち得ることは出来なかった。しかし、小首を傾げられても、アウラは全く動じない。

 

「ほら、マーレ、説明して」

「う、うん。あ、あの。ふぁ、ファンタジアという名は、ゆ、有名な物語というか、楽曲というか」

「『魔法使いの弟子』のことですね」

 

 しどろもどろな闇妖精(ダークエルフ)(おとこ)()に代わって、デミウルゴスが仔細を説明していく。

 

「正確には、交響的諧謔曲(スケルツォ)……クラシック音楽の中の物語のことで、『とある見習い魔法使いが、魔法使いの師匠の留守中に未熟な魔法を行使することで、大騒動を巻き起こす』というストーリーです」

 

 簡単な説明で、その名称に込められた意図をつまびらかにする参謀。

 それに触発されるように、将軍コキュートスが理解を深めるべく確認する。

 

「ナルホド。“魔法使イノ弟子”ト言ウコトハ、即チ“アインズ様ノ後継”トイウワケダナ?」

「まさに。マーレとアウラは、その意味を込めているのでしょう」

 

 悪魔の断言に、マーレは彼らしい頷きを返してみせた。

 アインズを含め、他の者たちにしても、魔法使いの弟子(ファンタジア)という言葉に込められた願いを受け取り、納得の表情を浮かべるが、ただ……ひとりは違った。

 

「……ところで、アウラ」

「ん? なに、シャルティア?」

 

 すっかり涙の気配が消え失せた真祖(トゥルー・ヴァンパイア)に、アウラは応じる。

 

「この名は、おんしとマーレの連名での提言ということでありんすかえ?」

「そ……そうだけ、ど?」

「しかし、この名はマーレからの説明しかありんせん。これは、どういうことでありんす?」

「あ、いや、えと」

 

 言い淀む恋敵(とも)の珍しい姿に、だが、シャルティアは激怒した。

 

「おんし! アインズ様の御言葉を忘れんしたかっ!?」

 

 シャルティアは無論、先ほどの意趣返しをしようという気概はカケラもない。

 自分の意見に物申された……“そんな些末な事”よりも重大な罪を、目の前の少女――ここ半年でさらに背丈が伸びて、胸の膨らみもダントツに差をつけられた親友が、犯さんとしているのだ。

 

「アインズ様は、私たち、全・員・に! 等しく意見を提示せよとお命じくださった! なのに、(マーレ)の陰に隠れて、己の意を示すことなく、この場を終えるつもりだと? おんしは、いつからそのような卑しい女になった!?」

 

 アインズの言葉に、反する。

 いくら彼に愛される妃の立場であろうと、そこにつまらない私情を挟むのは言語道断。アインズの意には絶対的服従を誓いつつも、時には主人の間違いを正すことも、一応今のシモベたちはあり得るが、今回の名づけ(これ)が、アインズの間違いや罪であることなど断じてない。

 であれば、アウラはまったく間違った判断によって、アインズの玉言に逆らおうというのだ。

 これを責めないでいることなど許されない。同じ男を愛する王妃として。

 

「いや……でも、そのぅ……」

 

 本気の怒気に諭され、呻くアウラの様子に、全員が「言われてみれば」という表情を浮かべる。

 ファンタジア……魔法使いの弟子という名称は、図書館で物語や小説に触れる機会が多いマーレならではの命名。

 だが、この名前には、連立提案者である姉・アウラの影響が、まったくと言っていいほど感じ取れない。

 そして、マーレもまた、姉に対して珍しく、反旗を(ひるがえ)す。

 

「お、お姉ちゃん。やっぱり自分の案も言った方が」

「でも……私の、は……その……」

 

 それ以上、アウラには言えなかった。

 全員からの視線が、シャルティアの叱咤する瞳が、何よりも、アインズが陽王妃に差し向ける愛情深い眼差しが、痛いくらいにアウラの胸を貫いた。

 

「アウラ」

 

 やはり慈しみと愛おしさに溢れた声で、アウラの夫は、彼女の失態を、許す。

 

「おまえに無理をさせることは、私の本意ではない。おまえがどうしても言いたくないというのであれば」

「い、いいえ! 言います!」

 

 アウラは怯懦(きょうだ)に勝る恐怖から、自分の名づけを披露する決意を固める。

 恐怖というのは、アインズに処され刑されることを恐れて――では、断じてない。

 アインズが――自分を妃に迎えてくれた男が、悲しみを抱くことを恐れたがためだ。

 

「えと、わ、私の案は、その……カ……カ……」

 

 いざ言おうとすると、喉が張り付いたように声が出てこない。

 いくら唾を飲み込んでも、激しい羞恥と抵抗感が、胸を塞ぐ。

 それでも、言わねば。

 

 

 

「カ……………………“カピバラ”、様」

 

 

 

 沈黙が音になって聞こえそうなほどに、周囲は反応を示さない。

 その理由が痛いほどに理解できるからこそ、アウラは言うのを躊躇っていたのだ。マーレの案に隠れたがったのも無理はない。

 かわいい見た目でありながらも、齧歯類(げっしるい)の中では最大の動物という王者の風格。

 動物好きな、アウラらしい命名だと言えるだろう。

 

「……素晴らしい名でありんすえ、アウラ」

 

 誰もが声に詰まって仕様がない雰囲気の中、アウラを糾弾していた親友が、真っ先に彼女の命名を“良し”と認めた。

 アインズのかつての威名――“モモンガ”に因んだ名前であることは、守護者たちであれば理解できて当然のこと。しかし、その名を目の前の御方は封じているという事実が、彼らの意識から、その名に関連する命名は、自然と回避されていたのである。何人かはその名は不敬に値するのではとすら思考しかねない状況であったが、シャルティアだけは、アウラの意を正確に読み取り、そこに込められた真意を“是”とする。

 そうして、また一人、アウラに賛同する声が。

 

「シャルティアの言う通り――良い名前だぞ、アウラ」

 

 ある意味において、アウラはアインズと通じ合っていたと言ってよい。主人にして夫である御方のかつての名前――モモンガという齧歯動物――から連鎖的に選択するというのは、アインズも逆に“アリ”かとも思っていたところだ。

 御方に認められた以上、他の者たちには抗弁する要などない。

 他の誰でもない、アインズその人から許され褒められ、アウラは涙ぐむ瞳を、ぐいと拭う。

 

「ありがとうございます!」

 

 途端、涙の雨は晴れわたった空のように眩しい笑みにとって変わって、輝いた。

 

「……ありがと、シャルティア」

「どういたしましてでありんす」

 

 二人はそう声を掛け合い笑い合う。

 思わず、アインズは微笑みを深めてしまった。

 

「さて、残るはコキュートスとニニャか」

 

 六人の発表を聞き終えた主人の確認する声に、二人は頷くが……蟲王の表情は分かりにくいにしても、ニニャのそれは明らかに沈鬱であった。会議が始まる前から、ニニャはすごく気まずい空気を一人で吸い続けているように見える。

 

「――魔王妃ハ、ニニャハ案ハナイノカ?」

 

 そんな魔王妃の異常を知ってか知らずか、将軍は声をかけていた。

 

「あ、……いや、でも、私の浅学な頭での名づけだと、相応しくない気が」

 

 ニニャは委縮したように肩をすぼめる。

 王妃に列せられはしたが、ニニャはまだ十代半ば過ぎの小娘。それを自覚しているからこそ、彼女は並みいる守護者たちの提示する命名案に、ただでさえ薄い自信を欠乏しているようであった。

 無理からぬことである。一般人のアインズですら恐縮して仕様がない、今回の会議。いくら王妃に列せられたとはいえ、ニニャの未熟性を(かんが)み、尚且つ、この世界の現地の一般人として、魔導王の御嫡子命名に参陣するなど、萎縮し謙遜することはむしろ必然とすら言えるだろう。

 しかし、アインズはそんな王妃の謙遜を、優しく包み込む。

 

「大丈夫だ。ニニャ」

 

 魔導王という覇者、恩人にして師であり、今では家族として時を共に過ごす夫の声音(こわね)に勇気づけられ、ニニャは口ごもりながら、自分が必死に考えてきた名前を喉元にせりあがらせる。

 

「えぇと、じゃあ……」

 

 仮にも。

 一国の王子に、大陸全土に覇を唱える王の太子に、相応しき威名。

 それを少しでも(おもんばか)れば、少女でしかないニニャが恐縮し、どれほど決意しても言葉を紡ぐことは難しいだろうと、容易に想像できる。

 それでも、アインズは聞きたかった。

 ニニャという愛しい娘が、どんな思いを、願いを、贈り物を、アインズの子に託してくれるのか。無論、他の守護者たちに対しても同じことを考えたからこそ、今回、このような議場を主催したのである。

 そうして、ニニャは告げてくれる。

 

「ダ、…………」

「ダ?」

 

 誰も彼もが、ニニャの声に耳を傾けた、瞬間、

 

「……………………“ダークウォリアー”、様」

「ブフォウ!」

 

 アインズは肺もないのに(したた)か咳き込んでしまった。

 

「な、何かございましたか、アインズ様!?」

「どこか、御身体の具合でも悪うございんすか?!」

「ゴホ、エホオホ……いや、何でもない……何でも、ないとも」

 

 あまりの珍事に全員がアインズを注視してしまう。

 とりあえず、彼らの不安を取り除くべく、アルベドやシャルティアを手で制しながら、即座に姿勢をただす。いきなりのことで不安に駆られるニニャにも同じように、微笑みを返そうとした時。

 

「ふむ――なるほど、そういうことですか、妃殿下」

 

 え、何が?

 全員(アインズ含む)の視線を浴びて、参謀は悪魔的な微笑みを鋭く輝かせる。

 

「妃殿下の提示された、ダークウォリアー……この名は「闇の戦士」という名を意味するのみならず、アインズ様がかつて、この世界に転移して直後の、いわばモモン時代に名乗られた御名に相違ありません!」

「え、ええええぇ!?」

 

 驚いた声の主は、しかし、アインズでは、ない。

 デミウルゴスに指摘されたニニャ本人が、意外過ぎる事実を知らされ身を硬くしてしまったのだ。

 そして、彼の解説により、卓上が騒然となる。

 

「アインズ様が名乗られたものでありんすか!」

「確かに! それなら文句ないね!」

「は、はい! か、格好いいです!」

「まさに、御嫡子に相応しい名かと思われます」

「フム。私ノ出番モナク、決定シテシマウカ……」

「ぐふーっ! そ、その名があったことを、こ、この私が、失念するなんてッ!」

 

 悲喜(ひき)混淆(こんこう)といった感じに場が盛り上がる。

 ホワイトボードにもしっかりと、厨二心溢れる名前が書き加えられていった。

 だが、

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待っておまえたち!」

 

 如何せん、この流れはアインズには看過できなかった。

 

「そ、その名は……やめておこう」

「ど、どうしてで、ありんすか?」

「……ニニャヲ通ジテ、御身ノ意ヲ示シタ、……トイウコトデハ?」

 

 真祖と蟲王が魔王妃を見やるが、

 

「い、いやいやいや! わ、私なにも知りませんでしたよ?」

 

 アインズを除く全員の声で「え……?」と意外に大きく奏でられる。

 

「そ、それは本当ですか、ニニャ様?」

「ま……まさか……偶、然?」

「そ、そんなこと、あるの、お姉ちゃん?」

 

 セバス、アウラ、マーレが不可思議な事態に目を丸くし、続けて将軍、参謀、宰相が論じていく。

 

「ウウム……アインズ様ハ、本当ニダークウォリアーノ名ニハ御反対トイウコトナノカ?」

「しかしながら、ダークウォリアーを……妃殿下は何故、この名を提言することが可能だったのでしょう?」

「あら、デミウルゴス。(ダーク)戦士(ウォリアー)は、戦士化したアインズ様を想起するのに、十分な調べがあるわ。ニニャはそこから、このダークウォリアーという名を口にしたのかも」

 

 議論が紛糾し、ニニャが唱えた名を連呼すらし始める守護者たちを抑えるために、アインズはすぐさま理由(という名の後付け)を説明していく。

 

「えーと、こ、この名は、そう。

 ……「漆黒の英雄」たるモモンのみに、許された、名でな。……い、今でこそ、我が魔導国では、モモンの存在は広く知られ、市井(しせい)でも流行の兆しを見せているが……彼という象徴を、殊更(ことさら)に想起させる名は、我が子にはあたえるべきでは、ない」

 

 結果的に、ではあるが。

 モモンの勇名や功績を、魔導王アインズが認め波及させることで、漆黒の英雄譚に謳われる超級の戦士・モモンの栄光は、そのまま彼という英雄を「認め」「許し」「讃える」という行為を示す魔導王の人格者という一面を、人々に植え付けることに成功した。

 世界救済のために倒れ、永劫の眠りに就くしかなくなった英雄。

 その英雄の名を広め残すべく手を尽くす彼の協力者であるところの魔導王は、彼の意思を汲んだ、あるいは彼と(くつわ)を並べ戦った世界の救済者というイメージが強く定着してくれたのだ。無論、裏の設定――英雄と魔導王が同一人物だという事実は、国民たちの知るところではない。またそれ故に、市井(しせい)の国民たちは、モモンという英雄と、新たに現れた漆黒の英雄(ダークウォリアー)とを比較する流れが生じるやも知れない。我が子に、過度な期待や重圧を与えることは、アインズの望むところではないのである。

 

「い……以上の理由で……ニニャには悪いが、その名は多分、却下だ」

「あ、はい」

 

 貞淑に頷く魔王妃に救われ、アインズは深く息をつく(真似を骨の身体でする)。

 守護者たちも納得の表情を浮かべてくれた。

 ――チラリと窺うと、少女は明言こそしないが、落ち込んでいる雰囲気を(かも)し出している。考えてみれば、当然だ。会議などで無理に「言え」と言われ、いざ発言して「却下」なんてダメだしを受けたら、誰だって落ち込むだろう。少なくとも発言は控えようとしていたのだから、ニニャの受けた印象はそれに近いものだと思われる。

 あとで何か、埋め合わせをしなくては。

 

「じゃあ……最後、コキュートス」

 

 主に促された将軍が、絶対零度の興奮を吐き出した。

 

「デハ、最後ハ私ノ出番トイウコトデ」

 

 まるで戦いに赴くような闘志をみなぎらせながら、コキュートスはトリを飾るに相応しい意気を込め、蟲の歪んだ口調で音吐朗々に、告げる。

 

 

 

「私ガ提案スル御嫡子ノ名ハ――“夜摩焔魔天(ヤマエンマテン)”様!」

 

 

 

 ホワイトボードに書くには難しい漢字表記であった為、コキュートスはユリに代わって、己の指先でペンを握り、器用に筆記していく。意外に達筆な将軍の示した日本語表記は、守護者たちには難なく、ニニャは翻訳魔法で読み取っていくことが可能だった。

 しかし、

 

「ヤマ……エンマテン? でありんすか?」

 

 シャルティアをはじめ、ほとんどの者には、その名の意味するところを解読できない。

 だが、ナザリックの最高知恵者は当然、例外である。

 

夜摩(やま)(てん)焔魔(えんま)(てん)……なるほど、実にコキュートスらしい名づけです」

「し、しし、知っているんですか、あの、デミウルゴスさん?」

「ええ、マーレ。仏教や道教における死後の世界、つまりは地獄の支配者として君臨する“閻魔大王”と同一とされる存在のことでしょうね。仏教における十二天――御仏(ミホトケ)の使徒として働く“天部衆”に属する存在の一つ――それが、焔魔天(えんまてん)という存在を表しており、この焔魔天の前身というのがヤマ、つまりは夜摩天と呼ばれ――」

「と・に・か・く。アインズ様の御嫡子に相応しい名前ってことだね?」

 

 アウラがそう言って、能弁かつ長文になりがちな参謀の言わんとしている事実を総括する。

 天上に存在するという死者の裁判官をルーツに持つ名前となれば、なるほど死の顕現であるアインズの息子にはぴったり符合する名前だと言える。

 

「さ……さすがね、コキュートス」

「やはり……我らが“将軍”というところでありんすえ」

「う~ん、死後の世界を司る存在かぁ」

「す、すごい名前、だね、お姉ちゃん」

「口惜しい限りですが……私の提案が霞んでしまいそうな壮麗さ。さすがは、我が友!」

「私の万物(ユニヴァース)という案も、この名には及ばぬやもしれません」

「――あの。皆さん、ほんとに、凄すぎません?」

 

 これといった反対意見もなし。

 名付けに関しては、コキュートスは守護者の中でも随一の才覚を誇る。

 何しろ、アインズ・ウール・ゴウンの国……魔導国を“魔導国”その名にしたのは、他ならぬ蟲の悪魔の提言あってこそ。

 何だか、凄すぎてアインズは頭がクラクラしそうになる。

 自分の考えてきたものが、かなり安直に思えて、その…………恥ずかしい。

 

「イカガデショウ、アインズ様」

「――素晴らしい名だ、コキュートス」

 

 感服した思いのまま告げるアインズからの賛辞に、コキュートスは凍てつく身体に、純粋な喜びの狂熱を湧き起こす。

 

「ハッ! アリガタキ幸セ!」

 

 吐息はさらに氷の結晶を形成する量を多くする。

 

「うむ――何はともあれ。これで、全員の案が出そろったな」

 

 アインズはホワイトボードに記載された名の総覧を眺める。

 

 

 マグヌム・オプス・ザ・グレート・ワークス

 プリンス・オブ・グレートオールライフメイカー

 ユニヴァース

 ビューティフル・ワン

 ファンタジア

 カピバラ

 ダークウォリアー(棄却?)

 夜摩焔魔天

 

 

 ……どれも凄いな。

 これは自分(アインズ)のを発表する必要もないか。

 などと思ったアインズの隣で、

 

「あの、アインズ様」

「どうした、ニニャ?」

 

 おずおずと訊ねてくる少女に、アインズは優しく声をかける。

 

「アインズ様は、どのような名を考えてこられましたか?」

「…………ぇ」

 

 ない心臓が握られるように錯覚した。

「おお、確かに!」と守護者たちが一斉に色めき立つ。

 

「そのとおりよ、ニニャ! 最初にお伺いしておくべきだったことだわ!」

「嗚呼! アインズ様の御考えがまだでありんしたなんて!」

「アインズ様は、どのような名を希望されるんです!?」

「あの、えと、お、教えてくださいアインズ様?!」

 

 王妃たちが身を乗り出してまで、上座に位置するアインズに問いかける。他の者たちも、静かに主人の瞳を正視するのみ。

 まずい。

 非常にまずい。

 言わねばならない。

 言わなきゃダメな感じだ、これ。

 いや、だが、でもなぁ…………

 

「アインズ様」

 

 かけられる声の先に、一人の少女の姿があった。

 大丈夫です。

 そう魔王妃に、ニニャに言われたような気を覚え、アインズは熟考に陥るよりも先に、この会議直前まで延々と考え続けていた名を、ひとつ、口にしてしまう。

 

 

 

 

「――――ゆうご」

 

 

 

 

 思わず、語尾が消え入るように声がこぼれていた。

 アインズが思わず呟いた声は、常人では完全に聞き逃すほどに微小であった。守護者たちの鋭敏かつ明瞭な聴覚をしても、確実にはとらえきれるものではないが、それでも全員、自分が聞き取れた韻律を、各々の口で唱えてみせる。

 

「えと……ユウ・ゴー様、でありんすか?」

「ウム? ユウゴウ様――デハナイノカ?」

「あれ? 私はユウコって、聞こえたけど?」

「え、ぼ、僕はユゴーって……あの、その?」

「君たち、何を言っているんだね? ユーゴー様だよ」

「……私も、デミウルゴス様と同じく、ユーゴー様とばかり」

「あなたたち……何を言っているの? アインズ様は“ユウゴ”と仰られたのよ? ねぇ、ニニャ?」

「は、はい。でも、私には意味がよく……」

 

 シャルティアが、コキュートスが、アウラが、マーレが、デミウルゴスとセバスが、アルベドとニニャが聞いたものは、それぞれ違うイントネーションを孕み、様々な発音と意味を想起させてしまった。こればかりは彼らの怠慢ではなく、アインズの弱気が招いた結果でしかない。

 皆、それぞれが受け取った調べのままに、アインズの名付けの意味を解説し始めた。

 

「こほん。いいでありんすか? アインズ様の仰られた御名前は、ユウ・ゴー……つまりはYou Go……「おまえは進む」「君は行く」という“前進する”意味を表す名でありんすえ?」

 

 詰め物で膨れた胸を突き出して鼻高々に主張するシャルティア。

 

「私ニハ“勇剛(ユウゴウ)”、アルイハ“雄豪(ユウゴウ)”、ソレニ加エテ「融合(ユウゴウ)」トイウ意ガ込メラレテイルト、思考シタガ?」

 

 勇武に優れた名や混血児らしい意を幾つか告げるコキュートス。

 

「私は熊虎(ゆうこ)って、クマとトラのように、勇猛果敢な意味だと思ったよ?」

 

 優秀な調教者として、獣に関連した名称を連想しているアウラ。

 

「あの、僕は、その、ユゴーっていう、えと、作家の名前に聞こえました、けど?」

 

 巨大図書館に足繁く通うことで文学への造詣を深めた、マーレ。

 

「ユーゴーとは、「知恵者」及び「洞察力に優れた聡明なる精神」という意味を持つ名前。ナザリック最高最上の知恵者にして、この大陸随一の叡智を誇るアインズ様の御嫡子に相応しい名づけかと思われますが?」

 

 その叡智を遺憾なく発揮し、朗舌を尽くしていくデミウルゴス。

 

「…………」

 

 そして、奇妙なまでに沈黙と微笑を浮かべたまま佇むアルベド。ニニャはそんなアルベドを眺めるだけ。

 一方のアインズもまた、自分の口から零れた命名に、様々な意図や志向が含まれていくのを、黙って見守るしかない。

 我ながら、安直すぎる名前だと戦々恐々となってしまっていたが、存外に皆の反応は良好だ。さすがに、アインズの考えに至れたものは、ほとんどいない。しかし、なるほど、イントネーションなどの違いだけでも、かなり良い意味を内包する名前なのだなと、奇妙なところで納得してしまう。

 

「アルベド? 何故(なにゆえ)、黙っているでありんすか?」

 

 そんな黙考に耽るアインズも、シャルティアの疑念する声に釣られるように、子の母親を見つめる。

 アルベドの輝かんばかりの笑顔を直視し、次の瞬間、彼女が(のたま)い告げる言葉に驚かされる。

 

「アインズ様。畏れながら、私の“マグヌム・オプス・ザ・グレート・ワークス”という名づけは、伏して、ここに撤回させていただきます」

 

 誠実に身を退こうとする最王妃の姿に、全員が疑問の声をあげてしまった。

 

「代わりといたしまして。たった今アインズ様の提案された“ユウゴ”という名づけに、強く賛同させていただきたく思います」

 

 あれほど果断かつ即行的に紡がれた名を、今回の会議の一番槍という栄誉を授かった案を、実母としての子に対する清愛の結晶を、彼女自らの手で棄却するとは。

 いくら至高の御身からの提言の前に、シモベたちの意見など百歩も千歩も及ばないとしても、アルベドの言動は奇怪ですらあった。()守護者統括のアルベドをはじめとする守護者たちは、この数年で御身の意見や思想に、盲目的に従属するような姿勢でいることはほぼなくなった。シモベ自らの意を表明し、思い想うことを包み隠すようなことこそが、ありえない。でなければ、アインズの間違った(ことなど一度もないが)思案や政策に“異”を唱えることはできず、それが転じて御身への不忠となり、アインズに危難と災厄を運ぶ事態にまで発展することになるのだ。主人の言を唯々諾々と受け入れるのではなく、共に考え、共に進み、共により良き方向を目指す真の忠臣として、魔導国の発展と進歩、ナザリック地下大墳墓の軍拡に貢献することが、今のアルベドたちの役割であり使命であったのだから。

 故に、アインズは、最王妃アルベドの姿勢を(いぶか)しむ。

 

「……アルベド。……私は、この命名の意味をおまえたちには未だ明かしていない。そんな状況にも関わらず、おまえの案を下げる必要が何処にある? 自らを卑下し、私に(おもね)る必要など」

「いいえ。アインズ様」

 

 きっぱりとアルベドは首を振った。

 

「私は思い知らされたのです。私の案は、私の身勝手そのものであったことを」

 

 アルベドの唱えたマグヌム・オプスという命名。

 そこに込められていた響きには、確かにアルベドの愛情が、溢れかえらんばかりに盛り込まれていた。それは事実である。

 しかし、マグヌム・オプス……大いなる業というのは、アルベドとその姉妹たちにのみ関連した称号。

 そこにはアインズ・ウール・ゴウンの、アルベドの愛する男の、御嫡子の実の父の意は、窺い取ることは不可能であった。「完全」や「完成」という意味になら、至高の四十一人のまとめ役であるアインズのことも含まれていると見られるかもしれないが、提案者であるアルベドは、そこまで考えは及んでいないことを、自分自身で理解できている。

 

「あの子は、アインズ様と私の子……それ故の、“ユウゴ”という御名前なのですよね?」

 

 魔導国が誇る聖母の微笑みに、アインズは即座に、しっかりと頷いていた。

 

 アインズが、思わず口からこぼした「ゆうご」という名前。

 命名者本人が安直で恥ずかしいとすら思い悩んだこの名は、

 

 漢字で表すなら……“有”と“悟”。

 ……“有悟(ゆうご)”。

 

 アルベドの“(アル)”に、アインズの本名:鈴木悟の“(サトル)”――二人の名前が、ひとつとなったカタチに過ぎない。

 母たる悪魔と父である不死者、アルベドとアインズ・ウール・ゴウン、その二人の血を受け継いだ子を表すのには、なるほどぴったりな名づけであることは、ほぼ間違いないだろう。

 しかし、アインズは己の本名を――鈴木悟という名前を、子に含ませるのはどうか、という思いが強かった。

 今の自分は、紛れもなく、アインズ・ウール・ゴウン。

 かつての仲間たちのすべてを背負うべき存在なのだ。

 このアインズ・ウール・ゴウンという名を、我が子に継がせることはしないし、したくない。だが、父に因んだ名称や音韻がまったくないというのは可哀そうな気がするし……しかし、魔導王として、アインズ・ウール・ゴウンとしての立場や存在のことを思えば、ただの鈴木悟に立ち帰ることは大いに憚られる。第一、この鈴木悟という名は、かつて人間であった頃の、現実世界にいた時の一般人然とした名でしかなく、今や名実ともに不死者の王、アンデッドの最高種族:死の支配者(オーバーロード)に成り果てた今では、名乗る機会などまったくなくなった、過去の遺物だ。他の者にもあまり知られてはいないし……だが、いや、でも……などなどと思い悩んだ結果として、アインズはアルベドたち全員に、参考意見としての「命名に関する会議」を招集したのである。

 しかし、アルベドの告げた、アインズの真意を聞いた者たちは、一様に納得する。

 

「この御名前以外にありえんでありんすえ」

「マサニ。御身ノ御嫡子ニ相応シキ名カト」

「私も! 異議なしです!」

「あ、あの、ぼ僕も、です」

「浅学非才な身の上、アインズ様の真意を一瞬ながら見誤るとは……平に御容赦を」

「私の提案も、やはりアインズ様の名付けにはかないませんでしたな」

 

 誰の顔にも、この名前ほど素晴らしい命名はないと主張する笑みが輝いていた。

 それは決して、己で熟考し、この場で発表した、それぞれの思いや願いを託したそれを卑下することではない。

 

「……ユウゴという名が、ここまで様々な意味を持つとはな」

 

 冗談めかして告げた言葉を、守護者たちは当然、「何を仰るのです」と額面通りには受け取らないが、それすらも愉快に思える。

 アインズは本当に、漢字そのままの意味で“悟りを有する”とか、そういう意味合いしか用意していなかった。しかし、勘違いとはいえ、守護者たちはこの短い名前に、響きに、アインズの代わりに多くの意味を見出してくれた。本当に、これは嬉しい誤算である。

 

「前に進む」というユウ・ゴー。

「勇武に富んだ」勇剛or雄豪、あるいは「血の混ざる」融合。

「猛々しい獣。勇敢な存在」という熊虎(ゆうこ)

「物語を紡ぐ作家の名前」であるユゴー。

「知恵者。聡明な魂」を意味するユーゴー。

 

 守護者たちは、誰からともなく理解に至ったのだ。

 

 御方の示した可能性。

 我が子への願いの深さ。

 名に秘められた思いの多様性と千変万化ぶり。

 そのすべてに感銘し敬服したが故の結果、これ以上の議は必要ないという無言の合意に、一同が達しただけのこと。

 

「いい名前です。アインズ様」

 

 ニニャも文句なしと言わんばかりに微笑みを浮かべていた。

 振り返れば書記のユリ・アルファをはじめ、嫡子たちを世話していたニグレド、インクリメント、ツアレたちも、アインズの命名に賛成の意を首肯することで示した。

 ふと、アインズは席を立ち、我が子らの寝入る……否、父の気配を感じたのか、薄く目を開けて手を伸ばす寝台に歩み寄る。

 

「おまえも、この名がいいか?」

 

 意味など(わか)っていないだろう微笑みで、嫡子は父の伸ばした骨の腕の中に納まった。

 愚図る気配など微塵もなく、子は王のローブを掴んで、頬ずりするように戯れる。

 ツアレの腕に抱かれていたマルコも目を覚ますと、アインズの姿を認めるや否や、竜のぬいぐるみを握っていない方の手を伸ばした。母の腕から解き放たれ、よちよちと己の思うままに、童女の最高速度で翔けてみせる。途端、至高の魔導王の足元へ倒れ込むように飛び込んできた。その子もアインズは即座に抱きすくめる。頑丈な竜人との混血である幼児は、よく見えている眼でアインズの骨の顔を覗き込み、そして微笑(わら)う。白金の髪がアインズの鎖骨をくすぐった。

 本当に、幸福な時間をアインズは実感する。

 この場に、コキュートスとデミウルゴスの子らがいないのが残念だ。あの子たちは、身体的な理由で己の住居外に出るのは半ば禁じられている。彼ら彼女らが無意識に、突発的に周囲へ発散する冷気や熱波は、並みの防護では役に立たない。子らの親を思えば当然な現象だが、万が一にも魔導王の嫡子やマルコに害があってはならないと、未だに子供らを引き合わせることは難しいのが現状である。赤ん坊の防護専用のアイテムの生産が軌道に乗るまでの辛抱だ。

 

「皆、本当に異論はないか?」

 

 最後に確認するアインズに、全員が肯定の動作で応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、魔導王陛下の御嫡子――アインズ・ウール・ゴウンとアルベドの生んだ王太子――至高の御方のまとめ役の継嗣(けいし)の名は、“ユウゴ”と名付けられることに、相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。そういうことだったんですね」

 

 その日の夕食を共にしたニニャは、アインズの今回の招集『御嫡子命名の議』の裏にあった、アインズの本音を聞かされ、納得の笑みを浮かべていた。

 

「皆さんはやっぱりすごいですね。何も知らされていなかったはずなのに、ユウゴという名前に、あれだけたくさんの意味を含ませることができるなんて」

 

 二人とも湯浴みを済ませ、寝間着に着替えている。

 共に寝る前のおしゃべりに興じている真っ只中だ。

 ひとつのソファに肩を並べて座り、久方ぶりのふれあいを満喫する。

 魔王妃は翌朝には、閉鎖されている第八階層に戻らねばならない。彼女の修行は、一日も無駄には出来ないほどに厳しいものであり、こうしてアインズと雑談する時間すら取りにくい。そういう事情を理解しているため、他の王妃四人は、久方ぶりの二人きりの時を堪能させるべく、それぞれが私室での休息や外の都市にある住居での政務に没頭している。魔王妃の現在の務めを思えば、これは当然の対応ですらあった。産後で子の世話にかかりきりなアルベドですら、「ニニャの傍にいて欲しい」と懇願したくらいだ。

 ニニャはそれほどまでに、アルベドたち王妃たちからも、大事に扱われているのである。

 

「本当に……私なんて、まだまだですね」

 

 そこまでナザリックの者に大事にされている魔王妃は、自嘲するように声を漏らす。

 

「ニニャ。おまえの、その……“ダークウォリアー”も、悪くはなかった、ぞ?」

「はは……あー、でも、あの子は“ユウゴ”の方がしっくりきます。本当に」

 

 ニニャは未だに十代の少女だ。それを思えば、キャラメイキングとして与えられた頭脳、設置上の長大無比な年齢の重み、何より……この異世界において数年もの間、至高の存在の助力に一命を賭す臣下たちの努力の密度に、蘇生から一年足らずというだけの少女では、追いつけない方がむしろ自然ですらある。

 だから、アインズは少女の自虐的思考を軽く叱る。

 

「あまり自分を小さく見る必要はないぞ、ニニャ」

 

 むしろアインズにとって目の前の魔王妃は、遥かなる可能性を身に宿す、希望の塊であった。

 

「おまえが今、このナザリックで挑戦してくれている事業は、おまえ以外の誰にも託せない事柄だ。そのおまえがまだまだというのであれば、この世界の人間すべてが卑小になってしまうぞ?」

「……そう、ですね」

 

 少女は照れるように頬をかく。とりあえずニニャは、夫に言われたとおり、己の小ささに恥じ入る言を撤回する。

 ニニャにしかできない事柄。

 アインズは少女と婚姻した直後あたりから、ニニャを第八階層、その中でも“聖域”と称される場所に連れていき、その地を守護する存在――戦闘メイド……六連星(プレアデス)末妹(まつまい)にして、チーム・七姉妹(プレイアデス)のリーダーを務める彼女に、ニニャへ教練を施すように頼んだ。

 プレイアデスの末妹。

 人間でありながらも、職業(クラス)による不老化を体現する彼女に師事し、彼女と同じ職業(クラス)を無事に獲得した場合――その人間は、末妹同様に不老になれるのかどうかを検証するというのが、“表向き”の理由だ。すでにこれ以上のレベルアップは見込めないLv.100NPCでは検証できない、“現地”の“人間”の少女だからこそ、ニニャは末妹の教練においても、それなりの成果を結実させてくれているのだ。

 ニニャを使っての、「人間種の不老化」実験。

 だが。

 本当のところを言えば、アインズはニニャと共に生きる時間を、アンデッドの寿命に追随できるほどの力を、魔王妃たる彼女に与えたかった。ただ、それだけに過ぎない。

 無論、この修行でニニャが永劫の時を渡れる保証にはなりえない。遥かなる時の重圧に、ニニャの体が、魂が、――心が、絶対不変にあり続ける確証など、どこにもない。現地の人間だからこそレベル獲得が見込まれる魔王妃であるが、いつかは破綻を迎え、彼女との破滅的な別離が訪れることも、十分ありえるだろう。それは理解し尽くしている。ツアーの友人、リグリットのように、最後の時が訪れる可能性の方が大きい。

 それでも、アインズはニニャに、出来る限りのことを、してやりたかった。

 こんなものは、ただの我儘だと理解している。理解していても、アインズはそうせずにはいられなかった。

 

「今の修行は、つらいか?」

「いいえ、そんなことは」

 

 ナーベラルの妹さんや、その配下の方々にも良くしてもらって、逆に申し訳ないくらいだと、ニニャは微笑む。

 

「ただ……やっぱりこうして、アインズ様や皆と会う機会が減ってしまうのは、さびしい、です」

 

 率直に言ってくれる少女に、アインズは静かに頷いてみせる。

 

「俺も……さびしかったぞ?」

 

 くすりと楽しげな吐息を少女がもらした。

 

「私は、もっと、さびしかったですよ?」

 

 握り合う掌の温度差も気にならないほど、暖かな心地が胸に灯る。

 そのぬくもりが、アインズが内々に進めている計画のひとつを、口腔から零すきっかけとなった。

 

「ニニャ……私は近いうちに、“漆黒の剣”の、三人の復活を行うつもりでいる」

「え…………それは」

 

 魔王妃が目を(みは)って見上げるのも無理はない。

 魔導王の口より告げられた内容は、少女の記憶の底に眠る、かけがえのない財貨。

 その復活の約束。

 少女は瞬く間に思い出していた。

 彼らという三人の仲間との出会い、冒険、そして、最悪な形での別れを思えば、ニニャが呻くような表情をとるのも無理はないだろう。

 漆黒の剣という、アインズが共に旅した冒険者たち。彼らの遺体は、蘇生されたニニャ同様に、宝物殿の中に保存・安置されて久しい。

 本当は、もっと時間経過を重ねてみたいところだったが、アインズは予定を少し早めたくなった。

 ニニャの働きは目覚ましく、その褒美を供しようという話をすると、必ずと言っていいほど、ニニャはその口を噤み、何も言わなくなった。

 少女は、自分がどれほどに恵まれた立場にあるのか理解している。理解しているからこそ、これ以上の幸福を……我儘を押し通す気概が湧かなかったのだ。

 何とも純粋で、敬服すべき心構えだ。しかし、それではアインズの気が済まない。

 どうあっても、ニニャには褒美を、恩賜を、アインズのために傍にいてくれるという奇跡への感謝を、与えたかったのだ。

 

 漆黒の英雄譚にも記載される、(ふる)い冒険者チーム“漆黒の剣”。

 ペテル・モーク。

 ルクルット・ボルブ。

 ダイン・ウッドワンダー。

 ニニャが嗜虐の限りを尽くされ死んだあの日に、目の前で殺され亡くなった、無二の仲間。

 (ニニャ)のために命を捨てた、かけがえのない勇者たち。

 

 彼らの最期を看取った少女は、彼らという友を悼み、惜しまない時などなかった。

 だが、今のニニャは、魔王妃として、アインズ・ウール・ゴウン魔導国が誇る最上位者として君臨せねばならない立場だ。自らの我儘に、伴侶である魔導王を振り回し、自分の思う儘に彼の国務や企図に、参画とも呼べぬ勝手な主張を持ち出すことは、あってはならない暴挙であった。その程度の教養と認識をニニャは修得できている。それらの事実を思えば、ニニャはアインズに、漆黒の剣三人の復活を具申するなんて、身勝手なまでに我を通すような真似は、許されるはずもなかっただろう。

 

 しかしアインズは、そこまで読み切っていた。

 いくらアインズでも、それくらいのことは理解できて当然であった。

 何しろ、この少女――魔王妃・ニニャ――は、アインズの伴侶、愛する者の一人なのだから。

 

「ニニャ。おまえは十分以上に働いている。新たなる現地魔法の開発、我がナザリック内の新生児に対する生まれながらの異能(タレント)の探査と看破、第八階層での修練による新たな可能性の啓示……そして、何よりもこの私、アインズ・ウール・ゴウンの魔王妃として、傍で私を支えてくれている事実を思えば、三人の復活はお釣りがくるほどだ」

 

 ニニャのもたらした恩恵に対し、至高の存在は報いたいと誠実に考えた結果、彼らを復活させることを半ば強引に決定していた。

 無論、この“実験”が必要な理由くらい幾らでも存在する。彼らはニニャとは違い、罠として動死体(ゾンビ)に――アンデッドモンスターに変貌した死体だ。最高位の蘇生魔法なら容易く蘇生できるだろうが、果たしてそれ以下の復活手段で、アンデッド化した死体の蘇生に支障はあるのか、ないのか。またはどの程度のレベルダウン……生命力の減衰が発生するのか。ニニャとほぼ同時に死亡した彼らだからこそ、ニニャに施した〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉以下の蘇生でどうなるのか検証するのは、実に意義深い試みである。それは、ほぼ間違いない。もしも、この世界でアンデッド化した死体が高位の魔法でも蘇生不可であるならば、その時は死体を加工し、生前の意識を保ったモンスターに転生させてみるというのも悪くないか。

 

 ……だが、叶うのなら。

 

 かつてのように、ニニャを加えた漆黒の剣四人とアインズに……ナーベラルは、さすがに連れ出せないかもしれないが、あの頃のように冒険者に扮して旅をしてみるというのも良いかもしれない。アインズは都市の散策は気兼ねなく行えるようになっているが、現在の冒険者たちの日常――未知を探求するべく“本物の冒険”を繰り返す彼らに対し、直接的に触れる機会は少ない。それを思えば、復活させる彼らを懐剣のごとく用いて、冒険者たちのあれこれな内実の調査や検証――何だったら彼ら冒険者の現体制の改善点などが発見できればなどと企んですらいる。

 勿論、王として君臨するべき存在が冒険の旅に出かけるなど、あってはならない行為行動であることは確実だ。安全な都市内を散策するだけならばまだしも、自ら率先して危険と困難に(まみ)れた冒険の最前線に赴こうとすれば、都市散策にすら異を唱えていたアルベドたちが、泣いて怒って制止するのが目に浮かぶ。ニニャですら、絶対に難色を示すだろう。

 おまけに、彼ら三人が無事に蘇生されても、ニニャのようにアインズへの忠義や敬意を持つかどうかは疑問が残る。蘇生にはニニャを立ち会わせるつもりでいるが、万が一にもアンデッドであるアインズを、彼らが拒絶することになれば……その時は仕方ない。適当に記憶をいじって、何処かの都市で平和に暮らせるよう手配することも考えている。いずれにしても、年単位の死亡者に対する蘇生実験は行わねばならないのだから。

 それでも、せめて彼らくらいは復活させてやりたいと、アインズは本気で思うようになっていた。

 この魔導国で、あの“漆黒の剣”が冒険に明け暮れる姿を、この目に焼き付けてみたくなった。

 だから、これは単に、アインズのただの我儘(わがまま)だ。

 

「ありがとうございます」

 

 そんなアインズの我儘に――愛しい者の優しさに、ニニャは淡く微笑む。

 そんな少女を、アインズは慣れたように胸の内に抱きしめる。

 ニニャも、アインズの胸の感触に手を添えて応える。

 二人の間に、とても幸福で、暖かな時が、流れた。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 魔導王と魔王妃……アインズとニニャの二人は、ナザリック第九階層の上階へと至る転移門――円形の鏡の前で、別れの抱擁を交わしていた。見送りのために居並ぶ守護者やシモベ、アルベドたち王妃すらも、その光景に感じ入るまま、無言の笑みを浮かべてしまう。

 アインズは思う。

 いつまでもこうしていたいと、思い焦がれてしまいそうになる。

 だが、

 

「お二人とも。お時間です」

 

 黒髪のメイド、ユリが別れの時を……魔王妃が第八階層に戻る時を、口惜し気に告げた。

 ちょうどその時、ひとつの〈転移門(ゲート)〉が開く。

 現れた闇の奥から、桜色の花弁に囲まれる少女が姿を現す。

 

「それじゃ」

 

 お迎えが来たニニャは名残惜しそうに夫から身を離し、早着替えのローブで、男装から別の衣装に身を包む。

 門より現れたユリの妹――今のニニャの師――と同じ、紅と白に(いろど)られた和の装い。

 白無垢に鮮烈な緋袴の姿という修練の姿。何度目とも知れぬ少女が修行へ向かう後姿に、アインズは声をかけていた。

 

「ニニャ……」

 

 思わず引き留めてしまう癖がついている自分に、少しだけ笑ってしまう。

 ニニャが不思議そうに振り返るのも見慣れてしまった。アインズは少しだけ迷うように口ごもるが、

 

 

「     」

 

 

 柔らかな声で、彼女の――振り返るニニャの本当の名を、紡ぎ出す。

 

「待っているぞ」

 

 少女が魔導王に追いつき、悠久の時を歩める、その時を。

 いつでも。

 いつまでも。

 

「……はい!」

 

 名を呼ばれ、彼の思いを過たずに受け取った魔王妃は、いつものように、大地に根をはり空に向かっていく花のように、愛らしく微笑んだ。

 

 

「いってきます」

 

 

 復活した術師(スペルキャスター)――ニニャは歩み出す。

 彼と共に、魔導王アインズ・ウール・ゴウンと共に生きるための、その道のりを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン、統一大陸至高帝、魔導王陛下。

 大陸世界に覇を唱える、偉大にして至高にして絶対にして超然なる不死者の王。

 

 彼の物語は続いていく。

 彼と、彼の愛する者たち――すべてと共に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【終】

 

 

 

 

 

 







 後日談は、これにておしまい。
『魔導王陛下、御嫡子誕生物語~『術師』の復活~』は、これにて本当に完結です。
 ですが、アインズ様たち、魔導王御一家の御話は続いていきます。
 この拙作の続きとなる物語は、空想病の次回の長編連載に、ご期待ください。


 それでは最後に、
 偉大なる原作『オーバーロード』と、
 原作者である『丸山くがね(むちむちぷりりん)様』に絶対の感謝を。

 完結後にも評価や感想を残してくれた方々、
 そして、



 ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝を。



 それでは、また次回。      By空想病




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