魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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第2話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の英雄・モモンが伝説として人々の口の端にのみ吹聴されるようになった頃、彼の物語「漆黒の英雄譚」を、彼に対して恩義を感じる魔導王自らが編纂し、国民全員に――つまるところ、大陸全土に――配給した折に、ひとつの冒険者チームの存在が浮上した。

 彼ら“漆黒の剣”と呼ばれる、ただの銀級でしかない冒険者たちは、モモンが駆け出しの銅級冒険者であった頃に、ただ唯一の交流を持った、最初で最後のチームとされている。モモンが銅級(カッパー)だった頃の資料や情報は乏しく、モモンたちは破竹の勢いで前例のない昇格を果たしていった為、最初期のモモンについて、銅級時代の“漆黒”の英雄がどのような存在であったかについて、彼らの存在が失われたことで知るものはほとんど存在しなくなり、今となっては彼らの喪失はあまりにも惜しまれる。彼らは、かつて王国が健在だった頃に、エ・ランテルで勃発したアンデッド大量発生の企みに巻き込まれる形で、その若い命を散らし、不幸な末路を迎えた多くの冒険者チームと同様に、エ・ランテル都市内部の共同墓地に埋葬された。

 ……ことになっている。

 

 その“漆黒の剣”のチームの頭脳であり、若輩ながらも第二位階魔法の使い手であった少年、

 ニニャ――『術師(スペルキャスター)』の正体というのは、「漆黒の英雄譚」にも記載されてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズはアルベドと共に、久方ぶりに訪れた宝物殿にて、創造主の到着を今か今かと待ちわびていた領域守護者、パンドラズ・アクターとの再会を果たした。

 卵頭に軍服の出で立ちは、両手を広げて主人たちを迎え入れる。

 

「お久しぶりでございます、父上!」

「……うむ。久しぶり、だな」

 

 アインズは微妙に精神を安定化させながらも、努めて冷静に、不肖の息子(?)に下した命令の進捗を問い質す。

 

「棺の準備についてはどうなっている?」

 

 宝物殿は広大な空間だ。ここの管理を任されているパンドラズ・アクターでもなければ、どこに何がどのように保管されているのか、把握するのにも骨が折れるだろう。

 

「あの人間の棺でしたら、すでにこちらに準備してございます」

 

 彼が指し示した空間には、透明で、尚且つ魔法的な防護を張り巡らせた、精緻な硝子模様を施された長方形の箱が安置されている。

 その魔法の棺に納められているのは、あの“漆黒の剣”の魔法詠唱者――ニニャの(むくろ)だ。彼女――()ではない――は外界からの干渉、腐敗や経年劣化を一切遮断する魔法に守られながら、眠るように横になっている。かつて、あのクレマンティーヌによって拷問の限りを尽くされボロボロだった死相は、ナザリックの手のものによって美しい死化粧を巧みに施されており、知らないものが見れば、ただ眠っているだけのようにしか思えないほど、その死体は綺麗で穏やかな表情のまま、安らいだ寝顔を棺の中に収めていた。その姿はまさに、物語に語られるような姫のごとしである。

 この死体は、エ・ランテルを統治した際に、共同墓地の死体をアンデッド作成に流用していた折に発見したもので、あの当時を思い出したアインズは、ほんの気まぐれとして、“漆黒の剣”の死体をアンデッド作成に使うことなく、魔法によって腐肉や壊れた体組織を再生させ、生前の頃と似たような装備や衣服(ナザリック基準で言えば大したことないが、現地基準だと法外な金額なもの)を纏わせて、この宝物殿に安置することを決定した。

 無論、彼女の書いた日記によってもたらされた情報に対する恩義や、ニニャの姉であるツアレに対しての配慮もあったが、実をいうと別の実験に使えないかという意図から、彼女らの死体をここに保管しておいただけというのが実情だ。

 この世界の存在――蜥蜴人(リザードマン)戦妖巨人(ウォー・トロール)に対して行った蘇生実験はおおむね成功していた。その後の実験においても、低位の蘇生では、低レベルな存在の蘇生は不可能という結論を得ることはできたが、いずれも、死亡から蘇生に至るまでの時間は一日以内というごく短いものであった。

 アインズは、長期間にわたり死亡状態だった存在、年単位で死亡状態にあった死体であっても、問題なく蘇生が可能なのかを実験したかったのである。

 そこで彼が目を付けたのが、自分が少なからず世話になった、銀級冒険者チームの死体である。

 いざ蘇らせても不都合がなく(身元不明の死体や犯罪者を蘇らせても仕方がない)、ある程度は自分と面識を持った存在であれば、蘇生させればかなりの確率で恩義を感じさせることができるだろうと考えて。死体を魔法で保存しているのは、他の死体との違いを検証する意味もあったが、何となく彼女たちを腐敗させたまま宝物殿に放置するのは気に喰わなかったという思いが強かった。彼らを哀れに思ったことはなく、あくまでこれはナザリックの為に必要な実験の一つにすぎないとしても、小動物に向ける程度の愛着は持ち合わせていた、ただそれだけなのである。

 そういった意味では、今回のツアレの願いは渡りに船というもの。

 ニニャは蘇生されただけでなく、長年にわたって探し求めてきた姉との再会を果たす。

 これを恩義に感じないはずがないことを、短い期間ながらも彼女との交流で確信していたアインズは、ニニャという『術師』の復活を、今日ここに決定したわけである。

 

「探し出してやるとは……我ながら馬鹿な発言をしたものだな」

「恐れながらアインズ様。ツアレの心情を顧みれば、妹の死をあの場で報せなかったことは、寛大かつ慈悲深い行為であったと言わざるを得ません」

 

 アルベドの発言はもっともだった。

 ツアレは確かに強くなった。肉体的な強さではなく、精神的な強さではあったが。

 しかし、それでも妹に起こった悲劇のすべてを知るには、相当な覚悟が必要になるだろうことは確実だ。

 アインズは自分のアイテムボックスに収納した、一冊の日記を――皮の装丁に綴り紐で綴られた雑な造り、ニニャが書き残したその原本を紐解く。

 翻訳させ日記から読み取れた彼女の半生は、姉を取り戻すための死に物狂いな努力と、王国の現状に対する不平不満――を通り越した、憎悪と復讐の念に(いろど)られたものであった。

 姉が連れ去られ村で生きていくことすら不可能となった幼少期、

 師匠という庇護者を得たことで始まった魔法詠唱者としての道筋、

 成長につれ理解を深めた王国の貴族社会の腐敗と退廃ぶりへの絶望、

 冒険者としてモンスター討伐を遂行する死の危険と隣り合わせな修練、

 種々様々な物語や英雄譚の武器に憧れ純粋な力を渇望しての若さ故の過ち、

 そうして、ペテル・モーク、ルクルット・ボルブ、ダイン・ウッドワンダーという“漆黒の剣”探求を目指した無二の仲間たちとの出会い、

 それから、モモン……アインズたちとの最初で最後となった冒険の記録――それが日記の終わりとなっていた。

 彼らが死んだ当時、蘇らせようとは毛ほども思わなかった。

 惜しいとは思った。不快とさえ考えた。しかし、それだけだ。

 彼らは旅の道連れであって、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちではない。彼らを殺戮し、彼女を嬲り者にした女をじっくりと時間をかけて殺してやったことで、彼らへのせめてもの手向けとした。

 しかし、あの時から状況は変わった。

 アインズは大陸全土に覇を唱える魔導王としての地位を盤石のものにしたが、それでも、この世界において未知な部分というものは存在し続けている。口唇蟲の疑似飲食もそう。ヒュギエイアの杯の機能もそう。

 ひとつひとつ、丁寧に丹念に未知を既知に変える作業は続けねばならない。

 ツアーが語る100年ごとのプレイヤー出現に伴う、周期的な世界の擾乱(じょうらん)

 アインズ・ウール・ゴウンはそのためにも、この世界のすべてを知悉しておく義務があり、いずれ相(まみ)えることになるだろう脅威を払う事業として、これは必ずしも実験し立証しておかねばならない事柄なのだ。

 しかし、ニニャの復活は少し悩む。

 いざ復活させた後は、どうすべきなのだろうか。

 ナザリック内で飼い殺すのは心苦しいし、かと言ってただの人間を復活させて「自由に生きろ」というのは、かなりもったいない気がする。蘇生の魔法だってタダではできない。魔法を唱えるのはNPCだし、魔力だって一日もあれば完全回復できるが、それでもアインズの貧乏性――何かに利用できるものなら神でも竜でも何でも利用しようとする気概は健在だ。

 恩義を鎖として縛り上げるにしても、そうすることでナザリックの利益になるにはどうすべきか。

 

「……そういえば、確か魔法適性とかいう生まれ持っての異能(タレント)があったな?」

 

 数年前の僅かな記憶を、欠けたピースをパズルにはめ込むように繋ぎ合わせていく。

 ニニャは『術師(スペルキャスター)』という二つ名が意味するように、十代半ば程度でありながらも第二位階魔法を修めた優秀な魔法詠唱者だ。そうなった主な要因とは、彼女が保持する才能が大いに影響を及ぼしている。

 聞いた感じでは経験値倍増の特性とも言うべき希少な能力だ。この異能がどれほどの効果をもたらすものなのかというのは、純粋な好奇心以上に、アインズの興味を惹く。

 ひょっとすると、フールーダ並か、それ以上のレベルにも達するのかもしれない。

 それほどの逸材を自分の掌中に握ることができるとすれば、なかなか先行きが楽しみな印象を覚えてしまう。

 

「復活は明日にしよう。アルベドはツアレたちとペストーニャに連絡を。パンドラズ・アクターは、ニニャの棺を玉座の間に運んでおくように」

 

 承知の意を示す二人の声を聞きながら、アインズは眠り姫の死化粧を、見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。宵の口。

 ツアレは妹――その遺体――との邂逅を果たしながら、しかし即座に悲嘆にくれるような無様さは見せなかった。ツアレは自分の妹が棺の中に保管されていても驚きはなかった。至高の御方であるアインズが妹とわずかに面識を持っていたことはさすがにびっくりしてしまっていたが、御方の魔法であれば、遺体を数年も保存しておくなどということも不思議ではなかった。

 彼女も、妹の不幸な境涯ぐらい予想はしていたのだろう。ツアレが語る故郷というのはそういう場所なのだ。悪徳な貴族が幅を利かせる領地の住民は、貴族に阿諛(あゆ)追従(ついしょう)することを覚えた存在だ。そうしなければ自分たちの命すら危ぶまれる環境となれば否も応もないだろうし、少しでも逆鱗に触れて、自分どころか一家全員を処刑されるなんてこともザラだったとか。もちろん、そんな領主に憤懣を抱く者も少なくない数はいたが、彼らは反逆の咎を責められ、真っ当な裁きもなく処され殺されていけば、その気概は総減して然るべき事態と言えるだろう。

 

 

 そんな場所で姉と生き別れ放り出された幼い少女は、比較的、運がよかった。

 村の連中は両親のいない姉妹に手を差し伸べることはなかった――むしろ、自分たちの家族が豚の生贄にならずに済んで安堵すらした――が、それでも、残された妹を使い潰して犯すでもなく、口減らしに殺すでもなく、村から追い出しただけで済ませたのは、彼らの中に残っていた良識のなせる業であった。無論、そんなことなど追い出された当人たる妹にとっては関係のないことであったが、何かが狂っていたら、彼女は姉と似たような末路を辿っていたのかもわからない。ニニャの幼いながらも復讐心に燃える瞳は、村の者たちの手には余る災厄の種子を孕んでいた。彼女を匿うことは、領主へのいらぬ嫌疑を買うだろうことは、火を見るよりも明らかだったのだ。

 村から放逐された少女は、さらに幸運と巡り合えた。

 孤児を世話する物好きな魔法詠唱者――後の師匠――と道すがら出会い、その庇護下に加えられることになった。師にとってそれは、ガリガリに瘦せ細った少女をただ憐れんでの行動に過ぎなかったが、少女は師の庇護下で衣食住を供与され、一般学習の一環として教えていた魔法について、同世代の者たちとは一線を画す上達ぶりを発揮する。師匠は知り合いの鑑定士に少女を視てもらうと、彼女には“魔法適性”という生まれながらの異能(タレント)があることが判明したのだ。

 魔法詠唱者としての道を開かれた少女に、さらなる運気が巡ってきた。

 師の下を数年で卒業できるだけの力量を身に着けた少女は、早くも自活の道を歩み始めた。師の道楽――孤児の養育と保護――は、師個人の財力では成り立つような代物では決してない。孤児たちは育ち盛りな少年少女であるため、自立できるものは自立していく方が望ましい。恩を返すため、そして、自分の姉を妾という名の遊具としてかどわかした豚に復讐する力を得るため、少女は“冒険者”――モンスター退治などの依頼を遂行する傭兵――としての生き方を選択した。王国での魔法詠唱者の地位は低く、魔法の道で高額の金銭を得る手段というのがこれ一つだったこともそうだが、冒険者として高いランクの存在に昇格できれば、あるいは貴族社会に取り入る機会に恵まれるかもしれないと聞いた。元冒険者を専属の私兵として雇う貴族や、悪辣な非道を働く貴族の粛清に冒険者が動員されることもあるらしい。その途上で、姉を連れ去った豚を打擲(ちょうちゃく)する機会に恵まれるのでは……そういう淡い展望が、少なからず存在していた。

 そうして、そんなくだらない十代半ばの妄想癖にとりつかれていた少女は、性別を偽り、素晴らしい仲間たちと出会い、“漆黒の剣”というチームとして活動し、数々の冒険の旅を経て、そして、

 あっけなく死んだのだ。

 

 

 そんな妹との物言わぬ再会の場を設けられたツアレであったが、硝子の棺に収まる顔は、確かに自分のそれと面影がダブっていた。男のように短く切り揃えた茶色の髪は、妹の髪色に他ならない。思っていたよりも健康そうに成長していてくれたのだなと喜び思う反面、無念さが胸に込みあがってくる。

 やはり、死んでいたのか。

 ツアレはたった一人の家族だった妹の死を理解し、我慢していた嘆きの涙を溢れさせそうになった。

 

「案ずることはない、ツアレ」

 

 だが、妹の死を嘆くことはないと、アインズは高らかに宣した。

 

「私は交わした約束を違えることはしない。今回は特別に、おまえの妹を死から蘇らせてやろう」

 

 聞かされたツアレは驚き戸惑い、その破格な報酬に目を瞬かせた。

 

「おまえは我が配下であるセバスの子を授かってくれた。ならば私も、それ相応の礼を尽くすべきではないか」

 

 命をもたらしたものに、新たなる命をもたらす。

 アインズの決定は、悲嘆の代わりに感謝の念をツアレの瞳からあふれ出させた。

 傍にいた新たなる家族――夫のセバスに支えられながら、メイドはありえない奇跡をもたらしてくれる至高の御身に、深く、より深く、頭を下げて応えた。

 魔導王はツアレの感謝に応じるように、朗々とした声を玉座に響き渡らせる。

 

「では、これより復活の儀を執り行う――ペストーニャ」

 

 アインズの宣言と号令に従い、ツギハギ傷を負った犬の頭部を伏せていたナザリックのメイド長が前に進み出る。

 この復活の儀に際し、アインズは玉座の間にほぼ全ての階層守護者と戦闘メイド、そしてツアレの同輩にあたるメイド長と一般メイドたちを参加させていた。

 全員がアインズとペストーニャの挙動に視線を集中させる。

 メイド長が事前に命じられていた魔法は〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉という最高位の蘇生手段。

 これで復活させられない者はほとんどいない。

 ユグドラシルにおいては〈真なる死(トゥルー・デス)〉に代表される蘇生妨害をも超越する復活の輝き。信仰系魔法でも最高位階に位置する魔法の輝きが天より降り注がれ、清らかな光を棺の中に満たし尽くす。

 アインズの予測通り、ペストーニャの魔法は棺の中の死体を、数年という死の状態より復活させた。

 少女の顔色が見る内に血色を帯び、吐息が僅かに開いた唇から漏れ聞こえる。慎ましい胸の双丘が鼓動と呼吸に上下しながら、彼女は長い睫毛を動かし――瞼を開いた。

 数度の瞬きと共に、青い大空や海原のような宝石が、世界を見渡し彷徨っている。

 

「――成功だな」

 

 アインズの宣言に、一同は歓喜の声を挙げる。

 魔法の棺は自動的に、中に守護していた者を解放するように蓋を開ける。

 起き上がった少女は何が起こっているのか理解できていないまま、今まで見たこともない光景に視線を右往左往していた。

 どんな神殿よりも荘厳な、神話に出てくる宮殿。居並ぶ人ならざる者たちの造形。その中でも最前列でニニャの視線を浴びる強大で超然としたアンデッドの姿に対し――何故か、ニニャは恐れを抱くことはなかった。

 信じられない思考が少女の頭に沸き起こっていた。

 自分は、この人を――この存在を知っている……?

 

「久しぶりだな、ニニャ」

 

 (あやま)たず告げられた内容に、ニニャは混乱してしまう。

 低レベル存在の蘇生は、やはりどうあっても事態を読み込む力が衰えるらしいとアインズは状況を分析する。

 そんな思考に耽るアンデッドの脇へと目をやった少女は、白髪の執事に支えられるメイドを見て、呟いていた。

 

「ねえ……さん?」

 

 伸ばされた金髪が特徴的な女性。眼鏡の奥にある顔立ちは、鏡に映る自分と面影が重なる。

 普段は愛嬌溢れる表情が、今は感激の相を浮かべてめちゃくちゃになっている。

 二度と会えないとさえ思っていた顔が、二度と聞くことはないとも覚悟していた声が、妹の心に染み入りだす。

 妹の名を叫び、姉は死から蘇った少女へ駆け出した。大きくなったお腹ではうまく走れはしないが、それでも、今の自分に出せる全速力で、妹の身体を両腕の中にかき抱く。

 

「よかった……本当に、よかったぁ……!」

「ね、ねえさん、なに、どうなって? ここ、いったい……その、めいどの、かっこう……おなかは?」

「ツアレよ、ひとまず落ち着くのだ」

 

 姉妹の再会を邪魔する意図などアインズにはなかったが、それでも、復活したニニャへの状況説明は必須であった。

 ツアレが従容(しょうよう)退(しりぞ)くのを見送り、アインズは再び少女へ声をかける。

 

「久しぶりだな、ニニャ」

「お、おひさしぶりです……あれ?」

 

 少女はさらに混乱してしまう。

 久しぶりも何も、自分は、こんな人……アンデッドは知らない。

 だけど、知らないのに知っている気がするのは何故なのだろう?

 というか、こんな見たこともない強そうなアンデッドを前に、どうしてこんな平然としていられるのか? アンデッドは生者を殺そうと襲ってくる凶悪なモンスターであり、冒険者であれば警戒感を強めてたじろぐ姿勢くらいはとっても別におかしくはないのに?

 答えの見えない自問にとらわれる少女の様子に納得して、アインズはひとつの魔法を発動させ、今では懐かしい全身鎧(フルプレートメイル)の姿を見せつける。

 その漆黒に染まる見事な面頬付き兜(クローズド・ヘルム)、金と紫の紋様を描かれた絢爛華麗な鎧を、輝くように眩しい深紅のマントを羽織った姿を見た瞬間、二本のグレートソードを振り抜く屈強な英雄の背中を、ニニャは鮮明に思い出した。

 

「モ――モモンさん!?」

「そうだ。本当に久しぶりだな、ニニャ」

 

 鎧はすぐさま消え去り、まるで夢か幻のようにさえ思える。実際、幻術で姿形を変える魔法やアイテムというのは存在しているのだが、ニニャの魔法詠唱者としての直感が、これは紛れもない現実であることを彼女自身に告げていた。

 あの戦士と同じ声が、ニニャの胸を震わせてしまう。

 

「モモンさんは、ア、アンデッド……だったんですか?」

「そうだ。驚いたか?」

「なんというか、その……ちょっとだけ、なっとくです」

 

 ニニャは当時、アインズの力が常人の域を超越しすぎているという感慨を抱いていた。

 普通の人とは違うような気がしていた。

 人に在らざるような……そんな感じ。

 そんな魔法詠唱者の感想を聞いていたナザリックのシモベたちは、一様にニニャの評価を一段階上昇させた。

 御方の威光を、仮の姿のモモンの時から見抜き、そうして復活を果たした今、異形の姿を前に震え上がるでも恐慌するでもなく、起こった出来事を率直に呑み込む少女の度量は、なるほどナザリックに初めて加入した人間の女の妹というだけのことはあるらしい。

 

「モモンさん」

「ああ、すまない。モモンというのは仮の名だ。

 私の名は、アインズ・ウール・ゴウン。これからはアインズと呼んでくれて構わない」

 

 アインズは改めて名乗った後、ニニャに起こったこと、そして彼女の姉にこれまで起きたことを、かいつまんで説明する。

 ニニャの方も聞いていく内に、自分が惨たらしく殺されてしまった記憶を呼び起こされてしまったが、それにも勝る驚愕と感動によって、ニニャは棺から出た瞬間に膝をつき、魔導王へ(こうべ)を差し出す。それは従属の意志ではなく、ただの恩義に対する感謝の念がさせた行動に過ぎなかったが、ニニャ本人としては、これくらいの姿勢を取らないと礼を失すると思っての行動だった。

 

「ありがとうございます、モモ……アインズさん。ねえさんだけでなく、わたしまでたすけていただけるなんて」

「私こそ感謝だ。君のおかげで、私は随分と助けられてしまった」

 

 ありがとうと、アインズははっきりと告げる。

 自分の何が助けになったのかは知る由もないニニャであったが、ここは黙って謝辞を受け入れるしかなかった。

 そんな少女のささやかな疑問符にも気づかずに、魔導王は思案に耽る。

 長期の死亡状態からも難なく蘇生可能な事実を知ると共に、すべてが自分の思うとおりに事が運んでいることで、アインズは大いに相好を崩した。骨の顔なのでまったく微動だにすることはないのだが。

 今回の実験では、ニニャの復活を確実に行えるだろう魔法を試したが、次の実験ではより低位の魔法を試してみてもいいだろう。否、それよりもさらに年数の経過した――十年以上前の死体の蘇生実験も考慮すべきか。

 またひとつの未知が既知となり、そして新たな可能性の登場に、しかしアインズの前途は洋々として開かれていくような気さえした。

 

「さて、いまだたどたどしい感じだが、時間を置けば回復するだろう。復活の感想は後日としようか。それまでは姉と語らって……ツアレ?」

 

 アインズが振り返った先で、ツアレが膨れた腹を抱えて(うずくま)り始める。支えていたセバスの呼びかけに応じる余裕すらなく、ツアレは青褪めた表情で夫の胸に縋りついた。

 

「ツアレ、しっかりなさい!!」

「ど、どうしたのだ、ツアレ?!」

「ねえさん!?」

 

 セバスやアインズ、そしてニニャがあげる声に応える意図があったわけでもなく、苦しみの脂汗を額に滲ませながら、身重のメイドは重い口を開いた。

 

「う……」

「う?」

「う?」

「う?」

 

 三人と、声には出さないが玉座の間の全員が、彼女の言葉を問う。

 

 

 

「生ま、れる」

 

 

 

 呟かれた衝撃の一言。

 アインズが、セバスが、アルベドが、シャルティアが、コキュートスが、アウラが、マーレが、デミウルゴスが、ユリが、ルプスレギナが、ナーベラルが、シズが、ソリュシャンが、エントマが、ペストーニャが、一般メイドたちが、――そしてニニャが、一斉に声を張り上げる。

 あまりにも大きく唱和された驚愕の声が、玉座の間を覆い尽くした。

 

「ええええええええええっ!?」

 

 思わず叫んで、アインズの精神は安定化されてしまう。

 だが、驚愕と焦燥は一向に、彼の内側から消え去ってくれなかった。

 精神安定化の波状攻撃にさらされながら、為政者としての威厳も何もなく、アインズは周囲を見渡してしまう。

 

「う、うう、生まれるだとぉ! こ、このタイミングでっ! ど、どどど、どうすれば!」

「御心配には及びません、アインズ様」

 

 そう告げられたアインズは、声の主である宰相へ振り返る。

 アルベドは冷静にペストーニャやメイドたちに出産の準備を整える命令を発していき、出産の陣頭指揮を始める。

 向かう先は第九階層のメイドたちの居住エリア、ツアレに与えられた私室で、分娩の準備は着々と整えられていく。

 呆けるアインズや各守護者たち――そしてニニャを残して、アルべドはメイド数名と共にツアレを運び出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、今日この日、

 ナザリックにおいてひとつの命が再生され、ひとつの命が――誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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