なんや。アンタは何を想像したんや。
マックスとか、ボックスとか、いろいろあるやないか。
やらしいやで、アンタそういうトコ( ^ω^ )
もしもし、もしもし、誰か聞こえていますか? 誰かぼくの声が聴こえていますか!?
ぼくらはここにいます! もしもし! 誰かッ、この声が聴こえるなら、返事をしてください!
お願いです。ぼく達はここにいます。
もしもし! もしもし! 聴こえていますか?
ぼく達は、正常です!
もしもし、もしもし! お願いがあります。
誰が、どうか、ぼく達を見つけてください!
もしもし、もしもし! ぼくはココにいます!
『セックスライダーによろしく!』
「きッらめく青い海ぃ! わッたッしの心を覗かせ――」
とあるカフェ。
店内に設けられたステージの上で、可愛らしい衣装に身を包んだ少女達がマイクを片手に駆け回り、短いスカートを揺らしながらダンスを踊っている。
皆とびきりの笑顔を浮かべて体を動かしており、銀色のロングヘアを靡かせた少女がセンターにやってくると、ケミカルライトを振るっていた男達の熱気はピークに達する。
「みんなぁー♪ 今日はいっぱい楽しんでいってねーっ!」
「「「「「「はーい! ケーキちゃーん!!」」」」」」」
濁ったシンクロ音。
ケーキと呼ばれた少女はクルリと一回転。髪を靡かせて、甘いシャンプーの香りを拡散させる。
さらに短いスカートゆえ、旋回時にそれは大きく開き、縞ニーソの上にある白い太ももを強調させた。
それだけではなく、一部の観客達の目には桃色の下着もバッチリと目に映った事だろう。それを証明するように、歓声はより大きくなっていく。
そしてケーキもそれを自覚しているのか、悪戯な笑みを浮かべると、舌を出して首をかしげた。そして『青い瞳』で観客達を見渡す。
「あんまり興奮しちゃダメだよ? ケーキからの、お・ね・が・い・ね☆」
ウインクを決めると、さらなる歓声が上がった。
そのまま二曲歌った後にミニコンサートは終了。女の子たちはステージから降りて、観客達との握手会が始まる。
チョコちゃんだの、マッコリ姉さんだの。色々なニックネームの少女たちが並び、ファン達はお目当ての子達と指を絡ませあう。
そのなかでも先程のケーキと言う少女は、コアなファンが多いようだ。
おじさんから、若い女の子まで、いろいろなファンが並んでいた。
「今日も良かったです!」
「本当? ありがとね!」
握手。
「ケーキちゃん、可愛かったよ!」
「うれしー! ボク、そう言われるの好きー!」
握手。
「応援してます! ケーキちゃん!」
「ん! ありがと! これからもケーキをよろしくね!」
握手。
「ケーキちゃん。すっごいいい匂い、ペロペロしたいよぉ」
「ケーキの体は甘いんだよぉ? なんてね。本当はパウダーシート。あれで体拭くとこんな匂いになるんだ」
握手。
「ケーキちゃんたちなら絶対メジャーデビューできるよ!」
「えへへ、まあボクとしてはコッチでまったりやる方が好きなんだよね☆」
握手。
「そこらへんのアイドルよりかわいいよ!」
「本当ぅ? お世辞じゃないのー? でもありがとっ! とっても嬉しい!」
握手。
「け、け、けッ、ケッチャ! ぱ、パンツ食べたぃ……。デゅフッ!」
「ふふっ! お金取るよ~? 世界で一番おいしいパンツなんだから!」
握手。
「あ、あたしっ! ケーキちゃんのファンなんです!」
「そうなんだ! ありがとうございます。これからも応援よ・ろ・し・く・ね!」
おでこの所でブイサインを取るのが通称ケーキポーズである。
ファン達はそれをしながら次へと流れていく。
そんな中、小太りで、ハゲ散らかした男性がウキウキとした表情でケーキの前に立った。
何を入れているのやら、とても大きなリュックをガチャガチャと鳴らしている。
「あッ、波佐見さん。今日も来てくれたんだ!」
「うん! ケーキちゃんに会いたくてさ!」
相当興奮しているのか、メガネが曇っている。
「ほんとぉ!? 超嬉しい!」
「ほら、コレ見て、今日はちょっとオシャレしてきちゃった」
「あ、本当だ! かっこいいじゃんそれ!」(だっせぇ……)
波佐見と言う男性は、豹柄のジャケットを羽織っていた。
とは言え、ヨレヨレのデニムや、ボロボロのリュック。
襟元が黄ばんでおり、さらに変なシミがいくつもある白いTシャツとは明らかに合っていないし、浮いている。
ジャケットのサイズも全然違うようだし……。
「それ、どうしたの?」
「あ、これね! 町を歩いてたら店員さんに呼び止められてさ!!」
「うん、うん、へぇー、そうなんだ」
ケーキは理解する。どうやら波佐見は、上手い具合に言いくるめられてジャケットを買わされたららしい。その額なんと30万。
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、ぼくお金があるんだ。ケーキちゃんだけに言うけど――」
小声で波佐見はニヤニヤしながらケーキに語りかける。
「ぼく宝くじ当たって、お金持ちなんだよ」
「本当! すっごい! ケーキにも頂戴!」
「あはは、その事なんだけど――」
波佐見の額には汗が浮かんでいた。どうやら緊張しているようだ。
「あ、あ、あ、あの噂って、ほほほほ本当?」
ケーキもまた、ニヤリと含みのある笑みを返す。
「……なんの事? ボクは秘密の多い子だからさ」
「そ、そっか」
「まあでも……」
「ッ?」
「嘘じゃ、ないかもね」
それを聞いて嬉しそうに笑う波佐見。
気を良くしたのか、ケーキにとってどうでも良い事をベラベラと喋っていく。
「ぼくね、もっとおしゃれになるからね。もっとカッコよくなるからねケーキちゃん」
「???」
「ケーキちゃんに相応しくなって帰ってくるからね、もうちょっと待っててね!」
「う、うん?」
良く分からないが、さすがに喋りすぎ。もう時間もないので握手をして終わりにする。
「ケーキちゃん以外の子は断っちゃったから、今日の最初で最後の握手だよ」
「そうなんだぁ、光栄でございます!」
そう言ってケーキは手を出し――
べちょ。
「……ま、また来てね! ケーキ待ってるからっ!」(うわーお)
「うん、絶対来るよ! またねケーキちゃん」
いや、まあ、そういう人間がいるとは知っていたが、せめてもうちょっと隠すとか……。
「ま、いいか」
ケーキはため息をついて、白濁塗れの手を洗いに行った。
トイレに入ってしばらくすると、二人の女性が姿を見せる。
「ケーキちゃん、お疲れ様!」
「今日も良かったわよ、ケーキ」
「チョコちゃん、マッコリ姉さん! おつおつー!」
ネコ耳、三つ編み、おとなしそうな『チョコ』ちゃん。
ネイルに全てを懸け、そろそろ少女じゃなくなってきた『マッコリ姉さん』が、ケーキに話しかける。
三人は特に仲がよく、仕事終わりにはカラオケや食事に行っていた。
「なにしてるのケーキちゃん?」
チョコはケーキの肩に顎を乗せると、微笑む。
「うん。ちょっと、ほら、あの波佐見って人が」
青ざめるマッコリ姉さん。
「うげー、あのだっせー童貞でしょ? 今日はマジでダサさに磨きが掛かってたよね?」
どうやら波佐見と言う人物の評価は相当低いらしい。常連=良い客と言うワケでもないのだ。
「あの豹柄のジャケット本当に似合ってなかったよね」
優しそうなチョコちゃんですら、この一言である。
「そうそう! アタシ、マジで笑いそうになっちった!」
「あの人ちょっとヤバくてさ。チンチン触ってからならまだしも、手に精液つけたまま握手する普通?」
それを聞いてトイレに悲鳴が木霊する。
「おぅえッ! はきそ……! ちょっとマジで警察行こうかケーキ、アタシついてくよ?」
「そうだよケーキちゃんッ! ああいうのはエスカレートするかもしれないからね!?」
「んー、まあいいんじゃない? お金持ってるみたいだし、愛想よくしてれば何かくれるかも。ヤバくなったらその後でポリスメンに捕まえてもらお?」
「かぁー、たくましいわアンタ。刺されてからじゃ遅いんだからね」
マッコリ姉さんは壁にもたれかかり、タバコを咥える。
ケーキやチョコ達は店舗限定の地下アイドルみたいなものだ。ファンとの距離が近い分、たまに暴走する人が出てくる。
ケーキたちが知ってる中では過剰なおさわりくらいだが、別のところでは刺されそうになったりするアイドルもいるのは知っている。
「大丈夫だよマッコリ姉さん。少なくとも波佐見さんには、そんな事する度胸はないと思うな。それよりご飯いこ? ボク、パスタ食べたい気分♪」
「しゃーねーな。ココは可愛い後輩達にお姉様が奢ってやるよ」
「本当! やったねチョコちゃん!」
「うん! マッコリ姉さん。今日もネイルが可愛いね!」
「取ってつけた様なお世辞やめろ!」
「そうだよ、アラサー姉さんに失礼だよチョコちゃん」
「お前らそれが奢ってもらうヤツらの態度か!」
とは言いつつ、そこは時間と信頼の賜物なのか。
マッコリ姉さんは本気で怒っているわけではなく、じゃれ合いの一環である。
現にマッコリ姉さんは、後輩二人と肩を組みながらカフェを出ることに。
だがそこで三人は目を見開き、固まった。
というのも、店の前で見知らぬ少年がガードレールにもたれかかって苦しそうにしていたからだ。
「わわッ! 大丈夫ですかぁ!?」
「う、うぅぅ」
ケーキが少年の肩に触れると、苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
「どうしようマッコリ姉さん?」
「んおおっ! とにかく救急車呼ぶか!」
素人にはどうする事もできない。
マッコリ姉さんは携帯を取り出すと、救急車を呼ぼうと数字をタップし始めた。
しかしその時、少年が首を振って、虚ろな目をマッコリ姉さんに向ける。
「あ、あの、オレ、大丈夫ですから……」
「え? でも――」(あ! よく見たら、この子めっちゃイケメン……!)
憂いの表情がマッコリ姉さんのハートを――、などと言っている場合ではない。
こういうのは本人が大丈夫と思っていても重い症状の可能性が高い。そう思っていたのだが、少年は言葉を続けた。
「実はちょっと家出してて」
「あらま」
「それでっ、お金あんまり持ってきてなかったから……」
そこで少年のお腹が、グルルと獣の唸り声のような音を立てた。
なるほどそういう事か。ケーキ達は顔を見合わせると苦笑し、少年を自分たちの職場、『アリスカフェ』へと招待した。
「ガウガウガツガツガブガブガブ!」
店内、端の席には大量の料理が並べられていた。
それを少年はガツガツと貪り食っている。どうやら、お腹が空いていただけらしい。
ジュースやハンバーグだのオムライスだのをバカバカ口の中へ運んでいくと、だんだん元気になってきた。
「いっぱい食べなよ。ここ全部アタシが出してやるから」
「マッコリ姉さんボクらの分はぁ?」
「知らん知らん。己で払えー」
ケーキは不満そうに頬を膨らませる。
少年としても思うところはあるのか、気まずそうにゴクンと喉を鳴らした。
「す、すいません。なんかオレのせいで……」
お店だって本当は営業時間ではないが、マッコリ姉さんが店長に向かってギャーギャー騒ぎ、開けてもらったのだ。
「気にしなさんな! アタシはイケメンに弱いのだ!」
「い、イケメンですか……」
「くぁー! 照れてる姿も可愛いなーッ!」
上機嫌のマッコリ姉さん。
聞けば、少年は自分のことを『
「良い名前ッ! さわやかで貴方にピッタリ!」
確かに涼霧の容姿は整っていた。さわやかで、清潔感がある。
彼は照れたのか、ドリンクを手にすると可愛らしい店内を見回す。
二次元キャラのポスターが貼ってあったり、可愛らしいぬいぐるみが置いてあったり、本来ならば絶対に入らないような内装であった。
「皆さんは、ここで働いてるんですか?」
「そう。このアリスカフェでね」
一種のメイド喫茶みたいなものである。
ただし接客するのはメイドではなく、この店舗で生まれた『ALICE』と呼ばれるアイドル達だ。
週に5回くらいはライブを開き、グッズを売ったりしている。
まさに知る人ぞ知るアイドルと言ったところか。しかし今のSNS社会では閉鎖的な活動でも宣伝してくれる人が多く、県外から足を運ぶ人もいるとか。
「そ、それよりさ、涼霧くん家出したって言ってよね? 今日泊まる所とかあんの……?」
三白眼を見開きながら、マッコリ姉さんが前のめりになって問いかける。
「え? ああ……、そういうの決めてなくて。だから野宿でもしよっかなって」
「いやいや! いくら何でもそれは! よ、ようし! だったらこのお姉さんの家に――」
そこでケーキは喉を鳴らす。
軽くマッコリ姉さんの背中を叩くと、耳元で囁く。
「ちょっと姉さん。アンタこの前も高校生襲って、あやうくクビになるところだったでしょ」
「や……ッ! 確かに止めてくださいって言われたけど、普通アレはプレイの一環だって思うでしょうが!」
「ばか! そういう所が姉さんのヤバイ所なの! ボクやだよ、姉さんがクビになって刑務所いくの!」
マッコリ姉さんも思うところがあるのか、言葉を詰まらせて沈黙する。
とはいえ困っているのは事実だろうし、このまま涼霧を放っておくのも気分が悪い。
実はここ最近、この町で通り魔事件が発生していた。なのでいくら男とは言え、もしも公園で眠らせて翌日死体で発見でもされたら気分も悪い。
かと言ってホテル代を出すのは何かちょっと違う気もするし……。
「分かった! じゃあ涼霧くん、ボクの家に来なよ!」
「は!?」
ケーキの提案。
すると、ずっと壁を睨みつけて沈黙していたチョコちゃんが声をあげる。
「ど、どしたのチョコちゃん」
「あ……、あぅあぅぁっぇ」
チョコちゃんは一瞬だけ涼霧を見ると、表情を歪めて再び壁を睨みつけた。
「あの、オレなんかマズイことしました?」
「あー、気にしないで。チョコちゃん男の人が苦手なだけだから。ステージじゃ割り切れるんだけどね、握手とか苦手なんだよ」
確かにチョコちゃんは気分が悪そうにプルプル震えて、涼霧とはなるべく目を合わせないようにしている。
まあ、とにかく話は纏まった。涼霧は手早く食事を腹に収めると、大きなリュックを背負って店を出た。残念そうに手を振るマッコリ姉さんと、何かを言いたげなチョコちゃんに別れを告げて、二人は肩を並べて道を歩く。
「涼霧くんって何歳なの?」
「17歳」
「ふーん、ボクと一緒だね! 学校は?」
「家出だから。無断欠席だよ」
「そっか。ま、ボクもあんまり行ってないから。仲間だねッ!」
「そうなんだ。ケーキちゃんだっけ? それ本当の名前?」
「あははッ! 違うよ~。ALICEは食べ物を自分の名前にするの。まあ自分の名前と似てるのを選んでる子もいるし、好きなものをつけてる子もいる」
「へー」
肩の高さが大きく変わる。涼霧は石段の上に立って歩く。
その向こう側には砂浜が広がり、少し向こうには海が見える。
空はピンクとオレンジと紫の三色の層を作っていた。
潮風が吹く。波の音を聞いて、涼霧は海に視線を移した。
「涼霧くんの家は近いの?」
ケーキの問いかけに、涼霧は首を振った。
「それなりに離れてる。でもさ、オレ海が好きなんだ。
「うん。綺麗だよ。最近はちょっと事件もあったけど、基本的には凄く良い町だから、ココに来て正解だったね」
「……キミにも会えたしね」
ケーキはプッと吹き出した。
涼霧も自分の言葉が恥ずかしいものだと自覚があるのか、頬を赤くして曖昧に笑うだけだった。
それから少し歩き、二人は坂を上ったところにあるマンションに着いた。ココの403号室がケーキの家らしい。
「お、おじゃまします」
「遠慮しなくていいよー。ボク、一人暮らしだし」
「え? そうなの?」
「えへへ! いいでしょー! 誰にも気を遣わないで過ごせるし、快適なんだよーん」
ケーキはカバンを放ると、冷蔵庫を開ける。
「適当に座って。クッション使ってもいいよ。ねえ何か飲む? あ、駄目だ、コーラしか無いや。いいよねコーラで」
ケーキが振り返ると、涼霧はクッションの上で正座をして背筋を伸ばしていた。
「その座り方、辛くない?」
「あ、いやッ、なんていうか緊張して……!」
可愛らしいクッションやらカーテンやら、ベッドの上にはぬいぐるみやら。
なんだかやたら良い匂いもするし。分かりやすい女の子の部屋は、高校生には少し刺激が強いようだ。
「それにさ、一応ケーキちゃんってアイドルなんだよね?」
「むー、一応って失礼だなぁ!」
「あッ、悪いッ! いや、そういう意味じゃなくて。だからその! いいのかな? オレを家に入れても」
「んあー、まあ良いんじゃない? ボクら別に恋愛禁止ルールないし。それに……」
ケーキはピースをつくり、それを額に持っていく。
「ボクのファンは、キミを家に招待したくらいじゃ減らないよ!」
それはとても自信に満ちた笑顔だった。
その眩しさに、涼霧は何か熱い感情がこみ上げるのを感じた。
(とはいえ……)
30分後、涼霧はまだ正座中であった。
(オレはバリバリ意識するっつうか……)
正直な話、涼霧が今まで出会ってきた中で、ケーキは一番可愛い女の子であった。
そんな人の家に呼ばれ、泊まることになり。そして今、耳をすませば聞こえてくるのはシャワーの音だ。意識するなという方が無理である。
おまけに、ケーキの声が聞こえてきたのはその時だった。
「ねー、ごめんねー! ちょっとシャンプー切れちゃって! 詰め替え取ってー!」
「え? あッ、ああ! ちょっと待って!」
涼霧は言われるがままにシャンプーの詰め替えをもって風呂場の前にやってくる。
「ありがとー! ちょうだーい!」
「う、うん!」
風呂場のドアが少し開いて、手が伸びてきた。
真っ白な腕にドキドキしながら、涼霧はシャンプーを渡す。
閉まるドア。涼霧は急いで立ち去ろうとするが、そこで気づいた。
かごの中にケーキの脱いだ服が置いてある。注目するべきは、目立つところに下着がある点だ。
ピンク色のリボンがついたパンツ。涼霧は思わず目を見開き、停止する。
(まじか……ッ!)
今、ケーキはシャワーを浴びている。こちらには気づいていない。
(コレ、わざとか?)
まずい。いやいや、流石にそれは。
そうは思えど、あふれ出る明確な欲望があった。
気づけば涼霧は下着を手にしていた。ずっと穿いていた筈なのに、少し顔を近づけただけで良い匂いがしてくる。
どういう事なんだろう? 女の子はみんなそうなのか?
グルグルとまわる煩悩のスパイラル。思わず脳内に下着姿のケーキが浮かんでくる。
自然と呼吸が荒くなってきた。ケーキの真っ白な肌を想像して、心臓は激しい鼓動を刻む。
ケーキはなんだかとても妖艶な雰囲気を持っていた。
胸は薄いし、ボクという一人称がボーイッシュさを引き立たせる。けれども銀色の髪は長く、美しい。
顔も可愛らしいし、肌だって凄く白くて綺麗だ。
「ハァ、ハァ!」
これはマズイ。涼霧はすぐに下着を戻すと、急いで脱衣所を離れた。
「ねるよー」
夜。電気が消える。
ケーキはベッドで、涼霧はその横の床で寝ることになった。
クッションを枕にして、涼霧は目を閉じる。お風呂にも入った。
歯ブラシは持っていたので、歯磨きもした。だから後は寝るだけだった。
寝る、だけ。
「んー……」
電気を消して五分後くらいだろうか。ケーキはゆっくりと目を開けた。
彼女は普段、左を向いて寝る。逆に涼霧は右を向いて目を閉じた。つまり二人は背中合わせになっていた訳だ。
「だったんだけど……」
目を開けたのは気配を感じたからで。
ケーキは左を、壁を見つめたまま口を開く。
「あのね涼霧くん。いくつか質問しちゃってもいいかな?」
「……なに?」
「なんでボクのベッドで寝てるの?」
「えっと、それは……」
「まあ、まあ、うん。それは別にいいんだよ。床じゃなくてベッドで寝たいのは当然だよねー。うんうん、でもさぁ」
ケーキは左を向いて寝ていた。
ケーキの隣にいた涼霧も左を向いていた。
涼霧はケーキの背にお腹をくっつけている。それだけじゃない。腕の位置だ。
「あの、なんでキミはボクの胸をガッツリ触ってるの?」
「それは、その……、駄目?」
「いやッ、駄目っていうか……。んー、駄目っていうかぁ」
ケーキは困ったような表情を浮かべる。
「ごめんッ、ケーキちゃん。オレッ、もう我慢できなくて……!」
部屋に入って、下着も見て、それでお風呂の傍に呼ばれて、少し警戒心が薄すぎるのではないか。
それに涼霧は見てしまった。ケーキのベッドの下に、所謂『大人の玩具』がいくつか転がっていたのだ。
「ん、んー、いやッ、それは片付けるのを忘れてて」
「でもッ、そういうの好きなんでしょ? だったら――ッ、その、オレじゃ駄目かな?」
「駄目? 駄目っていうか……、だからそのー、うーん」
そこでケーキはピクリと眉を動かす。素肌に手の感触を感じたのだ。
「こらこら。お返事してないのにシャツの中に手を入れない!」
「うわっ、す、すげぇ柔らかいし、凄い滑る――ッ!」
「話を聞いてってば! ってこら! 摘むな摘むな!」
涼霧の呼吸が荒くなり、ケーキは先ほどから、お尻の辺りに硬いものが当たっているのを感じていた。
今も涼霧は真っ赤になって、尚もケーキの胸をまさぐる。
「ちょっとあの涼霧くん……、ボク、お胸小さいから、あんまり触られるのは……」
「え? いやッ、でもオレッ、小さいのも好きだから大丈夫ッ!」
「なにが大丈夫なの? だからってガッツリ触るのは……」
「お、お願い。オレ、ケーキちゃんと……、その、したいんだ。あんまり上手くないかもしれないけど、ちゃんと気持ちよくするからッ! 駄目? 嫌?」
「ま、まあ嫌じゃないけどぉ……」
涼霧は嬉しそうな顔をする。
が、しかし、ケーキは涼霧の手を掴むと、そのまま自分の下半身に持っていく。
もにゅりと、なにやら『大きなモノ』の感触があった。
「……え?」
涼霧がピタリと固まる。
「え?」
「いや、だからー。駄目じゃないんだけどぉ」
ケーキは呆れたように笑った。
「ボク、男の子なんですけど」
それはおそらくジャンルに分けるなら悲鳴だ。
しかしすぐに冷静さを取り戻したのか、涼霧はすぐに声を抑えた。
「ご、ごごごめんッ、周りの人に迷惑だったかな?」
「あー、大丈夫だよ! だって今、左右の部屋のポストが封鎖されてるから、誰も入居してないんだよ」
そう言ってケーキはベッドの傍にあるスタンドライトをつけて、寝返りをうって涼霧の方を見る。
灯りに照らされたケーキは、とてもじゃないが男には見えない。
だが確かに言われてみれば骨格は男性寄りかもしれない。
しかし、シミや、毛一つない肌や声や唇の質感はとてもじゃないが……。
「ほ、本当に男の子なの?」
「うん。ちんちんあるよ」
涼霧は真っ赤になってゴクリと喉を鳴らす。
するとケーキは少し意地悪な笑みを浮かべて腕を伸ばした。場所は涼霧の『胸』だ。
「あッ!」
咄嗟に涼霧は胸を守る為に腕を回す。それでケーキは確信した。
「そういうキミは、女の子でしょ」
それは随分と不思議な話であった。
女の子だと思っていた人が男の子で、男の子だと思っていた人が女の子であった。
そしてその女の子はつい先ほどまで男の子の胸を揉んだり摘んだりしていたわけで。
男の子は女の子の下半身に装着されているアダルトグッズを凝視している。
「ねえ、なんで家出少女がペニバンなんてつけてるの?」
「いや、なんていうか……、その、ははは」
「もう一つ聞いてもいい?」
「お、おう」
「なんでキミはまたボクの胸を触ってるの?」
「いやッ、なんていうか、ケーキちゃんが男ってのが信じられなくて。その、オレは全然平気っていうか」
「はい?」
「だから、その、いいだろ?」
「いや、いや――ッ、え?」
「ケーキちゃん、ローションもベッドの下にあるだろ? それって、そういう事なんだよな?」
「いや、あの、ちょッ、だからって、んっ!」
「あ、今……、声が凄く可愛いしエッチだった。ごめん、やっぱりオレもう――ッ!」
「いや、だから! ちょッ! まッ!」
アッッッーーーー!!!!
「………」
時計を見れば、現在午前2時。
全裸のケーキは汗で張り付いた前髪を整え、隣でニヤニヤしてる全裸の涼霧を睨みつけた。
「お尻、痛いんですけどぉ」
「ゴメンッ! でも、ケーキちゃん可愛いから……! へへッ!」
「まあ……、それはありがと。でも流石にヤリすぎ!」
「わ、悪い。オレ玩具だから疲れなくて。でもこれ良かったでしょ? 結構高かったんだ」
「知らないヨ!」
ケーキは立ち上がると、フラフラとお風呂場を目指す。
「あぁ、もう全身ベタベタっ! シーツもグチョグチョだし」
「ごめんって! オレも片付け手伝うから!」
とりあえず二人は一緒にお風呂に入ることに。
湯船に浸かっているケーキは、体を洗っている涼霧を見つめる。
「キミって胸はなんかしてるの?」
「え? あぁ、いや、オレもともと貧乳だから。ラッキーだった」
ラッキーだった。その言葉を聞いて、ケーキは目を細める。
「家出の原因はソレ?」
「……まあね。母さんと父さんがうるせぇんだよ。すげぇムカツクんだ。別に女が女を好きになってもいいじゃねぇか。だいたいオレは自分のことを女だなんて思ったことは一度もない。昔からッ、いつだって」
「や、だからって普通ペニバンとかローション持って家出するゥ?」
「オレ、結構性欲は強くて……。女の子大好きだし」
「へぇ」
「マッコリさんも良いよな」
「………」
「あ、もしかして嫉妬してくれてる?」
「ばか」
ケーキはお湯をすくって涼霧にかける。
「ハハ。ところでさ、ケーキちゃんは、どういう感じなの? 男が好きなの?」
「別に。ボクはただ可愛くて美しいのが好きなだけ。どう考えたって女の子の格好のほうが可愛いし、こうするのは当然でしょ」
「でもセックスは……? 結構、慣れてたじゃん」
「ボクは気持ちよければ何でもいいの。お尻は使えると喜んだり、可愛いって言ってくれる人が多いから練習しただけ」
「え? 経験あるの?」
「あるよ。あるある。たまに家にも呼んでるから」
「だ、誰を」
「誰でも。ボク可愛いから、人気あるんだヨ。お金をくれる優しい人もいるしね!」
ケーキはニコリと笑ってウインクを一つ。涼霧は真っ赤になって喉を鳴らした。
「あの、お風呂から出たらもう一回していい?」
「ばか! さっさとオナニーして寝ろ!」
ケーキはもう一度お湯を涼霧の顔にぶっかけた。
翌日、アリスカフェ。
ケーキが店にやって来ると、チョコちゃんが駆け寄ってきた。
「ケーキちゃん! お、おはよう!」
「おはようチョコちゃん! お、お! どうしたのそれ!」
チョコは髪型やリボンなど、容姿をケーキに似せてきた。
「ケーキちゃんはわたしの憧れだから! そ、そのっ、マネしちゃったんだけど、いい? 髪の長さはぜんぜん足りないけどっ」
「良いに決まってるじゃーん! わーい! 嬉しーっ!」
ケーキはチョコに抱きついて頬ずりを行う。
チョコは真っ赤になって、ウヘウへと気持ち悪い笑顔を浮かべていた。
カフェがオープンすると、お客さんがやってきて、アイドル達と楽しいおしゃべりを行う。
やはりそれぞれに推しがいるのか、男性を前にしてコミュニケーション障がい者のようになるチョコを楽しむ人々。
マッコリ姉さんのアイドルらしからぬ発言を楽しむ人など、それぞれの楽しみがある。
中でもやはりケーキを目当てにくるものは多かった。
誰とでも楽しそうに話すケーキ、彼はふと端の席に座っている涼霧を見つける。
涼霧は笑みを浮かべ、小さく手を振った。ケーキも小さく笑い、ウインクを行った。
「ふぁー」
スタッフ専用の女子トイレ、ケーキは大きなあくびをしながら鏡を見た。
今日は歌やダンスが無い日だから助かった。そう思っていると、隣にマッコリ姉さんがやって来る。
「おいこらケーキ、正直に言えよ?」
「ふぁい。あ゛ー、ねむっ!」
「ヤッたか?」
「ふぁーい」
「おい! 死ねよ! アタシが先に食うはずだったんだぞ!」
マッコリ姉さんは激しくケーキのわき腹をつつく。
ケラケラと笑っているケーキを見ると、頭を抱えて大きなため息をつく。
「あぁぁ、何でよ涼霧きゅん……! ノンケだと思ったのにィ!」
「はっはっは! それだけボクが可愛いのだーッ!」
「納得がいかん! アンタのア●ルよか! アタシのマン●の方が100倍気持ちいいわ!」
マッコリ姉さんはタバコを取り出すと、火をつけてスパスパ吸い始めた。
ケーキもポケットから別のタバコを取り出すと、口にくわえる。
「姉さん、ライター貸して」
「ほい。つか何そのタバコ? 良神のとこの新しいの?」
「そう。シトラスレモン味。姉さんも吸う?」
「アホ抜かせ。アタシは強いニコチンを入れてぇんだ。ンなもん吸った気がせんわ」
スゥー! フゥー! 二人の煙が同時に吐き出される。
「で、どうだった? 涼霧くん上手かった?」
「ふつー。でも絶倫だったヨ。がっつくタイプっていうか」
「マジか。やっべー、アタシもやりてー!」
ケラケラ笑う二人。しかしマッコリ姉さんは何かを思い出したように表情を変えた。
「あ、でも、口止めはしたんでしょーね?」
「うん。もちろん。まだ大丈夫? 気づいてないの?」
「もちろんよ。あの子の純粋さは国宝レベルだっての」
チョコちゃんのことだ。
アリスカフェで働いている人のなかで、唯一彼女だけはケーキが男だと気づいていない。
というよりも言っていない。言えないのだ。
「ヤッた事も言うなよ? あの子、レズだけじゃなくて処女厨でもあるんだから。アンタが男でビッチって知ったら自殺すっぞ」
「分かってるって。ボク、チョコちゃん大好きだし、傷つけたくないのは本当だから」
「昨日もメチャクチャ心配してたわよ?」
マッコリ姉さん。家出をするってことは、あの人、普通じゃないよね? うーっ、ケーキちゃんが心配だよぉぉ。
なんて言葉を何度も何度も口にしていた。チョコちゃんは普段は優しいが、ケーキのことになるとどうにも攻撃的になってしまう。
「でもさ、涼霧くん今日はもう違うところに行くって言ってたから、大丈夫大丈夫」
「は? おい早く言えよ! クソ! 今度こそアタシの家にッッ」
マッコリ姉さんはタバコの火を消すと、すぐに店内に戻る。
しかしそこには既に涼霧の姿はなく、店を出た後だった。
後、だったのだが、店が終わってケーキがマンションに帰ると、部屋の扉の前で涼霧が体育座りで待っていた。
「あ、ゴメンッ、その、忘れものしちゃって。ほら、あの、玩具」
「あー……」
ケーキは部屋に涼霧を招くと、ベッドの下に転がっているブツを手渡す。
「涼霧くんってヘンタイだよね」
「う゛ッ!」
否定はできない。しかしそれでも、こういう事をしたい時には便利だったので、『必要』だったから仕方ない。
「ありがとう。じゃあ……」
「待って。もう遅いし、今日だけは泊めてあげる」
「ほ、本当か!? サンキュー!」
「でもエッチは絶対しないから」
「えー……」
「ばか! 残念そうにするな! 絶対、絶対の絶対にしないんだからねっっ!!」
三時間後。
全裸のケーキは呆れたような表情で隣に寝ころんでいる涼霧を見ていた。
(我ながら、押しに弱い……)
でもまあ、それだけボクの体がエッチだったということだ。プラス思考に捉えようとケーキは思う。
そして体を起こすとベッドに腰かけて、近くにあったタバコを手にする。
「えぇ、ケーキってタバコ吸うんだ。なんかちょっとショックだな」
「あー、タバコ好きの女の人全員敵にまわしちゃったー! でもこれ普通のタバコじゃないよ。お菓子みたいなもの」
フルーティシガー。
ニコチンは入っておらず、煙は出るが不快な匂いではなく、健康に害はない。
「ふーん、そんなんあるんだ」
「もともとは禁煙を助けるヤツなんだけど、すごく美味しいんだよ。ガムとか飴は口に入れてるのがメンドーでしょ?」
ケーキは煙を吐き出しながら涼霧を見つめる。
「なんでそもそもペニバンなの? 自分は気持ちよくないじゃん」
「別に。性癖みたいなもん。責められてる女の子の顔を見るのが好きなんだよ」
「わぁヘンタイさんだぁ」
涼霧は顔を赤くして、ばつが悪そうに唸る。
「で、でもさ、本当、ケーキは可愛いよ。どうなってんの? マジで」
「まあ、そりゃあボクもいろいろやってるからね」
「たとえば?」
「すっごい良い美容クリニックがこの町にあるんだ。アリスカフェのお給料は、ほぼそこに使ってる」
「へぇ。なるほど」
「このタバコもそこで買ったの。マジでいいよ。一回行ってみる? 性転換についてもいろいろやってるから、キミには丁度いいかもね」
丁度、明日は休みだ。
それに興味はあった。涼霧は頷き、ケーキと共にそこを訪ねることにした。
そうと決まれば翌日、朝ごはんも無しに二人はそこへ向かう。バスに揺られること七分程度でついた。
外装は洋館をモチーフにしており、扉を開くとずいぶんモダンでおしゃれな空間が広がっていた。
思わず身構える涼霧。すると受付にいた女性がケーキたちに気づく。
「おはようございますケーキちゃん! 今日もかわいいですね!」
「ふふ、ありがと
メガネをかけたショートカット、優しそうな女性だった。黒田は涼霧にも頭を下げる。
「お友達ですか?」
「まーねッ! ここの話をしたら興味あるって」
涼霧は受付のカウンターに並ぶクリームを見ていた。
「涼霧くん、それはね、ここ一番の名物商品なんだよ」
「そ、そうなんだ。えっと、なになに? あ、脱毛クリームか」
「そう、塗るだけで毛が全部抜けるの。しかもぜんぜん痛くないし、ボクが買ったヤツはちょっとお値段があがるんだけど、一年半くらい生えてこなくなるっていうか。そもそも脱毛だけじゃなくてボディクリームとかもあってね! あ、ほら、コレ凄い良いんだ! 塗ると凄い保湿効果があって、カサカサが一瞬で治ってさ。しかも肌も白くなるし、乳首とかに塗ると凄い綺麗なピンク色に――、ってキミは知ってるか」
興奮しているのか、ケーキはペラペラと美容アイテムについて語っていた。
さらに受付を手早く済ませると、二人は奥に案内される。診察所では小柄なおじいさんが座っているのが見えた。
「おぉ、ケーキ。よう来たな。友達も座りなさい」
促されて座る二人。
そこで老人はグイッと身を乗り出して涼霧を見る。
思わず、身構えてしまう。老人は斜視であり、離れた黒目が少し不気味に思えてしまったのだ。
「ほむほむ。キミは、アレじゃな?」
「え?」
「栗まんじゅう!」
「……はい?」
老人は栗饅頭を掴むと、ずいっと涼霧の前に持っていく。
「栗まんじゅう!」
「いやッ、あの、え?」
「食いたい顔をしとる。栗まんじゅうを!」
「え? あ、ど、どうも」
確かに朝から何も食べていないのでお腹はすいている。涼霧は饅頭を受け取ると、遠慮がちにかじり始めた。
「もひとつ、栗まんでゆぅう!」
「え? え!?」
さらに栗まんじゅうが差し出される。半ば反射的に受け取る涼霧。
「まだまだ栗まん――」
「分かったって! 涼霧くん気にしないでね、このおじいちゃんイカれてるんだよ。一日中、栗饅頭のことしか考えてないんだから」
「バカもん! 失礼なことを言うなケーキ! 子供ちゅうのはな、甘いもんを食わせておけばオールオッケーなんじゃ。お前も食うか? 栗まんじゅう」
「いいけど自分で取る。良神おじいちゃん、手汚そうだし!」
「偏見じゃ! まあでも、ケーキにおひとつ栗まんじゅうッッ!!」
ケーキは『良神院長』が用意した饅頭を一口で食べてみせる。
「涼霧くん。このお爺ちゃん見た目はヤバイけど、とっても凄いんだよ」
「そ、そうなんだ。もぐもぐ……!」
良神は自分も栗まんじゅうをかじり始めると、涼霧を手で示す。
「ほいで? 今日はそのお嬢ちゃんのことか?」
お嬢ちゃん。涼霧はハッとして、良神を見る。
まさか一発で見破られるとは思っていなかった。
男装と言っても、男物の服や短髪くらいだが、それでも良神にはハッキリと区別がついたようだ。
「涼霧くんは見学だよ。それよか、はやくぅ、ボクのメンテしてよぉ」
「ちょっと待っとれ。なんなら栗まんじゅうでも食うか?」
「いらないよ! さっきもらったでしょ!」
そうしていると、ナースさんの一人に呼ばれた。
「お待たせケーキちゃん」
「待ってました巳里さん!」
凄く綺麗だし、何よりも胸が大きい。よく分からないが、Fカップくらいはあるんじゃないだろうか? 涼霧はついついそちらの方を凝視してしまう。
「あらやだ。刺激が強かったかしら?」
「あ、いや……、すいません」
「いいのよもっと見ても。私だってそれを望んで大きくしたんだから」
「え?」
「昔は胸が小さくてね」
巳里は隠すことなく自分のことを教えていく。
どうやら彼女は全身に整形を施しているようだ。
「フフフ、引いちゃった?」
「いや、別に……」
「ありがと。結構いいものよ? もう40だけど皆が私をギラギラした目で見てくるのは」
「よ、よんじゅう!?」
涼霧は思わず叫んでしまった。とてもそうは見えない。よくて20代後半だ。
そうしていると巳里はなにやらケーキの腕を掴み、注射を行う。
「なあ、ケーキ。それはなんなんだ?」
「女性ホルモン。ボク一週間に一回は打ってるんだ。肌とか凄く綺麗になって、柔らかい感じになるんだよ。良神のはぜんぜん副作用とか違和感ないから、涼霧くんも後で男性ホルモンやってみれば? 髭とか生えてくるらしいよ」
「髭かぁ!」
正直、興味はあった。
目を輝かせる涼霧。そうしていると、ケーキは別の部屋に案内される。
そこにいたのは精悍な顔をした青年だった。金髪で、ピアスなんかも見えるが、白衣を着ているところを見ると、スタッフの一人らしい。
「やあケーキちゃん。調子はどう?」
「まったく問題なし。本当に、良神のはサイコーだよ!」
「ふふふ、それだけ院長の作る美容アイテムが凄いってことだね」
ケーキの瞳は美しい青色だったが、それはカラーコンタクトを使用しているからだ。
物によっては失明の危険性もあると報道されていたが、良神のカラーコンタクトはどれだけつけていても目が疲れない一級品なのである。
それは細菌を抑える技術や、ドライアイを防ぐ技術を使っているからだ。
それらは良神が特許をとっているらしく、最先端の美容を安全安心に提供できるのだ。
まあとはいえ、何があるか分からないので、こうして定期的にチェックを行っているのだ。
「どんなこと、やってんの?」
涼霧が聞くと、ケーキは指で数え始めた。
「だから、ホルモン打つのと、あと目を二重にしたかな。それで脱毛クリームと、肌とか乳首綺麗にするクリームでしょ? 髪を痛まず染めれるヤツと、ちょっと規模が大きいのだと喉を手術して声を高くしたよ。それで今やってるカラコンに、口臭を抑える錠剤も買ってるし、お尻が痛くならないローションとか……」
そうしていると、検査が終わったらしい。
真白は紙にいろいろ情報を記載して、立ち上がる。
「大丈夫、異常なしだ。じゃあ院長のとこへ報告へ行こう」
ケーキたちは元の診察室に戻る。
すると良神の背後に上半身裸の男性が立っているのが見えた。
特徴は糸目で、なにはともあれムキムキだ。ゴリゴリのガチガチのムチムチのムキムキである。
「マッソウッッ!!」
「はい!?」
「マッソッッッ!!」
お出迎えのダブルバイセップス。涼霧がひるんでいると、ケーキがケラケラと笑っているのが見えた。
「クセが凄いよね。あの人は
牛松はラットスプレッドのポーズを浮かべ、よろしくと笑う。
「僕は牛松、趣味はごらんのとおり筋トレさ」
「た、確かに凄い筋肉だ……! 大会とか出てるんすか?」
「いやいや、僕はチートを使っているからね。そういうのは遠慮しているんだ」
チート。良神クリニックが作ったサプリやプロテインを飲めば、一気に筋肉がつく。
それだけではなくて、ケーキも使っているが、ベルトタイプの腹筋を鍛えるマシンはかなり効果があった。
なので牛松は、まったく努力をしていないにも関わらず、丸太のような腕や脚を手に入れ、腹筋はもちろんシックスパックだ。
「ンンンッッ、マッソッッ!!」
サイドチェストが決まった。拍手が巻き起こる。
院長は感動したのか、立ち上がり、栗まんじゅうを牛松の口に無理やり詰め込んでいた。
いりません院長。いや食え、栗まんじゅうじゃ。いや分かっています院長。でも甘いものを食うと筋肉を裏切っている気がして。黙れ牛松、栗まんじゅうを拒否するのはワシを裏切る行為じゃから食え。いりません院長、やめてください院長、無理やりお口に栗まんじゅうを詰め込むのはやめてください! 黙れ牛松! ほれ黒田くん! 栗まんじゅうを五つ追加じゃあ!
こんな不毛なやり取りが終わると、良神は涼霧を見る。
「お嬢ちゃん、ちょいと老いぼれの話を聞いてくれ」
「え?」
「ワシはごらんの通り斜視じゃ、差別用語ではロンパリっちゅうてな。昔は化け物と呼ばれていじめられとった」
今はもうこれが自分なのだと胸をはれるため、治すことはしなかったが、中には苦しんでいる者がいる。
そして少し踏み込めば、これはもっと広い次元にある話だということが分かった。
「ココのスタッフはみんな同じ想いを抱えていてね」
真白がアシストを行う。
たとえば彼の場合、昔はチビや不細工といじめられていたという。
「蹴られたりもしたよ。いつも体を丸めて耐えてた」
「ッ、そうなんですか……」
とてもそうは見えなかった。
真白はとてもカッコいい。背も高いし、見た目は医者には見えないが、頭もそうとう良いみたいだし。
しかしどうやら、彼もそういう『サプリ』や手術に手を出していたようだ。良神にはとてもお世話になったと。
「どうしてもこの世界は容姿が重要になるからね。それは他の人も似たような経験をしているんじゃないかな……」
頷く黒田や、巳里。
牛松も容姿ではないが、体格のせいで悲しい想いをしたらしい。
昔は体が弱く、周りの子たちにくらべて体が小さかったとか。
「強く、割り切れる者もおれば、そうでない者もいる。お嬢ちゃんもそういう想いには心当たりがあるじゃろて」
「それは――、はい。父と母が、どうにも理解がなくて」
「それは仕方ないことなんじゃ。最近は理解ない者を強く攻める風潮があるが、それでは何も変わらん。北風と太陽みたいなもんじゃな」
良神は栗まんじゅうをかじりながら遠い目をする。
「きっと、あれじゃろ? 今ワシがキミのことをお嬢ちゃんと呼ぶことも、キミは快く思っていないはずじゃ。しかしそれは事実なのだから仕方ない」
確かに、それはあった。涼霧はずっと男になりたかった。だからお嬢ちゃんと呼ばれるのは好きじゃない。もちろんそれは良神とて分かっている。そういう悩みを抱えた人たちはたくさん見てきたし、実際に男にしたこともある。
「ワシらはな、真の自由を与えたいわけよ」
「真の、自由……」
「そう。残念ながら理解できぬ者もいる。ただそれが地球なんじゃ。だからワシは誰もが等しく、望む自分になれる環境を作りたいと思って努力してきた」
たとえば牛松のようにムキムキになりたい人間がいるなら、どんな人間でもムキムキになれるようなサプリや道具を作りたい。
たとえば黒田や真白、巳里のように容姿や年齢に悩んでいる人間がいるなら、誰もがかっこよく、若々しくあれるようにしたい。
たとえば歯並び、たとえば肌の色、たとえば目の色、たとえば性別……。
「己が生み出すコンプレックスに縛られることほど、悲しく愚かなことはない」
良神は栗まんじゅうをお茶で流し込む。
好きなものを死ぬほど食って、痩せたいなら、ムキムキになりたいなら、そうなれる環境を作る。
人の自由は、なにものにも邪魔されてはいけない。それが良神の考えであった。
「否定をするな。自由をつかめ。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんとして生まれてきた。それはどれだけ自分を否定しても、どれだけ周りを否定しても変わらん。だから認めるんじゃ。その上で、好きな自分になればいいだけ。まあワシらも良い薬や、優れた技術の獲得のために金がいるからの。それはしっかりと請求させてもらうが、逆に金さえ払ってくれれば、いつでもお嬢ちゃんにチンコをつけて男にしてやるわい」
「いやですわ先生……、お下品よ」
「や、これは失敬、ほしたらお詫びの栗まん――ッッ!」
ガチャリと扉が開く。栗まんじゅうがキャンセルされた? 良神は少しショックを受けながらも入ってきた人物を見る。
「た、ただ…い……ま」
「おお、
「こんにちは路希くん!」
路希と呼ばれたのは小柄な少年だった。たぶん。
というのも、キャスケット帽を深くかぶり、長めの髪で顔を隠し、フレームが大きいメガネに、マスクをしているために顔があまり見えなかった。
さらに服も肌が見えないようにしている。
路希は一同を前にして少しひるんだようにすると、さっさと出て行ってしまった。
「すまんの。ワシの孫で、この上の階に住んどるんじゃ」
聞けば両親が事故で亡くなってしまい、それからは良神とスタッフで育てているのだとか。
最近はずいぶんと人見知りが激しくなってしまい、ケーキならまだしも、涼霧を見て怯んでしまったのだろう。
「まあ中学二年生でな。一番アレな時期よ」
「分かりますよ。オレもこの体のことで一番悩んだのが、それくらいだから」
涼霧は一瞬だが路希と目があった。
そこで気づいたが、路希は右目と左目の色が違っていた。
茶色と黒だったが、何かそのことで悩んでいるのかもしれない。
それに額には、傷のようなものもあった。
他にも中学生だと体の変化も顕著になってくる。声が変わったり、毛が生えてきたり。
「男じゃから、好きな女の子もいる言うとったわ」
良神は二個目の栗まんじゅうを手にして、すぐに皿に戻す。
「まあええわ。ほいじゃあ今日は終わりじゃ。また来いケーキ、今漢方の勉強をしとってな。今度治験させてくれ」
「やだ」
「栗まんじゅう二つでどうじゃ?」
「やだ」
「最近の若いもんは――……」
最近、それで良神は思い出した。
「待て待て。車を出す。今日は牛松に送らせるわ」
「え、いいよ別に」
「アホゥ。お前知らんのか? 最近この町で何やら物騒な事件が起こったじゃろ」
「ああ、通り魔?」
「それだけちゃう。少しはなれたところでは猟奇的な事件もおこっとるらしい。犯人がコッチに逃げてきて、通り魔をしとるかもしれん」
他にもある。良神がニュースを見れば、なにやら変な人間が増えてきているような気もする。
少し前までは考えられなかった事件も多い。
「容姿だけじゃなくて、政治や宗教、職場や人間関係。人を構成する要素が、少し変わってきて、人間の歯車も変わってきとるのかもな……」
「まあ、それはあるかもね。でも本当にいいから。ボクは海沿いの道を歩くのが大好きなの。その欲求を邪魔されるのは、凄く腹が立つ」
「やれやれ、分かった分かった。ならお土産に――」
「栗まんじゅうはいらない」
良神は両手をあげて『お手上げ』だとジェスチャーを取る。
ケーキたちが出口に向かうと、黒田、真白、良神、巳里、牛松が並んで見送りに来てくれた。
「そうじゃケーキ。最後に良神クリニックの新しいキャッチコピーというか、ポーズを考えたんじゃが、見てくれ」
「え? あれ本当にやるんですか……」
「そうじゃ黒田くん。ココで働く以上、ワシの考えには従ってもらわねば」
「うぅう、パワハラですぅぅ」
良神は靴裏で床をたたくと、五人は同時に両手を斜めにあげた。
まるでそのシルエットは、アルファベットの――
「「「「「「楽しいY!!」」」」」」
「………」
「人生とっても楽しいY! 楽しい――、おいちょっと待てケーキ! 背中を向けるな!」
「微妙、5点くらい」
「二度とくるなよバカタレめ!」
そこでケーキと涼霧はクリニックを出て行った。
海沿いの町を歩くなかで、涼霧は良神クリニックのことをずっと考えていた。
性転換の手術の案内もしっかりとあった。パンフレットくらいはもらってくるべきだったろうか。
だがしかし、今は金がない。
家出をしているし、何よりも未成年だ。まともに働くことはできないだろう。
「……ねえ涼霧くん。聞いてるッ?」
「ん? あ、ごめん。何?」
「だからさ、もしよかったら一緒に住む」
「うん。うん……、ん? ん!?」
ケーキは髪をかきあげると、意地悪そうに笑う。
「だぁかぁら、しばらくこの町で考えてみれば? 自分のこと、本当にやりたいことをさ」
「い、いいの!?」
「いいよ。ただし少しの間だけね」
「さ、サンキュー! じゃあお礼にいっぱいエッチするから!」
「ばか!!」
ケーキは抱きつこうとする涼霧をヒラリと交わす。
しかしその時だった。ケーキは砂浜で、一人の女性がへたり込んでいるのを発見する。
わずかな沈黙があった。すると、ケーキは涼霧を抑える。
「ねえ、ちょっと待ってて」
「え? ケーキ?」
ケーキは砂浜に足を乗せ、女性の所まで歩いていった。
「こぉんにちはぁー!」
女性はケーキに気づいたのか。振り返ると、頭を下げる。
あまり綺麗な女性ではなかった。なんだか死神のような顔だと思った。
腕には大きな赤い線がある。傷跡だろうか? 見ていて気持ちの良いものではない。隠せばいいのにと思う。
「あ、あの、あの、わ、わたっ、私綺麗になりたくてこの町に来たんです」
「ああ、良神クリニック目当てで? 多いですよ、そういう人」
「そ、そうなんですか。そこで私を治してほしくて。綺麗になりたいけど、体がまず、まず体が、体が痛くて。痛くて仕方ないんです……!」
ケーキはそこで女性の前に猫の死体が転がっているのを見つけた。
酷い有様だった。頭は綺麗だから猫と分かったが、体がバラバラに刻まれており、女性の服も血で汚れている。
「猫ちゃんじゃダメだったんです。猫ちゃんじゃちょっと引っ込むけれど、やっぱり私は痛くて、人じゃないとダメだって分かったんです」
「………」
「でも人間は逃げてしまうから。私は足も遅くて、それで気持ちよくはなるけど、痛くて、どうすればいいと思いますか?」
「さあ」
「痛くて。今もほら、また痛くて。だからごめんなさい。やっぱり私は人間がいいです」
女が立ち上がった。
強く、叫ぶ。叫ぶと、どうだ。女の二の腕、赤い線から銀色の刃が飛び出してきた。
「え?」
遠くで見ていた涼霧は、自分の目がおかしくなったのだと思った。
女の腕から刃物が出ている。不思議な光景だった。
女は叫び、そのままケーキのもとへ走る。よく分からないが、危ないと思った。
だから涼霧はケーキの名前を呼ぼうとするが、そこで言葉が詰まる。
ケーキが飛んだのだ。ジャンプじゃない、飛んだように見えた。
彼女――、じゃなかった。彼は銀色の髪を靡かせながらクルクルと宙を舞い、刃物女の背後に着地する。
とても人間のジャンプ力とは思えない。そこで気づく。
いつのまにかケーキの腰には大きなベルトがあった。
「アアァァアァアア!」
刃物女は叫び、血走った目でケーキを睨んで突進していく。
涼霧はワケが分からなくて固まっているが、ケーキは冷静だった。右腕を斜め左へ伸ばすと、何かを叫んだ。
するとケーキの服が一瞬で違うスーツへ変わる。色はグレー、胸の装甲は赤い。
ケーキはすばやくベルトにあるアイテムを二つ取る。
すると色とりどりに輝く光のベールが背景に出現し、逆光となったケーキの姿を隠す。
ケーキは右手に持ったレッドアイザーを前にかざす。すると顔の左半分が仮面で覆われた。すぐさま右半分にも仮面が装着される。
最後に、左手に持ったパーフェクターを口部分へ装着することで、『変身』が完了した。
「――ライドルホイップ」
一瞬だった。短鞭――、いやレイピアか。
ケーキが持った剣が、女の首を撥ね飛ばしたのだ。
女の体はケーキを素通りして倒れる。首もすぐに砂浜に落ちた。
涼霧は腰を抜かし、ただ青ざめることしかできなかった。
「え? え? え?」
「そういえばまだ、名前教えて無かったよね」
ケーキは――、仮面ライダーはマスクをとってウインクをひとつ。
「ボクは
【SEX】……性、男性、性別のこと。
今回終わりまで書いてありますので、一応予定では今週までにラストまで更新したいなとは思っています。
やはりダラダラ続ける話でもないのでね(´・ω・)
あと前回もそうだったのですが、一応感想は書ける設定にはしてありますが、ありがたいことに感想を頂いても、基本的には返信はしておりません。
そこはご了承ください。