「おい。ナガ」
「っす」
「俺、かっこワリぃかな?」
「……っす」
「……そっか。かっこ悪いか。そうか、そうだよな」
「っす。でも、おれはそれでも、先輩についていくっす」
「そっかぁ。ありがとよ……! うぅぅ」
「――すッ」
「でも……、サンキュな。なんか俺、目ぇ覚めたわ」
「っす?」
「聴け、ナガ。男には怒らなきゃいけねぇ時があるんだ。ひとつは大切なダチをバカにされたとき。ひとつは大切な後輩をバカにされたとき。もうひとつは、何か分かるか?」
「……っす」
「そうだよナガ。軽自動車ごときに追い抜きをされた時だ」
「っす!」
「行こうぜナガ! 俺たちのプライドを守る
「っすッッ!!」
「覚えとけよ、俺の名は――ッッ!!」
嵐を呼ぶ中卒――ッ!
ハ リ ケ ー ン ガ イ ジ ッ ッ ! !
「オラァア!」
悲鳴が聞こえたが、ハリケーンガイジとナガちゃんは止まらない。
持参していたハンマーで車の窓ガラスを叩き壊すと、強引に腕を突っ込んだ。
ガラスで少し腕を切ったが問題ない。ロックをあけると、ギャーギャーとわめくお父さんを引きずり出す。
なあ、見ていてくれ、ナガ――ッ!
これが、俺のッ、サプライズなんだ。
「粉砕ッッ!!」
鉄パイプがお父さんの脳天に叩き込まれる。
グゴッッと音がして、お父さんの目が飛び出した気がした。
鼻水はたくさん出てきた。鼻血になった。こうしてお父さんは道路に倒れ、動かなくなった。
やったぜ。
「あぶないっす! お婆ちゃん(適当)!!」
ナガちゃんは後部座席のロックを解除すると、座っていたお婆ちゃんを引きずりだして道路のほうへと強く押した。
するとおばあちゃんは盛大に転んでしまい、仕方ないなぁと笑うナガちゃんの前でトラックに轢かれて吹き飛んでいった。
「っす!」
やったぜ!
こうして残るは助手席に座っているお母さんと、お母さんの後ろで震えている小学生の娘さんだけになった。
娘は青ざめてブルブル震えており、母親は号泣している。
後部座席には温泉のお土産が見えた。
「ど、どうしてこんなことをするんですか!!」
母親がかすれた声で叫んだ。うるさかったので、ハリケーンガイジのストレートパンチが頬に一撃。
「お前らは楽しかったんだろうな。でも俺は傷ついた。このままじゃ終われねぇ。それが俺たちなんだ。それが俺のプライドなんだよ。なあ、そうだろ、ナガ」
「っす」
「家族で温泉? よーし! じゃあパパ長湯しちゃうぞ~! ってか? やかましいわ! いくぞナガ! 娘に鉄パイプや!!」
「っす!!」
その時だった。バイクのエンジン音が聞こえたのは。
「おろ!?」「っす!?」
ハリケーンガイジとナガちゃんの体が浮き上がった。
二人はそのまま路傍に投げ飛ばされ、生い茂った草の中に沈んでいく。
「屑共。お前らはココで終わりだ」
「なにっ!?」
それは、あまりにも一瞬だった。
ハリケーンガイジとナガちゃんが大人しくなった。腕には手錠が見える。生きてはいるが、鼻が青くなっており、血も出ていた。
それから少しして、いろいろなサイレンの音が聞こえてくる。それでも車の中にいる女の子は、後部座席で体を丸め、震えることしかできなかった。
ブルブルブルブル。すると、誰かに頭を撫でられた。
「もう大丈夫だよ。お母さんも無事だから。安心して」
「!」
「でも本当にゴメン。お父さんとお婆ちゃんは、助けられなかった。ごめん、ごめん、本当にごめんね……」
とても優しい声色だった。なので少女は安心感を覚え、反射的に顔を上げる。
だが、そこにいたのは化け物だった。真っ赤な手はきっと血に染まっているに違いない。
少女の心に、恐怖が湧いてきた、顔を上げたことを後悔した。
いや、しかし、こんなに優しい声の化け物がいるだろうか? 少女がそう思ったとき、見えていた化け物はただの幻であることが分かった。
なぜならば少女の前にいたのは、優しそうな青年だったからだ。
「………」
アルバイトに中古CDショップを選んだのは、あまり人が来ないだろうとの判断だった。
熱心なファンは発売したらすぐ買うだろうし、若い子はダウンロードするだろう。金の無いヤツはきっとレンタルだ。
そんな読みは見事に当たっていた。今日も年寄りがチラホラと見えただけで、人付き合いが苦手な男でも何とかなっている。
そもそもこの店は適当だ。
適当に書いたやる気のないポップも没にされたことは一度もないし、いつも店長は奥の休憩室で糞つまらなそうなソシャゲをしているか、いびきをかいている。
もちろん給料は安い。それなりにシフトを入れても、6万ほどしかない。
だが母と二人暮らしならば何とかやっていける。それにやはり暇なのがいい。
これは――、悪くない。
「お疲れ様です」
「お、お疲れ様です……」
だがひとつだけ問題があった。
岳葉は21時に終わりなのだが、20時から次のバイトがやってくる。その一時間だけは、二人でいなければならない。
この時間が岳葉には苦痛だった。
現れた少年の名前は、
こういう人のそばにいると酷い劣等感にさいなまれる。それだけじゃなくて、志亞は高校生だった。
まさに青春真っ最中だ。泥沼のような男のそばにいて大丈夫なのだろうか?
いや、いや、分かっている。志亞だって心のなかで俺をバカにしているはずだ。そんなおかしな考えがよぎってしまうのだ。
「今日も、人、いませんね」
「そ、そうだね。ははは……!」
「何か引継ぎみたいなの、ありますか?」
「い、いや、何もないかな。ははは……!」
沈黙。
「岳葉さんって何か好きな音楽あるんですか?」
「え、えっと、な、なんでも聞くよ。ははは……! 志亞くんは?」
「別に」
「え? あ? ああ、ははは……! んがっ、学校とかどうなの?」
「普通です」
「そ、そうなんだ。ははは……!」
「さっきから何がそんなにおかしいんですか?」
合わない。岳葉は嫌な汗が浮かぶのを感じていた。
(彼は俺が気を遣っているのを理解しているのだろうか? 理解しているとしたら、もう少しキミも俺に気を遣って、もう少しライトな雰囲気に――)
居心地が悪い。
そうしていると、苦痛の一時間がなんとか過ぎ去った。
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ……! ふへっ、へへ」
「はい。お疲れ様でした」
するとそこで、久しぶりのお客が姿を見せる。
現れたのは美しい女性であった。艶のある黒くて長い髪、切りそろえた前髪、少し濃い目のアイシャドウ、透き通るような白い肌。露出を抑えた清楚風のファッション。
「彼女さんですか? 綺麗な人ですね」
「う、うん。ははは……!」
岳葉は思う。
志亞はきっと『は? なんでこんなさえないヤツと、こんな美人な女性が付き合っているんだ?』などと内心バカにしているんだろう。
く、くそう。くそう!
(は! いかん! 卑屈な心が!)
岳葉は首を振ると、笑顔で志亞に別れを告げる。
さっさとロッカーにエプロンを放り込むと、すやすや眠っている店長に一瞥をくれて、丁度会計を終えた瑠姫と合流して店を出た。
季節は夏の終わり。夜は少し涼しくなってきた。岳葉と瑠姫は並んで歩く。
「き、気を遣ってくれなくていいのに」
「え? 何が?」
「それっ、CD買ってくれて……!」
「ああ。いいのいいの。前から欲しかったヤツあったし」
そういうと、瑠姫はCDが入った袋を右手に持ち替え、左手を差し出した。
岳葉は少しだけ怯んだが、すぐにその手を取る。二人は手を繋いで、特に面白くもない話で沈黙をつぶした。
しかし岳葉は幸せだった。岳葉は瑠姫を愛していた。
(しかれども……)
いろいろあった。岳葉は月を見上げてそう思う。
あれは――、今でもたまに夢だったのではないかと思ってしまう。
瑠姫はあれから性暴力被害者を支援してくれている団体に入り、頑張って資格をいくつか取り、職場を紹介してもらった。
今じゃ個人経営をしている保育所の先生だ。15人ほどの子供たちを三人で見るタイプらしく、負担も少なくていいと言っていたのを覚えている。
ふと、クラクションが鳴った。二人の傍に普通車が停まる。
「やあ、二人とも」
もうメガネはやめてコンタクトにしたようで、仕事の帰りらしい。
「送るよ」
お言葉に甘える。
車は楽でいい。岳葉は免許を取っておけば良かったといつも思う。
ほら、あっという間に翠山家だ。
「ありがと市原くん。どう? 二人とも、あがっていく?」
「いや――ッ、そうだな。どうだい岳葉、たまには男同士で飲まないか?」
「え? あ、ああ。俺は別にいいけど」
「じゃあ決まりだ。またね瑠姫さん、岳葉は借りてくよ」
「はーい。二人とも、飲みすぎないでね」
「よし、決まりだ。飲むからタクシーに乗り換えよう」
こうして隼世は岳葉をつれて、行き着けのバーにやって来た。
カウンター席に座り、よく分からない青いカクテルをもらう。
「お、おしゃれな所だな。いつもこんっ、こんな所で飲んでるの?」
「上司の人に連れてきてもらったんだ。落ち着いてて良い雰囲気だろ?」
地味におつまみのカルパッチョが凄く美味しかった。
六枚あって、隼世は四枚も食べていいと言ってくれたので、ムシャムシャ食べた。
はじめはくだらない話だった。この前に見に行った映画、この前買ったゲーム、二人の趣味は似ていたので、くだらない話は尽きない。
しかし二杯目の途中で気づく。隼世の表情に疲労が見えた気がした。
「隼世は、その、最近忙しいの?」
「え? あぁ、まあ、そうだね。普通かな」
「図書館ッ、こ、公務員なのに残業があるのか?」
「ああ、いや、今日はちょっと別の用件で遅くなっただけなんだ」
「へぇ。そ、そうか。まあ俺はほら、バイトだから。楽なもんだよ……」
わずかな沈黙があった。やがて隼世がグラスを見つめながら呟く。
「今でも――……、夢だったんじゃないかと思うよ」
「あ、ああ。俺もだよ」
岳葉は、一度死んだ。正確には二回死んだ。
仮面ライダー、アマダム、そしてクロスオブファイア。
そして現在、岳葉は『本間岳葉』として蘇った。
本来、本間岳葉はアマダムが与えた仮の名前だったはずだ。しかしそれが本物として認識されていた。
そして一度死ぬ前。つまり本当の母の家に、自分の部屋があった。
どういうことなのか。そもそも何故、岳葉は蘇ることができたのか? それは今でもハッキリとは分かっていない。
「クロスオブファイアはもう無いのに……」
「まあいいじゃないか。今、生きてる。それが全てだよ」
「う、うん。そうだよな。ははは……」
そうだ。もうあんなことにはならない。繰り返さない。
だから岳葉は、あれだけ拒んでいた外に出たのだ。
辛いのは変わらなかったが、苦しいのは変わらなかったが、それでも瑠姫たちがいる生活が大事だから。
「岳葉はどうなんだい? 最近」
「まあ悪くないよ。ただ、その、たまにフラッシュバックは起きるんだ」
岳葉は一度死んだ。その記憶は、とうぜん消えていない。
あのときは瑠姫を守りたい一心だったから良かったが、今は違う。
たまに夢であの時の光景を視る時がある。夢のはずなのに死に至る激痛が思い出され、死に至る恐怖も思い起こす。
なぞの腹痛に、なによりもカーリーの顔が鮮明に過ぎる。
そうすると叫び、起き上がる。日常生活でもたまにフラッシュバックが起きて声をあげてしまう時があった。
「おかげで、よりコミュニケーション能力が落ちたよ」
「………」
「一応、あのっ、母さんを悲しませちゃ悪いと思って精神病院にも行ったんだ。薬も貰って飲んでるんだけど、どうにも良くならなくて……」
「そう、か。まあ精神的な問題なんだろうし、すぐにというのは難しいのかもね」
隼世はグラスを持って微笑む。
「だから、とにかく今は楽しいことをいっぱいしよう。今度、映画かルミの家でゲームでもやろう」
「あ、ああ。楽しみだな」
乾杯をひとつ。
しかし岳葉の表情は暗い。隼世には申し訳ないことをしたと、つくづく思うのだ。
楽しいこと。趣味。好きなもの。隼世は仮面ライダーが好きだった。特オタというヤツだった。
しかし仮面ライダーはゴーストを最後に放送が終了した。
原因はライダーの格好をした者が犯罪を犯したこと。中でも少女への強姦未遂は、そのイメージを大きく下げることになった。
結果として、仮面ライダーを放送していた石川プロは製作中止を発表。同時期に放送していたスーパー戦隊一本に予算を集中し、よりよい『ヒーロー番組』を作り上げるとのことだった。
そう、全て岳葉のせいである。
あの戦い、あの事件、もう一度言うが何もウソではない。
確かにあったことで、都合よく生き返ったのは岳葉だけである。
犠牲者は、決して帰ってこない。
「ッッどッ!」
「え?」
大きな声だった。岳葉は一度冷静になり、次は声のボリュームを抑える。
「ど、どうして――ッ、俺はっ、そのッ、蘇ったんだろう?」
「………」
「あ、あ、悪い隼世。あの、俺……」
汗が酷い。手がブルブルと震える。
謎の吐き気を感じ、岳葉は大きくうなだれた。
それを見て隼世は目を細める。なんとも言えない表情であった。それは同情か、はたまた……。
「大丈夫、おちついて岳葉。それより、もしかしたら――」
そこで隼世は首を振る。
「いや、なんでもない」
「え? あ、ああっ! 大丈夫」
「本当に、いろいろ、あったよ」
岳葉と隼世は28歳になっていた。
それでも残りの人生、きっとまだまだ先は長いはず。
翌日、隼世はマンションの部屋を出た。
一人暮らし中だ。自立したいとのことだったが、ルミが離れたくないというので、翠山家の左にある実家を出て、翠山家の右に存在するマンションへ入居した。
まあそれはいい。既に『連絡』は受けているので、隼世はまず図書館に電話を入れた。
「おはようございます。市原ですが、急用が入りまして、今日のボランティアはキャンセルさせてください。はい、はい……、本当に申し訳ありませんでした」
そして隼世は本当の職場へ。正しくは『現場』に向かった。
「うごッ! なんじゃこの臭いは。ヒデェな!」
ダークグリーンのコートを着た
臭い。とにかく臭いのだ。普段の悪臭ではない。これはもっと別ものだ。はて? なんだったか? 覚えがあるような、ないような。
立木はそれを考えながら、ラブホテルの部屋を進んでいく。
「これまたヒデェ」
「あ、お疲れさまでーす。立木さん」
「………」
主に鑑識などを担当する赤髪でメガネの
二人は涼しげな顔をしているが、立木の傍にいた隼世は急いで外に飛び出していった。
隼世が嘔吐しているなかで、立木は遺体をまじまじと確認する。
「んで? 何をどうしたらこうなるんだよ?」
分かることと言えば、女であるということくらいだ。
顔は破裂しており、胸の中央も吹き飛んでいる。幸い下半身はまだ損傷が少ないので、立木は股間を睨んで遺体を女性と判断したほどだ。
「いや、見たまんまでしょ! 内側からボカン! それ以外ある!?」
「アホかマリリン! それがありえねーんだよ普通は!」
「壁には歯、天井には血液と臓器の一部が付着していた。犯人は被害者の内部に爆弾を入れて破裂させたに違いないわ! でもね立木さん! そこじゃないのよ、この事件の滾るポイントは!」
マリリンは立木を引っ張ってお風呂場へ連れて行く。
扉をあけた瞬間、思わず立木は鼻を押さえた。
「うぎゃー、なんだよこりゃあ! ダメだ! 死体は耐えられるが、これは無理だ!」
「ムワっときたでしょ! 濃厚な香りよ!」
「何が濃厚だよアホが! 酷い臭いだ。なんだよコレ!」
「なんで貴方が知らないのーッ! ほらほら、浴槽を見て。何がある?」
「何がって、お湯だろ? 今は水だろうがな」
「違うわよ見て! 濁ってるでしょ! あれはね、精子よ! 精液! ザーメン!!」
「はぁ!? 下品だなテメェ! やめろ!」
「事実なんだから仕方ないじゃない! ほら、ごらんなさいよ。200リットルもあるのよ。信じられる? 調べたら全て同一人物の精子だったわ。立木さん一回の射精でどれだけ出せる? 少なくとも精液のお風呂を作るまで、どれだけかかると思ってんの?」
顔面や胴体が破裂した遺体よりも、コチラのほうがエキセントリックだとマリリンは目を輝かせている。
二日酔いなのだ。マリリンのテンションには付き合っていられない。立木は唸り、ベッドの方へと戻った。
「待ちなさい! この精液殺人事件! 立木さんはどう考えてるの!?」
「どうって。まあ、だからこの臭いがそういうことだってのは分かった。風呂場にテメェの精液溜めるイカれた犯人がいるってことも分かった」
「遺体も見て。もうグチョグチョよ。精液まみれだったんだから」
立木は血液交じりの精液を睨む。
確かに損壊している臓器や、抉り削られた口内に、精液らしきものを見た。そういえば壁にも精液がかかっている。
「例の猟奇殺人との関係は?」
「肉体の破裂とか、精液という点は一致しているけど、どうにもアタシは模倣犯だと睨んでる」
「どうして?」
「損壊具合が少し雑なのよ。中途半端っていうか。それに猟奇殺人のほうはDNAから見ても犯人は三人以上。今回採取したものとはどれも異なっているわ」
「なるほどねぇ」
すると隼世が戻ってきた。顔は青いが、だいぶ落ち着いたようだ。
「市原ァ。お前はどう思う?」
「分かりません。分かりませんが――」
隼世は、まっすぐに虚空を睨んだ。
「怪人の可能性はあると思います」
「まあ、な。明らかに普通の殺し方じゃねぇ」
あれから6年が経った。
人間はバカじゃない。あの戦いに気づいた者たちがいたのだ。
タイタンやペガサスに襲われた者もいるし、ライダーの姿を目撃した者もいる。
日本の警察は随分と優秀だ。隼世を見つけるまで、そう時間はかからなかった。
警察は、アマダムが訪れてから発生した一連の不思議な事件を、『虚栄のプラナリア』と名づけた。
切れば切るだけ増えるプラナリアのように、クロスオブファイアを与えられた人間が異形の力を手に入れた、あの事件――。
アマダムを倒し、全ては終わったと思っていた。
「だが終わったなら……、本間岳葉は蘇らねぇよな?」
「ええ。僕も、そう思います」
岳葉は一年前に蘇ったが、それ以前から不可解な事件は起こっていた。
主に猟奇殺人、あるいは人間には不可能と思われる犯行。多発する『異常』を前にして、警察は隼世に協力を求めた。
「特にここ最近、おかしな奴らが増えてきた」
立木、マリリン、響也、隼世は『異形対策班・バルド』の一員である。
通常の事件には捜査権を持たないが、異形なる力を匂わせる事件には全面的に指揮権を得る特殊な立ち位置であった。
「しかし例の集団じゃないと、やっぱGAIJIの仕業かね」
秘密結社『GAIJI』とは、最近バルドが掴んだ謎の集団である。
インターネットの掲示板や、SNSでチラホラと名前は出ていたが、活動は最近露になってきた。
以前、マンションで隣人の声がうるさいと部屋に乗り込み、住人を殴り殺した男が逮捕される際に自分のことを『アダプティガイジ』と名乗ったのがはじまりだ。
以後、特定の犯罪者が、逮捕される際に『単語+ガイジ』を組み合わせた名前を口にする例がいくつか報告されている。
既にスターダストガイジ、モーティスガイジ、グローバルガイジが逮捕されており、先日煽り運転を行ったハリケーンガイジを含めると、その数は決して偶然とは言えない。
さらに逮捕者だけではなく、SNSでも目撃情報が存在し、匿名の書き込みに彼らは秘密結社GAIJIの一員であるとの情報が記載されていた。
もちろんその真偽は不明だし、ガイジとは本来差別用語、好ましくない表現であるため、ただの悪ふざけかと判断できかねているところであった。
しかし先ほどのとおり、加害者が口裏あわせをしたようにコードネームのようなものを名乗るのはメリットなど無いし、普通ではない。
もちろん加害者同士に繋がりはなく、共通点も探したが、今はまだハッキリしていない。
故に、バルドは注意しているのだった。
「まあ、もう少し調べる必要性があるな。つうかマリリン、
「いちごちゃん。もちろん源氏名ね。デリヘル・ポールパインの女の子よ」
「おいマジかよ老舗じゃねーか。俺もお世話になったことあるのに……」
「あら、ま! お元気で!」
「昔の話だ。娘より若い子を家に呼んでな。本来だったら嫁も娘も帰ってこないはずなのに、予定が変わったってんで家に戻ってきて。それが離婚の原因になったし、娘とはその日以来、口を利いてねぇ」
立木はため息をついて、天井を見つめる。
「俺の話はいい。つうか客が怪しいだろ、調べはついてんのか?」
「それがこのお店、偽名有りで。おまけに電話したのが公衆電話だったから特定には少し時間がかかるみたい」
「ほーん。まあいいや、隼世、もしもの時は頼むぞ」
「……はい」
「あと例の件も頼むわ。まあ今回とは関係ねぇかもだけど」
「分かりました」
「しかし本来、生命が宿るかもしれない
立木は淡々と呟いた。
隼世はどんな表情をしていいか分からず、ただ俯くことしかできなかった。
(もし仮に今回もライダーが関わっているとしたら、その原因はなんだ?)
アマダムは死に、クロスオブファイアは消えたはずだ。
ペガサスたちのような仲間がいたとしても、6年も活動を控える理由が分からない。
それにアマダムを倒した自分たちに復讐しにくるのではないか?
もちろんそういう動きも感じられなかった。
(……僕はアマダムのことを知らなかった)
仮面ライダーは好きだった。
しかしアマダムという怪人は見たことが無かった。
アマダムの発言から察するに、ヤツはウィザードにてその姿を見せたというが、当然そんな話は存在していない。
つまり、隼世が見てきた仮面ライダーの情報が、抜け落ちている可能性は高いのだ。
(僕の知らない何かが、まだこの世界にはあるのか?)
そもそもアマダムがこの世界に訪れたのは、本当に偶然だったのだろうか?
分からない。何も分からない。隼世は大きなため息をついた。嫌な予感しかしないのが、何もよりも辛かった。
仕事が忙しく、なかなか会えなかったが、授業参観や運動会には時間を作ってくれて会いに来てくれた。
普段は祖父が育ててくれて、お菓子やお小遣いをたくさん貰ったのを覚えている。
運動はできなかったが、勉強はそれなりにできたので、小学校や中学校はそれなりに快適に過ごせた。
しかし、茂男は不思議であった。
高校二年、彼の人生に異変が起こった。
はじまりはクラス替えの後だった。廊下をふさぐようにクラスメイトが話をしていたので、どいてくれと頼んだ。
フランクに頼んだ。するとうるせぇと殴られた。人に殴られたのは初めてだった。茂男は倒れたまま、しばらく動けなかった。
殴られたところは少し痕が残った。祖父に心配をかけると悪いので、ただ転んだだけだとごまかした。
次の日から茂男の生活は変わった。文房具やノートが無くなるようになった。後にゴミ箱や、便器の中から見つかるようになる。
体育から帰ってくると、お弁当のなかに消しゴムのカスなどのゴミが入っているようになる。
知らない女子から告白をされるようになった。いつも女の子はニヤニヤしており、茂男はそれがいたずらである事をすぐに見抜いた。
美容師を目指している男子から、髪を切らせてくれるように頼まれた。断りきれずに了解すると、おかしな髪型にされた。
相撲ごっこでみんなと遊んだ。みんなと、みんな……。
「茂男くんのチンコ、バズるといいよな」
殴られ、蹴られ、投げ飛ばされた茂男は、下半身を丸出しにして倒れていた。
複数の男子生徒はそれを撮影し、インターネットの海に放った。ヘラヘラと笑い声が聞こえるなかで、茂男は唇を噛んだ。
親にはまだ言っていない。心配を――、いや違うな。茂男のプライドが赦さなかったのだ。僕はいじめられていない、ただ弄られているだけだと。
しかしこれは完全ないじめであり、暴力である。茂男はそれでも自分が弱者であることを認めたくなかったのかもしれない。
それに一度だけ教師に相談したことがあったが、それとなくかわされた。
確かに、グループのリーダーである
彼の周りにはいつも人が集まっている。
だからと言って……。
「おい、何してるんだお前ら!」
人がやって来た。
少年たちはヘラヘラと笑いながら走り去っていく。一方で茂男に手が差し伸べられた。
「大丈夫か? 茂男」
大丈夫だと笑い、茂男は風間志亞の手を取った。
「こんなことは異常だ。さっさと先生に言えよ」
「言ったけど、じゃれ合ってるだけだって……」
「ちッ、あのクズ教師。自分は生徒たちと仲がいいって思いたいから、部賀を敵に回したくないんだろ」
茂男がまだ耐えられたのは、頼りになる親友がいたからだ。
それが志亞である。彼もまた容姿が良くて、背が高くて、少し暗いから周りに人はいないが、隠れた人気はある。
人を見ているのか、部賀は志亞にはそれほど突っかからず、茂男はいつも助けてもらっていた。
「いつもありがとう志亞くん。これからも僕の親友でいてね」
「どうしたんだ、いきなり」
「いやぁ、別に」
「……俺も、助かってるよ。お前は優しいから一緒にいて疲れない」
志亞は茂男には自分の弱さを告げていた。
妹が病気で、父親も事業に失敗。どうにも人生が上手くいかない。
「よく分からないよな。クズみたいなヤツらが上手くいくように、世界はできてるなんて」
「そう落ち込まない落ち込まない。そうだ、志亞くん。これは今日助けてくれたお礼」
そう言って茂男は財布から一万を出して、志亞に手渡す。
「おい。受け取れないって、こんなの!」
「いいのいいの。言ってるでしょ、祖父ちゃんが毎月凄いくれるんだけど、使いきれないんだって」
「貯金しておけばいいだろ」
「気にしない気にしない! ほら、これで今度映画でも行こうよ! 妹さんの入院費もあるんでしょ?」
「……いつも、悪いな」
「気にしないで、親友でしょ、ぼくたち」
「ああ。ありがとう」
二人はその後も他愛もない会話を続けて帰路についた。
そうしていると分かれ道だ。茂男は右に、志亞は左に向かうのでココでお別れだ。
志亞はしばらく歩くと、携帯を取り出して部賀に連絡を入れる。
「俺だけど。そう、今回は一万だった」
『かぁー! おいおい! 前は三万だったのにな!』
「今月はアニメグッズに使ったんだと」
『キメェなぁ。だから包茎なんだよアイツ』
随分と楽な話であった。
部賀が茂男をいじめて、志亞がそれを助ける。
そうすると茂男はお金をくれるので、志亞はそれで部賀たちと遊びにいく。
それが『黄金ルート』と呼ばれる方法だった。
『今度、ケン達と焼肉でもいこうぜ。俺最近ホルモンにハマってんのよ。奢るからよ!』
「奢るって、お前じゃなくて茂男がだろ」
『そっか、確かに! あッ、でもよ、流石にそろそろ気づいてないか?』
「気づくわけないだろ。あのバカ、俺のことを親友だとさ」
『はッ! 親友か! そりゃ確かにウケるな』
「妹が病気とか、父親が事業に失敗したとか、本気で信じてる。救いようの無いアホだよ」
本当につまらないし、くだらない話であった。
志亞は携帯を切ると、アパートに帰って、ベッドの上に寝転ぶ。
バイトまでまだ少しある。眠ろうか? そんなことを考えていると、携帯が震えた。
体を起こし、ディスプレイを確認すると、『店長』とあった。
「あれ?」
岳葉は、店の前に志亞が立っていることに疑問を覚えた。
シフトを間違えたか? 戸惑っていると、志亞が駆け寄ってくる。
「お疲れ様です岳葉さん。実は店長から連絡があって」
「あ……! そ、そうなの」
「この店、つぶれたんで。今日のバイトはなしです」
「そ――、え? は? それは……ッ! あ? え? え?」
二人は場所を公園に移した。
ベンチに座り、岳葉は地面を睨みつけ、志亞は遠くで遊ぶ子供たちを見つめている。
つぶれる。でも言うのを忘れていた。ただそれだけだった。
「店長、本間さんの履歴書なくしちゃったみたいで。だからオレに伝えておいてくれと」
「て、適当すぎる!」
「まあ、だから楽だった点もあるんですけどね」
「そ、それは、そうか。伝えてくれてっ、あ、ありがとう」
岳葉は大きなため息をついた。コミュ障ニートが復帰するには良い職場だったのだが、確かに客はぜんぜん来なかったし、当然といえば当然か。
「また新しいバイト探さないと……」
小声で呟くと、志亞は不思議そうに岳葉を見る。
「本間さんはどうしてバイトに? 就職とかって考えてないんすか?」
「ン゛ッッ! あ゛の、いやッ、それは、うん……! まあね」
「でも、彼女さんがいるんですよね? どうやって知り合ったんですか?」
28歳の糞バイト野郎に、あんなに綺麗な彼女がいるのは確かに不思議だろう。
岳葉は心から出血しつつも、若人の悩みを解決してやろうと意気込む。
「まッ、その――、あまり良い出会いじゃなかったんだけど。俺のマイナスと、彼女のマイナスがたまたまっ、なんかこう……、歪に合致したっていうか。よく分かんない? まあでも、そういう時があるんだよ。は、ははっ、まだ風間くんは若いから分からないかもしれないかもだけど……」
「へえ……」
「風間くんはッ、その、彼女っていうか、気になっている子はいるの?」
「よく、告白されるんです。それで何人かと今付き合ってるんですけど、なんだか面倒じゃないですか?」
「え?」
「何かくだらないっていうか。頭悪いし、臭いし」
「え? あ? え? す、凄いっ、凄いね」
聞き間違いか? 何人かと? 岳葉は何か大きなものを感じて萎縮する。
「でも、その、彼女がいれば学校も楽しいでしょ?」
「全然ですよ。つまらない」
「え? でも、彼女……」
「女なんてね。ちょっと殴ればすぐに言うこと聞きますよ。あいつ等、なんていうか中身が無いんだよな……」
す、すげぇええ。若者すげぇえ! 岳葉は息を呑んで、完全に沈黙する。
どうやら志亞は凄まじい世界にいる人間のようだ。決して自分とは交わらないタイプの人間のようだ。
「……本間さんの彼女は何をしてる人なんです?」
「え? ああ、えっと、保育所で子供たちの面倒を見てて――ッ!」
志亞は今、岳葉の右に座っている。
岳葉はふと、左に気配を感じてそちらを見た。
「ん?」
少しだけ離れた左のベンチで男性が座っていた。
別に特にこれと言った特徴のない40代くらいの普通の男の人である。
だがひとつだけ『異常』なポイントがあった。それは今、その男性が思い切りペニスを露出しているという点だ。
(どッ、どえええええええええええええ!?)
大きく目を見開く。志亞は岳葉がいるから気づいていないし、周りもおそらく気づいていない。
だって普通の人間は、子供たちが遊んでいたり、ジョギングをしている人がいる公園でペニスなんて放りださない。
しかし男は思い切りブツをこんにちはさせているし、男自身周りの様子を気にしてはいないようだった。
誰かに見せるために出したんじゃない。もっと直接的な行為をするためにファスナーからブツを取り出したのだ。
男はブツをしっかりと握り締めると、すぐに激しく上下に擦り始めた。
(いやいやいやッ! コイツ! ココでオナニーするつもりかよ!)
「保育所の先生ってことは、子供たちとも仲がいいんですか? その子の兄妹たちとも繋がりがあるんですかね?」
(や、やべぇ! 変態――ッ、いやド変態だ! やめろ! しまえ! 捕まるぞ! おい呼吸を荒げるな! 気持ち悪い!)
「ッ? 本間さん?」
「え? え!? あッ! えっと、うん! ど、どどどうかな? えと、あの、そのあまり仕事のことは彼女と話さないから――ッッ」
耳を澄ませば、男が何やら口にしているのも聞き取れた。
「ヤッベッ、スッゲッ、タマンネッ――!!」
(やめろやめろやめろ! ど、どうすればいいんだ? 通報か? 警察――ッ!)
戸惑う岳葉と、反対にどんどんと勢いを激しくしていく男性。
「や、やっべ! もッ、もう――、イキそ……ゥッ!」
(よせよせよせェエ! よせって! あ、っていうか、周りにも気づいている人がチラホラとッ!)
「あッ! イク! もッッ! イクッッ!!」
ついに男の声は、周りに聞き取れるほどの大きさになっていた。
岳葉の隣にいた志亞にも聞こえたのか、志亞は不思議そうに岳葉の向こうにいる男を見た。
一方で男はブツをしっかりとにぎりしめたまま、立ち上がる。
「もあぁあああ! イクッッ! もうッッッ!!」
男はブツから、白濁した液体を発射した。
それは猛スピードで飛んでいくと、ジョギングをしていた女性の頭部にかかる。
凄まじいスピードとパワーだったのだろう。精液は女性の皮膚を貫き、頭蓋骨を破壊してみせる。
「え?」
血が飛び散った。倒れた女性の頭蓋から脳みそが零れてきた。
「あ、あぁあああぁああ!!」
男はまだ、ブツをしごいていた。
「ま た
二発目。精液が凄まじい勢いで発射され、遠くのほうにある街灯に直撃、破壊してみせる。
ドクンドクンと、勢いの弱い精液がまだ性器からは発射されていた。一方で亀頭は真っ赤になっており、尿道あたりからは煙が出ていた。
岳葉も、志亞も、周りの人間もしばらく固まっていた。
見間違えかもしれない。そんなおかしな光景であった。
しかし男が再びブツをしごき始めたあたりで、なんとなく理解した。
男の射精で、女性が死んだ。精液の弾丸で撃ち殺された。
おそろしき、まさに、それは――
亀 頭 バ ズ ー カ ー。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
悲鳴が次々に聞こえてきた。逃げ惑う人々。母親たちは子供つれて、全速力で走る。
岳葉と志亞もすぐにベンチから立ち上がり、後ずさりで亀頭バズーカーから離れていく。
「やッべ! やッッべ! ヤッッッベッッッ!!」
亀頭バズーカーは恍惚に表情を歪めていた。
彼に賢者タイムは存在しない。爆発的にやってくる性欲を感じたら、全ての身を任せるだけだ。
どうせならば、たくさんかけたい。かけてあげたい。亀頭バズーカーは人が多そうなところにブツを、ペニスを、チンコを向ける。
「本間さん! 逃げないと!」
志亞の声が聞こえてきたが、岳葉は固まっていた。
正確には震えている。涙目になってブルブルブル震えていた。
怖い。いやだ。なんなんだコレは。ワケが分からない。なんだかお腹が痛くなってきた。しかし志亞の言うとおりだ、早く逃げなければ。
「――げて」
悲しいかな。逃げる子供たちの姿が、いつかの罪を思い出させた。
「風間くんッ、は! に、逃げてくれ!」
岳葉は走った。走り、思い切り亀頭バズーカーにタックルを仕掛ける。
がむしゃらな一撃は亀頭バズーカーのバランスを崩し、狙いをそらすことに成功する。
倒れた亀頭バズーカーのペニスからは精液がボタボタと漏れ出た。しかしそんなものは、少しだけ弾丸がこぼれただけにしか過ぎない。
すぐに袋には液が満たされ、ブツを扱けば射精感が湧き上がる。
「あぁぁああ! まだッ、まだ出る! まだまだ出せる!」
亀頭バズーカーはブツを、岳葉に向けた。
「あっ、あぁぁ! アアアアアアアアアアアアアア!!」
激しく上下に扱き、亀頭バズーカーは白目をむく。
「ほらッ、またッッッ
ペニスから白濁の弾丸が発射され、涙目の岳葉に向かっていった。
「―――」
おそらく、それは本能だ。
生存本能が心の奥に火を灯した。だから岳葉は跳んだのだし、跳べたのだ。
風が吹き、風車が回り、光が迸る。亀頭バズーカーの背後に着地した岳葉は、岳葉では無かった。
「……そんな、まさか」
離れたところで、志亞が呆然としていた。
風に靡いた真紅のマフラー。そして青色に近い緑の仮面。ピンクの複眼。
呼吸を荒げる岳葉は、自分の腕が斜め上に伸びていることに気づいた。
岳葉に処方された薬が効かないのは、随分簡単な理由であった。肉体が強化されているため、普通の量じゃ効果がないのだ。
「な、なんだよ。なんなんだよ!!」
戦いは、終わってなどいなかった。
仮面ライダー1号は風を纏い――、複眼を光らせる。
「な、なんで……! なんで変身できるんだよぉお!」
1号は仮面を触って自分の姿を確かめる。間違いなくその姿は仮面ライダーであった。
しかしアマダムは死んだはずだ。それなのに一体どうして変身できるというのか。
なんらかの形でクロスオブファイアが残っていたのだろうか?
いろいろと考えていると、1号の胸から火花が上がる。
凄まじい痛みだった。思わず地面に膝をつく。見れば亀頭バズーカーのペニスから煙があがっていた。
「ハァ! ハァ! た、たまんねっっ!」
最悪だ。男の精液をかけられた。
1号は立ち上がると、震えながらも考える。
とにかく変身した。変身できた。今やるべきは、あの異常者をどうにかすることだ。
ブランクはあるが記憶はある。とりあえずRXになるべきだと思った。バイオライダーの力でアイツを抑えようと。
「――ッ? な、なれない!」
RXになれない。方法が頭から抜け落ちてるし、そもそもなれる気がしなかった。
本能が教えてくれる。脳が知らないことを知っている。
岳葉は1号にしかなれない。
「イクッッッ!!」
精液が迫る。
しかしその動きが手に取るように分かる。
遅い。避けられる。岳葉はそこで思い出した。
そうか、これが――、ライダーの力かと。
「ォオオ!」
跳ぶ。前宙で一気に亀頭バズーカーの前に着地すると、とりあえず肩を掴んだ。
「あ、あ、あのッ! えっと! とにかくやめろ! 大人しくッ、大人しくして!」
「止まんない! いや止まんない! オナニー止まらない!」
「えッ、いやッやめろ、おい! チンコから手を離せよ!」
「あああイク! イクッ! 我慢できない! もう、もうダメだぁあ!!」
「聞けよ!」
「イきますゥウウウウウウウウウウ!!」
精液が発射された。
しかし今回のは今までとは違っている。勢いや、持続が先程の比ではない。まさにそれは弾丸ではなく、ウォーターカッター。
白濁のジェット水流が1号の装甲を抉り削る。
痛い。ヤバイ。怖い。死ぬ。精液に殺される。そう思ったとき、カーリーの顔が視界いっぱいに広がった。
『絶望して死ねッッ!!』
「う、うわあああああああああああ!」
フラッシュバック。パニックになった1号はがむしゃらに走り、とにかくこの恐怖を終わらせなければと動いた。
分からない、よく分からないが、とりあえず出ている所を何とかすればいいはずなのだ。だから1号は亀頭バズーカーのペニスを掴むと、グッと力を込めた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」
亀頭バズーカーはペニスに激痛を感じて叫ぶ。
潰された。大事なペニスが潰された。悲しいやら悔しいからで、もう大変だ。亀頭バズーカーは泣き叫びながら1号から逃げる。
「あ、あの……、ご、ごめんなさいッ! え? え……?」
一方で1号もどうしていいか分からず、その場にへたり込むしかできなかった。
そうしているといつの間にか変身が解除され、岳葉は口を押さえた。吐きそうだ。精液の臭いと、恐怖がこみ上げる。
すると名前を呼ばれた。岳葉は反射的に立ち上がり、志亞に手を引かれてその場を離れていった。