仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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第3話 イナンナが見た夢(後編)

 

 

「本間さんッ、どういうことなんですか?」

 

「え? あ……」

 

 

公園のトイレ。岳葉が手を洗っていると、鏡の向こうに志亞の鬼気迫る表情があった。

振り返ると、すぐそこに志亞が迫っている。

どうやら興奮しているようだ。まあ無理もないか、あんなものを見たんだ。誰だって普通じゃなくなる。しかし何と説明すればいいのか。亀頭バズーカーのこと、自分のこと、ハッキリ言って何も分からなかった。

 

 

「上手く、その……、説明できないんだ。ごめッ、ごめん……」

 

「そんな筈ない! だって、アレは――ッッ!」

 

 

志亞は俯き、沈黙する。

何かを思い出しているようだ。あの姿には見覚えがあった。

今はもう放送されていないが、かつては子供たちの憧れだったヒーロー。

 

 

「仮面ライダー……!」

 

 

志亞の中で何かが埋まっていく感覚があった。

 

 

「本間さん。6年前の事件、貴方は何かを知っている?」

 

「え? え……?」

 

「いやッ、いや! 知らなくてもいい! 一つ、お願いがあるんです!」

 

 

志亞は岳葉の腕を掴み、その目をまっすぐに睨んだ。

 

 

「どうやって仮面ライダーになったんですか? お願いだ、教えてくれ!」

 

「ッッッ」

 

 

岳葉は何と言っていいか分からなかった。

なりたい。それがエンターテイメントの意味ではないことは分かっていた。

志亞はスーツアクターになりたいワケじゃない。役者になりたいワケでもない。

正真正銘、化け物になりたいと言うのだ。

 

 

「でも――ッ、いやッ、ごめん。本当に俺にも分からないんだ!」

 

「あれが、最初の変身だったんですか?」

 

「え? あ、いや。それは……」

 

 

ココで嘘でもつければ良かったのだが、なにせ簡単には割り切れない過去があった。

だからついつい、分かりやすいリアクションをとってしまう

志亞はそれで察したのか。けれども岳葉を追い詰めることが得策ではないと理解した。

 

 

「話したくないなら、無理にとは言いません。でも他の変身者だけは教えてください」

 

「え……?」

 

「かつて、仮面ライダーの姿をした何者かが町で暴れました。その姿は複数確認されています」

 

 

さまざまな仮面ライダーが目撃されている。

岳葉がその一人かどうかは別にどうでもいい。志亞にはもっと大きな目的があった。

 

 

「そ、そ、そのッ、キミはライダーになってどうしたいの?」

 

「復讐です」

 

「え?」

 

「アイツは、大切な人を――ッ、許せない……!」

 

「え? え?」

 

「本間さん。俺は今日限り人間であることを捨てます。復讐の鬼となって、彼女の仇は必ず取る! だから本間さん、お願いだ。オレを……、オレをライダーにしてくれ!」

 

 

岳葉は頭が痛くなった。

分からなくはない。超人的な力だ。手に入れれば多くの野望が叶う。ましてや復讐など容易に済むだろう。

とはいえ首を縦に振ることはできない。個人の復讐の為にライダーの力は貸せない。過去があるからこそ、否定しなければならないのだ。

 

 

「風間くん。俺にはよく分からないけど、復讐なんて――」

 

「水島紫」

 

「……え?」

 

「彼女は6年前。仮面ライダーの姿をした何者かに乱暴されました」

 

「………」

 

「乱暴というのはオブラートに包んだ言葉でしかない。本当は強姦されかかったんです。いや、もしかしたら本当にされたのかも。分かりますか? まだ幼かったのに……!」

 

「………」

 

「小学生だ! まだこれからキラキラした未来もあったのに! 全部それを台無しにされたッッ! どれだけ怖かったか! どれだけ悔しかったか!」

 

「………」

 

「彼女は心に大きな傷を負った! 無理もない、これから先、彼氏ができても性行為をしようとするたびにライダーを思い出すッ! 彼女の愛を、仮面ライダーの格好をしたヤツが奪ったんだ!!」

 

「………」

 

「本間さん。先ほどのを見てオレは確信しました。あのライダーの姿をしたヤツらが捕まったという情報がないのは、貴方のように本当にその力を手に入れたからだったんだ!」

 

「………」

 

「オレは調べたから分かるんです。6年前に暴れていたのは貴方が変身していた1号ではなく、平成ライダーと呼ばれた連中だった」

 

 

そこで志亞は気づく。つい熱くなってしまったが、見てみれば岳葉がブルブルと震えていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「ゆ、ゆか――ッ! え? あ、えと……、え!?」

 

「はい?」

 

「か、かかか風間くんは、ゆッ、ゆか――ッ! 紫ちゃんと知り合いなの?」

 

「知り合いというか……、ん? 紫ちゃん?」

 

「………」

 

「本間さん? どうしたんですか? 真っ青だ。何に怯えているんです?」

 

「………」

 

「本間さん? 聞こえてますか? どうしたんですか? 真っ青ですよ。手も震えてる」

 

「………」

 

「変身の副作用があるとでも?」

 

「………」

 

「や――? いやッ、まさか本間さん。貴方は何かを知ってるんですか?」

 

「え!? あ、あッ、えと、えっと、何? 何が?」

 

「ですからッ、紫ちゃんのことを何か知っているのかと聞きました!」

 

 

まるでそれは全身の血液が凍りつくかのような感覚だった。

少なくとも、岳葉には『知らない』と答えることはできなかったし、だからと言って知っているということが正しいのかが分からない。

だから沈黙するしかなかった。青ざめ、震え、目を泳がせる。

だが志亞は察しの悪い男ではない。ましてや普段の岳葉をある程度知っている彼からしてみれば、今の岳葉がおかしい事は明らかだ。

予想することは難しくない。

 

 

「まさか……」

 

「え? え? え!?」

 

「本間さん――、失礼なことをお聞きしますが」

 

「あ……、え?」

 

「まさか、あなたが?」

 

「え?」

 

「貴方が紫ちゃんを強姦しようとしたんですか?」

 

 

違うと、たった一言、口にできれば良かった。

しかし違わないのだから仕方ない。少なくとも否定することはできなかった。

肯定はどうか? 分からない。岳葉は沈黙するしかない。

 

すると怒鳴られた。鬼気迫る顔がそこにあった。

内容は頭に入ってこないが、だいたい同じようなことだ。

本間岳葉は水島紫という幼い少女の自由と希望を奪い、その小さな体に股間からぶらさがっている棒を入れようと試みたかどうか。それを聞いている。

レイプしようとしたのかどうか、迫られた。その顔がカーリーに見えた。

 

 

「ご、ごめんなさい! 本当にすみませんでした!」

 

 

命乞いだ。岳葉は許してほしかった。

必死に頭を下げる。言葉は虚空に吸い取られていく気はしたが、それでも言葉は続けた。

 

 

「ゆ、ゆかッ、ゆ、紫ちゃんの親戚の方でしたか? あの、俺はその――ッ、ゆ、許されないことを……! を! それは、あのッ! お、俺は――ッ!」

 

 

顔をあげた時だった。志亞の拳が、岳葉の頬に抉り刺さった。

崩れ落ち、頭を鏡に打ちつけ、そのまま公衆トイレの汚い床にしりもちをついた。

次は蹴りだ。頭を蹴られた。岳葉はどうすることもできなかった。どうしていいか分からなかった。

下を見れば、よく分からない黒い虫が歩いている。汚い。臭い。怖い。嫌だ。

なんだか、岳葉にはピッタリの場所?

 

 

「糞野郎がァアア!」

 

 

志亞の中で、かつてない怒りが爆発していた。

殺してやる。はじめて明確に思った。殺してやりたい、ブチ殺してやりたい。そう思ったら今までの全てが怒りに変わった。

いつも、しどろもどろな糞野郎だ。28のクセにアルバイト、正社員になれなかった社会のゴミだ。

アニメやゲームのことだけは饒舌になるのが不愉快極まりない。

 

そうか、志亞は理解した。岳葉はゴミなのだ。

この世界にはきっと人間の姿をしていたり、もっと大きな概念のように変わったゴミがある。

ゴミは文字通り要らないものであったり、もう終わっているものだ。

だから掃除をしなければならない。要らなくなったものは、燃やして、無くしてしまわなければならないのだ。

ゴミを燃やす。そうだ。炎だ。だいたいのゴミは燃えて消えるものだとテレビで見たことがある。

だから炎が――、『ファイア』がいる。

不必要なものを焼き尽くす力が欲しかった。

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

神よ。

どうか、この強姦魔を殺す力を、オレにください。

 

 

「変」

 

 

ピヨヨヨヨーン!

少し間抜けな音? いや、着火音だ。

燃える火の中に、志亞は構えを見た。それをなぞればいいだけだ。

両腕を右へ伸ばした。そのまま大きく旋回させて左上にやって来たところで止める。

 

 

「身――ッ!」

 

 

右腕を腰へ引いた。そしてすぐにまた左上に伸ばし、左腕は腰に構える。

 

 

「ブイッ! スリーッ!」

 

 

腰には、既にベルトがあった。

二つの風車が激しく回転し、赤と青と黄色の光が次々に巻き起こった。

風が、嵐が巻き起こる。目を見開く岳葉。その前に現れたのは、間違いなく仮面ライダーであった。

赤い仮面。仮面ライダーV3は右手でピースを――、『V』の文字を作り、左手を右肘へ添える。緑色に発光する複眼。

迫るV3。変身できたことは分かったが、感動などない。

不思議な体験のはずだが、あっけなさがそこにはあった。

というよりも、それが必然のように感じたから驚きが無かったのだ。

V3は青い炎を拳へ宿して歩き出す。全ては目の前にいる腐れ強姦野郎に正義の拳を叩き込むため。

 

 

「あ……、あぁ!」

 

 

岳葉は青ざめる。

カーリーが目の前にいた。

 

 

「グァァアアアア!!」

 

 

苦痛の声と共にトイレの壁が破壊される。

地面を転がっているのは、仮面ライダー1号。それをV3が追いかける構図であった。

 

 

「ま、待って! 待ってくれ! ちょっと、お願いだから! 待ってくれ!」

 

「黙れッッ! お前がッ! お前がァアア!」

 

 

V3は1号のマフラーを掴むと、強制的に引き起こし、腹に膝を入れた。

よろけた1号の頭を殴る。無様にフラついたところで蹴りを入れて弾き飛ばした。

1号は尻餅をついて一旦地面に倒れた。いけない、これは嘘だ。耐えられたが、倒れれば許してくれると思ってしまった。

あ、いや、違う。違うのか。そうじゃないのか。

ダメだ。分からない。1号はどうしていいのか分からなかった。立てばいいのか、反撃すればいいのか、それは正しいのか。

さっぱり分からなかった。

 

 

「ハッ! ハァアア!」

 

 

またマフラーをつかまれ、引き起こされる。

V3は左の拳で1号のわき腹を二発殴る。続けてフックで頬を、裏拳でもう一方の頬を叩いた。

抵抗もしない1号だが、V3の怒りは収まらない。足裏で腹を蹴りつけ、尻餅をついた1号の顔を、足裏でさらに蹴りつけた。

 

 

(いつかこんな日が――……)

 

 

1号は思う。死ぬことが正しいのか。

しかしそれにしては嫌なザワつきがあった。瑠姫の顔が思い浮かび、続いて隼世の顔が、ルミの顔も浮かんだ。

そして母の顔が思い浮かんだ。

このままではダメだ。少なくとも――、今は。

 

 

「死ねない……!」

 

「は?」

 

「死にたく――ッ、な、ない」

 

「紫ちゃんだって――ッ、そう思った!!」

 

 

V3は後ろへ下がる。そして、1号を指差した。

 

 

「お前は彼女の心を殺したんだ! ハァアア!」

 

 

飛び上がり、右足を突き出した。

ベルトの風車が回り、エネルギーへ変換、V3の右足が赤く発光する。

必殺キックだ。1号は朦朧とする意識の中、立ち上がった。

足裏はすぐそこまで迫っていた。

 

 

「―――」

 

 

沈黙。

 

 

「なにッ!?」

 

 

足裏は届いたが、それは1号にじゃない。

赤い手が、V3の足裏をしっかりと受け止めていた。

新緑のマスクはほとんど黒に近い。というか黒にしか見えない。

そして風に靡く赤いマフラー。

 

 

「落ち着いてくれ。仮面ライダー!」

 

 

仮面ライダー2号・市原隼世は、V3の足を殴り、叩き落す。

仲間がいたのか。V3は僅かな焦りを感じ、すぐに距離をとる。

 

 

「お前ッ、お前はなんだ? お前も仲間か? それともお前が真犯人なのかッ!?」

 

「真犯人……? 何を言っているんだ?」

 

「とぼけるなッッ! そこの化け物が! 紫ちゃんを汚した!!」

 

 

2号も紫という少女のことは知っている。それで何となく察することはできた。

しかし、いかなる事情があろうとも関係ない。2号は改めてV3に冷静になるように促した。

 

 

「仮面ライダーの力を使って復讐なんて間違っている。こんなことは誰も望んでいない。もちろん紫さんだって、きっとそうだ」

 

「待て! お前に何が分かる!?」

 

 

V3は走り出す。それを見て2号も迷わず走り出した。

拳が交差する。しかし2号のパンチのほうが先にV3に届いた。頬に届く赤い腕、衝撃が巻き起こり、V3の動きが止まる。

2号はその隙にV3の腕を掴み、飛び上がりながら背負い投げで地面に叩きつける。

 

 

「ライダー返し!」

 

「ぐあぁあ!」

 

 

腕は掴んだままで、軽く捻る。

抵抗すればもっと力を込めるという意味だ。V3はそれを理解したが、怒りは消えず、むしろ膨れ上がるばかり。

 

 

「何故! どうして強姦魔の味方を!?」

 

「ッ、過ちを繰り返してはいけない。それだけだ」

 

「意味が分からん! ヤツは紫ちゃんの処女を奪った! 大切な人に捧げる純潔を踏みにじったんだ!」

 

「……誤解をしてる。彼は未遂だ」

 

「何ッ? だが、しかし! それでも――ッ!」

 

「とにかく落ち着くんだ。キミは自分が何をしているのか、分かっているのか? 仮面ライダーならばもっと自分の在り方を考えろ」

 

 

どういう心情の変化があったのかは知らないが、V3は暴れるのを止めて、大人しくなった。それを感じたのか、2号は腕を放す。

V3はそのまま変身を解除しながら立ち上がる。風が吹き、1号と2号も変身を解除した。

 

 

「今は見逃す。二度はない。絶対……、もうな」

 

 

志亞は隼世の後ろで震えている岳葉を指差し、踵を返した。

 

 

「覚えとけ、アンタは最低最悪のクズ野郎だ」

 

 

歩いていく志亞。

気づけばサイレンの音がうるさく聞こえていた。

岳葉は腰を抜かし、天を仰ぐ。

 

 

「岳葉、何があったんだい?」

 

「じ、じ、実は――」

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ! ハァ!」

 

亀頭バズーカーは路地裏に逃げ込み、膝をついた。

疲れた。痛い。辛い。どうする? 分からない。

いや、分かった。そうか、そうだ。そうに違いない。

オナニーをしよう!

 

 

「!?」

 

 

ペニスを触ろうとしたら痛い。

痛くて涙が出てきた。ズキズキする。チンポが紫色になって、ペチャンコになっていた。

どうすればいいんだ。勃起できなきゃオナニーができない。

なんだか気分が悪くなってきた。ダメだ、オナニーをしないと。

オナニー。ゴシゴシすればいいのに、ゴシゴシできない。

 

 

「ウエッ! ゲェ! オッツブェ!」

 

 

吐いた。臭い。白い。

亀頭バズーカーは口から大量の精液をぶちまけた。

辛い。痛い。タマはパンパンになっているのにペニスがダメだからオナニーが――ッ!

 

 

「ゲェエエエ! ガァアアア!」

 

 

辛くて涙が――、いや涙じゃない! 精液だ!!

痛い。痛い――ッ! あ、ダメだ!!

痛いッッッ!!

 

 

「ア゛ッッ! アガガゴエエエ!」

 

 

右目が見えなくなった。怖い。なぜ?

痛い。痛い。痛い、痛い、痛い。眼球が地面に落ちていた。

右目にできた穴から精液が噴水のように勢いよく流れでていく。

精液を吐く。耳から精液が出てきた。鼻から精液が出てきて止まらない。

痛い。ダメだ。破裂する。苦しい。息ができない。臭い。

誰か――、助けて。

 

 

「―――」

 

 

胃が精液で満たされる。パンパンになって破裂し、肉体が精液で満たされる。

精液によって眼球は吹き飛んだ。肥大化したタマは、足よりも太い。

それでもなお、生成される精液。肺が、心臓が精液に塗れる。

亀頭バズーカーは窒息していた。やがて頭がはじけ、精液塗れになった死体は地面に転がって動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

翠山家のリビング、隼世はゴクリと喉を鳴らして、箸を取った。

身をほぐし、ゆっくりと口に入れ、租借する。

 

 

「……ヅッッ!」

 

 

沈黙。

 

 

「おいしい?」

 

「………」

 

「……ねえ、美味しい?」

 

「えっ? あッ、う、うん! とっても美味しいよ!」

 

「……嘘なの?」

 

「いやッ! 違うよ」

 

「嘘なんだね」

 

「そ、そうじゃないよ! た、ただちょっとファンキーな味かなって……!」

 

「馬鹿にしてるの?」

 

「ちがっ!!」

 

「分かってる。分かってるよボーイ。大人の嘘はやめておくれよ。アタシも大人になったもんさ。目を見れば分かるのよね……」

 

 

翠山ルミは、洋画によくある両手を上げてやれやれというジェスチャーを取った。

 

 

「仕方ないわよ。これ料理じゃなくて、魚の死骸じゃない」

 

「お姉ちゃんそれは酷くないッッ!?」

 

 

いや、瑠姫の言うとおりだ。岳葉もそう思ってしまった。

死んだ水のなかで腐った魚が死んでいる。料理というよりは事件だ。

 

 

「タケちゃんもマズイと思う?」

 

「いや、や! でも、ドブみたいで美味しいよ!」

 

「何がでもなんだよ。前提がもうマズイじゃねぇか。食いモンですらねぇじゃん。おい、なあおいって!」

 

 

ルミは不機嫌そうに頬を膨らませると、体育すわりでそっぽを向く。

 

 

「そもそもルミ、これ何なの?」

 

「アクアパッツァ。ちゃんとネットで作り方、調べたもん……」

 

「下処理が最悪なのよ。ヌメヌメ、臭いし、鱗処理すらしてないじゃない。そもそも初心者なんだから切り身でいいじゃない。なんで丸ごとなのよ」

 

「丸ごとのほうがいいかなって! スーパーさんも酷くないっすか? 内臓処理お願いしたらついでに鱗もとってくれればいいのに!」

 

「まあまあ落ち着いてよルミちゃん。材料がイマイチだっただけでルミちゃんの腕が悪いわけじゃないから。才能はとってもあると思うよ!」

 

「イッチー! お前はほんまにええやつやな!!」

 

 

ルミは隼世にしがみつくと、頭をなでくりまわす。

名前が書ければ入れるという高校に入学したルミは、一年目で留年。その後は高校を中退し、周りの勧めで定時制の高校へ入学。

そこを何とか卒業し、以後は花嫁修業中である。

相変わらず部屋着なのに露出が高く、以前よりも少しだけ伸びた髪の色はころころ変えている。

金髪からアッシュグレー、現在は明るい茶色に落ち着いていた。

しかしと岳葉は思う。最近のルミは――

 

 

『イッチー、おつぴこ~』

 

『マジまんじぃ』

 

『チーズゥ、のびのんびぃー』

 

『タピオカうんめぇー。ずっとタピっててぇー』

 

 

などと以前よりもアホになった気がする(失礼)。

 

 

「もっと簡単なのからすればいいのに。カレーとか、しょうが焼きとか」

 

 

テーブルには瑠姫が作ったしょうが焼きが並んでいる。

彼女いわく、しょうが焼きは適当にやっても失敗しない料理らしいが、そんな適当なものじゃなくてしっかりと美味しい気がする。

ルミも不満そうにしながらも、自分が作ったアクアパッツァには目もくれず、姉のしょうが焼きをバクバク食っている。

 

 

「悔しいけど飯が進むぜ。イッチー、アタシにおかわりを」

 

「うん。どれくらい食べる?」

 

「いっぱい!」

 

 

隼世はルミのご飯をよそいに立ち上がる。

 

 

「ちょっとルミ、隼世さんに甘えすぎ! 自分で行きなさいよ」

 

「えー、いいじゃん! イッチーの方が炊飯器に近いんだからっ!」

 

 

ルミはそこで鼻がムズムズ来たのか、ティッシュを探す。

すぐに見つけた。手を伸ばす。しかし届かない。

 

 

「ぐっ!」

 

 

ならばと横にあったマジックハンドを掴むと、それを使ってティッシュの箱を掴み、引き寄せる。

 

 

「横着!」

 

「いいじゃないか! 人類の進化と言っていただきたい!」

 

 

マジックハンド捌きなら自身がある。

テレビのリモコン、エアコンのリモコン、漫画、ゲーム、なんでも取れるようになったとルミはアームをカチャカチャしながら笑った。

 

 

「……太るわよ、ニート」

 

「はー? イッチーは肉付きのいい女の子が好きなんですぅ。あとニートじゃねーし! 花嫁修業中だしぃ! 間違えんなしぃ!」

 

 

言い合う姉妹を、戻ってきた隼世が宥める。

よくある光景だった。岳葉はそれを見て小さく笑う。この空間は落ち着く。楽しいと心から思えた。

お酒も進み、笑う声も多くなっていく。

隼世たちは岳葉の失った時間を埋めるように、よく昔の話をしてくれた。

 

 

「ねえルミ、隼世さん。あの話したっけ? フフフ……、ほら、救急車」

 

「る、瑠姫さん。それは別に言わなくてもいいんじゃないかな?」

 

「どうして? 素敵な思い出だと思うけど。ねえルミ」

 

「え、えー、お恥ずかしながらアタシとイッチーは恋人さんでして。そうすると、まあ、その、そういうことも嗜みもうして……」

 

 

あれはまさに初めての夜だった。

お互い経験がなく、それは了解してのことだったが……。

 

 

『イデデデデデデデデデ!!』

 

 

ルミ選手、迷わず119番をタップ。レスキュー緊急出動要請!

 

 

『すみませんっ! 血が出ました!!』

 

『落ち着いてください! どこからですか?』

 

『おまたからですっっ!!』

 

 

瑠姫は必死に笑いを堪えながら状況を説明する。

 

 

「夜眠っていたら救急車が家に来て、何事かと思ったら、フフフ……!」

 

「いやッ、まさかあんなにエグいとは……。ねえイッチー?」

 

「あ、ああ。救急隊員さんの、あの軽蔑に満ちた目は一生忘れないよ」

 

 

二人は顔を合わせて恥ずかしそうに笑う。

 

 

「そういえば岳葉くん。あれは見たっけ、ルミの日記」

 

「え? 知らないな……」

 

「そりゃあ? 日記は見せるものじゃないもん」

 

「見せてあげてよルミ」

 

「えー? いや、だからさ、アタシずっと三行日記っていうのやってて」

 

 

ルミは散らかった棚をあさり、一冊のノートを取り出す。

受け取った岳葉は、さっそく中身を確かめた。

 

 

15日(水)

・たまごかけご飯、おいしゅうございました。

・イッチーは今日もかっこいい。

・プロゲーマーになろうとアタシは誓う。意思は固い。

 

 

16日(木)

・玉子焼きは難しいからもうやらない。

・ひるねした

・本を読んだ。面白かった。

 

 

17日(金)

・コーヒーをブラックで飲んだ。アタシも大人になっちまったもんだ

・残念だがプロゲーマーは諦めることにした。人には向き不向きがある

・イッチーの家で映画を見た。面白かった

 

 

18日(土)

・からあげを勉強しようと思ったが、油を使って火事になるといけないのでやめた

・ひるねした

・掃除しようと思ったがやめた

 

 

19日(日)

・プリキュアを見た。かわいかった。声優になろうかな。

・ゲームをした。たのしかった。

・マンガを買った。面白かった。

 

 

20日(月)

・イッチーとチューした。

・ひるねした

・プロゲーマを再び目指そうと思う。アタシは諦めない

 

 

21日(火)

・イッチーがアタシのみそしるを美味いと言ってくれた。とってもうれしい。

・ひるねした

・プロゲーマーを諦めようと思う。残念ながら現実は厳しいものなのだ

 

 

「ね? すっごい頭の悪い内容でしょ?」

 

「ほ、ほ、本当だ! 悪い! ってか結構ひるねしてるなぁ」

 

「ちょっとお姉ちゃんッ! タケちゃんも返せっ!」

 

 

四人ともビールをそれなりに飲んでいたからだろうか。凄く面白くてゲラゲラ笑った。

 

 

「ねえルミ、今はさ、二人きりの時は隼世さんのことなんて呼んでるんだっけ?」

 

「イチち!」

 

「隼世さんは?」

 

「……ルミち」

 

 

真っ赤になって恥ずかしそうにしている隼世を見て、みんなは腹が痛くなるほど笑った。とても楽しかった。とてもいい気分だった。

しかしふと、隼世が『楽しくない』顔をした。

 

 

「また仮面ライダーに変身できるようになった」

 

 

瑠姫とルミの表情が変わった。

 

 

「僕はもうずっと前から変身できる。岳葉は今日から」

 

「そう。そうなの」

 

「ふーん」

 

 

意外と瑠姫たちのリアクションは薄かった。

岳葉がいるのだ。死んだ人間が生き返ったのだ。

いつかは何かが起こるだろうと思っていたし、なんだか最近物騒な事件が報道され始めた。

 

 

「でもちょっとビックリ。ね、お姉ちゃん」

 

「まあ、でも私は知ってたし」

 

「は!?」

 

 

隼世はばつが悪そうに笑った。

というのも、以前瑠姫に立木といるところを目撃されたのだ。そのことを聞かれるうちに、つい話してしまったのである。

 

 

「ごめんルミちゃん。図書館で働いてるっていうのも嘘なんだ。本当は警察で働いてる」

 

「まじかよ! そりゃないぜイッチー!」

 

「本当にごめんっ! でも社会保険をちゃんとかけてくれるし――」

 

「ややや、そうじゃなくてぇ!」

 

 

ルミは不安そうな表情を浮かべ、隼世の裾を掴む。

 

 

「変身できたって事は、また……、危ない目に合うんじゃないかって……」

 

「正直――、否定はできない」

 

 

隼世と岳葉は頷きあい、先ほど起こったことを瑠姫たちにも説明した。

精液で人を殺害した異常な存在、亀頭バズーカー。そして仮面ライダーに変身した風間志亞という少年。

それを聞くと流石の瑠姫とルミも顔を青ざめる。

 

 

「精液って……。うへーッ!」

 

「ココに来る前に――」

 

 

岳葉は亀頭バズーカーの顔を見ている。

隼世は警察に岳葉を連れて行き、先日のラブホテルでの殺人事件で記録された監視カメラの映像を見せた。

するとやはり女性と共に部屋に入っていく亀頭バズーカーが確認できた。

つまり亀頭バズーカーは女性に挿入した状態であの一撃を発射したのだ。だから肉体が内側から激しく損壊していたのである。

もちろんそんなものは人間にできるワケがない。そして志亞の件もある。

 

 

「間違いなく、クロスオブファイアが僕らの世界に存在している」

 

「アマダムが蘇ったの……?」

 

「いや。もしそうだとしたら、ヤツの性格上、確実にコンタクトを取ってくるはずだ」

 

 

他にも気になることは多い。

隼世は今、仮面ライダー2号にしかなれなかった。しかし力が戻ったときは前回のように各ライダーの力を使うことができた。

 

 

「岳葉。キミが蘇生できたのは、ゴーストの力が復活したからかもしれない。アマダムはクロスオブファイアのことをある種の概念、あるいは文字通り魂のようなものだと言っていた」

 

 

仮面ライダーゴーストが示したのは『蘇生』だ。

主人公のタケルは実は最初から死んでおらず、死者は蘇らないと示されたシーンもあるが、映画では課長が死後の世界から戻ってきて、なおかつ夏の劇場版では魂や記憶、進化が存在すれば肉体を失っても現世に戻ってこられるとのシーンがあった。

それらは概念となり、ゴーストの力となる。

 

 

「クロスオブファイアは魂の炎。それが再び宿ったことで、キミの肉体も何らかの形で再生されたのかもしれない」

 

「ッ」

 

「もしくは、新たなる世界のルールが、この世界に生まれていたとすれば、どうだろう」

 

「新しい世界のルール?」

 

「たとえば怪人が生まれれば、ライダーも生まれる、とか」

 

 

岳葉は頭を抑えた。

彼自身、どうやって蘇ったのかは覚えていない。しかし何か記憶の片隅に覚えているような光景があった。

あれは――、荒野? そして何かがあったような……。誰かがいたような。

 

 

「思い、出せない。それに俺も隼世も変身できるライダーが一つに絞られたってことは、クロスオブファイアが弱まってる……、のか?」

 

「可能性はある。もしくは形態そのものが変わったかだ」

 

「え?」

 

「キミのバイト先の高校生、志亞はV3に変身した。クロスオブファイアの拡散が何らかの形で行われていたとしたら……。たとえば風間志亞の他にも仮面ライダーになった者がいるかもしれない」

 

「そ、それは――……、それは大変だ」

 

 

かつて岳葉は仮面ライダーの力を自分の欲望のために使った。

志亞や、他にもいるかもしれない変身者が同じことをする可能性は十分にある。

 

 

「岳葉、僕と一緒に、水野町に来てくれないか」

 

「水野町? って、あ、あ、海水浴で有名な?」

 

「そう。最近、そこで首のない遺体が見つかったんだ」

 

 

問題は死体のほうだ。腕には大きな刃物がまるまま埋め込まれていた。

つまり人間の体の中に、刃物を入れていたのだ。

あきらかに普通ではない。おまけに最近報告されている猟奇殺人事件の発生場所から考えるに、現在犯人たちが水野町に潜伏している可能性は高いと。

 

 

「おそらくただの殺人犯ではない。クロスオブファイア所持者ではないかと僕は睨んでる。だから頼む、協力してくれ岳葉」

 

「あ、ああ。う――ッ、分かった」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 

そこで都合が悪そうに瑠姫が手を上げる。

 

 

「実は、私も水野町に行く予定があって……」

 

 

現在お世話になっている保育所の園長からのお願いだった。

水野町に友人が営んでいる託児所があるのだが、スタッフが入院することになってしまい、人手が足りなくなってしまったのだとか。

そこでもしよければ一週間ほど、瑠姫に応援に行ってくれないかと。

 

 

「それで、OKしちゃった」

 

「大丈夫なのか瑠姫……? あ、あぶっ、危なくないか?」

 

「うーん、まさかそんなことになってるなんて知らなかったし」

 

 

岳葉としては心配だったが、隼世は悪くないかもしれないと言う。

そもそも、この町で亀頭バズーカーに出会ったのだ。どこにいても危険があると言えばそう。

なので、なるべく近くにいてくれた方が守りやすいというのがある。

 

 

「ふむふむ。話は分かった」

 

 

ルミはマジックハンドで、床にあったフリーペーパーをキャッチして引き寄せる。

パラパラとめくると、お目当てのページを見つけた。

水野町の観光案内だ。それを開き、ニヤリと笑った。

 

 

「翠山ルミも参戦しますよ!」

 

「ルミってば。いいわね、ニートはお気楽で」

 

「花・嫁・修・業・中! ニートじゃないから! そこは譲れないからッッ!」

 

 

翠山姉妹も虚栄のプラナリアを経た後だから、割とたくましくなっている気がする。

隼世は困ったように笑い、岳葉も釣られてヘラヘラと笑みを浮かべていた。

食事が終わると、隼世がタクシーを呼んでくれたので岳葉はそれに乗って家に帰った。

時間は21時34分。明かりはまだついており、母親が出迎えてくれる。

岳葉の母は、お弁当の工場で働いており、朝は早い。もう眠るようだ。

 

 

「おやすみ。ちゃんと歯磨きして寝てね」

 

「わ、分かってるよ。もう、こッ、子供じゃないから分かってるって」

 

「それもそっか。でも親なんてね、いつまでも子供が子供に見えるものなの」

 

 

母はそう言って笑い、寝室に向かっていった。

心なしか昔に比べれば痩せている気がする。岳葉は嫌な汗が滲むのを感じ、グッと拳を握り締めた。

母は、父が亡くなってからもニートの自分を支えてくれていた。

バイトが辛いと思っていた今なら、母の苦労や苦しみ、そして偉大さが少しは理解できる。

志亞に言われたことは傷になった。虚栄のプラナリアは今も胸に張り付いている。苦しい、苦しいが――、やはり岳葉は『生』を望んだ。

 

 

(と、とととにかく今は母さんに苦労をかけさせないようにしなければ……)

 

 

翠山家を出るとき、隼世にそれとなく言われた。

正式に警察協力することになれば、当然『給料』も発生する。命に関わる内容だし、ましてや人類の未来を左右する件であるため、金額は多い。

たくさん稼げば、母に楽をさせてあげることができる。もっと良い家に住めるし、欲しいものは何でも買ってあげることができる。

頑張らなければ。岳葉は歯を食いしばり、虚空を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

「ボガボゲゴガバブッッ!!」

 

 

便器の中に茂男が沈められている。

ゲラゲラ笑っている男子たちの中で、部賀も楽しそうに笑い、写真を撮っていた。

 

 

「アイツ、なんで先生とかに言わねーんだろうな」

 

「さあ」

 

 

その後、屋上で部賀と志亞は肩を並べていた。

部賀はタバコを吸うため、志亞は人が少ないところが好きだからだ。そもそも屋上は立ち入り禁止だが、無理やり鍵をこじ開けて入った。

柵のほうに近づかなければ、気づくものもいない。

 

 

「この間もな、ムエタイごっこって言って適当にボコボコにしたんだけど、ヘラヘラヘラ、気持ち悪いよな」

 

「ああ」

 

「なんでオタクって皆ああなのかね? どっか障害でも持ってんじゃねーの?」

 

「………」

 

「つうかさ、アイツまだウルトラマンとかプリキュアみてるらしいぜ。マジで犯罪者予備軍の匂いがするよな。絶対電車とか好きだぜ」

 

「………」

 

「ぶさいくだしクッセーし、俺が茂男ならもう自殺してるわ。ははは」

 

「………」

 

「おい志亞、どうしたんだよさっきからスマホ睨んでさ」

 

 

志亞は携帯電話のディスプレイを睨んだまま動かない。

 

 

「別に。わずらわしくて」

 

「んー? はは、なにこれ? 彼女? めっちゃメッセージ送ってくるじゃん。メンヘラってヤツ?」

 

「かもな。殺したい。この前も殴ったのに全然懲りてない」

 

「ハハハ。いいねぇモテ男は。俺にも回してほしいよ」

 

「欲しけりゃやるよ。ゴミ女だ」

 

「いらねーよ。お前が突っ込んだ穴に入れたくねーし」

 

 

志亞は舌打ちをして携帯をしまう。

 

 

「なに? 返信したの?」

 

「ああ。会ってほしけりゃ整形してこいゴミブスって」

 

「あーあー。つか、なんでそんなのと付き合ったの」

 

「気の迷いだった。どうしても付き合って欲しいって言われたから」

 

 

志亞は舌打ちをして空を見上げる。

 

 

「くだらない……!」

 

 

そこで部賀がタバコを吸い終わったので、二人は下校することに。

部賀は吸殻を茂男の下駄箱に入れて笑っていた。

 

 

「どう? これからケンたちとダーツ行くんだけど、お前も来る?」

 

「興味ない」

 

「あっそ。え? え? ってかなにそれ」

 

 志亞は道に停めてあったバイクにまたがるとエンジンを入れる。

 

「貰った」

 

「マジで? 誰から? なんぼすんの?」

 

「親戚。値段は知らん」

 

「へぇ。でも免許持ってたっけ?」

 

「いらん」

 

 

そう言って志亞はアクセルグリップを捻ってさっさと走り去った。

残された部賀はしばらく沈黙していたが、やがてヘラヘラ笑い始めた。

 

 

「だっせぇバイク」

 

 

 

 

 

物心ついたときから両親の仲は悪かった。

母はよく万引きを行い、父に迷惑をかけていた。

今でこそ理解されてきてはいるが、当時はただの頭のおかしい女としか認知されず、喧嘩の数も増えてきた。

父も父だ。頭の固い昭和の男で、母の事情を知ろうとせず、すぐに手が出ていた。

幼い兄妹はどうすることもできず、ただ子供部屋で気分の悪い時間を過ごすしかない。

 

 

「離婚するかもな」

 

 

小学生でも理解できた。妹は泣いていた。

 

 

「やだ、ユキ、お兄ちゃんと離れたくない」

 

 

母親に似た兄と、父親に似た妹。皮肉にもどちらも顔は良かった。

幼い少年は平然な顔をしていたが、実は心の中で誰よりも恐怖していたのかもしれない。彼は、必死に、何かを求めていた。

 

 

「ユキ、お兄ちゃんと結婚する」

 

 

無知な妹と唇を重ねたのは、その日が最初であった。

 

母がいなくなっても、生活の質は特に変わらなかった。

もともと家事もまともにできない女だ。食事一つろくに作らなかったために、惣菜や弁当の日が増えても兄妹の心に変化はない。

むしろ父が帰ってくるのは夜なので、必然的に二人の時間が増える。それは兄にとっては好都合であった。

 

ユキはやがて妻になる女だ。兄は大切にしようと思い、愛情を注いだ。

だがしかし人を形成する教育は兄だけが全てではない。主に学校が人となりを作り上げていく。

友人、教師、大人になりたい子供たちはつい背伸びをして、周りに合わせ、言いたくもないことを口にする。

だから高校一年の夏、ユキに気持ちわるいと言われたときは理解ができなかった。

 

 

「異常だよ。狂ってる」

 

 

だって私たちは――、兄妹なんだよ?

そんな当たり前のことを言う妹を、兄は初めて軽蔑した。

兄妹だからなんなのか。自分たちはそれを理解していて、ああいうことをしていたんじゃないのか。

まさかお前は、あのプレゼントを、あの一緒に入ったお風呂を、あの夜のキスを、兄妹のスキンシップだとでも思っていたのか?

それは違う。だって俺たちは――……。

 

 

「バカなんじゃないの? どっか、頭ッ、おかしいんじゃない!?」

 

 

意味が分からなかった。

 

 

「確かにさ、昔は結婚しようって言ったかもしれない。でもそんなの子供の言うことじゃん! 本気なワケないでしょ!? ちょっと考えれば分かるよね?」

 

 

違う。妹は周りの悪影響を受けているだけだ。

兄は詰め寄った。妹を取り巻いている悪しき環境を全て無くしてやろうと思った。今までみたいに。

だが、妹にとってはそれが窮屈だったようだ。ある日、携帯を見せられた。

 

 

「ねえ、見て、これが誰か分かる?」

 

 

頭の悪そうな男だった。兄が一番嫌いなタイプの人間だった。

 

 

「私の彼氏。この人とね、セックスもしたの」

 

 

タチの悪い冗談だった。

 

 

「お父さんはおかしいし、アンタもおかしいし、私もうこんな家にいたくないの」

 

 

ふざけるな。父がおかしいのは認めるが、俺は違う。兄はそう叫んだ。

いや、そんなことよりも妹が言った言葉が許せなかった。冗談でもそんなことを言うな。

お前は俺と婚約しているんだ。まさかそんな男に処女を捧げたのか。冗談じゃない。冗談じゃ――

 

 

「きもちわるい」

 

 

兄はその日、はじめて妹を殴った。

もうあの頃のユキはどこにもいなかった。ユキはその日、家を出た。

帰ってくることは無かった。

 

 

「落ち着いて聞いてください。お父さんは、若年性アルツハイマーの疑いがあります」

 

 

それを告げられたのが翌日であった。

もともと物忘れが激しいと思っていたが――、ふざけるなと思った。

母が去り、妹が去り、そして残ったのは病気の父だけ。なんだこれは、なんなんだこれは。

どうしてこんな……! ああ、イライラする。

志亞は昔を思い出し、激しい憎悪を覚えた。

 

 

「父さん。これ、着替え、置いておくね」

 

「ああ。すまないな……。ええっと」

 

「志亞だよ」

 

「そう。分かってるよ。あと、あの、あれだ……」

 

 

父は現在、職場の人が紹介してくれた施設で暮らしている。

 

 

「あれは、なんだったかな……?」

 

 

病の進行は早いほうだと言われた。志亞は適当に頷き、さっさと父を置いてハリケーンを走らせた。

なぜ自分だけこんな目に合わなければならないのか。志亞は自分が乗っているハリケーンを見つめ、ため息をつく。

仮面ライダーになれた。なりたいと思ったのは、復讐のためだ。

 

虚栄のプラナリアは詳しく報道されることはなかったが、ネットでは都市伝説の一種として語られていた。

中でも仮面ライダーが幼い子に乱暴したというのは、暴行の類ではなく性的な意味を含めるのだと噂されていたが、志亞もそう思った。

被害者探しが行われるなかで、紫の名前も出た。

写真もあった。紫は美人だった。志亞の中で何か大きな感情が芽生えた。

あれは――……。

 

 

「!!」

 

 

信号のない横断歩道。考え事をしていたからか、人が前にいることに気づくのが遅れてしまった。

志亞は急ブレーキをかけ、ハンドルを急旋回する。

ハリケーンが倒れ、シートから投げ出された志亞は地面を転がった。

これがまったく痛くなかった。間違いなくライダーになったのだと志亞は思った。

 

 

「あのっ! 大丈夫ですか!?」

 

 

綺麗な声が聞こえた。志亞が顔を上げると、そこには小さな女の子が心配そうな顔をしていた。

細い体、肩よりも少し長い黒髪のクセッ毛、丸い瞳。まだ子供だろうに随分と整った容姿の美少女だった。

志亞は彼女のことを安心させてあげなければと思った。どちらかと言えば悪いのは自分だ。

なのに少女はまるで自分のせいみたいな顔をして震えている。優しい人間が悲しむのはあまりフェアじゃない。志亞はずっとそういう考えであった。

 

 

「ああ。大丈夫だよ。ちょっと転んだだけだから」

 

「で、でもっ、テレビで見ました。転んだときは何もなくても後で体が悪くなるかもしれないって……!」

 

「本当に大丈夫。スピードも出てなかったし、オレ普通の人間よりも頑丈だし。それにほら、ヘルメットもしてたし、どこも血が出てないでしょ?」

 

「だけど……」

 

 

志亞は笑みを浮かべ、少女の頭を撫でた。

 

 

「じゃあ病院に行こうかな。キミも見てもらいな」

 

 

志亞は少女を乗せて病院に走った。

少女は速いとか、凄いとかはしゃいでいた。

なんだか懐かしいと思った。

 

 

「異常はありませんね」

 

 

志亞は病院でそう言われた。

バイクで転んだ。そういうとレントゲンも撮ってくれた。志亞は自分の体がどうなっているのかが知りたかった。

仮面ライダーV3、ネットで調べればすぐに情報は出てきた。どうやら改造人間らしいので、自分の体にも異変が起こっているかが気になったのだ。

 

しかし結果として、なんともなかった。

医者も何も言わなかったし、写真も普通の人間のソレだった。しかしトイレで念じてみると、簡単にベルトは出てきた。

消えろと念じると、簡単に消えた。待合室に戻ってしばらくすると、女の子も戻ってきた。彼女もなんともなかったようだ。

ふたりは一緒に病院を出る。女の子はハリケーンが消えているのを不思議がった。志亞は友達が持っていったと嘘をついたが、本当はこれも念じるだけで簡単に消せる。

二人は近くの公園のベンチに座った。志亞が近くにあった自販機でココアを買ってあげると、女の子は嬉しそうに微笑み、お礼を言ってくれた。

 

 

「ふぅふぅ」

 

 

女の子がココアを冷ましている。志亞は微笑んだ。

 

 

「そういえば名前聞いてなかったね。オレは風間志亞」

 

「あ。夢丘(ゆめおか)珠菜(たまな)です」

 

「へえ、良い名前だね。いくつ?」

 

「11歳。五年生です」

 

 

珠菜はココアをコクコクと飲む。

 

 

「おいしいです!」

 

「ふふ、良かった。それを飲んだら送るよ。家はどこ?」

 

「……水野町です。ここには電車で来ました」

 

 

分かりやすく珠菜の表情が沈んだ。

 

 

「旅行……、ってワケでもないか。もしかして家出とか?」

 

「そう、なのかな?」

 

「お父さんとお母さん、心配してるよ」

 

「わたしッ……、お父さんと、お母さんが、いないんです」

 

「そっか。まあ、オレもだから、仲間だね」

 

「え? 本当ですか?」

 

「うん。なんかアレかな? たまに凄く全部が面倒になるっていうか。嫌になるっていうか……。そういう時、ない?」

 

「凄く、分かります。わたしもそうだったから、どこかに行きたくて……」

 

 

でも無計画だった。お小遣いだって少ないし、子供だけじゃホテルに泊まれないと聞いたことがある。

野宿は――、怖い。

 

 

「何もしないで、帰っちゃうのかな……」

 

 

珠菜はココアの缶を見つめ、しょんぼりと肩を落とした。

 

 

「あの、志亞さん。もし良かったら……、本当に良かったらでいいんですけど」

 

「うん、なに?」

 

「わたしと……、と、友達になってくれませんか?」

 

「いいよ」

 

「え? 本当っ!?」

 

「ああ。じゃあ、どこか遊びに行こうか」

 

「はい!」

 

 

二人はカラオケに行って歌い、ゲームセンターでぬいぐるみを取った。

夜は可愛らしいカフェで食事を取り、ショッピングモールを適当にブラブラして、志亞は珠菜がジッと見つめていた服をこっそりと買ってプレゼントした。

珠菜は何度も何度も志亞にお礼を言った。嬉しそうに笑っていた。

志亞も笑った。

 

 

「今日は本当にありがとうございました。わたし、とっても楽しかったですっ!」

 

 

珠菜は買ってもらった服と、クレーンゲームでゲットした犬のぬいぐるみを抱えて笑っていた。

たいした金額じゃないのに大切そうに抱える珠菜はとても可愛らしい。

しかし笑っていた彼女も、やがて寂しそうな顔を浮かべる。

 

 

「意味が、できました」

 

「?」

 

「たまに、すごい仲間ハズレされちゃったみたいに感じるんです」

 

 

町から、人から、世界から。

凄まじい孤独感。疎外感。迫害された少女は寂しげに笑う。

 

 

「たくさんの人に出会ったけど、それでも、ひとりぼっちに感じる時があるっていうか。でも、今日はそんなことありませんでした」

 

 

珠菜は志亞を見て微笑んだ。随分と儚げな表情だった。

少しでも目を逸らせば、彼女は消えてしまうのではないか。志亞はなんだか怖くなった。

 

 

「今日は、志亞さんがいてくれたから……」

 

 

珠菜は空を見る。星が瞬いていた。

 

 

「帰りたくないなぁ……」

 

 

それはほぼ無意識だった。志亞は珠菜の肩に触れる。

 

 

「帰りたくないなら……、帰らなくてもいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「もし良かったら、オレの家に泊まる? オレ、一人暮らしだから、気を遣わなくても大丈夫だよ?」

 

 

珠菜は少し驚いたような表情をしたが、すぐに上目遣いで志亞を見る。

 

 

「ほ、本当に、いいの?」

 

「ああ。いい、いいよ! だからッ、でも……! その代わり――ッッ!!」

 

 

珠菜の言うことを、志亞は心から理解できた。

孤独感。倦怠感。疎外感。鬱々とした毎日のなかで、誰も、何も与えてくれない。衝動も、感動もとっくに忘れ去ったと思っていた。

けれど今日、珠菜に出会って、志亞は心から楽しいと思えた。

志亞は珠菜の心が分かった気がした。だから彼女が自分を分かってくれるのではないか。そんな気がしたのだ。

 

 

「そのかわりッ! や、柔らかおみ足ハムハムしていい?」

 

 

ずっと気になっていた。

珠菜はパーカーを着て、下はショートパンツだった。

そこから見える白い太ももは、痩せすぎておらず、ほどよく肉がついている。

 

 

「え?」

 

 

珠菜は目を見開き、困惑の声を漏らす。

志亞は岳葉が許せなかった。触れてはならない、それは暗黙のルールだった筈だ。

なのに岳葉はそれを破り、紫ちゃんに手を出した。

 

志亞は嫉妬で狂いそうだった。

初めてV3になった時、志亞は己の心の叫びを聞いた。

紫ちゃんの赤ちゃん部屋は、オレが満たすはずだったのに。そう思い続けるだけで良かったのに――、と。

だがそれは愚かな考えであったと今になってつくづく思う。

紫よりも珠菜は美少女であった。というよりも志亞の好みであった。儚く、それでいて可愛らしい。

 

 

「よく分からないけど……」

 

 

珠菜は志亞の瞳の奥に、深くて暗い闇を見た。

 

 

「わたしは、いいよ」

 

 

しかし珠菜という少女は、今、闇の中に逃げ込みたかった。

だから都合が良かった。そして志亞が自分を分かってくれる。理解してくれると思ったから、珠菜は何でも良かった。

割と、どうでも良かった。

だから二人は志亞の家に向かう。ハリケーンに乗って向かう。

 

 

「お願いします。連れてって」

 

 

珠菜はギュッと志亞の腰を掴んだ。志亞はハリケーンのスピードを上げる。

二人はジュニアアイドルのDVDがたくさんある部屋に。定期購読中の"小学生の女の子たちがいっぱいセックスしているマンガ雑誌"が山ほどある部屋に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

クロスオブファイアの波紋が広がっている中、ひときわ大きく燃える塊があっても不思議ではない。

見よ。レジェンドライダーの胎動。一人の男がこの地に降り立っていた。

 

 

「すみません。ちょっといいですか?」

 

「はい?」

 

 

仕事帰りのお姉さんが振り返る。そこに一人の青年がたっていた。

エスニック風の格好をしており、外にハネた髪が特徴的だ。

 

 

「オレ、火野(ぴの)映司(えいじ)って言います。探してる人がいて、何か知りませんか?」

 

 

話を聞くと、消えてしまった親友を探して旅をしているらしい。

 

 

「アンクって言うんですけど……」

 

「ごめんなさい。ちょっと分からないですね……」

 

「そっかぁ。分かりました。どうもありがとう!」

 

「はい。見つかるといいですね」

 

「アイツ、いつもフラフラしてて。そうだ! お姉さんの体の中にアンクがいるかもしれない。とりあえずセックスして確かめてもいいですか?」

 

「え?」

 

 

お姉さんの表情が歪んだ。

そのまま、しばしやり取り。

 

 

「本当ッ、無理なんで、やめてください。警察呼びますよ!」

 

 

映司はヘラヘラ笑っていた。

お姉さんはそこで、この男が危険な人物だと確信した。

携帯を手にすると、走り出す。

 

 

「わあ! ちょっとお姉さん! どうして逃げるの!? もしかしてグリード!? まいったな……。戦いたくはないけど、運命からは逃げられないか」

 

 

映司はリュックからオーズドライバーを取り出すと、それを腰へ装着する。

そしてポケットからメダルを三枚取り出し、オーズドライバーへセットする。

 

 

「変身!」「タカ!」「トラ!」「バッタ!」「タ・ト・バ! タトバタトバ!」

 

 

仮面ライダーオーズは走り出す。

 

 

「ひっく! ぐっす! う゛ぇぇええぇえん゛ッッ!!」

 

 

十分後、お姉さんは号泣していた。

頬は赤く腫れ、鼻血が出ている。両腕は青く腫れあがっており、骨折しているのだということが分かった。

一方でオーズは必死に腰を振っていた。お姉さんのパンツは頭に被っている。これは明日のパンツ、映司にとっては大切な道しるべであった。

 

 

「アンクはここか? それともココかな!?」

 

 

チャンスは――、今か?

オーズは傍にあったオースキャナーを掴むと、ベルトにかざしてスライドさせる。

 

 

「スキャニングチャージ!!」

 

 

射精。

 

 

「うッ!」

 

 

オーズは変身を解除して、映司に戻ると、お姉さんから離れた。

 

 

「アンクはココにはいなかったか。って、ん?」

 

 

映司は訝しげな表情を浮かべると、お姉さんの股に顔を突っ込んで、性器から垂れる白濁の液体を睨んだ。

 

 

「あ!」

 

 

気づく!

 

 

「これアンクじゃなくてマンコォオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 





すみませんでした(´・ω・)

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