仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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第8話 孤独なマリア

 

 

「ッ、岳葉! 何をしてるんだ! 戻ってきてくれ!」

 

 

2号とエックスはトカゲ面と交戦中だ。やはり他の二人とは違い、トカゲ面の戦闘力は高い。

まず恐れがなかった。迫るライドルホイップをチェーンソーで確実に弾き、ノコを容赦なく押し当てようとする。

生身で仮面ライダーの攻撃に立ち向かっていくのもそうだが、先ほどの発言や実際にチェーンソーを振るう際の殺意は明らかにただの人間ではない。

 

 

「あぶなッ!」

 

 

攻撃を回避するエックス。ライドルスティックにチェンジすると、それを思い切り振るう。武器がぶつかり合う。

市販のチェーンソーよりも改造が施されているのか、ライドルと打ち合ってもある程度は持ちこたえられるようだった。

とはいえ、すぐにトカゲ面が吹っ飛ぶ。

2号がタックルで割り入ったのだ。腰をがっちりと掴み、そのまま引き倒す。

衝撃で武器も離れた。チャンスだ。2号はすぐに――

 

 

「!?」

 

 

トカゲ面の目から血が吹き出てきた。トカゲ面が痛い苦しいともがき始める。

 

 

「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 

 

2号が心配そうな声を出したとき、トカゲ面は思い切り腕を振って、フックで2号の頬を叩いた。

 

 

「うッ!」

 

 

脳が揺れる。

トカゲ面はその隙に横へ転がって2号を振り払う。少なくともただの女に出せる力ではなかった。

2号は倒れながら思い出す。そういえばトカゲの中には目から血を出して外敵を威嚇する種がいたような。

まんまと騙されたわけだ。

 

一方でトカゲ面は走り、地面に落ちた二つの武器を取りに走る。

しかしノコのほうにはエックスが走っていた。トカゲ面は諦め、チェーンソーに飛びついて回収、地面を転がって素早く立ち上がる。

だがトカゲ面は油断していた。エックスには飛び道具がある。ライドルでXを描くと、その斬撃が発射されて直撃。爆発を起こす。

 

 

「ギギギギギィィ!」

 

 

トカゲ面は血を撒き散らしながら倒れる。

いくら普通の人間よりかは頑丈とはいえ、それなりの威力を持ったライダーの攻撃には耐えられなかったようだ。

 

 

「エックス! ここは頼む! 僕はラブミートを!」

 

「了解!」

 

 

エックスはライドルをロープモードへ。

ライドルが鞭のようにしなり、伸びる。

さらにライドルを振るえば、赤い先端部分が一人でに飛行、すぐにトカゲ面をぐるぐる巻きにして動きを封じた。

 

 

「ほッ!」

 

 

エックスはロープを強く引き、一本釣りのようにトカゲ面を引き寄せた

同時に光る複眼。威力は最低にして、発光する足を斜め上に伸ばす。

 

 

「エックスキック!」

 

「ギャアアアアアアアア!」

 

 

足裏に張り付いて回転するX状のエネルギー。

それはトカゲ面に直撃すると、弾き飛ばして完全にノックアウトしてみせる。

一方で2号は全速力で走り、ラブミートを追いかけていった。

どうやらヤツは1号がいなくなったとみるや、ひまわりの里に向かって走り出したのだ。

発砲音が聞こえる。警官が撃ったのだろう。しかしラブミートはミルクちゃんを盾にして加速していく。

 

 

「ミルクちゃんのためにぃいいいいいいい゛ッッ!」

 

 

変化は一瞬だった。ラブミートガイジの左腕が変質し、巨大な刃物に変わる。

警官たちを切り伏せ、ラブミートは尚も走る。だが2号のほうが早い。地面を蹴って跳躍、腕を伸ばせばラブミートをつかめる距離に入った。

しかしそこで銃声。2号の体から火花が散って、墜落していく。

 

 

「なんだ!?」

 

 

素早く立ち上がると、再び火花。

痛みを感じて2号の体がきりもみ状に回転して再び地面に伏せる。

 

 

「うぎゃ!」

 

 

エックスに一撃。

 

 

「!!」

 

 

アマゾンに一撃。

倒れる三人。顔を上げると、そこにはきらめく緑色の鎧が見えた。

 

 

「なに!?」

 

「メロン……?」

 

 

エックスとアマゾンはピンと来ていないようだが、2号の声色が変わった。

 

 

「斬月だと!?」

 

 

ライダーオタクの記憶は消えちゃいない。

かつて全てのサブライダーの力を手に入れたが故に分かる。

 

 

「知ってるの? 2号さん!」

 

「あ、ああ! 仮面ライダー鎧武に登場するライダーだ! だが、しかしッ!」

 

 

何故ここに存在しているのか? である。

自分達と同じクロスオブファイア所持者なのか。

だとすればなぜ昭和ライダーの流れがあって鎧武の――、それも斬月なのか。2号にはサッパリ分からなかった。

ただひとつ分かることがあるのなら、穏やかな状況ではないということだ。

斬月は2号に向けて光弾を発射、2号が腕をクロスさせてガードをすると、斬月は既に背後に回りこんでいた。

 

 

「速いッ!」

 

 

振り返る2号。振り下ろされた無双セイバーを受けてしまう。

さらに突きを胸に受けて火花が散る。しかし2号は踏みとどまると、左手で刃を掴んだ。

 

 

「捕まえたッ!」

 

「………」『ソイヤ!』

 

 

斬月は戦極ドライバーの小刀(カッティングブレード)を倒す。

 

 

『メロン・スカッシュ!』

 

 

無双セイバーに緑色の光が纏わりつき、激しい熱を放つ。

強化だ。2号は知っている。なので刀から手を離して、後ろへと離れていく。

 

 

「ぐっ!」

 

 

だがピッタリとついてくる斬月。

速い。高速移動が使えるのは知っていたが、侮っていた。

2号の肩からわき腹にかけて刀が入る。焼けるような痛み、そして蹴りが入り、2号は地面を転がっていく。

ここで斬月は左手に持っていたメロンディフェンダーを後ろへ投げた。

盾は高速で回転して空を疾走。近づいてきたエックスとアマゾンを撃ち抜き、さらに旋回してぶつかっていく。

 

 

「ごッッ!!」

 

 

アマゾンの腰に盾がめり込み、そのまま地面を滑っていく。

斬月は飛んできた盾をキャッチすると、無双セイバーを構えてエックスのもとへ走る。

エックスは後ろへ下がりながらライドルをロープモードにして振るった。赤い先端が不規則な動きで空中を移動し、斬月へ迫る。

だが斬月はその動きを見切っていた。光弾で先端を撃って弾くと、スピードをあげてエックスへ距離をつめる。

 

 

「うっ! ライドルホイップ!」

 

 

エックスはライドルをホイップモードへ。二人は早速と斬り合っていく。

エックスは突きを多用するが、斬月に斬り弾かれ、あるときは盾で防がれていく。

そもそも敬喜の型は映画やアニメで見た戦闘スタイルをなんとなくコピーしているだけだ。剣や棒術の心得など欠片もない。

それがまずかったのだろうか? 無双セイバーの一撃は重く、エックスの手からライドルがすっぽ抜けた。

 

 

「あ」

 

『ソイヤ!』『メロン・オーレ!』

 

「やばばっ!」

 

 

遅かった。エックスが踵を返して逃げ出したはいいが、斬月に追いつかれた。

盾を前にして思い切り突進された。シールドバッシュだ。

すると巨大なメロン型のエネルギーバリアが出現し、エックスの中に閉じ込める。

 

 

「う、うごけないよ! 出してー!」

 

 

エックスがもがくが無駄だった。

一方で腰を落とし、構える斬月。

まさに一瞬だ。振った刃がバリアごとエックスを切り裂いた。

 

 

「うあ゛ッ! うぐッ!」

 

 

エックスは煙をあげながら地面を転がっていく。

斬月は盾を構えると、それを思い切り投げる。アマゾンのところへ。

しかし二度も同じ手は食らわないか。アマゾンは飛んできた盾の動きを見切り、両手でキャッチしてみせる。

 

だが斬月も走っていた。

刀を振るうと、アマゾンは困ったように後退していき、すぐに体から火花を散らすことに。

アマゾンは盾を離すかどうか迷っているのだ。しかしこのままではアマゾンはまともに攻撃できない。盾を投げ捨てると、斬月と交戦する。

だがやはりと言うべきか。アマゾンが盾を放り投げた瞬間、盾はひとりでに浮遊。すぐに空中を飛び回ってアマゾンにぶつかっていく。

アマゾンの爪が空を切った。

一方で斬月の刃は確実にアマゾンを捉えていく。

 

 

「――ッッ!」

 

 

アマゾン、二回目のキャッチ。

そこで斬月は空中を舞い、アマゾンの背中を切った。

背中を蹴ると、アマゾンが前に出て行く。斬月は戻ってきた盾と無双セイバーを投げ捨て、小刀を三回倒した。

 

 

『ソイヤ!』『メロン・スパーキング!』

 

 

斬月が跳んだ。

右足を突き出すと、そこへ緑色の光が纏わりつく。

さらにあふれるエネルギーが、まるで果汁のように飛び散っていく。

 

 

「!」

 

 

アマゾンが我に返り、空を見上げると、そこには発光する足裏があった。

 

 

「グアァアア!!」

 

 

飛び蹴りが炸裂する。

着地して地面を滑る斬月。一方でアマゾンは倒れ、苦痛に声を荒げた。

 

 

「あ、あなた――ッ! あなたは……! 何者だ!」

 

 

アマゾンは先ほどからずっと感じていた。

これもまた、嗅いだことのない匂いであった。

一瞬、妖艶な香りかと思った。だが本能が感じている。この匂いをかいではいけない。

甘い香りとて、その奥に潜む毒が分かりやすければ、人はすぐに非難する。

そうだ。これは巨大な食虫植物。嗅げば嗅ぐほどに、近づけば近づくほどに――……。

死が、待っている。

 

 

「―――」

 

 

アマゾンが未知の感情に触れようとしたとき、斬月は無双セイバーを拾いにいく。

そして光弾を散らすと、煙と共に消えてしまった。

 

 

「なんだったんだ……?」

 

 

2号は立ち上がると、ハッとしてすぐに走り出す。

サイクロンを出現させると、シートに飛び乗ってスピードを上げた。

なぜなら既にラブミートガイジはひまわりの里の目の前だったからだ。

 

 

「お、おい! アイツこっち向かってきてないか!」

 

「そ、その確立は98%だと思います!」

 

 

ザワつく屋上。

しかしリセが指をさした。

 

 

「あれはなぁに?」

 

 

正和たちも見る。

ひまわりの里を守るように立った一つのシルエット。黒づくめの装甲、漆黒のマフラー。

しかし顔を覆うマスクだけは、白いドクロが輝いている。

まさにそれは――

 

 

「ライダーパンチ」

 

 

メリケンサック・『サンダーナックル』が音声認識をうけて電撃を発生させる。

ナックルを向かってきたラブミートへ打ち込むと、バチバチと音をたてて放電が開始される。

後退していくラブミート。すぐに腕の剣を振るうが、帯電中は動きも悪く感じる。漆黒のライダーは迫る刃を次々に交わすと、裏拳やフックで敵を撃つ。

距離が僅かに開いた。ライダーは走りだし、その加速に乗せて足裏をラブミートの腹部に叩き込んだ。

 

 

「ライダーキック!」

 

 

音声認識によって足裏が放電を開始する。

体を震わせて電撃を浴びるラブミート。そうしていると2号が追いついた。

痺れているラブミートを掴むと、背負い投げを。さらに掴んだまま空中へ飛び上がり、地面に叩きつける。

 

 

「ライダー二段返しッ!」

 

 

凄まじい衝撃に、ラブミートは白目をむいて動かなくなった。

 

 

「助かったよ。それが、例の?」

 

「はい」

 

 

黒いライダーはマスクを取る。

そこにいたのは隼世と同じバルドに所属している、滝黒響也であった。

 

 

「マリリンさんが作った。擬似ライダーです。オレがつけるから『滝ライダー』と呼んでいました」

 

「かっこいいね。仮面ライダースカルみたいだ」

 

 

バルドも確実に迫る異形に備えるために、ライダーシステムを応用してパワードスーツを作っていたようだ。

まだまだ試作段階だが、ガイジ相手には余裕を見せることができた。

戦いが終わった。周りにいた警官たちが集まり、処理を行っている。見れば刑事たちがトカゲ面に手錠をかけている。

 

 

「コイツの腕」

 

「ああ。波佐見と同型だろうね」

 

 

響也はマスクを取ると、マリリンに電話。情報を送っている。

2号は遠くのほうでへたり込む岳葉のほうへ向かっていった。

敬喜も刑事たちから水を受け取って飲んでいる。あとは斬月にやられた傷を見てもらっている。

その中で聞こえる声。正和たちが山路に駆け寄ってきた。

 

 

「やったなぁ! 山路ッ! 流石はおれの相棒だぜ!」

 

「正和くん。見ててくれたかな? 俺の活躍」

 

「見た見た! 最高だ! でもメロンのヤツにはやられてたな」

 

「まあ、今度はパフェにしてやるさ」

 

 

匂いが分からなかった。たとえるならば、全部香る。

どんな匂いにもなれる気がした。山路が臭いと思えば臭いし、良い匂いだと思えばそうなる。あるいはリセのような純粋な香りにも。

完全に悪い人でもないのかも。必殺技だって手加減されていたように思えるし。

 

 

「あ、待て! 変身解除すんなよ山路! 写真とって!」

 

 

アマゾンと正和が並び、ピースサインを浮かべて写真を撮る。

ミッちゃんたちも撮りたいと言ったので、二枚目は警察官の人に携帯を渡して、みんなで撮った。

 

 

「私ねぇ、やっぱりちょっと最近の水野町は少し怖かったけど……」

 

 

リセは少し恥ずかしそうにアマゾンから離れると、手で口を覆う。

ニヤけているのを見られるのが恥ずかしいのだろう。

 

 

「今は怖くないよぉ? だってねぇ、山路くんがいてくれるからぁ」

 

 

そうか。変われる気がする。変われるんだ。

アマゾンは喜びに満ち満ちていた。いつか正和と喧嘩をするだろう。

でもその喧嘩は、きっとお互いがお互いを思ってのことだ。だから僕らは分かり合い、もっと仲良くなる

いつかリセと恋をするのだろうか? 彼女とキスをして、子供を作る。リセは何が好きなんだろう? それを好きになろうとアマゾンは思った。

 

 

ここから――、全てが始まる。

 

 

「あ、そうだぁ! 山路くぅん。今日はねぇ、みんなを守ってくれたお礼にぃ、キミの好きなものを作るねぇ!」

 

 

ここから素敵な物語がスタートする。

山路が人として、人であれるための物語が。

 

 

「うれしいなぁ」

 

 

ドーン。

リセの右眼球がはじけ飛び、仰向けにバタリと倒れた。後頭部からはドクドクと血が流れ、あっというまに広がっていく。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

???

 

 

「姉ちゃん!?」

 

 

正和が姉に駆け寄った。

 

 

「おい大丈夫かよ姉ちゃ――、ぺびゅ!!」

 

 

正和の後頭部に穴が開いた。骨が割れ、脳と血が飛び散る。

 

 

「ぷにゃ!」

 

 

よく分からない高音を出して、正和は倒れた。

みんな、振り返る。ドーンと音がした方向を見る。

警官や刑事が血を流して倒れていた。その中心に立っていたのは『ノコギリトカゲ面』だ。

肘から細いノコギリが皮膚を突き破って伸びており、それで周囲を攻撃したのだろう。手錠はかけられていたが、鎖は繋がっていない。引きちぎったのだろう。

そして右手には銃が見えた。ハンドキャノン。少し小さめだが、威力は他のピストルよりはずっといい。

 

 

「あれ? ずっとノコギリ使ってたじゃない」

 

 

アマゾンの震え声。トカゲ面は頷く。

 

 

「矜持がどうとか言ってたじゃんよ」

 

 

トカゲ面は頷く。しかし彼女も悔しげに震えていた。涙が、ポロリ。

 

 

「私だってそうしたかったよ! でも仕方ないじゃん!」

 

「仕方なくないよ! ノコギリ好きなんでしょ!?」

 

「そ――ッ、好きだけどさぁ! 好きだけじゃやっていけないでしょう!? ノコギリギコギコやって貴方たちに通用した? しないでしょ! してないでしょう!? だったらしょうがないじゃない! そもそもさ、ノコギリで斬っても場所によっては大丈夫になるじゃん! なっちゃうじゃん! どうして分かってくれないの? ノコギリは好きだよ? 好きだけど――ッッ!」

 

「言い訳すんなよ!」

 

 

アマゾンに怒られた。トカゲ面はハンドキャノンを見て、涙をボロボロ流す。

 

 

「だってぇ、コレのほうが便利なんだもんよぉぉお!」

 

「ンンンンンンンンンンンンンンンンッツ!!」

 

 

アマゾン号泣。体を震わせ、ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。ダダダ。

 

 

「やめろ山路! 殺すなッッ!!」

 

 

2号が腹から叫んだ。力みすぎて声が裏返り、高音になった。

アマゾンは聴いちゃいない。すくい上げる腕。顎に爪を食い込ませ、思い切り上に引き剥がす。

顔の皮膚や肉が剥ぎ取られてトカゲ面は激痛に叫んだ。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアイッッ!」

 

 

アマゾンは地獄突きでトカゲ面のお腹を貫く。

 

 

「セェエエエエエエエエエエエツ!」

 

 

そのまま真上に腕を上げた。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアアン!!」

 

 

胸骨や肋骨を粉砕しながら、顔面を通り過ぎて、脳天から腕が突き抜ける。

脳や臓器、たっぷりと血を撒き散らしてトカゲ面は地面に倒れた。

すぐに死体は連れて行かれた。万が一もあるため、滝黒が同行する。

 

子供たちはおうおうと泣いていた。

瑠姫が慰めているが、お友達とお姉さんが死んだのだから仕方ない。

山路も泣いていた。悲しそうにないていた。

隼世が肩に触れる。山路が振り返ると、襟首を強く掴まれた。

 

 

「いい加減にしろよお前はァッ! 殺すなと言っただろ!?」

 

「だって、だってぇ……!」

 

 

山路はグスグスと泣いている。隼世は襟を掴む力を強め、激しく睨みつける。

 

 

「クズでも涙だけは綺麗だな。お前は今、誰のために泣いてる? 彼女達か? 違うだろ、全部自分のためだ!」

 

「それは違う! だって、だって僕は――ッ!」

 

「普通になりたかった? 違うな。お前はずっと今のままで満足していた筈だ。ただ新しい快楽の形を見つけたから、それを貪るための言い訳を用意していただけだ」

 

「……ッ」

 

「ファミレスでお前は自分を肯定した。にも関わらず、まるで前から変わりたかったかのように振舞った。自分の無いお前には、はじめから誰も愛せるわけがなかったんだよ」

 

「それは酷いッ! 僕は本当に変わるつもりでした。確かにかつては様々な思考に支配されていた。でも高岡さんたちと出会いッ、僕は人として生きる覚悟を固めたんです!」

 

「だが殺した! よりにもよって! 仮面ライダーの力で!」

 

「だってそれは二人が殺されたから!」

 

「だからッ、ないんだよ! お前には覚悟なんてッ、最初から!」

 

「しました! 覚悟しましたよ! 確かに僕のエゴはあった! でも高岡さんたちのためにも! 今のは殺す覚悟を持って、大切断をやったんです!」

 

「人を殺す覚悟だと? 心のないお前にッ、何の覚悟が固められるって言うんだよ!!」

 

 

山路はブッ壊れてる。まともな思考があるなら、変わろうなどとすら思えない。それだけのことを今まではやってきたんだ。

たとえ相手が悪人だろうとも、異常者であったとしても、怪人ではなかった。

人間だったのだ。最後のラインは超えていなかった。

 

 

「キミはまだ子供かもしれないが、人を殺せる力を手に入れた以上、それを使う責任がある。お前は間違いなくその責任から目をそらした」

 

 

そうすると山路は俯き、ボロボロと涙をこぼす。

 

 

「壊れている人は、生きていてはいけないんですか?」

 

 

この期に及んでまだ自己を肯定しようとするのか。隼世は呆れてしまった。

生きていてもいいのなら山路は許されるが、トカゲ面だって許されたはずだ。

でも山路は彼女を殺した。もちろんトカゲ面のやったことは許されない。死刑かもしれない。

だがそれでも、『殺人には殺人を』ではなく、法を使うべきだ。

 

 

「それがこの世界で生きていく自分達に与えられたルールという――……」

 

 

そこで隼世は言葉を止めた。日本語が見つからない。

少し気まずい想いがあった。そうしていると敬喜がやってくる。

 

 

「まあ、いいんじゃない。ちょっと固すぎだよ市・原・先・輩」

 

 

敬喜がひょうひょうとした様子で言う。

 

 

「今回は普通の人間ってよりは限りなく化け物だったし。ましてや目の前で好きな人を殺されたら、ボクだって我慢できない。っていうか波佐見さん殺しちゃったし」

 

「そ、それは……」

 

「っていうか、先輩だって虚栄のプラナリアで殺してるんでしょ?」

 

「違う! あれは怪人だった!」

 

「そこまで違うもの?」

 

 

隼世は真っ青になって固まる。

 

 

「今回くらいは大目に見ようよ。山路さんだって今後もホイホイ殺すわけじゃないでしょ?」

 

 

山路は無言で頷いた。

 

 

「ほら、こう言ってるし」

 

「だがコイツは仮面ライダーとして相応しくない! 命の捉え方が――」

 

「そういうの、格好悪いよ」

 

「!」

 

「偽善者っぽくて、ボクは嫌だな。そのへんにしようよ」

 

 

隼世は目を見開き、歯を食いしばる。

 

 

「先輩はさ、彼女さんを殺されても同じことが言えるの?」

 

 

ルミが死ぬところを妄想した。隼世の動きが完全に止まった。

周りを見た。みんなが心配そうに自分を見ている。

まるで間違っているのが隼世であるかのような目だった。隼世にはそう感じた。

 

 

「――斬月のこともある。ライダーを失うのは……、よくないな」

 

 

全く納得していなかった。だから笑顔は仮面のように。

 

 

「悪かったよ山路。でも殺すのはダメだ。しっかりと反省して、今後もよろしく頼む」

 

「はい。すみませんでした……!」

 

 

隼世は踵を返して歩き出す。

全てが気に食わなかった。全て。そう、全てだ。

仮面ライダーの力を使って猟奇殺人を犯し、それだけではなく命を軽視してるとしか思えない山路も。彼を咎めなかった敬喜も。

ましてやそこで情けなく自分を見つめている岳葉もだ。

そもそもお前が逃げなければもっと上手くやれたのではないのか? だから隼世は何かを言いたげな岳葉を無視して歩いていく。

 

 

 

 

 

うなされていた? ユキ? ああ、妹の名前さ。裏切られた。オレは信じていたのに。

母も、みんな、オレから離れていく。父はもうダメだ。みんな忘れる。

そもそもオレは昔から父が好きじゃなかった。あの人はいつも、誰も見ていなかったんだ。

え? 映画に行きたい? それがキミのやりたいことなら、オレはどこまでも付き合うよ。

だから珠菜ちゃんは……、あんな大人には、ならないでくれよ。

 

 

「面白かったね」

 

 

アリスカフェ刺殺事件。

凶悪な事件ではあったが、犯人も既に死亡したという情報が入っているため、映画館にはそこそこ人がいた。

周りからはどう見られているだろう? 珠菜は思った。兄妹? 親子? それとも――……。

 

そして自分達は一体どういう関係なんだろう? 珠菜は映画を見ながらふと考える。

志亞は変な人だ。けれども――、やっぱり珠菜にとっては優しいし、変な人だけど今まで会った男の子のなかで一番かっこいい。

それに変な人だけど仮面ライダーだ。仮面ライダーは正義の味方だ。珠菜はもうよく知らないが、それでも調べたらいろいろ情報が出てきた。動画もニコニコチューブで見た。

映画のラストを見て、珠菜は明るい未来が待っているのだろうと思った。

 

 

「………」

 

 

珠菜は目を細めた。変な人、変な人……。

映画が終わり、二人は外に出る。

 

 

「行きたい所はある?」

 

「海に行きたい」

 

「了解です。姫」

 

 

志亞は手を出す、珠菜は嬉しそうに手を伸ばした。

ハリケーンはとても速くて、風を感じれて気持ちがよかった。

海についた。砂浜に座って、珠菜は手帳を見た。やりたいことがズラリと書いてあった。志亞はそれをいくつも叶えてくれた。

珠菜は一つの項目を凝視する。

 

 

「志亞さん」

 

「ん?」

 

「好き、です」

 

 

キスをした。

志亞は思わず白目をむいて『逝き』かけた。

珠菜の唇はこの世のどんなものよりも柔らかく、抱きしめた小さな体もフニフニだった。

どうしてこんなに柔らかいんだろう? 志亞は我慢できずにもう一度珠菜にキスをした。

 

 

「おまんこしていいですか?」

 

 

志亞が聞いた。こいつマジで――……。

いや、失礼。珠菜はセックスのことだと知ると無言で頷いた。

志亞はハリケーンを過去1のスピードで飛ばした。かっ飛ばした。

小学五年生とセックス。これほど素敵な響きの言葉が、かつてあっただろうか?

 

 

「………」

 

 

ふと、思う。

これは今、バイクだが、自転車でも良かった。

自転車の後ろにキミを乗せれば、きっとどこまでも行ける。

海が見たい? オレは燃えるような夕焼けがみたい。世界でキミとオレだけが取り残された気分を味わいたい。

一緒に美術館に行こうか? 映画は――……、もう行ったっけ?

公園でお散歩がしたい。

二人だけの秘密基地をつくりたい。

大丈夫。自転車があるから、きっとどこまでも行けるよ。

 

 

「………」

 

 

屋敷についた。

期待と、喜びと、興奮で心臓が破れそうだった。

珠菜のお祖母ちゃんと顔を合わせた。挨拶をしたが、返事は意味不明な言葉の羅列だった。クイガミ様、祟り、呪い、などなど。

 

どうでもいいので、さっさと部屋に行った。

シャワーを浴びよう。そう思っていると、珠菜が倒れた。

どうすることもできないので、救急車を呼んだ。

お医者に言われた。

 

 

「珠菜さんは癌です。既にかなり進行しています。余命は一ヶ月でしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高岡姉弟の両親は、子供の死体を見て泣き崩れた。

 

 

「どうしてあの子たちが死ななければならなかったんですか?」

 

 

弱弱しい声だった。隼世はただ頭を下げることしかできなかった。

申し訳ありません。助けられたのに。仮面ライダーなのに。みすみす死なせてしまって本当に申し訳ありません。

子供達を殺した犯人は? 死にました。アマゾンが殺しました。

ではありがとうと伝えてください。おそらくはこんな感じの会話だったと思う。

あまり覚えていない。水野町の警察署。誰も使っていない会議室を借りて隼世は顔を覆っていた。

 

 

(なぜ取りこぼす? 何がダメなんだ? 僕はアマダムに勝ったんだぞ! あんな強大な敵を超えたのにッ、どうしてこんなことで足踏みをしているんだ!?)

 

 

すると扉が開く音が聞こえた。

なにやら袋を持ったルミと瑠姫、岳葉が心配そうな顔で入ってくる。

 

 

「大丈夫イッチー? ここにいるって聞いて……」

 

「う、うんっ! 大丈夫だよ。ごめんね心配かけて」

 

「それはいいんだけど……、大変だったね」

 

「大変なんてものじゃないよ。二人も死んだ。しかも何の罪もなくてッ、あんな小さな子が……!」

 

 

隼世は机を殴りつける。

 

 

「きっと、やりたいことがッ、いっぱいあった! 僕がヤツから目を離したのが原因なんだ! 悔しいなんてものじゃない! 情けなくて情けなくて――ッ!」

 

 

両親の泣き顔が脳内に再生される。

隼世は頭を抱え、目の端に涙を浮かべた。

 

 

「死にたくなる――ッッ!」

 

 

それを聞いてルミはゾッとする。

ダメだ。なんとかしなければ。必死に考え、やはり前に隼世がしてくれたような励ましを。

 

 

「げ、元気出してイッチー! そうだ! あのね! いろいろ買ってきたんだよ?」

 

 

ルミは袋をゴソゴソと漁り、まずはポテトチップを取り出す。

 

 

「甘いもの食べると落ち着くらしいから、ポッキーもあるよ! それにほら、コレ見て!」

 

 

ルミは花火を取り出す。

 

 

「もう夏も終わりだけど、最後にパーッとどう? 夜の海でやればとっても綺麗だし楽しいよ! イッチー線香花火好きだよね? いっぱい買ったから一緒にやろうよ! タケちゃんもお姉ちゃんも一緒に!」

 

「い、いいね! へへ、へへっ! えへ、えへ、へ」

 

 

岳葉も汗を浮かべながらも頷いていく。

そうしていると隼世が立ち上がり、ルミから花火を奪い取ると、思い切り床にたたきつけた。

 

 

「馬鹿か!? 人が死んでるだぞ! 花火なんてできるワケないだろッ!」

 

 

それなりに大きな声だった。ルミはビクッと肩を震わせ、真っ青になる。

 

 

「あ、ご、ごめっ、アタシそんなつもりじゃ……!」

 

「じゃあどんなつもりなんだよ! 何をどう考えたら人が死んで遊ぼうっていう気持ちになれるんだよ!」

 

「あッ、アタシはただッ、その! い、ち、はらくんにッ、元気を出して欲しくて!」

 

「人が死んでるなかで楽しくおかしく遊んで、元気になるようなサイコ野郎か僕は! ああ、傑作だな!」

 

 

ルミは何も言うことができず、ただ涙目でブルブル震えるだけだった。

 

 

「僕はキミの事を心が張り裂けるくらい考えてるのに! キミは何にも分かってくれない! なんでそんな事が言えるんだ! ちょっと空気を読めば分かるだろこれくらい!」

 

 

敬喜に言われたことが胸に刺さっていた。

山路と同じ状況になった時、隼世は理性を保てるか? 偉そうに説教していたことが守れるか?

自信が無かった。ルミが目の前で殺され、犯人がそこにいる。

隼世の両手は真っ赤に染まっていた。最悪の幻想だ。なのにルミはヘラヘラヘラヘラ……!

 

 

「お、おちっ! 落ち着けよ隼世! ルミちゃんだってッ、お前を気遣って」

 

 

岳葉が隼世を止めに入るが、今はただ逆効果だ。

隼世は岳葉の腕を振るうと、激しく睨みつける。

 

 

「お前もだ岳葉! ルミに賛成するなよ! そもそもお前が逃げなければもっとスムーズに終わってたかもしれない。犠牲者を出さなかったかもしれない!」

 

「うッぁ! あぁう!」

 

「ライダーの力をもってるくせに! いつまで怯えてるッ!」

 

 

隼世は岳葉を突き飛ばし、壁に激突させる。

 

 

「昔は簡単に殺してたくせに! またお前は逃げるのか! 責任から! 重さから! 命から! 仮面ライダーからッッ!!」

 

 

そこで瑠姫が走った。

岳葉の前に立ち、隼世をまっすぐに見つめる。

 

 

「落ち着いて隼世さん。少し、言いすぎだと思うわ……!」

 

「僕は落ち着いてるさ! おかしいのは周りのほうだ! ライダーとして正しく協力して解決する。たったそれだけが何故できない! ライダーとして清くあろうと何故しない!? どいつもコイツも仮面ライダーを汚してるだけの糞野郎だ! 清く正しくあろうとするだけでいいのにッ、なんでできない! なんで人の気持ちを考えることができない!」

 

 

今の瑠姫の瞳は気に入らなかった。

まるで間違ってるのは貴方だと言われているような気分になる。

それは違う。いつだって自分は正しかった。いや多少のズレはあったかもしれないが、少なくとも間違ってはいなかったはずだ。

隼世は強くそう思う。

 

 

「キミだってそうだろ! ちゃんとしていれば、まともに生きてれば! 余計な苦しみなんて味わうこともなかった!」

 

「!」

 

「でもそれは当然の罰だよ! 間違えていたんだよキミたちはいつもッ! 尻拭いはいつだって僕だ! なのに次はなんだ? 偉そうに説教か? ふざけるなよッ!」

 

 

隼世はテーブルを殴りつけ、自分の頭をトントンと指で叩く。

いいか? よく聞けよバカども。そういう意味のジェスチャーだ。

 

 

「間違えてるのはルミなんだ! ちょっと考えれば分かるだろうが!!」

 

 

落ちた黒は、どんどん広がっていくだけだった。

 

 

「ああ、ごめん。分からないか。定時制なんて行ってる落ちこぼれと、いい歳してまともに客と目も合わせられないフリーターのバカと――」

 

 

股しか開いてこなかった女に道徳なんて分かるわけがない。

隼世はグッと口を閉じた。何かが心にブレーキをかけた。

それだけは言ってはいけないと。

しかし表情と、『口を閉じたこと』で察したのか、瑠姫は平手で隼世の頬をうった。

 

 

「!」

 

「……ずっと、そんな風に思ってたの?」

 

 

ずっとではない。ただ、そう――。

口にはしなかったが、思ってしまったのは事実だ。

 

 

「最低」

 

 

隼世は何も言えず、何も見れず、ただ瑠姫の言葉に怯えて部屋を出て行った。

 

 

(なんで正しいのに逃げ出さなくちゃならなかったんだ)

 

 

本当に? 隼世は立ち止まる。

部屋を出るとき、チラリとルミを見た。ボロボロと泣いて立ち尽くしていた。

瑠姫の悲しげな顔が目に浮かぶ。岳葉の呆然とする顔が焼きついている。

本当に正しいのなら、なぜこんなことになっている? ふざけたことをする奴等が笑顔で、自分はこんなに苦しんでいる。

 

ああ、ダメだ。落ち着かなければならない。

隼世はフラフラとコンビニに入っていく。熱いコーヒーでも飲めば、少しは何かが変わるかもしれない。

レジに行って、店員さんにカップを貰おう。

 

 

(正しくあろうとすればいいッ、それは絶対に正しい。人があるべき姿なんだ……!)

 

 

レジにならぶ。正しい。正しい……。

なにやら怒鳴る声が聞こえてきた。前を見ると男性が店員の女の子に怒鳴りちらしている。

申し訳ありませんでしたじゃねーよ! レシートがどうたらこうたら。内容は分からない。分かりたくもない。

バイトだろ。子供だろ。許してやれよ。誰だってミスはするだろ。

後ろを見ろよ。僕が並んでるんだよ。迷惑だろ。店員さんが怯えてるだろ。怒鳴るなよ。うるさいんだよ。なんで正しくあろうとしない?

長いな。いつまで待たせる。ああ、クソ。迷惑をかけるなよ。子供の時に教わらなかったのか? 何も見てこなかったのか? 何も学ばなかったのか?

テメェら、どれだけ『ライダー』バカにすれば気が済むんだよ。

 

 

 

 

隼世の中で何かが切れた。

悲鳴が聞こえた。コンビニの扉が開くと、男性が転がってきた。

隼世は立ち上がろうとする男性の腹部に足裏を打ち込んで呼吸を止めると、髪をつかんで引き起こす。

そのまま駐車場の隅まで運ぶと、もう一度殴りつけて地面に倒す。

腹に馬乗りになると、もう一度男性の頬を叩いた。

 

 

「おら、早く怪人に変身しろよクソガイジ! テメェ、ガイジなんだろ? 早く刃物を出せよ、体から棘を出してみろよ!」

 

 

叩く。

 

 

「僕がブッ殺してやるから! おら! 早くしろって! 殺すぞ! 黙ってんじゃねーぞ! クソがコラ! あ? なんだって? 聞こえねーよクズ! すいませんでしたじゃねぇぞ! は? しらねーよ! さっさと変身しろって言ってんだよ!」

 

 

以前、捕まえた犯罪者の口調が移っていた。

隼世は男性の顔の傍を思い切り殴りつける。地面に少し穴が開いた。

男性はブルブルと震えていた。顔を覆い隠そうとしながら、震える声で訴える。

 

 

「許してください。子供がいるんです……!」

 

「子供がいるから許してくれ? へえ、凄いな! ガイジでも子供が生めるんだな! お前みたいなクズと結婚したいっていう生き物がいたんだな! どんなブスだ? それともソイツもガイジか? 類は友を呼ぶもんな。クズ同士は惹かれあうッ!」

 

 

地面を殴る。男性の顔の横を殴り続ける。

 

 

「社会の癌の精子とキチガイの卵子か、反吐が出るな。どんな奇形児が生まれたか見てみたいもんだ。つれて来いよ! ブスな嫁と一緒に殺してやる!」

 

 

腕が真っ赤だった。ベルトには風車があった。気づけば隼世は2号に変身していた。

 

 

(殺すか!? こんなクズ死んでも――……)

 

 

男性の怯える瞳の奥に2号が映っていた。

『何か』に腕を掴まれたような気がして、2号は拳を止めて立ち上がった。

変身は解除されていた。隼世は視線を感じて振り返ると、バイトの女の子と目があった。

店内に残っている店長だかが呼んだのだろうか? 警察のパトカーのサイレンも遠くに聞こえてきた。

そこで店長も外に出てきた。隼世が振り返ると、男性がガタガタ震えていた。

思い出す。あの瞳の奥にいたのは間違いなく化け物だった。

もはやヒーローではなかった。

 

 

 

 

 

目に焼きついている光景がある。海外の映画だった。

綺麗な花柄のワンピースを着た、金髪の男の子がメインキャラクターだった。彼はとてもカッコよくて、美しかった。

嘲笑があった。侮蔑があった。不自由があった。

男の子は赤い口紅をして、めちゃくちゃなメイクをしていた。全部崩れている。男の子は泣いていた。

 

 

「羨ましいね」

 

 

男の子はそう言って笑い、こめかみに当てた拳銃の引き金をひいた。

涼霧はその日、初めて心の底から涙を流した。

 

今、涼霧は良神クリニックで性転換手術の説明を受けていた。

真白先生は、いくつかの画像を見せて、詳しい解説を行っている。

良神は現代医療では不可能と言われていた人工海綿体を作ることに成功しており、自分の意思で勃起させることができる性器を手に入れることができるのだ。

 

 

「その、セックスとかもできるんですか?」

 

「一応はね。ただ精子は作れないから、子供は作れない」

 

「ふーん。き、気持ちよさ、的なやつは?」

 

「まあいろいろやり方によって変わってくるんだけど、うちがやってる一般的なヤツは陰核は残して、神経を陰茎に繋げるから性感はあるよ。クリトリスも残すから動くことによって快感を得られることは十分可能だよ」

 

 

涼霧は興味ありげに画像を見つめている。

 

 

「ツケてもいいんですよね?」

 

「ああ。キミは保険証があるし。でも払えるだけの経済力は事前に調査したいかな。なにせ家出中だろ? 手術費用は300万だから――……」

 

「死んでも払いますッ! 絶対、絶対……」

 

「まあいいよ。ここだけの話ね――」

 

 

最近、某国の王子様がプライベートジェットで極秘来日しているのではないかという話題が合ったが、それはこの良神クリニックにやって来ていたのだ。

奥さんを整形によって初恋の人と同じ顔にした。そのお礼に、お金をたんまりもらったらしい。

こういうケースは珍しい話でもなく、その支援によって良神はよりよい美容整形技術を提供できるのだ。

 

 

「だから最悪踏み倒されても大丈夫ってわけ」

 

「オレは大丈夫ですッ! 死に物狂いで働いて返します」

 

「あはは、それは頼もしい」

 

 

真白は微笑む。入り口の傍に立っていた巳里もクスクスと笑っていた。

恥ずかしくなって肩をすくめる涼霧だが、そこで真白が目を細めた。

 

 

「ただ一つ覚えておいてほしいのはね涼霧さん。手術が上手くいったとて……、つまり性別が変わったからと言って、なにもかもが変わるわけじゃない。人生を変えるのはいつだって自分の考え方なんだ」

 

「分かってます。でも、確実に変わるものがある」

 

「聞いても?」

 

「励ませる人がいます」

 

「それは今のままでもできるよ」

 

「今のオレの発言は全部がウソなんです。オレがオレのことをウソだと思ってるから、言葉は全てをすり抜ける」

 

 

真白は数回頷き、体を涼霧に向けた。

 

 

「じゃあ改めて聞くよ涼霧さん。男になるかい?」

 

「……はい!」

 

 

涼霧はスキップで敬喜の家に帰った。

家の中に入ると、甲高い嬌声が聞こえてきた。

敬喜は自分のベッドの上で、全裸で自慰行為に耽っていた。涼霧は思わず赤くなって、喉を鳴らす。

 

 

「誘ってる?」

 

「まさか。ココはボクの家だし、自由にしてもいいでしょ?」

 

 

涼霧は我慢できなかった。

すぐにベッドへもぐりこむと、敬喜の胸に手を伸ばす。

 

 

「お猿さん」

 

「敬喜だって、都合がいいだろ?」

 

 

確かに、都合はよかった。

自慰の回数が遥かに多くなった。別にムラムラしてやってるわけじゃない。数秒の絶頂時だけは、全てを忘れられるからやっているだけだ。

頭を、真っ白にしたかった。それは涼霧もなんとなく理解している。

アリスカフェでの事件があって、涼霧はなんと声をかけていいか分からなかった。

あるとき、ふと、敬喜が呟いた。

 

 

『チョコちゃんたちに会うのが怖い』

 

 

理由は分かるような、分からないような。

だがとにかく敬喜は怖かった。そして涼霧もきっと怖かった。手術のこと、家族のこと、これからのこと。

本当は分かっている。今はただ刹那的に生きているだけだ。手術をすると言ったのも勢いまかせであることは理解していた。

でも本当に夢でもあったし、ずっと望んでいたことでもある。けれどもそれとは別に仮面ライダーだとかのこともあって、もう訳が分からない。

 

怖かった。涼霧も、敬喜も。面倒だった。涼霧も、敬喜も。

死にたかった? というよりも、消えたかった。涼霧も、敬喜も。

でもそんなことはできないから、二人はセックスをする。

涼霧にはよく分からなかったが、敬喜は射精しなくてもイケるらしいので、それをした。

そうするとクールダウンせずに何度もイケるらしい。良神から貰った精力剤もあったので、それをザラザラ飲んだ。

頭の中がスパークして何も考えられなくなる。敬喜にとっては凄く都合がいい。気づけばシーツの上に敷いたバスタオルがベタベタになっている。

 

 

「敬喜……、今までで一番エロい」

 

「ありがと。お水のむ」

 

 

敬喜は立ち上がると、フラフラと冷蔵庫まで歩いていく。

空は曇天だった。だからだろうか? なんだか偏頭痛がする。

 

 

「あの、さ」

 

「うん」

 

「オレ、手術しようと思うんだ。良神で」

 

「……どんな?」

 

「男になる」

 

 

敬喜は水を飲むのをやめた。

憎悪があった。それはきっと理不尽な怒りなのかもしれない。

だがこの瞬間、敬喜は涼霧を本気で恨んだ。

 

手術とは――、一般的に体を切る。

敬喜だってそう思った。どんな手術かは関係ない。問題は体にメスを入れる行為であること。

チョコちゃんやマッコリ姉さんは体をバラバラにされた。

だから、なんだかとてもムカついた。

 

 

「じゃあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅう゛ッ! うぐッ! ぐっ!」

 

「なるほどねぇ」

 

 

敬喜はタバコの煙を吐き出す。フルーツの香りがした。

ベッドに座っている彼は、ベッドで寝ている『彼女』を見た。

敬喜は仮面ライダーだ。変身していなくとも恩恵はある。女性一人を掴んで押さえつけることは簡単だったし、精力剤のおかげで下半身は熱くなっていた。

 

 

「ずっと不思議だったんだよね。キミはいつもペニバン外してオナニーするだけだったし、自分も入れればよかったのにって」

 

 

でも涼霧は怖かったんだ。

 

 

「ゴメンね。でもお互い様ってことで」

 

 

シーツが赤く染まっている。

涼霧は顔を抑えて泣いていた。破瓜は想像よりも痛く、何よりも心が犯された気がして。女であることを教えられた気がして。

 

 

「泣くことないでしょ。ちゃんと外に出してあげたじゃん」

 

「うるッさい! うるさいうるさいうるさい!」

 

 

涼霧は立ち上がると、フラフラとしながら服を着始める。

そうして、さっさと部屋を出て行った。

敬喜はため息をつくと、ワンピースだけを着て涼霧を追いかける。

 

 

「怒らないでよー。今度はもっと気持ちよくしてあげるからー」

 

「うるさい! もうするもんか! あんなの――ッ! 最悪だ!」

 

「なんで? キミは女の子で、ボクは男の子。ああするのが普通なんだよ」

 

 

曇天の砂浜を早足で歩く。灰色の海の前で、二人は睨み合った。

 

 

「オレたちは普通じゃないだろ!」

 

「普通だヨ。普通じゃないなんて、ただの言い訳でしょ? やめておきなよ手術なんて。キミには覚悟もお金も足りないでしょ」

 

「なんだと!」

 

「事実じゃん! ツケなんてもっと大人がやることさ! せめてさっさとお家に帰って、ご両親と一緒にきなよ!」

 

「違う! 違う違う!」

 

「違わないくせに! 自分を受け入れなよ!」

 

「そっちこそ! 最近ずっと逃げてるくせに!」

 

「はぁ!? ムカついた!」

 

 

二人は掴み合うと、海の中に足を踏み入れる。

バシャバシャと浅いところで揉み合った。

 

 

「オレは! 最近、敬喜が落ち込んでるからッ! だから本物になりたいんだ。そうすればオレはもっとお前の力になれるし……ッ」

 

「意味分かんない!」

 

 

そこでバランスを崩して二人は倒れた。

敬喜が下になって、涼霧がよつばいになる。

波が来た。敬喜の後頭部が水に浸かる。

波が引いた。涼霧は自分の唇を、敬喜の唇に押し当てていた。

また波が来た。頭が冷たい。

波が引いた。唇が熱い。

 

 

「敬喜が好きだ」

 

「……セックスしかしてないよ」

 

「だからもっと、いろんなことがしたいんだよ! ここが嫌なら他の町に行こう?」

 

「え?」

 

「逃げたいんだろ!? オレみたいに! 全部捨てて!」

 

 

涼霧と同じだ。違うところに行きたかった。

そしてそのまま帰ってこないことを望んでる。敬喜は何も言えず、ただ目を逸らす。

だがすぐに唇を塞がれ、反射的に涼霧を見る。

 

 

「いいじゃん。逃げろよ。オレもついてくから……。それができる力が敬喜にはあるだろ?」

 

「でも……」

 

「いいんだよ。別に。誰かのために戦わなくてもッ!」

 

 

父を。傷を。悲しみを忘れるためにはどうすればいい?

決まってる。違う人になればいい。

 

 

「オレはだから男になる。そうしたら、ずっと傍にいてほしい……!」

 

 

先ほど敬喜は男には女がいると告げた。それが普通だと言った。

だったらと、涼霧は敬喜を見つめる。

 

 

「女になってくれ、敬喜」

 

「――!」

 

 

涼霧は本物になりたかった。反対に、敬喜はニセモノになりたかったのかもしれない。

いずれにせよ全てから逃げ出せるのならば、敬喜はそれでもよかった。

全てを捨てて、新しい場所で涼霧と生きるのも、別に悪い話ではなかった。

 

 

「………」

 

 

体を起こした敬喜は、自分から涼霧にキスをした。

敬喜の『母』は逃げた。敬喜もその選択をとるために、『女』にならねばならなかったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「滝ライダーの戦闘データーをマリリンさんに送りたいので、ちょっと水野町を離れます」

 

「そ、それ――ッ、俺が行ってもいいですか?」

 

 

滝黒も隼世と岳葉たちが揉めたのは把握済みだ。

今は隼世と顔を合わせるのが気まずいのだろうとは察することができる。

結果的に岳葉はサイクロンを走らせていた。風を切って街を走るなか、張りつくような悲しみを覚える。

ルミは悲しそうに泣いていた。瑠姫も苦しそうにルミを慰めていた。

 

隼世の気持ちも――、まあ分かる。

彼にはいろいろ負担を押し付けてしまったのかもしれない。

もう元には戻れないかもしれない。強烈な孤独感、何かが壊れていく感覚に耐えきれず、岳葉は一旦バイクを停めて電話を取り出す。

 

母にかけた。

岳葉が死んでから蘇生されるまでの記憶は、全てでっちあげられたものだった。

母の記憶のなかでは当たり障りのない毎日が繰り広げられていたらしい。

けれども話を聞けばきくほど、母は自分の味方であろうとしてくれた。

昔からそうだ。小学生の時に父が死んでから、言い訳が多くなったが、それでも母は理解しようとしてくれた。ずっと。

 

 

「あ、あ、もしもし母さん? その、あの、うん、元気……ッ! あ、あえと!」

 

 

水野町からそっちに帰るから、それを告げると、優しい声色が聞こえてきた。

 

 

『じゃあ、今日は夜ごはんを一緒に食べようか』

 

「う、うん! じゃあまたッ、うん!」

 

 

岳葉はまたバイクを走らせる。昔、病の父に言われたことを思い出す。

 

 

『岳葉、おかあさんを守りなさい』

 

 

そういえば昔、バスで母と市役所に行ったことがある。

父が死んでいろいろ手続きがあったのだろう。

その帰りに、ファミレスに寄って一緒にケーキを食べた。

 

 

『ねえ岳葉。乱暴なことはしちゃダメよ』

 

 

いろいろ、教えられていたのだなと思う。

いつからだろう? それを忘れてしまったのは。

 

 

(まあとにかく今は母さんのためにもちゃんとしないとな。ちゃんと、ちゃんと……)

 

 

ちゃんと戦う?

いろいろ思い出しそうで、岳葉は急ブレーキをかけた。

マリリンに会うと、岳葉は報告を手早く済ませた。

 

 

「んー、やっぱりクロスオブファイア持ってないと微妙なのよねーっ!」

 

 

マリリンは血まみれだった。トカゲ面の死体を解剖していたらしい。

岳葉がトイレで吐いていると、立木がやってきた。

 

 

「隼世と揉めたぁ? おお、聞いてるよ聞いてる。頼むぜ? お前らがちゃんとしてくれねぇと人類が終わるんだ。でもまあお前らが上手くやってくれればな、金もたんまり出るんだ。それで温泉でも行って、蟹くって強い酒でも飲んだらオッケーよ」

 

 

報告が終わったので、岳葉は家に帰ることにした。

途中、立木から言われたことを思い出していた。正直プレッシャーではあるが、お金が手に入るというのは悪い話しではない。

そうだ。温泉だ。母を連れていってあげよう。その為にも頑張らねば。

 

 

「ただいまぁ」

 

 

合鍵を使って中に入る。

リビングでは母が昼寝をしていた。椅子に座って、顔を机に伏している。

岳葉が荷物を置いていると、テーブルの上にはアルバムが置いてあった。懐かしいものだ。岳葉は中を見て、思わずニヤリと笑う。

父と母と、幼い岳葉が楽しそうに笑っていた。

 

 

「ん?」

 

 

置手紙があった。

 

 

『岳葉へ。いつも頑張っているあなたへ、サプライズを用意しました。見てみてください。母より』

 

(バカだな母さんは。サプライズって書いちゃったらサプライズじゃないだろ……)

 

 

USBが置いてあった。岳葉は近くのパソコンにそれを挿す。

動画ファイルがあったので再生してみる。どうやら携帯で撮影した動画のようだ。そこには笑顔の母が映っていた。

 

 

『そうなんですか。ありがとうございます。これからも岳葉と仲良くしてあげてください』

 

『いえいえ! こちらこそっ! 岳葉くんにはいつも助けられていて!』

 

 

女の人の声が聞こえた。瑠姫? いや、違う。

 

 

『あのこれ、私の実家がお茶を作っていて。とっても美味しいんです』

 

『そうなんですか。じゃあ頂きましょうか』

 

 

母と女性はお茶を飲みながら楽しくお喋りをしていた。

客人の女性は、岳葉は素晴らしい人なのだと何度も言ってくれた。優しく、繊細なところもあるが、それもまた長所なのだと。

母は嬉しそうだった。岳葉が褒められるのがとっても嬉しいのだ。

 

 

『お疲れですか?』

 

『ああ、ごめんなさい。今日は少し眠くて』

 

 

母は机に伏して眠ってしまった。携帯を持っていた女性はなにやら茶色な小瓶を取り出して、カメラに映るように前にかざす。

 

 

『実はっ! お茶に超強力な睡眠薬が入ってました!』

 

 

ジャーンという音と、集中線が入る。ニコチューバー(動画配信者)がよく使う演習方法だった。

カメラを持った女性はスマホスタンドを使って、母が眠っている場面がよく見えるように位置を調節する。

 

 

『よっと、ごめんなさい!』

 

 

テーブルに乗る足。女性の下半身がカメラに映る。するとまたゴソゴソと音、そしてカメラに見せるのは、『ハンディドリル』だ。

女性が説明する。DIYが趣味らしく、個人的な改造を施してより大きな穴が開けられるようにカスタマイズしているとか。

 

 

『じゃあちょっと今から、穴を開けていきます。チュイーン』

 

 

引き金を引くとドリルが回転する。

女性はドリルの刃を、岳葉の母の脳天に押し当てて、進行していく。

皮膚が抉り落ち、骨が削られ、一分もしないうちにポッカリと穴が開いた。

女性は一旦ドリルを引き抜くと次は吸引機を取り出して、チューブを穴の中に入れていく。

 

ジュボッ! ジュボボボボボ! と音がして、脳みそが吸引されていく。

これもまた一分もしないうちに完了した。女性は持ってきていたタオルで破片や血液をふき取ると、岳葉の母の頭を調節しはじめた。

いい場所を探しているらしい。やがてベストポジションを見つけたのか、岳葉の母は顎をテーブルにつける姿勢になった。

 

 

『よいしょ! いやん! 恥ずかしい!』

 

 

女性は自分のスカートをずり下げると、パンツも脱いで放り投げる。

そして持参していた浣腸を注入すると、しばし待って、自分のお尻を岳葉の母の脳天に乗せる。

 

 

『いっきますよぉぉお!』

 

 

ブチッ! バッチ! ボリュリュリュリュリュ! バリュッ! ブリュッ!

 

 

『んほぉおおおおおおお!』

 

 

かい――ッ、かん……!

 

 

『ハァ、ハァ、ハァ!』

 

 

ひとしきりの行為を終えると、女性はトイレットペーパーで自分の尻を拭いて、岳葉の母から離れる。

そして持ってきていた『プラスチックの蓋』で脳天の穴を塞ぐと、母を『現在の体勢』に戻して離れていく。

 

 

『性癖なんです。自分の開けた穴に、排泄するの』

 

 

携帯を掴んで、自分が映るように持っていく。

自撮りの体勢。女性の顔が映った。メガネをかけた、とくにこれと言って特徴のない顔だった。

 

 

『貴方が悪いんですよ仮面ライダー1号さん。これに懲りたら、もう私達を嗅ぎまわるのはやめてくださいねー! それではっ、ばいばーい!』

 

 

そこで、映像は切れた。

 

 

「ゥッ、ァあぁあああああああああぁあああぁあああッッ!」

 

 

岳葉はそこで理解した。

ずっと感じていた『臭い』は、トカゲ面と戦ったときに感じた『幻臭』ではなかったようだ。

間違いなく鼻に張り付くこの臭いは、いつか嗅いだことのある。

血と糞の臭い。

 

 

「母さんッ! お母さんッッ!!」

 

 

岳葉は涙目になって母に駆け寄ると、肩を大きく揺さぶった。

しかし既に息はない。母が目覚めることはなく、衝撃を与えたことで蓋が外れたのか、脳天からはドロドロと下痢便があふれていく。

岳葉は頭がおかしくなりそうだった。かすれた声で泣き、部屋の中をグルグルと歩き回る。

これは夢だ。これはドッキリだ。これは、何かの間違いだ。母はもうすぐ目覚める。夜が明ければ母は目覚める。明るくなれば何かが変わる。

これは何かの間違いだ。たちの悪い冗談なんだ。だから、だから――ッ!

 

 

「!!」

 

 

カシャリと音がして、フラッシュの明かりを感じる。

岳葉がそちらを見ると、ベランダの向こうに恍惚の表情を浮かべている先ほどの女が見えた。

逃げたほうがいい。逃げたほうが完璧だった。

でも我慢できなかった! 母の死体を見つけたときの岳葉の顔を――、彼女はどうしても見たかった。

 

 

「しゃいこぉぉおぉぉお!」

 

 

濡れる。ぐしょぐしょだ。腹に残っていた腸液が漏れ出てパンツを濡らした。

その笑顔を見た瞬間、岳葉の表情が変わった。

久しく忘れていた感情だった。

 

 

「殺してやるッッ!!」

 

 

岳葉は走り出す。

ガラスを突き破ったときには、仮面ライダー1号に変身していた。

女の首を掴むと、近くにあった工事中の道路まで運んでいく。ここならば誰もいない。どんなことをしても、気づかれない。

 

 

「ブッ殺してやる!」

 

 

首を絞めながら、拳を握り締めた。

 

 

「ぐひゃははははは!」

 

「うぐッ!」

 

 

しかしそこで回転音。

女が右腕に持っていたドリルで1号のわき腹を削ったのだ。

火花が散って、1号が思わず力を緩める。すると女は1号の足の甲を踏みつけて怯ませると、腕を振り払って後ろへ跳ぶ。

 

 

「私は土竜(どりゅう)! 偉大な殺人アーティスト!」

 

「うるさい! 黙れよ! 今すぐ殺してやる!!」

 

「ハハハハ! ヒャハハハ! 最高だ、その顔が好きなんだよ私はッ!」

 

 

土竜は走り、ドリルを1号に向かって突き出す。

しかし1号はそれを払うと、フックを行った。しかし土竜もそれを後退して回避する。

踏み込む1号、全力を込めてアッパーを行うが、それもバックステップで回避された。

そればかりか、大振りだったために隙が生まれた。土竜はガラ空きになった1号のわき腹に容赦なくドリルを突き入れる。

 

激しい痛みを感じ、1号は情けなく叫ぶ。

いつの日か、カーリーにやられたことが頭をよぎる。

助けて、怖い。苦しい。過去が混ざる。いつの日か、公園で遊んでいたとき、転んでしまったことがあった。

痛くて泣いていると、あの人は優しい笑顔で頭を撫でた。涙目の向こうにあった笑顔はとても優しかった。

 

 

『痛かったね。よしよし、かわいそうに。でも大丈夫』

 

 

消毒をして、絆創膏を貼ってくれた。

優しき――、母よ。

 

 

「!!」

 

 

死んだ。殺された。

誰に? そこにいる土竜にだ!

 

 

「アアアアアアアアアアアア!!」

 

 

1号は強引に前に出た。

体にドリルがめり込んだ。泣き叫びたくなるほどの痛みがそこにあった。

しかしそれを凌駕する怒りが、確かに心を渦巻いていた。だからこそ1号は痛みを無視して前にでる。

もがく土竜の体を掴むと、渾身の頭突きを打ち込んだ。

 

 

「んごっ!」

 

 

土竜の動きが止まったので、右腕を掴んだ。

一気にへし折った。叫び声が聞こえ、ドリルが地面に落ちる。

1号は思い切り土竜の顔面を殴りつける。メガネが飛び、歯が飛び散り、血が飛び散り、土竜は地面に倒れた。

そこを思い切り蹴りつける。土竜は悲鳴をあげて地面を転がった。

1号はすぐに土竜に追いつくと首を掴んで、顔を持ち上げた。髪を掴み、叫ぶ。

 

 

「なんで! なんで殺したァアアア!」

 

「ひは! ひはははは! 怒ってる? ママの頭にウンコ詰め込んだことを怒ってるの?」

 

「アアアアアアアアアアアア!」

 

 

髪を引きちぎった。

毟るように、何度も何度も。あっという間に土竜の頭部はみすぼらしいことになる。

ところどころだけ残った髪と、真っ赤に荒れた頭皮。

最後に1号は土竜の頭を掴んで、地面に叩きつける。

しかし怒りは全く収まらない。顔を引き上げると、耳を掴んで引きちぎった。

 

 

「いってぇえええ! んほあはおあはあお!」

 

 

土竜は笑う。楽しそうに笑っていた。

殺すしかない。もう一刻も早くこの時間を終わりにしたかった。

1号は拳を握り締め、一気に土竜の頭を叩き割ろうと――

 

 

『ねえ、岳葉』

 

 

母の笑顔が目の前にあった。

 

 

『乱暴なことはしちゃダメよ』

 

 

拳が止まる。

そういえば――、父も言っていたか。

 

 

『人の嫌がることはするなよ』

 

 

震える。震える。涙があふれた。止まらなかった。

 

 

「ぐぅぅう゛うあぁあぁああ! おぉぉおああああ゛ッッ!」

 

 

焦燥に叫ぶ。なんなんだこれは。

一方で土竜にとって、これは大チャンスであった。立ち上がると左腕を突き出す。

すると肘から上が『回転』を始めた。文字通り高速回転した腕は、まさにドリル。指を伸ばして、1号の心臓を狙った。

 

 

「!」

 

 

殺気と回転音を聞いて、1号は反射的に体を反らす。

ドリルは心臓を外し、肩を抉り取るに終わった。しかし鎖骨が削れ、肉が千切れ飛び、激痛が襲い掛かる。

ライダーの装甲を打ち破るだけの威力があったのか。はたまた……。

 

 

「あぐぎあぁぁあああ!」

 

 

しかし事実は事実だ。1号は肩を抑えて倒れる。

痛い。苦しい。笑い声が近づいてくる。お腹が痛い。

しかれども……。1号は思った。このままならばきっと自分は殺されるのだろう。

土竜は気に入らないが、前からもっと気に入らないものはあった。

 

 

自分だ。

 

 

土竜と戦った時間は限りなく短い。けれども短いなかで、1号は自分のことを振り返ることができた。

そもそも人間は蘇らない。自分はあの時からずっと死んだままだったのかもしれない。

ましてや死ぬだけの理由があった。かつて思ったことは、まだ忘れてはいない。本間岳葉は、生きていてはいけない存在だったのだ。

それが生きているということは……、間違っていることだ。

 

間違っている自分は、何かを語る資格も、何かに勝利する資格も、ましてや生きる資格もないのかもしれないと。

だからこれは自然のことだ。少しだけ長く見た夢が、今覚める。

向こうには父がいて、母もいる。だから――……。

 

 

「たすけて」

 

 

呟いた言葉があった。

それに応えるようにしてバイクのエンジン音が轟く。

颯爽と現れた車体が跳ね上がり、真っ赤な足が伸びる。それは1号を殺そうとしていた土竜の頭を打った。

 

 

「うぐぉ!」

 

 

倒れる土竜と、着地するサイクロン。

仮面ライダー2号が降りると、風が吹いてマフラーが靡いた。

立木から呼び出されたことや、1号の激しい怒りがテレパシーに引っかかったのが幸いだった。2号は場所を特定して駆けつけたということだ。

 

すぐに拳が交差する。

殴りあう二人を尻目に、1号は地面を這って離れていく。

打撃音はその後も続いた。ドリルの回転音も聞こえてくる。

大人しくしろ、降伏しろ、何度かは聞こえてきたが、1号は耳を塞いだ。

もう何も聞きたくはなかった。

 

 

「ライダーッ! パンチ!!」

 

 

腹に打ち込んだ2号のストレート。

土竜は頑丈だった。全く大人しくならなかった。だからこれは仕方ないことだった。

現に、狙い通り土竜は腹を押さえてヨロヨロと後退していく。こみ上げるものがあったのか、胃の中のものを全て地面にぶちまけた。

 

 

「いひひ! いぎぃぃ! ぎぎはは! あーあ、負けたかぁぁ!」

 

 

でもこのままでは、悔しさが残る。

そうだ。良い手があったと土竜は笑う。

 

 

「私はなぁ、二重人格なんだよ! こちとらガイジでずっとやらせてもらってるけど、もう一人は違いまーす!!」

 

 

言い終わった瞬間、土竜の顔つきが変わった。

 

 

「あれ? 私なんでここに……? あ、メガネ……?」

 

 

視界が悪いのでメガネを探すが、すぐに諦めた。

 

 

「腕、いた……ッ! あ、気持ち悪い。う、ダメ。あのすみません。救急車とかって呼んでもらえたり……。う、うっぷ!」

 

「よせ」

 

 

吐いた。赤い血が出てきた。

 

 

「あ、あれ? あれ? なにこれ……? うッ」

 

吐いた。内臓が出てきた。

 

 

「あ、あうッ、息ができな――、え? うそ。なにこれ。見えない。メガネ……」

 

「やめろ。よせ。おいやめろ」

 

「なんで、やだ――ッ、ウソでしょ? う、うげぇ」

 

「おい、やめろ。死ぬなら爆発だろ。怪人は爆発するんだろ!!」

 

 

2号は土竜だった女に駆け寄り、肩を掴む。

女は倒れた。

 

 

「うそ、やだ……ッ、え? 私ッ、なにがどうなって――ッ」

 

「止めろ! そのまま死ぬな! 爆発しろ! 爆発しろよ!!」

 

「ばく……? そ、そんなことより、早く救急車――……」

 

「違う! お前は怪人だろ! 人間みたいな顔をするな! おい! おいッ!!」

 

「なに? え? やだウソ、死にたくない――ッ、まだやりたいこと、いっぱい、うげぇえ!」

 

 

感覚がなくなっていく。女はボロボロと泣き始めた。

 

 

「げぇえ! おえぇえ! だ、だずげで……、おがあざん――ッッ」

 

「よせぇえッ! 爆発しろ! 頼むから爆発してくれぇえッッ!!」

 

「ぎもぢ……、わる……い―――……」

 

「よせッ! よせぇエエエエッ! 爆発しろォォオォォオ!!」

 

 

女は最後に血を吐き、動かなくなった。死んでいた。

2号の腕の中で死んでいた。死因はお腹を殴られたことだ。一部の内臓が破裂し、衝撃から逆流までしていた。

女は泣きながら死んだ。2号は死体を地面に置くと、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「岳葉、僕は今ッ、怪人を殺したんだよな!?」

 

「………」

 

「そうだと言ってくれ! 早くッ! 早くッッ!!」

 

「分からない」

 

 

岳葉は変身を解除し、地面を這っていた。泣いていた。

 

 

「もう知らない。何も分からない。もうたくさんだ。もう十分だ……」

 

 

2号は立ち上がる。呼吸を整えながら、無様な岳葉を見つめる。

岳葉は泣いていた。ズビズビ泣いていた。辛いことがあったから、おうちに帰ろうとしていた。

 

 

「もうイヤだ。戦いたくない。帰って、母さんのご飯が食べたい――ッ」

 

「………」

 

 

テレパシーを通したからか、ある程度事情は分かっている。

岳葉の母が死んだことを、2号は知っている。

酷い哀れみが、同情があった。醜い岳葉は何にも変わっていなかった。

 

 

「そうか……」

 

 

今、つくづく思う。

 

 

「やはりキミは、生き返るべきではなかったな」

 

 

夜の闇に、2号の赤い複眼が光る。

 

 

「おかえり、地獄へ」

 

 

岳葉は泣いていた。動くのが疲れたのか、倒れたまま動かなくなる。

 

 

「だけど、僕は嬉しいよ」

 

 

それはきっと一番はじめに出会ったときからだ。

心の中で隼世はずっと探していた。そしてあの時、本気で戦える敵に出会えた事を神に感謝した。

正義のライダーとして思う存分戦えることを、きっと喜んでいた。

 

 

「これも罰なのか? これも自業自得なのかよ……!」

 

 

すすり泣く声があった。

岳葉は仰向けになり、空を睨みつける。

 

 

「俺があんなことをしたから母さんは死んだのか? 教えてくれよ隼世、じゃあ俺はいつ許される? どんなことをすれば許されるんだ?」

 

 

紫ちゃんに手紙を出そうとしたが、隼世にそれだけはやめておけと言われた。

彼女は今、それなりに幸せに暮らしているらしい。思い出させるのは酷だと。

トラックの運転手を助けようとしたが、彼はもう生活保護を受給しているのだから、キミにやることはないと隼世に止められた。

豚箱のことは――……、岳葉は言い出せなかった。隼世も言わなかった。知ってて言わなかった。

 

 

「岳葉、そもそも罪は……、永遠に消えることはないんだ」

 

 

赦されるかどうかは、被害者だけが決めることだ。

そうでなければ、ずっと罪人のままなんだよ。そして罪人は、普通に笑うこともできるんだ。

 

 

「味方になる事は間違っているのかもしれない」

 

 

2号は岳葉のもとへ歩く。

岳葉は罪人だ。生きていることが罪なんだ。あのとき、ドリル土竜に殺されるべきだった。でもそれを2号は助けた。

罪に加担するなど、過保護にも程がある。

しかしそれでも救いを求める者に、手を差し伸べることが間違いだとは思いたくなかった。

 

 

(ああ、そうか)

 

 

そうだ。僕もまた罪人なのか。しかしそれでもこの罪だけには胸を張ろうと思った。

 

 

(僕もまた、結局は薄汚い人間の一人)

 

 

ライダーになる資格など、とっくの昔に失っていたのだな。

 

 

「岳葉、立つんだ。悲しいけれど、この手を掴んで立つんだ」

 

 

手を伸ばす2号。励ましの仮面で隠した怯え。

頼む。手をとってくれ。この僕の震える腕をお前が掴んでとめてくれ。

岳葉は理解する。無様に転がっている自分こそ、『二本の足で立っている側』なのだということを。

だから岳葉は手を伸ばし、ガッシリと2号の――……、隼世の手を掴んで立ち上がる。

しかしもはや炎は消えていた。

 

 

「僕はもう、仮面ライダーにはなれない」

 

 

岳葉も同じだった。

この日、二つの炎が消えた。

クロスオブファイアが、岳葉と隼世の体から消滅した。

 

 


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