仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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第10話 運命を選んだ日

 

 

「ウェイッッ!!」

 

 

ブレイラウザーが青き閃光となって振り下ろされる。

3号は右腕を盾にして刃を受け止めたが、すぐに感じるブレイドの力。

このままでは切断されるし、そもそも押し負ける。すぐに左腕も回して両手でブレイラウザーを止めようと試みる。

しかし、それでも重い。3号はすぐに膝をついた。

そこでブレイラウザーが腕から離れた。一瞬、油断するが、すぐに飛んでくる足裏。

3号は胸を蹴られ、地面に仰向けに倒れる。

空は見えない。その前にブレイドが見えた。そして思い切りブレイラウザーを引いている。

 

 

「くっ!」

 

 

3号は殺意を察し、地面を転がる。

つい先ほどまで彼が倒れていたとろこへ、ブレイラウザーの剣先が突き刺さっていた。

一度では終わらない。ブレイドは連続で地面に倒れた3号を貫こうと突きを繰り出していく。

3号も必死に地面を転がった。だが立ち上がる前にブレイドに追いつかれる。

マフラーを掴まれて強制的に持ち上げられると、クロス状に斬られ、わき腹を蹴られ、フックで顔面を殴られ、そしてすくい上げるような斬り上げで、空に打ち上げられる。

3号は放物線を描くと、背中から地面に激突する。

 

 

「あ――ッ! ぐッッ!」

 

 

痛みは残るが、立ち上がらなければ。

3号が体を起こすと、すぐに装甲から火花が散った。何かが飛んできて纏わりついてくるのだ。

3号はすぐに気づいた。アレはラウズカード、ブレイドが使用するアイテムだ。それらが意思を持ったように飛び回り、手裏剣のように牙をむいてくる。

 

 

「お前のたちの歴史を観測したが、見れたものじゃないな」

 

 

低俗な欲望のためにライダーの力を使い、暴力のための武器にライダーを振るう。

 

 

「軽く見られたものだ。我々の力も」

 

『サンダー』『スラッシュ』『ライトニングスラッシュ』

 

 

ブレイラウザーに落雷が落ちると帯電状態となり、攻撃力が増加する。

その状態で剣を振るうと、激しい雷撃が四散し、スパークが巻き起こる。

電撃はあたりを動き回り、地面に触れて火花を散らす。そのなかで悲鳴が聞こえた。3号に電撃が命中していき、次々と爆発が起こる。

だがここでドリフト音。ブレイドが視線を移すと、破壊したはずのトライサイクロンが向かってくるのが見えた。

 

 

「なるほど。クロスオブファイアが消えなければ、ツールは具現化できるということか」

 

 

カードが舞い、ひとりでにラウザーへスキャンされる。

 

 

『メタル』

 

 

不動のブレイド、そこへトライサイクロンが猛スピードで直撃する。

だがすぐに何かが壊れる音が聞こえてきた。トライサイクロンのボンネットがへこみ、ひしゃげる。

一方でブレイドはその場から全く動いていなかった。硬質化によって逆にトライサイクロンを粉砕してみせたのだ。

 

 

「このタイプはますます危険だな。ライダーの力が概念となっている。これは本来、ライダーが生まれる筈のない世界に無理やりライダーの力を与えると発生する現象だ」

 

 

ブレイドはメタルを解除すると、帯電した剣をトライサイクロンのボンネットに突き刺した。

直後トライサイクロンは爆発。炎上しているその向こうに、複眼が光るブレイドが立っている。

その姿を見て、少し離れた電柱の後ろに隠れているビディは息を呑んだ。

ブレイドの姿が、紛れもない化け物に見えた。

 

 

「ゴードンバスター!」

 

 

一方で爆発したトライサイクロンから排出されるスピリッツウェポン。

3号はそれを掴むと、ランチャーから槍を発射した。戦うことが正しいのかは分からなかったが、目の前にいる剣崎が偽者とも限らないからだ。

すると電子音が聞こえた。鉄の槍が炎に包まれ、崩壊していく。

ブレイドを見ると、銃口から煙をあげるギャレンラウザーを構えていた。

 

 

「クソォッ! ヒューリィブレード!」

 

 

3号はランチャーを投げ捨てると、スピリッツウェポンの刀を持って走り出す。

ブレイドは持っていた銃を投げ捨てると、別のカードをスラッシュさせる。

 

 

『ジェミニ』

 

 

ブレイラウザーが二つになり、二刀流となる。

ブレイドは振り下ろされた刀を、剣をクロスさせることで受け止めた。

するとバキンッと音が聞こえる。交差させた刃が、ヒューリィブレードの刃を折ったのだ。

 

 

「そんな――ッ!」

 

「3号か。見たことの無いアイテムを使うな。浸透はそれだけ危険性も高い。世界を変質させるのは重大な罪なんだ」

 

 

戸惑っている3号へ次々とブレイドの乱舞が襲い掛かる。

 

 

「答えろ。その力をどこで手に入れた?」

 

「分からない――ッ! でも最初はアマダムだとッッ!」

 

「チッ、アイツか。まあ過程や原因はどうあれ、既に撒かれたものは撒かれたものだ。理由は関係ない、拾った時点でお前は終わりだ」

 

 

次々と襲い掛かるブレイラウザーの切り払い。3号は悲鳴をあげて後退していった。

刹那、ブレイドは両手に持っていた剣を地面に落とす。そして踏み込むと、3号の腹部に拳を思い切り打ち込んだ。

 

 

『ビート』

 

 

3号はめちゃくちゃに地面を後転しながら吹き飛んでいく。

やがて止まるが、ダメージは大きすぎるようで全く立てなかった。

 

 

「ぐっ! ガハッ! つ、強すぎる……ッッ!」

 

 

力を込める3号。

だが腕に力が入らない。ガクッと肘が折れ、顎を地面に打ちつけた。

 

 

「当然だ」

 

 

一方のブレイドは余裕そのものだった。

分身機能が解除されたブレイラウザーを拾い上げ、3号を睨みつける。

 

 

「炎の量が違う」

 

 

ブレイドはマッハを使用。高速で駆け、3号の横を通り過ぎる。

すぐに悲鳴が聞こえた。3号はその声を聞いて、体を跳ね起こす。

背後では、ブレイドがビディのもとへたどり着き、嫌がる彼女を掴んでいた。

ブレイドはビディの首に腕を回すと、剣を顔のそばへ近づける。

 

 

「手間を取らせるな。大人しくしろ」

 

「藤島さんッ!!」

 

「動けばこの女を殺す」

 

「ぐっっ!!」

 

 

3号は踏みとどまり、拳を握り締める。

 

 

「そんな――ッ! 卑怯だぞ! アンタ仮面ライダーなんだろ」

 

「そうだ。だが、それがどうした?」

 

「ッッッ???」

 

「哀れなヤツだ。理解してもいない力を使っているのか」

 

 

ブレイドはさらに剣をビディの首に近づけた。

 

 

「もう一度言う。大人しくしろ。でなければこの女の首が飛ぶ」

 

「ッッ!」

 

 

3号は変身を解除しようとした。するとビディが叫ぶ。

 

 

「ヤメテ! こんなヤツの言うこと、気にしなくていいです!」

 

 

皮肉にも、その言葉が3号の心を動かした。

ビディを失いたくない。3号は両手を挙げて、完全に沈黙した。

 

 

『リモート』

 

 

イーグルアンデッドが飛び出してくるとビディに爪を向ける。

一方で前に出たブレイドは三枚のカードを順にスラッシュして読み込ませていく。

 

 

『キック』

 

 

カードの絵柄が動き、ローカストが大ジャンプ。

 

 

『サンダー』

 

 

ディアーがその角から雷撃を。

 

 

『マッハ』

 

 

ジャガーがシャカシャカと地面を駆ける。

三枚のカードはブレイドの周囲を飛行して、最終的には後ろへと並ぶ。

 

 

『ライトニングソニック』

 

 

電光石火の如く、電撃の残像を残しながらブレイドが走る。

3号に突進を繰り返し、怯ませたところで地面を蹴った。

 

 

「ヴェエエエエエエエエエイッッ!!」

 

 

靴裏のスペードが激しい光と電撃を発生させる。

3号視点では一瞬だった。一瞬で体勢が崩れ、目の前にある靴裏が胸にめり込む。

帯電しながら3号は倒れ、変身が解除される。

 

 

「お前たちはこの力をどう考える? それが一つの答えだ」

 

 

ブレイドは一枚のカードを投げた。

それは滝黒の胸の中央に突き刺さると、何かを吸収し始めた。

 

 

「知らないなら知らないままでいたほうがいい。俺は『零の円環(ラウンド・ゼロ)』、お前たちを終わらせにきた死神だ」

 

 

そう、炎だ。クロスオブファイアを吸収してカードに移している。

やがてカードは滝黒から離れ、ブレイドの手に戻った。滝黒は青ざめ、立ち尽くしている。

ベルトが出せないのはすぐに分かった。

体が重く感じる。3号の力が消えていたのだ。

 

 

「だが無知は罪だ。ましてや手にした力もな」

 

 

ブレイドはビディを掴むと、背中を軽く蹴る。

よろけ、前のめりになった彼女は、滝黒を見た。

これでいいんだ。滝黒は彼女を抱きとめようと体を起こし――

 

 

「代償は払ってもらう」

 

 

ブレイドは剣を振った。ビディの右腕が切断され、宙を舞う。

 

 

「――ッ! 藤島さん!!」

 

 

滝黒の表情が鬼気迫るものへ。しかしそれも一瞬で変わった。

ブレイドがマッハとスラッシュを使用したのだ。ブレイドは一瞬で滝黒の背後に立つ。そして滝黒の左腕が地面に落ちた。

焼けるような激痛。しかしそこで光が迸る。

 

 

『ファイア』『リカバー』

 

 

本当に焼けていたようだ。滝黒とビディの腕の傷が焼け、止血される。

さらにリカバーの力で痛みが引き、傷がふさがっていく。

 

 

「なんで――ッ! クソォオ!」

 

 

滝黒はビディを庇い、ブレイドを睨む。

そこでブレイドは変身を解除し、剣崎に戻った。彼はゆっくりとサングラスを外す。

 

 

「!!」

 

 

まさか。そんな。そんなことが、まさか。

滝黒は未曾有の感情を抱き、思わず震え上がった。これは恐怖だろうか? いや、それはもっと大きな何かだ。

滝黒は剣崎のことを最低な男だと思っていた。約束どおり大人しくしたのにビディを傷つけ、自分をも傷つけた。

 

ビディは片腕を失ったショックで青ざめ、ブルブルと震えている。

彼女をこんな目に合わせた剣崎という男を絶対に許せないと思った。

だが、しかし剣崎の目を見た瞬間、自分は間違っていたのかもしれないと思う。

なんて、なんて――、哀しい目をしているのか。なんて瞳で俺を見るのか。滝黒は震え上がった。もしも、いやまさかそんなことが……。

だが、もし仮に剣崎がもっと大きな何かと戦っている途中であるとしたら?

 

 

(俺たちが敵なのか――?)

 

 

悪、なのか?

颯爽と駆けつけた仮面ライダー。それがもしも剣崎だとすれば――ッ。

彼は救いではなく、滅びを与えにきたのだとすれば……?

 

 

「何か――ッ!」

 

 

滝黒は立ち上がり、叫ぶ。

 

 

「何か――ッ! オレにできることはありますかッ!?」

 

「………」

 

「何でもいいんです! 何でも……!」

 

 

剣崎は首を振る。

 

 

「何もない。しかし、そうだな……」

 

 

そして踵を返した。しいて言うなら――

 

 

「生きろ。最期の――、その瞬間までな」

 

 

滝黒とビディは剣崎が歩き去るのをジッと、ただひたすらジッと見ていた。

そこでふと滝黒は地面を見る。なんとも皮肉なものだった。斬りおとされた二人の腕が重なっている。

それを見て、滝黒は唇を噛んだ。

 

 

「もし、オレに最期が来るとすれば……」

 

「?」

 

 

滝黒は怯える手を差し出した。

 

 

「その時は、貴女の傍にいたい」

 

 

ビディは少し驚いたような顔をしたが、呆れたように微笑んだ。

 

 

「ワタシも、ドウカンです」

 

 

ビディは滝黒の手を取って、立ち上がる。

 

 

「まだラッキーでした。ワタシは左利きなんです」

 

「オレは右利きです、けど……。そういう問題じゃ――」

 

「これからは、お互いタスケあいです。補っていこ?」

 

 

ビディは滝黒の左側に立ち、ピットリとひっつく。

二つのシルエットが重なって、異形の影を作った。

 

 

「藤島さん。オレ、バルドを辞めます」

 

「え? なんで?」

 

「今のオレは足手まといだ。体じゃなくて、心が――……」

 

 

首を振る。一番の理由は最大のエゴ。

少しでも長く、安全なところでビディと一緒にいたい。

きっとそれが剣崎の望んだことでもある。

 

 

「禁忌に触れ過ぎたんです。オレ達は……」

 

 

太陽に近づきすぎたイカロスは、その翼が溶けて死んだ。

 

 

「オレは、死にたくない――ッ!」

 

 

怖いんだ。申し訳ないけれど。情けないけれど。

 

 

「ダイジョウブ。ワタシがついてます。ずっと味方だから」

 

「ありがとうございます。藤島さ――、じゃなくてビディさん」

 

「もっと早くヨベ! ですっ!」

 

 

二人は笑った。哀しいし、苦しいし、辛いし怖いし痛いし、でもとりあえず笑っておいた。

彼女の、彼の笑顔を見ていると、不思議とおかしかった。

 

 

「ここから、はじめましょう」

 

 

オレたちはあの時から何も進んでない。

何をしても、笑っても、怒っても、泣いても、全ては空虚なものなんだ。

だから終わりにしよう。

枷は、ここで引きちぎる。二人は歩いていく。果てしない旅路がはじまった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。隼世は立木に呼ばれてバルド本部にやってきていた。

立木は汗を浮かべ、タバコをふかしている。

 

 

「やっぱ、あれか? マジか」

 

「はい。何度も試したんですが……」

 

「勘弁してくれよ隼世。そこをなんとか」

 

「無理です」

 

「まずいんだよ。滝黒の野郎、電話一本で辞めますって。なあ?」

 

「止めなかったんですか?」

 

「だって死にたくないって言われたらどうしようもねぇじゃん」

 

 

片腕が無くなっていたのを見れば、引き止めることができなかった。

契約上、死んでも文句は言えないようになっているが、いろいろと倫理の問題なのか、辞めることを止めることはできない。ましてや負傷しているともなれば、なおさらだ。

 

 

「誰にやられたかは?」

 

「最後まで言わなかった」

 

「脅されてるとかは――?」

 

「ンなこと、いちいち考えたって仕方ねぇだろ。流石にそこまでは知らん」

 

 

それよりも隼世だ。立木としては非常に困る展開であった。ずっと首謀者だと思っていた慶太郎(ガイスト)が死んだ。自殺? 本当に? 水野町でもまた何人か死んでいるのに?

 

 

「それでお前が変身できないのは、まずいだろ」

 

「すみません。ベルトを出すことも無理です」

 

「やっぱアレか? お前、彼女と別れたのがマズイのか?」

 

「そんなことは、ないと、思いますが」

 

「分かりやすいくらいテンションが低いんだよ。いいか? お前な、誰だって経験することなんだよ。そりゃお前、俺なんて何人の女を泣かしてきたか。そして今は俺が養育費で泣かされそうに……、ってまあコレはいいか。とにかくな、ほら、これ。いや何ですかって見りゃ分かるだろ金だよ金! 最近化け物が増えてるから貰える額も増えてんだ。とにかくコレで風俗行って一発ヤッてこい。その後にな、ラーメン食って、ライスか半チャーハンつければ全部上手くいくんだよ。いいか? デリヘルだからこっそりヤれよ? 大丈夫大丈夫、俺の知り合いがやってる店だから。表向きは素股だが、そこからスムーズに――」

 

 

隼世としても切り替えたかった。ルミとはもう終わったし、引きずるのは格好悪い。

だから今回は立木に流されることにした。ホテルに行ってしばらくベッドの上に座っていると、キレ長の目をした綺麗なお姉さんがやって来た。

 

隼世は少しだけガッカリした。

どちらかと言うと丸っこい目のほうが好きだ。たとえば、そう――、ルミみたいな。

あと良い匂いがしたのだが、少しキツい花の匂いは苦手だった。隼世が好きなのはもっとナチュラルな感じの――、たとえばルミの匂いは凄く落ち着いた。

 

 

「ねえ、タバコ吸ってもいい?」

 

 

隼世はタバコを吸う女性が好みではなかった。

その点、ルミはお酒は飲んだが、タバコには興味がなかったか。

 

 

「お兄さんカッコいいね。この前の客が最低でさぁ」

 

 

お姉さんはペラペラと前の客の悪口を楽しそうに話した。

いずれにせよ気分の良い話ではない。確かにルミも不平不満や悪口をよく呟いていたが、嫌らしさはなかった。

 

 

「そういえばこの前――」

 

 

しょーもない話もルミのほうは聞けたのに、なんだか今はイライラしてしまう。

ちょっとした仕草や、声、鼻の形を見る。

 

 

(ルミちゃんの方が……)

 

 

ハッとする。

これからすることを、ルミへの裏切りだと思っている自分がいる。

未練を吹っ切るどころか、より強くなっている。このままではダメだ、隼世は財布から三万円を取ると、それを渡してさっさと出口に走る。

 

 

「ごめんッ、ちょっと具合が悪くなったから帰るよ。今日はどうもありがとう!」

 

「え? へ?」

 

 

隼世が出て行くと、お姉さんは嬉しそうに三万円を見つめた。

 

 

「おだいじに~」

 

 

隼世はホテルを出て走る。

しかし次第にペースがゆっくりになっていった。トボトボと歩き、ため息を漏らす。

 

 

「何をやってるんだ僕は……」

 

 

カフェに入り、コーヒーを飲みながら唸る。

 

 

「ん?」

 

 

なにやら騒がしい。

見れば芸能人が来たようだ。カメラも見えるため、ロケを行っているらしい。

最初は気にしないようにしていたが、隼世の席からはその人がよく見える。チラリと確認してみることに。

 

優しそうな小太りのおじさんがお店の名物を食べていた。

隼世はそこでコーヒーを飲む手を止める。何か――、とても大きな……、例えるならばまさに運命だろうか? そういうものを感じて、隼世はロケが終わるのを待った。

カメラが止まりカットがかかる。スタッフが次の打ち合わせをしている間、その人は暇になったのか、店内をブラブラと歩いていた。

隼世はそこで、彼に声をかけた。

 

 

「すみません。実は僕――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。わざわざ時間を作って頂いて」

 

「いやぁ、いいんだよ。どうせローカル番組で細かいところ適当だし」

 

 

隅っこの席で、二人は向かい合っている。一之瀬(いちのせ)勇人(ゆうと)とは、現在はバラエティ番組でたまに見るおじさんだ。

昔は俳優をしており、特撮ファンからは仮面ライダー2号・一文字隼人を担当した男として有名である。

 

 

「キミも好きだったのか。でも世代じゃないだろ」

 

「ええ。ですが、子供の頃はよくビデオで」

 

「そっか。悪いね。今じゃこんな小太りのおじさんだ。ガッカリしたろ」

 

「そんな……!」

 

「いやいや、事実だ。SNSもやってるんだけどね。劣化したもんだって、よく言われるよ。他にも落ちぶれたもんだとか、仕事がなくなったとか。まあ事実だしな。ライダーやってたころはまだ注目されることもあったけど、今はもう終わっちゃったし」

 

「ええ。その――、僕も残念です」

 

「なんだっけ? ライダーの格好で犯罪やっちゃった人のせいだっけ? 酷い屑がいたもんだよな。これでも正義を訴えてやってたつもりなんだけど、届いてなかったのかね」

 

 

一之瀬はタバコをふかす。

 

 

「昔から好きだったんだけど、ライダーやってた頃は吸わなかった。いろいろ矜持はあったよ。他の人たちもきっとそうさ。まあ中には性格悪い人もいるけど、ははは」

 

 

おしぼりで顔を拭く。

 

 

「そうそう、昔は撮影が辛くてね。今じゃありえないブラック現場だよ。俺なんて命綱なしで橋から落とされたんだぜ? まあこの前バラエティでバンジーやらされたけどね、アレのおかげで全然怖くなかったのはラッキーだったのかな? ははは」

 

「………」

 

「あん時は全部若さのエネルギーだけでやってたなぁ。毎日食堂でおばちゃんが納豆飯ごちそうしてくれて。どんぶり山盛り三杯くって撮影してたっけ」

 

 

そこで一之瀬は、隼世の元気がないことに気づく。

 

 

「どしたの市原くん。俺のファンなんだろ? もっと嬉しそうな顔をしてよ」

 

「す、すいませんっ! ただ、その――ッ、少し悩んでいて」

 

「何? どうしたの?」

 

「正義とは、なんなんでしょう?」

 

「うーん、難しい質問だコリャ」

 

「僕はずっと正しいことをやってるつもりでした。でも、全然うまくいかなくて。正しいことが僕から離れていく感覚が……、怖いんです。結局多くの人を傷つけてしまった」

 

 

一之瀬は窓の外を見ていた。

 

 

「喜んで楽しんで、苦しんで悲しんで、それでも明日が来る」

 

「え?」

 

「無垢な心こそ、永遠に取り戻せないものだ。それがある者に世界と人は、どうしようもなく嫉妬する……」

 

 

そこで一之瀬は『タバコの火を消した』。まだ吸えたのに消したのだ。

隼世にはまだ、その意味が分からなかった。

 

 

「市原くんは、あれかな、仮面ライダーに会ったことはあるのかな?」

 

「え? ショーとか、今とか……、ですか?」

 

「いやいや。そういう意味じゃない。本物に会ったことがあるかって話だよ」

 

「え? あ、えーっと……」

 

 

大丈夫、まだボケてはないからと一之瀬は笑う。

 

 

「俺もライダーの現場辛くてさ。何回かバックれて滅茶苦茶ブチギレられたんだよ。それも辛くてさ。もう辞めようと思ったことはあったよ。どうせこんなジャリ番蹴っても俺のキャリアには関係ないってね」

 

「そんなことが……」

 

「でもさ、あれはいつだったかな……? まあそれはちょっと忘れちゃったんだけど、会えたんだよ、本物のライダーに。そしたらまあ少しだけ頑張ってみるかって思ってさ」

 

「え? そ、それはどういう……?」

 

「分からない? まあ、それでいいよ。いつか分かる時がくる。自分から探すのもいいし、受身でもいい。見つからなかったら……、それはそれだ」

 

 

一之瀬がスタッフに呼ばれる。もう行かないと。

 

 

「そうそう、これも何かの縁だ。一個、秘密を教えちゃう」

 

「え?」

 

「実はさ。今度、ライダーを復活させようかって話があるんだ。おやっさん枠でオファーが来てね」

 

「本当ですか!?」

 

「うん。あ、これSNSで流しちゃダメだからな。タイトルは仮面ライダーZOっていうんだけど……」

 

「一之瀬さーん!」

 

「はいはーい! 今行きますよー! じゃあ俺はコレで」

 

 

一之瀬は隼世のコーヒー代を払ってくれた。

隼世は俯いたまま、しばらく動けなかった。

理解力か、抽象的にすぎたのか、いずれにせよ隼世には一之瀬の言葉の意味がまったく分からなかった。

 

まあ、いずれにせよ少し遅かったのかもしれない。

失ってしまったものは、そう簡単には戻ってこない。

ホテルのベッドでルミは寝転んでいた。いつもは笑顔の彼女も、今はすっかり表情が沈んでいる。

ここにいれば隼世が帰ってくると思っていたが、サッパリだった。

通話アプリでメールを送ってみたものの、既読さえつかない。

 

 

(嫌われちゃったのかな……)

 

 

どんな時も――、それこそ絶対にルミが悪い状況だって、隼世は味方をしてくれた。

だから甘えてしまっていたのかもしれない。今にして思えば、そもそも隼世がライダーの力を手にする原因になったのも自分だ。

おかしなワガママに付き合わせた結果、彼を死なせたのだ。

隼世はそれを責めたことは一度もない。ルミも忘れてしまったほどに。

 

 

(ずっと、我慢してたのかな……)

 

 

ボロボロと涙が出てくる。

 

 

(もうイッチーに会えないのかな? そんなのヤダなぁ)

 

 

拭っても拭っても涙は溢れた。

昨日からずっと泣いているのに、それでもまだ涙が出てきた。

 

 

(仲直りしたいなぁ)

 

 

体も心も重い。ダルい。何もしたくない。

頭が痛い。心も痛い。その内にルミは泣き疲れて眠ってしまった。それが全ての間違いだった。彼女は今日、外に出ておくべきだった。

 

下の階では赤いパンツだけを身につけた男が走っていた。

彼は昔、射精の気持ちよさが忘れられず学校でもオナニーをして、パンツの中に射精したまま放置していた。

そうしたら精液が乾いて臭いでバレてしまった。

そこからはイジメの連続だ。イカ臭ェと何度いわれたか。

 

でもそれは今日で終わる。

なぜならばどれだけ射精してもいいと認められたからだ。

だから男は廊下を走りながら本能が赴くままに射精をする。このホテルはビジネスホテルだが、セックスをしている人もいるはずだ。あるいは女性の一人旅の可能性もある。

水野町は海が綺麗だから、水着の女性を想像して射精した。

 

たくさん出た。一回出しても、すぐに新しいのが出る。

そうやって男は黒い精液を手当たりしだいに発射していく。

射精してもいい。男は嬉しかった。そもそもずっとそう思っていた。このパンツにもたっぷりと精液が染み付いて、イカの臭いを放ってる。

ありがとう。みんな。俺は、元気です。

 

 

「ありがとう、僕は、生きていてよかった」

 

 

男は立ち止まる。黒い涙が溢れた。射精が間に合わず、睾丸が破裂した。

心臓も破裂する。黒い液体が溢れる。

男は最期の力を振り絞り、ライターの火をつけた。それが黒い精液に触れたとたん、激しく燃え上がる。

 

 

「みんな、どうか覚えておいてほしい。俺の名前は――ッッ!」

 

 

イ カ ク セ ー フ ァ イ ア ー ! !

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴホッ! ガハッ!」

 

ルミが目覚めたときには既にホテルに火の手が回っているところだった。

外には消防車のサイレンの音も聞こえる。

 

 

「だずげで……! ごわいよぉ! おねえぢゃん! いっぢー! だずけッ! ごほっ! たけぢゃん! ごほっ! げほっ!」

 

 

暗い、煙で前が見えない。

目が痛い。熱い。痛い。ルミは恐怖から腰を抜かし、はいはいで部屋を移動する。

 

 

「あづッ!」

 

 

ドアノブをまわし、なんとか外に出た。

 

 

「じにだぐない! げほっ! うぇ!」

 

 

暗い、怖い。どうすればいい? ルミは必死に前に出る。

しかしそこで気づいた。この道はエレベーターに続く道だ。それじゃあダメだ。非常口を目指さないと。

だが――、場所が分からない。廊下を行けばいいのだが、案内は真っ黒な煙に隠れているし、何よりも恐怖が勝った。

 

 

「うぇえぇえ゛ぇええんッッ!」

 

 

ルミは泣きながらハイハイで非常階段を目指す。

しかし爆発音がした。ルミは恐怖で動きを止める。

何かが倒れてきた。足が動かなくなった。廊下に飾っていた観葉植物が倒れて、ルミの脚の上に落ちたのだ。

ルミはパニックになる。抜け出そうとしたが、恐怖で足がすくんで全く抜け出せなかった。

 

 

「いぢはらぐん! だずげぇ! いやだ! やだよぉぉおお!!」

 

 

咳き込みながら隼世に助けを求める。

だがいつのそばにいてくれた人は、もういない。

 

 

「だずげ――ッ! ごほっ! がはっ! おぇッ! いやだ! だすげでぇええ!」

 

 

煙が広がっていく。炎が広がっていく。

ガラガラガラガラドシャーンッ! 何かが崩れる音が聞こえた。ルミの悲鳴はその中に消えていった。

 

 

 

 

 

隼世は真っ青になり、目を見開いている。

ルミと顔を合わせるのが気まずくて、ホテルには戻らなかったが、『敵』がそんなことを知るはずもない。

そうだ。岳葉の母が狙われた時点で、考えておくべきだった。

腰を抜かす。その前にはマリリンが立っていた。

 

 

「腰を抜かして這ってたのがよかったみたい。煙をそれほど吸わずに済んだの」

 

 

ルミが火災に巻き込まれたと聞かされたときは心臓が止まるかと思ったが、すぐに救助されて命に別状はないとの情報が入った。

ルミは今、水野町の病院で手当を受けている。ショックを受けているようだが意識はあるようで、受け答えもできる状態だった。

隣には同じく涙目になっている瑠姫がはりついていた。

 

 

「一応軽い火傷をしているし、もしかしたら何かあるといけないので今日は検査入院になるそうよーん」

 

「そ、そうですか」

 

「まあでも一番良かったのは消防士さんたちが来てくれたことよね」

 

 

海水浴シーズンを過ぎて、お客が少ないのも良かった。

消防隊長はルミがいるかもしれないということを知ると、危険を顧みず救助に向かってくれたのだ。

その命知らずの隊長が、立木と共にやってくる。

報告を受けていたらしい。隼世は隊長の顔を見てハッとする。それはいつの日か、隼世に厳しい言葉をかけた、あの人物だったからだ。

向こうも隼世に気づいたみたいで、軽く頷いた。

 

 

「久しぶりだな」

 

「え、ええ。お久しぶりです」

 

 

立木は隊長と軽くやりとりをして歩いていった。どうやら見つかった死体(はんにん)のことを聞いていたらしい。

損壊具合や、見つかったときの肉体変化から、ノコギリトカゲ面と関係があるかを調べているのだ。

こうして隼世と隊長は二人残される。

 

 

「貴方がルミちゃんを助けてくれたと聞きました。その――、本当にありがとうございました」

 

「そうか。あの子と知り合いだったのか」

 

「え、ええ。炎の中を進んでくれたとか」

 

「本来ならばもっと慎重になるところだがな。生存者がいたと聞いていたから進もうと決心した。そんなに上の階ではないというのが幸いしたな」

 

 

それに、なによりも――

 

 

「キミにあんなことを言ったんだ。我々が最善を尽くさなければ示しがつかない」

 

 

そこで隼世は頭をかき、近くにあった椅子に座り込んだ。

 

 

「すいません。僕は……、また同じことをしている」

 

「警察に?」

 

「ええ。でもこれは偽り――、仮面です。僕のライダーの力で手に入れた架空の居場所だ。何もかも間違っているのかもしれない」

 

 

隊長は何かを言おうとして、止めた。

そして隼世の隣に座ると、肩に手を添える。

 

 

「私があの時、キミにあんなことを言ったのは、他の隊員や消防士の未来のためでもあるが、キミが間違った道に進むかもしれないと思ったからだ」

 

 

隊長はあの時、隼世が全能の神になろうとしているように感じた。

 

 

「だがそれはいけない。我々は神ではない。神になってはいけないんだ」

 

 

履き違えてはいけない。火災を沈め、人を救助するのは消防士の役割なのだ。

それは人間の絶対的なルールのひとつなのである。隼世はそれを破ろうとしているように感じた。それではいけない。

 

 

「だが今のキミに神になるつもりはないように思える。いいかい? たとえ変わっていても、変わっていなくても。助けを求める人の為に、この手を伸ばす。それが我々に与えられた人の心というものなんだ」

 

 

隊長はメモを取り出すと、ある住所を書いてちぎる。それを隼世に手渡した。

 

 

「個人情報を教えるのはダメなんだが、今回は特別だ。そこにキミに会いたいと言っていた人がいる。一度顔を見せるといい」

 

「どなたですか?」

 

「それは行って確かめてくれ」

 

 

もう行かなければ。隊長は立ち上がる。

 

 

「おそらく、これからもっと大きな『何か』が起こる」

 

 

少なくとも良いことではない。隊長は立木と話して、それを感じていた。

 

 

「もしもその時に火災が起きれば、我々が出動し、けが人が出れば救急車が走る。そしてもしも悪人が裏にいたのなら、警察が動く」

 

 

隼世は警察である自分を偽りだといった。

しかし隊長は首を傾げる。隼世はそこに『いる』。幻などではない。

 

 

「ならばキミはなんだ。決まっている、仮面ライダーだ」

 

「ですが僕は――ッ!」

 

「称号なんてなんだっていいんだ。大切なのはキミには、キミにしかできないことが必ずあるということだ。どうかそれを忘れないでくれ」

 

 

そういって隊長は去っていった。

隼世は貰ったメモを見て、住所を確認する。知らない場所だった。しかし行かなければならない。

少なくとも隼世はそう思ったので、病院を出ることを決めた。

ルミに会う勇気は、まだ無かった。

 

 

 

隼世はメモに記された住所にやって来ていた。

水野町から隣町にあたる場所で、閑静な住宅街の一つだ。

見たところ、三階建ての家というだけで、他に変わったところはない。隼世がインターホンを鳴らし、隼世は隊長の紹介でやって来たと告げる。

するとすぐに扉が開いた。

 

 

「どうも……!」

 

 

女性が出てきた。どこかで見たような気がするが、隼世は思い出せなかった。

中へ案内され、ソファに座ると、紅茶を出してくれた。

それを飲もうとすると、バタバタと音がして扉が開いた。隼世が視線を移すと、中学生くらいの女の子が立っていた。

 

 

「ど、どうも!」

 

「ど、どうも……」

 

「お久しぶりですっ! 石上(いしがみ)美香(みか)ですっ!」

 

 

まずい、分からない。

隼世が焦っているのに気づいたのか、女の子は慌てて自己紹介を付け足す。

 

 

「火事があったホテルでっ、あなたに助けていただきましたっ!」

 

「あ……!」

 

 

六年前にあった『島谷ホテル』の火災事故。そこで隼世はギャレンに変身して、とりのこされた石上家を救出したのだ。

 

 

「ああ! あの時の――ッ!」

 

 

跳ね起きる隼世。

とりあえず笑っておくと、向こうも笑顔を返してくれた。

石上一家はあれからSNSで話題にすることもなく、ただ毎日颯爽と現れたヒーローに感謝していたのだ。

せめて一言お礼が言えればと、消防隊に連絡を入れておいたのだが、今日やっとと言うことだった。

 

 

「今まで、一日だって貴方のことを忘れたことはありません。お父さんやお母さん、私を助けてくれて、本当にありがとうございました」

 

 

美香ちゃんは深く頭を下げた。今は毎日がとっても楽しいらしい。

部活を頑張り、勉強を頑張り、優しい彼氏もできたとか。今度は受験だ。がんばると言っていた。

 

 

「私も貴方のように皆を助けたくて、弱いけれど頑張っています」

 

 

急な訪問だったので、何も用意できないのが申し訳ないと謝られた。

別に良いと隼世は言ったが、高い紅茶をいくつか貰って、石上さんたちとは別れた。

隼世は家を出て、しばらく歩く。携帯を見ると立木から連絡があった。隊長から美香の住所を教えたと報告を受けたらしい。

それを聞いて立木も思うところがあった。隼世が落ち込んだときに見せようと思っていた映像があるらしい。

 

本当は忘れていたのだが、そこは黙っておく。

とにかくその動画のリンクを送る。隼世も言われるがままに動画を再生した。それはニュースの映像だった。

SOSアプリというものを開発した女性のインタビューであった。いろいろな機能があるらしく、たとえばお年寄りに持たせて定期的にアプリを起動させないと救急や家族へ連絡がいくようになっていたり、ほかにもいじめで苦しんでいる子や、パワハラで悩んでいる人たちがどうすればいいのかが書いてあったり、相談ができる場所へ通話ができるようになっていたり。

なによりも今、死にたいと思っている人たちをどうにかして助けようとする機能が組み込まれていた。

 

 

『どうしてこのようなアプリを?』

 

 

インタビュアーが質問をすると、メガネの女性は頷いた。

 

 

『私もかつて自殺を考えていて、実際に飛び降りようと廃墟に侵入しました』

 

『そうだったんですか? なぜ思いとどまろうと?』

 

『ある人に助けて頂いたんです。名前も分かりません。今、どうしているかも分かりません』

 

 

隼世は気づいた。その人は、隼世が仮面ライダーになるきっかけになった少女だった。

あの時、自殺を止めようとして隼世が落ちてしまったのだ。そして彼は死んで、アマダムによって蘇生された。

 

 

『きっとその方は、私のせいでとても大変な苦労をされたと思います』

 

 

女性も分かっていた。隼世は確実に死んでいたが、生きていた。

それは普通じゃない。きっと何かがあったのだと、察するのは難しくない。

しかし女性は長い間、隼世から逃げていた。自分からも逃げていた。

だがやっと、前に進もうと想い、アプリを作ったのだ。

 

 

『もしコレを見ているのなら、どうか連絡をください。お礼を言いたいんです。あの時は本当にごめんなさい。そしてありがとうございました』

 

 

今は毎日が充実していると。

 

 

『そして、もし――、こんなことをいうのもおこがましいのですが……、もしも貴方が迷っていたり、苦しんでいたら、どうか忘れないでください』

 

 

女性は深く頭を下げた。

 

 

『あの時、貴方の立派な行為は……、決して無駄ではなかったんですっ! 本当に、本当にありがとうございました――ッ!』

 

 

それはほんの僅か一瞬。だが、確かにあった。

隼世は涙に濡れた目で、まっすぐ虚空を睨みつける。まだだ、まだなんだ。あと一歩で真理にたどり着けそうな気がしたが、どうやらそれは無理らしい。

きっと隼世はあと一歩で落ちる。

 

しかしそれでも、『何か』は掴めた。今、分かることといえば、それを絶対に離してはいけないということだ。

それとあともう一つ、コレだけはハッキリと分かることがある。

このままじゃ終われない理由ができた。

 

その時、隼世は思い出す。

男性を殴ろうとしたとき何かに手を掴まれた感触があった。あのとき、自分の腕を掴んでいた『紅い腕』は――

 

 

「見えた……! 見えたぞ! 仮面ライダー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

喪服姿の敬喜は父親のゲイバーで寝泊りをしていた。

携帯には涼霧から心配するメールがいくつも送られているが、適当な返事でごまかしていた。

携帯が震える。また涼霧かと思って画面を見ると、隼世からだった。

涼霧はその内容を見て、一瞬無視をしようと思ったが、歯を食いしばって奮起。店を出て走った。

 

 

岳葉の母の通夜は身内だけということだったが、それでも職場のパートさんたちがたくさん来てくれた。

しかし岳葉は無理を言って、挨拶や進行を全て葬儀場のスタッフにお願いしていた。

本人はロビーでうなだれ、隣には瑠姫が座っている。

 

 

「たくさんの人が来てくれてるのね」

 

 

瑠姫は岳葉の肩に触れる。

岳葉は何かを言おうとして――、止めた。無言で頷く。

 

 

「母さんは……、それだけ凄い人だったんだ」

 

 

岳葉の声は小さく、震えていた。

 

 

「ちゃんと真面目に働いていた。俺には全然できなかったことだ」

 

 

みんな母の死を悲しんでくれていた。つまりそれだけ、必要な人物だったということだ。

 

 

「俺が死んでも、きっと誰も来てくれない」

 

「……っ」

 

 

岳葉は頭を抱え、大きく息を吸う。

あるとき、立木にそれとなく言われた。

 

岳葉、なるべく大人しくしていろ。

お前が警察に入ったことを知っている連中のなかには、お前が昔痛めつけた警官や刑事の知り合いがいる。

お前も覚えてるだろ? 派手にやったもんだよな、人工肛門になったやつとかいるんだぜ?

 

ああ、やめとけやめとけ。

謝る気持ちがあるってだけは伝えてやるよ。でも会うのはやめとけ。みんな割り切ってるんだ。もう終わったことだ。

みんなお前を恨んでる。でも抑えてる。大人ってのはそれでやって来たんだ。

影じゃ死ね死ね言ってるだろうが、とりあえずお前の力が必要なんだよ。それは皆分かってるし、割り切ってる。

だからお前は怪人を倒せ、少なくともそれがある限り、お前は―― 

 

 

………。

 

 

「で、でもやっぱりアレ、だッ、から! 謝りにいった」

 

「本当に? ど、どうだった?」

 

「別に。ただ、今はライダーとして頑張ってくれって言われただけだった」

 

 

岳葉は頭を掻き毟る。心が激痛を発する。

顔をあげると、喪服が見えた。その奥に母の遺影が見えた。

 

 

「か――ッ、昔から、友達が、少なくてっ、だから……、兄弟もいないし、しッ、それでもッ、いろいろ憧れてたものがあってッ!」

 

「うん、うん……」

 

「人生ゲームがやりたくてっ、母さんは相手になってくれた……!」

 

 

ふたりでやった人生ゲーム。岳葉は楽しかった。

 

 

「二人でレストランに行ったこともある。ふぁ、ファミレスッ! 俺は食べるのが遅くて、でもデザートとかも食べたくて……ッ! 母さんは良いって――ッッ!」

 

 

小さな手でスプーンを掴む岳葉を、母は微笑んで見ていた。

二人で食べたお昼ごはん。手を繋いで帰った日もある。

岳葉はボロボロと涙を流し、すすり泣く声を必死に押し殺していた。

 

 

「父さんが死んでから――ッ! ぐっ! うぐっ! サンタのプレゼントをッ! い、い、一度だけ――ッ! だけっ! 貰ったことがある! あ、あ、れは! あれは母さんが用意してくれて――ッッ!」

 

 

岳葉は言葉を止めて、涙を拭った。

瑠姫は彼の背中を優しく撫でて、ハンカチを差し出す。やがて少し落ち着いたのか、岳葉はハンカチを握り締めた。

 

 

「愛されてた。でも俺は、お母さんを悲しませることしかできなかった……!」

 

 

温泉に連れて行ってあげたかった。

もっと、おいしいものを食べさせてあげたかった。

犬が好きだったので、いつか飼わせてあげたかった。

 

 

「でももうできない。もう会えない」

 

 

小さな背中だった。弱弱しい声だった。

 

 

「寂しい……ッ! 俺はもう、独りだ……!」

 

 

それを聞いたとき、瑠姫は激しい怒りを覚えた。

 

 

「バカにしないで……!」

 

「え? えっ!?」

 

 

今までで一番悔しかった。だから岳葉を激しく睨みつける。

 

 

「ナメないでよ――ッ!」

 

「え? る、瑠姫?」

 

「私がいるじゃない!?」

 

 

後悔しているのは何も岳葉だけではない。

瑠姫だってそうだ。彼女も岳葉の母とは顔を合わせていた。

母は、瑠姫が岳葉と付き合ってるのを知るととっても嬉しそうだった。あの時に言っておくべきだったのだ。

 

 

「ねえ岳葉くん。結婚しよう?」

 

「え? え!? えッ!?」

 

 

岳葉は涙を拭いながら、信じられないと言った表情を浮かべる。

 

 

「何? 私じゃイヤ? 子供ができないから? ちょっとメンヘラ入ってるから? 大丈夫、それは昔の話よ」

 

「いやッ、そ、そうじゃ! そうじゃないけどッ!」

 

「じゃあ決まり」

 

 

そういうと瑠姫は岳葉の手を取った。暗めのアイシャドウのせいか、睨まれているように思える。

しかし瑠姫は岳葉の手をギュッと、優しく、けれども強く握り締めた。

 

 

「忘れないで、私は、貴方に救われたの」

 

「で、でも俺っ!」

 

「そうね。貴方はダメダメで、ヘボヘボで、クズクズで、おまけにレイプ魔で殺人教唆女に好かれるとんでもない社会の癌だけど――」

 

「え? あ、え? うっ!」

 

「私を救ってくれたじゃない」

 

 

岳葉は唖然とし、瑠姫を見る。

瑠姫は優しく微笑んだ。彼女は心の中で最大の対抗心を燃やし、笑ったのだ。

申し訳ないですけれどお義母さん。私の笑顔は貴女を超えます。

今日この日、私は貴女の宝物を奪います。

でもその代わり、必ず独りにはさせませんから。

 

 

「独りじゃなくて、二人で生きていきましょ」

 

 

幸せになりますから。どうか。どうか……。

 

 

「瑠姫――ッ、あ、あのっ、あの!」

 

 

岳葉はボロボロと泣きながら彼女の手を取った。

しかしその涙は、先ほどよりもずっと綺麗だった。

 

 

「ありがとう。一緒、ず、ずっと一緒にいてほしい――ッ」

 

「ええ、もちろん」

 

 

すると岳葉に声をかけた人物がいた。

思わず立ち上がり、目を見開く。

 

 

「あっ、店長!」

 

「いやぁ、本間くん。このたびは……、あの、あ、ごめん言葉忘れちゃった。とにかくコレ」

 

 

CDショップの店長は、岳葉に封筒を渡した。

ただの茶封筒だが、中を見ると五万円が入っていた。

 

 

「わ、わざわざッ、す、すみ、すいません」

 

「いやぁ、そりゃ来るよ。本間くんは真面目に働いてくれてたし。あんな適当なお店で」

 

 

自覚はあったみたいだ。夢のCD屋だったが、やはり今の時代はやっていけなかったと。

 

 

「でもまた新しいお店を開くことにしたんだ。音楽、好きだからね。本間くんも働きたくなったらいつでも正社員にするからね。来てね」

 

 

店長はヒラヒラと手を振って、帰ろうとする。

 

 

「本間くん。俺もね、もう父も母もいないんだ。最初はね悲しかったけど、両親ってのは絶対に早く亡くなってしまうものなんだよ。だから、その、上手くはいえないけど、コレで終わりとかじゃないから。まだまだ楽しいことはあるから、生きてみてね」

 

 

そう言って店長は帰っていった。

瑠姫は微笑むと、岳葉の背中を撫でる。岳葉がなんだかんだちゃんと働いていたから、店長は来てくれたじゃないか。

 

 

「貴方のやって来たことは褒められないかもしれないけれど、全てがそうとは限らないでしょ?」

 

「???」

 

「確かに、光っていたこともあるの。ちゃんと生きようとしていた時間は無駄なものでは無かったわ」

 

 

だから光が共鳴する。同じ光が集まってくる。

そこで慌てたような足音が聞こえた。二人が振り返ると、隼世と目が合った。

 

 

「すまない岳葉ッ、遅くなって……!」

 

「隼世――ッ!」

 

 

隼世は香典をスタッフに渡して焼香を済ませると、二人のもとへ歩いてくる。

まずは深く、頭を下げた。

 

 

「この前は、本当に申し訳ない。全て僕の失言だ」

 

「い、いやッ、いいんだ……!」

 

 

瑠姫を見ると、彼女も頷いた。

 

 

「ええ、ごめんなさい。私も隼世さんにいろいろお世話になったのに」

 

 

瑠姫は昔、隼世に提案をした。

彼女は罪を犯した。このままルミたちと楽しく過ごすためには、まずはそれを償いたいと。

しかし彼女は確かに殺人教唆にあたるかもしれないが、岳葉にはライダーの力があり、どうやっても逃げることはできたし、むしろ瑠姫を諭すこともできたはずだ。

 

さらにライダーという未知の存在から、彼女を法で裁くことは難しかった。

とはいえ瑠姫としては何の罪もない義弟を死においやった過去がある。それを聞くと、隼世は彼女に社会復帰のための方法をいろいろと提案してくれた。

 

同じ境遇にある人とふれあい、これからどうやって更生をするか。そうやって瑠姫は今までを生きてきた。その間は何度も過去の罪に押し潰されそうになったが、隼世やルミに励まされて何とかやってきた。

にも関わらず、隼世の苦労を考えてなかったのかもしれないと。

 

 

「私はきっと隼世さんを善人超人かなにかと勘違いしてしまったのね。ごめんなさい」

 

「いや、いいんだ。僕もそうありたかった。折れてしまって腐っただけさ」

 

 

ちゃんとした人間じゃない。欲望を抱え、エゴを前に出し、自分勝手に生きる。

そうしているとまた誰かが走ってきた。敬喜だ。女性物の喪服を着ており、隼世と同じようなことをして駆け寄ってくる。

 

 

「ご愁傷様。ボクはパパが殺された」

 

「あ――ッ」

 

 

なんと声をかけていいか分からず、岳葉は俯くだけだった。

そうしていると敬喜は隼世を見る。

 

 

「メッセージ見たよ。伝えたいことって、なに?」

 

 

隼世は敬喜をココに呼んだ。正確には志亞にも送ったが、来たのは敬喜だけだった。

山路は携帯を持っていない。行方も分からない。

 

 

「これからのことさ。僕と岳葉はショックから変身できなくなった」

 

「岳葉お兄さんは何となく分かるけど、隼人先輩は?」

 

「矜持を失った。一般人を殴り、脅した」

 

 

あやまりたかったが、立木からもう絶対に会わないと言っていたらしいと伝えられた。

本当は立木の嘘であるが、少なくとも隼世はその嘘を信じた。

 

 

「ふぅん。まあでも、ボクも似た感じ」

 

 

父の死を思い出すと、今でも体が震えてくる。

 

 

「ボクね、もうね、戦いたくない。全部捨てて逃げ出したいの」

 

「僕もハッキリ言えばそうだ。だが――」

 

 

隼世は首を振る。そして少し話題を変えた。

ずっと考えていたことがある。岳葉が1号、隼世が2号、志亞がV3、敬喜がエックス、山路がアマゾンに変身した。

今はそれなりに時間が経ったが、他にライダーが現れたという情報は入っていない。

 

まあ斬月がいるということで日本各地、世界ではどうかは知らないが、他にもライダーがいる可能性はある。

だがすくなくとも今まで出てきたライダーで終わりだろうと隼世は思っている。

もちろんこれは隼世の勝手な決めつけでしかないが、なぜかそうとしか思えなかった。

となると、気になるのは抜けがあるということだ。

仮面ライダー、四番目。それはライダーマンだ。

彼は、どこに?

 

 

「きっと、ココだ。ココにいる」

 

「え?」

 

 

辺りを見回す敬喜。そうじゃないと隼世が言った。

 

 

「僕がライダーマンなんだ」

 

「どゆこと?」

 

「正確に言えば、僕たちが皆、"ライダーマン"なんだ」

 

 

ライダーマンはデストロンの魔の手から人類を守って、雄雄しく死んでいった。

ライダーマンの魂よ、安らかに眠れ。V3はそう心に祈りながら、怒りを込めてデストロンに立ち向かっていくのだ。

――これがテレビで流れたナレーションだ。

 

 

「ライダーマンは最期の時まで、仮面ライダーではなかったんだよ。彼は最期の勇敢なる行動を認められ、V3からその称号を与えられたんだ」

 

 

隼世は自分の右腕を見る。

 

 

「もちろん、僕たちは汚れてる」

 

 

あえて『僕たち』と言った。申し訳ないが、違うと思うなら自分で思ってくれればいいだけだ。

 

 

「ライダーマンのような高尚な存在にはなれない」

 

 

誰も否定はしなかった。まあ、肯定もしないが。

 

 

「けれど、それでも……、今から僕らが目指す道は、ライダーマンと同じだと信じたい」

 

 

仮面ライダーになって、ハッキリ言って最悪だった。

死にかけるし、辛いし、苦しいし、痛いし、怖いし、悲しいし、寂しいし。

けれどもそれは果たして本当にライダーになったからなのだろうか? この今は、ライダーになろうがなるまいが、訪れていたことなのではないだいろうか。

ならばこの苦痛はなんだ? 悲哀の可視化だとすれば――、どうか。

 

 

「あえて綺麗ごとを言う。僕らは戦うべきだ」

 

 

母が死んだ。父が死んだ。辛い想いをした。

それは苦しい。最悪だ。でもそれは――、みんな経験することだ。ライダーじゃない人も今、きっとどこかで苦しんでる

 

 

「少なくとも、僕らと同じ悲しみを味わう人たちが、たった一人でも減るように。僕らにはその力がある。今ッ、野望をかなえようとしている腐った連中がいる。そいつらをブチのめすには、僕らの力は必要なんだ」

 

 

わざわざ呼び出して、すごく遠まわしな言い方をしているが、隼世が言いたいのはたった一言である。

黒幕はまだ存在している。まだ何も終わっちゃいない。

だからソイツを倒すのだ。命を懸けて、命を賭けて。

ベルトはまだ出せないけど、戦えないけど。

 

 

「僕と一緒に死んでくれ」

 

 

だからそういうしかない。

ああ、ダメだな。これでは暗すぎる。みんな引く。

だから少し言い方を変えた。

 

 

「もう一度、ヒーローにならないか?」

 

 

沈黙が流れた。

ハッキリ言って、迷う。

隼世も皆の答えを待った。そうしていると、またドタドタと音がする。

今度は誰だ? まさか志亞か山路か? 一同が振り返ると、ルミが入院着のままやってくるのが見えた。

 

 

「るッ! ルミ!? 貴女どうして!」

 

「抜け出してきちゃった……。ここには立木さんにつれて来てもらった」

 

「はぁ!? ダメじゃない今日は安静にしてなきゃって……!」

 

「だ、だって! タケちゃんのママが――ッ!」

 

 

ルミは途中で買った香典袋を握り締めている。

 

 

「あ、ありがとうルミちゃん――ッ! そ、その、えっと、貰うね」

 

 

岳葉が香典を預かると、ルミは焼香をしに向かう。

 

 

「タケぢゃんママ……! うぅぅ! どうじで……ッッ」

 

 

涙と鼻水まみれになっていると、ふと我に返る。

周りからジロジロと見られているのに気づいたのか、恥ずかしそうに戻ってきた。

 

 

「あ、あ、あの、このたびは、ごしゅーしょーさまです……」

 

 

ルミは慣れない言葉に戸惑いながらも、深く頭を下げる。

顔を上げて、チラリと横を見ると、隼世と目が合った。

 

 

「あ、あ、あの……」

 

 

隼世はふと周りを見る。

ここじゃ話しづらいか。丁度彼もルミには謝りたいと思っていたところだ。

会場は二階にあるので、隼世はルミを連れて下の駐車場に向かう。

 

 

「大丈夫かしら……」

 

 

瑠姫は二人を心配そうに見つめる。それを見て敬喜は首を傾げた。

 

 

「あの子は確か……」

 

「私の妹よ。隼世さんと付き合ってたんだけれど……、今ちょっと喧嘩というか、こじれてて」

 

「あぁ、じゃあボク、様子見てくるよ。お兄さん離れられないでしょ?」

 

 

敬喜が後をついていくことに。

下に降りると、誰もいない駐車場で二人が向かい合っていた。

それなりに距離がある。ルミは拳をグッと握り締めて、中腰になっていた。

 

 

「あ、あの、こういう状況で言うことじゃないかもだけど――ッ!」

 

 

ルミはそこでフリーズする。隼世はなんとなくその意味が分かって、苦しげな表情を浮かべた。

きっと彼女はまた自分に怒鳴られるのではないかと怯えているのだろう。

どんなことでも、軽く口にする彼女が好きだったのに……。

 

 

「大丈夫。聞かせて、ルミちゃん」

 

 

優しく言ってみるが、逆にそれがトリガーになってしまったらしい。

ここで優しくされちゃあ泣きますよと言わんばかりに、ルミの目からポロポロ涙が零れていく。

そもそもアレだけ言いたいことがあって、頭の中で順序立てもしていたのに、隼世を前にしたら全部飛んでいった。真っ白になった。

だからとりあえず頭に浮かんできたことを口にしていく。

 

 

「市原くんと、離れたくありません……!」

 

 

ズビズビ鼻を鳴らしながら懇願する。

いつも甘えてしまっていた。何をしても許されるって思ってた。

でも貴方も一人の人間だったのに、アタシは気づくのが遅れてしまった。

 

 

「………」

 

 

そんなルミの吐露を聞いて、腕を組んで様子を見ていた敬喜の表情が変わった。

 

 

「仲直りじだいですッ! あなだだげには嫌われだぐないッぃ!」

 

 

ルミは涙も拭わず、いろいろ垂れ流しながらお願いをした。

 

 

「お願いですがら、また好きになってください――ッ! もういぢはらぐんと会えないなんてイヤです。お喋りできないなんて絶対ヤですぅ」

 

 

隼世は胸が苦しくなった。悪いのは自分なのに、ルミはこんなことを言う。

申し訳なくなって、同時に彼女が愛おしくなった。自分はもう少しであまりにも大きなものを失うところだった。

 

 

「ごめんよルミちゃん……、僕が悪いんだ。全部ただの八つ当たりなんだよ」

 

 

全てにイライラしていた。でもそれで何かが変わるわけじゃなく、もっと酷くなった。

特に、やはり――、ルミだ。いろいろ考えてやっぱりアレが一番痛かった。

 

 

「キミを傷つけたかと思うと、心が信じられないくらい痛かった」

 

 

なぜか敬喜が目を細めた。

 

 

「あれから他の女性と会ってもね、すぐにキミと比べてしまう」

 

 

仕草や感覚、誰と出会ってもダメだった。

 

 

「キミより落ち着く人なんて、いないよ」

 

「……ほんとでずかぁ?」

 

「ああ。だから僕もッ、キミともう会えないなんて嫌だ。考えただけで――ッ、死にたくなる……!」

 

「それでは、おたがいさまということでいいですね……? ぐっす! ひっく!」

 

「ど、どうして敬語なの? 大丈夫、大丈夫だからね」

 

 

隼世はルミを抱きしめると、頭を撫でた。ルミは隼世の胸に顔をうずめると、背中に腕をまわしてギュッと抱き返した。

そこでなぜか敬喜の表情が暗くなる。何かが刺さっているようだ。

その後も隼世は謝罪を行う。辛いことがあっても、立ち直れなかった。今まではルミが励ましてくれて、それが力になっていたとつくづく感じる。

 

 

「やっぱりアレだね。みんな言ってるとおりだったよ。大切なものは、失ってはじめて気づくんだ。キミが居てくれたらって思ってしまう」

 

 

食事をしていてもそうだ。ルミと一緒に食べたいと思ってしまう。

一日の終わりも、彼女と言葉を交わせないと思うだけで憂鬱になる。

 

 

「いつも、ふとした時に顔が過ぎってしまう。どうして? 決まってるよ」

 

 

隼世はルミの涙を拭うと、ギュッとルミを強く抱きしめた。

 

 

「ルミちゃん。僕はキミを愛してる! キミがいないと、僕の人生が全ッ然ッ! 楽しくないって気づいたんだ!」

 

「ほ、ほんとぉ?」

 

 

ルミの表情がパッと明るくなった。反対に敬喜は打ちのめされたように腰を抜かす。

そうしていると隼世はルミの顔をまっすぐに見つめた。そして一旦体を離すと、両手をギュッと自分の手で包み込む。

 

 

「僕は最低の男だ。自分の苛立ちを抑えることができず、理不尽にキミを傷つけ、周りの人も傷つけた。それでもいいなら、どうかもう一度やり直してほしい。僕の傍で笑っていてほしい」

 

「うんッ! うん! 全然ッ、イッチーがいてくれたらアタシはいつもニコニコだよ! それにアタシも最低だった。空気はほんとっ、ぜんぜん読めてなかったから……」

 

「じゃ、じゃあ! そのッ、また、あの……、恋人復活ということで、いいよね?」

 

「はい! はいッ! えへへ! やったぁ! イッチーとまた恋人さんだねっ! やっばい、ちょー嬉しーっ!」

 

「うん! 僕もやばい! やばやばのやばだよ!」

 

「うぇーい! いちちぃ! 好きっ、好きっ、ちゅきー!」

 

「僕もだよるみちぃ!」

 

 

そこで隼世は敬喜がいることに気づいた。

己への気持ち悪さでゾッとしたので、やんわりとルミから離れて咳払いを行う。

 

 

「あ、あの、敬喜、これは……、その、ね? なんていうか……、ね?」

 

「イッチーのお知り合いですか? どうもアタシ――」

 

「あ、あ、あぁあ! あの、ごめんなさいッ! ボクすっごい大事な用事思い出したからッ、帰るね!」

 

「え? あのッ」

 

「また何かあったら連絡して! っていうかボクが連絡するかも! と、とにかくそれじゃあ!」

 

 

敬喜は猛ダッシュで葬儀場をあとにする。

すぐにタクシーを拾って、高速をカッ飛ばしてもらった。窓の外を睨んで爪を噛む。思わず貧乏ゆすりも出てしまう。

こんなことは初めてだった。

 

 

(やべぇ! クソ嫉妬した!)

 

 

思わず心で叫ぶ。

隼世とルミが抱き合ってるのを見て、なんだか無性にメラメラと燃える感情があった。

いや、それは別に敬喜が隼世のことが気になっているとか、ルミに惹かれているとか、そういう理由ではない。全くない。

敬喜が嫉妬したのは二人が『仲直り』をしたという点だ。

そしてルミと隼世、二人のかけあう言葉もグサグサ胸に来た。

ああ、痛い。胸が――、心がズタズタだ。

 

 

「まさかこんな日が……」

 

 

敬喜はこんな痛みを抱えては生きていけない。死んでしまうからだ。

だから一刻も早く、どうにかしないといけなかった。

だからまずは電話を取り出す。これもまた痛くなるだろうが、仕方ない。全ては痛みを止めるためだ、多少の追加ダメージは覚悟しよう。

こうして敬喜は涼霧に電話をかけた。すぐに彼女は出た。

 

 

「あ、もしもし涼霧? うん。うん。あ、いいよ勝手に使って。あのー、ボクちょっといろいろあって帰れなくて。うん、うん、へぇ、そうなんだ。明日手術? 凄いね。でも、うん、あのね、ちょっとキミにどうしても謝らなくちゃいけないことがあって」

 

 

敬喜は胸をギュッと押さえていた。

 

 

「ごめん涼霧。キミと一緒には行けない。キミの女にはなれないんだ」

 

 

運転手さんはチラリと敬喜を見た。

涼霧は、電話の向こうで無言になった。

 

 

「あのさ。それは別にボクが男だからって訳じゃないんだ」

 

「え!?」

 

 

運転手さんが思わず声を出した。すぐに頭を下げたので、敬喜も会釈して続ける。

 

 

「そういう話じゃないんだよ。でも、本当にただ単純なことで」

 

 

ごめんなさい。もう一度、心の中で謝る。

なにも難しい話じゃない。隼世とルミが答え合わせをしてくれたようなものだ。

というより敬喜だってずっと前からたぶん気づいていた。ただいろいろあって、別にその答えじゃなくてもいいと考えていただけだ。

でも改めて思い知らされた。だから、まずは涼霧に伝えないと。

 

 

「ボクね、キミのために何かをしてあげてもいいかなって思ったことは何度もあるよ」

 

 

セックスだって、キスだって、同情だって。

 

 

「でも、何かをしたいって思ったこと一回もないんだ」

 

 

涼霧は無言だった。

 

 

「何かを"してあげたい"って思ったこと、ないんだよね」

 

 

割と長い沈黙だった。

 

 

『……そっか』

 

 

やがて涼霧の声が聞こえてくる。

心なしか、声色は軽いような感じもした。

 

 

『そうだよ……、な。わかった。いや、わかってた』

 

「ごめんね」

 

『いいよ。今日は帰ってくる?』

 

「んー、たぶん帰らない」

 

『了解。じゃあ俺やっぱりもう明日帰ろうかな! 鍵、置いとくわ!』

 

「うん、ありがとう」

 

 

電話を切る。しばし揺られ、眠っていると、起こされた。

目的地だ。お金を払うと、敬喜はタクシーを飛び出した。

そして数分後、病室の中に入る。カーテンが二つ閉まっていた。

なので奥のほうのカーテンを開く。

 

 

「おじゃましまーす」

 

 

小声で呟いた。

頭上にあるライトをつける。すぐにつまみをしぼって暗くしたが、もうバッチリぱっちりチョコちゃんと目が合った。

 

 

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 

「敬喜……、ちゃん? なんで――ッ」

 

「忍び込んじゃった! てへ! ダメだよね、ここの病院警備ガバガバ」

 

 

メイクもしてない傷だらけの顔を見せたくない。チョコちゃんはすぐに顔を覆い隠そうとするが、そこで気づいた。

両手がない。激しい悲しみと怒りと悔しさと苦しみが溢れてきた。こんなものを抑制するなんて不可能だ。

チョコちゃんは目を潤ませて、敬喜を睨んだ。

 

 

「もう来ないでって言ったでしょ? 人を呼ぶからねッ」

 

「………」

 

 

敬喜は笑みを消した。痛すぎて笑うなんて不可能だった。

 

 

「やめてよ、そんなこと言わないでよチョコちゃん」

 

「……ッ」

 

「パパがさ、死んじゃったんだ」

 

「えっ?」

 

「大好きだったんだよボク。ママがいないからさ、たった一人の家族だった」

 

 

水野町に来たのも、プリコが海が好きだからだ。

まあ本当は海よりもサーファーの男が好きだったのだが、海も好きだと言っていた。

チョコちゃんはあまり敬喜からプリコの話を聞いたことがなかった。病気で入院が続いているというくらいだ。敬喜はその点に関しても思うところがある。

 

プリコのことをもっと早く話せばよかった。

でも、話せなかったのはきっと敬喜自身がプリコのことをちょっとエキセントリックすぎると思っていたから。

プリコには申し訳ないが、そういう気を遣う相手がいたからであって――……。

 

うぅむ、なかなか難しい。

敬喜はチョコの左側に座る。チョコは何も言わなかった。

それはきっと敬喜の悲しそうな表情が、自分を哀れんでいるからではないと思ったからなのか……?

 

 

「なんかさ、今までも入院続いてたから一緒に住んでた訳じゃないんだけど、流石に今回はキツいっていうか……。今までだって寂しいときはあったよ? でもほら、チョコちゃんとマッコリ姉さんがいたじゃん? ボクさ、今考えてみると、三人で遊んでたり話してたりする時間が凄い好きだったんだよね。っていうか、助けられてた。今だってさ面会時間無視してココに来たのは、来たっていうよりも来るしかないっていうか……」

 

 

敬喜の目から涙が一筋、流れた。

 

 

「チョコちゃんたちが大変なのは分かってるよ。でも、せっかく生きててくれたんだし、お願いだからボクを拒絶しないでよ。キミたちに拒まれたボクもう耐えられないんですケド?」

 

「敬喜――、ちゃん」

 

「みんな死んじゃったんだよ? ただでさえ、深く遊んでたのってチョコちゃんとマッコリ姉さんなんだから。ボクもう本当に独りぼっちだよ。マジでキツイっていうか、本当に苦しいっていうか。泣きそうになるっていうか……」

 

 

そこでチョコちゃんは我に返った。

ああ、自分はなんてことを。大好きな人を泣かせるなんて……。

 

 

「ごめっ、あの、ごめんね敬喜ちゃんッ。違うの! わたし――、あのっ! そういうつもりじゃなくて! ただ、わたしがほら、こういうことになって、受け入れられなかったっていうか。敬喜ちゃんがわたしを見て引いちゃうからって思ったら、凄いわたしも苦しくなって……ッ! だってわたし敬喜ちゃんに嫌われたくなかったからっ、だからそのッ、ごめんなさい! わたしが悪いの……!」

 

 

わたしが悪いの。ああ、この状況でそんなことを言ってくれるのか、この子は。

敬喜は胸がカッと熱くなって、チョコちゃんの頭を撫でた。

なんていじらしい。

 

 

「チョコちゃんは何も悪くないよ」

 

 

チョコちゃんは薄明かりに照らされた敬喜の顔を見て、鼓動が高鳴るのを感じた。

この人はなんて美しいんだろう? 憂いに満ちた表情もとても妖艶で、目が吸い込まれそうになる。

けれども、そうなると自分の姿が浮き彫りになるようで、胸が痛かった。

 

 

「あの、敬喜ちゃん……ッ、わたし、傷ッ、あんまり見られるの、やだな……」

 

「どうして?」

 

「だって――、怖いでしょ?」

 

「全然。なんともないよ」

 

 

敬喜は立ち上がり、チョコちゃんの頬を撫でる。

 

 

「チョコちゃんはとっても可愛いよ」

 

「うそだよ……、だって――ッ」

 

「本当だよ? 少なくともボクはそう思う」

 

 

敬喜はチョコちゃんのほっぺたにキスをした。

 

 

「え? え!? な、なに――ッ!?」

 

 

次はおでこ。するとチョコちゃんは真っ赤になって震え始める。

 

 

「ほら、あはは。すっごい可愛い」

 

 

敬喜はベッドの上に載って、チョコちゃんに覆いかぶさる格好になる。

 

 

「ねえ、チョコちゃん」

 

「な、なに?」

 

「あはは。声が裏返ってる。そういうところもキミはかわいいねぇ」

 

「あ、あぅ」

 

「キスしていい?」

 

「へ!?」

 

「ごめんね、嫌って言ってもしちゃう」

 

 

敬喜は肘をついて顔を下げる。

唇と唇が触れ合った。ピクンと、チョコちゃんの体が震える。

敬喜は一旦唇を離すと、チョコちゃんの頭を撫でる。うっとりとしている彼女を見ると、凄く幸せだった。

しかし意地悪な気持ちも湧き上がる。敬喜はペロリと唇をなめて、もう一度チョコちゃんの唇を奪う。

 

ただのキスじゃない。舌を出して、チョコちゃんの唇を舐める。

強引に、こじあけるようにすると、チョコちゃんは唇を開いた。

だから舌を滑り込ませる。舌と舌がぶつかった。するとチョコちゃんは我に返ったのか、顔を反らしてキスを拒んだ。

 

 

「あ、ごめん。嫌だった?」

 

「あ、あのっ! あのっ! そ、じゃ、なくてっ! わたし、あの、歯磨き一応してもらったけど――ッ」

 

「大丈夫。全然臭わないよ。でも気になるなら」

 

 

敬喜はいつも使っているタブレットを咥え、チョコちゃんの口にねじ込む。

 

 

「一緒に舐めよ?」

 

「う、うぁ」

 

 

舌を絡ませあい、タブレットを溶かしあう。

チョコちゃんからポロポロと涙がこぼれた。敬喜とってはどんな宝石よりも綺麗に見えた。

ディープキスは初めてだ。今まではやりたいとも思わなかったが、チョコちゃんは違う。

もっと、彼女が欲しい。敬喜はチョコちゃんの舌を強く吸った。

唇を離すと、銀色の糸が引いていた。

敬喜が笑うと、チョコちゃんは真っ赤になってポカンとしていた。

 

 

「これ、夢じゃないよね……?」

 

「うん。夢じゃないヨ?」

 

 

敬喜はベッドに腰掛ける。

 

 

「でもね、ごめん。謝らないといけないことが、いくつかあって……」

 

「???」

 

「まず、ボクは休日にピアノ演奏や美術館巡りをしてるような高尚な人間ではないってこと」

 

「あ、それは……! マッコリ姉さんってば、もうっ」

 

「それとね、チョコちゃんは男の人が苦手でしょ?」

 

「そ、れは、うん……」

 

 

敬喜はベッドのリクライニング機能を作動させて、チョコちゃんの上半身が起きるようにする。

そして少し後ろに下がると、ベッドの上に立って、敬喜は自分のスカートを持ち上げる。

そしてパンツをずり下ろすと、男性器を見せ付けた。

 

 

「―――」

 

 

丸い目を見開いて、チョコちゃんは停止する。

完全に固まった。フリーズ。

ない筈のものがある。脳が処理できず、思考を停止したのだ。

しばらくチョコちゃんはそのままだった。敬喜も気まずそうな顔で固まっている。

 

 

「あの、だから……」

 

 

敬喜はニッコリと笑ってみた。

 

 

「ボク、男の子なの」

 

 

カクンッ! と、チョコちゃんは白目をむいて気絶した。

 

 

「フッ!」

 

 

敬喜が肩を強くゆすると、チョコちゃんはハッとして目覚める。

 

 

「え? え、え!? えぇ……!?」

 

「混乱するよね。ごめんねぇ」

 

「あのっ、あのっ! えぇ……!?」

 

「チョコちゃん、女の人が好きなんだもんね?」

 

「いやッ、でも敬喜ちゃんは……、えぇ……!?」

 

「それ聞いたら、なかなか言い出せなくて」

 

「えぇ……!? え、え? え?」

 

「あと処女厨なんだよね? ごめん。付き合ったことはほぼないけど、セックスはバンバンしてる。だいたいは男の人と」

 

「―――」

 

「ボクのお尻って結構気持ち――」

 

 

チョコちゃん、気絶。

 

 

「フッ!」

 

「ハッ!」

 

 

チョコちゃんは目覚めるが、頭がグルグルして。あぁ、熱が出そう。

 

 

「ごめんっ、ちょっと受け止めきれないかも――ッ。わたし今、情報で溺れそう……!」

 

「お気持ち、お察しします」

 

 

敬喜はチョコちゃんの頭を撫でる。

チョコちゃんは少しこわばった。男の人に髪の毛を触られるなんて今までだったら考えられないほど無理な話だったが、やはり敬喜は別だ。

見た目はどう見ても女性にしか見えない。

 

 

「この前ね、ボクの先輩が彼女と喧嘩して、仲直りの現場に居合わせてさ。そこでいろいろ話を聞いてたら、あ、ボクにも当てはまるなーって」

 

 

まずルミが言ったこと。

 

 

『市原くんと、離れたくありません……!』

 

「いや本当にそうでさ。マッコリ姉さんとチョコちゃんとこのまま終わりになるって思ったら本当に胸が痛くて。考えてみればいつも甘えてた。何をしても許されるって思ってた。でもチョコちゃんもマッコリ姉さんも一人の人間だもんね。そりゃムシャクシャする時はあるよね。ただでさえ、こんな辛い目にあったのに。じゃあどうすればいいんだろうっていうのも、ボクには思い浮かばなくて……」

 

『仲直りじだいですッ! あなだだげには嫌われだぐないッぃ!』

 

「この言葉を聞いたときさ、なぜか頭の中にチョコちゃんが浮かんだんだよね」

 

『お願いですがら、また好きになってください――ッ! もういぢはらぐんと会えないなんてイヤです。お喋りできないなんて絶対ヤですぅ』

 

「彼女さんがそう言ってたんだけど、ボクはそれがチョコちゃんだったんだよね。たぶんチョコちゃんってボクが何やっても許してくれそうだったから、そういう甘えがあったんだと思う。なんていうか、ゴメンね? 言い方は悪いけど、ボクの精神安定剤みたいな? ちょっと嫌なことがあっても、キミはボクが言うことを楽しそうに聞いて、何かしてあげたら本当に嬉しそうにするじゃん。そういうのがたぶんボク的にもすっごく嬉しかったんだと思う」

 

『キミを傷つけたかと思うと、心が信じられないくらい痛かった』

 

「先輩がそう言ったんだけど、ボクもさ、マッコリ姉さんとチョコちゃんを傷つけたのかなって考えると、なんかワーってなりそうで。まあほら、マッコリ姉さんはたぶんちょっと早めの更年期だと思うんだよ。でもチョコちゃんはそうじゃないでしょ? いつもニコニコしてて、怒るのはいつもボクが危ない目にあったときじゃない」

 

『あれから他の女性と会ってもね、すぐにキミと比べてしまう』

 

「そうそう、ボクも本当に同じで。誰かと会っても、だいたいマッコリ姉さんやキミといるときの方が楽しいんだよね」

 

『キミより落ち着く人なんて、いないよ』

 

「本当に、そうで……。ボクの居場所は三人でいる空間なんだって、思った」

 

『やっぱりアレだね。みんな言ってるとおりだったよ。大切なものは、失ってはじめて気づくんだ。キミが居てくれたらって思ってしまう』

 

「特に、キミは特別なんだ。いつも、ふとした時に顔が過ぎってしまう」

 

 

あんまり自分の全てをさらけ出せなかったのも、嫌われるのを恐れていたんだ。無意識に。

 

 

「チョコちゃん。ボクさ、キミのために、何かをしてあげたいって思っちゃったんだよね」

 

「え……?」

 

「泣いてるキミを笑顔にしたいって。だから、うん! 確信した!」

 

 

敬喜はニッコリと微笑んだ。

 

 

「チョコちゃん。ボクは貴女のことが好きです。ライクじゃなくて、ラブがいい」

 

「――ッ!!」

 

「ボクにとってセックスはただ気持ちよくなるためのツールだったんだ。ボクの父もそういう人だったから。でも、一般的にはそうじゃないよね?」

 

 

敬喜は少し照れくさそうに呟いた。

 

 

「ボク、キミと本当のセックスがしたい」

 

「えッ!? あ、うぅぅ!?」

 

 

真っ赤になって震えるチョコちゃん。敬喜も赤くなって笑う。

 

 

「自分が気持ちよくなるだけじゃなくて、キミを気持ちよくしてあげたい。っていうか、キミが気持ちよければ、ボクは気持ちよくなくても全然オッケー!」

 

 

それは、つまり。

 

 

「ボク、ナルシストなんだ。そんなボクが下になってもいいって思えた人は、キミが初めて」

 

 

チョコは喉を鳴らす。

理想とは随分違った未来ではあったが、ずっと夢見ていた敬喜の笑顔がそこにあった。

 

 

「敬喜ちゃんが男の人っていうのは凄く――、ううん、とってもすっごく超超ビックリした! あとそういうことしてるのも、やばやばショック!」

 

「ごめーんっ!」

 

「でもっ! でもね……? わたしも貴方が好きっ! それは、ずっと胸にあったことだから! だからっ、ちょっと混乱してるけどっ! とっても嬉しいっ!」

 

 

涙が溢れてきた。だったらまだ大丈夫だとチョコは思う。

敬喜が涙を拭ってくれる。嬉しい。敬喜が頬に触れてくれる。最高だ。

敬喜とキスをした。神様、本当にありがとう。

わたしは、人生で一番幸せな人間になれました。

 

 

「好きだよ、チョコちゃん」

 

「わたしもっ、わたしも好きですっ! 大好きですッ!」

 

「うん。愛してるよチョコちゃん」

 

「カナ! 架奈って呼んで! ずっと呼んでほしかったの!」

 

「いいよ! 架奈! 大好きだよ!」

 

 

二人はキスをする。たくさんキスをした。

チョコは敬喜の舌を夢中で舐めた。そうしていると、敬喜は架奈のボタンを外しはじめる。

 

 

「チョコちゃんで全部上書きして?」

 

「あ、あのっ、お風呂もまだそんなに入れてなくて――ッ、一応看護師さんに体は拭いてもらったんだけど、あの、その!」

 

「あー、もう本当にかわいいな架奈ちゃんは! 大丈夫、ボクがいつも使ってる良神のボディーシートあるから、それ使おう?」

 

 

しばらくして、二人は全裸でベッドの中にいた。

敬喜は架奈に水を飲ませ、汗で張り付いた前髪を整えていた。

 

 

「大丈夫? 痛くなかった?」

 

「少しね。でもこんな幸せな痛みがあるなんて……、知らなかった」

 

「無理しないでネ。キミが苦しかったら、ボクは凄くヤダ」

 

「大丈夫。ありがとう敬喜ちゃん。とっても気持ちよかったよ」

 

「えへへ、本当に? 嬉しい」

 

「でも、本当にびっくりしちゃった。こんな日が来るなんて夢みたい」

 

「夢じゃないってば。これからもっといろんなことをしようね。だってボクらは恋人なんだから」

 

 

架奈はそれを聞いて嬉しそうに頷く。

架奈のクセのついた毛先と、敬喜の毛が絡み合っている。敬喜の美しい髪に自分の髪が絡み合っているなんて、とてもエロティックだ。

 

 

「もっと早く、こうしたかったな」

 

「……ゴメン。改めて思ったらさ、ボク、マジで嫌われたくなかったんだと思う」

 

 

本気になったらおしまいだと思ってた。

 

 

「自分で言うのもなんだけど、わりとエキセントリックな生き方してるし」

 

「そんなこと……」

 

「あるよ。あるある。メス●キカレンダーみる? ボクが今までセックスした人たちの詳細が――」

 

「確かにそうかも。敬喜ちゃん酷い。いじわる」

 

「ごめんね。本当にゴメーン! あぁでも嫉妬でプクーってなってる架奈ちゃん本当にかわいいー!」

 

 

敬喜が架奈の頭を優しく撫でる。架奈は返事として目を閉じて顎を上げた。

敬喜はニヤリと笑い、キスをする。唇を離すと、架奈は嬉しそうに微笑み、唇をペロリと舐めた。

敬喜も架奈をギュッと抱きしめた。敬喜の匂いと架奈の匂いが混じりあい、脳が溶けそうになる。

 

 

「でも敬喜ちゃんはどうして女の子の格好を?」

 

「可愛いの大好きだから。それに――」

 

 

父のことを、それとなく。架奈はゆっくりと頷いた。

 

 

「敬喜ちゃん。わたしね――」

 

 

架奈の想いを聞くと、敬喜はまた架奈にキスをした。

 

 

「あー、本当に幸せぇ」

 

 

架奈がとろけていると、そこでシャッとカーテンが開いた。

敬喜はすぐに布団で架奈を隠すようにする。

するとそこにはライトの光を受けて、イライラしているマッコリ姉さんの顔が見えた。

 

 

「ど、どーもー」

 

「どうもじゃないわ、バカもん共! 丸ぎこえだってーの! しかも結構うるさくすっから看護師さん見にきたんだぞ、それをアタシが部屋の前で帰して……!」

 

「ありがと姉さん! ほら架奈ちゃんも」

 

「ありがとー!」

 

「んまーっ! 調子のいいヤツら!」

 

「まあまあ怒らないで。なんなら入る?」

 

「入るか! バカタレが!」

 

「でも、あれ? 具合よくなった?」

 

「まあ……、しばらくしたらな。悪かったわね敬喜、なんか変なこと言って」

 

「……べつに。上手く聞き取れなかったから」

 

 

マッコリ姉さんはニヤリと笑う。

首の傷も、なんだかふさがってきたように思えた。髪もウィッグでいい感じだ。

はて? 何故だろう? 架奈にしてもそうだが、なんだか治りが以上に早い気がする。

まあいいか。とにかく二人の具合がよくなってきたのは良い事だ。

 

 

「そうだ。ボク涼霧とは終わったから、マッコリ姉さん本格的に動いていいよ」

 

「まじかよ! っしゃらオイ! そろそろアタシも溜まってたんだ。このままだったら看護師か先生襲ってたわ」

 

 

三人はヘラヘラ笑う。

 

 

「チョコ、どうだった? 敬喜のチンコ。アタシが前にスマホで適当なチンコ画像見せたときは吐き散らして気絶したもんな」

 

「ちょっと姉さん! 架奈ちゃんを汚さないでよっ! っていうかそうだったの? ごめんね架奈ちゃん怖いの見せちゃって」

 

「でも――……、敬喜ちゃんのなら愛しく思えちゃう」

 

「ほんとー? やだぁ、嬉しー! もし良かった今度舐めてみる?」

 

「ぎゃー! やめろやめろ! 聞きたくないわ貴様らの事後話なんざ」

 

 

マッコリ姉さんはベッドに戻った。

そこで敬喜は二人に聞こえるように言う。

 

 

「二人が退院したらさ、旅行にいこうよ。温泉とか」

 

 

マッコリ姉さんはサムズアップを、架奈も強く頷いた。

その旅行はきっと楽しくなる。でもきっと周りの目は鋭いものとなるだろう。旅行客や、宿泊先の従業員はきっと奇異の目で三人を見る。

 

 

「でもわたし、敬喜ちゃんとなら――……、ううん! マッコリ姉さんもいて、三人ならどこへでも行けるよ!」

 

 

架奈の言葉は、マッコリ姉さんと敬喜の想いでもあった。

 

 

「なあ敬喜」

 

「ん?」

 

「約束したからな。だからアンタ、絶対死ぬなよ」

 

 

マッコリ姉さんも、架奈もうっすらと覚えてる。

あれは幻じゃなかったはずだ。敬喜の姿が、異形に変わったのは。

 

 

「大丈夫、死ねない理由ができたから」

 

 

敬喜は立ち上がる。

月が生み出したその影は、紛れもなく仮面ライダーエックスであった。

こうしてチョコちゃんと敬喜は上手くいったが、岳葉と隼世は少々マズイことになっていた。

 

時間は戻る。

通夜が終わり、みんなが帰った後、岳葉たちは葬儀場に泊まることになった。

現在、夜は深い。瑠姫とルミは二人並んで寝息を立てている。

一方で地下駐車場。車は一台もない。そこで誰かが叫ぶ音が聞こえた。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

隼世が転がり、地面に叩きつけられる。

岳葉も同じようなものだ。地面に倒れ、苦痛に顔を歪ませる。

二人の視線の先には、黒いスーツに身を包んだ剣崎一真が立っていた。

 

 

「立て。さっさとクロスオブファイアを回収して、俺は終わりにしたいんだ」

 

 

 






ライダータイム龍騎。
例のシーンを見た瞬間、私はリアルに熱を出しました。
ただアレはどういう意味なのかを考えるのは、やっぱり楽しい。


それで、ちょっと纏めてみたら全15話くらいなんですが、次からは一話ずつになるかも。
あと次話はあさってくらいになるかもしれません。
まあなるべく早くしますんで、よろしくお願いします(´・ω・)b

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