僕の書いた、ほかのヤツの要素も少しだけ触れてます。
ただ別に見て無くても大丈夫です。
ルミと瑠姫が眠ったころ、隼世と岳葉も目を閉じていた。
しかし呼ばれたような気がして、体を起こしたのだ。
激しい熱を感じ、地下駐車場にやって来ると、そこに剣崎が立っていた。
「お前らも所持者だな」
剣崎はサングラスを外すと、岳葉と隼世を睨む。
「俺は剣崎一真。本間岳葉に市原隼世、お前たちの中にあるクロスオブファイアを回収しに来た」
本物の仮面ライダーブレイドを前に、隼世は子供のように目を輝かせた。
「お、お会いできて光栄です」
「……ああ」
隼世が手を出すと、剣崎はぶっきらぼうにその手を取った。
「そ、そのお召し物はディケイド版ですね。レアだっ」
「………」
「し、失礼ですがッ、ブレイバックルを見せて頂くというのは――」
剣崎はブレイバックルを取り出すと、隼世に渡した。
隼世はキラキラした目でそれを見ている。
「ちょっと待て、隼世――ッ、そ、その人っ、顔が――ッ、ち、違う気がする」
岳葉が携帯で剣崎の写真を取り出す。
確かに顔は違うが、隼世はその理由を何となく察していた。
改めて、剣崎が自分で説明する。
「お前たちの世界では仮面ライダーがテレビ番組として放送されていた。こういう世界は珍しくない」
だが世界は無数に広がれば、少しずつ形が変わってくる。
伝言ゲームのようなものだ。最初に伝えた言葉を、最後の人は全く違うものとして答える。
流れていくなかで、少しずつ変わってしまったからだ。
「それと似たことが、この世界でも起きているんだろう。ライダーの姿は同じだが、中身の顔が違っている」
「な、なる、ほど……」
「まあいい。俺はそんな話をしに来たんじゃない」
剣崎の目的は各地に散らばってしまったクロスオブファイアの回収だ。
「アマダムはお前たち以外にもクロスオブファイアを与えていたな」
「え、ええ。ペガサスやタイタンなど、怪人を作り出していました」
「ヤツの体内にもクロスオブファイアはたっぷりと蓄えられていた。視覚できなかっただけで、死亡した際に散らばっていたんだろう」
「ではアマダムがいない今、僕たちが再び変身できたのは――?」
「まあ散らばったクロスオブファイアを無意識に吸収していたのかもな。『火種』がある人間なら、感情の高ぶりが着火に繋がる可能性は高い」
いずれにせよアマダムがいない以上、クロスオブファイアが増えることはない。
「既に一つ、滝黒という男から回収してある。この調子で他も集めているというわけだ」
「そうだったんですか!」
隼世は笑顔だが、岳葉は居心地が悪そうに肩を竦めている。
「わ、渡すのか?」
「そりゃあ、もちろん!」
「で、でも、まだ敵が……」
すると剣崎は岳葉を見た。睨みつけるような視線だった。
「安心しろ。クロスオブファイアは、お前たちを狙っている敵も所持しているだろう。それらも残らず回収する」
「でもッ、で、でも! タイムラグはあって、その間に敵が襲い掛かってきたら……!」
「そ、そうか。では剣崎さん、僕たちは最後にするというのはどうでしょうか?」
「悪いが俺はお前たちを信用できない。心当たりはあるはずだ。ライダーの力を悪用されるのは、随分腹の立つ話だ」
岳葉と隼世は汗を浮かべる。
剣崎がどこまで知っているのかは知らないが、確かに――、そう思われても仕方ない。
特に岳葉は何も言い返せなかった。
「あ、あの、一つ質問が」
「なんだ?」
「僕と岳葉は今ッ、ライダーに変身することができません……」
「それはベルトを出すことができるだけのエネルギーを生み出せないだけで、胸の中には常に炎は小さく灯っている。感情の変化で、また変身できるようになる。しかし完全に回収すれば絶対に変身できなくなる。ただの人間に戻るというわけだ」
「僕と岳葉はアマダムに炎を与えられて、死んだ状態から蘇生しました。炎を回収すれば、また死ぬということは――?」
「お前たちが生き返ったのはクロスオブファイアの力ではなく、アマダムの力だ。炎が無くなっても死んだりはしない」
それを聞いて隼世は胸をなでおろした。
とするならば、もう断る理由はない。彼は剣崎に近づき――
「………」
そして地面を蹴って、離れた。
「ッ、なんだ?」
「――失礼ですが、貴方は滝黒響也からクロスオブファイアを回収したんですよね?」
「ああ」
「僕は本人には会っていませんが、彼は腕を一本、失っていたそうです」
「ああ」
「まさか、貴方が……?」
「ああ」
剣崎は隠すことなく、ありのままを告げる。
「ヤツと、傍にいた女の腕を斬りおとした」
「な、なぜッ!?」
「それが一つのルールだからだ」
「ルールッ? 意味が分からないッ!」
「だろうな。世界というものは、お前が思っているほど簡単ではない」
岳葉と隼世は顔色を変える。
剣崎という人間に対する不信感が一気に湧き上がる。
「何かまだ……、隠していることはありますか?」
「隠す? そうだな。しいて言うなら――」
剣崎が走った。
呆気にとられる隼世の腹部に足裏をめり込ませると、一気に後ろへ吹き飛ばす。
隼世からすっぽ抜けたブレイバックルを掴むと、二人を睨みつける。
「全てのクロスオブファイアを回収し終えたとき、この世界は滅びを迎える」
「え!?」「なッ!?」
剣崎はブレイバックルを装備しながら説明を行う。
クロスオブファイアがなくなっても、怪人やライダーが存在していたという事実は消えない。世界はそれをしっかりと記憶しているのだ。
「カテゴリー:ライダーの世界でありながら、ライダーが不在となれば、世界が滅びる」
それがルールなのだ。世界も一つの生き物のようなものである。
臓器が一つなくなれば、徐々に弱り、死に至るのは不思議な話ではない。
どうやって滅びるのか、いつ滅びるのかは剣崎も分からない。しかし確実にそう遠くない未来で世界が滅びるのは事実であると――。
岳葉と隼世は驚愕の表情を浮かべ、剣崎を見ていた。
そもそも、彼は自分が何を言っているのか、理解しているのだろうか?
「世界が滅びるということは――ッ、そこに生きる人たちはどうなるんですか?」
「死ぬだろうな。だがそれが『運命』というものだ」
「なんとかならないんですかッ?」
「さあな。それは俺の知るところではない。我々の役目はただ一つ、クロスオブファイアの侵食を止めることだ」
腐敗した部分を直すことはできない。しいていうなら、切り捨てることだ。
「もう一度しか言わない。お前たちのクロスオブファイアを俺に差し出せ」
そこからは前の通りである。
岳葉と隼世は、分かりましたというわけにはいかなかった。世界が滅びると分かっていて炎は差し出せない。
瑠姫やルミを、親しい人たちを殺すと言っているようなものだ。
とはいえ炎薄れた二人に勝ち目などなかった。
一応、剣崎も生身相手に変身はしなかったが、それでも岳葉たちは殴られ、蹴られ、駐車場を転がっていく。
剣崎はふと、カードを投げて岳葉に刺した。
しかし炎が吸収されるまえに弾かれる。
「流石に3号よりは浸透しているか」
もっと弱らせなければ。
「立て。さっさとクロスオブファイアを回収して、俺は終わりにしたいんだ」
なぜこんなことになっているんだ。隼世は表情を歪める。
せっかく本当のライダーに会えたというのに、なぜ今、こんな風に戦っているのか。
「クソ!」
隼世は地面を殴りつけ、立ち上がった。
そして我武者羅に走る。なんとか剣崎を抑えようと拳を前に出した。
しかしそれは掌で受け止められ、払われる。そして隼世の顔面に剣崎の拳が抉り刺さった。
隼世は地面に倒れた。
「弱いな」
「ぐッ! どうして! 貴方は仮面ライダーでしょう!? だったら――ッ!」
そこで隼世の言葉が止まった。剣崎が腹に蹴りを打ち込んだのだ。
「ぐっ! ぐふっ!」
「思考停止だな。お前みたいな人間が俺は一番嫌いなんだ」
隼世は腹を抑えて蹲る。
剣崎は再び隼世の背中を蹴り、直後頭を踏みつけた。
「クロスオブファイアの危険性は貴様らとて理解しているはずだ。あれは可能性の塊、我々とてそれが齎す事象を全て把握しているわけではない」
「ぐ――ッ! ぅぁああ゛ッ!」
「市原隼世、お前は一般人に襲い掛かったらしいな。もしもクロスオブファイアが拡散されれば、そのような事態がもっと起こりうる可能性があるということだ」
剣崎は思い切り隼世を蹴り飛ばした。転がっていく彼を見て、舌打ちをこぼす。
「人間は屑が多い。お前みたいに弱いヤツもな。うんざりしないか?」
隼世は壁に思い切り体を打ち付けてしまった。うめき声をあげることしかできない。
「待て、待て……! ちょ――ッ、と! 待てよ!」
一方で、動いたのは岳葉だった。
「隼世はアンタに憧れてたッ! そ、そんな言い方ッ、あんまりだろ!」
そこでターンアップ。
射出されたオリハルコンエレメントが岳葉に直撃し、彼は駐車場の壁にまでブッ飛ばされた。
剣崎はブレイドに変身すると、ブレイラウザーを取り出して呆れたように首を振る。
「本間岳葉。クロスオブファイアを放置すればお前のような屑が今後も増えるということだ。混沌が訪れるぞ……!」
「で、で、でもっ、でも! だからって世界が滅びるのは違うだろ! 俺はともかくッ、罪もない人たちまで滅び――、し、死ねってか!?」
「それが運命だと言った。分からないか? ならばもっと簡単に言ってやる! この世界に住む奴等は俺にクロスオブファイアを渡して、善人もろともさっさと死ねということだ!」
ブレイドは歩く。岳葉は雄たけびをあげ、ブレイドの胴体を殴りつけた。
しかし、やはりというべきか装甲が固い。殴った腕が激しい痛みを放つ。
そうしていると飛んでくるフック。早すぎて見えなかった。岳葉は頬を打たれ、視界が一気に横に向く。
すると腹を殴られた。凄まじい力だ。呼吸ができない。内臓が破裂したかもしれない。
岳葉は地面に膝をつき、地面を睨むことしかできなくなった。そうしていると足の甲が見えた。ブレイドは岳葉を蹴り上げ、仰向けに倒す。
「いいか? 本間岳葉、市原隼世。我々の力は、下らない人生を歩んできた貴様らに扱える代物ではない!」
ブレイドは踵を返し、隼世を狙いに歩いた。
しかし立ち止まる。振り返ると、岳葉が立っているのが見えた。
「違う――ッ! 訂正しろ!」
「なに?」
「俺の人生は下らなくなんかないッ! 母さんが! 父さんが愛してくれたんだ! 絶対に下らなくなんかない!」
「面白いことを言うな。幼い少女を襲い、罪のない子供を殺したお前の人生が下らなくないと?」
「ああ! そうだ! 確かに俺は、許されないことをした! 最低の人間だ! でもっ、それでも! 下らないと認めることはできない!」
「ほう……!」
「それに百歩譲って俺の人生が下らなくてもッ、隼世は違う! アイツは必死に頑張ってきた! 俺なんかよりもずっと、何億倍も立派な人間だ! ソイツが守りたいって思った人も、やっぱり下らなくない!」
岳葉は歩き出した。
「俺は隼世と違ってアンタにこれっぽっちも憧れてないッ! 心おきなくブッ飛ばせる!」
「………」
「俺の唯一の親友なんだ! バカにするなよ!!」
『サンダー』
それがブレイドの返事だった。
ブレイラウザーの剣先から、電撃の弾丸が発射され、岳葉に直撃する。
全身が電撃に包まれ、岳葉は情けない悲鳴をあげて蹲った。
痛い。激痛だ。しびれる。感覚が――、ああ、くそ。
折れそうだ。
「いずれにせよ、お前の母は死んだだろう? 全てはクロスオブファイアが齎した悲劇だ。愚かな人間が、使い方も分からぬ劇薬を手にいれ、崩壊の道を歩んでいく」
ブレイドは再び踵を返し、隼世を殴ろうと歩く。
「醜く愚かに崩れていくくらいなら、いっそ一気に滅びたほうがいい」
しかしブレイドはすぐに足を止めた。振り返ると、そこには岳葉が立っていた。
フラフラで呼吸は荒い。巻き起こるフラッシュバック。
カーリーがそこにいた。鼻いっぱいに広がる血と糞の臭い。
ああ、もしかしたらもう漏らしているのかも。
というか腹が痛い。臓器はちゃんとある? ごめんなさいカーリー様、お願いだから助けてください。もう瑠姫は諦めますか――
「黙ってろ!!」
岳葉は叫んだ。虚空に向かって叫んだ。
これだけは、否定しなければと思った。隼世は必死に頑張ってきたはずだ。
必死にライダーになろうと努力してきたはずだ。自分たちが諦めた道を、彼は諦めずに頑張ってきただろうはずだ。
それはきっと岳葉にはできない。けれどたぶん、とても必要だったことのはずだ。
全ては世界を良くしようとするため、みんなを守るためだ。
そうやって隼世が努力してきたことを剣崎が否定しようとしている。それだけは止めなければならない、そう思った。
だから応えろ、応えろ――、応えてくれ。
「俺に応えろ! クロスオブファイア!!」
岳葉は右の拳と、左の拳を、思い切り叩き合わせた。
まるでそれは火打石。だから火花が散って、火がついた。
ベルトが生まれ、風車がゆっくりと回転する。
両手を上に突き上げると、マスクが生まれた。それを一気に被って見せる。
「……それがお前の変身するライダー。1号か」
「いや違うな」
「なに?」
確かに、岳葉は1号に変身した。
だがまだクロスオブファイアが燃えたりないのか、変身は不完全に終わる。
仮面に関しては、下半分のクラッシャーがなく、口や顎がむき出しになっている。
体も全くスーツが形成できていない。唯一、マフラーと右腕だけがライダーに変身していた。
「俺は、ライダーマンだ」
不完全な戦士は走り出す。
グッと右の拳を握り締め、ブレイドへ突っ込んでいった。
ブレイドも剣を腰に収め、拳を前に出す。
ぶつかり合うストレート。するとカードが舞い、ラウザーへ自動的にスラッシュされる。
『ビート』
岳葉の体が吹き飛び、再び壁に叩きつけられる。
コンクリート片が飛び散り、岳葉の頭が真っ白になった。
あれ? なんでこんなことをしているんだっけ? 分からない。分からない。咳き込むと血が出てきた。痛い、怖い、もう逃げようか?
たぶん、おそらく、正しいのは剣崎だ。
彼に対する否定の言葉も思い浮かばない。だがしかし、倒れてはいけない。
だから立った。立って拳を構えるんだ。
(俺の精神は――、脆くて弱い)
情けない話だが。
しかしこの肉体、『1号』は永遠に不滅だ。
だからこの体が動く限り、俺は負けない。
「ハァア!」
「!」
岳葉はコンクリート片を握りつぶし、砂状になったそれをブレイドにかけた。
視界は濁るが仮面をつけているため、さほど脅威ではない。ブレイドは僅かに怯んだくらいで、殴りかかってきた岳葉の拳を受け止め、弾き、蹴りで横へ吹き飛ばす。
だがそこで後ろに気配を感じた。
「ウォオオオオオオオ!」
そこには岳葉と同じように上半分だけの仮面と、右腕だけ変身した隼世がいた。
ストレートを放つが、ブレイドはそれをヒラリと交わすと、裏拳で背中を打ち、振り向いた隼世へ二発ほど拳を打ち込んだ後、蹴りを打ち込む。
後退していく隼世だが、その脇を通り抜ける岳葉。再びブレイドと交戦する。
『岳葉――ッ、聞こえるか……!』
『あ、ああ! 聞こえる!』
ライダーテレパシーによる意思疎通。
隼世はこのまま戦っていてもブレイドには勝てないことを理解していた。
だがとにかくまずは一撃を与えることだ。そのために、作戦を練る。
「ずうぉッ!」
岳葉が地面を滑る。だがすぐに走りだした。
それを見て隼世も走る。岳葉はブレイドを中心にして右回りに。隼世はブレイドを中心にして左回りに。
「ライダー車輪ッッ!」
ブレイドを囲み、サークルを描く。
走るたびに風が発生していき、ブレイドは剣を構えて沈黙する。
岳葉を狙うか、隼世を狙うか――?
決まっている。両方潰せばいい。
『サンダー』
剣先を地面に突き刺すと電撃が地面を伝っていく。
しかし既に隼世と岳葉は飛んでいた。全てはコレを狙っていたのだ。
剣を突き刺すわずかな時間ならば、ブレイドに隙ができるのではないかと。
「ライダーッッ!」
二人は拳を前に、前に――ッ!
『メタル』
拳は届いた。
しかし苦痛に表情を歪ませるのは岳葉と、隼世。
地面に着地した瞬間、ブレイドは硬質化を解除。
『キック』
回し蹴りを行うと、再び岳葉たちは吹き飛び、地面を転がっていく。
ブレイドは呆れたように唸ると、ラウズアブソーバーを起動させる。
「目障りな連中だ」【アブソーブ・クイーン】
黄金の羽が舞う。
【フュージョン・ジャック!】
仮面ライダーブレイド・ジャックフォーム。
あえて変身したのは、力の違いを思い知らせるためだ。
サンダーのカードを読み込ませ、剣を振るう。すると雷でできた鷲が生まれ、翼を広げて駐車場を飛び回った。
高速の鷲は岳葉と隼世に突進していく。
悲鳴さえもあげることができず、岳葉たちは完全に倒れ、沈黙した。
するとブレイドは近くにいた岳葉を蹴って、仰向けにさせる。
そしてブレイラウザーを右腕に思い切り突き刺した。
「ぐあぁああああぁあ!」
岳葉の悲鳴が聞こえる。
ブレイドは剣を引き抜くと、傷口にカードを捻じ込んだ。
炎が、クロスオブファイアが吸収されていく。
「………」
だが、しかし。
「……ッ? なに!」
カードが、燃えた。
そして岳葉から弾かれると、燃え尽きて灰になる。
「お前ッ、まさか!」
ブレイドは立ち上がり、後退していく。
念のため、再びカードを投げた。しかしそれもまた先ほどと同様に燃えてなくなる。
間違いない。ブレイドは確信した。岳葉には既にクロスオブファイアが根付いている。肉体や精神と同化しているのだ。
ブレイドはすぐに隼世に向かってカードを投げた。しかしコチラは燃えず、吸収が順調に行われる。
それを見て、ブレイドは指を鳴らした。
すると吸収が中断され、逆に吸い取っていたクロスオブファイアを隼世に戻す。
ブレイドは隼世からカードを抜き取ると、そこで変身を解除した。
「本間岳葉、この俺が保障する」
「え……?」
「お前は間違いなく、仮面ライダーだ」
「ッ!」
一方で剣崎は目で隼世を見下す。
「だがお前は違うな市原隼世。いや、そもそも違うなどという概念はない。お前はそれに気づいていない」
「ッ?」
「前を見ろ。お前はまだ仮面ライダーというものを理解していない。そんな状態で力を使っていても、待っているのは破滅だけだ」
「それは、どういう――?」
「俺に死ねと言われて死ぬような世界なら、やはりお前たちの存在は酷く下らない」
剣崎はそこで灰色のオーロラを出現させ、その中に消えていった。
なんだったんだ? 隼世は戸惑いながら変身を解除して立ち上がる。
もしも剣崎の言ったことを額面通りに受け取るならば、この世界はもうクロスオブファイアを与えられた世界ではなく、クロスオブファイアが根付いている場所になっているということなのか?
よく、分からない。
すると隼世は、岳葉が頭を抱えて蹲っているのが見えた。
「大丈夫かいッ、岳葉!」
「あ、あぁ――ッ、あッ、ぐ!!」
「またフラッシュバックが!?」
「いや、いやッ、違う! そうじゃない! お、思い出したんだ!」
「え?」
「あ、ああ、あ、あの時っ! 俺が蘇ったのは――ッッ!」
岳葉は紫色にくすんだ荒野に立っていた。
ここはどこだろう? 確か俺は――、確か、確か……。
死。それは一瞬だけ脳裏をよぎっただけで、すぐに消え去った。
はて、ここはどこだろう? 岳葉が後ろを振り返ると、思わずハッとした。
巨大なライダーの石像が並んでいたのだ。
クウガ、アギト、龍騎、ファイズ――……、順番に並んでいるライダーたち。
しかし岳葉の知らないものもあった。あれは何のライダーだろう?
「!」
石像の下、荘厳なる玉座に腰掛けているのは誰だ?
「本間岳葉、だな」
「え? あ――、貴方は?」
岳葉はゾッとしたものを感じる。何かとてつもない力を感じた。
「私の名はオーマジオウ。平成ライダーの『王』である!」
「王様ッ!?」
「いかにも」
オーマジオウ。額には『カメン』、顔には『ライダー』とある。
どうやら彼が、岳葉の魂をこの地に呼び寄せたらしい。
「虚栄のプラナリアを確認した。幼子を汚そうとし、罪のない人々を傷つけたお前の罪はあまりに重いが――、見事な勝利であったぞ。糞を漏らしながらも大切なものを守ろうとするその心は、十分評価に値する」
「……ッ」
どうしていいか分からず、岳葉は俯いた。
「かつて、大きな花火が打ちあがった」
「え?」
「虹色の炎が詰まったその名は、カメンライダー。その火花は美しく、ありとあらゆる壁を超越して地へ落ちていく」
その炎に触れたものは、絶大なる力を手に入れる。
それがかつて誰かが願ったことだ。訪れるのは混沌か、それとも救世か。それはオーマジオウにも分からないことなのだと。
岳葉もまたその一端に触れた。アマダムという少々イレギュラーは絡んでいるものの、本質はそう違いないと。
「なんの才もない人間も、ひとつの大きなアイデンティティを手に入れることができる。これは卑下するものではなく、祝福するべきものではないか」
オーマジオウは『ライダー』と書かれた赤い複眼を光らせる。
「私も人を殺めたことがある。しかし、お前と違う点が一つあるならば、私はもはや何人殺したか覚えていない」
「え……ッ?」
「それだけの命を摘んできたということだ。だが私はそうであったとしても今なお、仮面ライダーの王として君臨している。それは何故か分かるか?」
分からない。岳葉は沈黙を続けた。そうしているとオーマジオウはまあいいと笑う。
「岳葉よ。まもなく、お前の世界に再び悪意が訪れるだろう。クロスオブファイアを持った悪魔が現れるはずだ」
「!」
「ゆえに、私はお前を蘇らせる。お前の物語はまだ完結していない。ライダーの世界には、仮面ライダーが必要なのだ」
戦え、ライダーとして。
オーマジオウは立ち上がり、岳葉に手を添えた。すると光が流れていき、岳葉の体の奥が熱くなっていく。
「平成はまだ早い。昭和の力を」
「ッ?」
「ましてや、ヤツが撒き散らした炎も目覚めていくだろう。良いか? 一度炎が生まれた世界は、次々と火が燃え移り拡散していく。ましてや火種で終わる一生も、火打石を投げ込まれれば話は別だ」
無知もまた更新される。火の付け方を知った人類は進化をしてきた。そのおかげでいらぬ血も流れたが、発展もまたあった。
それを良しとするかは、人の心が決めること。世界はただ形を変えていくだけだ。
「いずれ分かる。もはやあの日、虚栄のプラナリア。この世界でライダーが生まれることに、理由はなくなった」
世界中に巻かれた炎の一旦。前回はアマダムが炎を与え、今回は『奴』の復活による火花が、火種に小さな火を与えた。
ゆらり、ゆらり、揺らめく炎は、すぐに消えるが、目覚めたのは六人。与えられたのは三人。掴み取ったのは、『独り』の……。
「お前たちは私が選んだ。あるいは――、運命か」
岳葉に流れ込んでいく魂の炎。反対に瞼が重くなっていく。
岳葉は我慢できずに膝をついた。遠のいていく意識、『ライダー』の文字がゆらゆらと。
こうして岳葉は倒れ、意識を失った。
「期待しているぞ。"若き日の私"よ――!」
オーマジオウは王座に座した。
「覇道を歩むのだ。そうすれば、やがて答えにたどり着く」
そして岳葉が目を覚ましたとき、そこは自宅のベッドだった。
それを今、岳葉は思い出した。
仮面ライダーの王様、"オーマジオウ"。ヤツが何を考えているのかは分からないが、いずれにせよ言っていたことは当たっていた。
敵のボスはクロスオブファイアを持っているのだろう。
そして確実に何かを企んでいる。
それを止められるのは――、仮面ライダーだけだ。
『本間岳葉、この俺が保障する。お前は間違いなく仮面ライダーだ』
『俺に死ねと言われて死ぬような世界なら、やはりお前たちの存在は酷く下らない』
岳葉は地面を殴った。確かに、地面が凹んだ。
唸り、頭を掻き毟る。今も自分の首を絞めるカーリーが後ろにいた。男性器の槍で貫こうと目を光らせている。
岳葉は歯を食いしばる。あの時、あの瞬間、耐え難い恐怖と、耐え難い屈辱を超えたものは何だったのか?
そうだ。それは覚えている。決して忘れたことはない。
瑠姫だ。あの時、あの瞬間――、岳葉はきっと……。
「!!」
炎は歪に、しかし確実に燃え上がる。
するとどうだ。テレパシーが『彼』の脳を捉えた。歪な思考が流れ込んでくる。
くそ、またか。またなのか。しかし岳葉は大きく息を吸う。鼻一杯に血と糞の匂いが広がり、吐きそうになる。しかしそれでも強く息を吸った。
そして言葉と共に、息を強く吐き出す。
「俺は戦うッ!」
スパークが巻き起こり、岳葉の隣に一台のバイクが出現する。
「隼世ッ、い――、ま、までッ、ありがとう!」
「え?」
「お、お前は別にッ! もうッ、休んでくれても大丈夫だッ、こ、こッ、ここッ、ここからは俺がやる!」
「でもッ」
「大丈夫、俺も、そろそろ何かしないとって、思ってたんだ!」
岳葉の考えが正しければ、このままではとんでもないことになる。
「この世界は滅びないッ、剣崎ってヤツは間違ってる! それを俺がッ、証明するんだ!」
アクセルグリップを捻るとマシンは急発進。
隼世を置き去りにして駐車場を飛び出した。
岳葉は姿勢を低くして深夜の町を疾走する。ハンドル、クラッチ横のレバーを押し込むと、バイクが変形を開始。さらにベルトが出現し、猛スピードから発生する風を吸収して風車が回転する。
バイクがサイクロンに変わった。
光の線が見える。岳葉は尚もスピードを上げて前に進んだ。
するとその体が変わっていく。仮面ライダー1号、そして更なる変化が巻き起こった。
現在、その仮面の色は青みがかかった緑色で、複眼の色はピンクに近い。しかし風を受けると仮面が黒く染まっていき、複眼は真っ赤になっていく。
1号が拾った脳波は、間違いなく山路のものだった。
彼の殺意が、明確に頭に流れ込んできたのだ。
時間は巻き戻る。
山路は海辺で泣いていた。リセや正和の葬式にも行っていない。
そもそも行われていたのかも分からない。あれから皆とは会ってない。別に会いたいとは思わなかった。
完成間近のジグソーバズルをグチャグチャにされた気分だ。心が萎えて、なにもする気になれない。ずっとココにいた。ゴハンも食べていない。
フラフラする。山路は砂浜に倒れた。
むろん、ライダーになった彼に空腹で死ぬということなど滅多にない。あと一年くらい飲まず食わずでも何とかなるだろう。
しかし立ち上がる気力がない。山路はずっとそこに眠っていた。
「あ、あの……」
そうしていると誰かに話しかけられた。
「大丈夫、ですか? 救急車とか……」
「大丈夫。少しだけ、お腹が減っているだけです」
「え? あ、じゃあコレもし良かったら……」
少女はそういうとハンバーガーの包みを差し出した。
くれると言うものを断るのは心苦しい。山路はお礼を言ってハンバーガーを受け取った。それをモソモソ食べていると、なにやらやたらと視線を感じる。
山路が其方を見る。真っ黒な服を着た、美しい黒髪の少女と目が合った。
「あ、あの」
「なにか?」
「も、もしかして、山路くん?」
「え? なんで俺の名前を貴方が?」
「わ、私ッ! 私だよ、
「???」
全く覚えていない。
「あ! えーっと、カラスちゃん!」
「ああ!」
そこで思い出す。施設の仲間だ。いつからか離れ離れになってしまったが、もしも初恋があるとすればきっと彼女だろう。
「久しぶり……!」
烏七はそこで口を覆った。
山路は彼女の指を見た。そこで思い出した。彼女はピッケル鮫肌おじさんにさらわれていた女の子だった。
「ねえ、もしかしてなんだけど……」
カラスちゃんはあの時のことを強烈に覚えていた。
自分の耳に張り付いている化け物の声。それは紛れもなく、目の前にいる山路であった。
「私を助けてくれた人って……」
「ああ、俺だよ。これも運命だねカラスちゃん」
カラスちゃんの隣にいたのは、仮面ライダーアマゾンだった。
「ねえ、なにそれ」
山路と月美子は二人並んで海に足をつけていた。
波が来ればお尻も濡れるが、気にしない。二人はぼんやりと地平線の向こうを見つめていた。
ふと、山路は月美子の腕を指差す。白い手首にはいくつもの線が見えた。
はじめは火傷の痕かと思ったが、どうにもそうではないようだ。
「リストカットっていうの。これをすればね、皆が私を心配してくれて優しくしてくれるの」
「へぇ。すごいなぁ」
「でもそんなの――ッ、最初だけ。後はこれのせいでバカにされる」
「かなしいなぁ」
「うん。かなしい」
ザザーンと波の音がした。
「ところで、カラスちゃんはどうしてあの小屋で捕まってたのだろう?」
「それは……」
自殺するためだった。今度は少なくとも本気だったと――、思う。
「でも、あんなことに……」
左手はまだ治っていない。痛みがあの時のことを思い出させる。
「ねえ、なんで山路くんは変身できるようになったの」
「分からない。でもしいて言うなら、適応だったのかもしれない」
「適応?」
「俺はね、昔から食欲がなくてさ。それは食べなくていいって意味じゃなくて、別に食に興味がないんだよ。眠るのも何か別に楽しくもないし。でも死体には興奮した、B級ホラーで綺麗な女性が苦しんで死ぬのを見てドキドキした。でもそのうちに気づいたんだ。悪いやつが死ぬのは別格、あれは勃起を通り越して射精できるって」
逆に言えばそれでしか興奮できない。
頭がおかしいってことはとっくに気づいていた。でも山路は生きている。これからも生き続けなければならない。
適応を目指した。アマゾンはその結果だと思っている。
頭のおかしい自分を哀れんだ神様がくれた。たった一つの素敵な贈り物。
「進化したんだ。俺はね」
「それで山路くんは幸せ?」
「べつに」
殺しを重ねていた時はそりゃあ充実はしていたさ。
でも全て刹那的に消えうせる快楽。射精すれば後は賢者タイムだ。余韻楽しむことはできるけれども、時折ふと虚しくなる日もあった。
「気持ちいいと、幸福なのは、別なのさ」
「よく分からない。けど、私も幸せじゃない」
「それはどうして? 助けてあげたのに、そんなことを言われるのは悲しいぜぇぇ」
「里親が嫌いなの」
カラスちゃんを引き取ったパパとママは子供ができなくて困っていたらしい。
ある日、二人が喧嘩をして別れることになった。カラスちゃんはママについて行った。
はじめは優しかったママも、貧しくなってくると頻繁にカラスちゃんに当たるようになった。
ある日、ママに新しいパパができた。
二人の間に子供ができた。ママは自分の子供のほうが可愛いと言った。妹はカラスちゃんよりは可愛くなかったが、頭はとても良かった。ママは妹を溺愛した。
カラスちゃんはパパに気に入られた。三白眼でオドオドしているところが何だか妖艶に見えたのか、寝ているところを襲われた。
処女を奪われた後は、月二回くらいで襲われた。一度母親に相談したら、思い切りビンタされて終わった。
妹の成績はどんどん良くなった。カラスちゃんの成績はどんどん悪くなった。
カラスちゃんは死のうと思った。
「残念だなぁ。カラスちゃん、たぶん俺の初恋の人なのに」
「そうなの? す、すごい。私もだった」
「嬉しいなぁ。カラスちゃんが昔かけてくれた言葉、やまじくんはみんなのヒーローだね。あれが俺の未来を決めたのさ」
二人はキスをしてみる。カラスちゃんは嬉しそうだった。
「ねえ山路くん。お父さん、死んだの」
「へぇ」
カラスちゃんは携帯を取り出して、義父の写真を見せる。
「山路くん?」
「ああ。ロマンティックな追いかけっこだったよ。キミのお父さんの
海岸近くの廃墟で楽しんだおじさんだった。
そうか、半裸で飛び出していった女の子はカラスちゃんであったか。
「本当にありがとう」
カラスちゃんとセックスをした。
「山路くんは、私のヒーロー」
耳元で囁く言葉。それを引き金にして、山路はカラスちゃんの中に欲望の塊を撃ち出していく。
二人はギュッと抱き合った。
「ねえ山路くん。お願いがあるの」
「なに?」
「お母さんと、妹、殺して。あとついでに飼ってる不細工な猫」
「いいよ。いいぜ」
その時、山路は気づいた。
普通になりたい。それは心の中にあった小さな欲望であって、きっと本心ではない。
「俺は俺だ。狂ってるのは世界のほうだ。俺たちがおかしいなら、世界を俺たちの形に切り取ればいい。それができる権利を俺は持っている。人間の歴史など、所詮宇宙の眼で見れば浅くちっぽけなものだ。常識だって同じなんだ」
ずっと、認めて欲しいと思っていた。
だから普通になりたかった。認められるためには、それがいい。本当に? いや違う。俺は普通だった。それをずっと前から気づいていただけだ。
今まで嗅いだ匂いのなかで、カラスちゃんの匂いが一番好きだ。
自分と同じ匂いだからだ。
「あぁ、ダメだな。仮面を被りすぎてどれが本当の顔か分からない」
けれど一つだけ分かることがあるならば――
「俺は、仮面ライダーアマゾン」
リセと正和はただ、人間っぽくなる仮面でしかなかった。
けれど今、理解する山路は仮面だ。あの姿こそ偽りなのだ。今はもうアマゾンこそが肉体であり、自分の顔であり、全てだ。
心はウソをつける。脳は自分を欺ける。でもたった一つだけ、股間からぶら下がっているペニスだけはウソをつけない。
リセにはピクリともしなかったこれが、カラスちゃんを前にすればガチガチになる。
カラスちゃんの母や妹。
セックスの果てにはきっと、愛がある。
「行こう」
アマゾンは歩き出す。だが足を止めた。
前に、仮面ライダー1号がいたからだ。
「山路くん――ッ!」
「本間さん、でしたね。やっぱり僕は殺すことでしか感謝されないみたいです」
テレパシーで山路の事情は察している。だから1号は彼を絶対に止めなければならなかった。
なぜならば今からアマゾンがやろうとしていることは、かつて自分がやったことだからだ。
瑠姫の家族を殺した。それは恥ずべき罪なのである。
だからこそ、同じ過ちを繰り返すわけにはいかなかった。
二人は走り出し、拳を交差させる。
砂を巻き上げた脚、キックもまたクロスする。アマゾンもまたテレパシーで1号の考えを把握していた。
彼はコンドーム。アマゾンはそれを破らなければならない。
そうすれば快楽も喜びも、真なるものになる。
「ジャングラー!」「サイクロン!」
アマゾンはマシンを発進させてカラスちゃんのお家を目指す。
後ろからは耳障りなエンジン音。1号がピッタリとついてきて、真横についた。
ガリガリとマシンが擦れ、火花が散る。
アマゾンはハンドルから両手を離し、ヒレで1号を斬った。
火花が散り、1号はよろけてシートから落ちる。
しかし車体後部を掴んでおり、足裏を地面につけて滑っている。
足裏から噴射する火花。
アマゾンはトドメを刺そうと、足裏で1号を狙った。
しかし1号は腕で車体を動かし、少し距離をあけてキックを回避した。
そして腕の力だけで身体を前にもっていき、再びシートの上に座る。
気づいているだろうか?
1号の脚からはまだ火花が散っている。これはスパーク。電撃が少し。
「山路くん! カラスちゃんはきっと笑うぜ! 彼女の家族を殺したら笑顔でキミにお礼を言うぜ!」
「たのしみだなぁ」
「違う。違うだろ! そうじゃないだろうがッッ!!」
アクセルグリップを捻る。加速するサイクロン。それだけ風が1号を包む。
回転するベルトの風車。同じくして、脚に纏わりつく電撃が少しずつ強力に。
「好きな人ならッ! そんなことで笑わせるなよッッ!」
サイクロンがジャングラーを追い抜いた。1号の脚がバチバチと音を立てて発光する。
まぶしい。イヤだ。アマゾンも必死にスピードをあげてサイクロンを追い抜く。
カーブだ。急カーブ。1号はそこで虚栄のプラナリアを思い出した。
隼世に教えてもらったアウトインアウト。カーブを曲がりきるサイクロンと、激しくクラッシュを起こして地面を転がるアマゾン。
「うァ――ッ!」
アマゾンが空を見上げる。空に激しい光が見えた。
「電光ライダーキィィイイック!!」
「うぐあぁああぁッッ!!」
アマゾンは帯電しながら地面を転がり、やがて変身が解除された。
山路は唸り、もがく。酷い、酷いじゃないか。せっかくまた新しい自分を見つけることができそうだったのに邪魔をするなんて、と。
そうしたら肩を掴まれた。1号は変身を解除して、岳葉として山路と向き合う。
「違う! 俺がキミを止めたのはッ、キミと友達になるためだ!!」
「え?」
「俺もかつて、キミのように考えて実行して、そして後悔した! でも今は違う! 少なくとも、あの時よりは良いって思えてる!」
瑠姫のおかげだ。愛する人がいた。それは山路も同じだ。
まだその想いは芽かもしれないが、カラスちゃんという子と愛の華を咲かせることもできようて。
「彼女を救えるのは確かにキミだ。キミだけだ。だからこそそのやり方を間違えないでくれ! 俺と同じじゃ、絶対ダメなんだよ!」
それを教えてくれた一番の人は、たぶん、いやきっと隼世だ。
口にするのは恥ずかしいが、とても感謝している。そしてハッキリと言えることがたった一つ。
市原隼世が、親友だということだ。
「だからッ、俺がキミの親友になる! 駄目なことをしたら、駄目だって言ってくれる人が必要なんだよ、俺たち仮面ライダーにも!」
「――ッ、とも、だち」
「ああ、友達! トモダチだ!」
山路はしばし沈黙、そして笑顔になる。
「嬉しいなぁ」
「安心しろ。俺は死なない! 生きて、生きて、生きて生きて生きて! 醜くても生き抜いてやる! お前がまた間違えたと思ったら、全力で止めてやるよッ!」
「……ッ」
山路の表情が変わった。どんな仮面を今、自分はつけているのだろう? 分からなくなってきた。
「いいか、よく聞けよ! 俺たちには力がある。それはとても強くて凄い力が! それで? カラスちゃんが苦しんでるから、嫌いなヤツを全員殺して終わり? ふざけんなよ! そんな簡単なこと、誰でもできるだろうが! お前仮面ライダーだろ! どんな選択肢も選べるだけの力があるんだろ! だったらもっと素敵な笑顔をさせる選択肢を探せよ! 大好きな人をなァ! 嫌いなヤツが死んで笑うような糞女なんかにしてんじゃねーよ!」
山路は反射的に岳葉の手を掴んでいた。
「本間さん! 俺たちは自由だ! 自由になる権利がある! やりたいことをすればいい! それは許されるべきだ! 誰かの意見にいつも押しつぶされてきた! そんな俺たちを救えるのは俺たちだけだった! 俺たちはおかしくなんてない!」
「誰かの自由を奪って得る自由なんて、ただの言い訳だ!」
山路の眼からは、確かに涙が流れていた。
「山路くん! そんな奴等がッ、今! この近くにいる! 止められるのは俺たち仮面ライダーだけなんだ!」
山路の怒りや不満が伝わってくる。まあ、そうか。岳葉とて理解できようて。
俺たちの怒りは、誰かに理解できるほど簡単じゃない。
「なら、くだらねぇ御託を並べるより、仮面ライダーになってみようぜ」
剣崎に会ったからか、ふと思い出す。
そういえば悲しみが終わる場所とやらが地球にはあるらしい。まずは山路をそこへ連れて行ってあげよう。
「俺もよく分からないけど、このままだときっととんでもない事が起こる。お前を救ってくれるかもしれないカラスちゃんは死ぬし、俺の大好きな瑠姫もたぶん、死ぬ、きっと。うん」
そんなの最低だ。リセが死んだように激萎え決定。
全てが最悪で、最低で、もう何もかもがファックユー。
とにかくそうなったらお終いだ。
「それを止められるのが俺たちなんだ。どうする? またグズグズするか? それとも全てを救って、最高になるのか? どっちがいい?」
「それは――、もちろん」
「当たり前だよな? 当たり前を選ぶことは、決して不自由なことじゃない」
俺たちの答えは、きっとそこにある。
「はじめようぜ、仮面ライダー!」
悔しいはずだ。岳葉には分かるし、テレパシーで山路も分かってくれているはずだ。
母が殺され、親友が苦しみ、その上まだ愛する人が危ない目にあうかもしれない。そんな未来を止めるために。
「力を貸してくれ。友として、仮面ライダーとして!」
「………」
山路はしばし無言で固まっていたが、やがて岳葉を見て強く頷く。
「その仮面――、一枚は持っておきたい」
山路が戻ってくると、カラスちゃんは不安げな表情を浮かべた。
「ど、どうなったの?」
「ごめん。キミのお願い、今はまだ聞けなくなった」
「え?」
「今日は一緒に寝よう。俺、クイガミさまらしいから。寝床用意してくれるところがあるんだ」
「あ、でも……!」
「ねえカラスちゃん。カラスちゃんはさ、自分と世界、どっちが狂ってると思う?」
「……どっちも狂ってないと思う。本当に狂ってると、狂ってることすら分からないと思うから」
山路はニヤリと笑った。丁度いい塩梅のような何かがそこにはあった。
その日本語は、まだ見つからないけれども。
「確かに。やっぱりキミは初恋の人だ」
新人類。以前口にした言葉がよぎる。
旧人類の未来を決めるのもまあ、悪くない。
翌日、リュックを背負った涼霧が歩いていた。
駅に向かうつもりだったけれども、気づけば良神クリニックの前に立っていた。
あれは失恋だったのか、それとも自覚だったのかは、彼女にも分からない。
失礼――、彼だった。
涼霧はずっと着ていた仮面をやっと今日、脱げるのかと扉を叩いた。
あの時、あの瞬間、敬喜と倒れた海に自分が溶けていく感覚。あの時に何かを掴んだ気がした。
貝殻かと思ったら、自分の殻だったのかもしれない。その隙間に冷たい海が入って、涼霧は気づく。
やっぱり俺は――……。自分になるための第一歩。お金もニセモノじゃ意味がない。自分が偽者なら、掴むものは全て偽者だから。
「早く会いたい。わたしの赤ちゃん」
育児に関する雑誌をたくさん買った。
ベッドやガラガラ、おしゃぶりも用意して準備万端だ。
一日ずつ近づいてくる瞬間に、ワクワクドキドキしている。はしゃいで浮かれるのは許して欲しい。そうそう、胎教にいいと聞いてクラシックを聞き始めた。
あ、また蹴ったよ。わたしが笑うと、彼も笑ってくれました。
ああ、早く会いたいな。私の赤ちゃん。
「バッフォッッッ!!」
男の拳が、膨らんだお腹に直撃する。
拳がお腹に沈んでいく感覚。女性は目を見開いた。眼球が飛び出ると思った。
実際少しは飛び出ていたのかもしれない。すると便意に近い『何か』を感じた。呼吸が止まり、今まで感じたことのない痛みが腹部を襲った。
ウンチが出る。
股からジャーッと何かが出てきた。真っ赤な血液だ。
ボトボトと何かもこぼれていく。これは臓器なのか、はたまた胎児の破片なのか。わからない。
流産するかもしれない。そんなのはイヤだ。赤ちゃんが無事なら私はどうなってもいいと思った。救急車を呼ぼうと想い、女性は気づいた。
流産どころの話ではないということに。
嘔吐と思ったら、やっぱり血が出てきた。
女性は泣き叫んだ。あなた、どうして、どうじで、あなだ。
わだじの、あがじゃん、じんじゃっだ。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオ! ヴァッホウ!」
男は喜びに射精した。
さらに女性の顔面に何かを強く押し当てる。鼻が粉砕され、歯がボロボロと零れていく。
男が女性の顔面に埋め込んだのはグレネード弾。握りつぶすと、爆発して女性の頭部が吹き飛んだ。
極上の快楽。男はもう一度射精した。
いや違う。実は精液が出ていなかった。
つまりこれは、射精を超えた快楽の形なのだ。
つみきを崩すとき、高く積み上げたほうが気持ちがいいことに気づいた。
ドミノは時間をかけたほうが達成感があると気づいた。最後の1ピースをはめれば完成するジグソーバズルをグチャグチャにする背徳にまみれた快楽、キミには理解できるだろうか。
「ちーっす茂男くん! おはよー!」
部賀はそういうと茂男の腹に膝を入れる。
うずくまり、呻く茂男を、みんなで笑ってみていた。
「やめろ」
志亞がそれを止めに入ると、部賀はへーいと笑って教室に向かった。
昼休み、屋上では志亞と茂男が並んで昼食をとっていた。
「どうして無断欠席してたの? やっぱりアレ? 彼女さんが自殺したこと?」
「………」
そうだったのか。あのブス、死んだのか。別にどうでもよかった。
「全てがイヤになるときくらい、お前もあるだろう」
「そうだね。でも良かったよ、志亞くんが戻ってきてくれて。また僕を助けてね」
「……ああ」
そこで屋上の扉が吹き飛んだ。
反射的に後ろへ隠れる茂男と、前に出る志亞。
現れたのは、異形の化け物だった。化け物というか――、見覚えがある。ブレードアルマジロと同じだ。人間がなにやらスーツを着込み、マスクを被っている。
それはずいぶんな大男であった。
凄まじい肉体だ。ピッチリとしたスーツだから分かるが筋肉が凄まじい。
さらに両肩や腕輪には筒のようなものが確認できる。さらに背中には鉄でできたランドセルのようなものを背負っている。バックパックというヤツだろう。
マスクは――、牛、いやバッファローか。
「ブレードアルマジロの仲間か」
「そう。僕はグレネードバッファロー!」
「なんのようだ」
「ブレードアルマジロくんはキミを逃したようだが、僕はそうは思わない。なぜならばキミは危ない男だからだ。我々の計画を邪魔する可能性が一番高い」
「どういうことだ?」
「珠菜ちゃんがキミの名前を呼んでいた」
「なんだと! 今なんと言った! なあ今なんと言ったんだ! 貴様、オレの聞き間違いでなければ珠菜ちゃんといったな!? 貴様おい、おい貴様ッ! 貴様今珠菜ちゃんと言ったか! 珠菜ちゃんと言ったのはどういうことだ! おいふざけるなよ貴様! 珠菜ちゃんとはあの珠菜ちゃんなのか! どういうことだ! お前は今なんと言った!? 珠菜ちゃんと言ったように聞こえたが、珠菜ちゃんとはどういう関係――」
「うるさァアアアアアアいッッ!!」
志亞は黙る。しかしどうやら、バッファローも頭はよくないらしい。
「最期に会いたかったのだろう。でも駄目だ、僕はそれを危険と考えている」
「最期!? 貴様――ッ、貴様ら――ッ! やはりそうか!!」
「たすけてと言ってもいたが、それもやはり駄目だ。珠菜ちゃんは可哀想だが肉体を提供してもらわなければならない。お前はそれを止めそうだ。だから殺しにきた」
「貴様ァァァ……!!」
ダブルタイフーンが生まれ、風車が回る。
変身。V3は疾走し、グレネードバッファローに殴りかかった。
「!」
ノーモーション。その意味はすぐに分かる。
拳が直撃したのだが、バッファローは不動のままだった。文字通り鋼の肉体とでも言えばいいのか。
今度は向こうの攻撃だ。豪腕が飛んでくる。しかも早い。V3は両腕をクロスに構え、攻撃を受け止めようと考えた。
だが凄まじい衝撃が襲ってくる。骨が軋む。
しかもそこで気づいた。
バッファローは何かを掴んでV3を殴っていた。
グレネード弾だ。バッファローが力をこめると、グレネード弾が握りつぶされ、爆発が巻き起こる。
吹き飛ぶV3。茂男の悲鳴が聞こえる。
屋上は広い。バッファローとV3の距離が開いた。するとバッファローはバッグパックに手を伸ばした。
するとそこからグレネード弾がポロンと排出される。
バッファローはそれを肩の上にある筒に入れた。
数は二つ、両肩にある筒はグレネードランチャーだ。
腕にあるスイッチを押すと、グレネード弾が勢いよく発射される。
「フッ!」
V3が飛んだ。爆発する屋上。
なにやら悲鳴が聞こえてくるが、それは無視。V3はマフラーをパタパタとトンボの羽のようにして空中に浮遊する。
「ハァアアア!」
高速で飛翔し、そのまま回し蹴りからの飛び蹴りを繰り出す。
V3マッハキック。しかしバッファローは再び豪腕で蹴りを防ぐと、そのままアームハンマーでV3を叩き落す。
「グッッ!」
まだ終わらない。
バッファローはV3の脚を掴むと、そのまま振るい上げて、地面にたたきつけた。
衝撃を感じ、頭が真っ白になる。
そこで顔を殴られた。脳が揺れる。爆発が起こった。
バッファローはV3を蹴り飛ばすと、グレネード弾を腕にあるグレネードランチャーに装填する。
そしてそれを倒れているV3に向けた。
終わりだ。そう思ったとき、何かがバッファローの頭にぶつかる。
「ブホ?」
「こっちだ! デカブツ!」
屋上入り口、そこにいたのは部賀だった。自販機で買っていたジュースを投げたのだ。
「なんだよなんだよ! 楽しそうなことしてるじゃねーか!」
「何者だ!?」
「俺は俺だっつうの! ほら! 志亞! 今だぞ!」
そこでV3が意識を覚醒させる。そうだ、今だ、今しかない。
バッファローは強い。しかし『アレ』ならば、確実に撃退することができる。V3はそう考えていた。
しかしデメリットもある。V3にとっての奥の手、逆に言えば向こうにも何か手があるかもしれない。
当たればいいが、外れれば余計に不利になる。
しかも事前に少しだけ『チャージ』がいる。確実に当てるためにはどうすればいい?
「………」
V3は飛んだ。横にいた、茂男のもとへ。
「茂男、一旦下に行く。オレに捕まれ」
「う、うんっ!」
V3は頷き、茂男を抱きかかえる。
「……許せ」
「へ?」
V3はそのまま茂男を思い切り投げ飛ばす。
場所はバッファローのもと。何を仕掛けるつもりなのか? 突如飛来してきた少年を警戒しつつ、バッファローはとりあえず茂男を叩き落す。
「ボヘッッ!」
茂男、地面に激突。
バッファローは足で思い切り茂男を踏みつけた。
ベキベキと骨が砕ける音。バッファローは茂男を蹴り飛ばす。
それでいい。その隙にV3はチャージを完了させた。
「離れろ! 部賀!」
「おう! ヒャハハハハ!」
部賀は楽しそうに走り、V3の傍に。
一方でV3はダブルタイフーンにチャージしたエネルギーを一気に解放した。ベルトから凄まじいハリケーンが巻き起こる。
それはまさに『逆ダブルタイフーン』。バッファローの巨体は簡単に持ち上がり、あっという間に空に消えていった。
「………」
V3は変身を解除すると、茂男の傍にやってくる。
茂男はゼヒュゼヒュと息を零し、血を吐き出していた。
「ど、どうじで……! なんで――ッッ!?」
目を見開く。どうして? なんで? そればかりが頭の中でぐるぐるぐるぐる。
「悪い。時間が必要だったんだ。だから盾になってもらった」
「ご、ごぶ――ッ! 酷ずぎるッ、ぜっだいにゆるざない――ッ!」
激しい憎悪が茂男にはあった。
「裏切りもの゛! 呪いごろじでやる――ッ!」
それを聞いて志亞は呆れたような表情を浮かべた。そして舌打ちを零す。
「裏切り? 違う。オレは最初からお前の仲間なんかじゃない」
「!?」
「ちょっと考えれば分かるだろ。お前みたいな不細工なオタク野郎はカースト最下位。オレはほら……、かっこいいし。住んでるところが違うというか」
茂男は血走った目を見開き、震える。
一方で震えていたのは志亞も同じだった。
「甘えるなッ! 甘えてんじゃねぇよ! オレがお前を盾にする前に、助けてあげたくなる人間になっとけよ!」
「ッ!」
「お前は何か努力したのか? 周りからダッセェって言われて髪を切る場所変えたのか? 冴えないおっさんみたいにしてくれるママのカットはいつ卒業するつもりだったんだ? 意味不明な英語が書かれたTシャツはいつ脱ぐつもりだったんだ? 周りが明らかに引いてるのに休み時間にカードゲームをやるところとか、周りのことを一切考えずにベラベラ大声で喋るオタクが見るアニメの話題はいつ終わらせるつもりだったんだ!? 少しは隠せよクズ野郎ッ!」
だからいじめられるんだよお前みたいなヤツは。
何の努力もしないで、誰かに好きになってもらおうとか、ふざけるのもいい加減にしろよ! 終わってんだよ、とっくにお前の人生なんざ。
あとオレはあれも最高に嫌いだったね。特撮だのアニメだの見てるのはあの有名人もいるとか、世界じゃヒーローものはメジャーであってなんたらかんたら。
糞ダサいんだよ。
いちいち言い訳を用意しないと好きなもの一つ愛せないのか?
だからお前の周りには誰もいないんだよ。
当然だよな、言い訳の道具じゃないんだよ、人間っていうのは。
呪い殺す? お前まだそんなこと言ってんのか?
そういうところだって言ってるんだよオレは。
お前は向こうでまだ続きがあると思ってる。天国? 地獄? 無いんだよ、続きなんて。
「だからみんな、この世界を精一杯生きてる」
「―――」
「最期に一個学べ。両親以外に愛されないと、生まれてきた意味なんてねぇんだよ」
志亞は踵を返した。
茂男はもう喋ることができなかった。いろいろと大切な臓器が破壊され、意識は遠のいていく。
茂男は空に手を伸ばした。伸びてはなかったかもしれないが、誰かが掴んでくれると思ったから伸ばした。
ママ。今日はハンバーグだ。
ママの作った、大好きなハンバーグ。
おかわりをしよう。そう思いながら茂男は死んでいった。
「地球のゴミが一個減っただけだ。気にすんな」
「ああ」
「吸うか?」
「いらん」
「そうか。じゃあ俺は吸うわ」
部賀はタバコをふかし、座る。
志亞も隣に座った。
「面白かったよな。へへ、見ろよ、みんな慌ててら」
「………」
「羨ましいぜ。なんだよアレ、俺もなんかしたら変身できるの? 紹介してくれよ」
「いや、お前じゃ無理だ」
「ああそう。そりゃ残念」
部賀は立ち上がると、屋上に開いた穴を覗き、下を見る。
楽しそうに笑い、戻ってきた。
「村松の野郎死んでたぜ。めっちゃラッキーだよな。ふふふ!」
「楽しそうだな」
「ああ。最高に楽しいね。こんなに興奮する日はないぜ。お前は?」
「全く」
「ああ、だろうな。そう思ってた。お前を初めてみた時からずっと思ってた。お前は俺と一緒だ。俺に似てる。いつも、つまらなさそうにしてる」
「………」
「何につまらないかも分からない。何が面白いのかも分からない。楽しいことの正体が分からない。ただダラダラ続いていく時間があって。正体不明のイライラだけはずっと胸にある。今もあるんだろ。通りすがりの人間ブチ殺したいとか? 逆もあるか。なんか死にたくないけど死にたくなるとか」
「くだらないことが多いんだ。だからイラついてる」
「何がいいんだよじゃあ。お前アレだろ? 女殴ってんだろ? アイツ死んだんだぜ。自殺した。ウケるよな。メンヘラお疲れ様ですって感じ」
「勝手に死んでろって感じだ。オレには関係ない」
「そりゃそうだ。俺だって理解できねぇ。恋愛なんかで死ぬなんてマジで理解できねぇ。どうなってたんだろうな、アイツの脳みそは……。でもまあ、オレも何かのために死ねるくらいのめり込むものは欲しかった。あるんだよ、きっと、今やるべきことが。今しかできないことが。今だけしかやれないことがあるんだよ! 茂男を皆でいじめるのはまあまあ楽しかったよな。ケンたちと一緒に、アイツをどれだけ苦しめられるのか? どれだけバリエーション豊かに攻撃できるのか。それはまあまあクリエイティブな毎日だったと思うよ。俺達のかけがえの無い青春だ」
「クソだな」
「いいんだよ。クソみたいなことするのが若い俺らの役割だ。いつかみんな大人になってく。まあいいじゃねぇか、昔はいろいろやってたけど、今はちゃんとしてますって更正エピソードできるんだから。みんな若気の至りですませてくれる。どいつもこいつもそういう経験あるからな。人生なんて死ぬまでの暇つぶしだろ。回っていくんだよ、うまく、俺たちみたいなわんぱく小僧たちのおかげで。憎まれっ子なんたらかんたらだ。悪い、ちゃんと覚えてない。俺この前の国語のテスト7点だったから」
部賀はタバコを投げ捨てて立ち上がる。柵にもたれかかり、遠くを見た。
「お前だってあるだろ。なんか一個くらいは」
「………」
「珠菜ちゃん? だっけか? それだよ。あんなテンションのお前、はじめて見たわ」
「そうだ! 彼女が――」
志亞は立ち上がるが、固まる。拒絶された手前……。
「それだよ志亞! こんなことしてる場合じゃねーんだろ! 早く行ってやれよカス野郎! 時間は今も流れてくぞ! 俺はだんだんまたイラついていく!」
部賀は苛立ちから柵を蹴り壊す。
志亞が羨ましい。かっこよく戦えて、かっこよく死ねれば部賀はそれでいいのに。
「なあ。なあ志亞! きっとその珠菜ちゃんを救えるヤツはお前だけじゃねぇんだろ? 分かるぜ。分かるよ。だからお前はココに帰ってきたんだ」
でも――、と。
「でもこの広い世界。お前と彼女、その二つを同時に救えるのは、お前だけだ」
志亞は目を見開いた。
そうか。そうなのか。そうなのかもしれない。
いや、そうなのだ。
痴呆入った父の何の生産性もない話を聞き続け、クソを漏らした父を見た日。
部屋の隅で34歳の声優が吹き込んだ小学五年生――、という設定のキャラクターが嬌声をあげるCDを聞きながら逃げるように自慰に耽った夜も。
愛が消えていくさまを、偽りの愛で埋めようとした虚空の日々も。
全ては今、この日、この時のためにあったのか。
「たまにはマシなこと言うな、お前」
「なんだよ、たまにはって」
「ありがとう。部賀」
「……どこに行くんだ?」
「水野町だ。決着をつけてくる」
「ああ。死ぬなよ」
そこじゃない。そこでは駄目だ。
もっとふさわしい死が、お前にはきっと待っている。
「フッ」
志亞は屋上から飛び降りた。
着地地点にはハリケーンが待ち構えている。シートの上に飛び乗ると、アクセルグリップを捻り、悲鳴がこだまする学校を後にした。
部賀は自分も飛び降りようと思った。しかし彼は人間だ。きっと死ぬ。
だから立ち止まった。
「まだだ、まだここじゃない。俺も。俺は」
言い聞かせるように呟いた。たぶん、一生言い続ける。
病気のことはよく分からないので、異常なのか正常なのか分からない。
けれども現実として、父の容態は酷いものになっていた。
顔を見せると、うつろな瞳で頭を下げられた。隣町のシゲさんだと思っていたらしい。志亞は父に挨拶を言った。
「今までありがとうございました。それでは、さようなら」
家に帰り、小さな女の子がセックスをしているマンガをスズランテープで纏めて、近くの空き地で燃やした。
炭を蹴って散らすと、志亞はバイクを発進させた。
はじめから本物など、どこにも無かった。
しかし全てが偽りだとも思わない。あの日、あの瞬間、きっとどこかにずっと探していたものがあったはずだ。
何か、特別なエピソードがあるわけじゃない。
むしろそれはとても大きな嫌悪感の上になりたっているのかもしれない。
地球に住む人間が全て、彼女も含めて嫌悪するものだったのかもしれない。
けれどそこにはきっと……、志亞が求めたものがある。
そうだ。その道を選んだ。このタイムラグは大丈夫だ。なぜならば彼女は分かってくれている。世界は分かってくれている。我々の役目というものを。
「変ッ! 身――ッ!」
志亞は跨っていたシートから立ちあがり、発進したままで腕をハンドルから離し、横へ伸ばした。
そのまま腕を大きく旋回させる。少しでもバランスを崩せば転倒するが、志亞にその心配は全くなかった。
(オレが倒れるのはココではない)
その漠然とした覚悟がある。
両腕を右へ伸ばした。そのまま大きく旋回させて左上にやって来たところで止める。
右腕を腰へ引いた。そしてすぐにまた左上に伸ばし、左腕は腰に構える。
「ブイッ! スリャァアアアアアアアアアアアア!」
丁度、三時間。
V3はハリケーンを飛ばし、水野町に到着した。
『誰だって! 七あり谷ありーっ!』
話題の芸能人のルーツを虹にみたてて、その七つを解き明かすバラエティ番組だ。
ロケに出ていたのは話題のバイプレイヤー、佐々木道夫。苦節30年、名わき役はいかにして生まれたのか。それを徹底追及しようと。
今、佐々木とスタッフ達はオーマル食堂にやって来ていた。なんでも佐々木が下積み時代に通っていた思い出メシがここにはあるらしい。
食堂に入ると、優しそうなおじいとおばあが出迎えてくれる。
佐々木は二人と抱き合うと席についた。そうすると。おばあが注文を聞きにきてくれる。
「カレービーフチャーハン、ひとつ!」
「へぇ、カレーチャーハンって珍しいですね」
「でしょー? いやー、もう金ない時は、ここのチャーハンばっか食って!」
なごやかな笑いが場を包む。しかしおばあは不動である。
「どうしたの、ばあちゃん?」
「いや、あの、ウチ、そのメニューやってないですね」
「えーッ! もうやめちゃったんだ? うわショックだなぁ!」
「いえ! いえっ、あの最初からそういうメニューはないですね……」
「あ、カレーポークチャーハンか!」
「あの……、それも、ないです」
「あれ? じゃあチキンだっけ?」
「も、ないです。チャーハン自体やってないです……」
「え……? あれ? あ、そっか。ここはあれだ! ラーメンだ!」
「やってないです」
「………」
「………」
「「………」」
「……さ、サインあったよな! 俺のほら!」
「え? いや、無いと、思います」
「いやいやいや! いやッ! あははは! たちの悪い冗談だな! ほら、十年前毎日きてたじゃん!」
「お店ができたのは七年前です」
「………」
「っていうか、アンタ誰やね?」
えーっと、誰? 誰って、誰ってこと、です、か。
分かりました。えー、じゃあ皆さん。すいません。いっこ、いいっすか?
いい? いい? いい。あっす。じゃあ、あのぉ、失礼して。
「お目を拝借」
自 分 ガ イ ジ い い っ す か ?
「ゴーウオンナウパンチ」
佐々木はおばあを殴り飛ばすと、厨房へと走り、おじいの顔を掴んで熱々の油の中に入れる。
スタッフ達の悲鳴が聞こえる中、佐々木はマネージャーやカメラマンを突き飛ばして店の外に出た。
「このお店なんやねん! どこやねんさ!!」
分からないことばかり。
でも一つだけ分かることがあるのなら、それはつまりなしてなんでどして――ッ!
「俺はッ! セイクリッドスパークオブガイジッッ! セヤアアアアアアアアア!!」
俳優が暴れていた。
立木が、逮捕された佐々木の取調べを任されるが、てんで話しにならない。
しかし今回、佐々木が既婚者であったことから、妻に話を聞くことができた。とてもじゃないが、暴力を振るう人間ではなかったと。
その中で、非常に興味深い話も聞くことができた。
「パチンコ行ってから少し、おかしくなったと思います」
以前からの捜査、立木の予想は確信に変わる。
間違いない、ガイジたちには唯一共通点があった。それは皆、パチンコに行ったことがあるという点だ。
そこは何となく立木も気づいていた。
しかし今まで確信に至れなかったのは、パチンコに行ったことがある人間が皆ガイジにはなっていないという点だ。
つまりさらに何かもう一つ、今までのガイジたちだけにしかない点があるということ。
立木は店内にあるカメラの映像を注意深く凝視、佐々木のパチンコ仲間からも話を聞いて、ひとつの真実にたどりついた。
つまり佐々木は、ある台を打った直後、変になっていったと。
『そういえばアイツ――』
立木の頭に否妻が走る。確信があった。
そういえば虚栄のプラナリアが終わったすぐ後に、おかしな死体が見つかったのを覚えている。
場所はパチンコ店。死んだのは、仮面ライダーが好きな青年。
立木はその時の映像を調べる。
店内で死んだのだから、犯人は店内、あるいは店から出て行ったに違いない。
しかし全ての人間を調べたが、犯人と思わしき人間は見つからなかった。
そう――、人間は。
「犬がやけに鳴いてるわね」
マリリンが当時の店の外の映像を指摘する。確かにやたらと犬が鳴いていた。
そこに当時は存在していなかったマリリンの発明品、『解像度アップくん』を使用してみる。
すると、立木は気づいた。一瞬、ほんの一瞬、何かが窓に映っていたのを。それを見たとき、隼世は腰を抜かした。
そうか。そうだったのか。前回のアマダムを見逃したように、今回もまた一つ『知らない事実』があったのだということを。
「ヤツが――、黒幕ッ!」
そして別のカメラが、その男を捉えていた。
隼世はすぐに部屋を飛び出して携帯を取り出す。
「岳葉! 敬喜! 聞こえるか! え? ああ、山路もいる? 分かった。みんな聞いてくれ! 敵の正体が分かった!」