仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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今回、話の一部にとても激しい暴力描写等がありますのでクッションを設けました。
残酷なシーンを飛ばすという部分をクリックしていただきますと、ページが飛びますので、苦手な方は使っていただければなと。

今までが大丈夫だった人も、今回はちょっと趣旨が違うというか。
とにかく陰湿で、精神的なダークさを出してますので、なんと説明したらいいかちょっと分からないんですけども。

たとえば、大きな石があって、それをひっくり返すと死体やら虫がいた。みたいな。
あるいは箱の中に手を突っ込んだら、一番嫌いなもんを触ってた。
みたいな、なんかそういう描写が嫌な人は、避けていただけると助かります。


次回が最終回。
エピローグと、おまけもありです。






第13話 仮面ライダーが生まれた日

 

「やっぱ坂野監督だよ。あの人の撮るライダーは他と違うんだ」

 

「でも大事なのは脚本家だよね。松原さんのは、ちょっとボク苦手だなぁ」

 

 

友達のムーちゃんは小学校からの親友だった。

中学生になっても同じクラスになれたので、いつも一緒にいた。

周りのみんなが仮面ライダーを見るのが恥ずかしくて卒業していっても、ムーちゃんだけは違った。

映画が始まれば、いつも一緒に見に行っていたし、ムーちゃんはベルトやフィギュアもたくさん持っていた。

それに二人とも帰宅部で時間もある。

帰ったら、どちらかの家に行ってゲームをするのがボクらの青春だった。

 

 

「でもふとした時にさ、彼女がほしくなるよな」

 

「うーん、ボクらにはまだ早いんじゃないかなぁ」

 

「そんなこと――……、まあ、そうか」

 

 

ムーちゃんは隣のクラスの平坂さんが好きみたいだった。

ボクはそれをからかわない。だって――、その気持ち、分かるから。

 

 

「じゃあ、またね」

 

 

ムーちゃんはマンションに帰っていった。

そこから五分ほど歩いたら、ボクの家だ。

隣の家のお庭で、あの人が、お花にお水をあげていた。

 

 

「路希くんっ! おかえり!」

 

「た、ただいま……、ですっ」

 

 

ボクは後悔した。手を振ってくれたんだから、振り返せばよかった。

 

 

「二年生はどう? クラスには馴染めた?」

 

「は、はいっ! みんないい人たちでよかったです。あ、あの……」

 

「ん?」

 

「そちらはっ、どうですか? 高校っ、クラス……!」

 

「うん。私もだいじょーぶ!」

 

 

ちはるさんの笑顔を見るたびに、胸が苦しくなる。

でもそれは心地よい感じもして、とにかくもっと、ボクはちはるさんを見ていたい。

 

 

「あれ? あれっ、おかしいな」

 

「あ、どうしたんですか?」

 

「うん。あのね、ホースから水が出なくなっちゃって」

 

 

確かにシャワーのトリガーを引いても水が出なくなった。

すると、次の瞬間、シャワーから一気に水が噴き出してボクとちはるさんはずぶ濡れになる。

 

 

「きゃあ!」

 

「わわわっ!」

 

 

ちはるさんはすぐに蛇口を捻って水を止める。

 

 

「壊れちゃったんだね。あぁ、でもごめーん。濡れちゃった……、よね? そりゃそうだ、もうずぶ濡れだぁ」

 

 

ちはるさんの服が濡れて、下着が透けていた。

ボクは恥ずかしくなって固まっていると、ちはるさんがタオルを取ってきてくれた。

 

 

「本当にゴメンね。拭いて――、あぁでも服が濡れてるから」

 

「あぁ、あの! 気にしないでくださいっ、ボクの家、隣ですから」

 

「そっか。そうだよね。あー、でも、もしよかったらウチに寄っていかない?」

 

「え!? で、でも」

 

「いいからいいから! 昔は良く来てくれてたじゃん! はい、じゃあ決まりです!」

 

 

しかし流石にそれはいろいろとマズイと思ったので、とりあえず服を着替えてからお邪魔することにした。

ちはるさんもそれで納得してくれた。

ボクはもうすぐに家に飛んで帰り、そのまま彼女の家にお邪魔した。

ちはるさんは温かい紅茶を出してくれた。とてもいい香りがした。

 

 

「なんかさ、最近、私避けられてると思ってさ」

 

「えっ?」

 

「気のせい? ふふふ……!」

 

 

ちはるさんはニヤリと笑ってボクを見てくる。

思わずドキリとした。いろいろな意味で。

 

 

「路希くんさぁ、昔はちはるお姉ちゃん、ちはるお姉ちゃーんって来てくれたのに……」

 

「それはその――ッ」

 

「名前も呼んでくれなくなっちゃったし……。避けられてるのかなぁって」

 

「そんなことないですっ! むしろボクはその――ッッ!」

 

 

あなたのことが好きだから、恥ずかしくなってしまって。

嫌われないかとか、変に思われてないかとか……。

そんなことは、言えないよ。

 

 

「ボクもッ、その、いろいろ、中学生になって、その……! と、とにかくその嫌いになったとかじゃなくてッッ!」

 

「あははっ、ごめんごめん。大丈夫、分かってるから」

 

 

ちはるさんは立ち上がると、ボクの頭をなでてくれた。

とっても、あたたかい手だった。

 

 

「かわいいね、路希くんは」

 

「か――ッ!」

 

「でも嫌われてないって分かってうれしいっ! 今度また、一緒に遊びに行こうね!」

 

 

胸が、ドキドキした。

そこで路希は目が覚めた。

 

 

「えっ?」

 

 

体を起こすと、自分の部屋だった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの? ずっと上の空で」

 

 

帰り道、ムーちゃんに指摘されて、路希は表情を歪めた。

確かにいろいろな先生に注意された。

ポケーっとしてる。ボーっとするな。気分でも悪いのか? 話聞いてる? などなど。

理由は分かってる。路希はムーちゃんに、夢の内容を話した。

 

 

「羨ましいなぁ、俺も視たいよ。年上のお姉さんが幼馴染の夢なんて」

 

「そんな……、ただの夢だよ」

 

 

路希は悲しそうに口にした。そうだ、ただの夢なのだ。

正直、それはすごく素敵な夢だった。今まで平々凡々な人生を歩んできた路希の心を激しくかき乱す感情。

 

間違いなく、それは初恋であった。

 

しかし夢というのはあやふやなものだ。

彼女の名前を必死に思い出そうとしたが、思い出せない。

彼女の笑顔を必死に思い出そうとしたが、どこか靄が掛かっているようで思い出せない。

 

しかしあの時の感情だけは強く胸に残り、チクチクと路希を刺激し続けた。

もしかしたら以前どこかで会っているのだろうか? だとしたらそれはいつなんだろうか?

彼女はいったい、誰なんだろう?

路希はそれを考えながら手早くご飯を済ませてお風呂に入った。

そして寝る前に、神様にお願いをする。

どうか、もう一度、あの夢を。

 

 

「ねえ路希くん。どうした? ボーっとして」

 

「え? あっ、あッッ!!」

 

 

夕焼けに照らされた部屋の中で、路希は我に返った。

目の前にいたちはるは、不思議そうに首を傾げている。

今日は両親が仕事で遅くなってしまい、それをちはるに話すとじゃあ家においでと言ってくれたのだ。

ちはるは料理を勉強しているらしく、今日はオムライスを作っていた。

 

 

「私ね、タマゴがふわふわよりも、しっかりと固まってるほうが好きなの。路希くんは?」

 

「あ、えと……! ボクもそっちのほうが好きです。香ばしいのがおいしいですよねっ!」

 

「おお、おお、キミは分かっておるな! ようし、じゃあサービスしちゃお!」

 

 

そういうと、ちはるはケチャップでハートを描く。

 

 

「あ、路希くん。もしかして照れてる?」

 

「そんなこと」

 

「かわいーっ、ふふふ!」

 

「ちょっと、やめてくださいよ。風見さんっ」

 

「なにそれー、ちはるお姉ちゃんって呼んでくれてたじゃん!」

 

「それは昔のことでッ!」

 

「あーあ、顔を赤くしちゃって。本当にかわいいね路希くんは!」

 

「あ゛ーッ! もう! 分かりました。分かりましたよ! ちはるさんッ、ありがとうございます!」

 

「ふふふっ! どういたしまして!」

 

 

ちはるの両親も帰ってくるのが遅かったので、二人は一緒にご飯を食べた。

ちはるはスプーンで路希のオムライスをすくうと、そのまま口元に持っていく。

 

 

「はい。あーん!」

 

「ちょ、ちょっと……。自分で食べれますからっ!」

 

「照れない照れない。あーん!」

 

「む、むぅ」

 

 

路希がしぶしぶ口をあけると、ちはるはそこへオムライスを入れた。

 

 

「おいしい?」

 

「は、はい。とっても」

 

「よかった」

 

 

彼女は優しい笑顔を見せてくれた。

そこで、路希の目が覚めた。

 

 

不思議なもので忘れたくないと思っていても、目が覚めたら彼女の顔も名前もパッタリと思い出せなくなっていた。

これが逆に余計に心を燻らせる。

彼女に会いたい、路希はそう思うようになっていた。

 

もしかしたら学校のどこかにいる?

休み時間にそれとなく探してみたが、無駄だった。

いるのかもしれないが、流石に全校生徒を把握するのは不可能だ。

 

じゃあ、帰り道でぱったりと?

夕焼けの道を遠回りを重ねて歩き回った。

しかしやはり会えなかった。そもそも顔が分からないのだから、出会ったとしてもスルーしてしまう可能性がある。

 

それでも路希は出会えたのならば、電流が走ったように全てを思い出せると期待していた。

恋とはきっとそういうものだ。期待しながら海辺を歩く。

いつか彼女と、夕焼けが沈む海を二人で見たい。

路希は祈った。今日もどうか、彼女に会えますように。

名前を忘れたあの人と。

 

 

「あの――ッ、これ!」

 

「なぁに? それぇ」

 

 

路希のプルプルと震えた手を見て、ちはるはニヤリとうれしそうに、けれども悪戯っぽく笑った。

だから持っているものが見えているのに、詳細を問うてみたりする。

 

 

「え? 映画のチケットっ」

 

「それは見たら分かるよ。当てたの?」

 

「え、ええ。まあ」

 

「ふーん。お友達と一緒に行くの?」

 

「え? あ、え……?」

 

 

路希は少し迷って、しょんぼりしたように頷いた。

 

 

「はい……」

 

「そうなんだぁ。残念だなぁ。私もそれ、見たかったのに」

 

「……あ、あ! 嘘です! ごめんなさい! えっと、良かったら一緒に行ってくれませんか!?」

 

「うん。いいよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「もちろん。ふふふ! 路希くんって本当にかわいいね」

 

 

路希は真っ赤になって笑った。

ちはるも頬を桜色に染めて笑ってくれた。

そこで路希は目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご機嫌だね路希くん。何か良いことでもあったのかい?」

 

「え? あ、いや……!」

 

「さっき栗まんじゅうをやったからの。そのおかげじゃろ」

 

「親父、そしたら表情が曇るだろ」

 

 

笑い声が聞こえた。

家族の食事に、今日は真白が加わっていた。

彼は良神が特に可愛がっている先生であり、いずれは自分の技術を託して良神クリニックを任せようと思っていたのだ。

 

 

「この子、よくボウッとしてるんですけど、いつもニコニコするようになって」

 

 

母が路希の背中を撫でた。彼女はひとりっこの路希をいつも可愛がっていた。

実はなかなか子供ができずに悩んでいたのだが、良神の手術によって路希を授かったのだ。だから可愛くて仕方ないらしい。

路希は恥ずかしそうに首を振る。

 

 

「別に、なんでもないよ」

 

「あ、分かったぞ。好きな子ができたんだ!」

 

 

ニヤリと笑う真白。路希は大きく首を振る。

 

 

「なんじゃ。そうじゃったんか。悪いことじゃないぞ路希、人を好きになるのは普通のことじゃ。ワシだってばーさんに惚れて、そのおかげでお前がおるんじゃし」

 

「そうそう。父さんだって母さんを好きになったからお前に会えたんだ。それはとても素晴らしいことなんだぞ」

 

「それは分かってるけど……」

 

 

流石に夢の中にいる人を好きになったとは言えなかった。

おかしいということは分かってる。とはいえ、気になるのは事実なので、真白にそれとなく話題を振ってみることに。

 

 

「ねえ真白先生。同じ夢を連続で見るのって何か病気?」

 

「え? ああ、いや。どうだろうね。僕は専門じゃないからハッキリとは分からないけど、体が悪くなってるとは思えないなぁ」

 

 

補足で説明を。

夢はよく深層心理のあらわれだとか、心を映すと聞いたことがある。

だから路希がもしも同じ夢を見ているのならば、それには何か意味があるはずだと言った。

 

 

「そうなんだ……」

 

 

路希は食事が終わると、すぐにお風呂に入って歯を磨いて、すぐにベッドの中にもぐりこんだ。

何か意味がある。だったらまた彼女に会えるかもしれない。

期待でなかなか眠れなかったけど、気づけば路希は夢の中にいた。

 

 

雪が降っていた。寒い駅前で、路希は彼女を見つけた。

彼女はずっとボクを待っていてくれた。路希は嬉しくなって、大きく手を振る。

すると彼女は笑って手を振り返してくれた。待たせたことを謝ると、彼女は冷たくなった手で頬を触ってきた。

 

 

「罰として、手を繋いでね」

 

 

真っ赤になる路希を、ちはるは嬉しそうに見つめていた。

二人で一緒に映画を見た。本当はアメコミヒーローが見たかったけど、無難なコメディを選んだ。

 

映画はいい。

暗いし、座っているから、彼女の方が背が高いということを忘れさせてくれる。

彼女が笑いをこらえる声が聞こえてきた。

 

路希は幸せだった。

ずっとこのままがいいと思う。永遠にこの時間が続いてほしいと願った。

だから映画が終わってからの帰り道、彼は決意した。

今日を人生で一番勇気を振り絞った日にしようと。

 

 

「ちはるさん。ボクはあなたが好きです。大好きです。どうかお付き合いしてください」

 

 

ハグをされた。ちょうど胸に顔が埋もれた。

 

 

「かわいい」

 

「か、からかわないでくださいっ、ボクは本気です!!」

 

「ふふふ」

 

 

そこで、目が覚めた。

とても幸せな夢だったが、路希は心が張り裂けそうになった。

彼女はここにいない。顔も名前も思い出せなかった。

 

全ては夢なんだ。幻なんだ。それがとても辛かった。

ただあの夢は路希の活力になった。毎日の楽しみになった。

パッとしない生活、辛いことはあるけれど、彼女に会えると思ったら眠たい午後も乗り切れた。

 

学校で寝るなんてとんでもない。

ちゃんとご飯を食べて、しっかりとお風呂に入って、そしてベッドの中で目を閉じる。

会えるといいな。夢の続きが視れるといいな。路希はそう思い、眠りに落ちる。

 

 

 

路希は部屋で勉強をしていた。必死に勉強をしていた。

彼女と同じ高校になんとしても行きたかったからだ。

そこでバレンタインや学園祭、いろいろな行事で一緒に思い出を作るんだ。

 

はて? そう言えば告白をしたような気がしたが……、あれは一体どうなっただろうか? 思いだせない。

まずい、こんな重要なことを忘れるなんて。少し勉強に集中し過ぎただろうか?

 

チョコレートでも食べよう。

おじいちゃんに見つかると、栗まんじゅうを口に突っ込まれるから、なるべく見つからないように。

路希はそう思って、立ち上がった。

すると携帯が震えた。通話アプリ、彼女からのメッセージだった。

 

 

『たすけて』

 

 

路希はすぐに家を飛び出した。彼女の家の扉が開いていた。

中に入ると、夜だから真っ暗だった。

明かりをつけようと思ったとき、路希は何者かに殴られて床に倒れた。

痛い。痛い。路希は顎を強く床に打った。そこで体を押さえつけられる。

 

 

「やめろ、だれだ!?」

 

 

叫んでいると、部屋にぼんやりとした明かりが灯った。

 

 

「!?!?!?」

 

 

そこで路希は目を見開いた。

前にはソファがあって、そこに大男が座っている。大人の男性よりももっと大柄な男だ。

目についたのはまずマスクだ。顔を隠している。そしてそれは『仮面ライダー』であると路希は気づいた。

 

彼はあまり詳しくないが、1号だか2号だか、とにかくそれに似たマスクだった。

そして体がおかしい。大男は服を着ていなかったのだが、肌の色が真っ暗だ。黒ではなく、闇なのだ。深い闇が男の体を形成している。

そしてその膝の上に、ちはるが座らされていた。

 

路希は周りを見る。

すると自分を抑えている男たちが見えた。彼らも闇の体を持ち、ライダーのマスクを被っている。

なんだこれは? 路希が唖然としていると、ちはるの悲鳴が聞こえた。

 

その時、つかまれていた彼女のシャツが破れ、ボタンが飛んだ。

路希はアッと思い、体が熱くなった。

大男がちはるの下着を毟り取っていく。一瞬、真っ暗になって、また明かりがつく。

 

するとちはるは全裸で男につかまれていた。

はじめて見る彼女の裸体はとても美しく。路希は目を奪われた。

しかしそのおぞましい状況を前にして、すぐに真っ青になる。

 

 

「やめろ、警察を呼ぶぞ、彼女を放せ!」

 

 

叫び、暴れるがライダーマスクの男たちに抑えられ、まったく抜け出せない。

そしていると大男は勃起した闇を見せ付けた。

青ざめる路希と、泣き叫ぶちはる。

 

 

「やだッ! やだやだやだぁぁああ!」

 

「やめろッ、やめろ! やめろぉおおおおおおおお!」

 

 

情けない叫びだった。

 

 

「お願いしますやめてくださいッ! そこは路希くんの――ッ」

 

 

闇がちはるを貫いた。破瓜の血がフローリングに落ちる。

 

 

「うあぁぁあぁああぁああぁ゛あぁ゛!」

 

 

路希は情けなく叫んだ。目をギュッと閉じて、耳をふさごうとした。

しかし腕がライダーに掴まれているからどうすることもできない。

瞼もこじあけられた。ギュッと瞑ろうとしても無理。涙が出てきた。

 

目の前ではちはるが犯されている。

大男はわざと結合部が路希に見えるようにしてみせた。そのままちはるを犯し続けた。

 

うめき声が耳を貫く。いやだ。もう嫌だ。

路希は、ちはるの声が嬌声に変わったのを聞き逃さない。

いつか彼女とそうなることを望んだ。

だがそれよりも早く、ライダーマスクの大男が彼女を犯している。そしてそれを見て、路希は勃起していた。

 

彼女の裸体を見れた興奮感。

自己嫌悪で死にたくなる。

そうしているとライダーマスクはクラッシャーを開く。

あれは唇だ。それで彼女の唇を奪おうとした。

 

 

「やめで……ッ、ろぎぐんのなんでず」

 

 

ろれつ回らない彼女の唇を強引に奪う。

路希は呻いた。ファーストキスは彼女と一緒に……。

夢を闇が塗りつぶす。路希はもう抵抗する力もなかった。

ただ黙って彼女が陵辱されるのを見ていた。

その中でふと路希は気づいた。はて? 彼女の家にあんなもの、あっただろうか?

 

 

「え?」

 

 

ちはるも気づいた。床に一本、太いドリルが置いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

※残酷なシーンを飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

業務用のドリルだろうか? とにかく地面を削る機械が置いてあった。

大男は、ちはるをヒョイと持ち上げると、そのドリルの上に持っていく。

 

 

「ま、待って。ねえ、嘘でしょ? ねえ! やめて! ねえッッ!」

 

 

大男は暴れるちはるを抑えて、ドリルの上に跨らせた。

ドリルが、ちはるの性器にねじ込まれる。

 

 

「うぎゅぇいあぁあ゛ッッ!!」

 

 

ちはるが叫んだ。破瓜は終わったはずだが、血がダラダラ出てきた。

やめて、お願いします。なんでもします。警察をよんでください。救急車を呼んでください。たすけて、ママ、パパ、路希くん。

 

 

「お願いッ、助けてぇえッッ!!」

 

 

ちはるが泣いた。

ライダーマスクの大男が指を鳴らすと、ドリルが回転して、刃が伸びていく。

 

 

「ごえぇええええええええええええ!! おぶぇっ! ぎあぁぁあぁあああああぁぁ」

 

 

ドリルはちはるの体内をかきわけ、伸びていく。

肉を削り、臓器を巻き込み、ちはるは絶叫して天を仰いだ。

口からドリルが出てきた。その先端にはさまざまな臓器の破片がくっついていた。

 

 

「!!」

 

 

路希は叫び、体を跳ね起こした。

口を押さえ、そして固まる。

自分は何を見ていたんだ? 辺りを見るとそこは自分の部屋だった。

 

なんだか急激に忘却していくのを感じた。

そうか、そうだ、アレは夢だ。夢なんだ。

ただの悪夢なんだ。路希は大きくうなだれ、朝ごはんを食べに向かった。

 

元気がない。みんなに言われた。

顔色が悪い。みんなに心配された。

悪夢を見たというと、ムーちゃんは笑ってくれた。

 

 

「俺もあるよ。遅刻してさ、学校前にくると先生がみんな一列で腕を組んで仁王立ちしてるんだ。最低のアベンジャーズだろ?」

 

 

路希は笑った。

ムーちゃんの家でおやつを食べながらゲームをしたら少し楽になった。

家に帰ったら路希はネットで夢の情報を集めた。

 

すると、なんと好きな人が死ぬ夢は、悪い夢ではないということが分かった。

そもそも人が死ぬ夢というのは『変わる』ということの暗示であり、今回の場合は気になっている人とうまくいく前兆であるらしく、路希は嬉しくなった。

きっと以前テレビでやっていたホラー映画を見てしまったせいで、あんな夢を見たんだ。

あるいは本当に吉夢で、あの人と会えるのかも。

 

路希はその日、ゲームをして過ごした。

夢は眠りが浅いから見るのだと聞いたことがある。夜更かしをすれば、熟睡して夢はみないはずだ。

窓の外でバイクの音が聞こえた。時計を見ると、午前二時だった。

路希はベッドにもぐりこんで、目を閉じた。

 

 

 

海辺で路希とちはるは楽しそうにはしゃいでいた。

おいかけっこをしながら、水をバシャバシャ鳴らす。遊びつかれたら彼女が作ってくれたお弁当を一緒に食べた。

手料理を食べられるのが嬉しくて口いっぱいにほおばると、ちはるさんは嬉しそうに笑ってくれた。

もしもこの人が毎日、自分のごはんを作ってくれるなら、それ以上の幸福はないだろうと思った。

 

 

「路希くぅうんんんん! ごめんぅッ、ごめんねぇえ!」

 

 

路希は縛り付けられ、蓑虫のようにぶら下がっていた。

周りにはライダーマスクを被った男たちがたくさんいて、みんなが自分の性器を触っている。

視線の先にいたのは触手に犯されているちはるだった。

触手はちはるを路希のすぐ目の前に運んで、陵辱の限りを尽くしている。

路希は触手に口をふさがれていた。何を叫んでも、何も聞き取れない。

 

 

「ム゛ーッ! ムゥゥウ!!」

 

 

すると吸盤がついた触手が胸にくっついた。

そしてベリっと音がすると、ちはるの皮膚が剥がされた。

 

 

「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ちはるの中にあった触手が暴れ、腹を突き破った。

ちはるの腕を縛っていた触手が暴れ、右腕がへし折れた。左足が引きちぎれた。

ちはるはバラバラになった。路希の頭に、彼女の子宮が落ちて、ベチャリと触れた。

路希は目が覚めた。午前五時だった。

 

 

 

学校で眠っていると先生に叱られた。みんなに笑われた。

路希はヘラヘラ笑っていた。まったく面白くないが、とりあえず笑っておいた。

なんだか不思議なもので、学校生活が始まると体はダルいが、夢は夢として自覚できた。

 

家に帰り、ムーちゃんの家に遊びにいくと体調は元に戻った。

夜、ネットを見る。性行為の夢を見るのはホルモンがどうたら、性欲がどうたら。

路希は部屋の隅で自慰行為を行ってから眠った。ひどく情けなかった。

寝る前に、ふと考える。会いたいか、会いたくないかと言われれば――

 

 

路希は、彼女に会いたかった。

 

 

『これっ』

 

『クッキー、焼いたの。あげるね』

 

 

ちはるはニコリと微笑んだ。

傍にいてくれと、手を引っ張った。彼女は驚いたような顔をしたがすぐに微笑んでくれた。

しかし場所や時間は関係ない。夢とはそういうものだ。

 

一瞬で場所が変わった。

路希は必死に抗った。暴れ、彼女の手を引いて逃げようと走った。

しかしライダーのマスクを被った闇に殴られ、ロープで手足を縛られ、天井から吊るされていた。

 

下は大きなベッドだ。でっぷりとしただらしない肉体の大男が夢中で腰を振っていた。

マスクがなによりも大きい。体よりも大きいくらいだ。仮面ライダー1号だか2号のマスクを被っていた。

ただしなぜか赤い目がいっぱいくっついていた。

イボイボだ。蓮コラだ。赤い複眼まみれの大男は泣き叫ぶちはるを犯していた。

 

 

「だずげぇえぇえ! みな゛いで路希ぐぐぅぁあああん!」

 

 

涙と鼻水まみれの彼女を見て、路希は思わず涙を流した。

 

 

「ぐっす! ひっぐっ! お願いですから、彼女を取らないで――ッ、彼女にひどいことしないでくださぃ――ッッ!」

 

 

大男は口を開いた。赤いイボや口から、ダラーっと液体が垂れた。

それは下にいた彼女の胸や顔、体中に掛かる。

 

 

「ヒギィいぃいイイイイィアアアアアアアアアアア!!」

 

 

それは強力な酸であった。

大男は尚も夢中で腰を振る。一方でちはるは絶叫し暴れるが、大男に腰を掴まれているために逃げ出すことができない。

上半身の皮膚はもう剥がれ落ち、肉がむき出しになっていた。

そして肉すらも解けていく。肋骨がむき出しになっているが、なかなか死ねないのか、髪さえも抜け落ちた肉の塊は泣き叫んだ。

 

 

「いだいぃぃぃぃ゛ッ! 痛いぃぃ! 熱いあづいぅぃッ! ごろじでぇっ、お願いだからごろじでぇええぇええ!」

 

 

路希はただ泣くことしかできなかった。

泣けば誰かが助けてくれると思っていたのだろうか? お願いだから助けてください。それしか言うことができなかった。

路希はそこで目を覚ました。

 

 

もう眠りたくない。路希は切にそう思った。

何かあったの? 母はそう聞いてきた。父はいじめられているのかと心配していたが、路希は大丈夫と言って学校に行った。

だって本当に大丈夫だからだ。学校にいじめなんてない。

学校で酷い顔をしているとムーちゃんや先生に言われたとき、路希はそれとなく事情を説明して、相談した。

悪夢をよく見る。

 

 

『楽しいことをして忘れたほうがいい。俺が新しいゲームを貸してやるよ』

 

 

ムーちゃんはそう言って、バトライドウォーを貸してくれた。

1号が載っていた。好きな人を犯したヤツなんて大嫌いだ。路希はディスクを叩き割った。

 

 

『慣れない環境で緊張してるのかもな。夢は夢なんだから、言い聞かせてみたら?』

 

 

担任の先生がそう言った。

夢は夢。確かにそうだ。路希もそう思っていた。

しかしひとつだけ夢じゃないことがある。それは路希の心だ。

ちはるを好きだという、偽りのない感情だ。

 

 

「路希くんはかわいいね」

 

 

ちはるの優しい匂いをずっと感じていたい。ちはるともっと喋りたい。

彼女は夢かもしれない。でも彼女と喋ることができる今は幻か? 彼女に冗談を言えば、笑い返してくれるんだぞ?

 

 

「好きです。ボクはッ、あなたが好きです」

 

 

彼女は照れてくれた。微笑んでくれた。はにかんでくれた。

都合のいい妄想じゃない。だって、それなら、『からかわないで、怒るよ?』などとフラれたりはしない。

それでも好きですと詰め寄れば、彼女はまだ早いとボクをからかったりはしないんだ!!

 

 

「ウゥ゛ッッ、アァァアァアァアアア!」

 

「これは夢だ……! こ、これは夢だ。これは夢だッッ」

 

 

ちはるのお腹はパンパンに膨らんでいた。

ボクの赤ちゃんじゃないんでしょ? 路希は彼女をチラリと見た。

彼女の股から液体が漏れる。苦痛に叫ぶと、ズルリと何かが落ちてきた。

赤ちゃんだ。顔は、仮面ライダーだった。

おぞましいバッタの化け物だった。

赤ちゃんが生まれると、おめでとうのランプが灯った。

するとちはるの人差し指が入っていた筒が作動して、指がねじ切れる。

 

 

「ギャァアアアアアアアアアアアァアアア!!」

 

「これは夢だこれは夢だこれは夢だ」

 

「生まれるぅぅぅうううぅぅ゛う゛ッッ!」

 

 

血液と共に2号が生まれた。椅子に縛られた路希は必死に連呼した。

これは夢だ。これは夢だ。これは夢、夢、夢――……。

ちはるの四肢が時間をかけて切断されていく。

眼球が抉られていく。お願い路希くん。痛いから、殺して。

殺して。殺して。あなたが好きです。殺して。あなたが好きなのに。

 

 

「ろぎっぃぃぃぃぃいい!! ごろせっで言ってんだろぉぉぉお゛! うげぎゃぁあぁあああ!!」

 

「これは夢だッッ、夢なんだぁあぁあぁぁあぁ!!」

 

 

路希は全身汗だくで目覚めた。

もう眠れない。もう嫌だ。もうたくさんだ。

路希はその日から不眠症になった。何を食べても味がしなくなった。

学校に行くのをやめた。携帯を海に沈めた。

 

部屋から一歩もでなくなった。

タバスコをたくさん買ってもらい、眠りそうになると一本飲んでこらえた。

エナジードリンクを浴びるほど飲んだ。死んじゃうと母に泣きつかれた。

母を殴ってエナジードリンクを飲んだ。父に殴られた。

エナジードリンクを隠された。泣いていると、真白先生が背中を撫でてくれた。

 

良神も心配してる。

他にも巳里さんも心配してくれた。

路希は全てを打ち明けた。

 

悪夢を見る。

夢で好きな人が乱暴される。

それを聞いて良神と真白、巳里は必死に原因を調べ、対策を考えた。

 

良神は病院を閉めて一日中図書館に篭った。

真白は海外の文献を。巳里はネットでありとあらゆる情報をかき集めた。

ストレスが原因かもしれない。漢方を。魔除けを。意外と簡単な、寝るまえにミルクを飲むとか。

ありとあらゆる手段を試していると、夜が来た。

 

 

「大丈夫。大丈夫よ、路希くん」

 

 

巳里がずっと手を握っていてくれた。

 

 

「私も昔はブスだのなんて言われて、ずっとうなされていたわ。だけど時間が解決してくれるものなのよ。だから大丈夫、怖くても、私たちがついていますわ」

 

 

真白はアロマキャンドルを焚いてくれて、精神の薬もいくつか用意してくれた。

さらにセロトニンを飲ませ、半ば強制的に眠らせる。

ベッドの傍には獏のぬいぐるみを置いた。獏は昔から悪夢を食べてくれると言われている動物だ。

 

 

「路希……」

 

 

良神も不安そうに、眠る路希を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

路希は目を覚ました。

久しぶりだった。悪夢を見ないで目を覚ましたのは。

 

 

「フッ」

 

 

とはいえ自分のベッドの周りで眠っている巳里や真白、床で転がっている良神を見たらば、なんだかとても恥ずかしくなった。

悪夢を見ないで済んだと知ると、良神たちはとても喜んでくれた。父と母も安心してくれた。

まあいろいろ試しすぎて、何が効果的だったのかが分からないのはアレだったが、そこから路希は悪夢を見なくなった。

 

それはきっと路希が彼女を諦めたからだろう。

路希は自分を必死に治そうとしてくれる良神や真白たちを見て、考えを改めたのだ。

 

彼女は素敵な女性だったが、事実、目が覚めてしまえば名前も思い出せないし、顔もまったく思い出せない。

ハッキリと言ってしまえば幻想だったのだ。だから路希は確かにある現実だけを大切にしようと決めたのだ。

路希は自身の経験を踏まえ、心理の道に進もうと決めた。

 

しかし運命とは残酷だ。高校受験の冬、良神が体を壊した。

癌だった。あれだけ多くの人の運命を変えてきた良神も、多くの命を奪った病に倒れてしまう。そして良神は自身の運命をそこに見た。

それでいい。これでいい。良神は抗がん剤の投与を拒み、残りの人生を謳歌したいと家族に懇願した。

 

そして路希が高校を卒業する日、良神は息を引き取った。

クリニックは真白が引き受けることになった。路希は高校で必死に勉強をした。

ムーちゃんは違う高校に行ったが、頻繁に会って映画を見たり、ゲームで遊んだ。

文化祭の日に熱を出して休んだ。修学旅行でカップルたちがはしゃいでいる中、路希は男友達と北海道を回った。

 

しかしなんだ。恋人を見ると、過去を思い出す。

その時には路希は割り切っていた。友達にも打ち明けていたし、スプラッター寝取られ野郎と弄られて、大笑いしていた。

もうすぐ卒業だというときにバンドを組んでみた。楽器は楽しかった。

 

路希はそれなりにモテた。

プロになろうと皆で笑いあったが、その翌日にバンドは音楽性の違いで解散した。

 

高校を卒業すると、路希は都会の大学に進学した。

みんなそれなりにキャンパスライフを謳歌していたが、路希は真面目に勉強していた。

友人は数人、たまに会ってお酒を飲む。そんな生活を送っていたある日、路上で女性とぶつかった。

 

 

「あ、す、すみませんっ」

 

「こちらこそ――……」

 

 

二人は固まった。

路希とちはるは、以前どこかで会ったことがあるだろうかと同時に問いかけた。

先に思い出したのは路希だった。あの夢で会った女性、それがちはるだったのだ。

正直、ゾッとした。またあの悪夢を見るのだろうかと身構えた。

 

しかし次の日、路希は普通に目覚めた。

連絡先を交換していたので、ちはるにメッセージを送った。

あなたに会いたいです。まっすぐなメッセージには、まっすぐな返信が届いた。

 

 

『私も会いたいです』

 

 

ちはるは四歳年上だった。

落ち着いている雰囲気に、路希は惹かれた。ちはるも真面目な路希に惹かれていたのだと思う。

二人はよく一緒に食事をした。映画を見に行った。しかしお互い奥手が故に告白をすることなく一年が経った。

とはいえ、この一年は路希にとって非常に充実した一年であった。

 

毎日、ちはるに会えるのか期待した。

心のどこかには常にちはるがいて、話せる日を心待ちにした。

ちはるが好きなものを、路希は好きになった。

 

二年目のクリスマス。

虚栄のプラナリアという事件があったことを知る。

ライダーの格好をした人間が犯罪行為を――。

 

その報道を見て路希は心に決めた。

あの悪夢は、この日のためにあったのだと。

路希はちはるを呼んで、パスタを食べに行った。

料理を待っている間、路希は大きく息を吸って、ちはるを見た。

 

 

「あなたが好きです。お付き合いをしてくれませんか?」

 

「遅いよ。待ちくたびれちゃった」

 

 

ちはるの微笑みは、いつか見た微笑と同じだった。

路希は嬉しすぎて大きくガッツポーズを行った。

パスタを運んできたお姉さんがビックリしていた。それを見てちはるも笑ってくれた。

 

ただ恋人になれたはいいが、恋人らしいことが分からなかったので、特に関係性が変わることはなかった。

キスやセックス? そんな勇気は二人にはない。

しかれども恋人になってみて分かったことはある。

ちはるは事務の仕事をしていたが、なんと昔は声優になろうとしていたらしい。

 

 

「諦めることないよ。ボク、ちはるさんの声、大好きだよ」

 

「ふふ、ありがと」

 

 

夢はいつか叶う。良神院長が昔、教えてくれた。

ちはるはそれを聞くと、じゃあもう一度目指してみようかなと笑った。

彼女はそれなりに本気だった。事務の仕事を辞めてボイストレーニング、そして声優の学校に通い始めた。

 

路希もカウンセラーになるため勉強ばかりでバイトをろくにしていなかったので、二人はお金がなかった。

じゃあ一緒に住もうということになった。

これはなかなか良い提案だった。毎日がドキドキして本当に楽しかった。

個人で食べるお肉より、二人で食べる納豆のほうが百倍おいしかった。

夜。二人で同じ家に帰れることが最高に幸せだった。

 

 

「うわわわ!!」

 

「どうしたの路希くんっ!」

 

「ご――ッ、Gが!!」

 

「じぃ? あ、ゴキブリか!」

 

「ハッキリ言わないで!」

 

 

アパートはそれなりに古かったので、黒いアイツが出たりもした。

部屋の隅で震える路希を見て、ちはるはケラケラ笑い、ジェット噴射でさっさと始末した。

 

 

「すごいね!」

 

「いや、私もゴキさんは本当に無理だよ。っていうか虫全般とは競演NGでやらせてもらってますっ!」

 

「え? でもっ」

 

「震える路希くんが可愛くて怖いのとか吹っ飛んじゃった。それに私は年上のお姉さんですから。こういう時くらい、ね!」

 

「情けなくてごめん!」

 

「優しいのが路希くんの魅力だから大丈夫。ゴキブリくらい、私がいくらでもやっつけてあげるね! えへへ!」

 

 

その優しい笑顔を見たとたん、路希の目からは涙が零れていた。

 

 

「わわっ、どうしたの? なにか辛いことあった?」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 

昔を思い出したのだ。

路希は思わず、ちはるの胸に顔を埋めた。

ちはるは少し驚いていたが、すぐに嬉しそうな顔をして路希の頭を撫でた。

 

 

「大丈夫。私がいつも傍にいてあげるからね。よしよーし。がんばったねぇ」

 

 

路希はちはるを抱きしめた。

どんなことをしても彼女を幸せにしたいと思った。

彼女に喜んでほしい。彼女に笑顔になってほしい。彼女に幸せになってほしい。

 

ニュースで言っていた。

今日は五年に一回しかない凄く綺麗な満月の日なのだと。

 

しかし空は雲に覆われていた。

いつか一緒に満月を見よう。

二人で一緒に。寒い秋の夜長でも大丈夫、ずっとくっついていれば、あたたかいから。

 

 

 

二人はいつも枕を並べて寝ていた。

それなりに一緒に住んではいるが、何かが起こったことはない。

でも今日こそは? そう思いながら、路希は眠ってしまった。

 

 

「ん――ッ」

 

 

顔がくすぐったい。路希は目覚めると、体を起こす。

 

 

「ふぁ」

 

 

まだ夜だ。真っ暗だ。

何か、部屋の隅で物音と気配を感じた。なんだろう? 路希は枕元にあった携帯電話を掴むと、ライトを灯す。

すると部屋の隅に何かがいた。あの大きさは猫だ。ははあ、きっと顔をくすぐっていたのは、あの子に違いないと思った。

 

しかしどこから入ったのだろう? 窓は閉めてる筈だし。

もしかしたら、ちはるが拾ってきたのかもしれない。優しいのはいいがアパートでは飼えない。困ったな。

 

そう思っていると、路希は気づいた。

長い、長い、触角があった。動いていた。

足は細くて、トゲトゲがあった。

それは猫ではなく、猫ほどあるゴキブリだった。

 

 

「ヒッ!」

 

 

大きい。大きいなんてもんじゃない。

本来ならば絶対にありえないサイズだ。

凄まじい嫌悪感、ゾッとしながら後ろに下がる。

もしかしてドッキリか? そう思ったとき、部屋に明かりが。

 

路希はバッと、立ち上がった。

床が動いている。黒い床――? 違う、全部ゴキブリだった。

部屋の床にビッシリとゴキブリがいて、それが動き回っている。

ゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリ。

とにかく山ほどいた。

 

 

「ひっぃいい!」

 

 

声が出た。すると凄まじい絶叫が耳を貫く。

前を見た。白い壁に、ちはるが、立っていた。

彼女は服を着ていなかった。しかしその裸体を確認することは難しい。

なぜならば彼女に重なるようにして巨大なゴキブリが覆いかぶさっていたからだ。

長い触角がピクピクと動いている。黒くギラついた体、小さな棘が生えている脚がうごめく。

彼女は、ゴキブリに犯されていた。

 

 

「だずげぇでええぇえ! 路希ぐぅぅんん! げぇえああぁ! イギャァアァアアァアァ!」

 

 

泣き叫ぶ彼女を見て、路希は悲鳴をあげた。

助けなければ。しかし部屋中を埋め尽くすゴキブリ、嫌悪感で頭がおかしくなりそうだ。

天井にも、壁にも、彼女の周りにもゴキブリが動き回り、飛び回る。

 

 

「やだぁあぁぁ! 路希ぐ――ッ! だずッ、だずけ――ッッ」

 

 

助けを求めるために、開いた口から、ゴキブリがカサカサと侵入していく。

彼女が嘔吐した。ゴキブリが口から出てきた。

その時、ゴキブリが何かを彼女の中に発射した。

彼女の肌が黒ずんでいく、すると皮膚を突き破ってゴキブリが出てきた。眼球が落ちて、穴からゴキブリが出てきた。

彼女が動かなくなった。尻や性器、口からゴキブリが出てきた。

 

 

「ぁあぁぁあぁあ!」

 

 

路希は部屋から出ようとドアノブに手を伸ばした。

しかしいくら捻ろうとも、いくら強く押しても、引いても、扉はビクともしなかった。

そうしていると、ゴキブリはどんどんと増えていく。

 

路希は叫びながら脚を振った。

寄ってくるゴキブリを蹴散らすことはできたが、どんどん飛来してくるゴキブリには対処できない。

そうしているとゴキブリの数が増えていく。気づけば路希の腰までゴキブリが積もり重なっていた。

何万引きいるのだろう。どんどん這い寄ってくるゴキブリが、路希の耳から中に入ろうとする。

路希は強く扉を叩いた。そうしている間に、ゴキブリは首の下まで積もり重なっていた。這い回る茶と黒が、路希の顔を這い回る。

耳には、ゴキブリがこすれあう音、這い回る音、羽音がうるさく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサガサ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃひいぃぃいえいえぇあぁあぁああああぁあ! うぎゃあぁぁあああああああああああああぁああぁ! ヒイィイィィイィイィィ!! おうええぇえぁつ! ぶげぇえッ! いぎひぃぃいいいぃいいぃいいィイイイイイィ! ぉアッ! ヒェアァァアァアぁあぁあぁ!」

 

「路希! どうしたんじゃ! 路希ッッ!」

 

 

路希は目を覚ました。

全身を這い回る害虫を振り払おうとしていた。

路希は嘔吐しながらも、叫び声をあげ続けた。

この日、この朝、路希の脳が壊れた。

 

 

 

 

何度も彼女が死ぬ。

目の前で陵辱の限りを尽くされ、残酷な方法で殺される。

全て夢だったと気づくのに、路希はそれなりの時間を要した。

 

良神や真白たちが行ったことは全て無意味だったのだ。

路希は長い悪夢を見ていただけに過ぎない。実際は23時に眠って5時に目覚めただけだ。

高校生活も、大学生活も、告白した女性も、全ては幻だった。

同棲生活も害虫の海も、すべて悪夢だったというだけだ。

 

しかし与えられた痛みだけは本物だった。

路希は周囲のものを破壊し、頭をかきむしった。もう一度言うが、脳が壊れてしまった。

母が食事を用意してくれたが、路希はそれを腕で払いのけた。

 

なぜならば味噌汁がおぞましいものに見えたからだ。

味噌汁や白米は食べるものだ。しかしその食べるものという情報を取得する部分が破壊されたとき、人は味噌汁を食事と認識できなくなる。その不快感が勝り、路希は叫んだ。

 

何を食べても美味しいと感じなくなった。

というよりも味がしない。味は感じるが、味はしない。

音楽を聴いても、耳に残る羽音が現れ、路希は叫んだ。

 

震えが止まらなかった。些細なことで嘔吐した。

路希は限界だった。学校に行く気など消えうせ、夜を怯える毎日が始まった。

強制睡眠でも夢を見るので、路希は眠らない選択を取った。その間に真白たちは必死に原因を探ったが、二日経ったとき路希は死ぬことを決めた。

 

悪夢よりも辛いことなど何もない。

路希は美しい海へ向かって足を進めた。

歩けばいい。ただ蒼に向かって歩いていけば、呼吸消えうせ、自分は楽になれるだろう。

 

母が止めに来たが、殴った。

父が止めに来たが、刺した。

真白や巳里からも逃げ、路希は走った。

早く、速く――、海へ。

 

 

「路希、やめてくれぇえ!」

 

 

良神だけが追いついた。殴っても、切っても、彼は路希にしがみついた。

振り払い、海へ入ると、良神はポケットから一枚の紙を取り出した。

いつか、路希が小学生のとき、良神の誕生日に渡した『肩たたき券』だった。

 

 

「まだ残ってる……! おじいちゃんな! もったいなくて、嬉しくて――ッ、使えずに一枚残しておいたんじゃッ! まだこれを使っとらんぞ! 期限はほら、一生と書いてあるじゃないか! だからッ、おねッ、お願いじゃ路希! 死ぬなんて馬鹿な真似はやめてくれぇぇ……ッッ」

 

 

涙と鼻水を流し、声を上ずらせて泣いた祖父を見たとき、路希もボロボロと涙をこぼした。

良神は海へ入り、路希を抱きしめて、陸へと連れ帰った。

砂浜で、路希は泣き叫び、良神にしがみついた。

愛してくれた。我が、祖父よ。申し訳ないことをした。

 

 

「おじいぢゃんッ、だずげでぇえぇ、ボグおがじぐなっぢゃったぁぁ……」

 

 

良神は涙を流し、路希をしっかりと抱きしめた。そして背中を叩く。

 

 

「ぅぇえぇええぇえん……!!」

 

「分かってる。分かっておる。待っていろ、路希! 必ずお祖父ちゃんが、お前を助けてやる――ッッ!!」

 

「うッ! うぇげ! ボガッッ! じぅっずぅッ!」

 

「!?」

 

 

それは突然のことだった。

路希の体が刻まれていく。指が千切れ、目に糸が突き刺さり、眼球を引きずり出す。

 

 

「路希ッ!? 路希ィィイ!!」

 

 

良神は見た。

路希の上、そこに浮遊する『包帯姿の女』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生――ッ! これは一体ッッ!?」

 

「気にするな真白! 巳里くんも――ッ、とにかく今は路希を助けることに集中してくれぃ!」

 

 

手術室。真白と巳里は震えながら、良神を手伝った。

ベッドに寝転ぶ血まみれの路希。そして天井に寝転んでいる包帯姿の女。バイタルを確認するとモニタに、女が映っていた。

血走った目が、良神たちを睨みつける。

頭に女の思念が文字となって流れ込んでくる。そしてそれは――……。

 

 

路希。彼は、目を覚ました。

そこは砂浜だった。後ろを振り返ると、一面に広がるヒガンバナの花畑が見える。こんな場所、水野町にあっただろうか?

路希は気づいた。砂浜にある岩、そこに女性が座って泣いている。

 

 

「ちはるさん!」

 

「路希くん。ごめんね。今まで、ありがとうね」

 

 

路希はそこでちはるが、Chiharuだということを理解した。

仮面ライダーthe Next。路希は一度しか見ていなかったが、内容は覚えていた。

だから路希はどうして夢から目覚めたとき、彼女の顔と名前がまったく思い出せなかったのか? その理由を理解した。

 

名前も、顔も、『そんなものは初めから存在していなかった』からだ。

顔は壊され、名前は奪われた。それがChiharuという女なのだ。

しかし彼女は死んだはずでは? 路希は疑問に思ったが、そのとき、Chiharuの顔を見て察した。

 

Chiharuも声を震わせ、涙を流した。

逃げた。たった一言、彼女はそう言った。

理由を言おうとすると、路希が肩を叩いて言葉を中断させた。

 

 

「死にたくなかったから」

 

 

Chiharuは震える声で言った。

路希も分かる。泣いてくれた祖父を見たとき、路希は死にたくないと思った。

生きたいと強く願った。Chiharuもそうだったのではないだろうか?

 

確かに彼女は死を望んだ。

しかしそれは結局、どうしようも無かったからだ。

もしも彼女を助ける手段があったのなら、彼女はきっと……!

 

 

「もういいの。もういいんだよ。ありがとうね路希くん。さようなら」

 

「……ま、待って」

 

「一緒に見た映画、面白かったよ」

 

「待って! 待ってよ! ち、ちはっ、ちはるさん! 貴女はそれでいいの!?」

 

「………」

 

「そ、そそそれで納得できるの!? 教えてよ! ボクを――ッ、ご! こんなに苦しめたんだから、苦しくても教えてよ!!」

 

 

肩を揺さぶった。目と目があった。

 

 

「しにたくない」

 

 

Chiharuは泣いていた。

 

 

「死にたくないッ! 幸せになりたいよぉ……! ぐるじいのは、もぅヤダぁ……!!」

 

 

路希の腕を払い、彼女は自分を抱きしめる。

 

 

「私が私を殺すの。いつも、路希くんだって知ってるよね?」

 

「はい――ッ」

 

「あんなのもうイヤッ! やだよぉぉおぉ……!」

 

 

 

泣きじゃくるChiharuを見て、路希も泣いた。

しゃくりあげ、堪え、彼は――、決意する。

夢は、知らなかったはずのことも教えてくれる。だから路希は分かっていた。

背後に迫る黒い影がいやにリアルなのも、意味があると分かっていた。

 

 

「ぼ、ボッ! ボクが助けます……ッ!」

 

 

それは。

 

 

「ちはるお姉ちゃんを、助けてあげるからね――ッ」

 

 

世界で一番悲しい希望だった。

 

 

「ボクは仮面ライダーになる」

 

 

Chiharuが燃える両手で路希の首を絞めた。

斬月のクロスオブファイアが、彼に与えられた瞬間だった。

 

 

「仮面ライダーになって、あ、あなッ、貴女を助け――ッ」

 

 

Chiharuは憎悪した。目の前に憎き仮面ライダーがいる。

だから路希を刻んでいった。路希はバラバラになりながらも、Chiharuの笑顔が見たいと願っていた。

路希は手を伸ばした

 

 

「おじいちゃん――ッ! ぼッ、ぐをッッ! だずげで!!」

 

 

掴んだのは、希望と夢。

 

 

「ボクは仮面ライダーなんだ!!」

 

 

そして愛だ。

それを守るために路希は戦うことを決めた。良神は泣いていた。

神よ、おお神よ……! この爺を、赦したまえ。

 

 

「分かった! それでいい、それでいいんじゃ路希! 惚れた女のために戦えるようになったか!!」

 

 

真白と巳里は青ざめていた。

Chiharuは包帯の隙間から血走った目を見開いた。

感情や気遣いなんてない、ただ事実という言葉だけが脳に浮かび上がる。

 

 

『パーツさえあれば私が繋げます。人を殺してください。足りない部分を切り取ってください』

 

 

笑い声が聞こえる。床に転がったムーちゃんは怯える瞳で良神を見た。

 

 

「路希の祖父ちゃん! なんで――ッ、これ!?」

 

「ぎゃははは! 私がちょーっち女みせたらコロリと来てさぁ! 楽勝ッ! まんこ? 見たければ好きなだけ! ほらほら!」

 

 

土竜は女性器を見せ付けて笑う。

良神は麻酔でムーちゃんを眠らせると、目をくりぬいた。

そして路希の目――、失われた空洞にそれを埋め込んだ。

 

良神にもクロスオブファイア、知識の炎が与えられた。

クロスオブファイアがあるため、路希の治りは早く、立ち上がるまでに回復できた。

土竜がドリルでムーちゃんの体に穴を開けている中、路希は戦極ドライバーを取り出した。

 

 

「変身」『ソイヤ!』『メロンアームズ! 天・下・御・免!』

 

 

仮面ライダー斬月。

Chiharuは憎悪した。ライダー、仮面ライダー、憎い存在。

斬月は切り裂かれ、脚を失った。前に進むためのパーツだ。必要になる。

 

 

「路希! やめてくれ! 路希ィィッッ!!」

 

 

無双セイバーが父を貫いた。

 

 

「いいんじゃな。路希」

 

「悲しいけど、仕方ないじゃないかッ!!」

 

「うむ! ならばそれでいい! 路希、お前は――ッ!」

 

 

良神とChiharuは、父の脚を路希にくっつけた。

 

 

「路希くん。私はいいよ。応援しているからっ、どうかママの体を――ッ! うッ、がひっ! げぇあぁ!」

 

 

バラバラになった母のパーツを、路希の足りないところにくっつけた。

路希は二本の足で立ち、キングダムダークネスを見る。

Chiharuからのプレゼントだ。ナノロボットが再現してくれた。

 

 

「ボクは、Chiharuさんを助ける」

 

 

Chiharuが教えてくれた。"新しい体がほしい"と――!

 

 

「作ろう。お祖父ちゃん!」

 

「ああ。ならば祝いの栗まんじゅう!!」

 

 

路希――、ワシにはずっと叶えたい夢があったんじゃ。

この力があれば、ワシはそれを叶えることができる。

そうだ。全てはワシの夢のため、だからお前は何も苦しむ必要はない。

 

全てはワシのため。ワシだけのため。

それでもワシは嬉しいよ。初めてお前が本当にやりたいことを見つけたことが。

ワシをこんなにも頼ってくれることが。

 

患者を狙うのは楽だった。

向こうは良神を信頼しきっている。良神は嬉々として思いついたものを試した。

ナノロボットの可能性は無限だ。小さい機械なので、どこにでも入れるし、改造も勝手にやってくれる。

 

肌を鮫肌にすることも、睾丸を改造して凄まじい射精能力を与えることも。

そしてChiharuが気に入った肉体は刻み、くっつけた。

彼女はなかなかワガママなお姫様。いくつか提供したが、まだ足りないと頬を膨らませる。

 

もっとすばらしい器を。

もっとふさわしい器を。え? ムーちゃんのお兄さんが尋ねてきた? 改造改造!

 

Chiharuはツンデレさんだ。

仮面ライダーが大嫌いで、路希がライダーになったから、たまに刻んでくる。

そしたらまた新しいパーツをくっつけて――ッッ!!

 

 

「ねえお祖父ちゃんッ、ぼ、ボクッ、ボクは間違ってないよね!? 全てが終わったらChiharuさんは……ッ、ちはるさんは助かるんだよねッ!? また笑顔になってくれるんだよねッッッ!!?! もう苦しまなくてもいいだよね!!??!?!」

 

 

路希が泣いていた。所詮は中学生、ふとした時に大人になろうとする。

すると誰よりも早く、真白が彼の背中を叩いた。

 

 

「キミは間違ってないよ」

 

 

すぐに巳里も駆け寄った。

 

 

「ええ、真白先生の言うとおりですわ」

 

 

路希は頷き、立ち上がった。

 

 

「すまんのぉ」

 

 

良神は後で二人に謝った。何に対しての謝罪なのかは、察してほしい。

 

 

「僕にとっても路希くんは家族ですから」

 

「ええ。私もですわ。それに院長には大変感謝しております。私の人生を変えてくださいました。ですから恩返しがしたいんです」

 

 

だから化け物になるというのだ。

かつて人生を豊かにするべく、治療した二人を地獄に落とす。

 

 

「覚悟なき正義は、いつか壊れる」

 

 

もしも未来で、覚悟ある正義を持った男が現れたら……。

しかしそれでも良神は路希を愛していた。

彼のやりたいことを最期まで応援したかった。

彼が最初に愛した女性を、なんとしても助けてあげたかった。

そして後は本人の欲望を優先させる。

 

 

「楽しいわい……」

 

「え?」

 

「人生とってもたのしいY!!」

 

 

良神は路希に向かって叫んだ。

 

 

「路希! 100のキチガイよりも、愛した1を取れ!!」

 

 

お祖父ちゃんはまだまだ改造しちゃうぞ! 世界中の人を作品にしちゃうぞ!

脳を改造して、体をいじくりまわして、怪人にしちゃうぞ!

だから路希も気にすることなく、Chiharuさんの肉体を集めればいいんじゃね!?

 

 

「二人で一緒に、夢を叶えようぜ!!」

 

 

路希は頷いた。

翌日、真白と巳里がブレードアルマジロとガトリングパイソンになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けるんだ……! ボクは――ッ! ボクが!!」

 

 

そして現在、路希はフラつく足で前を目指した。

敬喜や岳葉は変身が解除され、嘔吐していた。路希の記憶がテレパシーを通して伝わってきた。

 

Chiharuの肉体を作る。

 

Chiharuを助ける。

 

Chiharuを――、愛しているんだ……!

 

 

「ボクが彼女を――ッ、救うんだ……!!」

 

 

路希は彼女の苦しみを教えられた。

地下廃棄場で痛む体、どれだけの時間が経ったろうか。ネズミやゴキブリしか傍に来てくれるものはいなかった。

彼女はただ――、好きな歌をうたうことができれば、それで良かったのに。

そのままでいいのか? それでいいのかよ仮面ライダー。なにが正義だ、なにが平和だ。ボクは違う。ボクは絶対にそんなことはしない。

 

 

「ボクが、彼女を! 助けてみせる!!」

 

「違う! それは違う! だってアイツはッッ!」

 

 

市原隼世、おそらく最大のミス。

この男は、この一番大事なシーンで、あろうことか、路希を気遣ってしまった。

敗北を察して泣いている彼に、同情してしまったのだ。

 

 

「助けて、助けてよ! お願いだから助けてぇええぇええ!」

 

 

路希が、叫んだ。

 

 

「仮面ライダーッッッ!!」

 

 

その時、この弱い少年の正義に覚悟が生まれた。

大切な人を守るために、たった一人で戦う男を、世界は祝福した。

間違いなく路希は仮面ライダーである。その証拠に、彼の炎がはじけた。

 

 

「!」

 

 

路希のベルトが変わる。戦極ドライバーではない。

あれは、紅く輝く――、ゲネシスドライバー!

 

 

【メロンエナジィ……!】【ロック・オン!】

 

「やめろ! 路希ッッ!!」

 

「変身ッッ!」【ソーダァ】【メロンエナジーアームズ!】

 

 

斬月・真。

その掌底で2号が吹き飛ばされた。

振り返った彼は、ソニックアローの矢を撃った。

 

想いのエネルギーを祖父の形見に打ち込む。

すると中にいたChiharuが両手を広げた。抱きしめるように、白い触手が斬月を包み、肉塊の中に招き入れる。

肉が膨れていく。珠菜は深層へ沈んでいき、かわりに球体の上には斬月の上半身が。

 

白い糸が束ねると、それは翼になる。

肉塊が浮き上がり、天井を突き破って外に出ていった。

2号が皆を連れて後ろへ下がっていく。

ふと、キングダムダークネスのモニタが歪むのを確認した。

 

そこにはChiharuが映っていた。

包帯女、肉の塊、モザイクのようにノイズが走る。

彼女には顔がない。

 

 

『体を手に入れました』

 

 

嬉しそうではない。

それは究極たる憎悪。そこに笑みはなく、侮蔑すらなく。

ただありのままに燦燦と輝く憎悪があった。

 

 

「お前の戦いは、もう終わっただろ!!」

 

 

死を望み、(ブイスリー)の手によって眠りについた。

 

 

「それで良かっただろうがぁアッ!!」

 

『アレは私ではありません』

 

 

Chiharuはちはるを拒んだ。

つまりなんだ? V3に助けを求めた本体を憎悪している?

 

 

『私は全ての愛を消し去ります。世界中の人を殺します』

 

 

その中で選ばれし者が現れる。

ナノロボットによる散布。適合者は人間を超越する。

リジェクションが起きれば死ぬ。適合者の中でも選ばれたものはすぐに怪人となる。

 

それは体内に入るナノロボットが多ければ多いほどいい。

十面鬼の体内はナノロボットを増殖させる工場のようなものだ。

もっと体に馴染めば、より多くのナノロボットを作ることができ、9つの顔にある鼻や口から散布していく。

 

 

「そのためにあの子を利用したのか。お前への優しさを踏みにじったのか……!」

 

 

2号の憎悪をChiharuは憎悪をした。

 

 

『クロスオブファイアの概念を理解。私が目覚めたことで、火の粉が生まれてしまったようです』

 

「それが僕らの中にある火種に燃え移った……ッ! カテゴライズされた炎が、僕らに昭和ライダーの力を与えたんだ……!」

 

『クロスオブファイアは同種の証明。私の中に貴方たちと同じ力が流れているのは憎い』

 

 

Chiharuの姿がノイズとなって、モニタから消えていく。

 

 

『私は絶対に彼方たちを赦しません』

 

 

十面鬼の飛来を目の当たりにし、立木たちが地下にやってくる。

 

 

「どうなってんだ隼世!」

 

「とにかく立木さんは皆をお願いしますッ!」

 

「お、おお……!」

 

 

そこでマリリンが首だけの涼霧を見つけて、ニヤリと笑う。

とてもサイコな空間だ。居心地がいい。そう思っているとチューブをたどってキングダムダークネスを見る。

 

 

「治せますか?」

 

 

エックスがつぶやいた。無理だとは思っていたけれど。

するとマリリンは顎に手をあて、エックスにクルーザーを置いていくように言った。

 

 

「行くぞ皆! ヤツを止める!」

 

 

ライダーたちは再び変身し、穴から外に出る。

夜だった。空が深い闇で覆われている。

十面鬼は歌をうたう。プラチナスマイル、Chiharuの歌だった。

 

 

「ウォオオオオオオ!」

 

 

まだ近い。

1号と2号は跳躍で、V3は飛行、エックスはロープを伸ばし、アマゾンはネオの鎧を纏うとクローを肉の塊にひっかけた。

しかし十面鬼の翼が動いた。それは白い触手、次々と迫る斬撃がライダーたちを打ち落としていく。

 

 

『ナノロボット――』

 

 

Chiharuが囁いた。

いくら狡猾であったとしても、その思考は憎悪に支配され、もはやまともではない。

ナノロボット散布を目的とする中で、彼女はいきなり主目的を変える。

彼女を突き動かすのはただ一つ、永遠の復讐心のみ。

 

 

『たくさんの人を殺してください』

 

 

斬月は強く弦を引っ張った。

待っててねChiharuさん。今、ボクの想いをキミに捧げるから。

 

 

【メロンエナジー!】

 

 

矢が発射された。闇夜を切り裂き、矢は空中で爆発する。

大きなメロンが生まれた。空に浮かび上がる大きな、大きなメロン。

斬月はそれが満月に見えた。そういえばいつかChiharuと一緒に月を見ようと約束をした。

それが今、叶ったのだと、彼は嬉しくなった。

 

メロンから矢が生まれた。

光の矢はまるで龍のように縦横無尽に動きまわり、水野町に飛んでいく。

 

話は変わるが、岳葉が働いていたCDショップの店長は水野町に来ていた。

音楽が好きな彼は、今度ここでジャズ喫茶を開こうと思っていたのだ。

 

美しい海を見ながら、ジャズを聴く。

最高だ。男はそのためにコーヒーの勉強をしていた。

今日は店にしようと思っている建物の下見だ。同じようなことをしていたが、高齢で店を畳んだ人のものだったので、必要なものはそろっている。

 

 

「ようし! がんばるぞー!」

 

 

店長は気合をいれた。

 

 

「はぴゅ!!」

 

 

直後光の矢に頭を貫かれて死亡した。

一方でミッちゃんは全力で走っていた。前方に光の矢が見えると、ミッちゃんは左に走る。

しかし光から矢が飛んでくるのが見えたので、踵を返して全速力で走った。

走る。走る。そして振り返ると、無数の光の矢が見えた。

 

 

「ぼ、ぼぼぼぼぼくが死ぬ確立はずずずずばり――ッ!」

 

 

 1 0 0 % で し ょ う !

 

複数の矢がミッちゃんのお腹を貫き、上半身と下半身が分離した。

内蔵が飛び散るなか、一本の矢がミッちゃんの首を貫き、頭が分離する。

最後に数本の矢が頭を貫き、肉も骨も脳も弾け飛んだ。

 

 

「うぇええぇえん! こわいよぉぉお!」

 

 

ナオタは夜ごはんが大好きな焼肉ではしゃいでいたが、ビールを入れようとしたお父さんの腕が弾けとび、叫んでいると、脳が飛び散ってホットプレートの上に落ちた。

お母さんは叫びながらナオタの手を引いて逃げようとしたが、天井や窓を突き破った光の矢に全身を射抜かれ、内臓を撒き散らしながら死んだ。

ナオタはなんとか逃げ延び、自室に入ってベッドの下に頭をもぐりこませる。

けれどぽっちゃりした体のため、お尻は外に出ていた。

 

 

「うぇぇえん! ママぁ! パパァ!」

 

 

泣きながらガタガタと震えるナオタ。

彼の大きなお尻に、一本矢が刺さった。

 

 

「うあぁあぁあん! 怖いよおぉおお! 痛いよぉぉおお!」

 

 

ドスドスドスドスドス! 次々に追撃の矢が刺さっていく。

ナオタは鼻の穴や口から血を流し、白目で固まっていた。すぐに動かなくなった。

 

一方で水野町の高台には部賀と、その仲間たちの姿があった。

大きな幕を持ってきており、それを広げると『我らが志亞! 日本のヒーロー!』と書いてある。

応援の準備はバッチリだ! 仲間たちが盛り上がっていると、空に巨大なメロンが浮かび上がった。

皆それはもう大盛り上がりである。

 

 

「メロンだ。やっば!」

 

「ぎゃはは! なんだよアレ! おもしれーっっ!」

 

 

写真にとってSNSにアップしよう。

みんなが自撮りやメロンに夢中になっていると、ケンの頭が弾け飛んだ。

続いて悲鳴をあげた江都子の口の中に矢が突っ込まれ、頭がはじけて、体もはじけた。

悲鳴が続く。みんな次々に射抜かれ、部賀は急いで逃げ出した。

 

 

「これやべぇって!!」

 

 

部賀についてきた仲間たちも死ぬ。

部賀はヘラヘラ笑っていたが、徐々に増えていく矢を見て、笑みを消した。

 

 

「ハハ……! すげぇ! これマジで――ッ! 死ぬ? 死ぬのか?」

 

 

矢が部賀に刺さった。腕が弾け飛んだ。膝を貫かれ、部賀は倒れた。

腹を貫かれ、内蔵が零れた。空を見上げると矢が飛んでくるのが見えた。

 

 

「死んだわ!」

 

 

正解! 部賀は頭を潰されて死んだ。

あとちなみになんだが、高台の近くにはリセと正和のお墓があるのだが、それが壊れていた。

近くで高岡園長夫妻が矢に貫かれて死んでいた。

 

 

「おおぉお! クイガミさまがお怒りじゃ……!」

 

 

珠菜のお婆ちゃんは半ば安心していた。

あれだけクイガミ様に尽くしたのだから、自分は大丈夫だろうと。

次の瞬間、珠菜のお祖母ちゃんは内臓を零しながら地面に倒れた。

 

矢は水野町を飛びまわった。

それなりにみんな、貫かれた。

 

 

「うえぇえええぇん!!」

 

 

ショッピングモール駐車場で男の子が泣いていた。

ママと手を繋いでいるのだが、腕から先がなくなっていた

男の子はママの手をもったまま泣き、歩く。そうすると声に引き寄せられるようにして矢がたくさん男の子に降りかかった。

男の子は矢をたくさん受けて、すぐに死んだ。

 

あとその近くの家、家族が住んでいるのだが、お父さんが泣いていた。

家族で食事をしているとき、矢がお祖父ちゃんを刺し貫いた。逃げようとする家族のまわりを矢が囲んだ。

しかし矢はそこで動きを止めた。助かったのかと思ったら、テレビの画面にChiharuが映った。

 

 

『あと一分。その後、激痛』

 

 

それだけだった。

それだけだったが、お父さんは意味を理解してお母さんの首を絞めて殺した。

怯えるお姉ちゃんと弟にも事情を説明した。

あと一分で矢が動くから、それならば先にお父さんが少しでも痛くないように殺すと。

家族はそれを受け入れた。お姉ちゃんと弟が死んだとき、ちょうど一分が経った。

お父さんは目を閉じた。矢は帰っていった。

 

 

「そりゃないだろ!!」

 

 

お父さんが泣き叫んだ。

しばらく泣いていると、矢が戻ってきてお父さんを射抜き殺した。

 

光の矢は尚も飛び回る。

暗い水野町を明るく照らしながら飛び回る。

矢は至るところに飛来していき、家を破壊し、ビルを破壊し、火災が起きて、サイレンさえも貫いた。

 

矢は病院にも飛んでいく。駐車場で誰かが叫んでいた。

消防隊の隊長さんだ。ラグビーをしている息子が怪我で入院しているようで、そのお見舞いに来ていた。

非番の後輩も傍には三人いる。彼らは迫る矢からなんとかして患者さんや一般人を守ろうとしていた。

 

隊長は矢が音に反応することを理解した。

だから大声をあげて、一人で走る。

矢の狙いを全て自分に集中させようというのだ。

狙いはいい、矢は病院を外れて隊長に向かって飛んでいく。

 

怖い? 怖い。そりゃあ怖いさ。

だけど人を助けるのが仕事だ。ましてや家族がいる。

そして奇しくもこの体験が、隼世の苦しみを少し理解することになった。

そうか。怖いな。たとえライダーの鎧があったとしても。

 

 

「うぐぅぉぉお!」

 

 

隊長の腹を、矢が突き破った。

膝も貫かれ、隊長は地面に伏せる。零れ出る内臓と血を見ながら、彼は歯を食いしばった。

 

 

「頼むライダーッ! 俺たちの世界を、どうか……!!」

 

 

隊長の首が貫かれ、頭部が分離して地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ?」

 

 

映司は目を覚ました。真っ暗だった。

なんだここは? 映司は立とうとしたが、立てなかった。

狭い。手を出して辺りを探ると、岩に囲まれていることが分かった。

 

映司はあぐらをかいて考える。

確か、良神クリニックにいて、それから十面鬼が出てきて、クリニックが崩れて、瓦礫に埋もれて――……。

そうか。瓦礫だ。狭い。暗い。怖い。

 

 

「誰かー! 誰かいませんかーっ!」

 

 

映司? あれ? 映司?

いやいや、違う。自分は映司じゃない。

あれ? そういえばなんでここにいるんだっけ? ああそうそう、弟が帰ってこなくて――……。

それで、どうなった?

 

 

「あれ?」

 

 

そのとき、轟音が聞こえた。

天井が下がってきた。たまらず腰を曲げた。

参ったな、お辞儀をする形になってしまった。

苦しい。あれ? ちょっと待て。今これって生き埋め?

生き埋め!? 嘘だ! 嘘だッ!

 

 

「やばい! あれ!? えッ? お、おーい! 誰かーッ、誰かいませんかーッ! やばい? え? やばい! 助けて! 誰か助けてェエエエエエ!!」

 

 

震動。砂がサラサラと落ちてきた。

やばい、暗い。怖い。

 

 

「助けてーッッ! おかあさーん! おと――ッ、誰かーっ!!」

 

 

グオォォゥン! と、音がした。

天井が下がってきた。腰が押され、隙間が小さくなっていく。

 

 

「うあぁぁ! い、痛いッ! いだだッ、だだだだ! 痛い! だ、誰かッ、本当にッ、え!? 死――……? ちょ、ちょっと待って!」

 

 

埋もれてる? 本当に死ぬ?

 

 

「い、イヤだ! イヤだ!! ヤダァァッァァアア!!」

 

 

ゴォォオオオンン!

 

 

「ひぃぃぃいああぁ!」

 

 

隙間が小さくなっていく。折りたたまれる映司の体。

 

 

「こ、怖いぃ! いやだぁあ! お母さん! お父さんぅ!!」

 

 

最後は弟の名前を読んで、助けを求めた。

彼は覚えていないのだろうか? 弟は死んだし、父と母は自分が殺した。

仮面ライダーオーズだと思い込んでいた自分が殺したのだ。

まあ覚えていないか、脳改造を施されていたのだし。

暗く、狭い瓦礫の隙間、徐々に崩れ、隙間がなくなっていく。

 

 

「うぎゅぅぅぅん。ばぁぁッ! だず――……」

 

 

既におでこが地面についている。体が硬いのですごく痛かった。

少年は体を折り曲げた状態で放置され、必死に叫んでいた。

これ――ッ、もう舌を噛んだほうがいい? 噛む? 助けは? どうする? 怖い。助けて。おかあさん。ああまた震動。瓦礫が崩れ、少年が挟まっていく。

 

 

「あぁああぁあぁあぁあああぁあああ! あーッ! 誰か! 助けてぇえええ!」

 

 

ガラガラドシャーン!!

瓦礫が崩れた。隙間にあった石は挟まれ、すりつぶされ、粉々になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は――……、生きていた。

恐怖でボロボロ泣いていた。恐怖で脱糞していたし、失禁していた。心臓はバクバクバクバク。

目の前にシルエットが見える。

 

 

「あ、ありがとうございまひゅ……。ほ、本当、本当に……!」

 

 

僕を助けてくれて、ありがとうございます。

こんな残酷な感謝が、かつてあっただろうか?

 

 

「これ、あげる」

 

 

少年を助けた青年は、パンツを一枚、プレゼントした。

瓦礫が崩れるなか、光が差し込み、腕が伸びてきた。

少年はそれを必死に掴んだ。そうしたら瓦礫の中から『彼』が引き上げてくれたのだ。

 

少年は全てを思い出した。

アンクだのマンコだのとはしゃいでいた日。

レイプではしゃいだ日。両親をグリードだと殺した日。

 

少年は泣き崩れ、受け取ったパンツで顔を覆った。

随分と情けない姿だろうが、青年は少年を抱きしめた。

グッと強く抱きしめ、頭をポンポンと優しく叩いた。

ウンコとおしっこがついたが、青年は気にすることなく少年を抱きしめた。

とても温かかった。少年は安心して泣いた。

 

 

「何かあったら、この手を思い出してね」

 

 

頭を撫でた手、そして少年の手をグッと握り締めた手を。

少年は嗚咽を漏らした。こんな姿で、こんなことをしてまで会いたくは無かった。

こんな姿を見せたくはなかったのに……。だから少年はただただ涙を流すことしかできなかった。

 

しかし一つだけ確かなことがあるとすれば、それは今、自分が生きているということだ。

生き残ったということだ。それは今も変わっていない。

確かに死にたいが、それでも生きたかったのだ。

だから少年は泣いた。ただひたすらに泣いた。

誰もいない。罪だけが残った。

 

 

「じゃあ、おれはもう、行かないと……」

 

 

青年は悲しそうな顔をして立ち上がった。

目の前には灰色のオーロラが見える。

もともと少しだけ訪れる。そういう契約だったから、時間が来てしまったのだ。

剣崎は絶対だ。だから最後に、せめて。

 

 

「またね」

 

 

そう言った。

それが正しいのか、間違っているのか、火野映司には分からなかった。

オーロラが通り過ぎ、映司は元の世界に帰還した。

少年はうずくまり、映司からもらったパンツを握り締めて泣き続けた。

 

 

 





tips【カルテ】

・自分を火野映司だと思い込んでいる精神異常者

路希の友人の兄を薬で眠らせて改造した。
仮面ライダーが好きらしく、適当に弄ったら自分を仮面ライダーオーズの主人公、火野映司だと思い込むようになった。
ただ脳改造をミスったのか、リジェクションが起きたらしく。『ひのえいじ』ではなく『ぴのえいじ』と名乗っていた。

母をメズール、父をガメル、友人らをカザリだと思い込んで殺害。
映司だと思ったのはオーズが一番好きらしく、玩具のベルトに玩具のメダルを入れて、お祭りで取ったらしいお面を被って変身していた。
しかしリジェクションは時間と共に強くなり、後半はメダルを100円だの500円だのでも認識するようになり、言語障害や幻視、幻聴なども発症する。
涼霧の切り取った腕をアンクと認識している時点で、もやは使い物にならなくなってしまった。
おまけに最終的にはダブルドライバーを腰に巻いていた。もうどうしようもない。

しかし、一つだけ気になるのは、炭酸系の缶をパワーアップアイテムとして認識していること。
サイダーをシェイクしまくって頭から被っていたのを見たときは、『え? 気持ちわる。コイツマジでイカれたわ』と思ったが、どうやら本人の中では新形態になっているようだ。

だがそのようなアイテムは仮面ライダーには存在せず、脳による未知なる可能性が何か働いているのではないかとも思っている。
常々、脳と言うのは『宇宙』と構造が近いと言われている。
信憑性はないが、海外では脳に強い衝撃(プールで転んだり、殴られたり)を与えた翌日に、楽器が弾けたり、物に数字や色に見えたりする症例が報告されているとか。


・ドリル土竜

黒田くんが二重人格とは驚きだった。
シリアルキラーらしく、とはいえ話してみると気があった。
『ドリュー』と名乗っていたが、漢字で書くと土竜(もぐら)になるので、ドリルを渡してみると気に入ったようだ。
気になるのは黒田くんと土竜くんでは、ナノロボットの適合率が変わってくるということ。

これは実に興味深い結果である。
心配なのは土竜くんの状態で攻撃を受けて、何かの形で人格交代が起こった場合、ナノロボット適合率の低い黒田くんではダメージに耐えられないのではないかということ。
おそらく死亡すると思われる。そもそもナノロボットによる改造が、ナノロボットを入れている間なのか、改造が終わればナノロボットが体から消えても継続状態となるのかはいまひとつ分からない。
the Nextによる描写が全てではないというのは事前に調査済みである。
クロスオブファイアとやらの概念形態もそれぞれ変わってくるらしいので、調査が必要である。
ちなみにドリルで開けた穴に、排泄するのが好きらしい。とんだおちゃめさんである。


・ブレードアルマジロ

一度原点回帰というか、リスペクトを忘れてはいけないと仮面ライダーthe Nextを視聴する。
ナノロボットでスーツを作るというのは目から鱗であった。
模造するのは悔しいが、これも全てはよりよい物を作るため。
真白くんはよくみたら『在流真白』でアルマジロなので、アルマジロのスーツを作ることにする。
電磁プレートやナイフを基調としたが、ちと格好良すぎるか。


・ガトリングパイソン

かわいらしいシースルーのドレスの下には、ハードでエロティックなレーザースーツ。巳里くんにはピッタリじゃ。
どこぞの王子が、嫁を初恋の人と同じ顔にして欲しいと言うんで、その通りにしてやったら何でもくれるというから金と武器をいっぱいもらった。
ナノロボットにガトリングを記憶させ、一瞬で巳里くんの左腕をガトリングに変えてみせることに成功する。
どうやらこれはチェーンソーリザードにも使われていた技術らしい。
弾丸もナノロボットでつくれた。空中に散布した弾丸は一定で分解されナノマシンに戻る。
それらはすぐに宿主である巳里くんに戻っていくため、弾切れの心配はない。


・グレネードバッファロー

ナノロボットより人間が人間を超えることが可能になったとはいえ、人間そのものが強ければ、それだけ改造後も強力になる。
そうした点では牛松はかなり魅力的な存在であった。しかし持ち前の性格を考えると、協力するとは考えにくいため両腕を移植後、脳改造を施した。
攻撃性を上げる都合上、妊娠中の奥さんを腹パンで流産させてから顔面を粉砕してしまった。
申し訳ない。墓前には栗まんじゅうを供えようと思う。


・コウモリフランケン

映画が――、なかでもB級ホラーが大好きだった。
グロテスクやらホラーの奥にあるコメディポイントに不思議な魅力を感じていた。
それを作ることは、私のクリエイティブな憧れだった。

だから路希は何も気負う必要は無い。全てはワシの興味本位、そして夢のためだからだ。
やめておけと言えれば、おそらくそれは一つのマシな結果になっていたかもしれない。
しかし少なくともあの瞬間の路希はそれで納得いかず、ワシも心にしこりを残したまま生きていくことになった。

もしもワシの意見と路希の意見が食い違っていたのなら、ワシはどうしていたのだろうか?
分からん。いくら栗まんじゅうを食うても分からんかった。
ただアイツは覚えているだろうか? ワシが栗まんじゅうを好きになったのは、あの子が買ってくれたからだということを。
あの子は優しいから自分がケーキを買ってもらったら、ジジイにも何か買ってあげたいと。
息子が和菓子が好きだといったら、あの子は栗まんじゅうを選んでくれて……。
まあ、もう覚えてすらないか。

久しぶりに時間ができて、昔好きだったパチンコでも打ちに行こうかと思った。
思わなければよかったか?
このイカレ爺にも、まだ愛が残っているとすれば、それは路希だけじゃ。
あの子の夢を少しでも妨げることはしたくはなかった。
たとえ、それが

あの子を殺すことになっても



tips【エネミーデータ】


・スターティングガイジ

瑠姫の義父。


・Chiharu怨念態

かつて仮面ライダーに敗北したChiharuが生み出していた精神体。
ショッカー基地廃棄場で動けなくなっていた本体のかわりに、人間を惨殺してきた。
本体が死亡してからも魔法石に入ることを拒否、果てない憎悪が異世界への脱却を可能にさせた。

分身体という位置づけでありながら、兄への愛によって死を選んだ本体さえも憎悪。
その最期の願いである『殺して』を『殺してやる』に曲解。
クロスオブファイア所持者である『タカトラ』を殺害後、仮面ライダー斬月の炎を回収した。

その後、パチンコ『CR仮面ライダー』に寄生。
ネットワークを介し、人間の悪意を把握、吸収して成長していった。
さらに『777』を出した人間の脳を狂わせ、いわゆる『ガイジ』化する種を植え込んでいった。
これには個人差があり、復活前から少しずつ一部分が狂うものもいれば、まったく普段と同じ生活を行うものもいる。


その正体はナノロボットの集合体。
シザースジャガーや、チェーンソーリザードが武器を構成していたように、Chiharuが『幽霊』を構成していたもの。
なので体内には大量のナノロボットを有しており、さらにキングダムダークネスを再現することにより、ナノロボット製造までも可能にした。

アマダム飛来前から世界に存在していたが、パチンコの中で冬眠状態であったため、気づかれなかった。
その後、虚栄のプラナリアにて世界に蔓延るマイナスエネルギーが急激に増加したことで吸収できるマイナスエネルギーが増加。
さらに6年の年月を経て、計画を組み立てるまでに知能が上がる。

最終的に彼女が狙いを定めたのは、良神の孫である路希。
彼の夢に寄生し、幻想に恋をさせることで、路希を傀儡にすることに成功した。
さらにちはるの陵辱相手を仮面ライダーに似せるなど、ライダーを見ると無意識に憎しみが湧き上がるようにも細工した。
これにより、路希はライダーに助けるという選択肢を限りなく選びにくくなってしまった。

ちなみに路希が夢で見ていた幻想のちはるの顔は、進藤、山崎、尚子、由香里の顔を合成したものであり、どこにも存在していない存在である。
全ては復讐のため。路希への恋心など、欠片も存在していない。


・Chiharu究極態 十面鬼プラチナ=スマイル

彼女にとって一番屈辱だったのは、愛の前に屈服したこと。
復讐は永遠に終わらない。全てを超越する『愛』を否定するため。
今、動きだす――!


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