仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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ライダーとは


第2話 猛毒のアフロディーテ(後編)

 

 

『タカ!』『クジャク!』『コンドル!』

 

 

――が、しかし、俺はまだ諦めたわけではなかった。

むしろ劣情はより大きく膨れ上がっている。半ば意地になっていたのかもしれない。

俺はオーズ、タジャドルに変身すると、まさに獲物を狙うタカの如く、眼光を光らせた。

 

先程は失敗したが、今度は失敗しない。

ミスはおかしい。なぜならば、俺は『仮面ライダー』だ。人を超越した力があるのに、女一人犯せないのはおかしいのだ。

そして見つけた。夜も深い時間、誰もいない道をフラフラ歩いている女が。

 

年齢は――、小学生ではないが、女子高生くらいはある筈だ。

なぜならば制服を着ていた。まあ、アイツでいいか。

俺は反省を活かす人間だ。今度は少女の肩を掴むと、適当なビルの屋上に連れ込んだ。

これで逃げられる心配はないだろう。俺は再び少女を押し倒すと、紫ちゃんと同じようにするために服に手をかけた。

 

 

「……何?」

 

 

ぽかんとした表情で少女は俺に聞いた。

まあ、そりゃあ驚くだろう。いきなり上空に舞い上がり、ビルの屋上に来たんだもの。

 

 

「俺は仮面ライダーオーズ。悪いけどさ、一発ヤラせてくれない?」

 

「かめんらいだぁ?」

 

 

ポカンとしていた少女だが、直後、ケタケタと笑い始めた。

 

 

「あははは! 仮面ライダーってマジで言ってるの? 凄いね、センスあるよ! あはは!」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「しかもヤラせてって! ぎゃはは、子供向けのヒーローがレイプ!? マジでウケるんですけど!!」

 

 

違和感を感じた。少女には焦りも、怯えもないように感じる。

この笑い声もなんだかとってつけたような、うわべだけのものに感じる。

少女は笑ってなどいなかった。笑みの仮面で、俺をあざ笑う。

それがなんだか苛立って、俺は本気で彼女を襲おうと思った。けれど次に彼女が口にした言葉を、俺は受け入れる事ができなかった。

 

 

「いいよ、ヤラせてあげる」

 

「え?」

 

「どうせ死ぬつもりだったしね。はい、なに? 脱げばいいの?」

 

 

少女の行動は早く、それでいて淡々としていた。

下着に手をかけたかと思うと、何の躊躇もなく脱いでいく。これを望んでいたはずなのに、なぜか俺は怯んでしまった。

なんと言えばいいのか? 彼女のリアクションはあまりにも、常軌を逸している気がして。

それに、なんだ? 死ぬつもりだった?

 

 

「ゴム持ってる? って、持ってるわけ無いか。いいよ別に生でしても」

 

 

早口だった。

やはり、なんの感情も無いような棒読みに聞こえる。

 

 

「あの、ちょ――」

 

「あぁ、でもゴメンネ。処女じゃないんだ私」

 

「や、だから!」

 

「犯されてるの! 父親に! まあ義父だけど!!」

 

「………」

 

「ひひひ! あはは、面白いね! 死のうとしてたら別の人が私の事犯すんだって! あはは、そんなに私って魅力的かな! あははは!!」

 

 

ボロボロと少女の目から涙が零れてきた。

俺は何を言っていいか分からず、ただへたり込むだけだった。

当然、俺の性器は萎えて、使い物にならなくなっていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「何? それで童貞卒業に女の子襲ってたの?」

 

「まあ、うん、それは……」

 

「そんな考え方だからキミは今まで童貞だったのだよ!」

 

「う゛ッ」

 

 

どうしてこうなっているんだ。

公園のベンチで、俺と彼女――、名前は赤川(あかがわ)瑠姫(ルキ)と言うらしい。

とにかく俺達二人は肩を並べて談笑中である。一応言っておくが俺は彼女を襲おうとしたわけであり、にも関わらず彼女は俺に怯える事無く距離を詰めてきた。

いや、まあ、俺も逃げれば良かったんだ。でも、そうしなかったのは、多少なりとも彼女のことが気になってしまったからだろう。

 

利口な皆様なら既にご存知かもしれないが、残念ながら世の中は顔である。

これがどうしようもないブスなら(言えるかどうかはともかくとして)、『消えろ中古ビッチ女! 勝手に死ね!』などと言ってさっさと飛び立っていたかもしれない。

しかしこの瑠姫と言う少女は、俺のハートを打ち抜くだけの容姿があった。あってしまった。

切りそろえた前髪、長い黒髪、ぱっつん黒髪ロングと言うのは、それだけで童貞をぶっ殺しそうな容姿である。

 

 

なによりも憂いの表情、儚げな表情を見ると、俺はこのまま帰ることができなかった。

いや、いかん、だめだ、俺は処女厨だ。だから瑠姫なんてヤツはどうでもいいのだ。

 

 

『どうせ死ぬつもりだったし』

 

「………」

 

 

あぁ、クソ。

なんだこれは。気持ちが悪いな。どうすればいいんだ。

グルグル、グチャグチャ。訳がわからない。だから流されるまま彼女の背中を追いかけ、公園にやって来た。

しかしこのままと言うわけにもいかず、悩んだ末に俺が口にしたのは――

 

 

「なにがあったの?」

 

 

彼女も彼女だが、俺も俺だ。

強姦野郎がターゲットのお悩み相談とは滑稽にも程がある。

そして彼女はと言うと、やっぱりうわべだけの笑みを浮かべて俺に今までの事を話してくれた。

 

なんでも、元々は瑠姫は優しい母親と、優しい父親、そして可愛い妹と一緒に暮らしていたらしい。

しかしまあ色々とあるのだろう。瑠姫の両親の間に溝ができてしまい、離婚と言う事になった。妹は留美(ルミ)と言うらしいが、ルミちゃんは母親が大好きだったため、そちら側についていくと。

そしてやさしい瑠姫ちゃんは、お父さんが一人になるのはかわいそうだからと、父親についていく事に決めたらしい。

妹とはまた会えるから。そう父親と母親は言っていたのも決断の理由らしい。

 

確かに、はじめは妹とも頻繁に連絡が取れたし、会おうと思えば簡単に会えた。

だがある日を境にそれが難しくなる。なに、簡単だ。それぞれが別の相手を見つけたのだ。

両親といえど男と女、元夫や元妻の記憶はなるべく消したいらしい。結果として瑠姫は引っ越す事になり、ルミとも連絡を取るなといわれるようになった。

 

そしてある日、瑠姫の父親が再婚する。

義母との関係は悪くはないが良くもなく、そんな関係が続いていたある日、瑠姫の父親が事故で亡くなる。

 

 

「義母さんは、すぐに再婚したわ。私はね、お父さんは殺されたんじゃないかって思ってるの」

 

 

そして義母が選んだ男、つまり瑠姫の義父がとんでもない野郎だったと言うわけだ。

妻とはしっかり子作りをして息子を産ませたくせに、瑠姫にも性的な暴行を加えるようになったと。

 

 

「凄いよ、義弟の誕生日に私処女を奪われたんだ。ムラムラしてたんだって!」

 

「……警察には言わなかったの? それか、妹に連絡するとか」

 

「なに? お姉ちゃんレイプされているから助けてって言うの? 無理無理、向こうにもね、もう新しい家族がいるんだって」

 

「それは――」

 

 

それに、あまりのショックでどうしていいか分からなかったらしい。

以後は心が折れたのか、受け入れるようになってしまったと。

 

 

「なんかね、もうどうでも良くなったんだ。だって誰に相談したところでその記憶は消えないわけでしょ?」

 

「まあ……、うん、それは、うん」

 

「でも今にして思えば抵抗しとけばよかったなぁって」

 

 

無抵抗なのを良い事に、義父は自分の友人に瑠姫を抱かせ、援助交際と言う形で金を稼いでいたらしい。

 

 

「中には三人でしたときもあったよ!」

 

「へ、へぇ、そうなんだ。す、す、凄いね……?」

 

「あの時は本当ッ、最悪だったよ。ローション少なすぎてさ、マジで痛くて、ガチで泣いちゃった」

 

「はぁ、た、大変ですね」

 

「そしたらさ、殴られちった。痛かったよう? 今はもう治ったけど、青アザできてさ」

 

 

結局避妊もまともにしていなかったので、しばらくしたら妊娠してしまったようだ。

まあ結局、『おろす』と言う事でなんとなかったらしいが。

 

 

「その費用、義父(クズ)が出してくれたんだけど、あれ? お金出してくれるなんて、もしかしてこの人は良い人なのかもしれないって思っちゃったほど。あはは、イカレてるよね私」

 

「えっ、あ、え……」

 

「でも次からは避妊をしっかりして犯されるようになったからさ、何にも変わらなかったんだけどね」

 

 

 

俺は具合が悪くなった。正直に言って『ドン引き』の向こう側にいた。眉根を揉みながら本気で帰りたいと思う。

何だこれは? 俺は一体何の話を聞いているんだ? げっそりしてきた。

前に思ったことだが本当に警察は何をしているんだ? 俺に構っている時間を、こういう人間を探し、助ける事に使おうとは思わないのか。暗澹たる思いである。

とにかくなんだ、彼女は実に男運が無かったらしい。実を言うと、死のうとしていた理由もそれにあるとか。

 

 

「あのね、こんなんだけど、私一応彼氏いたんだよ?」

 

 

高校三年生の彼女も学校じゃ普通の女子高生らしい。

友達もいるし彼氏もいる。聞けば随分とプラトニックな関係だったらしい。

だからこそ瑠姫は彼氏さんを本気で王子様と勘違いしてしまったらしい。

 

ある日――、と言うか今日。

瑠姫は彼氏に全てを打ち明けた。そして助けてくれと、ココから連れ出してくれと叫んだらしい。

 

 

『本気で気持ち悪い。そういうの、マジで無理だから』

 

 

それで、返って来た言葉がコレである。

 

 

「……ソイツ、何部?」

 

「サッカー部」

 

「俺の自論でサッカーと野球部は七割クズだから」

 

「屈折してるねぇ、でも間違って無いかも」

 

 

別れた後は電話をかけた。妹のルミちゃんにだ。そしたら繋がりませんでしたと。

だから死ぬ事にしたらしい。

 

 

「なんと言うか、大変でしたね」

 

「岳葉君。それしか言うことないの? 酷いね、キミ」

 

「ごめん、俺クズだから、本当なんかゴメン」

 

 

俺の抱える負なんてのは、彼女の負からしてみればまさにゴミみたいなものである。

父親が死んでから、周りに馴染めないからと大学を中退し、以後ニート。

瑠姫はいわば被害者だ。一方で俺は自らクズロードを突き進んでいたわけであり、なにを言っていいのやら。

だから迷った結果。全てを話すことにした。ここにいる理由を全てだ。

神、仮面ライダー、それを聞くと彼女は興味ありげに微笑んだ。

 

 

「ねえ、岳葉君。一個お願いがあるんだけど」

 

「なに?」

 

「殺してよ、私をさ」

 

「え……?」

 

 

何言ってるの、バカ。

そんな言葉が返ってくるとばかり思っていたが瑠姫は疑うどころかアッサリと受け入れ、そんな事を言ってのける。

 

 

「生きてても辛いだけだし。それにさ、私だって自殺ってちょっと怖かったりするんだよね。でもライダーの力があれば一発でしょ? 即死させてよ、お願だから」

 

「いや、でもそれは――」

 

 

俺は口をモゴモゴと動かすだけで言葉をつむぐ事はできなかった。

まあ、多少なりとも持ち前のコミュ障が出た感は否めない。瑠姫は本当に綺麗で可愛く、俺は先程から彼女とは目を合わせていない。

訂正、合わせられない。しかしそうなると俺の中で言いようの無い怒りがこみ上げてきた。

俺を含めて、どうして瑠姫のような人間がこんなクソみたいな思いをしなければならないのか。

 

そして俺は気づいてしまった。

俺は今までライダーの力を使って色々なヤツをボコボコにしてきた。

ジジイもババアも子供も女も等しくムカツク奴は殴った。でも殺しはしなかった。

俺はそれを苦痛を与える事こそが目的であり、殺しては意味が無いと言う風に自己認識してきた。しかしそれは間違いだったのだ。

 

その実、俺は人を殺す事が怖かったからに他ならない。

俺は結局、生まれ変わる前と同じで何もかも中途半端なヤツなんだ。

 

仮面ライダーの力を手に入れても自己満足のオナニーばかりで何もなっちゃいない。

俺はそれが悔しくて悔しくて。

だからだろう。こんな話を持ちかけたのは。

 

 

「俺がそのクソ野郎。ぶっ飛ばしてやろうか」

 

 

俺はスイッチを入れなければならなかった。

英雄になりたいとか、極悪人になりたいとか、そんな事は考えてはいない。

しかし『俺のまま』生きる事だけは避けなければならなかった。俺は俺を殺さなければならない。

恐怖、焦り、全てを超越する事こそが俺が目指さなければならない極地だ。

 

故に、瑠姫には感謝しなければならない。

彼女は俺にとっての『レバー』だ。別に彼女が嘘をついている可能性もあったが、いずれにせよ俺はレバーを引くか押すか、とにかくと切り替えを行わなければならない。

でなければ、俺は一体なんのために生まれ変わったのか。

俺は再びタジャドルに変身し、瑠姫を連れて彼女の家に向かった。

 

 

「凄い、あっと言う間だったね」

 

 

瑠姫は月を見て綺麗だねと笑っていた。そうしているとまさにあっという間に彼女の家にたどり着いた。

何のことは無い、二階建ての一軒屋。俺はドアを蹴破ると、変身を解除して中に中に突き進む。

ゴチャゴチャと物が散乱する廊下を掻き分けると、リビングへ続く扉が見えた。

声が聞こえる。

 

 

「あ、瑠姫……」

 

 

フローリング、テーブルの上に見えたのはケーキだ。

まず目に飛び込んできたのは『お誕生日おめでとう啓ちゃん』の文字。

ははあ、なるほど、今日は瑠姫の義弟の誕生日のようだ。つまり瑠姫が無理やり犯された日でもあるわけか。

今日で何周年なのだろう? まあそんな事はどうでもいいか。

 

テーブルを囲み、座っていたのは三人の男女。

瑠姫の義弟である啓はまだ小さく、ぽかんとした目でコチラを見ている。頭にはパーティでよく見る三角帽子があった。

瑠姫の義母も見える。ショートカットの普通のおばさんと言った感じだ。不細工ではないがコレといって特別綺麗でもない。なんだか特徴の無い女だった。

そして、義父。いい歳だろうが、髪を茶色に染めており、メガネをしている。コイツが瑠姫をボロボロにしたクズなわけだ。

ああ、なんだか腹が立ってきた。こんな野郎が童貞を卒業し、俺は未だに―ー。

 

いや、やめておこう。冷静に深呼吸。すると耳を貫く不快な騒音が。

見ると、大型の犬が俺に向かって吼えている。犬種はなんだろうか? 俺はペット事情やワンちゃんにはあまり詳しくないのでよく分からない。

 

 

「犬、買ってるんだ」

 

「うん、タロちゃん。私の穴で稼いだ金で買ったらしいよ」

 

「……それ冗談? 笑えばいいの?」

 

「さあ? お好きにどうぞ」

 

 

俺達の会話で我に返ったのか、義父が椅子から立ち上がった。

クチャクチャと音を立て、食いかけのから揚げを皿に置いて。

 

 

「おい、なんだお前は!」

 

「る、瑠姫ちゃんのお友達なの?」

 

 

楽しいお誕生日会を邪魔されて少し不機嫌なのか、義父の声色は荒かった。

そこで俺は見る。テーブルの上に瑠姫の料理はおいていない。

それを見て、俺の中で何かが音を立てて壊れた。なんだかとても『わずらわしくなった』のだ。

別に瑠姫の分を用意していない件に怒っているわけじゃない。なぜならば瑠姫自身がいらないと言った可能性もあり、一概に答えを決め付ける事はナンセンスだと思ったからだ。

しかしもしも本当に瑠姫に半ば嫌がらせの意味を込めて料理を用意していないのなら、人間ってヤツはなんて――。

ああいや、おかしい、違うなコレは。瑠姫をつい先程襲おうとしていた男の言葉じゃない。

俺はまだ瑠姫のために怒れるほど立派な人間でもなければ、思いやりのある人間ではないのだ。だったらこの不快感は?

 

 

「いてッ」

 

 

足に刺激が走る。視線を移動させると、犬が俺の脚に噛み付いていた。

 

 

「こ、コラ。だめじゃないタロちゃん」

 

「ぎゃはは! おもしろーい!」

 

「おい、だから誰だお前は! 瑠姫のなんなんだ!」

 

 

犬を軽く注意するだけの母親

俺を見て笑ってるクソガキ。

犬ではなく俺に言葉を荒げる義父。お忘れかもしれませんが、コイツはレイプ野郎なんですよみなさん。

あ、そうか、分かってしまった。俺が感じたわずらわしさの正体。不快感の真相。

つまり俺は、こいつらが純粋に嫌いなんだ。人として。

 

 

「……ねえ、さっきの言葉嘘じゃないよね」

 

 

隣を見れば、瑠姫が唇を噛んでいた。

瑠姫の目からは大粒の涙が零れていた。声は震えていた。

目が語っている、俺に、助けてと。それくらい分かりやすい視線だった。人を思いやるのが苦手な俺でも分かるくらいの視線だった。

 

 

「なにが?」

 

 

あえて聞く。間違っている可能性はあるのだ。なぜならば俺はクズだから。

じゃあ俺は何をすればいいんだ。おしえてくれよ、マイエンジェル。

 

 

「殺して、こいつ等全員」

 

 

俺の姫は、確かにそう言った。

 

 

「お願い、英雄」

 

 

だから俺は、ドライバーを取り出したのさ。

美人に涙は似合わない。そうだろ? あとはジェラシー。

瑠姫ちゃんをココまで悲しませ、ひいてはボロボロに犯したやつと、その家族が嫌いで嫌いで。そもそも生理的に無理なんだよこいつ等。

俺も、初めて人を殺したいと明確に思えた。

 

 

「アマゾン――ッ!」『OMEGA』

 

 

ドライバーにあるレバーを捻れば、俺は緑色の野獣に変わる。

悲鳴が聞こえた。発生する熱波は瑠姫の家族を吹き飛ばす。その中で俺はもう一度レバーを捻った。

 

 

『VIOLENT・VANISH』

 

 

電子音が聞こえる。

俺はゆっくりと息を吐くと、近くに倒れていた犬に手を伸ばした。

 

 

「ギャンッ!!」

 

 

アマゾンズ、オメガ。

俺は腕についているブレードをタロちゃんに押し当てた。

クリーム色の毛並みに赤いソースが彩りを加える。さっきは良くもやってくれたなクソ犬。でもな、まあお前に恨みは――あるけど、無いんだ。

ただ分かってくれ。お前は死なないといけない。ペットは家庭における幸福の象徴だ。だからお前はいちゃいけないんだよ。

瑠姫は幸福じゃないから、幸せの象徴のお前はいらないんだよ。

 

 

「イヤァアアアアアアアアア!!」

 

 

ヒステリックな叫びは、義母のものだった。

俺がタロちゃんを二つにした事がそんなにショックだったのだろうか。

でもこの死は死じゃない。だってコレは全て幻想だからだ。

タロは存在しているように見えて、はじめから存在していなかったのだ。ペットを愛すると言う行為は、家族を愛すると言う行為の延長にある。

ならばそれが虚構だった場合、この愛もまた虚構になり、タロと言う存在は存在していなかったとも言える。一般家庭におけるペットの役割は愛するものなのだから。

 

 

「け、警察ッ! ひぃぃ!!」

 

 

脱兎のように駆け、義母は電話に向かった。

一方で義弟は口にケーキのクリームをつけたまま、放心している。

義父は青ざめ、俺を睨んでいた。

 

 

「な、なんだお前ぇ! 警察呼ぶぞ!!」

 

「本当に呼んでもいいのか?」

 

「ッ、お前!」

 

 

俺は確かに見た。義父の表情が歪むのを。

俺は、『俺』は確信した。やはりコイツは瑠姫を。

一方で耳に纏わりつく不快な上声。その正体は瑠姫の義母だ。

 

 

「アイツはどうなの?」

 

「殺して。アイツがお父さんを殺したの」

 

「………」

 

 

それはあくまでも瑠姫の妄想でしかない。

しかし俺には、俺達にとっては真実だった。だから俺に迷いは無かった。それに俺はあのオバサンが嫌いだ。

普通自分の犬が他人に噛み付いたらもっと激しく叱るか、俺からタロを引き剥がそうとするだろう。にも関わらずあの義母のババアは本当に形だけの注意をするだけだった。

俺は義母が嫌い。瑠姫は義母が嫌い。なんの問題もない。

 

 

「変身!」『ROD FORM』

 

 

仮面ライダー電王、ロッドフォーム。

俺はデンガッシャーを素早くロッドモードに変えると、それを思い切り振るった。

すると先端から光の糸が発射され、警察に電話をかけようとしていた義母の背中に命中する。

そして俺が再びロッドを振るうと、義母の体が吹き飛び、一気に俺の前に引き寄せられる。

デンリール。義母は戸惑いの中でなんとか立ち上がったみたいだが、もう遅い。

俺は既にロッドを二発、打ち込んでいた。

 

 

「ね、ねえ啓ちゃん。あ、あなた――、何がどうなっているの?」

 

 

眉毛を八の字にして義母はフラフラと立ち上がる。

 

 

「誰か説明してよぉ、わたし真っ暗で何も見えないのょぉ」

 

 

当然だ。俺が打ち込んだのはアンタの眼球。

デンガッシャーは義母の眼球を二つ、しっかりと潰している。狙い通りだ。

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁあ! ママーッ!!」

 

 

義弟の啓ちゃんとやらが泣き出した。

うるさいな。受け入れろよ。誕生日にお母さんが目を潰された事を受け入れてくれよ。いいじゃないか、これは報いなんだ。裁きなんだよ。

 

 

「そうだろ、見て見ぬフリをしたアンタには、お似合いだぜ」

 

 

おかしいと思った。瑠姫が犯されている事を義母は本当に知らなかったのだろうか。

ラブホテルで事が及ぶにせよ、自宅にて事が及ぶにせよ、本当に気づかないものなのだろうか。

援助交際で稼いだ金で犬を買う事に、本当に気づかないものなのだろうか。

いずれにせよ、気づかなかったミスでもある。

アンタに、親の資格は無い。

 

そんな言い訳。大義名分。

 

 

「消えろ」『FULL CHARGE』

 

 

ソリッドアタックはなんなく決まった。

俺の投げたロッドが義母の体に埋め込まれ、六角形の魔法陣を形成させる。

俺は走った。そしてハイキック。魔法陣で拘束された義母にデンライダーキックを叩き込む。義母の体は大きく斜め上に吹き飛び、途中で爆散。

ガラスに肉片と血液、臓器の欠片がこべりついた。

 

 

「ひ、ヒィィイアァアアア!!」

 

 

目を見開き、義父は俺に背中を向けて走りだす。

おいおい、啓ちゃん置いていくのかよ。いや、いや、人間なんてそんなもの――、って言うか実際そういうものなのだろうか。

いざとなったら家族よりも自分の命が大切なのか。

いや、当然か。自分が生きていなきゃなんの意味も無いわな。

 

 

「今の俺には、それがよく分かるよ」

 

 

俺は変身した。

仮面ライダー、クウガに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フンッ、フン! フンッッ!」

 

 

俺は五代雄介が嫌いだ。

アイツはヘラヘラしていて軽いんだ。だが俺は違う。俺のクウガは、重い。

 

 

「ご、ごべっ、ごべんなざびゅ」

 

 

マイティフォームは良い。返り血が目立たないんだ。

 

 

「おねがいです! もうやめで! おがあざんをがえじで! おどうざんをいじめないで!!」

 

 

啓は泣きながら俺に何かを懇願している。

小さな手で俺の腕を掴んで必死に拳が義父に届かないようにしている。

だが俺はお前が嫌いだ。だから、お願いは聞かない。俺は啓の手を振り払うと拳を一発、義父の顔面にぶち込んだ。

 

先程から俺は義父に馬乗りになって顔やその周辺を殴り続けている。

骨が砕ける感覚は何度も味わった。だがまだだ、まだ足りない。俺は血まみれでクレーターまみれの顔面にもう一発拳を打ち込んだ。

そして気づく。

 

 

「あ」

 

 

俺は啓ちゃんに向かって親指を見せた。

サムズアップ。古代ローマ、うんたらかんたらのポーズ。

 

 

「お前の父ちゃん、今死んだぞ」

 

 

血まみれのクウガが、お前に見えるか。

 

 

「うわぁぁぁぁあぁああぁあ!!」

 

「逃げろ逃げろ、次はお前を殺すかもしれないぞ!」

 

 

啓は泣きながら家を出て行った。

俺は立ち上がると、椅子に座って、血まみれのケーキを見つめていた瑠姫に声をかける。

 

 

「どうする?」

 

「……私ね、啓のヤツに言われたの」

 

「なんて?」

 

「お前は本当の娘じゃないから、愛されて無いんだ。パパとママは僕の方が可愛いんだよって」

 

「なるほど。そりゃあ酷いね」

 

「クソガキでしょ。もう、本当に、むかつく」

 

 

気づけば足が動いていた。

リビングにおいてあった姿見の前で、俺は『デッキ』を突き出す。すると呼応するように腰に現れるVバックル。

 

 

「……変身」

 

 

俺は龍騎だ。

仮面ライダー龍騎だ。

玄関を開けて外に出た。少し向こうに、震える背中を見つける。

そこで気づいた。泣きじゃくりながらも啓は、両親から貰ったであろうプレゼントを引きずっている。

包装紙が破けており、何が包まれていたのかを見ることができた。そしてそれを見た瞬間、乾いた笑いが漏れてくる。

 

それは仮面ライダーの玩具であった。

啓もライダーに憧れる年齢だろう。しかし俺にはそれが堪らない皮肉に思えた。

なんだ? ライダーってなんなんだ? 子供のご機嫌をとるツールなのか。それとも憧れの対象なのか。

それともただのエンターテイメントフィクションなのか。

 

それとも、ただの『凶器』なのか。

 

俺は自分の掌を見つめる。

赤い手、それは間違いなく俺が龍騎である証明だった。

デッキから、一枚のカードを抜き取る。

 

 

「……城戸真司はイカレてる」『ファイナルベント』

 

 

俺にとって、城戸真司はマジで意味が分からない。

ライダー同士の殺し合いに協力を説くなんてバカを通り越して脳みそがおかしいとしか思えない。結果、アイツは何もなせずに死んでいった。

だが俺は違う。

 

俺は、『成す』んだ。

真司は自分の願いを叶えられずに死んでいった。

いかなる事情があろうとも死んでしまっては何もならない。だが俺は違う。俺は生きている。生きて、ココに立っている。

だから、叶えるんだ。俺は、俺になれるんだ。

 

 

「フッ! ハァアァア……ッッ!!」

 

 

両腕を前に突き出すと、空からドラグレッダーが飛来してくる。

そのまま腕を旋回させると、ドラグレッダーもリンクする様に回りを飛びまわった。

 

 

「ダアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

地面を蹴って、ドラグレッダーと共に飛び上がる。

そして旋回後、飛び蹴り。炎を纏った俺の体はロケットの様に加速して、啓の背中に足裏を叩き込んだ。

 

 

「ごぴゅぅぅ!」

 

 

啓は間抜けな声を上げながら、炎を纏い、海老反りで前方に飛んでいく。

地面につく前に体内でエネルギーが爆発したのか、空中で爆散した。

 

 

「……俺は生きてるぞ、龍騎!」

 

 

そして啓は死んだ。

俺が殺した。なんて弱い、なんて無力なんだ。

人を傷つけるくせに、傷つけられたらあっという間に壊れる。

こんな馬鹿な話はあるか。だったら最初から、傷つけるなよ。未熟なくせに、優しくなんて無いくせに、仮面ライダーなんて見るなよ。

 

 

「ヒーローなんかに憧れるなよ」

 

 

俺は地面に転がっているプレゼントを見て、つくづくそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

変身を解除して家に戻ると、瑠姫は義父の死体の傍でもぞもぞと動いていた。

 

 

「終わったよ」

 

「そっか、ありがとう」

 

「……なにしてんの?」

 

「ちんちん切ってるの」

 

 

俺はまた具合が悪くなった。

思わず股間を押さえてうめき声を上げる。男性諸君ならば絶対に見たく無い光景がそこにはあった。

大きなハサミで、瑠姫は一気に義父の性器を切り落としていた。

そしてそれをゴミ箱に捨てると、俺の方を見る。どんな表情をしていいか分からず、俺は引きつった笑みを浮かべていた事だろう。

 

 

「啓、どうなった?」

 

「あ。ごめん、これしかもう無かった」

 

 

俺は手に持っていた『一部』を瑠姫に見せる。

ドラゴンライダーキックの威力は俺の想像を超えていた。小さな啓の体ではそれに耐えうる事ができず、残っていた遺体は顎の一部だけである。

俺はそれをテーブルに放り、改めて辺りを見回してみる。

 

臓物を零しながら転がっている二つの犬。

両目が消失し、さらに体の大半が窓ガラスに張り付いている義母。爆散し、ほぼゼロとなった義弟。

そして、性器を失い、顔面が人間とは思えないほどに変形している義父。

 

俺はどこか、夢を見ているような気分だった。

もちろんこの光景を作り出したのは俺だ。だと言うのに俺はそれが信じられなかった。

俺にとってはまるで粘土細工を壊したような、それくらいの感覚だった。

だが死体を見るうちに、俺の胸からは言いようの無い不快感がこみ上げてきた。

 

もしかしたら俺は、とんでもない事をしてしまったんじゃないだろうか。

足が震えてきた。気分が悪い。まさか本当に人を殺す――、そんな事が起こるなんて信じられなかった。

いや、何を言っているんだおれは。これは俺が望んで、俺が自分の手でやった事なんだ。

 

 

まて、本当にそうなのか。

俺は本当にこの家族を殺したかったんだろうか。

せめて何の罪も無い犬くらいは助けても――。

 

 

「ねえ、岳葉君」

 

「え?」

 

 

俺は反射的に声がした方向を。瑠姫の方を見た。

彼女はまた、涙を零し、俺に微笑みかけていた。

 

 

「これでもう私、辛い目に合わなくていいのかな?」

 

「そ、それは――」

 

 

どうなのだろうか。

苦痛は生きていれば――、ああいや、彼女はそういう事を言いたい訳じゃないんだろう。

彼女にとってココは鳥篭のようなものだった。自分を縛り、苦痛を与える悪魔達がはびこる地獄だったのだ。

彼らは瑠姫にとって恐怖の軍団だったわけだ。だったら俺が言う言葉は一つだろう。

 

 

「大丈夫。俺が殺したから」

 

 

すると、彼女は地面を蹴った。

俯いたまま、全速力で俺に飛び込んでくる。脳が揺れた、思わず声が出た。けれども俺の思考は別の点で混乱していた。

瑠姫は俺に抱きついていたのだ。胸の辺りに柔らかい感触を感じる。な、なんだこれは。どうすればいいんだ。俺は理解が追いつかず、ただ両手を広げて固まるだけだった。

一方で耳は先程から瑠姫の泣き声を拾っている。すすり泣く声には、確かに喜びの感情も混じっていた。

 

 

「ありがとう」

 

「―――」

 

「本当にありがとうね、岳葉くん――ッ!」

 

 

俺の脳に電流が走った。

それは今までに体験した事の無い未曾有の感情だった。

俺は目の前が真っ白になり、しばらく本当に時間が止まったように固まっていた事だろう。

ありがとう、か。何年ぶりだろう? 人に感謝をされたのは。

 

もちろんバイトをしていた時には客に言われたこともある。

しかしそれはあくまでも事務的なもので、本当に俺に感謝していたわけではあるまい。

今にして考えてみれば俺がバイトでやっていた事はロボットにもできることだ。俺でなければならない事ではなかった。

 

しかし今、瑠姫が俺に感謝の言葉を言ってくれた事で、俺の中で何かが爆発したのを感じた。

それはきっと、喜び、だろうか? ううん、それとは少し違う。歓喜――、興奮、それと似た何かもっと大きな。

そう、そうだ、自己の証明。アイデンティティの確立。

そうか、そういうことか、俺は今、俺でなければならない事をして、感謝されたのだ。

 

 

「ありがとう?」

 

「うん。だって、私はもう――ッ、あぁぁぁあぁ!」

 

 

きっとそれは瑠姫がずっと溜め込んでいた感情や不満なのだろう。

それが解き放たれ、彼女は言葉にならない声をあげて泣きじゃくった。

一方で俺はと言うと対照的に、かつてない喜びを感じていた。つい先程までは瑠姫の家族を手にかけた事に恐怖していた。

人を殺めてしまった事に対しての焦りや不安を覚えていた。しかし今の俺は最早そんな物に縛られる男ではなかった。なぜならば瑠姫の一言が俺を救ってくれたのだ。

ありがとう。それは本当のありがとうだ。つまり正真正銘、本当の感謝があったのだ。

 

瑠姫はもう犯される事はないだろう。

血の繋がらない家族に気を遣い、心を締め付けられることはないだろう。

なぜ? 決まっている。俺が、この本間岳葉と言う男がいたからだ。

 

 

「瑠姫――、元気を出してくれ。もう苦しまなくていいんだから」

 

「うん。うん、そうだね。全部あなたのおかげ」

 

 

それは一瞬だった。

瑠姫は俺の頬を撫でると、その唇を俺の唇に押し当てる。

そして唇を離すと、悪戯に微笑んだ。

 

 

「大好き。岳葉くん。あなたって本当に最高」

 

「―――」

 

 

ファーストキスの衝撃よりも言葉が俺の心を撃ち抜いた。

愛を語るのか。俺に愛を――。であれば俺は、意味があったんだ。

生き返った意味が。生きていた意味があったのだ。

 

 

「本当に?」

 

「うん。貴方は私の、ヒーローよ」

 

 

仮面ライダーは怪人と戦うもんだ。

怪人ってヤツは、その名の通り怪しい『人』ってわけだ。

ショッカーやグロンギなんてものは所詮分かりやすくデフォルメしただけにしか過ぎない。あいつらのやる事は人を襲い、人を殺し、人を恐怖に叩き込む事だ。

 

なんだ、簡単じゃないか。俺は何を戸惑っていたんだ。

たった今、俺が殺したのは、怪人じゃないか。

 

 

「ッ、俺でいいのか? 瑠姫」

 

「いいよ。貴方じゃないとダメ。私を救ってくれた、王子様……!」

 

「お、王子様って……」

 

「ガラじゃない? そうだもんね、あなただって私をレイプしようとしたもんね」

 

「そ、その話はもうやめよう!」

 

 

瑠姫の体は汚され、心は壊され、それを行っていたのは同じ人間だ。

そうだ、俺はショッカーを殺し、瑠姫を助け出したんだ。瑠姫を救ったのは俺なんだ。

俺の人生の意味は、彼女がいたから、存在するんだ。

 

 

「じゃあ、今度は恋人として、一緒にいてよ」

 

「あ――」

 

 

当然のキス、告白。彼女は本当に俺が好きなのか?

いや、違うだろう。彼女は孤独を恐れ、これ以上の恐怖を恐れている。

俺と一緒にいればそれがもう訪れないと夢を見ているだけだ。しかしそれはおかしい事じゃない、傷つくのは怖いから、一人ぼっちは寂しいから。

いいんだ、それでもいい。

 

俺もまた、彼女と一緒にいたいと言う欲望があった。

俺を肯定してくれた瑠姫がいれば、俺は、もう――、迷わなくていいんだ。

生まれた意味が分からず、ライダーの力を手に入れても俺がしたことは俺でなくてもいい事ばかりだった。

しかし彼女は俺でなければならない事をさせてくれた。だから、俺は、彼女といたいんだ。

そうすれば、幼女をレイプしようなんてクソ以下のゴミみたいな考えを思い浮かばなくて済む。

 

 

「瑠姫、キミに酷い事をしておいて、こんな事を言うのは勝手だと思ってる。でも、聞いてほしい」

 

「うん、いいよ」

 

「キミが好きだ。一緒にいてほしい」

 

「うん! うんッ! 私もキミが好き!!」

 

 

俺達は抱き合った。

愛はあるのか? それは分からない。きっと俺達はまだ仮面をつけている。

しかし一つだけ分かっている事があるのならば、それは俺達は俺達の存在を望んでいるという事だ。

今はそれでも――、いい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『では、次のニュースです』

 

 

人もまばらなラーメン屋。

テレビでやっているニュースを見て、一人の少年は箸を止めた。

ニュースの内容はココ最近、頻繁に起こっている暴力事件についてだ。

犯人はみな仮面ライダーのコスプレをしており、防犯カメラにもその映像は記録されている。

 

 

「仮面ライダー?」

 

 

少年はポツリと呟いた。

それに反応して、向かいの席でチャーシュー麺をモリモリと食べていた少女も箸を止める。

 

 

「ふぁ、どうひたのいちふぁらふん」

 

 

少女はゴクリと喉を鳴らし、首を後ろに向ける。

ニュースは次の映像を映し出しており、それは今しがた起こった殺人事件を取り上げていた。

一家全員が殺害されており、家はまるごと炎に包まれていたらしい。

 

特筆するべきは遺体の損壊の激しさである。

遺体はほぼ丸ごと全焼しており、原型を止めていないほどにバラバラになっていたらしい。

あまりの損壊の様子に、誰が死んでいるのかは調査中だとか。ましてやその犯行内容から、普通の人間ではとても行えない殺人と取り上げられていた。

 

 

『警察は仮面ライダーの格好をした人物が事件に関わっているのではないかと調査を――』

 

「か、かめんらいだぁだって! 仮面ライダー!」

 

「ああ、らしいね」

 

 

ニュースでは専門家達がそれぞれの意見を言い合っている。

仮面ライダーの格好をして暴行事件を起こす者がいると言うのはネットニュースでは噂されていた事だが、公共の電波でニュースになるのは今日がはじめてだとか。

コスプレだけではなく専用の武器を持ち、それを凶器にしている点も紹介されていた。

 

 

『まったく、子供達のヒーローを騙るとは許せませんね』

 

『ウチの子供も好きで良く見てるんですよ。犯人を一刻も早く逮捕して――』

 

『特撮オタクの犯行でしょう。コスプレをしていると、本当に自分が仮面ライダーになったと錯覚する。まったく、幼稚な犯人ですな!』

 

「いや、違う」

 

 

少年は、最後の言葉を切り捨てた。

あれはきっと、コスプレなどではない。少年の前にいる少女も、同じ事を考えていたのか、チャーシュー麺から箸を離して、真面目な表情を一つ。

 

 

「これって、もしかして市原くんと一緒の……!」

 

「……どうやら、僕以外にもいたみたいだ」

 

「映ってるの、これ、フォーゼだよね。って事は――!」

 

「ああ、僕が最も危惧していた事が起こってしまった」

 

 

少年、市原(いちはら)隼世(はやせ)は歯を食いしばり、テレビを睨みつけた。

 

 

「仮面ライダーの力を使って悪さをするなんて、絶対に許せない――ッッ!!」

 

 

隼世は、そのデッキ、仮面ライダーナイトのデッキを取り出して強く握り締める。

 

 

「この力は、そんなに軽いものじゃないんだ!!」

 

 

歯を食いしばり、隼世はテレビの向こうにいる犯人を。

姿の見えぬ、本間岳葉をただひたすらに睨みつけていた。

 

 

「仮面ライダーを汚すヤツは、僕が許さない!」

 

 

 


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