仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

6 / 27
第5話 天使のクラックダウン(前編)

 

 

 

人間とは外見では判断できないものだと、つくづく思う。

一般的な常識では清潔感や誠実さを求めるのは黒髪であり、肌の露出もそこそこに抑えてある瑠姫がその裏では頻繁に強姦されており。

一方で髪を茶色に染め、露出の高い服を着ているルミがその実、処女であると。

 

いや、まあそんな話はどうでもいいか。

人間を構成するのは環境だ。今こうして出会った二人ではあるが、過去と同じ仲良し姉妹にすぐ戻れるかと言えばそれはノーである。

 

RXの変身を解除した岳葉は瑠姫を見ている。

なんとか立ち上がった隼世は、へたり込んでいるルミを見ている。

そして瑠姫はルミを、ルミは瑠姫をジッと先程から見つめていた。

 

時間が止まったようだった。

重く、嫌な空気が張り付いている。心なしか息苦しい。

それはココにいる全員がそうだったのか、始めに口を開いたのはルミだった。

 

 

「い、いやぁー! ひっさしぶりだねお姉ちゃんッ!! 元気だった!? アタシはもう元気も元気って感じで! えへへ!!」

 

 

明らかに無理をしていると言うのは分かった。

汗を浮かべ、頭をかいている姿が少し痛々しい。

 

 

「もしかして連絡とかしてくれた? やー、ゴメンゴメン! 実は携帯の番号変えててさぁ、それをお姉ちゃんに言うの忘れちってた!」

 

 

対比があった。

笑顔を向ければ向けるほど、瑠姫の呼吸は荒くなり、嫌な汗が全身に浮かんでくる。

 

 

「――ァ」

 

 

フラッシュバック。

瑠姫にとってルミは大切な存在だった。

ルミと過ごした時間は瑠姫にとってとても大切であり、とても楽しい時間で、とても幸せな時間だった。

 

だが、それが問題だった。

光があれば闇があるように。また、闇が光をより強調させるように。幸福はそれだけの対を思い出させてくれる。

妹と離れ離れになった後、妹はどんな人生を歩んできたのだろうか。

少なくとも――。

 

 

「ァ」

 

 

自分よりはマシな人生を。

 

 

「アァアアッ」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

 

引き金は笑顔だった。

妹は笑顔を浮かべている。いや、もちろん瑠姫もまた笑顔くらいは浮かべられるし、現に何度も笑顔を岳葉に向けている。

しかしそれでもルミの笑顔が瑠姫の心を抉り削った。妹は笑顔を浮かべている=人生を謳歌している。

一方で自分は歪んだ表情を浮かべてきた。憎悪、悲しみ、苦痛。極端な方程式が瑠姫の脳で組み立てられていく。

 

つまり、対比。

髪を染めて露出をしているルミがとても楽しそうに見えた。

チャラチャラ、セックスアピール、よく出来るねそんな事。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

両手で頭を抱え、血走った目を見開き、瑠姫は叫んだ。

妹と言う光の存在が、まるで自分を汚いものに変えていくようだった。

妹が光を放てば放つほど、自分の体がドロドロに汚いような気がして。

 

楽しい毎日を送ってきたんだよねルミ。

お姉ちゃんはね、地獄だったよ。

 

 

「アァアァアァアアァアッッ!!」

 

 

悲鳴を上げながら瑠姫は一同に背を向けて走り去る。

ココにいては泥が全身を多いつくし、溺れ死ぬ。それが怖くて瑠姫は逃げた。走った。

 

 

「お姉ちゃん!」「瑠姫!」

 

「ッ、変身!」『シグナルバイク!』『ライダー! マッハ!!』

 

 

隼世は仮面ライダーマッハに変身。

高速移動、ズーットマッハにより一瞬で瑠姫の背後へ距離を詰めた。

そして首筋を手で打つ。糸が切れた人形のように瑠姫は崩れ落ち、マッハの腕に収まった。

 

 

「おい! なにすんだよ!!」

 

「大丈夫。気絶させただけだよ。彼女は錯乱状態にある。今のままじゃ、まともに話し合う事もできない」

 

「それは……」

 

「それにもうすぐ警察が来る。キミが追っていたヤツは縛っておくから、今はココを離れるんだ」

 

「だけど……!」

 

 

迷ったように拳を握り締める岳葉。

しかし気絶する瑠姫を見て、風船がしぼむ様に肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

三十分後。四人はホテルにいた。

ベッドの上では未だに気絶した瑠姫が眠っている。

それを心配そうに覗き込んでいるルミと、供え付きの椅子に座っている岳葉と隼世。

言い方は悪いが二人は疲労し、ぼんやりとした感覚、それはまるで自慰後の冷静な時間(けんじゃタイム)のようなものだった。

 

双方本気は出したつもりだったが、果たして本気で戦えていたのだろうかと、なんだか雲を掴む様な虚無感に襲われていた。

しかしそれでも新たなる問題がある。それを無視する訳にはいかなかった。

 

 

「二人は……、知り合いだったのか?」

 

「ああ、僕とルミは昔からの知り合いでね」

 

 

両親が離婚し、それぞれは新しい人生をスタートさせるために新天地を目指した。

ルミの母(瑠姫の実母)は、実家に帰った。その隣の家に住んでいたのが隼世だったと言うわけだ。

ひょんな事から知り合った隼世とルミは友人となり、その関係が今も続いていたと言うわけだ。

 

 

「僕の死は事故みたいなものだったから、神様に元の僕として蘇生させてほしいと頼んだんだ」

 

「市原くんは仮面ライダーの力を正義の為に使いたいって言った。アタシはそれに賛成して、彼のサポートを」

 

 

もともと隼世は所謂『特オタ』であった。

それもあってか、事故や事件に巻き込まれた人を一人でも助ける為にルミと一緒にいろいろな場所に赴いていたのだ。

 

 

「そういえばネットニュースで見た。ホテルの火災とか、土砂崩れで"不自然な生存者"が発見されたとか――」

 

「……そう、それは僕がやった」

 

 

岳葉は息が詰まる想いである。

ライダーの力を真っ先に犯罪行為に使おうと思っていた自分との差。まさに光と闇と言ったところか。

 

 

「本間くんは、お姉ちゃんとどこで知り合ったの?」

 

「えッ!? あ、いや、それは――」

 

 

童貞卒業の怨念に縛られ、あなたのお姉さんをレイプしようとしました。

などと言える訳もなく。適当にお茶を濁しておく。だがもっとお茶を濁さなければならないのは瑠姫が今まで歩んできた境遇である。

それこそ、瑠姫がパニックを起した原因であると言うのは岳葉でも分かる事。それにこれから先の事を考えると、どうしてもルミには話しておくべきなのかと思う。

 

 

「ルミちゃん。瑠姫はその、向こうの家族に、虐待――、されてて」

 

 

もちろん、そのままとは行かないが。

 

 

「嘘でしょ……?」

 

「………」

 

 

腕を組み、目を細める隼世。

彼もまた瑠姫の事情を察した者であるが、やはりそれが性的な虐待とは口にする事はできなかった。

ここで悪戯に彼女の過去を明かすのは得策ではないと察したのだろうか。

一方で激しい怒りを露にしていたルミ。自分の事の様に怒っており、顔は真っ赤に染まっている。

 

 

「酷い! 最悪! 警察に訴えてやる!!」

 

「そいつ等は――」

 

「?」

 

「そいつ等は、俺が殺した……」

 

「えっ!」

 

 

ルミと言う少女は正直な性格らしい。岳葉の言葉を聞いて、お手本のような『ドン引き』と言う表情を見せる。

それを見て、正しい事をしたと思っているのに、なぜか岳葉は汗を浮かべてルミから目を逸らした。

一方で予想外の答えに戸惑うルミ。だがしばしの無言のあと、深呼吸を行い、なんと『笑み』を浮かべた。

 

 

「ソレはダメだよ、本間さん。人として、アタシはあなたの行動を認める事はできない」

 

「それは――」

 

「でも、妹して一言だけ」

 

「え?」

 

「ありがと」

 

 

ルミが口にしたのは『お礼』であった。

これには隼世も驚いたのか、思わず椅子から立ち上がらんとばかりの勢いであった。

 

 

「ルミ!」

 

「ごっめん。でもさ、ほら、アタシも人間っていうか? ね?」

 

 

人を殺す事はもちろん最悪の行為だ。

ルミは隼世の考え方に賛同しているからこそ行動を共にしてきた。しかし今回ばかりはエゴの面が出てしまう。

大好きな姉を苦しめた者達への裁きは、個の部分が求めてしまう。

とは言え、その意見は岳葉にとって違和感を残すものだった。

 

 

「ちょっと待ってくれルミちゃん。瑠姫を大切に思うなら、どうして連絡を断ってたんだよ」

 

「ッ、それは……」

 

「瑠姫は、自殺しようとしていたんだ」

 

「ほ、本当!?」

 

「ああ、死のうと思う前にキミに連絡したけど、繋がらなかったって!」

 

「ッ」

 

 

そこで物音が聞こえる。

ベッドのシーツが擦れる音だ。一同が視線を移すと、体を起こす瑠姫が見えた。

 

 

「――ァ」

 

 

ばつが悪そうな、複雑な表情で瑠姫は一同に視線を返した。

一応は冷静を取り戻しているのか。しかし唇や肩は震えており、あまり本調子ではない。

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

そんな瑠姫へ、ルミは床を蹴ってダイブである。

両手を広げ、包み込むようにして抱きつくと、そのまま瑠姫を押し倒す。

枕に頭が沈み、戸惑いがちに瑠姫は妹を見る。

 

 

「え? え、え?」

 

「ごめんねお姉ちゃんッ、アタシ、お姉ちゃんがそんなに苦しんでるなんて思ってなくて……!!」

 

「あ、うぁ」

 

 

妹が事情を知った? その可能性を察し、瑠姫の表情が大きく歪む。

それを見て、つい反射的に岳葉は立ち上がった。見たくない、その顔は、見たくなかったんだ。

 

 

「ごめん瑠姫、少し、ほんの少しだけかいつまんで、ルミちゃんにその、事情を説明した。詳しくは――、言ってないから」

 

 

詳しく。

その詳しい部分に性的虐待が含まれていると察したのか、瑠姫の乱れた呼吸は徐々に落ち着きを取り戻す。

それと比例するようにして抱きしめる力を強めるルミ。

 

 

「お姉ちゃん。ゴメンね。アタシもずっと連絡したかったけど、できなくて。お姉ちゃんのことが嫌いになった訳じゃないんだよ?」

 

 

向けられるのが励ましや弁解の言葉であると言うのは岳葉の予想通りである。

 

 

「こんな事言っても言い訳とかに聞こえるかもしれないけど。お姉ちゃんの気が紛れる訳じゃないかもしれないけど」

 

 

しかし次の言葉は少々予想から外れていた。

 

 

「お姉ちゃんに会えなかった理由は、たぶん、一緒なんじゃないかな?」

 

「え?」

 

「アタシもね、死のうとしてたから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話を聞くと、ルミもまた苦労はしていたようだ。

いや、もちろんそれは他人が聞けば瑠姫よりは軽いものかもしれないが、当の本人にとっては苦労に重いも軽いもない。

悩み、心を蝕めば、それは人を殺す刃になる。

 

ルミの苦悩はある意味、いたって普通のものだった。

学生ならば一度はぶつかったのではないだろうか、勉学、家庭、未来。

 

 

「お母さんが連れてきた再婚相手とイマイチ合わなくてさぁ」

 

 

気持ちは分かる。そうしないといけないと言うのは分かるが、どうにも他人に父親面される事が不愉快で堪らなかったと。

さらには学校でも同じだ。活発で明るそうなルミは、そのイメージの通り勉強が苦手らしい。

アニメや漫画のキャラクターであれば、それは可愛らしいステータスかもしれないが、現実はそう甘くない。

 

 

「アタシ、名前書けば入れるって言われた高校に推薦で入ったんだけど、数学のテストでゼロ点取っちゃってさ。でへへ」

 

 

笑って見せるが、目は全く笑っていなかった。

 

 

「ゼロだよゼロ、高校生で。やべーっすよね? いやヤッバイよこれは」

 

 

勉強しないのが悪かった。

授業中は寝るか、隠れてお菓子を食べるか、漫画を読むか、携帯ゲームをするか。

家に帰れば昼ねして漫画、ゲーム、アニメ。そんな事でテストの点数が上がる事はない。

 

周りにはまだ本気じゃないと言い訳していたが、その実、何が分からないかも分からない状況であった。

だからココは一つ勉強してやるかと思っても、手はすぐにゲームに伸びる始末。

既に中学校から成績は壊滅的であったけど、義務教育の砦がなくなった結果。

 

 

「留年だよ。髪染めてもピアスつけても怒られない底辺高校で一年生で留年だよ! やべーっすよコレ。マジ笑えないって!」

 

 

引きつった笑みで頭を掻き毟るルミ。

当時の事を思い出しているのか、脂汗が額に見えた。

喧嘩、妊娠、犯罪、一年の間に退学していく連中は少なくなかった。しかし純粋に成績が悪くて留年したものなど、ルミくらいであった。

 

 

「周りが進学していく中で自分だけおいてけぼり! それで新入生と一緒のクラスになるのかって思ったら地獄でんがな!」

 

 

おまけに家じゃ母だけではなく義父にもこっぴどく叱られる始末。

うるせー! お前なんて本当の親じゃないくせにー! そんなホームドラマありがちなベタベタ喧嘩をしてから家を飛び出した。

 

 

「まあ結局死ななかったけど、もうその後は散々で」

 

 

バカにもプライドはある。苦痛だった。

けれども正反対に事は進み、親に土下座し、高校を辞めさせてもらい。現在最終学歴は中卒である。

 

 

「今アタシ中学の楽しい算数ドリルで勉強してるんだよ? 分かる? この気持ち。こんな状態で楽しくおかしく暮らしてると思ってたお姉ちゃんに会えます?」

 

 

お姉ちゃん! 久しぶり! アタシね、今ね、高校を辞めてニートなの!

やる事なくて毎日を浪費して親と喧嘩してるの! やったね☆

 

 

「考えるだけで地獄だったよん」

 

「ぷはっ!」

 

「!」

 

 

ふと見直せば、先程までは辛そうだった瑠姫が吹き出していた。

 

 

「ぷはははは! ルミってば、本当なの? おかしいね! 中学校の算数ドリルって!」

 

「笑うなーッ! こちとら人生終わらせるかの悩みだったんだぞーッッ!!」

 

「ルミも苦労してたんだね。知らなかった」

 

「姉妹揃って闇深とか笑えませんなー! だはは!」

 

 

先程の雰囲気が嘘のように笑いあい、はしゃぎ合い、じゃれ合い始めた姉妹。

それを見て岳葉はほっと胸をなでおろすが、椅子に座って足を組んでいた隼世の表情は複雑だった。

瑠姫がルミに対して警戒を解いたのは、ルミに負があると知ったからだ。

 

つまり自分でも見下せるポイントがあるからと察したからではないのだろうか。

出来の悪い子ほど可愛いと言うが、ヒエラルキーにおいて下に見れる相手ほど優しくできる。

そんな人間の駄目な部分を目の当たりにしているんではなかろうか。

負を負で打ち消す事が、正しい事なのか?

 

 

「………」

 

 

その答えは、まだ、隼世は見出せない。

 

 

 

 

 

 

「でさぁ、ウチの親って本当にうるさくて」

 

「あはは、お母さん、確かにそういう所あったね」

 

 

理由はどうであれ、姉妹は昔の感覚を取り戻していた。

ホテル下にあるレストランで食事を取った時も二人は絶え間なく喋り続け、岳葉と隼世は相槌を打つくらいであった。

それは部屋に戻ってからも同じで、交代でお風呂を使う際にどちらか一人が入るまで、瑠姫とルミは楽しそうに喋っていた。

ふと、ルミが言った。

 

 

「お姉ちゃん! 家においでよ! 母さんも義父さんもうるさいけど悪い人じゃないから、きっと歓迎してくれるよ」

 

「う、うん。でも、いいのかな?」

 

「良いに決まってるじゃん! はい、決まり!」

 

 

夜が来た。

部屋にはベッドが二つ。簡易的な小さいベッドが一つ。ソファが一つある。

話し合いの結果、普通のベッド二つを姉妹が使うことになり、小さなベッドを岳葉が、隼世はソファで眠ることになった。

 

電気を消して――、どれだけ経っただろうか?

戦いの疲れからすぐに眠れるだろうと思っていた岳葉は、目をあけ、窓の外にある月を見ていた。

 

 

(眠れない)

 

 

なぜ? わからない。なんだか心がザワザワしている。

ルミと瑠姫が楽しそうに話すことは良い事だ。なのに、なぜか岳葉にはそれが嫌なものに映ってしまった。

なぜ? 瑠姫が幸せになることは良い事のはずなのに。

 

 

(もしかして俺は、嫉妬してるのか)

 

 

今まで瑠姫は岳葉を心の拠り所にしてきた。それは半ば、依存ともいえる形でだ。

しかしルミの登場によりその立場が岳葉(じぶん)からルミにスライドする事を、心のどこかで恐れているんじゃないだろうか。

瑠姫は自分を必要としてくれていた。しかしルミがいれば、自分は要らないんじゃないだろうか、と。

 

 

(って、何を考えてるんだ俺は。こんなんだから童貞だったんだよなぁ)

 

 

独占欲の強い男は嫌われる。

岳葉は首を振り、早く寝てしまおうとギュッと目を閉じる。

しかしそんな時だった。ルミの声が聞こえてきたのは。

 

 

「ねえお姉ちゃん、起きてる?」

 

「……うん」

 

 

どうやら眠れなかったのは岳葉だけではないらしい。

ルミはベッドを移動し、瑠姫のベッドにもぐりこんだ。岳葉との距離も近くなり、当然声はよりその耳に届く。

 

 

「眠れなくてさ、少しお話しよーよぅ!」

 

「いいよ。何話す?」

 

「なんでもいーよ、お姉ちゃんなんかある?」

 

「んー、あ! そうだ、ルミって処女なの?」

 

「んぼぉっ! な、何聞いてるのか、このスケベ姉は!」

 

「いいじゃない。教えてよルミぃ」

 

「そ、そりゃあまあ? アタシはほら、ね? まあ処女だけども……」

 

「恋人とかいないの?」

 

「いや、それは……」

 

「いたことないの?」

 

「まあ、だって、それは、ね? アタシ頭悪いし」

 

「市原さんは?」

 

「んぼっ! ちょ! ぢょぢょぢょッ! 市原くんは、か、かかかんけーねーし!」

 

「わかりやすッ!」

 

 

まあずっと一緒にいたのだ。

幼馴染にそう言った感情を抱いてもおかしくはあるまい。

特に隼世は少し過剰なところはあるものの、言動や思想からルミが共感し、恋心を抱いてもおかしくはなかった。

それに時間がそれだけのエピソードを作る。

 

 

「市原くんは優しいんだよ? あ、アタシが映画行きたいって行ったら連れてってくれるし、勉強だって教えてくれて。あ、いや、結局アタシは聞いてなかったんだけど、それでも怒らないし。それに――」

 

「それに?」

 

「褒めてくれるの」

 

「……そっか」

 

 

ルミのアイデンティティの確立に隼世は大きく貢献していたようだ。

しかしどうやらルミは隼世には告白をしていないようだ。

思いを伝えていないのは純粋に勇気を出せないからでもあり、なにより大きな罪悪感があった。

 

 

「あの日……」

 

 

ルミを死を決意した日だ。

留年が決まり、親から叱られ、ルミは家を飛び出した。そこで隼世と鉢合わせになる。

 

 

『ルミちゃん、どうしたの?』

 

『イッチー、ばいばい』

 

『え?』

 

『アタシ今から死にます。天国にゴーします。今までありがと、それじゃあさようなら』

 

『ちょ、ちょっと!』

 

 

きっと多くの人が鼻で笑っただろう。

死ぬ気なんてないくせに、と。現にルミもあの時は本気だったかもしれないが、今にして思えば欠片とて死ぬつもりなどなかった。

ただそうする事で他人に心配されたい、励まされたい。『そんな事ないよ、キミは頑張っているよ、理解してくれない回りが悪いんだよ』などと言われたいだけだ。

 

そう、でも、言われたかったのだ。

ルミはその時のことを思い出したのか、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「市原君。ついて来てくれたんだぁ」

 

 

思い出す。始めはホームセンターでたこ紐を買って、公園にやって来た。

 

 

『ここで首を釣ります』

 

『お、落ち着いてルミちゃん! 何があったの!? 僕が相談にのるから、はやまらないで!』

 

『止めないでおくれよボーイ。アタシなんて生きてる価値もないお馬鹿女なのさ』

 

『そんな事ないよ! 成績だけが全てじゃない! やり直しはいくらでも聞くよ!』

 

 

そんなやり取り。

気づけばルミの唇は釣りあがっていた。

でもダメ、まだダメ、ルミは踏み切りに移動する。無人の踏み切りで遮断機もない危険な場所だった。

数年前にも進路やいじめで悩んだ学生がダイブしたらしい。ルミは踏み切りにはいり、線路の上に寝転んだ。

 

 

『バラバラになります。今までありがとうございました』

 

『ダメだよルミちゃん! 両親が悲しむよ!』

 

『うそだよ、アタシが死んでせーせーするんだよあの二人は』

 

『ルミちゃんの事が大切だから怒るんだよ、どうでも良い子ならほっとくって!』

 

『そんなよくある台詞。アタシは信じないモン』

 

『じゃあ僕だ! 少なくとも僕は悲しい! ルミちゃんに死なれたら僕は毎日泣いて、脱水症状になって死んでしまうよ! それでもいいの? ルミちゃんの人殺し!』

 

『むふふ。あ、いや。ふん! 聞かない聞かない! あたしは死ぬぜよ!』

 

『自殺は地獄に行っちゃうよ! 苦しいよ、針山だよ! 血の池だよ!』

 

『え……?』(じ、地獄? マジで? こわっ!)

 

 

立ち上がったルミ。

だがまだだ、まだダメなのだ。まだ満足じゃない。車の行きかう交差点を見つめて、ため息を一つ。

 

 

『ここを走り抜ければ、どっかの車がアタシをお星様に――』

 

『ルミちゃん! 気を確かに! そりゃあ確かに周りは色々言うかもしれないけど、僕はキミの味方だから! だから死なないでくれよ!』

 

『またまた、どうせアタシの事なんて好きじゃないくせに』

 

『好きに決まってる! そう、僕はキミが好きだ!!』

 

『へ!?』

 

 

隼世はラブではなくライクの意味でそう叫んだ。

しかしルミにとってはその言葉が弾丸となりハートを撃ち抜いてしまったわけだ。

顔が真っ赤になる。全身が熱くなる。もはやルミの中で『死にたい』と言う感情はとっくに消滅していた。

摩り替わったイメージは死ではなく、たとえば隼世と手を繋いで海辺の道を歩いたり、隼世と遊園地にいって観覧車で夜景を見たり、隼世と隼世と隼世と隼世と――。

 

 

『つ、次! 次いくもん!』

 

 

照れ隠しからルミは茶番を続ける事に。

とはいっても次で最後にするつもりだった。家の近くにある廃墟、四階建てなのだがその屋上から飛び降りてやると嘘をはく。

だが屋上に上ってみると、そこにはなんと先客が。

 

 

『こないで!!』

 

(えーっ、なんでそうなるのーッッ!!)

 

 

メガネをかけた少女は成績が伸びず苦しんでいたようだ。

しかしなんとなく同属嫌悪ではないが、ルミには理解できた。

彼女も同じ口だ。死ぬつもりはない。死に近づく事で楽になろうとしているだけなんだ。

 

死にたい。便利な言葉であり、楽になれる言葉だ。

人はみんな、誰もが一度はなんとなく死にたくなるのだ。

 

 

『落ち着いて! 今は辛くても、きっと未来じゃ良い事あるよ!!』

 

 

しかしやはり隼世は違った。

彼は本気で自殺しようとしている少女を止めに入った。

 

 

『来ないで、来たら本当に飛び降りる!!』

 

『冷静になれ! 自分で自分を殺すなんて、馬鹿のすることだぞ!!』

 

 

アクションは一瞬だった。

隼世は地面を蹴って一気にフェンスを飛び越えると、少女を抱え、投げ飛ばすようにして屋上の内へ強制移動させる。

一応ルミも少女を抑え、とりあえずは安心と思われた。

 

 

『あ』

 

『え?』

 

 

めまいがした。

フワリと、体が浮いた気がした。ギャグみたいだが欠片も笑えない。

足を滑らせた隼世は、そのまま下に落ちていった。

 

 

『イッチー?』

 

 

訳が分からなかった。

意味が分からなかった。ルミも、先程まで死のうとしていた少女も固まり、しばらく動けなかった。

 

 

『隼世くんッ!?』

 

 

やっと脳が追いついた。飛び出し、真下を確認するルミ。

するとそこには立ち上がり、手を振っている隼世が見えた。

 

 

『よかったぁ! で、でもッ大丈夫なの!?』

 

『う、うん。大丈夫だけど……』

 

 

隼世は複雑そうに笑っていた。

 

 

『大丈夫じゃないみたい』

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そこで隼世くんは神様と」

 

「うん。そうみたい」

 

「へえ……」

 

「も、もう! アタシの話はいいでしょ? お姉ちゃんこそ本間さんとどやって知り合ったのさ?」

 

「レイプされそうになったの」

 

「レ゛! っておバカ! 処女と思ってからかいおってからに!!」

 

(……本当なんだけど、まあいいか)

 

「ところでさ、お姉ちゃんこそ、岳葉くんとはどうなのさ」

 

 

ニンマリとした表情でルミは問いかける。

別に、話の流れがあったから聞いただけで特に深い意味はない。

姉の面白いリアクションでも見られればとの想いだろう。しかし当事者としては心がざわつくものだ。

まったく、寝ようとしているのについ話を盗み聞きしてしまう。岳葉は顔だけは壁の方に向けながら、ジッと瑠姫の言葉を待った。

 

 

「どうもなにも、私達付き合ってるんだよ」

 

「うぉほぉ!? マジっすか!」

 

「ちょ、ちょっと、うるさいよルミ」

 

「あぁ、ご、ゴメンゴメン」

 

「でも」

 

 

瑠姫は、欠片も笑っていなかった。

 

 

「でも、本当に私は岳葉くんの事が好きなのかな」

 

「え?」

 

「私はもしかして、彼にとっても失礼な事をしてるのかもって」

 

「どういう事?」

 

 

岳葉は目を見開き、汗を浮かべ、青ざめ、壁を凝視している。

ついに、そこに至ってしまったのか。恐れていた事が起こってしまった。

やはり最初から夢見ていた通り、瑠姫にとってルミの存在はあまりにも大きなものだった。

はじめこそ落差に頭をやられそうになったが、冷静になるにつれて昔の絆を取り戻していく。会話は喜びを生み、存在は安心を生み、瑠姫の心に平穏を齎す。

 

 

「私は――、ルミの役割を岳葉君に押し付けてただけなのかも」

 

「そんな事。それに、それは悪い事じゃないよ。岳葉さんがそれだけお姉ちゃんにとって良い存在って事でしょ?」

 

「……違う」

 

「え?」

 

「気づいたの。ルミがいれば、私はいいのかも」

 

「嘘でしょ? 酷いよそんなの」

 

 

岳葉は思う。

いや、それは間違ってないんだルミちゃん。なぜならそもそも俺達の間に愛は無かった。

瑠姫は自分を傷つけずメンタルを一定に保つ装置を求めていただけにしか過ぎない。そして俺は自己を肯定してくれる人間を欲した。

俺達はその砂上の絆に甘えていただけで、瑠姫にとって何よりも大切なルミが生まれれば、そこに俺の存在価値はなくなる。

 

等と、言葉を並べてはいるが、岳葉の心は引き裂かれそうだった。

それは一言では説明できない、しいて言うなら、惨めさと言う刃が心をガリガリ削っていく。

 

 

「だってね、岳葉くんが可哀想なんだもん」

 

「え?」

 

「同情だよ、岳葉くんが私に優しくしてくれるのは」

 

(え?)

 

 

岳葉は結局、何も分かっていなかった。

 

 

「ルミ、私ね――」

 

 

止めるべきだったのか。止めない事が彼女のためだったのか。

岳葉は分からず、動く事ができなかった。

結局、瑠姫は己がされた事の全てをルミに話した。

 

 

「え……?」

 

 

引きつった――、それはもはや笑みなのか、苦悶の表情なのか、何も分からない。

汗を浮かべ、唇をパクパクと動かし、目を見開き、顔を青ざめる。ルミの口から空気が漏れた。声がみるみる小さくなっていく。

 

 

「ほ、ほん、と、なの?」

 

「なにが?」

 

「む、む、無理やりとかッ。ちゅっ、中絶とか――ッ」

 

「マジだよ。引くよね、普通」

 

「え、え、あ……」

 

「いいよ。引かない方がおかしいから」

 

「………」

 

 

そんな事ないよ。

そのたった一言がルミの口からは出なかった。

 

 

「普通はね! 引くんだよ!!」

 

 

感情がコントロールできていないのか、先程ルミの声量を注意した瑠姫自身が声を荒げていた。笑い声交じり、なのに声は震えている。

気づけばルミの目からは涙がボロボロ零れていた。こんな姉の顔をみたのは初めてだ。

ルミはとにかく何かを言わなければならないと強迫観念にかられる。

 

 

「ど、どどど、どうして――ッ、周りに相談しなかったの?」

 

「なんでだろ? お姉ちゃんにも分からないなぁ」

 

 

始めはショックから何もいえなかった。

次は、言って何になるのか――? そういう事だ。瑠姫にだって良心はある。

義母には父親殺しの恨みを持っていたが、同時に今まで食事を作ってくれた事、服を洗ってくれた事など、恩は感じている。

 

人間はおそらく大半が黒一色、白一色ではない。

大嫌いな人間であっても、何かしらの恩を感じる事はあるのだ。

もちろん義父には欠片も感じていなかったが、連れ子であった義弟にはほんの少し愛を持っていたのは確かなのである。

 

じゃあ、もし、自分がアンタの夫に、キミの父親に犯されていると言ったら、知られたら、彼らの家庭はどうなる?

決まっている。崩壊だ。そしてその崩壊の後、自分の居場所はあるのか? いや、そもそもレイプが無くてもあっても。

――瑠姫に、居場所はあったのか?

 

 

「友達に言ってどうすればいいの? レイプされた友達とまた昔みたいに変わらず接してくれるんだろうか? ううん、そんな事ないよね。普通は引くんだから。それに友達はいたけど親友はいなかった。もしかしたら拒絶されるかもしれないって思ったら言えなくて。ひひ、はは、へへ」

 

 

早口に、早口に、無機質に言葉を並べていく。

声のトーンがどんどん上がっていく。少しでも声を低くすれば目からは涙が零れるようになっているからだ。

 

 

「峰岸くんになら、言っても良いかなって思えたんだ。あ、峰岸くんって私の元彼ね。結局拒絶されたんだけど。ははは。で、で、でも想像以上にその時の言葉が刺さっちゃったから、やっぱり友達には言わなくて良かったかも! ふふっ、ふふ!」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

そこでルミは気づいた。

もしかして自分はとんでもない事をしてしまったのではないかと。

もしももっと早く自分から瑠姫に連絡を取ったりしていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

いや少なくとも、少しは姉を苦しめる事はなかったかもしれない。

 

しかし自分は、瑠姫に会いたくなかった。

成績優秀な姉に会えば、自分がもっと惨めになるような気がして、会いたくなかったのだ。

 

 

(アタシは、最低だ……!)

 

 

涙を堪えるようにルミは唇を噛む。

一方で同じように、瑠姫も唇を噛み、眉を寄せ、涙を堪えている。

 

 

「私ね、正直、ルミには会いたくなかったんだ」

 

 

正直、どこかでルミに勝っていると思っていたからだ。

確固たるアイデンティティの確立があった。しかしいざ、自分はボロボロでその劣等感が瑠姫を狂わせる。妹よりも、他の人間全てに負けた気がして。

岳葉をいじっていたのも少しでも自分が優位に立とうとするプライドからだ。

 

下ネタを多用していたのだって怖かったからだ。引かれるのが。

笑い事にしなければ壊れてしまう。なにかもポンコツになった。そんな状態、そんな人間。

 

 

「愛されるわけ、無いでしょ?」

 

「それは――ッ!」

 

「汚れきった私を愛してなんて、傲慢にも程があるでしょ!!」

 

「!」

 

「普通なんだよ! 引くのが正常なんだよ! 男は処女が良いに決まってるんだよ!!」

 

 

既にリミッターは外れていた。

瑠姫は叫んでいた。涙を零しながら叫んでいた。

 

 

「分かっちゃうの! だってそうだから。あぁああグッ! あぁあ! どこに行けばいいのかな? どこにお祈りすれば処女膜って戻るのかなぁッ! 何円積めば膜の再生手術してくれるのかなぁあッ!! あぁあぁ違う、違う違う違う! 中絶も引くよね、エンコーも引くよね! 名前も知らない奴の性器握った手なんて繋ぎたくないよね! しらねぇ男に無理やり精液飲まされた口でキスなんてされたくねーよね!! ダメ、ダメダメダメェエ! うグッ! そっか、タイムマシンだ! お姉ちゃん、明日からタイムマシン探すね! そうしたら、きっと全部なくして、そしたら、そうしたら……!」

 

 

心が折れた。

目からは、とめどなく涙が溢れてくる。震えたままの声で、叶わぬ願いを口にする。

 

 

「もっと、うぐっ、綺麗なのが――、良かったなぁ……!」

 

「お、おねっ、お姉ちゃん――ッ」

 

「岳葉くんに謝らないとダメなんだよ。綺麗じゃなくてごめんねって――ッッ!!」

 

 

姉妹は馬鹿みたいに泣いている。

 

 

「うぅっ、グッ! アァア、もっと昔にあなたと会いたかったよぅッ!」

 

「――ッ」

 

 

岳葉は何も言えなかった。

全ての言葉を聞いていたのに、何を言っていいか、分からなかった。

 

 

「もっと、岳葉くんには、綺麗な私を好きになってほしかったなぁ!」

 

 

それは本能だった。動いたのは妹だった。

ルミは瑠姫を強く、強く、それは強く抱きしめた。

 

 

「だ、大丈夫ッ、ぐっ、うぅ! 大丈夫だよお姉ぢゃン。何があっでも、ひっぐ! 何があってもアタシはお姉ちゃんの味方だからね、嫌いになんて、ならないからね゛ッ!!」

 

 

究極の慈愛がそこにはあった。

 

 

「ほ、本当に――ッ!?」

 

「あ、あ、当たり前だよ。嫌いになる理由なんて、無いもんね」

 

「ありがとうルミ。本当に――ッ、ありがとう……!」

 

 

姉妹は抱き合い、しばらく震えながら静かに泣いた。

そしてしばらくして、瑠姫は立ち上がる。

 

 

「少しだけ一人になりたいの。鍵、貸してくれる?」

 

「え? でも、外危ないかも」

 

「大丈夫。ほんのちょっとだけ、外の空気吸いにいくだけだから」

 

「……それは、でも」

 

「お願い、ルミ」

 

「――ッ」

 

 

ルミは瑠姫に部屋の鍵を渡した。

このホテルは深夜でも裏口から外に出る事ができる。

瑠姫はそうやって裏口の間近にある駐車場にやってきた。網目状のフェンスの向こうには小川と田んぼが広がっている。

丁度良かった。瑠姫はへたり込み、声を上げて泣いた。

子供の様に、情けなく泣きじゃくった。

 

 

「あぁぁあぁあああぁぁぁあ!!」

 

 

何の為に生まれたんだ。

一体何の為に、誰の為に。

愛が苦しい。愛が蝕んでくる。人の最大なる幸福は愛であると誰かが言っていた。

なのに愛されない。愛してくれない。その中でルミには本当に感謝している。ルミがいなければ自分は本当に壊れていただろう。

 

しかし先程からチラつくのだ。

好きになれそうな人が出てくる。なのに愛されない。愛してほしくない。グチャグチャだった。

なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ。なんにも悪い事なんてしてないのに。なんで、なんで、ああ。

 

 

『可哀想な子だ』

 

 

神様の声が聞こえた気がする。

心の中で思った。くたばれ、神様。

 

 

『そんな事を言うなよ。助けてやるから』

 

 

うそつき。なんどもお祈りしたのに、遅いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お姉ちゃんが帰ってきてないの!!」

 

朝、ルミは頭を抱えて部屋中をウロウロと動き回っていた。

散々泣いたからか、瑠姫が返ってくるのを確認する前に眠ってしまったのだ。

それは岳葉も同じようで、やってしまったと言った表情で頭を抱えている。

とは言え、唯一、ソファで前のめりに座っていた隼世は冷静だった。

 

 

「大丈夫。瑠姫さんは一回帰ってきて、朝、また外に出て行っただけだよ」

 

「え? えぇ?」

 

「今は駐車場にいる」

 

「な、なんで分かるんだ?」

 

「昨日の晩から茜鷹をつけておいた。位置情報が頭に直接伝わってくる」

 

 

あんな事があったんだ。あんな事を言ったんだ。

本人でさえ冷静だったと思っていても、何かよくない行動を起こしてしまう可能性はあった。

 

 

「つまり、監視してたって事か?」

 

「聞こえは悪いけどね」

 

「じゃあもしかして市原君。昨日の聞いてたの?」

 

「あれだけ大きな声で叫べばね。実を言うと僕もあの時は眠れなくて」

 

 

隼世とルミの視線が岳葉に向けられる。

彼もまた、複雑そうに頷いた。

 

 

「そっか、じゃあみんな聞いてたんだ」

 

「僕は――、本気で分からなくなってきた」

 

「?」

 

 

たった一人の少女があれだけ追い詰められ、傷つき、苦しんでいる。

その原因を作ったのは他でもない、怪人じゃなくて人間だ。仮面ライダーの世界でも、あそこまでの苦悩と苦しみを見たのは久々だった。

 

 

「人間はなんだ? なんで悪魔の怪人より、人を傷つけてるんだ……」

 

 

隼世は頭を掻き毟る。

おかしいだろ、人間が怪人に見えるだなんてこと。

 

 

「本間くんはどうなの? お姉ちゃんの事……」

 

「俺は、俺は――」

 

 

拳を強く、握り締める。

 

 

「苦しみを消し去る事はできないのか? なあ、隼世、何かないのか!? 俺はほら、ライダーあんま詳しくないから、何か教えてくれよ!」

 

「……原作じゃあオーディンのタイムベントは時間を大きく巻き戻す事ができた」

 

「ッ! たしか龍騎のサブライダーだよな」

 

「ああ。だが、すまない、僕はオーディンには変身できるが、タイムベントはデッキに入ってなかったんだ」

 

「な、なんでだよ!」

 

「分からない。きっと神が細工をしていたんだろう。一応タイムベントを使えるようになれればと言う可能性はあるが、正直……」

 

「じゃあ、なんだろうな。もっと――、こう!」

 

 

そこで隼世は顔をバッと上げる。

そうだ、サブライダーだけではなく、主役ライダーならばと。

 

 

「ッ、そうだ。カブトのハイパークロックアップなら!」

 

「いや、それがッ、試してみたんだけど俺って主人公ライダーに変身できるけど、所謂最強フォームってヤツ、使えないんだよ!」

 

 

つまり岳葉はアルティメットやシャイニング。エクストリームやスーパータトバは使えないらしい。

 

 

「……フォーゼにはメディカルスイッチと言うのがあって。でも、それじゃあ処女膜を治せるかどうか」

 

 

それに膜だけを治したところで心に巣食う闇を取り払わなければ厳しいだろう。

 

 

「でも、昨日、僕なりに考えてみたんだ」

 

「な、なにを?」

 

「もしかしたら、彼女の闇を取り払えるかもしれない」

 

「本当か!」「本当なの市原くん!!」

 

 

食い気味に隼世へ近づく岳葉とルミ。

だが隼世の表情は複雑だった。

 

 

「期待はしないでくれ。あくまでも一つの可能性にしか過ぎないから」

 

「ど、どうすればいいんだ?」

 

「その前に、瑠姫さんを迎えに行こう。一人でいても、余計に思いつめるだけだ」

 

 

それもそうだ。

一同は部屋を出て、瑠姫の後を追いかけることに。

茜鷹から発せられる信号をたよりに足を進めると、駐車場にて瑠姫の後姿を見つけた。

朝の空気でも吸いに来たのだろう。まずは岳葉が声をかけようと手を上げる。

 

 

「おーい、瑠「ちぃーっす!」……え?」

 

 

割り入る声。

一同が視線を移すと、裏口すぐ横に止めてあるトラックの上に、一人の男性が横たわっているのが見えた。

 

 

「アンタは!」「あなたは!」

 

 

思わず声を上げてしまう岳葉と隼世。

なぜならばそこにいた男を二人は良く知っているからだ。

 

 

「「神様!!」」

 

 

思わず声が重なる。

すると嬉しそうに神はウインクを決め、トラックの荷台から飛び降りた。

 

 

「おひさー! 元気だったー?」

 

 

三人の前に着地した神は咳払いをして、胸を張って見せる。

 

 

「こ、これが市原君が言ってた?」

 

「神様さ。僕と岳葉を蘇生させ、ライダーの力を与えた」

 

「そして、ホモ」

 

「だから違うッつッてんだろ! まだそのネタ引きずってんのかよ!!」

 

 

一つ咳払い。ココは一旦冷静に。

 

 

「さて、なぜ神がこんな所にいるのか。不思議に思ってる事だろう、諸君」

 

「それは確かに。なんでコッチに?」

 

「そりゃおめー、ちょいとココは一つ助けてやろうかなってさ」

 

「え?」

 

「大変な事になってるっぽいじゃん? アレアレ」

 

 

親指で瑠姫の背中を指し示す神様。

 

 

「まさか、アンタなら瑠姫を助けられるのか!?」

 

「おいおい、私を誰だと思ってるんだよ神だぜ? ゴッドゴッド、瑠姫ちゃんのトラウマなんてちょちょいのちょいよ!」

 

「凄い! 凄いよ! やってもらおうよ皆!」

 

 

嬉しいのかピョンと地面を跳ねたルミ。

そうか、忘れていた。確かにこれほどまで魔法のような事をやってのける男だ。瑠姫を巣食う闇を取り払う事くらいなんの造作もない事か。

 

 

「最高だぜ神様! アンタすげーや!」

 

「サンクスサンクス。お礼に友達になってよ岳葉ちゃん。ライン交換しよ?」

 

「してやるしてやる! いくらでも友達でも信者にでもなってやるぜ!」

 

 

手を繋いではしゃぎあう二人。

そこでふと、神はピタリと動きを止める。

 

 

「あ、そうだ。でもその前に隼世くん。ちょっと聞いていいかな?」

 

「え? 僕ですか?」

 

「そうそう。キミってライダー好きなんだろ?」

 

「え、ええ。まあ」

 

「いいねえ、神様、そう言う子好きよ。それでさ、仮面ライダーウィザードって見てた?」

 

「もちろん。映画も見ました。マジックランドと、ムービー大戦二つ」

 

「おーん、ナイスぅ。でさ、神様も見てるんだけど――」

 

「アンタ特オタかよ。どういう神だよ!」

 

「いいじゃんいいじゃん、すげーじゃん。神様だってライダーくらい見るよぉ。それでさ、ウィザードのテレビ版の最終回ってどんなんだっけ?」

 

「え? 最終回、ですか?」

 

 

隼世は言われた通り、仮面ライダーウィザードの最終回の内容を神に伝える。

グレムリン。コヨミ。パンチ。端的に伝えていくなか、神は指を鳴らした。

 

 

「何話か覚えてる? タイトルは?」

 

「確か、51話。ああ、もちろんたぶんですけど、タイトルは最後の希望だったかな……」

 

「隼世お前……、本当に特オタなんだな」

 

「い、いいだろう別に。好きなんだから」

 

「そうそういいのよ。それで、その次の放送は?」

 

「鎧武1話ですけど」

 

「………」

 

 

神は頷く。

高速で頷く。まるで狂った人形のように。

 

 

「良い事なのやら、悪い事なのヤラ」

 

「?」

 

「まあいいか。あ、コレお土産ね。瑠姫ちゃんにも見せたけど、きっと喜んでくれると思うよ」

 

 

神は手を真横に伸ばした。するとそこに魔法陣が出現。

そのまま手を魔法陣の中に突っ込むと、何かをそこから取り出してみせた。

そして投げる。岳葉、隼世、ルミの前に何かが転がった。丸いシルエットの何か。ボール? いや、これは。

 

 

「え……?」

 

 

岳葉は固まった。隼世は固まった。ルミは固まった。

意味が分からなかった。思考がまた置いていかれる。まったく、ライダーになってからと言うもの、驚くべき事ばかりだ。

神のお土産は――。

 

首だった。

 

性犯罪者、木原。それは以前、刑務所で岳葉が取り逃したターゲットである。

 

 

「なにこれ」

 

 

ルミが呟く。

 

 

「首。私が殺した。ハハハ」

 

 

神が答える。

 

 

「そうだ、諸君、一つ語弊があった」

 

 

神の声色が変わった。

 

 

「私は神ではない」

 

「お、おい、オッサン……、アンタ何を――」

 

「自己紹介がまだだったな!」

 

 

神の体が光る。

人の形をしていた器は消滅し、異形の姿がそこにはあった。

肩や腕を覆う円形の装甲、そこに宝石が埋め込まれていく。そして赤い角が二本、頭で発光した。

 

 

「我が名はアマダム! 神をも超えし魔法使いだ!」

 

 

誰もが沈黙していた。

放心する一同。それを見て、アマダムは笑う。人は信じられない事態に直面すると脳がフリーズし、思考を加速させるために混乱する。

やはり、不出来な生き物であると。

 

 

「こんな話を知っているか?」

 

 

人さし指を立てる。

 

 

「仮面ライダーの力の源。それを"クロスオブファイア"と言う。炎の十字架、悪から生まれたと言う罪の証だ」

 

「なに、言って……」

 

「本間岳葉、市原隼世。お前たちの中にあるライダーの力は、我が体内に眠りしクロスオブファイアの一端を与えただけにしか過ぎない」

 

 

神の特典と言うのは少し嘘を含んでいる。

死者を蘇らせたアマダムは、クロスオブファイアの一部を与えただけ。

ただそれだけなのだ。いわばアマダムは自らの力を消費しただけにしかすぎない。

 

 

「岳葉、分かっていると思うが、お前が特定のフォームに変身できないのは、その分のクロスオブファイアを持っていないからに他ならない」

 

 

さて、そうなると一つの疑問が浮かぶと思う。

アマダムはなぜそんな事をしたのかだ。自分の力の一部を他者に譲る。

 

 

「だがこれは意味のある事なのだ。いわばこれはお試し期間である」

 

「お試し?」

 

「その通りだ。ゲームでもあるだろう? 体験版だよ。少なくともキミ達は人を超越する力を手に入れた事で、過去の自分よりは物の見方が変わったはずだ」

 

「それは、確かに、そうだけど……」

 

「私がなぜお前達に力を与えたと思う? 人を客観的に見させるためだ」

 

 

両手を広げ、アマダムは熱弁する。

 

気づいただろう? この世界の支配者に人はふさわしくない。

 

気づいただろう? 人は愚かだ。簡単に傷つき、簡単に傷つけあう。

 

気づいただろう? 正義なんてものは、この世界にはない。

 

 

「知っているか? 仮面ライダーは『怪人になりそこなった者』に過ぎない!」

 

 

アマダムは手の甲を見せる。

そこには金色の宝石が埋め込まれていた。

 

 

「そんな中途半端なクズどもより、キミ達にもっと優れた力を授けよう!」

 

「まさか……」

 

「そう、怪人の力だ! 私の目的は同士を集める事。この世界を支配し、いずれは全ての並行世界を制する」

 

 

どこからともなく、シルエットが飛来する。空を駆け、地を破り、空間を跳躍する。

あっという間に、アマダムの周りには異形が集まっていた。

 

 

「紹介しよう。賢い判断を取った偉人達である」

 

 

アマダムは右隣にいた怪人を指差す。

青を基調としたカラーリングで、その見た目はまさに一言。

 

 

「ドラゴン」

 

 

アマダムは次に左隣にいた怪人を指差す。

馬の化け物だった。二本の脚で経ち、鎧を纏っている。

背には翼があり、手には弓矢が握られている。

 

 

「ペガサス」

 

 

アマダムは後ろにいた怪人を指差す。

紫色の岩に覆われた、大柄なモンスターであった。

 

 

「タイタンだ。彼ら三人は皆、キミ達の先輩である」

 

 

彼らもまた転生し、ライダーの力を与えられ、気づいた。

人は、支配者になるべきではない。支配される生き物なのだと。

 

 

「もちろん力に感化され、視野を広げるのは私が力を与えたものだけではない」

 

 

その周りにいる者もまた、神に匹敵する力を見て考えを改める。

 

 

「力があれば苦しみに屈する事はない。苦痛に怯える必要はなくなる。超人的な力があれば悲しみは消え去るのだ!」

 

 

今日は記念日である。仲間が増えるのだ。

 

 

「既に一人」

 

「え?」

 

「名前を決めてやろう。ふむ、本来はマイティと名づけたいが、彼女の容姿を考えると――」

 

 

気づけば、アマダムの隣に、一人の少女が立っていた。

 

 

「彼女の名は、アフロディーテ!」

 

 

赤川瑠姫の肉体が変化していく。

全身に薔薇の蔓が巻きつき、肉体が見えないほどに覆われていく。そして最後に、頭部に巨大な薔薇の華が咲いた。

そこにいたのは人間ではない、正真正銘の化け物であった。

 

 

「瑠姫?」「お姉ちゃん?」

 

 

唖然としたままの岳葉とルミを見て、アマダムは再び声を出して笑う。

 

 

「この少女は賢いぞ。眠っていた感情は解き放たれ、世界への復讐を選択した!」

 

「そんな――、馬鹿な」

 

「私でも分かる事だ! 人はサルのように性を求める下品極まりない生き物。滅ぼしたくなるのも理解できるだろう?」

 

 

瑠姫はアマダムの誘いに乗ったのだ。

そして、怪人になった。

 

 

「さあ! 岳葉、隼世! お前達もさっさと体内に眠るクロスオブファイアを私に返せ! そうすれば、怪人の力を与えてやろう!!」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。