「よう兼一、ご苦労さん」
本能的に不快になる音波を帯びているかのような声が、兼一の後ろから聞こえる。
「なんだ、巻き込まれてなかったのか新島」
顔を見なくてもその不快感を煽る声色だけで今自分の後ろにいる存在が何なのかを理解できる。そんな存在である、新島春男に兼一は心の底から残念そうに軽口を返す。
この男新島は、日本有数の総合・格闘技団体『新白連合』の創設者にして総督であり、数年以内に世界の長者番付に名前を連ねてもおかしくないような人間である。そんな相手にこのような軽口を叩ける者などそうはいない。
「逃げ足だけは達人級の俺様が、逃げ遅れるなんてへまをすると思ったのか?」
新島は兼一の軽口にさも当然のようにそう返す。あんなことを言った兼一ではあるが、新島が逃げ遅れるところなど全くもって想像ができない。
ケケケと聞くものの背筋が泡立つような笑い声をあげると、新島は続けた。
「あの映像やらのデータは俺様が直々に葬り去ってやったから安心しておけよ。ま、人の口に戸は立てられないけどな」
「そうか。それは安心できないな。何を企んでいるんだ」
兼一は知っている。新島が善意で何かをするはずがないことを。その行動の裏には何か大きな陰謀があることを。
故に場合によっては活人拳的にという接頭語は付くが、地獄に送るつもりでもいる。それほどまでにこの新島と言う男はある種の害悪なのである。
「そう気を立てるな。お前の教え子たちに迷惑をかけないことだけは確約してやるから」
「はぁ、一先ずはそれで手を打ってやるよ」
何度も言うように新島という男の言葉には裏がある。
しかし、その言葉に嘘はほとんどない。ましてや、約したのであればそれは信じるに値する言葉なのだ。今回、口約束と言うのがいささか不安ではあるが、それでも自分からそう口にした以上は、新島と言う男はその言葉を守る。その言葉だけを守るのだ。
「ああ、そうだ。兎が動いたぞ」
「……毎度思うんだが、世界中が血眼になって探しても見つけられないのに、よくもまあ簡単に見つけられるな。世界中の諜報機関が卒倒しかねないぞ」
「ケケケ、このネット社会の申し子にして、人智を超えた超生物、大・新島春男様の手にかかれば、兎一匹の足取り位余裕で掴めるさ。兎ごときが逃げられるとは思わないことだな」
近くにあった監視カメラにカメラ目線でそう言い放つ新島。
カメラを傍受している兎こと『天災』篠ノ乃束は画面越しの怨敵に向かってベーと舌を伸ばした。そして映像を切ろうとする。その時、その画面に兼一の姿が写り込んできたため反射的に動きを止める。
『あ、束ちゃん見てるの? 元気にしてる? 分かってるとは思うけどあんまりやり過ぎちゃダメだよ』
目から怪しげな光を放ちながら告げられた忠告に、赤ベコのように首を揺らすのだった。
そして新島は気色の悪い笑い声とも奇声とも取れるものを上げて立ち去り、兼一は笑顔で手を振ってからその場を去るのだった。
「うぅ、ケンちゃん先輩は、最近特にあの人たちの影響を受けすぎてるんだよ。それにしてもあの地球外生命体め……いつか絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
画面を切り、諸々のネット接続を切断すると、束は人知れず固く決意するのであった。
「あ、白浜先生。探しましたよ」
「どうしたんですか、山田先生。ボクあのことで怒られるんですかね」
職員室の自分の席にいる兼一は、同じ教師に探されていたということは自分が今日しでかしたことを思い浮かべそう聞き返す。
「織斑先生みたいなことをやってのけてはいましたけど、それは生徒のためにやったことですからね。そのことで怒られるわけありませんよ」
しかし真耶はその言葉を否定し、兼一の行動を称賛する。その声には尊敬の念が籠められていた。
兼一は、そのことに驚く。なぜなら、あのようなことをした直後であれば、普通怖がられるはずだということを十分以上に理解しているからだ。
生身の人間がISと戦ったのだから怖がるのが普通の反応だろうが、真耶はそんなそぶりを見せず、それどころかキラキラと瞳を輝かせて兼一を見ているのだった。おそらく教師たる者あれくらいできなければとでも思っているのだろう。
「それよりも本題です。なんと、男子の大浴場が解放されるんですよ」
「へー、いやーそれはめでたいですね」
「織斑くんとデュノアくんも喜んでくれていました」
事情を知らないため、飛び切りの笑顔で真耶は言う。
しかし事情を知っている兼一の背中には冷たい汗がダラダラと流れている。
「それで、二人は今……」
「はい。入る前は緊張してましたけど、裸の付き合いっていうんですよね。今頃は仲良くしている頃だと思いますよ。あ、でも先生はまだ行っちゃダメですよ。先生が言っちゃうと気を使っちゃいますから」
可愛らしく腰に片手を当て、前のめりになり上目遣いで注意する真耶だったが、兼一としては今の大浴場、頼まれても行きたくはない場所である。
兼一はそんな内心の思いを隠すために乾いた笑い声を出すのだった。
(頼むから間違いだけは起こさないでよ)
いい仕事をしたと満足げに立ち去る真耶の背中を見ながら、兼一はそんなことを思うのだった。
翌日、一年一組の朝のホームルームは、二名欠席で始まろうとする。
一人は前日の試合で怪我をしたラウラ。
もう一人は理由のわからないシャルル。
どこか疲れたような、困ったような顔の真耶と、貼り付けたような笑顔を浮かべる兼一が入って来た。
「えっと、今日は、転校生? の紹介です? ですよね白浜先生」
「いや、ボクに振られても……」
二人してそんなことを言っているものだから、生徒達の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
「とりあえず、入って来てください」
「失礼します」
真耶の声の後、教室のドアが開く音がする。そして、聞き覚えのある声も。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
スカート姿のシャルル……もといいシャルロットが一礼する。生徒達は皆大きく口を開いていた。
「やっぱり、こんな反応だったね」
「うぅ……また寮の部屋割りを組み立てなおす作業がぁ……白浜先生、手伝ってくださいね」
「え~、やだ」
「そんなぁ」
教師陣二人による漫才のようなやり取りが終わると、教室内が一気に騒がしくなる。その原因は昨日の男子大浴場開放の一件だった。
「一夏ぁっ!!!」
教室のドアが蹴破られると、クラスの違う鈴音がISアーマーを展開し、両肩にある衝撃砲をフルパワーで開放した。狙いは一夏だ。
あわや大惨事といった所だった。
鈴音と一夏の間にラウラが入りAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)で相殺した。
その直後、ラウラは一夏に「俺の嫁」宣言をすると、その唇を強引に奪った。
このことにより更に問題がこじれるわけだが、それら全ては兼一の満面の笑みで放たれる恐ろしいくらいの気当たりで無理矢理に制圧されたとだけ書いておく。
その際の被害は推して知るべし。
完
みんな大好きUKA(宇宙人の皮をかぶった悪魔)こと新島がついに登場しました
この作品の字の文での人物は名前表記なんですけど、新島だけはなぜか苗字という
この作品の束さんは原作よりもマイルドです
理由は……達人と関わったからですね
この先の福音編(?)どうすっかな? って感じなので次回の更新がどうなるのかお察しください
あと、今更ですが評価に関して文字制限を付けました
理由は、どこがダメで低評価にしたのかを知りたいからです