前編のおよそ三分の一程度です
「達人?」
兼一の予想通り、この答えを聞いた一同は頭の上に大量の疑問符を浮かべていた。だが兼一にもそれ以上の説明はできない。いやしたとしても余計思考の迷路に入り込ませてしまいかねない。
「武術を極めたっておっしゃいましたけど、何の武術でしょうか? 投げ技や絞め技、関節技がありますから柔道でしょうか?」
「柔道っていうか柔術もやってるね」
セシリアの問いに笑みを浮かべて答える。
しかし、その答えに僅かな疑問を抱えた人物がいた。
「柔術も……っていうことは他にも何かやってるんですか」
その人物は一夏であった。
兼一の言い方がどう解釈しても他にも武術を、それもあのレベルで修めている言っているのだった。
「うん。他には中国拳法、空手、ムエタイ、我流……あとは対武器術ってところかな。あれ、対武器術って武術なのかな」
一夏の問いにもあっさりと肯定の意を返す。
生徒たちは益々もって理解が追い付かなくなった。これが一つの武術であるならばまだ辛うじて理解できただろう。しかし兼一の修める武術は六である。まあそのうちのいくつかはいささか異彩を放っている気がしないでもないが。
いきなり特大の爆弾を放り込まれて戸惑う生徒たちを見て兼一は他に分かりやすい指標を示そうと考えた。
「(うーん、どうしたものかな……あっ)凰さんは中国にいたんだよね」
「え、ええ、そうよ」
「だったら鳳凰武侠連盟とか黒虎白竜門会って聞いたことはあるかな?」
「名前くらいは聞いたことあるわよ。っていうか中国でその名前を聞かないってまずありえないでしょ……って、なんで日本人の白浜先生が知ってんの!」
突然の問いかけ、その異質さに答えてから気が付く。兼一の挙げた二つの組織はどちらも中国では名の知らぬものがいないほど大きな組織である。しかし、それはあくまでも中国国内での話のはず。
「そう言えば白浜先生も中国拳法を使えるって言ってたけど、それと関係があるんですか?」
「ああうん。ボクの中国拳法の師匠が、鳳凰武侠連盟の元最高責任者なんだよね」
『はあぁぁぁぁぁぁあ!』
このとんでも発言により、一同は一応兼一の凄さを理解できたようだった。ただ、それでもまだまだ全くもって分かったことにはならないのだが……
「ま、授業中以外なら闇討ち不意打ち奇襲、夜討ち朝駆け多対一どんな手段を使ってもいいから、僕から一本取ればとりあえず第一段階合格。ISは使っても使わなくてもどっちでもいいよ。それじゃみんな頑張ってね」
他人事のようにそう言い残して踵を返す。
そこにラウラがレールカノンをぶっ放した。
「ちょっ、あんたいきなり何してんのよ」
ラウラの行動に思わず鈴音はそう言った。
「先生も言っていたではないかどんな手段を使ってもいいと」
だから撃ったのだ。ラウラは言った。
それにしても限度があるだろうと鈴音が口に出そうとした時、砂煙が晴れて行き傷一つない兼一が立っていたのだ。
「うん、ボデーヴィッヒさん正解。でも残念だったね」
兼一は満足気に頷き、続けた
「一つだけ注意事項。他の人を巻き込まないようにしてね。僕は大丈夫だけど、他の生徒や先生は怪我とかしちゃうからね」
そう告げると、改めてアリーナを後にする。
「しーらはーま先生!」
アリーナを出てすぐ甘い声が兼一の耳に届く。
「更識さん、どうかしたの?」
「いえいえ、なにやら専用機持ち相手に、面白いことをしているらしいとのうわさを耳にしたので真相を確かめに来たんですよ」
何とも耳が早いことで、兼一は困ったような笑顔を浮かべながらそう思った。
別に隠しているつもりはなかったが、面倒なことになるのを避けるため、学内では千冬以外にはこの件に関しての相談をしていなかった。であるにもかかわらず、楯無はこんなにも早く嗅ぎ付けてきたのだ。
「対暗部用暗部を舐めてもらっちゃ困りますよ」
兼一のその表情を見た楯無は、悪戯が成功した子供のように嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべ胸を張る。
「まったく……これじゃその内、新島みたいになるんじゃないかな」
その行動にとある地球外生命体のことを思い浮かべた兼一は、楯無の将来について憂いた。その言葉は言われた本人の胸にも痛く突き刺さったようだ。彼女もまた、新島と言う男がどんな存在なのかを知っているだけに、それと同じようになると思われたことに尋常じゃないほどのショックを受けるのだった。
「ま、今は更識さんの将来のことがどうなるのかは置いておいて、何しに来たの」
ほぼ間違いないであろう答えが兼一の脳裏に思い浮かんではいるが、一応念のために尋ねる。
「私も、専用機持ちですよ」
楯無は満開の花を背後に咲き乱れさせたようなとてもいい笑顔で一言そう告げた。
要は自分も専用機持ちなのだから指導をしてくれと言うことだ。
兼一の予想は裏切られることはなかった。
「はぁ、『一年生の』って付けておくべきだったよ」
兼一のこぼした言葉に、笑顔のまま『後悔先に立たず』と書かれた扇子を広げる楯無だった。いつかは感づかれる日が来るだろうと思ってはいたが、まさかこんなにも早くに嗅ぎ付けてくるとは考えもしていなかったための後悔である。
「ご理解いただけたようですね。では早速――」
「更識さんはとりあえず第一段階はクリア済みだから、しばらく……具体的には一年生のみんなが合格するまで待っててね」
気が付けば遥か彼方にその姿を消した兼一の声だけが楯無の元に届いた。
さて、一年生の専用機持ち達であるが兼一からの課題を無事にクリアするのはこの日よりおよそ一月後、八月の上旬である。これは兼一と千冬が当初予定していた二学期が始まるまでという期限を大きく上回る結果となっている。
蛇足ではあるが、期限を設定するに当たって協力を仰いだ兼一の師の一人、岬越寺秋雨の計算では、その日がピタリと言い当てられている。更には、合格する順番までも正しく導き出していた。
そろそろ梅雨も明けようというこの時期、IS学園に新たな風が吹き込んでくる。
それではまたその内