「席につけ。ホームルームを始める」
いつも通りの鋭い声とともに、刃を彷彿とさせる釣り目をした女性――織斑千冬は教室に入る。その際、入り口に立っていたこの学園唯一の男子生徒であり弟でもある織斑一夏を邪魔だと言わんばかりに押しのける。
「今日はなんと、転校生と新任の先生の紹介をします」
皆が席に着いたことを確認すると、おっとりとした童顔の副担任、山田真耶はそう告げる。声を受けて教室の扉をくぐり姿を現したのは、二人の男性だった。
一人は長い金髪を後ろで一つに束ねた紫の瞳の持ち主、IS学園の制服を着た中性的な顔立ちの美少年シャルル・デュノア。
もう一人は左眼の下に付けた絆創膏がトレードマークの気が弱そうでありながら、どこか大きな意思を秘めた瞳を持つスーツを着た青年、白浜兼一。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。みなさんよろしくお願いします」
「補助として入ることになった白浜兼一です。色々な事情があってこんな時期に赴任することになりましたが、よろしくお願いします。あ、あと織斑くんとデュノアくん、困ったことがあったら相談に来ていいからね」
クラスが沈黙に包まれるのも一瞬のこと、誰かが「男」と漏らした。
そう男なのだ。
「はい、こちらにボクと同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を――」
そこまでシャルルが告げた途端、教室中に悲鳴が巻き起こる。
けれどそれは仕方のないことだ。このIS学園には男子生徒は一人しかいなかったのだから。そもそもつい数か月前までISを動かせるのは女性だけであった。
「騒ぐな、静かにしろ」
千冬の静かな一喝により、すぐさま沈黙する。
それを確認すると今日の予定が告げられる。
「――それから織斑、同じ男子なのだからデュノアの面倒を見てやれ。以上だ、解散」
その言葉を終了の合図として、一時間目の授業の準備のために生徒達は動き出す。
そしてその時には既に教師二名を除くクラスの全員は兼一の存在を忘れていたのだった。というのも、音を立てずに一夏とシャルルのあとに付いて廊下に出ると、アリーナに向かっていたからだ。
「あれ、白浜先生はどこに?」
「白浜先生なら多分織斑に付いて行っているはずです」
その教師二名も狭い教室内にいたはずの兼一の姿を見失っていた。理由は単純、意識の隙間を縫って動くという無駄に高度な技術を駆使していた。おそらくどれだけ意識していても兼一の動きを見きれる者はこの場にはいないだろう。千冬が兼一の動きを予想しているのがその何よりの証左だろう。
さて、なぜ兼一がそんな無駄にレベルの高いことができるのかと聞かれると、白浜兼一と言う男が達人であるのだからとしか答えられない。
達人、それは技を極めた者あるいは、ある一定以上の力に至った者を指して使われる言葉である。その領域に至った者たちは皆人間離れしたことが可能であるのだ。
例えば、自動車と徒競走をして勝ちを収める。
例えば、クレー射撃の名手が放つ弾丸をドッヂボール感覚で避ける。
例えば、垂直な崖を駆け上がる。
などなど常人ではまずできないことを平気でやってのけることができる人種である。
話をする二人とそのすぐ後ろを歩きながらも、その存在を気付かれることのない一人。そんななんとも歪な形の三人組は廊下を進む。
「あ、噂の転校生発見。しかも織斑君と一緒」
廊下に響く一人の声が、波乱の幕開けを告げた。その声に呼応するかのように続々と女生徒たちが集まる。あっと思った時にはもう前後ともに生徒たちに囲まれていた。文字通り人の壁がそこにはあった。
「行くぞ」
一夏はシャルルにそう短く告げると、距離があるため塞がれていない前方の角へと向かって走り出す。突然のことに呆気に取られている女子生徒たちだが、すぐに追走の体制をとる。
だが、スタートの差がそのまま結果につながったということは言うまでもないだろう。二人と集団との間に、見る見るうちに距離ができて行く。
「せめて写真だけでも」
最期の足掻きとばかりに、影を小さくしながら走り行く二人の背中に投げられた言葉は、廊下に虚しく木霊するのだった。
「あれ、今もう一人いたような……気のせいか」
そして、小さくなる二人の影とは別に在ったはずの影を誰も気にしない。
振り切った後も一夏とシャルルは走り続ける。途中でまた同じようなことがあっては堪ったものではないと一夏が考えたからだ。
「なんでみんな、あんなに騒いでるの」
シャルルはこの騒ぎの原因が何であるのか、まるで理解できていないかのように疑問を投げる。あまりのことに一夏は一瞬呆気に取られる。
「それは――」
「それは君たちが世界でも稀なISの男性操縦者で、この学園でも希少な男子生徒だからだよ」
答えようとした一夏の言葉を遮り、兼一が答える。
声を聞いた二人はすぐに振り返り兼一の姿を確認すると、幽霊でも見たかのように驚き固まる。
「ほら、こんな所で止まってたら捕まって遅刻しちゃうよ。追いかけて来る足音が近づいてきてるよ」
そんな二人の背中を軽くたたき先を急がせる。
二人の耳には足音など全く届いていない。
「そうだった。とにかく走れ」
聞きたいことがいくつかあったが、そんな時間はない。一夏とシャルルは走り出し、その後を兼一は付いて行く。
一夏とシャルルはどうにか追手に捕まることなくアリーナの更衣室に着いた。着替えをしながら二人は友好を深めている。
一方の兼一はジャージに着替えると、校舎から伸びる鉄塔のような物の先端にて地図と睨めっこをしながら、学園全体を眺めていた。
「うーん、やっぱり広いな。ちゃんと把握しとかないとすぐに迷子になっちゃいそうだ」
そんな風に感慨深げにしていると、携帯電話が鳴った。電話の相手が千冬であることを確認すると応じる。
「もしもし」
『兼一さん、今どこにいるのかは答えなくていいです。知りませんし聞きたくもありません。ですが、そろそろ来てください。もうすぐ授業が始まりますよ』
「え、もうそんな時間なの。分かったよありがとう」
割とひどいことを言われているが気にせずに通話を終えると、飛び降りるようにして、一夏に付いて行くことで知った目的地に急ぎ向かう。
兼一がアリーナに付いた時には、生徒達が軍隊のようにきっちりと列をなしていた。
「すみません。遅れちゃいましたか?」
ばつの悪そうな声で兼一が尋ねると、
「いいえ、間に合っていますよ」
千冬はいつもとは違い、厳しさのない声で返す。
生徒たちや他の教員相手であれば、こんなことはありえないのだが、どうにも頭が上がらないらしい。
「さて、一組の連中には紹介したが、本日付で赴任した白浜先生だ。白浜先生挨拶を」
言われた兼一は一歩前に出る。
「えっと、先ほど織斑先生から紹介された通り、こんな時期に赴任してきた白浜です。みなさんよろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
生徒達は様々な疑問を持っていたが、それら全てを胸の内に押し込めて、下げられた頭に応じる。そうしなければ傍に控える鬼が目を覚ますことを感じ取ったからだ。
「それじゃあ織斑先生、今日は後ろで見ておきますね」
そう告げると答えを聞く前に後ろに下がる兼一であった。
「今日から実習が始まるんだよな。朝と今しか見てないけど……うーん大丈夫かな」
下がった兼一は小さくそう呟く。
ケンイチの不安は、千冬に呼ばれた二人の生徒の状態にあった。
縦ロールのある長い金髪に透き通った碧い瞳のイギリス代表候補生の少女、セシリア・オルコット。
ツインテールと八重歯が特徴の小柄な中国代表候補生の少女、凰鈴音。
彼女たち二人は呼ばれた当初、やる気がなかった。けれど、千冬が何か声をかけた途端急にやる気を出したのだ。
「やる気スイッチは人それぞれだから特に何も言わないけど、仮にも一国を背負ってるのにこうなんだよな」
ISはアラスカ条約にて軍事利用が禁止されている。だからこそ、このように気軽に扱えるのだろう。とは言え、それの持つ力について少しばかり考えが足りないように思えたのだった。
「とりあえずボクに任されたのはそこのサポートって所かな」
空から、悲鳴とともに真耶が墜落するのを眺めながらそう結論付ける。
予定されていた通り、真耶対セシリア・鈴音というカードが組まれる。
「では、始め」
千冬の宣言により模擬戦が始まる。
三つの機体は主戦場である空に向かい、戦闘を開始する。
「デュノア、山田先生の使っている機体、ラファール・リヴァイブの解説をしてみせろ」
いきなりの指名に驚くが、よどみのない解説が行われた。シャルルによる解説が終わりしばらくすると、上空からセシリアと鈴音が絡み合いながら落ちてきた。
こうして模擬戦は真耶の圧勝という結果に終わった。
千冬は次の指示を出すと、兼一の元に向かう。
「どう思われますか、白浜先生」
「そうだね、武器の怖さを理解してない……というか、認識できてない気がするかな。武器に使われてるっていうのかな? けど、今のISの在り方と、入ったばっかりってことを考慮すると仕方ないのかもしれないね」
賑やかに、和やかに訓練を受ける生徒達を見て、兼一は思ったままのことを伝える。
武器使いとも数多く戦いまた、武器全般に関する豊富な知識を持つ兼一にとって、どのような武器であっても脅威である。それゆえにやはり空恐ろしく感じているのだろう。
「……そうですか」
顎に手を当てながら千冬はそう答える。
「ま、その辺はどうにかなると思う……かな」
言い切ろうとしたが、一夏とシャルルの周囲にいる生徒達を見た兼一は言葉を濁した。
「ええまあ、そこはどうにかさせますよ」
「頼もしいですね」
その後は互いに軽く話をして、生徒達を見守るのだった。