千冬により生徒指導室で待機を命じられたラウラは、空いた時間を使い考える。アリーナにて自分を倒した兼一について。
お人好しが服を着て歩いているような存在であったにも関わらず、あれほどの力を持っていた。
「あれでは教官より……いや、そんなはずはない。そんなことはありえない。あってはならない」
自身の思い至った可能性に頭を振り否定する。
「避けられたのは偶然だ。私が負けたのも偶然だ」
達人という常識の壁を百枚単位でぶち破った存在をいまだ知らない身であれば、あの場で起きた出来事は夢であるか、ただの偶然であると考えるしかない。
ISという常識外のものに乗る者であっても、それ以上の常識を超えた存在を理解できない。
「あの人は何者なのだ」
「あまり深く考えない方がいいぞ」
独り言に返される言葉。慌てて顔を上げるとそこには千冬の姿があった。その姿を確認すると、慌てて立ち上がろうとするラウラ。それを千冬は手で制する。
「教官、それは一体どういう意味ですか」
「意味も何もない。言ったままだ。考えるだけ時間の無駄、白浜先生みたいな人種に関しての疑問は、全てそういうものだと割り切れ。慣れないうちは精神衛生上それが吉だ。経験者の私が言うんだから間違いない」
「さすがにそれは傷付くんだけど」
遠い目をして語る千冬の後ろから聞こえた声に、椅子の上でラウラは体を強張らせる。
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。別に取って食ったりはしないからさ」
そう言って、兼一はラウラの正面の椅子に座る。
「貴様、何の用だ」
噛みつくようなその言葉遣いに千冬は注意をしようとする。しかし、兼一はそれを手で止める。
「ちょっとでいいからおしゃべりをしよう」
ラウラはその言葉に固まる。けれど兼一は構わず話しはじめる。
「年の割に小さいけど、ちゃんと食べてるの? まさか軍属だからって主食がレーションってことはないよね」
「そんなわけないだろ。貴様は軍人をなんだと思っているんだ」
「そっか。なら良かった。学園のみんなと仲良くやれて……ないか。無理に仲良くしろとまでは言わないけど、良好な人間関係の構築は大事だよ」
「学園の生徒など――」
「ストップ。それ以上は思っても言っちゃダメだよ。君と違って多くの生徒はISの煌びやかな面しか知らないんだから。ま、無知の罪ってのはあるけどね。あーでも、軍人っていったら、あいつのこと思い出すなー」
「お前、どこかの軍に知り合いが居るのか?」
「高校生の時の知り合いがね――――」
それからしばらく他愛のない話で時間が過ぎる。兼一の語ることに興味を引かれたのか、乏しいながらも、表情の変化を見せる。
「なんとも面白い話だな」
「そうでしょ、後ね――」
「白浜先生、時間が」
盛り上がり過ぎている兼一とラウラの会話をいい加減止めなければならないと感じた千冬が声をかける。その声を聞いてようやくかなりの時間が過ぎていることを理解する。
「あっちゃー、もうこんな時間か。それじゃ、また明日」
そう言って兼一は生徒指導室を出る。
嵐のようにと言うかラウラの胸中をかき乱すだけかき乱した兼一がいなくなるのを当の本人はポカンと見送った。
「教官、あの人は一体何がしたかったのでしょうか?」
「ん? 言っていただろ『おしゃべりをしよう』って」
ラウラの疑問に、千冬はさも当然のように返すと寮に戻るように促す。何が何だか理解できないまま千冬とともに廊下に出る。
「ああ、そうだ。しばらくは自室謹慎だ。それと明日の放課後もここに来るように」
小さな背中に千冬はそう伝え、職員室に戻るのだった。
「先生!」
廊下を歩く兼一を呼び止めたのは肩で風を斬るように足早に歩み寄る一夏だった。
「どうしたんだい織斑くん」
「どうしたんだい、じゃないですよ。どういうつもりだったんですか」
掴み掛らんばかりの勢いで迫る一夏。その肩をシャルルが必死に掴んでいる。
「一夏、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかよ。白浜先生は、あの状況を見てお互いさまって言ったんだぞ。おかしいじゃないか」
「それは……」
何故か兼一を置き去りにして、言い争いをはじめそうになっている二人。見兼ねた兼一は口を開いた。
「一夏くん、あれはあくまでも模擬戦だ。彼女達、代表候補生が感情のままにISを起動し暴れていたわけじゃない。だったら結果として一方的な状況であったとしても、それに対して文句を付けるのはお門違いだ」
「だったら先生は、あのまま二人が大怪我をしたとしても同じことを言うのかよ」
「弱い方が悪い、とまでは言わないけど、相手の力量を見切れず返り討ちされたのだったら、ボクの答えは変わらないよ。でも、校内でというかボクの手の届く範囲でならそんなことにはさせないつもりだよ」
冷たいとも取れる兼一の言葉だが、それは短くはない時間その身を戦いの中に投じていた故の言葉であった。
殺人拳を肯定するわけではない。けれど、ふるった力の責任はふるった本人にだけある。そして、降りかかる火の粉を払う権利を持たない人間はいない。
何も言い返してこないため、止めた足を動かす。
「先生、最後に一つだけ答えてください。なんであの時一夏が行くのを邪魔したんですか?」
シャルルはその背中に問う。
助けに入ろうとした一夏を止めてまで、自身のみを危険にさらし三人の中に入って行ったその理由を知りたかった。
「君たち生徒が出てしまえば、あれは模擬戦から私闘になるからだよ」
返された兼一の答えの意味を、小さくなっていく背中を見つめながら二人は考えるのだった。
それから二週間ラウラは放課後、生徒指導室に行き兼一とおしゃべりをすることになった。最初は面倒だったけれど、いつしかそれは面倒ではなくなった。むしろ楽しみとなっていた。
自身の小さな世界が広がっていくと、自然に周りを見る目も変わってきた。
この学園の生徒達は、彼女達なりにISのことに真剣であることが分かった。軍人であるラウラ自身の基準から見れば遊びのようなものだろうが、それでも彼女達は懸命に学んでいたことを知った。
今日は何について話そうか、何について話してもらおうか。それを考えているとラウラは心が躍ったのだ。
「早かったね、ボーデヴィッヒさん」
部屋のドアを開けると、いつものように兼一が待っていた。しかし、その表情はいつになく真剣なものだった。
「先生、どうかなさったのですか?」
いつもと様子の違う兼一に、ラウラは自然と居住まいを正した。
「まあ座って」
促されるまま椅子に腰を掛ける。
「早速だけど一つ質問だよ。君は力が欲しいの? それとも強くなりたいの?」
どういう意味なのか聞き返そうと思ったが、兼一の真剣な瞳がその質問の意味を物語っていた。
「すみません、考えをまとめる時間を下さい」
その場の思い付きで答えてはいけないと考え、ラウラは時間をもらった。
それからじっくりと考え込む。
十分余り過ぎた頃、ラウラは答えを出した。
「私は、私は力が欲しかった。強いこと、それこそが私の存在理由だから。強くなるためには力が必要だった。だから力が欲しかった。
でも、でも聞いてくれ、先生、今は違うんだ。今、私は本当の強さが欲しいんだ。
先生と話し始めてから、色々と考えた。戦い以外のことをこんなにも考えたのは産まれて初めてだった。それで思ったんだ、今の力を、私は本当に強いのかと。強い弱いだけの物差しで測れば強いはずだ。
でも、でもだ、その強さが本当の強さか分からない。
先生の学友の話を思い出したんだ。そこで言っていた言葉を。力だけでなく心も磨かなくては本当に強くはなれない。
私は心を磨いたことがない。磨き方を知らない。だからきっと本当に強い人間ではない。だから、強くなりたい。本当の意味で強くなりたいんだ」
必死に、縋るように言葉を紡ぎ出す。
兼一は、ラウラがそんな風に紡ぎ出すその一言一句聞き漏らさないように静かに聴く。
長い独白を、心の叫びを出し切ると、堰を切ったようにその瞳から涙が溢れ出す。
弱い自分を認めるのが怖かった。それは強くあれと命じられ生きてきた自身の存在理由の否定に他ならないから。
けれど、それよりも、目の前にいる人にそんな弱い自分を、醜い自分を見られのが怖かった。
「ボーデヴィッヒさん。君は強い。弱い自分認められるだけの強さがある。ボクは君に、その思いを忘れないでいてほしい」
優しさと力強さの入り混じった兼一の声は、ラウラに存在さえ知らないはずの父を彷彿とさせたのだった。
学年別トーナメント当日。様々な国から大勢の人々が集まっていた。
三年生にはスカウト、二年生には一年間の成果の確認のための観客だ。更に加えれば今年は男性操縦者を一目見ようと今までは顔を出さなかった人物もやって来ている。
本日参加しない生徒達はアリーナに集まり、試合の開始を今か今かと待っている。
更衣室にて着替えた一夏とシャルルは組み合わせ表の発表を待ちながら、雑談を交わす。
「対戦相手が決まったみたいだよ」
モニターに映し出されるトーナメント表。それは運命のいたずらとしか言いようのない作為的なまでに劇的な組み合わせであった。
一回戦・第一試合
篠ノ之箒 ラウラ・ボーデヴィッヒ 対 織斑一夏 シャルル・デュノア
試合の組み合わせを目にした兼一の胸中は、決して穏やかではなかった。
ラウラに対して出来る限りの手は尽くしたつもりだ。故に大抵の場合は何の問題もないだろう。しかし、今回は相手が悪い。何かの拍子に天秤が引っくり返されるかもしれない。
「はあ、何でこう試練ばかりやって来るんだろうね。こんな中で、あれが起動するような事態だけは避けたいんだけどな」
ラウラの体に仕掛けられたある種の爆弾。それが爆発しないようにと、ただただ天に願うしかなかった。
「ま、そうなったときは、新島のヤツがどうせ来賓席とかで踏ん反り返っているんだろうから、後処理でもさせようかな」
握りしめる携帯には、あの日送られてきた悪友からのメールが開かれていた。兼一はその内容の全てを千冬に明かしていなかったが、果たしてそれでよかったのかどうかを今でも悩んでいる。