一話
私が靴を履かなくなったのは、いつごろからなのだろう。
不意に目が覚め、次第に居心地が悪くなってくる布団の中で、私は考えていた。
おそらく、産まれた時から、17歳になった現在に至るまで、
履こうとした事はあっても履いて歩きまわった事はないだろう。
私には、特殊な体質が備わっているからだ。
産まれて数カ月後には既にこの体質が発現していたと聞いている。
人が立ち上がるのは、1歳前後。少なくとも、この特殊体質が身に付く前に
靴が必要になる事はなかったであろう。
「・・・仕方ない。私は生まれが普通じゃないもの」
諦めと共につぶやいて、私は布団の中を覗いた。
・・・あぁ、やっぱり。
布団の中は、蔦で埋め尽くされていた。
私が意識して物に触れると、精密機械などよほどの無機物でない限り、
そこからは植物があふれ出てきた。
足の方はもっとひどく、私が歩くと足元から次から次へと蔦や花が咲き乱れてくる。
足が地面につくよりも早く、きれいな植物が生えてきて
受け止めてしまうので、靴が必要ないのだ。
履いた瞬間に靴の中が植物だらけになってしまうので履く事が不可能ですらある。
なので、昨夜のように雨が降ったりしない限り、私は外の木に
自前のハンモックを吊るし、そこで寝るようにしている。
足を外へ投げ出す事になるので、無防備な上に行儀悪い事この上ないが。
さて、起きてしまったのでさっさと布団から出る事にしよう。
布団を破りかねないほどに成長した蔦を出来るだけ手で払い、私は部屋を出た。
布団だけでなく、廊下に出ても私の足からは植物が生まれてくる。
雨上がりは特に植物は元気だ。綺麗な花もどんどん咲いてしまう。
私がここに滞在する限り中途半端に掃除したところであっという間に
植物であふれてしまうので仕方のない事だが、それでも気にはなる。
「おや、起きたね、スズナ」
部屋を出た途端、階段を小柄な女性が上がってきた。
昔は相当な美人であっただろうことがうかがえる、気の強そうな顔立ち。
綺麗な白髪を頭の上でお団子にし、煙草をくわえながらこちらを見上げているのは
この家の主、ウェンディおばさんだ。宿屋でもないのに私を特に気に入ってくれて
毎度泊めてくれている。
「あ・・・おはようございます、おばさん。
その・・・」
私がどもっていると、ウェンディおばさんは煙草を
階段の下へポイと捨てると、豪快に笑った。
「あっはっは!布団の事気にしてるのかい?スズナ。
良いんだよ良いんだよ。あたしなんてこうやって煙草ポイポイ捨てちまうんだから。
掃除すんな自分なのにね。火事にならなきゃいいけど。あっはっは!」
何が面白いのか、常に爆笑しているウェンディおばさんにつられて
私もつい笑ってしまう。
人と話すのは苦手だけれど、この人は嫌いじゃない。
私にとっては珍しい、”普通に”接する事の出来る人だ。
「朝ご飯は・・・何ですか?」
「おや、お腹すいてんのかい?珍しいね。あはは!」
いつも自分から話しかける事のない私。
ちょっと驚いたような、しかし嬉しそうな顔をして、おばさんはまた笑った。
「今日は晴れてて良い気分だね。外で食べようか!」
「はい」
私もまたつられて、にっこり笑いながらテラスへ食器を出しに、台所へ向かった。
庭には、リンゴの木が何本も植わっていた。
代々医者をやっているという、ウェンディおばさんのロックベル家にも
当然のように生えているほど、ここリゼンブールの町は果樹栽培が盛んだ。
昔は羊毛、羊肉がメインだったが、今ではリゼンブールのアップルパイといえば
外国からの観光客も食べにくるほど有名だ。
とはいえ、さすがにお医者さんのウェンディおばさんが
リンゴの木の手入れにばかり時間をかけているわけではない。
垣根代わりに、道に面した場所にずらりと並んではいるが、
特に剪定や受粉など、手をかけているわけではなさそうだ。
私の手には、触れた植物をより早く成長させる力もある。
こちらの能力は人には知られていないので、私はこっそり、
ウェンディおばさんが世話しているリンゴの樹にだけ
力を分けてあげていた。今日も見られないうちに触っておこう。
朝食は、自家製のリンゴジャムをたっぷり乗せたホットケーキだった。
食べながらでも豪快に笑うおばさんと一緒に楽しく食事をした後、
私はいつものように散歩に出かけた。仕事まではまだかなり時間がある。
雨上がりの、ひんやりとした道を歩く。
ふわぁぁぁ・・・
不思議な音をたてて、私の足を元気のいい花が受け止めてくれる。
リゼンブールという町は本当に土壌が豊かだ。
たった今、私の力をうけて生えてきた植物が、一瞬で私の膝近くまで
伸びてきて、いくつかは花まで咲かせる。
どう考えても通行の邪魔なのだが、ウェンディおばさん曰く
「羊のいいおやつになっているようだよ。むしろどんどん歩きまわって
もらいたいもんだって羊飼いのジャンも笑ってる。
あんたが気を遣うこたぁないさね」
という事で、遠慮なくリンゴの木がそこかしこに並ぶ散歩道を
右へ曲がり左へ曲がり、無目的に私はのんびり歩いた。
飾り気のない、白いゆったりとしたワンピースに大きなひさしの麦わら帽子。
なんともベタな姿だが、イメージが大切な仕事だ。
仕事でも普段でも、私はそう変わらない格好をしている。何より白は私の好きな色だ。
「おう、スズ!ひっさしぶりやのー」
「あ、スズナちゃん。今年もそんな季節なのねー。今年もお願いね!」
町の人達が、私を見て声をかけてくれる。
”私の足元”を見て、ではないところがなんとも嬉しい。
リゼンブールは、巡業で年に一度しか来られない土地だが、私の一番のお気に入りだ。
宿もホテルではなく、優しく楽しいウェンディおばさんの家に泊れる。
この人たちのために、良い仕事をしなくては。
そう自然と頭に浮かんできたのか、いつの間にか私は仕事場に足を向けていた。
鋼の錬金術師の世界。原作の100年後という設定で書いてみました。
原作とはずいぶん錬金術の発動のしかたが違うようですが、何故でしょうね?
かなり短めのお話なので、その答えはすぐに分かります。
分かりやすく登場したエド、ウィンリィの子孫と同様、
他の原作キャラの子孫も名前の響きを似せてあるのですぐに分かるはず。
お気に召しましたら、スズナとその力の行く末を、どうか見守ってあげてください。