そこは、大きな野外ステージ用のテントだった。
前日夜のうちに用意しておいたのだが、雨が降ってしまったので
まわりで点検している人がたくさんいる。
「ぉ、スズナ。今日はずいぶん早いじゃないか」
こっそり見に来るつもりだったのに、さっそく見つかってしまった。
「あ・・・いえ、昨日雨が降ったからテント大丈夫かな、って」
「がっはっは!大丈夫かなだって?大丈夫じゃなくても大丈夫にしてやるさ!
雨だろうが台風だろうが、地震だろうがヘブンズキッチンの公演を
邪魔することなんてできやしないのさ!」
今日はよく豪快な笑い声を聞く日だ。
この、私がお世話になっている劇団”ヘブンズキッチン”には
リゼンブールの街がよく似合う。
豪快な団長もこの土地が気に入っているようだ。
年々リゼンブールでの公演頻度が上がっている気がする。
「さて、じゃあスズナ。ちょいっと早いが準備は整ったところだ。
リハーサルを始めるかい?」
私の仕事は、この劇団”ヘブンズキッチン”による演劇の主役。女神の役だ。
私自身演劇の経験があったわけではなく、自分でもヘタだと思うのだが、
足元から花が生えてくるというこの体質は女神を表現するのに最適だ。
幼いころに両親を亡くし、親類に預けられていた私は、
一時も早く独立するためにスカウトしてくれたこの劇団にお世話になる事にしたのだ。
「おぉ、スズナ!何故あなたは女神なんだ」
この劇団の練習はいろんな意味でハードだ。
人見知りで、あがり症の私には特別プログラム
「リハーサルは役名ではなく本名で、の刑」だ。
女神と人間の男性との許されぬ恋。ベタなお話ではあるが私が入団してから、
ヘブンズキッチンにおける大ヒット作だ。
これを本名でされると非常に恥ずかしい。
しかしお客さんの前でやるよりはよっぽど気楽だ。
多少慣れてきた事もあり、私も本気で練習に打ち込んだ。
「お疲れー。さ、本番の準備に取り掛かるぞ!」
リハーサルが無事終わり、テントの中の舞台には綺麗な白い砂が撒かれ始めた。
私の歩みに合わせて生えてくる花をより効果的に見せる工夫だ。
リハーサルで生えてきた植物を抜きながらなので、なかなかの重労働なのだが、
係の人は嬉々として抜いた花を束にしながら地面をならしている。
「スズナの花はお客さんに大人気なんだ。テント入口で配ると大喜びされるのさ」
というのが彼の笑顔の秘密。
私はというと、本番まで歩きまわれないのでこっそり客席を覗き見る事が出来る、
はしっこの楽屋で待機だ。
「・・・あっちに行きたいな」
椅子の上で小さく体操座りしていて、ふと自分の口から出た本音に驚き
私は誰かに聞かれてやしないかと周りを見まわした。
運よく誰にも聞かれてはいなかったが、私はうなだれるように自分の足元から
生えてきていた花に視線を落とした。
私は、この力が無ければここには居られない。
でも、生まれてからこの力から離れられずにいるのも・・・。
”歩く”事が普通に出来ない事は、やはり辛い。
そして”普通”に生きる事を許さない、そんな私の生まれを呪う事もできない。
生まれてこれただけで、私は奇跡なのだ。
「あ~・・・スズナ?今ちょっと、さ・・・」
不意に、後ろから声をかけられた。本番までまだずいぶん時間があるのに、何だろう?
振り返ってみると、困り顔の整理券売り場の係員さんと、
その後ろにお客さんが一人立っていた。
確かこの人は・・・。
「こんにちは、スズナさん。毎年公演を楽しませてもらっていますよ。
でも今年は、是非あなたの話をお聞きしたくて。
突然おじゃまさせていただきました。シノと申します。
錬金術を研究している者です」
とても丁寧におじぎをするその人を、私は知っていた。
リゼンブールの街に住む錬金術師さんだ。
この国は、数十年前に大きな戦争と首都でのクーデターという、
悲しい大きな事件を経験している。
その時代には偉大な錬金術師が何人も世に出たものだが、
国に平和が訪れると、何故か大きな力を持った錬金術師が少なくなり
今では錬金術を知らない人も中にはいるほどになってしまった。
シノさんも、錬金術師とは言っても本屋でアルバイトしながら
細々と研究をやっている程度のはずだ。
「本当は追い返そうかと思ったんだけど、団長がさ・・・。ごめん、スズナ」
係員さんが何故か悲しそうに言う。
「大丈夫、カシさん。
もし錬金術師さんが面会に見えたら・・・。
会わせてくださいとお願いしているのは私です」
「でも、そのたびにスズナ、悲しそうな顔するじゃないか・・・」
心配そうに、係員のカシさん。
「・・・いいんです。やらせてください」
「えーと・・・その・・・強引に頼み込んでおいて何だけど・・・」
錬金術師のシノさんも、このやりとりを聞いて申し訳なさそうな顔をしはじめた。
「いえ、大丈夫。多分シノさんの期待通りのお話ができると思いますよ」
シノさんを不安にさせないように、私はにっこりと笑い、足を椅子の下に伸ばした。
同時に足元から一本の植物が伸びてきて、瞬時に白い花を咲かせた。
「・・・それだよ。これほど間近で見るのは初めてだ」
シノさんが静かに感嘆の声をあげる。
「スズナさん・・・ズバリ聞きます。
あなたの足元から花が生えてくるのは、錬金術の力ですね?」
「・・・そうです」
今までに何度かされた質問だが、やはり慣れない。私はうつむき加減に答えた。
「やはりか・・・。しかしそうなると
あなたの業は、錬金術の法則に反している」
シノさんは先ほどの申し訳なさそうな顔から一変し、鋭い視線の真剣な顔になった。
「地面から植物が生えてきて成長し、花までつけるほどの錬成となると
特殊な錬金術を使用しているのか、
あなたの錬金術師としての力が私の計算を超えるほど
強大なものであるかのどちらかだ」
私の足元から生えてきた花をつつきながらシノさんは続ける。
錬金術にはエネルギー保存の法則、というのがある(らしい)。
基本的に錬金術はその場にあるモノを”変化させる”業だ。
何もない場所から”作り出す”ことは出来ず、
変化にもエネルギーなどの関係から限度はある。
私の足元から湧き出てくる植物は、たとえ地面に種などがあったとしても
異常な成長変化だ、とシノさんは言っているのだ。
「シノさんは・・・賢者の石というものをご存じですか?」
がばっ
シノさんは賢者の石、という言葉に反応して顔色を変えた。
私に頭突きしかねない勢いで近づいてくると、懐から分厚い本を取り出した。
「やはり、賢者の石・・・!この研究書の記述の通りだ」
派手な赤を基調とした豪華な造りのその本には、
エドワード・エルリック著、と書いてあった。
「強力な錬金エネルギーを宿した特殊な物質・・・それを所持すれば法則を無視して
大質量の錬成を行う事が出来る・・・。まさか生物の発生、成長までできるとは」
シノさんは信じられないという顔をしながら、私の方へ手を伸ばした。
「もしかして、その青い石が・・・?」
胸元についたブローチを触ろうとする手をやんわりと払いのけて、私は両手を広げた。
「いいえ。賢者の石は・・・」
「私自身です」