賢者の力の使い道   作:湯たぽん

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三話

楽屋の外からは段々と人の気配が増え、賑わっているのを感じる。

しかし、シノさんのまわりの空気は完全に固まっていた。

 

「貴女が・・・賢者の・・・石・・・?」

 

「はい。賢者の石の作り方について、その本にはなんと書いてありますか?」

私の質問に、シノさんはようやく我に返って本のページをめくり始めた。

「あ・・・!えぇと、確か・・・」

 

「賢者の石は、複数の人の魂のエネルギーを凝縮したものである、と・・・」

シノさんの本をめくる指は震えている。それはそうだろう。

単なる好奇心のために訪れたサーカスで、このような重い話を

聞く事になるなんて・・・思いもしなかったはずだ。

なんだか私も申し訳なく思えてきた。

 

しかし中途半端で話を終わらせるわけにはいかない。

「私の身体の中には、2人の魂が宿っています。

 私には錬金術は使えませんが、その2人の力によって、

 私の足元から花が生えてくるのです」

シノさんは口をぽかんとあけて聞いている。

いや、これは聞けているのだろうか・・・?

「私の身体、賢者の石には私を作った2人の記憶が刻まれています」

私はそう言うと、シノさんの方へ手を伸ばした。

シノさんが首をかしげながらも手を取ると、私の身体から

私の体験していない記憶が流れ出してきた。

 

「これが唯一自分の意思で使える錬金術です。

 一緒に賢者の記憶をたどりましょう・・・」

 

 

 

視界が切り替わった先にあったのは、両端を崖に挟まれた雨の中の情景だった。

記憶の中の景色なのに、酔ってしまいそうなほどに視界がブレにブレる。

馬車の中からの景色なのだ。

石だらけの悪路を、馬車が猛烈なスピードで走っていた。

 

 

「スズナさん、ここは・・・?」

シノさんの心の声がつないだ手から伝わってくる。

「ラッシュバレーだったようです。険しい山々に囲まれた街。

 そこへの旅の途中のできごとです」

 

記憶の中の馬車には、不安そうな顔の4人が乗っていた。

一人は泣きそうになりながら馬を駆りたてている御者。

乗客は3人だ。

お金のかかっていそうな身なりのいい白髪の紳士と、

お互い抱き合って何やら相談している金髪の夫婦。

 

「そこの2人が、私の身体に宿っている賢者。私の両親です」

「やっぱり・・・」

 

シノさんと心の声で話していると、紳士の方が顔を上げ、

残る三人に声をかけはじめた。

「済みません・・・。おそらくあの盗賊共は私の財産が目当てでしょう。

 関係のないあなたたちを巻き込んでしまった・・・」

紳士は帽子をとり、深々と頭を下げた。

夫婦は慌てて手を振ると

「とんでもない。一番の災難は狙われているあなたじゃあないですか」

紳士の言うとおり、完全に無関係なのに巻き込まれた立場でありながら、

夫婦は紳士の心配をしていた。

そんな夫婦の態度を見て、紳士は覚悟を決めたような表情で立ち上がった。

 

「私が降りましょう。そうすれば盗賊共はこの馬車を追いはしないはず」

ほろの向こうに居る御者にそう告げようと、

紳士が暴れる馬車の中歩き出そうとしたその時───

 

 

 

ガシャァン!

 

 

 

馬車は大きく横に傾ぎ、ほとんど一回転して止まった。

馬が転倒したようだ。

 

 

 

「あ、うぅぅぅ・・・」

 

「だ、大丈夫ですか・・・」

金髪の男性(私の父だ)の方が周りを気遣う。

御者が足をくじいてはいたが、荷物がほとんどなかったのが幸いしたのか

全員無事だった。

しかし・・・

 

 

 

「よっしゃぁ!チャンスだ野郎ども!!」

遠くから盗賊達の声が聞こえてきた。このままでは逃げられない。

 

「私が行けば皆は助けてもらえるでしょう。申し訳ないが御者君を頼みますよ」

紳士がふらふらと立ちあがろうとすると、今度は女性がその手をつかんだ。

 

「何を言うんですか。それじゃああなたが・・・」

心底心配そうに言う女性を見て、紳士はひきつった笑みを返した。

「大丈夫、今は何も持っていませんから。

 人質にでもなって身代金を払ってもらったら無事に帰れるでしょう。

 あなたたちも見逃してもらうよう交渉してみます」

 

「立派なご両親ですね・・・」

「・・・えぇ」

シノさんが言う。

唯一私の両親を見る事ができるのがこの記憶なのだが

偲ぶために見るには私には辛すぎる映像だ。

 

「さぁ、分かっているよな?全員動くな」

追い付いてきた盗賊に銃を突きつけられ、しかし紳士は毅然として立ちあがった。

 

「私がハボック財閥の会長だ。金が目的なら私一人で十分だろう。

 あとの3人は見逃してやってくれ」

恐怖におびえていると予想していたのだろう、

盗賊の頭目はあてが外れて面白くなさそうに紳士をにらんだ。

 

「あぁ、そうだとも会長さんよ。分かってんなら話が早ぇ」

頭目が顎をしゃくると、手下が手際よく紳士の手をロープで縛った。

 

「だが余計な事を話されると厄介なんでな。連絡役は1人で、

 2人は一緒に来てもらうぜ」

用意よく、脅迫状らしきものを懐から出すと、盗賊は御者にそれを押しつけた。

 

「ま、待ってくれ!」

すると金髪の男性がわめき始めた。

横には腹をかかえるようにして呻いている女性が。

「妻はお腹に子供がいるんだ・・・!今の転倒で腹を打ったらしい。

 医者へ行かせてくれ!」

それを見て今度は両腕を縛られた紳士も盗賊に詰め寄る。

「私が居れば良いだろう!あの2人も街へ!入院していれば君たちに

 不都合な事をしている暇など無いだろう!」

詰め寄られた盗賊の頭目は、ますます面白くなさそうに顔をゆがめて、

紳士を押しのけた。

 

「う・・・っ!」

バランスを崩し水たまりに倒れ込む紳士。

それを見下ろしながら、盗賊は凶悪な笑みを浮かべていた。

 

「やっぱり分かってねぇな、会長さんよ。アンタ命の危機に晒されてんだぜ?

 それも俺達に完全に握られてよ」

改めて銃を突きつけるが、大財閥の会長の肝は座っていたようだ。

 

「分かっている!金なら出すように連絡を取ろう!だが今は彼らを街へ───」

 

「・・・その態度が分かってねぇって言ってんだよ!」

迫る紳士を再び突き飛ばすと、盗賊は銃を夫婦に向けた。

 

「これを見れば素直になるだろ!」

 

 

 

 

 

 

「・・・っ!」

たまらず、私は記憶の映像を打ち切った。

涙でぼやけた視界が戻ってくると、目の前に座ったシノさんも涙を流していた。

 

 

 

しばらく2人の、鼻をすする音だけが楽屋に響いた。

「・・・分かりました・・・。ご両親は、すぐれた錬金術師だったのですね・・・」

 

「・・・はい。撃たれた両親を放置し、

 盗賊達はハボックのおじさまを連れ去りました。

 まだ息のあった両親は最後の力で、お腹の中にいた私を錬成したのです」

命を使っての錬成。それが賢者の石を産んだのだ。

生まれたばかりの私を抱いて、連絡役に選ばれた御者は雨の中街へ向かった。

後に、身代金を払い解放されたハボック財閥の会長は私を引き取って

育ててくれたのだった。

 

 

 

「・・・すぐれた錬金術師は最近、年々減っていっていると聞いています」

私が言うと、シノさんは涙を拭きながら黙ってうなづいた。

 

「私は・・・それはこの国が平和になった証拠だと思っています」

今度は理解出来なかったのだろう、シノさんは首をかしげた。

彼が何か言おうとする前に、再び私は口を開く。

 

「錬金術師というのは・・・悲しい出来事を背負って、

 力を得ていくものではないでしょうか」

ふと、何かに気付いたようにシノさんの身体がぴくりと動いた。

さらに私は続ける。

 

「数十年前、この国で起きた戦争では、優れた錬金術師が何人も現れ、

 国を救ったと言います」

シノさんの顔に理解の色が見え始めた。彼はゆっくりと、

だが力強くうなづき、言った。

「・・・悲しみを背負って、その力を振るったんでしょうね・・・」

今度は私がうなづく。

 

 

 

「では錬金術は、この世からなくなれば良いと・・・?」

錬金術師であるシノさんが、複雑そうに言う。

「・・・いえ。私は、錬金術のおかげでこの世に生まれてきたものですから

 ・・・でも・・・」

 

「こんな私のために力を使い切ってしまった両親の魂は、

 まだこの身体に宿っているのです。

 ・・・天国にも行けずに」

堪え切れずに、再び私の眼から涙があふれ出てきた。

 

「今見てもらった記憶と、育ての親のハボックおじさまの話でしか

 分からないけれどとっても立派な両親だったんです。

 その魂が私なんかのために・・・」

 

 

 

真っ赤になった眼をこすろうとした私の手を、シノさんは握った。

左右に首を振ると、手に持った錬金書を指で示した。

 

「この本には、賢者の石についてこう書かれています。

 ”賢者の石は、単なるエネルギーの塊に過ぎない。

  故に、いかに石の力が強大であろうがそ

 れを扱う人間も相応の能力がなければ使いこなすことは出来ない”」

 

「・・・!?」

私ははっと顔を上げた。今まで会った錬金術師さんも、私自身も。

そんな事は考えた事が無かった。

「・・・それは、つまり・・・」

先を促す私に対して、シノさんは優しく足元の花を示した。

 

「この、貴女の能力は貴女自身のものだということです。

 賢者の石は素晴らしいが、それだけではこの力はあり得ない。

 リゼンブールだけじゃない、国中の人を喜ばせて歩くこの足は、

 賢者の力を有効に使っているということですよ」

 

私の手を握るシノさんの指に、力がこもった。

 

「貴女は素晴らしい。両親があれだけ立派な方だったんだ、当然の事です。

 自信を持つべきだ」

 

 

 

私で、良いんだ・・・!

 

 

 

私の眼からあふれる涙が勢いを増した。

だが今度は涙の意味が違う。

 

「こうも書いてあります。

 ”だが、石に封じられた魂は意思を持っている。彼らに報いるためにも、

 石の力を正しい事に使い、早く解放してあげるべきだ”

 ・・・ちょっと、研究書にしてはおかしな感傷じみた記述だと思いましたが

 今理解しました。これは貴女達、賢者の石を持つ者へのメッセージだったのですね」

 

「はい・・・はい・・・分かります」

私は、言葉にならない声をあげながら何度も頷いた。

 

「私はこのままで良いんですね・・・。いずれは両親の魂は解放され、

 この力もなくなるんですね・・・」

シノさんも、何度も頷いていた。泣きじゃくる私の両肩に手を置き

 

「それに賢者の力が無かったとしても、自分達の娘の身体の中で

 共に居られるなんて親として最高の事だと思いますよ」

ちょっぴり恥ずかしそうに、シノさんはしめくくった。

 

「ありがとう・・・ございます、シノさん。

 私はリゼンブールに来て、本当に・・・良かった」

 

 

 

私は泣きながら、シノさんに誓った。

 

いつか、両親の魂が私の身体から解放されて天国へ行き

私の足から植物が沸かなくなったら

改めてリゼンブールの大地を、自分の足で踏みしめよう。

賢者の力ではなく、自分の手でリンゴを育て、すべてに感謝しながら生き

そして両親の元へ帰ることが出来たなら、天国の台所で2人のために

アップルパイを焼こう。

2人が遺してくれた力の素晴らしさを語りながら。

 

 

 

誓いが終わると、私は涙を拭いて

崩れた化粧を直しにかかった。

誓いを果たすためにも、まずは今この舞台を完璧に作り上げなければ。

 

心配そうに見ているシノさんを尻目に、私は手を組み、

祈りながら舞台のまん中へ歩き出した。

 

 

 

お父さん、お母さん。私をこの世に送り出してくれてありがとう。

 

 

 

 

 


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