あくまで冒険者やってます   作:よっしゅん

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第14話

 

 

あれから体感で一時間ほど歩いただろうか……遺跡の奥へと続く通路をひたすら歩いていたが、それの終わりを告げるように二人の目の前には巨大な扉が待ち構えていた。

 

「ここが最深部かしら? 随分と浅い遺跡ね」

 

「そのわりには途中疲れた疲れたってバテてなかったか?」

 

「…………」

 

 彼女の無言は肯定という意味を持つことをレジスは知っている。故にこれ以上彼女をいじると子供のように泣くのでレジスもこれ以上は言わない。

 

「さ、さぁ! はやく開けましょう! ここまで成果なしなんだからきっとこの奥に何かあるはずよ!」

 

確かにここへたどり着く前にいくつか小部屋らしきものはあったが、肝心のお宝というものは一つもなかった。それがトレジャーハンターとしての彼女を焚き付けているのか、先程から焦った様子だ。

 二人掛かりで大きな扉を押すと、思ったよりも軽く開いた。中は薄暗く、だだっ広い空間が広がっていた。

 

「……何もないな」「そ……そんな、完全に無駄骨じゃない」

 

部屋の中央で立ち止まって辺りを見回してみるが、何もない。強いていうなら奥の方にある、今にも動き出しそうな石像だけだ。さすがにあれを持ち帰るのは、バラバラにでもしない限り無理だろう。

もしかしたら隠し部屋とかあったりするかもしれないが、それも望みは薄いだろう。

 

「……して……る」

 

「え?」

 

 ソフィーがなにやらボソボソと呟いてる。杖を持っている手に力を入れてるのか、持ち手の部分からギシギシと音をたててる。

 

「こんな遺跡……ぶっ壊してやるぅ!」

 

そう言って魔法を唱えようとする彼女を、羽交い締めして止める。

彼女は九十六歳になったらしいが、感情の起伏が激しくレジスから見ればなんだかまだ子供のように思えるときがある。森妖精は普通の人間に比べて、寿命が長く成長も遅いらしい。つまり、森妖精の視点から見ればソフィーはまだまだ子供なのかもしれない。

 

「落ち着けって、下手したらこの山ごと崩れるぞ」

 

「離して! お宝の一つや二つもない遺跡なんて存在価値がないのよ! だから私がこの手で……」

 

 そりゃ、目の前に自分宛のプレゼント箱があっていざ開けてみたら空っぽだった。なんてことがあったら誰でもガッカリもするし怒りもするだろう。しかし、この遺跡は構造的に山脈の地下にある……もしここを破壊して崩したりしたら、山が崩れる可能性がある。そうなったら二人して生き埋めだ。

 

「こんな日もあるさ、だから……」

 

帰ろう。そう言ったと同時に声が響いた。

 

「シンニュウシャハッケン、ハイジョシマス」

 

「「え?」」

 

 羽交い締めを解除してソフィーと顔を合わせて疑問の声をハモらせる。もちろんどちらもそんなこと言ってないし、今みたいな声はしてない。

 やがて大きな地響きとともに、あの石像が動き出した。

 

「え、ちょっと……何あれ? 石の塊が動いてるの?」

 

「……ゴーレムだったのか」

 

 この世界でゴーレムを見たのは初めてだ。おそらく途中にあった土人の死体もここに近寄ってきただけでこいつにやられたのだろう。ゴーレムといったら、何の素材を使うかによって強さは変わるが、あの大きさのレベルだと少し手強いかもしれない。

 

「あれがゴーレム?……って、ちょっとレジス!?」

 

昔の偉い人が言ったのか、何かのアニメや漫画で見たのかはもう覚えてないが、その言葉だけは覚えている。

斬ればわかると。

この剣はアダマンタイトの鉱石を素にできている。つまりこの剣の攻撃が通ればそれ程の強さはないが、もし通らなければ多少なりとも本気を出さなければならない。なのでここは先制攻撃だ。

ものの数秒でゴーレムの足元までたどり着く。そこで膝らしき部分に一閃……そして金属音が鳴り響く。

 

「あれ?」

 

確かに剣はゴーレムの膝に当たった。だがその引き換えに剣が折れてしまったようだ……折れ……て?

 

「えぇ……折れるのは予想がいっ……!」

 

次の瞬間、衝撃が襲ってきた。多分ゴーレムに横から殴られたのだろう。スキルのおかげでダメージはないが衝撃は消せないため吹っ飛んでしまった。何回か床の上で回りながら壁に叩きつけられる。

 

「レジス!」

 

「ちっ……ソフィー! 先に逃げてろ!」

 

この剣が折れるということは相当良い素材で作られてるのだろう。もしかしたらプレイヤーが製作したものかもしれない。となると、ソフィーの魔法だけでは歯が立たない。ここは彼女に先に逃げてもらって、本気を出すとしよう。

 

「で、でも……」

 

「いいからっ、後で絶対に追いつくさ」

 

死亡フラグにも聞こえなくはないが、彼女がいったらすぐにでもこのゴーレムを葬ろう。こいつをみてるとなんだか、あのクソッタレのゴーレムクラフターを思い出すのでムカムカするのだ。

 

「っ……わかったわ」

 

幸いにもゴーレムの注意はまだこちらに向いている。ソフィーは入ってきた扉目掛けて走り出すのを確認した後、自分も立ち上がってゴーレムと再び対峙する。

 

「さぁ、反撃といこう……何の音?」

 

自分の鋭い聴覚がとらえたある音に違和感を覚える……さっきまでは無かった音だ。何かが崩れるような、そんな音がする。

 音の出所を目で探す。すると音は天井の方から出ているようで、よく見ると所々ひび割れを起こしている。そしてそれは今にも崩れ落ちてきそうで……

 

「……! ソフィー、避けろ!」

 

 神の気まぐれか悪魔の悪戯なのかはわからないが、よりにもよってちょうどソフィーの頭上にある天井が崩れ始めていた。

 

「え……? あ」

 

 彼女が避けるよりも、レジスが何とかしようとするよりもはやく、天井から崩れ落ちた瓦礫が彼女を襲った。

 

「ソフィー!」

 

迫り来るゴーレムを無視して、彼女のもとへ向かう。彼女を覆う瓦礫を手でどかしていくと、血が所々から出ている彼女が出てきた。

 

「……出血はしてるけどそれほど深くない、骨も折れてはいない。呼吸も正常だ」

 

見た目ほど酷くはなく、気絶しているだけのようだ。これくらいならポーションでもふりかけておけばすぐ治るだろう。

 

「ハイジョ、ハイジョ」

 

ここで空気を読まないゴーレムが迫ってきている。ちょうどいい……ソフィーも気絶しているところだしはやめに終わらせてしまおう。

 

「スキル発動……」

 

一日に一回しか使えないデイドラロード専用の攻撃スキル……

 

It's a flame of death in all ones(全てのものに終焉の炎を)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい夢をみている気がする。

 私は幼い頃から魔法に興味を持った。ただ純粋に魔法というものに憧れて、魔法を使えるようになりたいと願った。村の魔法詠唱者に魔法を教えてもらい、使えるようになったときの喜びは今でも覚えている。

 そして幸運にも、私には魔法の才能があった。魔法を使えるようになって数年で、もはや師を超えてしまったのだ。超えたからといって、私はそれで満足するわけもなくさらに高みを目指してた。だが、さらなる高みへいくには、この狭い村の中では無理なことが嫌でも思い知らされた。だから私は村を出て、世界をこの目で見ようとした。もちろん両親や村のみんなからは反対されたが、私はそれを押しのけ村を飛び出した。

 生まれて初めて、村の外の世界を見たときは驚きばかりだった。それと同時に少しばかりの恐怖があったことも覚えている。森妖精の自分は、場所によっては異端な者としてみられるときがある。だから最初の頃は、生活していくだけでも大変だった。

 ようやく生活も落ち着いて、魔法の研究に打ち込めると思った矢先にさらなる幸運が転がってきた。ファウンダーという組織から勧誘がきたのだ。ファウンダーはトレジャーハンターの組織で、種族などは問わずに誰でも入れるのを売りにしているらしい。つまり森妖精の自分でも種族を気にすることはない。当然私はすぐに加入した。

 危険な仕事かもしれないが、魔法に存分に打ち込めるといった意味では、これ以上自分にあった仕事はないだろう。仕事で稼いだ資金などで生活も楽になるし研究にも使える。これ以上幸運なことは人生でそうそうない。

 しかし、あるとき人生で一番不幸になった日があった。ある程度仕事にも慣れてきて、ファウンダーの仲間達と共にある遺跡に潜っていたときのことだ。私は、やらかしてしまった……罠を誤って作動させてしまい、仲間達とはぐれてしまった。幸いにも落とし穴という古典的な罠に引っかかってしまったのは私だけで、他の仲間達は無事であろうということだ。しかし、遺跡のどこかに落とされた私には何もできることはなかった。落ちた先でいきなりモンスター達に襲われたため、持っていた荷物を全て落としてしまい、魔力ももうない。何とか逃げ出すことに成功したが、今襲われでもしたら抵抗する間も無く命を落としてしまうだろう。今はこうして、壁に背を預けて恐怖に震えることしかできなかった。

 覚悟はもちろんしていた。危険な仕事なのだから死ぬかもしれないと……だがいざ直面するとそんな覚悟最初っからなかったかのようになる。恐怖というものに囚われると、今まで溜め込んできた負の感情が溢れ出しそうになるのを感じていた。まるで走馬灯のように、今までのことが尊く思えてくる。そしてさらに追い討ちをかけるかのように、新たな恐怖が襲ってきた。



 

「な、なに……?」

 

 自分が逃げてきた方からモンスターの断末魔らしき悲鳴が響き渡ってきた。何かがモンスター達を襲っているのだろうか。もしかしたら仲間達がきてくれたのか、そう思ったがすぐに違うと確信した。なぜなら、あれだけの量のモンスターをいくら慣れているからといって相手にできるはずはないからだ。できるとするなら、自分みたいに逃げてくるはずだから。しかし先程から聞こえるのは、仲間達の声ではなく、モンスターの悲鳴だ。きっとこの遺跡の中では頂点にたつ生物があのモンスター達を蹂躙しているのかもしれない。そう思うと余計に恐怖がこみ上げてくる。
 やがて何も聞こえなくなると、次にした音は何かが歩く音だった。真っ直ぐこちらに近寄ってきている。

 

「…………」

 

 本当は今すぐにでもこの場を離れたかった。しかし足が動かない。くるなくるなといくら願っても音は止まらない。ふと、暗闇の向こうに目を向けてしまった。

 

「ひっ……」

 

 暗闇には、紅い光が二つ浮かんでいた。今から自分はあの光に殺されるのだろうか、死にたくない、逃げなきゃ、といくら思っても身体が動いてくれない。そして気がついたら目の前にその光がいた。

 

「あっ……や、やだよぉ、死にたくない……」

 

 震えが止まらない、涙と汗と鼻水で顔もぐちゃぐちゃになってるだろう。なんだか下半身が濡れている気がしはじめた頃、光から発せられた声によって自分はようやく紅い光の正体に気づいた。

 

「……子供?」

 

「……へ?」

 

 目の前にいたのは、怪物の類などではなく人だった。真っ赤な目をした綺麗な女性だった。

 

「……」

 

「……」

 

 今思えばあの日はとても不幸だったが、その不幸のおかげでこうして彼女と出会うことができたのだからもしかしたら幸運ともいえるのではないだろうか。今ではこうして思えるが、当時は混乱するばかりだった。どうしてこんなところに、何者なのか、敵なのか味方なのか……そんな疑問が頭の中で回り続けていた。

 声をかけてみたほうが良いのか、そう迷ってると彼女から声をかけてくれた。

 

「……大丈夫か?」

 

 座り込んでる私に少しでも目線を合わせようとしてくれたのか、彼女もしゃがんで話しかけてくれた。

 

「え、あ……だ、大丈夫です?」

 

 その後は軽くお互いの自己紹介をしてから、私は自分の訳を彼女に話した。

 

「そうか……なら一緒に脱出でもしようじゃないか」

 

 彼女……レジスと名乗った人は気軽そうにそういった。簡単そうにいってくれるが、実際はかなり厳しいだろう。だが今は何もしないままここにいるよりは動いた方が良いのは自分でもわかっている。立ち上がろうと足腰に力を入れてみるが、なぜだか動かない。

 

「どうした?」

 

 まさか……

 

「こ、腰が抜けちゃった……」

 

 先程からさんざん酷い目にあっているのだ。腰の一つや二つ抜けても仕方がないことだと思うが、なんだか情けなくなってくる。

 

「……仕方ないな、ほら」

 

 そう言ってこちらにしゃがんだ状態で背中を向けてくれた。まさか背負ってくれるということなのだろうか……

 

「……」

 

 普段の自分なら絶対に嫌がったはずだが、なぜかこのときだけは厚意に甘えた。彼女の両肩に自分の手を置き、離れないように力を込める。

 

「うわぁ!」

 

 次の瞬間、浮遊感という感覚が襲ってきた。原因はわかってる、レジスが立ち上がったからだ。

 彼女はすぐさま自分の両膝の裏に手を通して、おんぶの状態で固定された。そこでようやく気づいたことがあった……

 

「あ……」

 

 先程から違和感はあったが、自分の下着が微妙に濡れている。もちろん水なんてかぶった覚えはないし、ましてや下着だけが濡れるなんてことはありえない……だとすると

 

「……っ!」

 

 急に羞恥という感情が爪先から頭まで登ってきたような感覚がした。まさかこの歳になって……しかもモンスターだと思っていたのが実はただの人で、勝手に怯えていた自分がいたと思うと余計に恥ずかしい。

 

「何かあったか?」

 

「え、あ……いえ! その、重くないかなって思って」

 

「あぁ、大丈夫だよ」

 

 どうやら気づかれていないようだしこのまま黙っていることにした。そもそも言ったところで過去が変わるわけでもないし、知らない方が幸せなときもある。このままおんぶされておくことにしよう……

 

「あっ、そっちはダメよ」

 

「どうして?」

 

 歩みを始めた彼女は先程自分が逃げてきた方角を進もうとしていた。きっと今行ったら大量のモンスターに襲われるうえに、そのモンスター達が断末魔の悲鳴をあげるほど恐ろしい存在がいる可能性がある。これでは単に死ににいくようなものだ。

 

「モンスターがうじゃうじゃいるからよ……というか貴女も逃げてきたんじゃないの?」

 

 よくよく思い返してみれば、彼女も自分と同じ方向からやってきた。つまり彼女もあのモンスター達を見ているはずなのだが……

 

「あぁ、それなら全部片付けたから」

 

「あっそう……なら大丈夫ね」

 

 それなら安心だ、何も心配する必要は……いや待て

 

「ち、ちょっと待って! 片付けたって……倒したってこと?」

 

「肯定だ」

 

 それはおかしい、なぜなら彼女の武装は腰にある剣が一本だけだ。その上全身ゴテゴテの重装備を装着しているわけでもない。そして大人数の仲間がいるというわけでもない……普通に考えれば見栄を張った嘘と思えるが、こんな状況で嘘をつく理由がわからない。

 

「なんだ? 信じてないのか?」

 

「えっ……いや、だってあの数をたった一人で相手にできるなんて思えないから……」

 

 できるとするなら英雄級の強さを持っている者だろう。それこそ物語に出てくる……しかしその考えが彼女に当てはまるとはとても思えなかった。

 

「なら、ほら、自分の目で確かめてごらん」

 

「え?」

 

 歩みを止め、片手で持っていたランタンを彼女は手前の方に突き出した。少し先の道が明るく照らされ、石造りでてきた通路が真っ赤に染められているのがわかった。

 

「う、嘘……」

 

 通路の床や壁沿いにモンスターの死骸がゴロゴロと転がっていて、あたりを自らの血で染め上げている。薄暗くて少し見えにくいが、間違いなく自分を追っかけまわしていたモンスター達だ。

 

「貴女……いったい何者なの?」

 

 信じるしかない状況を見せつけられ、彼女にそうたずねる。急に自分を背負っている彼女が不思議な人から、得体の知らない謎の人に感じられ少しばかりの恐怖を抱く……おかげで声も体も震えてきてしまった。

 

「私?……私はただの———」

 

 ただの、なんだろうか。その答えを聞く前に彼女は口を急に閉ざしてしまった。

 

「…………」

 

「な、なに? どうしたの?」

 

 おぶられているため彼女がどんな表情をしているのかはわからないが、なんとなく真剣な顔つきをしていることが雰囲気からわかった。

 時間にして数秒後、彼女は口を開いた。

 

「どうやらこのまま帰す気はなさそうだな……」

 

 彼女はそう呟くと、壁際に私を降ろして地面にランタンを置いた。そして腰の剣を抜刀。

 

「いったい何が……」

 

 急に戦闘態勢に入った彼女を見て、訳が分からずただ呆けた。しかしすぐにその理由は解明できた。

 右のほうから、左のほうから何かが叫びながら走っている音が聞こえてきた。この音は知っている……自分を追っかけていた奴らがあげていた音だ。

 

「まだ……仲間が……」

 

 それも先程の比ではないほど大きな奇声と足音だ。彼女が倒してくれた奴らよりもずっと数がいるということが嫌でもわかる……しかもそれが左右の通路から聞こえてくる。完全に袋のネズミだ……

 

「大丈夫だ」

 

「えっ……」

 

 どうすることもできないこの状況にただただ絶望していると、いつの間にか座り込んでる私の目の前に彼女がいてそう言った。

 

「大丈夫、私が絶対に守ってあげるさ。約束するよ……」

 

「やく……そく?」

 

 彼女はそう言って私の頭を軽く撫でた。不思議と嫌な感じはせず、むしろ懐かしい感覚だった。

 その感覚は昔に母親に頭を撫でられたときと同じだったと後から気づいた。

 

「——————!!」

 

 やがて知性のかけらもない奇声がかなり近づくと、左右からぞろぞろとモンスターの大群が暗闇から出てきた。さっきのやつらと同じ姿形ということはやはり同種で群れをなしていたようだ。

 

「やれやれ……数体倒すと群れで襲ってくる習性までユグドラシルと同じか」

 

 彼女が何かポツリと呟いたようだが、モンスター達の奇声でよく聞こえなかった。というより、思っていたよりもかなりの数がいた……これでは流石の彼女も無理があると思い自分も支援に回ろうとしたが、まだ魔力が回復していなかった。これではせいぜい攻撃魔法を一発放てるだけで焼け石に水だ……

 

「――――!」

 

 ついにモンスター達に動きがあった。まとめて押し寄せてくるのではなく、五体ほどでこちらに突進してくるあたり狭い通路での集団戦は不利であることを知っているのか、もしくは獲物をじわじわと苦しめて仕留めようとしているのか不明だがどちらにせよ多少の知性はあるようだ。それに壁にもたれかかっている私は無視して、剣を持っている彼女に向かっている。きっと今の私に戦闘能力がないから無視して大丈夫だと思っているのだろう。

 一方彼女の方は大丈夫なのだろうか、確かに彼女は腕が立つのはわかったが、さっきのとは事情が違う。彼女が倒したモンスター達よりも、今ここにいるモンスターの数は三倍以上は確実にいる。消耗戦になれば明らかに彼女が不利だ。

 自分があれこれ考えているあいだにも時間は止まらない。モンスター達の鋭い爪が彼女に迫るところで思わず目を閉じてしまった。いくら強さがあっても、どんなに達人であっても不可能なことはある。少なからずあのモンスターの猛攻を全て躱すのは不可能だ……私は卑怯にも彼女が怪我をする、下手したらあの鋭い爪が彼女の胴体を貫く光景を見たくないと反射的に目を瞑ってしまった。

 

「ア……ガガ」

 

 そして何かが連続して床に叩きつけられる音を捉えた。彼女が倒れた音だろうか……? ゆっくりと目を開けて現状を確かめる。

 そこには私が予想していなかった結果がでていた。

 

「…………」

 

 彼女は無事だった。それどころか傷一つないように見える……そして彼女の足元にはモンスターの死骸……

 

(な、何が起きたの?)

 

 彼女の持つ剣から赤い液体が重力に引かれ床にポタポタと落ちていることから、きっとあの剣でモンスターを斬ったのであろう……いったいどうやって? 自分が目を閉じている数秒間でいったい何があったのだろうか。そしてどうやら呆然としてるのは私だけではなく、モンスター達も自分の仲間があっけなく殺されている様を見て固まっているようだ。

 

「――――!? ――!」

 

 少ししてようやく落ち着きを取り戻したモンスター達は仲間の仇を取ろうとしているからなのか、先程より多い数で襲ってきた。対して彼女は至って慌てる様子もなく剣を構えている。

 今度は目を瞑ったりせずに彼女をじっと見つめてみる。やがてモンスター達が彼女の近くまで迫ってくる……そして彼女は剣を一閃。

 

「――!?……」

 

 あっさりと胴体や首を切られ絶命したモンスター達が床に音を立てて倒れる。

 

「すごい……」

 

 組織の仲間にも剣の使い手は何人かいる。しかしここまで鮮やかで暴力的な力を持つ者はいなかったし見たこともなかった。自分は魔法使いで剣の方はからっきしわからないが、素人目でも彼女の剣は凄いということがわかった。

 とうとう仲間達がやられていく様をみていられなくなったのか、陣形を崩してまで残ったモンスター達が一斉に彼女に襲いかかった。まずい、さすがに剣一本であの数を捌くのは無理が……

 

「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

「え」

 

 彼女が突如そう言うと、彼女の周りに光の物体がいくつか現れモンスター達に襲いかかった。あれは魔法だ、私自身もその魔法をよく使うのですぐわかった。しかし解せないのがなぜ彼女が魔法を使えるのかだ。

 

(どういうこと? 彼女は剣士じゃなかったの……)

 

 鮮やかな剣の使い手はどうやら魔法も使えるらしい、しかも見た感じ私よりも威力が高い魔法だった。

 気がついたらあれだけいたモンスター達が一匹残らず床に沈んでいた。真っ赤な液体を撒き散らして……

 

「あー……流石に返り血までは避けられないか」

 

 今目の前にいる彼女は全身が血で真っ赤に染まっていた。しかも自らの血で汚したわけではなく、すべてモンスターの返り血でだ。

 いったい彼女は何なのだろうか。何か特殊なマジックアイテムでも使ったのか、武技を使ったのか、生まれながらの異能(タレント)待ちなのか……いずれかのどれが彼女の強さの正体なのかはわからない。正直驚きと未知の恐怖でいっぱいいっぱいだった私は少し疲れて、思わず彼女にこう聞いてしまった。

 

「貴女……ほんとに何者なの? とても人とは思えない強さなんだけど」

 

 まだ出会って間もない人に、人ですか?と聞くのはだいぶ失礼なことだと思うがこのときはそれしか言葉が出てこなかったのだ。対して彼女は特に気にした様子もなく、笑みを浮かべながらこう言った。

 

「あくまで冒険者やってる者だよ」

 

 職業の方じゃなくて放浪者の方だけどね、と付け足す彼女につられ自然と私も笑みがこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 少し不自然な揺れを感じて目を覚ます、視界に入ったのは多少銀色が混じった白色の細い髪の毛だった。この光景ははっきりと覚えている……

 

「起きたか?」

 

 私が理解すると同時に声を掛けられる、この声も知っている。

 

「うん……あのゴーレムは?」

 

 ちょうどさっきまで見てた昔の夢と同じように彼女……レジスにおぶられながら私はそうたずねる。なんとなくだが、自分が落ちてきた瓦礫を避けられずにそのまま気を失ったのは覚えているが、その後の展開は知らない。とはいってもなんとなく予想はできているが……

 

「あぁ、ちゃんと倒したよ。剣が一本使い物にならなくなったけど」

 

 余裕そうにそう答えるレジスの答えにやっぱりねと思う。

 

「ねぇ、もう一人で歩けるから降ろしてくれない?」

 

 別にこのまま何も言わなければレジスはきっと家までおぶってくれるのだろうけど、それは自身のプライドが許さなかった。レジスはそうか、というと私を降ろして二人で出口まで歩き出した。

 

「そういえばねレジス。さっきまで懐かしい夢みてたのよ」

 

「懐かしい夢?」

 

「貴女と初めて会ったときのよ」

 

 そう答えると納得したようになるほどと呟くレジス。そういえばあの後、遺跡の出口まで一緒に向かっていた途中に私を探してくれていたファウンダーの仲間達と遭遇したのだけれども、血塗れのレジスを見たとたん驚いてみんなが悲鳴を上げていたがあれは今でも思い出すだけで笑えてくる。

 そしてお礼を言って別れた後、数ヶ月後にとある国の都市でばったり再会をしたときは私も驚いた。そのまましばらく話をしたりして、何度か交流を重ねるうちに仲良くなって気がついたらファウンダーの仕事まで手伝ったりしてもらっていた。数年前に少し甘えすぎかなと思ってからは仕事を手伝ってもらうことを拒んだが、たまには会いたくなって今回レジスに手紙を出すことにしたが、久しぶりに会う彼女は前と全然変わってなくてまたもや彼女に驚かされた。彼女と出会ってからは驚きの連続ばっかりな気がしてならない。

 村の人たちや両親には申し訳ないが、やはり村を飛び出して正解だと思った。種族の壁なんかを気にしない仲間達に出会えた、大好きな魔法により没頭できるようになった、この広い世界の一部を知ることができた、そして何より……

 

「ねぇ、レジス」

 

「どうした?」

 

 何より命の恩人で、誰よりも私の友人でいてくれて、私に人生の楽しさを教えてくれる彼女……

 

「貴女に出会えて本当に良かったわ」

 




 これにて第2章完結です、次回の3章でこの小説は完結になります。
あと数話ですけど、終わってからも少しかもしれないですが番外編を出す予定なのでもうしばらくおつきあいをしてくれたら嬉しいです。

ちなみにこの小説のヒロインはソフィーちゃんです。


追記
何やらスマホの方は文字化けする可能性があるらしいです。もし他にも文字化けしているって方がいたら報告してくれると助かります

さらに追記
文字化けを修正してくれた方が現れてくれました。本当に感謝です。

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