「はぁ、なんか無駄に疲れた」
アインズは今、エ・ランテルの街の中を巨大なハムスターの上に跨り進んでいた。
……いや、本当にどうしてこうなった。
今日の出来事を順に思い出していく。
まずは組合で依頼を受けようとギルドに向かった。そしていざ依頼を受けようとしたら文字が読めないというアクシデントがあったが、色々あって漆黒の剣という冒険者チームの人と、依頼主のンフィーレアという少年と薬草採取の依頼を受けることになった。ていうかンフィーレアってめっちゃ呼びにくい名前だな。
まぁ依頼の方も難なく終わらせることができたのだが、その依頼途中でこのハムスターと出会ったのだ。
森の賢王。このハムスターはそう呼ばれている。
最初にその名を聞いたときは、森の賢王? めっちゃ強そうだな。よし、モモンという冒険者の名声を広めるために戦ってみよう。そう思い、少し楽しみにしていたのだが、実際にそこにいたのはでかいハムスターだった。
確かに森の賢王は強い。今まで会ってきた奴に比べればの話だが。多分あの王国戦士長ほどのレベルでなければあっという間にやられるであろう。しかし自分にとっては取るに足らないただの巨大なハムスターだ。それ以上でもそれ以下でもない。
しかし仮にも森の賢王と呼ばれている伝説の魔獣……これを従えていればモモンの名声はうなぎのぼりになるだろう、そう考え殺さずにペットにしたのだが……
「殿、乗り心地はどうでござるか?」
「え、あー……なかなかだぞ?」
とりあえず街の中を凱旋という名目でこのハムスター……ちなみに名前はハムスケにした。ハムスケに跨り歩いているのだが……正直恥ずかしい。良い歳した童貞のおっさんがハムスターの上に乗ってる時点でだいぶおかしい……うん、おかしいはずなのに街の人たちは驚愕といった様子で見てくるのだ。
なぜこんなハムスターが伝説の魔獣なのだろうか……なんだか自分の方がおかしいのではないかと錯覚してしまいそうだ。
(あーはやく組合に着かないかな……)
たとえハムスターでもこの世界では魔獣の扱い、組合にハムスケのことを報告しておかねばならないだろう。それに依頼の報告も。
はやくこの羞恥プレイから抜け出したいなと思いつつ、ハムスケを少し急かせる。
「じゃあ、申し訳ないですけど薬草を運んでもらえますか?」
「えぇ、わかりました」
依頼主であるンフィーレアの頼みを聞き仲間達と一緒に、馬車の荷台から薬草の束を降ろし、部屋の中へと運んでいく。
薬草を丁重に運びながらペテルはここ最近自分は運が良いと感じていた。
数日前にはこの街では知らない人はいないほどの有名人の、レジスという名の旅人に会え、共に下級吸血鬼を討伐できた。そして今回の依頼、モモンとナーベという二人の新しい冒険者に会えた。
モモンとナーベも自分とは比べものにならないほどの強さを持っていたのだ。正直嫉妬の念もあるが、冒険者である以上強者の側でその強さを目の当たりにするという憧れの念の方が強い。
自分はまだまだ弱い、この前の下級吸血鬼の討伐の報酬として昇格試験なしに自分達のチームはランクが一つ上がったが、あの場にレジスがいなかったら自分達は殺されていたかもしれない。そう考えると浮かれてなどはいられない。もっともっと強くならなければ……
そんなことを考えつつ作業を進めていく。
「おばぁちゃんはいないのかな?」
ンフィーレアがふと呟く。確かに彼には祖母がいたはずだが、少なくとも音を全く立てずに作業をしているわけではない。単に気づいていないのか家に居ないのか。
そうしているうちに作業が終わった。
「お疲れ様です! 果実水が母屋に冷やしてあるはずですから、飲んでいってください」
「それはいいねぇ」
なかなかの重労働だったため、ンフィーレアの申し出は有り難かった。
「じゃあ、こっちです」
ンフィーレアが母屋に案内しようと歩き出し、それに付き添うかのように自分達も後を付いていこうとしたそのときであった。部屋の向こう側の扉が開かれた。
「はーい。お帰りなさーい」
扉の奥から出てきたのは、金色の髪をした短髪の女性だった。
ンフィーレアの祖母なわけがない、しかしやけに親しげだ。となるとンフィーレアの知り合いか何かだろうか。
「いやー心配しちゃったんだよ? いなくなっちゃったからさ。すっごいタイミング悪いよねー。何時帰ってくるんだろうって、ずっと待ってたんだよ?」
「……あ、あの。どなたなんでしょうか?」
ンフィーレアの言葉に驚く。
「え、お知り合いではないんですか!?」
不安を感じるほど親しげに怪しく話しかけてくるものだから、完全に知り合いかと思ったが、どうやら違うらしい。
「ん? えへへへー。私はね、君を攫いに来たんだー。アンデッドの大群を召喚する魔法〈不死の軍勢〉を使って貰いたいから私たちの道具になってよ。お姉さんのおねがい」
彼女が何を言っているのかいまいちよくわからない。しかし、徐々に溢れ出ている殺気は感じることができた。
武器を抜き戦闘態勢をとっても目の前の女の口は止まらない。
「第七位階魔法。普通の人じゃ使うのは困難な魔法だけど、叡者の額冠と君の力を使えばそれも可能。さらに召喚されたアンデッドを全部支配することは無理だけど、誘導することは可能! 完璧なけーかくだよねー! 凄いよねぇー」
「ンフィーレアさん下がって! ここから逃げてください」
一つだけわかったことがある。この女はンフィーレアを狙っているということだ。
「あの女がぺらぺら喋っているのは確実に私たちを殺せる自信があるからです。なら、あなたが向こうの狙いである以上、現状を変えうるのはあなたが逃げるという一手のみです」
悔しくも、目の前の女にはこの場にいる全員で挑んでも負けてしまうということがなぜか直感でわかる。正直自分も逃げ出したいが、それはできない。依頼主を最後まで守るのが冒険者だ。
「ニニャ! お前も下がるのである!」
「ガキ連れて逃げろや! 連れていかれた姉貴助けんだろ!」
ダインとルクルットがニニャに向けて叫ぶ。
「そうです。あなたはしなくてはいけないことがあります。私たちは最後まで協力できそうもないですが……時間ぐらいは稼ぎます」
「みんな……」
「んー、お涙ちょうだいだねー。もらい泣きしちゃうよ、うん。でも、逃げられると困っちゃうから。遊ぶのは一人ぐらいかなぁー」
女が笑いながらローブの下からスティレットを取り出した。そしてそれに合わせるように背後の扉が開き、女の仲間と思われる細身の男が姿を見せた。
まずい、挟まれてしまった。
「……遊びすぎだ」
「んー。何言ってるのカジッちゃん。取り敢えず悲鳴が漏れないように準備はしてくれてるんでしょ? 一人ぐらいならゆっくり遊んでもいいじゃない?」
先ほどよりも不気味な笑みを浮かべる女。
「うんじゃ、逃げる場所はなくなったし、やりましょうかねー」
背中に嫌な汗が流れる。ひとまずは後ろを取られたままでは危ういので、ニニャとンフィーレアを壁沿いに張り付かせ、自分とダイン、ルクルットの3人でかばう陣形を取る。
「んふふー。じゃあその後ろで震えてる魔法詠唱者で遊ぼっかなー」
後ろの魔法詠唱者とはニニャのことだろう。女が言っている遊ぶという意味はなんとなく察しがつく。そうはさせまいと剣を握る力を強める。
「それじゃ君たち男どもは用無しでーす。さっさと退場してもらいましょうか……ね!」
瞬間、女が気がついたら目の前にいた。気がついたらその手にもつスティレットを振りかざしていた。
そして直感した……自分は死ぬと。やがてスティレットの先端が自らの額に触れ……
「あっははー、まずは一人……? あ?」
そして意識は途切れ……なかった。痛みも何も感じない……一体どうしたというのだろうか。もしかしてもう自分は死んでしまったのだろうか? しかし意識ははっきりしていて、目の前の女が驚愕の表情を浮かべているのが見える。
「ペ、ペテル……お前身体が……」
隣にいるルクルットにそう言われ、ようやく自分の身体の異変に気がついた。
全身が淡い光に包まれていた。以前レジスから貰ったリストバンドから光が溢れ出て、その光が全身を守っているかのように包んでいるのだ。そしてその光が女のスティレットを触れさせないかのように止めている。
「……ッッ!」
「ぐっ……何がどうなって……!?」
しかし今は目の前の女に集中だ、何が起きたかわからないが女が呆けているその顔に剣をお見舞いしてやろうと、剣を振ったがバックステップで避けられた。
「はああああああ!」
未だ動揺している女に再度斬りかかる。しかし自分の攻撃はことごとく避けられてしまう。そして女も反撃しようとスティレットを繰り出す……が。
「くそっ! なんで攻撃が……!?」
「おい! 何を遊んでいる!」
しかし女の攻撃は光が弾く。まるで鎧のように自分への攻撃を弾いているのだ。
「ちっ! 〈
男の方から魔法の攻撃が繰り出された。自分ではなく後ろにいる仲間達に向けてだ。
「ぐっ……!」
「ダイン!」
酸の塊から、ダインが他のみんなを守るように立ちふさがり、もろに食らう。
「……!?」
男の方も女と同じように驚愕の表情を浮かべる。なぜなら完全に当たったはずの魔法が、自分と同じように淡い光に包まれたダインにより防がれたからだ。
そのまま攻撃をしては避けられ、攻撃をされては光が弾いてくれる。そんな攻防が数分間続いたところで男が叫ぶ。
「おい! 誰か近づいてくる。そいつらはもう放っておけ! どうせこの街の連中と共に死ぬんだ、それよりはやくそのガキを」
「くそがぁ……! どけぇ!」
光は衝撃までは防いでくれないのか、女にすごい力で押しのけられ、床に叩きつけられる。ダインやルクルット、ニニャもなす術なく女に吹っ飛ばされ、女は壁役がいなくなって無防備なンフィーレアの鳩尾に一発入れる。
「くっ……ま、まて!」
気絶したンフィーレアを担いで、男と女は一目散に外に駆けてゆく。ようやく痛みが引いてきて、自分達も慌てて外に出るが、既に見失ってしまった。
「……どうされたんですか?」
「あ……! モ、モモンさん!」
いつの間にか後ろには、森の賢王に跨ったモモンと、その傍にはナーベ、そして年老いたおばあさんがいた。
「攫われた?」
漆黒の剣のメンバーに事情を聞くと、どうやら依頼主であるンフィーレアが何者かに攫われたとのこと。
「は、はい……店の中にローブを着た女と、痩せた魔法詠唱者の男が急に現れて……」
「なんじゃと!? なんでわしの孫が……!」
ンフィーレアの祖母であるリィジーが声を上げる。
「ごめんなさいリィジーさん……お孫さんを守れなくて……」
それからペテルが順に起こった出来事を話していく。
どうやらンフィーレアを攫った連中は、ンフィーレアを使って何か企んでいる。そして誘拐犯は相当な手練れだということ。
「ふむ……なるほどわかりました。恐らくですが、早急に対処しなくてはならない事態になってしまったようですね」
漆黒の剣のメンバーもそれは理解しているのか、頷く。
「では私とナーベで、ンフィーレアさんを探してみましょう。リィジーさんとあなた達はこの件を組合に報告してきてください。場合によってはそのまま避難誘導を手伝ってください」
「ではモモンさん達は……」
「えぇ、ンフィーレアさんは必ず私たちが助けてみせます」
少し心配するような表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締めるペテル。
「……申し訳ありませんモモンさん。私たちにもっと強さがあれば」
たとえンフィーレアの居場所がわかっても、自分達がいっては返り討ちに遭うだけだと理解しているのだろう。
「気にする必要はありません……それで実はもう一つ聞いておきたいんですが」
「え、はい? なんでしょうか?」
ペテルの話では、誘拐犯の女に殺されそうになったところ、不思議な光によって助けられた。そう話していた……
「その不思議な光とは、リストバンドから発せられていたのですね?」
「え、えぇ。間違いなく……気がついたら腕から跡形もなく消えていたようですが……」
その言葉を聞き、アインズは少しだけ確信した。
(最初見たときは気付かなかったけど、あのリストバンド……多分、『不屈の精神』っていう課金ガチャ専用のアイテムじゃないのか……? 効果は確か、致死ダメージを一度だけ無効にして、一定時間ダメージを無効にする結構ぶっ壊れた性能だったような)
装備枠も使わずに装備可能なうえ、ワールドアイテムを使った攻撃以外はほとんど無効にする。使い切りアイテムの中ではかなりレアなアイテムだ。
そんな課金ガチャでしか出てこない激レアアイテムを何故彼らは、しかも四つも所持していたのだろうか。
「……そのリストバンドは強力なマジックアイテムのようですね。どこで手に入れたのですか?」
考えてもわからないことは人に聞く。これ社会人の常識。
「これは、以前出会ったレジスさんという旅の方にお守りとして頂いたものです。あ、レジスさんはこの街では銀狼という通り名で呼ばれている方で」
「!!」
後ろに控えていたナーベが急に動きだすのを手で制する。
(落ち着け、気持ちはわかるがここは知らないふりをしろ)
(し、しかし……承知しました……)
正直な話、アインズもナーベ同様。もしくはそれ以上に驚いたが、アンデッドの特性ですぐに落ち着いた。
一応アインズ達は遠い異国からはるばるやってきたという設定になってる。知らないふりをした方が何かと都合はいいだろう。
「そうですか……ぜひ会ってみたいものですね」
「まぁ私たちも偶然会ったようなものですし……あ、ですが運が良ければこの街にいれば会えるかもしれませんよ。レジスさんはこの大陸にいる間はこの街を基本の拠点にすると仰っていたので」
「……それは楽しみです」
思いがけぬところで情報を入手できて内心でガッツポーズを取る。この近くにいるのなら、魔法などのやり方で見つけだすことも可能かもしれない。
正直すぐにでも実行に移したいが、今はンフィーレアの件が優先事項だ。リィジーに部屋の一つを借りて、そこでスクロールなどを使いンフィーレアを探す準備を始める。
「……アインズ様」
「なんだ? それとモモンだからな今は」
気分が良いため、特にナーベに強く言う気は起きなかった。
「見つかりますでしょうか……見つけても帰ってきてくれるのでしょうか……?」
いつものキリっとした表情ではなく、少し弱気な表情でそんなことを聞いてくる。もちろんンフィーレアのことではない。
「……大丈夫だ。必ず見つけだして、必ず帰ってきてもらうさ」
何故なら……彼は、レジスさんは……
大事な大事な四十人しかいない
うっかり漆黒の剣のこと忘れてて、せっかく生存フラグ建てたのに放置してしまうところでした。
急いで執筆したので、短い上に内容スカスカです。取り敢えず漆黒の剣は生存ルートということさえ理解していただければ大丈夫です。
原作の流れは好きですが、作者の小説の中ぐらいなら漆黒の剣は生きていても良いかなと思いました。作者結構漆黒の剣のメンバー好きなんで……
ちなみにこの後は原作通りの流れになるので、大幅カットです。