圧倒的な戦力差、明確な命の危機を目の前にして何が俺にできるのか。こういうときこそ英雄としての資質が試されるのだろう。猪地くんと緑谷くんが身を挺して入試のときに示したように。
体が勝手に動いたと彼と彼女は言う。それはきっと正しいのだろう。ヒーローなら、兄さんならどうするか。どうあるべきか。それを基準に動くのが飯田天哉として、雄英の生徒としてのベターであるのはわかっている。
ただ、それだけではダメなのだと俺は知っている。知らされてしまった。死にさえしなければ猪地くんが生かし続けてくれ、リカバリーガールがどんな傷でも癒やしてくれる。オールマイトさえ救援に来てくれれば敵を散らしてくれる。現状を楽観視しているわけではないが、最悪の事態を防ぐ手段は手繰り寄せさえすればすぐ近くにあるのだ。
だからこそ俺は、この事態を切り抜けた後のことを一瞬想像してしまった。雄英への更なるバッシングは避けられず、特に猪地くんはマスコミにとって格好の標的になるだろう。明確に敵から狙われたこともだが、蘇生まがいのことをしなければならなくなりそれが表沙汰になった場合、エンドレスの再来などと騒ぎ立てられることも十分有り得る。そこまで思い至っている可能性があるのは当然彼女自身と相澤先生、それに同じ経験をした緑谷くん、麗日さんくらいだろうか。
クラスの副委員長としての立場も勿論ある。だが猪地くんの友人として、俺はこの馬鹿騒ぎをできるだけ円滑に、穏やかに収束させなくてはならないと決意した。そしてそれはきっと力による解決では成し得ない。
「あぁそうか。これはこの前の逆だな」
ヘルメットに籠もる声。気づけば独り言が口から漏れていた。小さかったとは思うが誰かに聞かれただろうか。しかし、どうするべきかの方向性は一つ見えた。あとはそのための手段、材料をかき集めろ。他の手段は先生が、みんなが考えてくれる。
「13号先生、侵入者対策のセンサーは?」
「もちろんありますが……作動していないようですね」
「
八百万くんが13号先生に状況の確認をする。そして轟くんの言うことは最もだと俺も思う。
「そうですね。かなり用意周到に計画された奇襲のようです。猪地さん、障子くん、出口の外に
「いいえ、今はまだ誰も!」
「あぁ、今なら安全だと思う」
13号先生の指示を先読みしていたかのように探知型の二人は即座に答える。
「では出口に新たな
「13号、今のうちに避難開始。学校に連絡を試せ。上鳴おまえも個性で連絡を試せ!」
「爆豪に言われてさっきからやってるけど、ダメっす。多分電波系のヤツがいるんだと」
「ちっ、ジャミングは当然してくるか」
こちらも対応が早い。みんなそれぞれできることを全力でやっている。敵への対処法、連絡手段、脱出手段の模索。俺以上に頭が回る生徒は居るし、汎用性の高い個性の持ち主も多い。
先生の援護で全部の
「八百万くん、1つ頼みがある」
しかし俺の頭では、持っているカードでは解決策は見つからない。だがみんなが解決策を見つけるまでの時間を稼ぐぐらいはできる。
「飯田さん。頼まれた物両方ともできましたけど、これは一体何に使うんですの?」
「決まっているだろう。君たちが教えてくれたことじゃないか」
さぁ飯田天哉、決してうろたえるな。堂々としろ。己がやるべきことをやれ。
「13号、行ってくる。後は任せたぞ」
「ええ任されました」
「少し待って下さい」
ゴーグルをかけ戦闘態勢を整えていた相澤先生を呼び止める。
「何をする気だ」
「先生がしようとしていることと同じことを」
「飯田、おとなしく引っ込んでいろ。俺は担任でお前は生徒だ」
「いいえ、副委員長として退けません。それに陽動役としては速度のある俺が最も適任です。それに……」
いつもより相澤先生の語気が鋭さを帯びている。入学して間もない生徒を敵の矢面に立たせるという判断は普通ならできないだろう。先生は正しい。だが、それでもみんなが助かる可能性が上がるのならば、俺は大人しく下がるわけには行かないのだ。
「明らかに今回の襲撃は向こうにとっても想定外のようです。大人しく退いてくれる可能性もあるなら探るべきかと」
「何やら後ろで八百万と猪地が動いているみたいだな。好きにやってみろ、ケツ持ちはしてやる」
「はい!」
許しは得た。胸を膨らませ大きな深呼吸を一つし、声を張り上げる。
『よく聞け、俺は雄英高校1-A副委員長の飯田天哉だ!』
うむ、曇りなく声がよく響く。流石は八百万くんお手製の拡声器だ。中々に性能がいい。
「なんだあの五月蝿い馬鹿は?」
手を纏った男が不機嫌な声をぶつけてくる。あぁ実に不機嫌そうだ。それでいい。
『問おう。君たちは何者だ?』
「威勢がいいですね。ですが問われたからには名乗りましょうか。初めまして我々は敵連合と申します」
黒い霧状の、参謀格らしき
「……口田くん、今のうちに呼んで」
「……陰に潜む小さきモノたちよ。気取られぬよう集いなさい」
俺の背後で猪地くんが動き出した。彼女の指示に従い口田くんが小声で個性を発動する。彼女たちの動きを気取られぬよう、注意を俺に引き付けなければならない。
『敵連合か。随分と安直な名前を付けたものだな。まぁそんなことはいい。それよりもだ。君たちは何を目的にこんな馬鹿けたことをしでかした?!』
「僭越ながらこの度はオールマイトに消えて頂きたいと思いましてね。本来ならばここにオールマイトが居ると聞いていたのですが少々予定が狂ったようですね」
本命はオールマイトで確定か。しかし学校から隔離された場所とはいえ、他のヒーローの介入のリスクを考えるならばもっと他の場所に誘い出すなど確実な手段はあったはずだ。何故そうしなかったのか。それが妙に気にかかる。
あの惨敗した模擬戦の後、交渉術や犯罪心理学について図書館で勉強を始めてみたところだったが、こんなことならもっと早くから読んでおけば良かったと思う。だが付け焼き刃でもないよりマシだ。時間を稼ぎつつ、できるだけ多くの情報引き出せ。何せ相手は集団だ。安直かつ初耳の団体名を聞く限り、その場っきりの寄せ集めである可能性は高い。
『その情報収集能力には恐れ入るがな。しかしオールマイトがここにいない時点で君たちの計画は失敗だ』
「これだけの戦力差を前に良く吼えますね」
『あぁ吼えるさ。仮にこの戦力がオールマイトと対等に戦える力があるとしてもだ。オールマイトが単騎でここに乗り込むと思うか? 雄英はこの前から入試にマスコミ侵入と騒ぎが立て続けにあったばかりだ。確かに雄英は敵の侵入を許し、致命的なダメージを今受けている。だからこそこれ以上傷を広げないためにも汚名返上のためにも全戦力をもって君たちを打倒するだろう。雄英の全てを相手に本当に勝てる気があるのか?』
「あのガキ、飯田っていったよな。インゲニウムの身内か?」
「だろうな。ウチの兄貴の仇だ。俺の鉤爪で血祭りにしてやる!」
「おいおい、誰か飯田の野郎を止めろって。敵に真っ先に狙われるぞアイツ」
峰田くん心配かけてすまない。だがこれで良いんだ。可能性がゼロではないというだけで、ここまでのことをしでかした敵がすんなり退いてくれるなど楽観的に考えているわけではない。
だからこれは次の段階に入ったときのための布石でもある。殿を務めるであろう先生の補助として俺が陽動を行う。これは最も機動力に長けた俺が担うべき役割だ。己を囮として機能させるためにもできるだけ多くの敵意を今のうちに俺に集める必要がある。
「誰か手の開いている人、メモを手伝ってくれへん?」
「ケロ、手伝うわ」
「百ちゃんはアレを作るのに専念して」
「えぇ早速とりかかっていますわ。青山さんはもう覚えましたわよね?」
「当然☆」
「よっしゃ。本気モードOKだよ。13号先生、行ってきます!」
「はい。葉隠さん、くれぐれも気をつけて!」
背後から聞こえるみんなの声。猪地くんたちと13号先生の主導でなんらかの作戦が順調に進行しているようだ。俺も負けていられない。全力を尽くそう。
『そうリーダー格の君たちは本気でそう思っているかもしれないが、他はどうだ? オールマイト殺しの箔がつくかもしれないとおこぼれに預かろうという浅はかな考えの者はいなかったのか?』
主犯格らしき二人はともかく、他の敵たちも本当に不倒のオールマイトを倒せると考えているのか。迷いが出れば集団の結束に綻びが生じるかもしれない。
『それにそもそもだ。まさかこんな有象無象の寄せ集めでオールマイトを倒せるとでも?』
「言ったな。糞ガキが」
「死柄木さん、殺っちゃっていいですよね?」
「あいつの臓物をぶちまけなきゃ、オレの腹の虫が収まらねぇ」
迷い、怯む気配はない。どうやら向こうもそろそろ我慢の限界のようだ。エンジンを温め、身構える。交渉には失敗したが、十分に敵意はこの身に集めた。
「……天哉」
小声で猪地くんが俺を呼ぶ。だが俺は振り向くわけには行かない。ただ耳だけを傾ける。
「餞別」
見知らぬ犬を撫でるときのように、ほんの少しだけ。彼女の指先が手袋越しに俺の指先に触れた。
「使って」
血が、鼓動が、生命が体内を駆け廻る。指先まで染み渡る暖かさ。これが猪地くんの言う「生命力」か。可視化できないものであるため、半信半疑な部分もあったが実感としてようやく理解した。そう言えば猪地くんの個性を本来の形で使ってもらうのはこれが始めてだ。
「貴重なものをありがとう。恩に着る」
敵の銃口がこちらに向けられた。後ろのみんなに流れ弾に中たるのは駄目だ。同じことを先生も考えていたようだ。
「限界だな。絶対に脚は止めず、掻き回せ。霧のは俺の個性でしか抑えられん。やりやすい雑魚だけでいい。お前がやられると士気に関わる。無理はするなよ」
「はい!」
「行くぞ!」
帯状の捕縛武器を手にした相澤先生が空を滑走するように階段から飛び降りた。俺もそれに続く。
「射撃隊行くぞぉお!」
「間抜けどもめ。蜂の巣にしてやるぜ」
さぁ、楽しい鬼ごっこの時間だ。
「あれ出ねぇぞ?」
「俺も弾が、ぐわぁああああ?!」
相澤先生の個性によって個性を消された
「馬鹿やろう! アイツは見ただけで個性を消せるイレイザーヘッドだ!」
「なら後ろを向いているうちに……」
俺から相澤先生へ注意が向いた。その分、背後への警戒がお粗末だ。
「させないっ!」
階段を全力で駆け下りながら、高低差を活かした急襲。
続けざまに2人の敵へ延髄に蹴りを打ち込む。
効いたのかどうか、確認する暇はない。振り向くな、次だ。
被断面積を小さくするべくなるべく身を屈めながら前進。
更に低く。敵の懐に飛び込み牛頭の敵の左脚に全力のローキックを見舞う。
脚甲から伝わる衝撃。多分これが砕いた感覚というものなのだろう。
「何だ?! はえぇぞコイツ!」
自分を過信するな。俺は速いがまだ弱い。攻撃は無理をしなくていい。決して脚を止めず、
「ガキが調子に乗りや…………ぐはっ?!」
相澤先生が倒してくれる。
「生徒よりイレイザーヘッドだ。てめぇら!」
「白いのは脚だけだ。近づかなければどうってこと……ぶぎっ?!」
状態の力を更に乗せて加速させた拡声器を顔面に向かって投げつける。投擲武器として拡声器の形状は歪であり効果的とは言い難いが、相手を怯ませるには充分。
当然的中するわけはなく、顔面の右方に逸れてしまったが、敵は一瞬思わず目をつぶり、手を止めた。その隙に距離を最短で詰め、防御が薄くなった腹部へと前蹴りを入れる。
「八百万くん、すまない」
それにしても、我ながら今日は明らかに動きのキレが増している。集中力と良い、エンジンの温まりの速さと良い、とにかく絶好調だ。これだけの運動量にも関わらず、一向に疲れる気配がない。
猪地くんの餞別の恩恵を感じ取りながら、次の段階へと踏み込む。
狙うは飛び道具持ちと異形型だ。
一番近いのは両腕がカニのようなハサミの女。
例え女性であっても敵であるならば容赦はできない。
心臓部を狙ったハサミでの刺突を右への重心移動で避け、すれ違いざまに左足を思い切り振り抜き
その後ろに立っていたクロスボウを生やした痩身の男。地面を向いていたクロスボウの先が持ち上がろうとする。
しかしこのまま最高速度で突入し、狙いが定まる前に
狙撃銃を持った毛玉男が引き金を引こうとする。
更に屈むとほぼ同時に銃口が火を吹いた。だが中ってはいない。
そのままの態勢で接敵し、
「死ねぇ!!!」
右手がガトリングになっている
明後日の方向に指先の銃口が向いている。わざわざ回避行動を取るまでもない。
だがその判断は間違いだったとすぐに気づく。
「しまったっ!」
弾が向かうのは無防備なみんなのところだった。
「やめろっ!」
下顎へ左膝を叩き込む。ガトリングの回転は止まった。しかしみんなは?!
「ふっー、一瞬ドキッとしたぜ」
「切島くん!」
どうやら彼が個性で庇ってくれたらしい。
「前だけ見てろ。殿なら硬てぇ俺向きの役割だろ」
「後ろは任せておけよ非常口!」
硬化の個性を持つ切島くんと、猪地くんの盾を手にした身体能力の高い砂藤くんの2人か。確かに彼らなら適任の配置だ。
「僕も居ます。絶対に後ろには通しません」
13号先生も並び立った。鉄壁の布陣だ。これなら安心できる。
「任せた!」
相澤先生は手の男と霧の男の2人組と交戦を始めた。
霧の男は絶対に自由にさせてはいけないが故に彼の個性を封じ続けながら、リーダーの男を抑えなければならないのだ。かなりの負担だろう。援護が必要だ。
少し離れたところから相澤先生を射撃している
取り巻きの
敵の間隙を縫って中央部に突入後、八百万くんに用意してもらったもう1つのアイテムを放り投げる。
「こけし? なんでこんなものをって、おい?!」
投げてから僅かな時間を置いた後に煙幕が炸裂する。
こけしではない。マトリョーシカだ。
前の模擬戦では俺が食らった側だったが、まさかアレが煙幕弾だなどと
「煙幕っ?! 全然見えないぞ」
「撃つなよ。絶対撃つなよ。ぎゃぁあああ?!」
広場の戦闘において、こちらの味方は相澤先生と俺の2人だが、相手は数えるのも馬鹿らしいほどの数だ。数では圧倒的に劣っているが故に、視界を奪ってしまえば同士討ちを狙える。
ほとんど無差別タックルになりながらもなんとか補足されることなく
段々と煙幕が晴れてきた。みんなは、相澤先生はどうしているだろうか。一旦煙幕の外側へ飛び出す。
「不味い」
いつの間に相澤先生の個性から逃れたのか、黒い霧の男が転移して出口近辺に移動していたみんなの前へと現れていた。だが先生は俺の数倍の敵を引き受けており明らかに苦戦しているように見える。
そして13号先生が地面に倒れている。背面にかけてスーツが大きく損傷し、猪地くんが寄り添っているようだ。明らかに不味いぞ。
「逃しませんよ。散り散りにして1人づつ始末してあげましょう」
戦闘能力が低い者を各個撃破されるわけにはいかない。
この集団を突破して駆けつけなければ。
「くそっ、コイツ物理攻撃が通じねぇ?!」
切島くんと砂藤くんの攻撃が通っていないようだ。それでは俺が駆けつけても何の解決にもならない。
それよりも俺の現在地から見て、みんなのところよりも近い位置にいる先生の周囲の敵を引き受けに駆けつけて、霧の男の個性を封じてもらうのが良いのか────それしかない!
「俺が代わります! 先生はみんなをっ!!」
周囲の
先生も
「やらせるもんか。SMASH!!」
一陣の突風。
吹き荒れる暴力の奔流が霧の男を押し流す。
「何だと?!」
「しゃあ! ナイスだぜ緑谷!」
彼の方に目を向けると、右手の人差し指を負傷している。文字通り捨て身の一撃だったようだ。
「いっ、痛ぅ…………よし、読み通り風でなら妨害できる」
不敵な笑みと激痛による苦悶を同時に垣間見せる緑谷くん。
「全く君という男は……」
いつも
「チッ、やっと溜まった。そこをどけぇっ、デク! 糞メガネ!」
聞き慣れた下品な声が届く。右手の手榴弾型の籠手、その安全ピンに指をかける爆豪くん。
アレが彼の切り札か。クラス一直情的な男がやけに大人しいと思っていたがこのためだったのだろう。
最も厄介な霧状の
本丸を一気に制圧するなら確かに今がチャンスだ。
「先生!」
相澤先生を抱え、即座に射線上から離脱する。
「死ねぇええええええええっ!」
煉獄を彷彿させる容赦なき一撃が、戦場を業火に染め上げた。