英雄の境界   作:みゅう

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第15話 麗日:フライハイ◆

 それぞれが個人練習とクラスでのコンビネーション練習を重ねること2週間、いよいよ訪れた雄英体育祭。

 

 僕自身の課題であるワン・フォー・オールの制御は全然前に進まなかったけれども、みんなの個性の精度やインターバル、効果範囲などの詳しい理解がお互いにできたのは大きな収穫だ。そして猪地さん主催の早朝ブートキャンプによって僕を含めた前衛組の筋力面も少しだけ向上した気がする。

 

「皆、準備はできているか!? もうじき入場だぞ。開会式の後はすぐに第1種目だ。時間がある今のうちに最終確認をするぞ!」

 

 熱気のこもった控え室に良く通る気合いの入った飯田くんの一言。今までならちょっと流され気味な彼の言葉だけど、彼の真剣さが伝わったのだろう。すぐに場が静まりしっかり聞こうとする体勢を皆とった。

 

「移動時、休憩時には決して1人にならず最低でも2人1組で行動すること。それからマスコミのインタビューに対して個人の判断で迂闊な受け答えをしないこと。必ず守るように!」

「それからお配りしたGPS付き小型警報機を肌身離さず持っておくこと。万が一壊れた時は私がもう一度作りますから仰ってくださいね」

 

 委員長の八百万さんが飯田くんの隣に並んで指示を出す。2人の指示は主に(ヴィラン)連合の襲撃を警戒してのことだ。

 

「へへ~なんかこういうのって、ちょっとカッコいいよね」

 

 葉隠さんが右手首に巻かれた“1-A”という赤文字の刻まれた白いリストバンド――――八百万特製の小型発信機を高く掲げて言う。これには緊急時用のボタンがついており、これを押せば万が一襲撃されたとしても飯田くん、八百万さん、そして相澤先生が持つGPSの受信機で情報を受け取ることができるようになっている。

 

 考案した始めの頃は僕たち生徒で勝手に自衛しようという流れだったが、プロとの実力差を実感した僕らは担任である相澤先生に許可を取り、巻き込む形となった。基本的に体育祭においてコスチュームなどの着用は禁じられているがこのリストバンドは相澤先生が許可をとってくれた形だ。

 

「うん、お揃いってのは一体感があっていいじゃん。ウチの好きなバンドのグッズと似ていていい感じ。ヤオモモありがとう!」

「ありがとーヤオモモ!」

 

 耳郎さん、芦戸さんの声に続けて皆がお礼を言う。

 

「しゃあ! やっぱここはみんないっちょアレやろうぜ!」

「アレとはなんだ?」

「切島ちゃん、アレじゃみんなわからないわ。具体的な言葉にしないと」

 

 拳を突き合わせた切島くんに疑問を呈する飯田くんと梅雨ちゃん。皆も同様に首を傾げている。

 

「円陣だよ。円陣。気合入れて行こうぜ」

「いいね。私も賛成。ほらっ、茶子ちゃん!」

 

 切島くんがリストバンドを付けた右手を前に突き出し、麗日さんの右手首を掴んだ猪地さんが切島くんの手に2人分の手を重ねる。

 

「良い提案だ。是非やろう!」

「ええ、盛り上がりますわね」

 

 飯田くん、八百万さんが賛同し、皆もその後に続く。僕は瀬呂くんの後に続き、その上にクールな轟くんも渋々ながら手を重ねる。

 

「うぉおお、これは合法的に女子の手の温もりを味わうチャンス。今だ蛙吹のムチムチお手々を!」

 

 まただ。峰田くんがいつものアレを発症させていた。タイミングを余程吟味していたのだろう。しかし――

 

『俺も』

「ケロ、黒影(ダークシャドウ)ちゃんもするのね」

 

 まさにコンマ1秒の差だった。常闇くんの個性である黒影(ダークシャドウ)が梅雨ちゃんの上に峰田くんよりも早く手を乗せていた。

 

「ノー!!」

「残念だったな峰田。後は俺と爆豪だ」

 

 峰田くんの悲痛な叫びが木霊するが無情にも砂藤くんのゴツい手が峰田くんの手を上からガッチリ押さえる。あと残りはかっちゃんだけだ。

 

「ほら、お前がやんねーと式が始まっちまう」

 

 切島くんが左手でかっちゃんの手を取り、砂藤くんの手の上に無理やり乗せる。

 

「メンドクセーな。ったく、やんならサッサと済ませろ」

「おう、じゃあ音頭は委員長、いっちょ頼むぜ」

「私ですか。てっきり飯田さんと思ったのですが、そうですね。任されましたわ。それではこういうときの掛け声は決まっていますわよね。では行きますわ――――」

 

 八百万さんの前フリに皆が頷く。雄英においてこういうときの掛け声は1つだ。

 

PLUS ULTRA(プルス ウルトラ)!!!」

 

 

 

 

 

 

               ×             ×

 

 

 

 

 

『どうせお目当てはこいつらだろ!?』

 

 一歩一歩、近づくほどに大きくなる会場の熱狂と司会の声。

 

『何人ものプロをも退けた(ヴィラン)の襲撃を凌ぎ、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!! 1年A組だろおお!!?』

 

 持ち上げっぷりが凄いプレゼントマイクの煽りと共に入場する。薄暗い廊下から出ると燦々と照りつける太陽が顔を覗かせた。その明るさと熱量に一瞬目が眩みそうになる。

 

「これが噂の1年か。あれがエンデヴァーの息子か?」

「そういえばエンドレスの娘も居たよな」

「あの子、そういえばヘドロ事件の……」

 

 1人1人の声を正確に聞き取るのは難しいが、似たようなニュアンスの声はそれとなく感じ取れた。何気に結構ウチのクラス、有名人多いよね。

 

「みんな雑音は気にしないで。爆豪の言うとおりモブとでも羽虫とでも思っておけばいい。今日ぐらいはバチはあたんないよ」

 

 眉をひそめ、険しい表情を見せる猪地さんが呼びかける。世間から疎まれて育ってきた彼女なりの処世術なのだろう。その言葉には説得力があった。僕の聞き取れなかった言葉の中に心無い発言もあったのかもしれないな。そして後ろを振り返ると、会場と入場口の境目で足を止めた麗日さんが居た。

 

「行こう」

 

 そっと手を引く。強く握り返され、麗日さんも歩き出した。

 

「ありがとうデクくん」

「どういたしまして」

 

 笑顔だ。不安にさせないようありったけの笑顔を作る。この2週間、定期的にリカバリーガールによる監督の下、心操くんと猪地さんの治療で不安定になっていた麗日さんの症状はかなり改善されたけれど、今日はこういう場だ。何が起こるか、何を言われるか全くわからない。麗日さんに支えてもらってばかりじゃ駄目だ。こういうときぐらい男らしく頑張らないと。

 

「“笑顔が最強”だったね。父ちゃん母ちゃんに格好いいところ見せんと!」

「うん、うちの母さんも見てるし頑張らないとね」

 

 母さんだけじゃない、オールマイトも期待してくれているんだ。かっちゃん、飯田くん、猪地さん、八百万さん、轟くんを筆頭にA組だけでもすごい実力の人たちがいっぱい居る中、1位を獲れというオーダーはかなりハードルが高いけれども、絶対にやり遂げないと。

 

『お揃いのリストバンド着けてるのは何だ、結束の証か? お前のクラスにしては仲良いな、イレイザー』

『単に仲が良いとは違うと思うがな』

『さぁB組に続いて普通科、サポート科、経営科も入場だ!』

『無視かよ』

 

 解説役としてなのか相澤先生の声がプレゼントマイクと一緒に放送される。こうして全クラスが会場に出揃い、開会式が始まる。

 

 今年の主審は18禁ヒーローのミッドナイトだ。露出度の高いボンテージと極薄タイツのコスチュームを身に纏っている。彼女のヒーローデビューによりコスチューム規制が大幅に変えられ、ヒーロー史を変えた偉人だ。いつも思うんだけれど、これ全国放送していいんだよね? まぁ何か有事のときに彼女の個性の眠り香が有効だから選ばれたんだろうけれど。

 

「選手宣誓! 選手代表は1年A組、飯田天哉くん!」

「はい!」

 

 ミッドナイトに呼ばれると堂々とした挙手をした後、朝礼台に上がる飯田くん。

 

「インゲニウムの弟か」

「確かあいつが入試1位だったよな」

「ヒーロー科のだろ」

「あれだけのことあった後だろ、何言うんだろうな」

 

 他のクラスからヒソヒソ声が聞こえる。飯田くんは気にしているような様子を一切見せず、朝礼台でまっすぐに手をあげた。

 

「選手宣誓の前に、皆さんの時間を少し頂いても宜しいでしょうか?」

 

 誰よりも真面目な彼だ。僕たちを代表して何を発言するべきかきっとこの2週間悩み続けたのだろう。彼が何をしたいのか、何となく察することができた。

 

「認めましょう。続けて」

 

 麗日さんが僕の手を握る力が少し増す。次第に場が静寂に包まれていき、ミッドナイトの了承を以て飯田くんは言葉を続けた。

 

「先日、痛ましい事件がありました。そして皆さんがご存知のとおり雄英は決して無関係ではありません。言いたいことは沢山あります。ですが今は少しだけ亡くなられた方の安寧を一緒に祈って頂けないでしょうか?」

 

 ミッドナイトが頷いた。そして彼女は飯田くんの言葉を引き継ぐ。

 

「それでは会場の皆さんご起立頂けますでしょうか」

 

 見渡す限りの、会場全ての人々が一斉に立ち上がる。それを確認したミッドナイトが声をかけた。

 

「テレビをご覧の皆さんも一緒に祈って下さい――――黙祷」

 

 時間にして通例なら一分ほど、僕は事件の被害者たちへの謝罪と安寧と誓いを込めて黙祷をするはずだった。けれども十秒もしないうちに、死者のために設けられた沈黙の場は破られた。

 

「アンタたちがっ!!」

 

 小さな声。だけれども静寂の中で発せられたたった一人の女性の金切り声が、どうしようもないほど痛烈に僕の鼓膜に焼き付いた。

 

「アンタたちがちゃんと(ヴィラン)をやっつけないから、私の旦那は死んだのよ! 体育祭やるなんてどういう神経してんのよ!」

 

 瞳を開き、声のする方へ視線を向ける。観客席の最前列で瓶らしき何かを手に持った母さんと同じくらいの年齢の女性がヒーローに羽交い締めにされながらも泣き叫んでいた。

 

「ヒーローになりたいんなら死んで当然の覚悟あったんでしょ?! ただのパン屋だったのよ。警察から感謝状も貰ったこともあるくらい良い人だったわ! なんでアンタたちがヘラヘラと笑ってんのよ! なんで死んででも(ヴィラン)をやっつけなかったのよっ!」

 

 テレビで似たようなことは散々聞いた。でも生の声で聞くと、その悲痛さは全然違う。僕の判断があの事態を招いた。だからこの言葉は僕だけが浴びるべきのはずだったんだ。でもこうして麗日さんやクラスの皆の心が傷つけられている。その何百倍もあの女性は傷ついているのだろうけれども。

 

「奥さん、落ち着いて。今なら何事もなく終われる――」

「ふざけるな。何事も?! もうあったわよ! 離しなさいよ! 離せぇええ!!」

 

 警備のヒーローたちに引き摺られながら奥へと消えようとする被害者遺族の女性。

 

「待って下さい!! 少しだけ待って下さい、お願いします。俺にはその人に言わなければならないことがあるんです!!」

 

 飯田くんだった。直角よりも深く頭を下げた彼が、女性を連れ去ろうとするヒーローたちに待ったをかけた。

 

「あの日、俺は生命の重みを始めて本当の意味で感じました。自分自身が何度も殺されかけたことは勿論、四肢全てを犠牲にしてまで仲間のために戦い続けた友の姿、死にかけていた仲間を皆で懸命に治療したこと。そして取り逃がした(ヴィラン)によって21名の犠牲者が出たこと。起こった出来事の全てがあまりにも鮮烈でした。きっと一生俺はこの日のことを忘れないでしょう」

 

 一度頭を上げた飯田くんが、しっかりと自分の言葉で僕たちの思いを代弁する。これはきっと元々考えていた文章ではないのだろうけれども、生来の真面目さが言葉の端々に溢れているのが感じ取れた。

 

「俺たちは生き残ることができました。ですがあの日の俺たちはあの(ヴィラン)全てを取り押さえられるほどには強くはなかった。弱かったから自分たちの身を守ることで精一杯だった。それが事実です。あれからまだたった2週間しか経っていません。ですがその2週間で俺たちは少しだけでも強くなりました。強くなろうと皆で誓い、努力しました。そしてもっとこれから強くなります。2度と同じ過ちを繰り返さないために」

 

 力強く、飯田くんは宣言する。選手としてではなくヒーローを目指すものとして。

 

「だから最後まで見て行って下さい。今の俺たちの強さを、覚悟を、俺は誰よりも貴女にこそ見て欲しいんです。だから警備の皆さん彼女を離して下さい。お願いします!!」

 

 膝に届きそうなほどに深く上体を折り曲げる飯田くん。彼に続けて僕も含めたクラスの皆が声を合わせた。

 

「お願いします!!」

 

 その声を受けて、瓶だけ取り上げたヒーローは女性の拘束を解いた。そして飯田くんがメガネのズレを人差し指で直し、大きく深呼吸すると先ほどまでとは違う口調で話し始めた。 

 

「それから恐れろ、(ヴィラン)ども。俺たちは強くなった。そしてもっと強くなる。お前たちが2度と悪事に手を染めようと思わなくなるくらいにな」

 

 テレビの向こう側に居るであろう(ヴィラン)たちへの宣戦布告。飯田くんの普段のイメージとは全く異なるくらいの勢いだ。逞しくてかっこいい言葉を選んだのは切島くんたちの影響だろうか。

 

「よく言った非常口!!」

「やるじゃん天哉!」

「自信過剰な嫌いもあるけどよ、漢じゃねぇか。アイツがA組の副委員長か」

「うん、最後のはちょっと青臭いけどいいわね好み」

 

 飯田くんの選手宣誓への反応はというと意外と悪くはなかったようだ。

 

「さーて早速第1種目いきましょうか。いわゆる予選よ。今年の種目は――――コレよ!」

 

 唐突な切り出し方のミッドナイトに会場は少し戸惑いながらも種目名の刻まれた電光掲示板に目を向ける。障害物競走と書いてある。解説によるとコースさえ守れば何をしたって構わない総当りレースとのことだ。すぐにスタート地点に向かうことになったが麗日さんとはぐれてしまった。

 

 スタート地点で団子状態になっていることを考えるといち早くここから抜け出すか、そして後続を妨害するかにかかっている。A組の中だけでも轟くんや八百万さん、峰田くん、芦戸さんは後続への妨害能力がかなり高い。

 

 でも前の様子はこのギュウギュウ詰めの状態では全くわからないけれど、この中の誰か一人でも前に出ていることを想定すると、スタート直後の最善手は――――

 

『スタート!!!』

「上だ!」

 

 前の選手の両肩を掴み、上へとジャンプする。すると足元に一面の氷が広がった。やっぱり轟くんが仕掛けてきたか。僕と同じことを想定していたのか、A組をはじめとして多くの生徒が同時にジャンプしていた。

 

 その後特に妨害はなく、足元が凍ったままで団子状態の群れを抜けて前の集団へと加わる。先頭は轟くん、そしてかっちゃん、飯田くん、芦戸さん、猪地さんと続く。彼らの少し後ろで僕は峰田くんと並走していたときだった。強かに峰田くんがトップの轟くんに妨害をしかけようとしたとき――――

 

「峰田左だ!!」

 

 障子くんの声を受けて理解した。入試の仮想(ヴィラン)である小型ロボットが峰田くんの死角から襲いかかっていた

 

「ぐぇっ!」

 

 峰田くんの襟を掴んで強引に僕の後ろへと引き寄せる。間一髪、1Pヴィラン――早いけれど脆いタイプの奴だ。回避はできたけれども通り過ぎたロボットは旋回してもう一度こちらへ突っ込んでこようとする。

 

「据え膳☆」

 

 後ろから放たれた煌めく光が仮想(ヴィラン)の首を貫いた。青山くんだ。そう言えば入試のときも同じように助けられたんだっけ。

 

「ありがとう!」

「今回ポイントはないけれど、目一杯アピールいないといけないからね☆ それにしてもアレ、これはまた懐かしいのが出てきたね」

 

 青山くんが指差すのはあの超巨大なロボットである0P(ヴィラン)の群れ。しかも小型や中型のロボットもかなりの数が足元にウロウロしている。

 

『いきなり障害物だ! まずは第一関門“ロボ・インフェルノ”だ!』

 

 道を塞ぐように並び立つ仮想(ヴィラン)。青山くんの言うとおり今回はポイントがあるわけじゃないから、必ずしも倒さなければならないということはないだろう。今はまだ第一種目の最序盤、個性は温存するのが本来なら正解のはず。でも――――

 

「しゃあっ軽くなった。頼むぜ!」

「えぇ、構えて切島ちゃん。行くわよ!」

「いっけぇええええ!」

 

 後方で聞き慣れた声がした。そして1つの人間大の弾丸がセンターに陣取った0P(ヴィラン)の中心部に着弾し、分厚い装甲をぶち破って背中まで貫通した。

 

『Yeah! なんだアレは、まさに人間大砲! A組切島、A組の麗日、蛙吹と共にデカブツを撃破だ!』

「おっっしゃあああああ!!」

 

 麗日さんの無重力化で軽くした切島くんを梅雨ちゃんの舌の怪力で発射したのか。防御だけじゃ駄目だからって、切島くんを中心にこの前も練習していたな。 

 

「青山くん、私たちもいつものアレやるよ!」

「了解だよ☆」

 

 いつの間にか右翼の0P(ヴィラン)の股を潜り抜けていた青山くんと猪地さんのコンビ。

 左踵の少し後ろに辿り着き、足を止めた2人は不敵な笑みを浮かべる。

 

「デメリットは気にしないで。全力でやっちゃえ!」

「最高のキラメキを見せてあげるよ☆」

 

 両脇腹を猪地さんに支えてもらいながら、0P(ヴィラン)の装甲が薄いであろう股関節部を狙って放たれた青山くんのネビルレーザー。いつもよりも輝きを増した一条の光が股関節部を切断し、片足を失った0P(ヴィラン)は当然バランスを崩した。しかし一番外側に居たロボットがコース外の方へ倒れたため、周りへの被害は一切ない。完璧な討伐だ。

 

『続いてA組、青山と猪地ペアも綺麗に無力化だ! それにしてもイレイザー。A組のコンビネーション、完成度といい初動の躊躇いのなさと良い、1年のこの時期にしては異常だろ。何やったらこう育つんだ?』

『俺は何もしちゃいない。だがあの真面目馬鹿が言ったとおりだ。あいつらはお祭り気分で参加なんかしちゃいない。本来のドラフトのことだって殆ど忘れてやがる。あいつらにとって、ここはまだ戦場なんだよ。画面の奥にいる(ヴィラン)と戦っている。その意識の差だな』

 

 相澤先生の言っていることは殆ど当たっている。本当なら指名とか自分の未来とかだけを考えていればよかったはずなのに、今だって抜けれる人はさっさと抜けてしまえばいいだけの話なのにそうしないのは、僕らにとってここは戦場となんら変わりないだからだ。少しでも強くなったところを見せつける。そのわかりやすい指標として仮想(ヴィラン)はあまりにも理想的だった。

 

『おっと、さらにA組の轟、単独で仮想(ヴィラン)を凍らせたぁあ!』

 

 そして最前列に居た轟くんが右手を一振りするだけであっさりと0P(ヴィラン)の全身を凍らせる。範囲攻撃の鬼だよね彼は。間違いなくクラス最強の一角だ。

 

『続いてA組爆豪、これはクレーバーな選択だ。下が駄目ならと上を行ったー!!』 

 

 プレゼントマイクの実況がどんどん早く、熱気を帯びてくる。

 両手からの爆破をブースターにしてかっちゃんは0P(ヴィラン)の上へとドンドン登る。

 そして真上を獲ったかっちゃんがロボの頭頂部に右手をあてながら吠えた。

 

「本当なら無視して楽してぇが、俺は今、最高にムシャクシャしてんだよ!! 踏み台になりやがれ――徹甲弾(A・P・ショット)α!!!」

 

 頭の所で小さな爆発が起こる。だがそれだけで仮想(ヴィラン)は動きを止めた。確かかっちゃんが叫んだその技名は貫通力重視の新技のはずだ。かっちゃんはその性格上、連携はほとんど練習しなかったけれど新技の開発と基礎トレに注力していたみたいだった。その効果が早速出たらしい。序盤からこんな大技を使えるってことは立ち上がりの遅さもいくらか改善できたってことなのかな。

 

『こいつも単独撃破だ。熱いぜ爆豪! てかA組はアレか。先に進まずわざわざ倒さなくていいのを倒してるのはパフォーマンスか? 余裕あるじゃねぇかチキショウ!』

『だから俺はさっきそう説明したはずだが』

 

 皆が惜しみなく個性を使う中、僕だけは個性を温存せざるを得ない。だから個性なしでも貢献できることを探すべく辺りを見渡す。

 

 機械相手が苦手な猪地さんに変わり、障子くんがメインで指示出しをしている。

 飯田くん、尾白くんは持ち前の機動力を生かして中型と小型の(ヴィラン)を排除するべく遊撃に回っている。

 芦戸さん、峰田くん、瀬呂くん、砂藤くんも連携している様子を見るに、0P(ヴィラン)を倒す算段が着いたようだ。

 

「なら、今フォローが必要なのは――」

 

 0P(ヴィラン)の装甲の一部分、機動隊の盾のような形のものを拾ってピンチが迫る彼女の下へと駆けつける。

 

「八百万さん!!」

 

 1P(ヴィラン)の攻撃を正面から受け止める。やっぱりあの大きいヤツのほうが装甲が厚い。手に衝撃が走ったものの攻撃を無事に止めることができた。

 

「抉れ、黒影(ダークシャドウ)!」

「ありがとう常闇くん!」

 

 黒影(ダークシャドウ)の爪が小型仮想(ヴィラン)を貫く。常闇くんは次の獲物を見つけると、無言で走り去った。

 

「助かりましたわ。緑谷さん。これで完成しました。近くの方は耳を塞いで下さい! 行きますわ!」

 

 八百万さんが作成した大砲が炸裂する。時間を掛けて精密なものを作った分、威力は十分だ。たったの一撃で0P(ヴィラン)のど真ん中を撃ち抜いた。これで0P(ヴィラン)は全部倒したことになるけれども、この流れだとみんな殲滅するまでやるつもりなのかな。

 

「皆さん、十分これでアピールにはなったはずです。そろそろ次に行きましょう!」

 

 そう考えていたときに委員長である八百万さんの一声で、小型と中型の仮想(ヴィラン)を少々残しつつ次のステージへ進む。他のクラスがいい加減先に行こうとしていたから妥当な判断だ。

 

『次の第二関門はそんなに甘くねぇぞ! 落ちればアウト。それが嫌なら止まってな。“ザ・フォール”!!!』

 

 底が見えないほどの谷の上にそびえ立つ柱の群れ。それを繋ぐロープが無数に張り巡らされている。柱と柱の間隔はバラバラで、妨害を気にせず最短ルートを取るか妨害の少ない方へ迂回するかなど様々な判断が必要そうだ。

 

 先頭組の轟くんは足から発生させた氷で加速しつつ難なく進み、かっちゃんは爆発を利用して空を飛ぶ。でも――

 

『トップを走るのは単独撃破で会場を湧かせた轟と爆豪だ! でもなんだ。こいつらめっちゃ妨害しあってるぞ。今がチャンスだ。出し抜けよテメェら!!』

 

 でも僕だってのんきに眺めている場合じゃない。ぶら下がって進むしかない僕は妨害が少なめのルートを選択して進みながら実況に耳を傾ける。

 

『次はシビィ―選手宣誓を見せたA組の飯田! 進み方はカッコ悪ィイポーズだがクラスの違う普通科C組の心操とちゃっかり連携してるのはイカスぜ!』

 

 トップ組に目を向けた。実況の通り轟くんとかっちゃんの少し後ろを走るのは飯田くんだ。綱の上に足を乗せた状態でエンジンの推進力のみで移動している。でも背中に心操くんをおぶっているのは、もしかしなくても操られちゃっているのかな。最近仲良くしていたから警戒が甘かったのかもしれない。

 

『おーっと、さっきは華麗な連携で大活躍を見せた麗日と猪地が猛追をかける! ロープを渡らず麗日をお姫様抱っこした猪地が崖をひとっ飛びだ。早い早いぞー!』

 

 個性の使用による体調面でのデメリットを大幅軽減させることが可能な猪地さんは、いろんな人と組んで力を発揮しているけれど、その中でも理不尽なまでに強力なのが青山くん又は麗日さんとのコンビだ。

 

 麗日さんと組んだ場合、吐き気の症状が出ないようにできるので、許容量がアップし麗日さん自身への個性の付与も躊躇いなく仕様可能になる。普段からの仲の良さやこの状況を考えると組まない理由がなかった。

 

『さぁ先頭組の轟と爆豪は最後の関門、一面地雷原の“怒りのアフガン”に突入だ。このゾーンの地雷は威力は大したことないが爆発の音と見た目は派手だぞ。前2人のように妨害しあってるとあんな風に連鎖爆発でタイムロスだ。位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ。目と足を酷使してゴールを目指せ!』

 

 かっちゃんたちはもうそんなところに居るのか。でも地雷原なら先頭ほど不利かつ、妨害しあっているならまだ追いつけるかもしれない。そんなことを考えながら必死に手を動かす。先程拾った装甲片を担いでいるから余計に進みが遅いけれども、道具の持ち込みに制限があり、ワン・フォー・オールもゴール間近ぐらいまでとっておかざるを得ない僕が所有物を減らすのは悪手だ。取れる手段は少しでも多いほうが良い。地雷原の突破策を考えながら手を進める――――そうだこれしかない!

 

『マジかよ。猪地、最後の1本を前にして麗日を置き去り。ラストスパートかけた! てか素でも早いじゃねぇか。あの動きは明らかにロープに慣れてんだろ』

 

 猪地さんレスキュー方面に志望かつ入試にロープ持ち込んでたもんね。そりゃ普通の人より扱いは上手いはずだ。でもここで梯子を外すのか。ちょっと意外だったけれどもそれだけ彼女も必死ということなんだろう。最後の関門の内容も放送でわかったからこその判断かもしれない。

 

 そしていよいよ僕も地雷原に突入した。やることはもう決めてある。ゾーンの入り口近くは警戒心が最も高いからか地雷が沢山のこっているはずだ。この地面の硬さなら装甲板で掘り出せる。次々と追い越されていくけれど焦るべきじゃない。

 

『先頭、爆豪と轟がそろそろ最終関門を抜けそうだぞ!!』

 

 拙い、もう時間がない。12個もあればきっと十分なはずだ。これを装甲板で起爆させて爆風に乗ればっ!!

 

「頑張れデクくん」

 

 小さな声と共に、ふいに背中を叩かれた。体が一気に軽くなり――――そのまま走り去ろうとする麗日さんの腕を掴んだ。

 今この場で僕を軽くするメリットなんてどこにもない。なんでそんなことをしたのかと、そんなことを問いただすよりも僕がいま言わなくちゃいけない言葉は!!

 

「一緒に行こう!」

「え?!」

 

 そのまま掴んだ腕を引き、目を見開いた彼女をグッと肩に抱き寄せる。

 

「…………うん!」

「しっかり捕まってて!!」

 

 そして片手で装甲板を地雷原に思いっきり振り下ろした。借りるぞかっちゃん!!

 

 鼓膜が弾けそうなほどの轟音。目論見どおりの大爆発、凧の要領で爆風を装甲板で受け一気に前へと進む。やった、上手くいったぞ!

 

『A組緑谷と麗日、自ら大爆発で一気に猛追――――っつーか追い抜いたー!!』

 

 かっちゃんと轟くんの頭上を飛び越えた。でも10mもアドバンテージはない。そのまま着地するだけじゃ、絶対に負けてしまう。でもゴールはもうすぐ、ならばここが使いどきだ!!

 

SMASH(スマッシュ)!!」

 

 人差し指で地雷源に対して衝撃波を放つ。その大きな反動と新たな爆風を受け、さらに前へ!

 

『ここで緑谷が初めて個性を見せた!! デコピンであの衝撃波か? なんつー超パワー! 後方は爆発の連鎖で大混乱だ。これで緑谷と麗日ペア独走態勢を見せた!! 地雷原はもう抜けた。さぁあと20mでラストだ!! 勝つのはどっちだー!?』

 

 板を捨て、僕たち2人は残りの直線を全力疾走する。

 浮かせてもらって体が軽い分、僕の方が早い。

 

「ありがとうデクくん! でも、こっからは実力勝負!」

 

 身体が急に重くなる。麗日さんが個性を解除した。当然そうするよね。もう邪魔者はいない2人だけの真剣勝負だ。

 

「あぁ、負けないよ!!」

 

 ワン・フォー・オールは使えない。けれどその個性を扱えるようになるべく身体は毎日鍛え続けている。身体能力では麗日さんに負けない。彼女の前でかっこ悪いところは見せられない。絶対に負けたくない。

 

 ひたすらに腕を振り、足を回す。進め、進め!

 足音からして麗日さんを引き離したはずだ。

 ゴールである会場の入り口から差し込む光が眩しい。

 でも、その光を遮る影が頭上に現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁさぁ、予想出来たやつは居たか!? 今1番にスタジアムに帰ってきたのは序盤から華麗な連携で会場を湧かせ続けた――――』

 

 宙から舞い降り、ふわりと着地するその様に思わず僕は見とれてしまった。

 

『A組 麗日お茶子だー!!』

 

 会場が歓声で湧き上がる。

 続けて僕もゴールラインを乗り越えてスタジアム入りした。

 

「よっしゃああああっ!」

 

 初めて聞いた。麗日さんの叫び。

 人差し指を空高く掲げる。

 

『連携だけじゃない、最後に決めた個人技の大ジャンプはまさに麗らかー! ここで緑谷も続けてゴールだ!』

 

 晴れ渡る空。あの日を思い出しそうで嫌いになっていた澄み切った青。

 でもこの眩しさが、吹き抜ける風が今はとても心地良い。

 

「父ちゃん、母ちゃん。私やったよ! 1番とったよ!」

 

 1位にはなれなかった。かっちゃんや轟くん、飯田くんや猪地さんという高いハードルを越えて、あともう少しのところまで来たのに。

 

 でも負けた悔しさよりも、麗日さんが1番になったことよりも、ただ彼女が作り物ではない本物の笑顔を見せてくれたことが何よりも嬉しい。

 

「おめでとう、麗日さん」

「デクくん、ありがとう。ううん、今日だけじゃない。いつも助けてくれてありがとうね」

 

 ごめんなさい。オールマイト僕は1位を獲れなかった。

 でもこの2位は今の僕にとって、どんな順位よりも嬉しいんだ。

 

「笑おう。テレビの向こうの家族に笑っているところ見てもらおう」

「うん!」

 

 涙を袖で拭い、折れ曲がった指でピースサインを空に掲げる。

 隣に並んだ麗日さんが、再び人差し指を空高く掲げ直した。

 

 やっぱり笑顔は最強だ。

 一片の曇りもない笑顔を見せてくれた彼女を見て、僕は心からそう思った。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

        第一種目 結果発表

 

 1位  麗日お茶子

 2位  緑谷出久

 3位  爆豪勝己

 4位  轟焦凍

 5位  塩崎茨

 6位  骨抜柔造

 7位  飯田天哉

 8位  心操人使

 9位  猪地巡理

10位  常闇踏陰  

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