英雄の境界   作:みゅう(蒼山みゆう)

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第2話 暗転する運命

「はぁ、はぁ……こうも絶え間ないと。流石に息が切れるな」

 

 絶え間ない、というよりは絶え間なくさせているという方が正しい。

 俺の個性による機動力の高さを武器に、他の生徒が戦闘に入る前に敵を破壊し続けるようにしてきた。

 ポイントは52。それなりに稼いでいる方だという自覚はある。もう残り時間も3分の1を切った。

 

 仮想敵も恐らくは残り少ない。そろそろ場が硬直するのも高校側も見越していたのだろう。

 躓きそうになるほどの振動と轟音。

 振り返れば、想像の10倍以上に大きな脅威がそびえ立っていた。

 

「あれが0点のギミックか。まるで山じゃないか」

 

 猪地くんの言うとおり、裏があるとすればこの敵は50点くらい与えられていてもおかしくはない。

 あわよくばと考えてはいたが、これは誰にも無理だ。

 何センチあるかもわからない分厚い装甲と、考えるのも馬鹿らしいほどの質量をもった相手だ。手に負える訳がない。

 

 巨大化の個性を持った敵が特に市民から恐れられるのも今ならば理解できる。

 無理をする必要はない。俺は当然そう合理的な判断を下した。

 

 他の生徒たちに混じって入口方面の開けた場所を目指し、逃走を開始する。

 阿鼻叫喚。そう表現しても良いほどに場は混迷としていた。皆ギミックを怖れ、我先にと逃げていく。

 

 だがたった一人、流れに逆走するものが居た。

 白いジャージを身に纏い、ワイヤーロープの束と簡易救急箱を腰に下げた一つ結びの少女。それは間違いなく────

 

「猪地くん?!」

 

 思わず足を止めてしまった。

 しかし俺の呼び掛けにも気付かず、一心に走り抜ける彼女。

 向かわんとするその先には瓦礫に足を挟まれ、動けなくなっていた茶髪の女子生徒がいた。

 

 まだギミックまで少し距離はある。

 瓦礫も小さく、すぐに助け出し逃げ切れるだろう。

 しかし足を痛めているであろう者のことを考えてみると、俺も手伝うべきだろう。

 

 そう考えていた矢先のこと。

 それはあまりにも突然の出来事だった。

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 たった一音。

 彼女が言葉を発したのはそれが最後だった。

 

 意識を失ったかのように重力に身を任せた彼女は膝から崩れ落ちる。

 そして彼女は全力疾走の最中。都合良く慣性が消えるわけがなかった。

 無防備な顔面をアスファルトに強打。

 呻き声一つあげることもできないまま彼女は地面を転がり、そして動かなくなった。

 敵から攻撃を受けたわけでも、何かに躓いたのでもない。

 だが「倒れた」という事実がそこには存在し、それが命の危機を呼びこもうとする。

 

「起きてっ!」

 

 瓦礫に足を挟まれていた少女がもがきながら悲鳴を上げる。

 不味い。助けなければと、両脚に力を込めた。レシプロ────

 

「……僕がっ、やらなきゃ!」

 

 俺の言葉ではない。 

 

 俺が駆け出すよりも一瞬早く。

 だがしかし決定的な一瞬の差を以て。

 彼は、あの縮れ毛の彼は動き出していた。

 

 通り抜ける一陣の風。

 舞い上がる砂埃。

 太陽を背負うかのようにして宙を飛ぶ。

 

 思わず脚を止め、それを目で追った。

 

 断言しよう。

 俺は自らがそのとき為すべきことを忘れ、その雄姿に眼を奪われていた。

 

 そして決着も一瞬の出来事だった。

 

「SMAAAASH!!!」

 

 雄叫びと共に振り上げる一撃。

 たったの一撃だ。

 

 あの建物よりも大きなロボットが粉砕された。

 

 その光景を目にした誰もが絶句し、そして連想しただろう。あのオールマイトを。

 ただそこには強大な理不尽を破壊する圧倒的な暴力が在った。

 そして抗う術もなく崩れゆく超巨大ロボットは、背にしたビル群を瓦解させながらその活動を停止した。

 

「はっ、猪地くんと、瓦礫の彼女を……」

 

 空から大地へと視線を戻す。

 瓦礫に挟まれていた茶髪の少女は自力で抜けだし、倒れ伏した猪地くんの下へと駆け寄っていた。

 そして眼を赤く腫らしながら彼女は衝撃的な言葉を発する。 

 

「ねぇ、ねぇ、私どうしよう……この人、呼吸が止まってる」

 

 呼吸が、止まっている。

 呼吸が、それは一体誰の?

 

「……いのち、くん?」

 

 いやこれは試験だ。

 ここには(ヴィラン)はいない。 

 それなのに何故?

 

 その言葉が示す意味を、すぐに受け入れられるはずがなかった。 

 だがそこに更なる追い討ちをかけるように茶髪の少女は次の言葉を口にした。

 

「それにあのロボットをやっつけてくれたあの人も……」

 

 指が示す先は青く広大なキャンバス。

 そこに一点のシミのように映る、黒い小さな影。

 

「まさか──落下、しているのか?」

 

 そこにはもう一人、現在進行形で死に向かっている少年が居た。

 

 

 

 立ち止まっている暇はない。分かっている。

 迷うことも、間違えることも絶対に許されない。

 だからこそ今この瞬間は落ち着け、落ち着くんだ。

      

「落ち着きたまえ。安心しろ、リカバリーガールが待機しているはずだ。すぐに俺が連れて行く」

 

 茶髪の少女への言葉の半分は自分へ向けたもの。 

 そうだ、優先順位を間違えるな。彼の方が先だ。あのまま落ちれば確実に死ぬ。

 

「俺がアレをどうにかして来るまでの間、君は意識の確認、気道の確保から手順通りに人工呼吸を! やり方は習ったな?」

「う……うん。実践は初めてだけど、私やってみる」

 

 自信のなさそうな返事が返って来るが、彼女を信じるしかあるまい。

 細かな指示を出す余裕などもうどこにもない。

 

「借りるぞっ!」

 

 猪地くんの腰元から鉤爪付きのワイヤーロープを掴み取り、縮れ毛の彼の下へと向かう。

 

「頑張って! メガネの人!」

 

 既に声は彼方へ。

 

 2速(あげろ)────────足場など、気にするな。

 

 真下で受け止めても二人とも肉片に成り果てるだけだ。

 最高速度で斜め上から突入でダメ-ジを抑え、ロープで勢いを殺す。右腕は捨てろ。 

 

 3速(あげろ)──────最短を進め。

 

 衝突の直前にエンジンの全出力で衝撃を減らせ。

 

 4速(あげろっ)!──最速で。

 

 チャンスは極一瞬。

 速度を、タイミングを、角度を、落下点を、絶対に見誤るな。

 

 5速(たすけろっ)

 

 

 

 

 

 

 

 間に合った、間に合いはした。スピードも維持できている。タイミングを計れ。

 このまま落下点近くの瓦礫を足場にして、できるだけ高い地点から彼を受け止める準備をしなければ。

  

「つっううわぁあああああああ!!!」

 

 降り注ぐ声。ここまで近くに来てようやく伝わる彼の震え。怖くない訳がない。

 

「ぁあああああっ!」

 

 不味いな。俺の想定よりも遥かに勢いが付き過ぎている。

 より鮮明に聞こえる死へのカウントダウン。そして加速度的に薄れていく救出成功のビジョン。

 このままでは共倒れしかねない。だけど、やらねば絶対に後悔する。……覚悟しろ。

  

「どいてぇええええっ!!!」

 

 生への渇望を込めた絶叫が轟く。

 覚悟を決めたのは、またしても彼の方が先だった。

 

 振り上げた片腕を目にした俺は彼が為さんとすることを察する。

 勢いは決して落とさぬようにしながら、全力で彼が穿たんとする大地から離脱。

 

「やりたまえっ!」

 

 邪魔者はもう居ない。

 

「SMASH!!!!」

 

 再びの咆哮。

 地殻ごと抉り取らんとばかりに放たれた強大な衝撃波。

 

 一瞬の静寂。

 そして大地が弾け飛び、瓦礫の豪雨が重力に逆らいながら降り注ぐ。その一粒の中に彼の姿も在った。

 このまま落下すれば充分致命的な高度ではあるが、一番の問題だった加速は見事に掻き消されている。

 

「今だっ!」

 

 空へと降り注ぐ瓦礫の弾幕に最速での突入を試みる。

 小さなものは無視しろ。大きなものは足場に。

 コンクリートの破片が額を掠め、眼鏡を吹き飛ばす。

 

 だが決して見失うものか。

 再び落下を始めた彼の身体を見据え、最後の跳躍。

 

「つかまれっ────くはっ?!」

 

 肺の中の空気が全て吹きこぼれそうなほどの重い衝撃。

 ズキリと内腑にめり込む命の重み。

 

「僕が、来たぞ」 

 

 決して離すものか。そして改めて抱いてみて始めて気付いた彼の傷。四肢全てが内側から破裂したかのように骨折している。

 こんな恐ろしい反動がありながらも、あの二人のために彼は飛び出したのか。彼を見下していた自分が恥ずかしい。

  

「……オールマイトみたいだ」

「君がそれを言うのか。もう少しの間、しっかりつかまっていたまえ」

 

 テレビの見よう見まねでワイヤーをビルの看板へと投擲する。何とか柱に引っ掛かった。

 あとは何とか落下方向を斜めに変えるべく、ワイヤーを握った右手に力を込める。

 

「うぉおおおおおおっ!」

 

 二人分の体重と加速度、そして急に加わった遠心力の相乗効果により、指の皮が、骨が軋み、引き千切れそうになる。素手で扱うべきではなかったと後悔しても仕方ない。

 これは文字通りの命綱。だがしかし────

 

「ぐわぁああああっ!」

 

 更なる激痛。頭の中が真っ白になりそうなフワリとした感覚が襲い来るが、正気に戻り事態を把握した。

 右肩の脱臼。当然力が入るはずもなく、ワイヤーロープはもう握れない。

 だが元より右腕は捨てる予定だった。あぁ、予定通りだと思え。もう激突の瞬間は近い。

 

 ロープによる軌道修正で、地面よりもビルの側面にぶつかる方が早くなった。

 その瞬間に合わせ、左脚で壁を蹴り飛ばす。

 左脚の裏から嫌な音が聞こえた気がした。大丈夫、まだ脚の指の骨が折れた程度だ。

 まだエンジンは両脚とも健在だ。次こそが正念場、そしてラスト。

 

「頑張って!」

「あぁ!」

 

 迫りくる歪なアスファルト。

 先程の彼の一撃で隆起した道路は凪いだ水面から剣山へと姿を変えていた。

 あれは俺たちを喰い殺さんとばかりに牙を構えて待ち受けている。だが死んでたまるものか。

 

 仰向け気味に体勢を変えて排気孔を地面に垂直に向け、そして全力で解き放つ。

 下半身だけが跳ね上がり、相対的に上半身が地面に近づく。一番危険な体勢だ。

 さらに両脚の太腿を胴体に引き付け、脚が上を向いた状態で水平方向へ排気。

 身体が回転するように、方向と出力を調整。左腕により一層力を込め、彼を庇えるように備える。

 

 衝撃を、逃せっ!!

 

「ぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 空が回る。

 大地が回る。

 世界が回る。

 

 意識と風景が痛みによってかき混ぜられ、僕の五感全てを覆い尽くさんとする。

 

 腕が削れた(いたい)

 耳が潰れた(いたい)

 頬が焦げた(いたい)

 尾骶骨が砕けた(いたい)

 脚の指が弾けた(いたい)

 脇腹が削がれた(いたい)

 太腿が裂かれた(いたい)

 

 痛い。痛い。痛い。形容できない程に痛い。

 だかそれでも──────俺たちは生き残った。

 

 脇に抱えた彼も側頭部や背中に裂傷を負う結果になったが、それでもまだ生きている。生きてさえすれば希望はある。リカバリーガールの下へ、二人を運ばねば。

 しかし当然ながら両脚共に完全にエンストだ。エンジンがかかる気配が微塵も感じられない。だが歩くことは不可能ではない。早く、早く。

 

 「は……く。ぁや、く……」

 

 骨折や脱臼、裂傷その他諸々の負傷が首を締めつけるかのように、俺の呼吸を阻もうとしてくる。

 急げ。早く、早く。

 

「早く、行ってあげて。ここに僕を置いて」

「なにを……?」

「あの女の子たちのところでしょう?」

 

 涙で赤く腫らした瞳を向けて、血が溢れる裂けた唇で、それでも彼は「僕は男の子だから」と言った。

 

「……すまん」

 

 片腕で支えていた重りが無くなり、身体が随分と楽になった。

 恩に着る。これで俺はなりふり構わず走れる。さぁ、ぐらつく足首に力を。最後の力を。

 

『終~了~!!!』

「……うぅううっ、オールマイトっ、ごめんなさい。0Pで終わっちゃった。母さん、ごめんなさい」

 

 試験終了の合図と重なるようにして、背中越しに聞こえた擦れ声。

 振り切るように、今はただ前へ。

 

 

 

 

 

 

「来たっ!」

 

 地べたに座りながら手を振っているのは、猪地くんを任せた女子だった。

 

「私見てたよ。本当に凄かった」

「そ……より。彼女、は……?」

「何とかねっ、授業思い出しながらやってみたら呼吸と脈は戻ったよ。ちょっとゴキッてやりすぎたかもしれんけど……」

 

 そうか。無事か。

 俺は、間違えなかった。間違えなかったぞ(・・・・・・・・)

 

「安心、した。きみに……かんしゃ、ぉ」

「いや、いや、いや。この人こそ私を助けようと元々してくれてたんだし。ふ、ふぁーすときす、無くしちゃったけど、人命には代えられないよね」

 

 あぁ、接吻か。はて、接吻────うむ、人工呼吸のことだな。

 

「って、何言ってんだろう私!? お願い、今の忘れて!!」

 

 頬を紅潮させ、手で頭を彼女は言う。だがそのリンゴのような明るい頬とは対照的に、目の下には三日月形の青黒い隈が異様なほどにハッキリと浮かび上がっていた。

 

「ちょっと私も疲れたみたい。緊張しすぎたんかな、なんだかフラフラするや。何かスーッって眠れちゃいそう」

「きみ、も、隈が、酷い……ぞ」

「隈って、女の子にそういうこと堂々と言うかな、普通?」

 

 女の子に、か。デリカシーに欠けた発言のように聞こえただろうか。だが今の彼女はあまりにも不自然だ。まるで入院患者のような────

 

「おーい、リカバリーガ-ル連れて来たぞーっ!!」

 

 聞こえて来る救援の知らせ。ありがたい。これでもう今の俺にできることは他に何もないだろう。 

 

「でも、なんか私もう耐えられないかも……なんで、だ、ろ……ねむ……く……」

 

 緩やかに倒れこむ茶髪の少女。肩越しに伝わる規則正しい寝息。

 大丈夫。寝ているだけだ。さっきのような事が二度も起こるなど御免被る。

 きっと安心して緊張の糸が切れたのだろう。

 

 あぁ、これでもう安心だ。

 俺も何だか急に眠気が──────────

 

 

 

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