英雄の境界   作:みゅう

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第22話 トーナメント開始

 拙いながらも蹴り技による高速戦闘でヒット&アウェイを繰り出す緑谷くんと、彼の甘い攻撃に対して痛烈なカウンターを決めてくる鉄哲くんの戦闘は15分を超えた辺りで決着がついた。

 

 段々と集中力を欠いてきた鉄哲くんをステージ際に上手く誘導し、死角から刈り取る蹴り技で場外に弾き飛ばした緑谷くんの粘り勝ちだった。

 

 爆発や光線など派手さはないものの、見事な格闘戦を初戦から魅せつけた二人に惜しみない勝算の拍手が会場から送られる。

 

「お疲れ様! デクくん」

「ブラボー! 見事な制御だったな。おめでとう緑谷くん」

「なかなか漢らしかったぜ! 緑谷!」

「みんなありがとう。しっかり勝って来たよ!」

 

 初戦を無事に勝利で収め、席に戻って来た緑谷くんを皆で出迎える。

 

「これは飯田ちゃんと巡理ちゃんからの差し入れよ」

「もらっていいの? ありがとう二人共。ちょっと喉乾いてたんだ」

 

 梅雨ちゃんから渡された袋からスポーツドリンクを選び取る緑谷くん。彼は麗日くんの隣の席に座り、ボトルを開けてドリンクを口にする。 

 

「なぁ、緑谷」

「どうしたの切島くん?」

「やっぱりさっきの試合の動きは俺との対人練習をイメージして戦ってたよな?」

「うん、そうだね」

「だよなぁ」

 

 緑谷くんの後ろに座り直して切島くんが尋ねる。彼の個性と先程の鉄哲くんの身体を鋼のようにする個性は似ていたため、試合中ずっと気になっていたのだろう。

 

「すごく似ている個性だったから持久戦かなって元々考えていたんだ。時間制限もないし、ちょっと足回りの個性の制御を掴めてきたから慣らし運転しつつ、硬度が落ちてきたところを狙おうって」

「そうか。ただ耐えるだけじゃ今の俺の力量じゃ手詰まりだもんな。その点、アイツは結構上手いことカウンター決めてたよな」

「うん、顎とか鳩尾に良いのもらっちゃったし危なかったよ。切島くんや砂藤くんたちとのスパーリングに慣れてなかったら、意識飛んじゃってたかも。練習付き合ってくれてありがとう」

「おう。役に立ったみたいで何よりだな。なぁ緑谷それから飯田、スピードタイプの相手にも慣れておきたいからまた俺とスパーリング頼めるか?」

「うん!」

「勿論だとも」

 

 切島くんの頼みに二人で快く応じる。こちらから願いたいくらいだ。

 

『お待たせしました!! 続きましてはーこいつらだぜ!』

 

 アナウンスが響き渡る。次の試合は確か――

 

『騎馬戦のMVP、1000万Pをもぎ取った男! ヒーロー科、常闇踏影!』

『対するは顔の割には芸が細けぇ意外性! ヒーロー科、爆豪勝己!』

 

 呼応する観客の歓声をひしひしと肌で感じる。凪いだ会場内に漂うべたついた空気、僅かに鼻を突く汗の匂い、降り止まない喧騒の雨。会場の熱気がますます高まっているようだ。

 

「爆豪くんと常闇くんか。相性面で圧倒的に常闇くんが不利だな。なんとか健闘してほしいものだが」

 

 お互いの個性の弱点は把握しているはず。光に弱い常闇の黒影(ダークシャドウ)に対し、爆発により任意のタイミングで発光できる爆豪くんは天敵とも言える。爆豪くんの性格上、弱みを突かないはずがない。クラスのみんなも同じことを思ったのだろう、同情の視線が常闇くんに集まる。

 

「ケロ、心配ね。黒影(ダークシャドウ)ちゃんがイジメられる絵しか思い浮かばないわ」

「うっわ、不穏。ウチ、なんか見たくないなー」

「まだ始まってないんだ。決めつけるのはよくないよ」

 

 周りが沈む中、そう言ったのは意外にも緑谷くんだった。

 

「かっちゃんが苦手な相手だってこと、常闇くんだって充分わかっているはずだ。かっちゃんにだって立ち上がりの遅さだとか、弱点が全くないわけじゃない。序盤で流れを作れればあるいは――――」

 

 緑谷くん十八番のブツブツ芸でようやく俺は目が覚めた。何をバカなことを考えていたんだ。俺は副委員長じゃないか。

 

「そうだ。爆豪くんも常闇くんも同じクラスメイトだ。片方に肩入れするのは良くないな」

 

 席を立ち、みんなの中心へと移動する。よし、ちゃんと俺の方を見てくれているな。

 

「よし、みんなで半分ずつ全力で応援するんだ! ここから右が爆豪くんを、左は常闇くんを分担しよう!」

「おー!」

 

 ノリの良い葉隠くんなどが拳を振り上げ、一際大きな声を出してくれた。しかしいつもならもっとノッてくれそうなメンバーの内数人は、今回はなぜか反応をくれなかった。地味にショックなものだ。

 

「飯田くん、私、爆豪嫌いだから絶対イヤ。常闇くんだけ応援しまーす」

 

 頬を膨らませた巡理くんが明確な拒否を示す。しまった。巡理くんの居る側を常闇くん担当にしておくべきだった。危機予測が甘かったな。それにこの呼び方をわざわざしているのはきっと――

 

「あーあ。めぐり、まだ拗らせてる」

「時間が解決するだろう。耳郎、これは明後日までは秘密にするべきだ」

 

 ボソリと呟いた耳郎くんを障子くんが口止めする。やはり女子目線から見ても巡理くんは不機嫌なのか。あの話の続きはどこかでしなければならないが、少なくともこの場ではないな。

 

「おいおい、非常口。半分ずつってな。俺たち小学生じゃあるまいし。両方好きに応援したらいいだけだと思うぞ」

「砂藤の言う通りだぜ、飯田。こんなのノリと勢いで声が出ちまうもんだろ? というかそろそろ席着こうぜ」

 

 砂藤くんと瀬呂くんに俺の判断ミスを窘められる。確かに彼らの言う通りだ。どちらも全力で応援するべきなのだ。席に戻りつつ、みんなへ呼びかける。

 

「そうだな。君たちの言う通りだ。よし、全力で両方応援するぞ!」

「おー!」

 

 

 

 

                ×              ×

 

 

 

 

 結果から言えば、この試合は当初の予想通り爆豪くんが勝った。常闇くんは速攻をしかけたものの、爆豪くんはしっかりと距離を取りつつ爆発の光で黒影(ダークシャドウ)を弱らせ続け、堅実な勝利を手にした。

 

 そして続く第三試合の轟くん対芦戸くんも大方の予想通り、轟くんの勝利に終わった。ナンバー2ヒーロー・エンデヴァーの息子であり、実際に障害物競走と騎馬戦の両方で類稀なる才能と実力を見せつけた轟くんに対し、大きな活躍のなかった芦戸くんの方は観客たちからすればほぼノーマーク。

 

 故に彼女の酸という個性で氷を溶かしつつ、フィギュアスケーターの如く抜群の身体能力で攻撃を躱しつつ滑走する姿に会場は沸き立った。もしかしたらという期待が観客だけでなく、轟くんの圧倒的な実力を身をもって知っている俺たちでさえ一矢報いることができるのではと思った。

 

 しかし現実は非情だ。彼女の個性は対人に使うには余りにも強烈過ぎる。芦戸くんが華麗に氷結を掻い潜って懐に飛び込み、轟くんの鳩尾へミドルキックを入れようとしたときだった。

 

 轟くんは狙いすましたかのように半身になって軸を僅かにずらし、左手で彼女の足首を掴み取る。そして即座に直接足を凍らせて行動不能にした。直後に芦戸くんが降参を告げて、轟くんの勝利が確定した。

 

 俺たちのクラスの中でも最も攻略が難しい轟くんを相手に芦戸くんはかなり奮闘していた。しかしながら完全に轟くんの掌の上だったということが、俯瞰できる俺たちの位置からならよくわかる。氷結を利用して壁を作り、視界を遮り、走行経路を意図的に誘導した上でのカウンターだ。

 

 個性の強さや制御技術、身体能力だけではない。彼の冷静さと判断の早さ。これは見習わなければならないと改めて痛感した試合だった。

 

 次の上鳴くん対塩崎くんは、焦った上鳴くんが全力放電したのを塩崎くんが自身から切り離したツルの壁で遮り、直後に上鳴くんを拘束して瞬殺。そして次の試合が始まろうとしていた。

 

『さぁ男どもお待ちかねの時間だぜ。次は可愛い女の子同士の戦いだ! これが噂の蛙系女子、ヒーロー科、蛙吹梅雨!!』

「梅雨ちゃん頑張れー!」

「ファイトー!」

「負けんな蛙吹!!」

 

 猫背で入場する梅雨ちゃんを拍手と歓声が迎えた。勿論、俺たちクラス一同も精一杯声を出している。ステージ上の彼女の表情は至っていつも通り。極めて落ち着いているように見える。そして、反対側から入場するもう一人に俺は視線を向けた。

 

『えげつなさは今大会一番か? ヒーロー科、猪地巡理!!』

「巡理くん頑張れっー!」

「イノっち、ガッツだ!」

「めぐりん、がんば!」

 

 A組みんなの歓声に紛れるようにして、隣の耳郎くんが俺へと向けてこっそりと囁く。先程まで居た障子くんは次の試合の準備に向かった。

 

「うっわ、さっきのことも収まってないのに煽りのタイミング最悪。まーた、めぐりってば怖い顔してるし」

「巡理くんは割りと根に持つタイプだからな。折を見てしっかり話そうと思う」

「頼んどくね。さ、始まるし応援に戻ろっ」

 

 視線をステージ上の二人に戻す。プレゼントマイクの合図と共に、巡理くんは身を屈めて突進した。

 

 相対する梅雨ちゃんは持ち前の跳躍力を生かし、斜め後方へジグザグと稲妻のような軌道を描いて距離を取った。そして梅雨ちゃんは伸ばした舌で槍のように無数の刺突を繰り出す。 

 

『これはたまんねぇ。アクロバティックなステップからの蛙吹の連続攻撃ぃ! 猪地を近づけさせねぇ。対する猪地は防戦一方。騎馬戦で見せたフィジカルの強さもこれでは無力か?! どう見るよイレイザー?』

『蛙吹の戦略は堅実だ。猪地には中距離技がないからな。だが――』

 

 コメントを求められた相澤先生が梅雨ちゃんの戦略をそう評し、一息置く。

 

「巡理くんの強みは持久力、おまけにこの試合は時間制限もない。最小限の動きで梅雨ちゃんの攻撃を捌いて、スタミナを消耗させつつ潜り込む隙をずっと窺っているんだろうな。何より至近距離では圧倒的に巡理くんの方が上手い。勿論、梅雨ちゃんもそれをわかっているのだろうが、この戦い方が最も勝機があると考えてミスを狙いつつこの攻撃に徹しているのだろうな」

 

 そう、彼女は上手いのだ。至近距離における攻撃の捌き方、足運び、気配の絶ち方や視線や重心を用いたフェイントの使い方。これに関しては間違いなくウチのクラスで一番上手い。似たようなコメントを相澤先生も続けていた。

 

「でも本当にそうかな? あんだけイライラしてたらめぐりの方から仕掛けそうな感じじゃない?」

 

 俺と相澤先生の見立てに対して、疑問を呈する耳郎くん。確かに眼下の二人が何かを話している様子は見受けられるが、俺には聞き取れない。

 

 巧妙にリズムや軌道を変えながら梅雨ちゃんが攻撃を仕掛け続ける中、事態は急転する。梅雨ちゃんが何故か急に棒立ちになり、巡理くんが梅雨ちゃんの後方を取った。

 

 きっと巡理くんが何かしらのフェイントをかけたのだろう。しかしながら上から眺めているだけでは梅雨ちゃんがただ止まっていただけにしか見えないのであくまで俺の憶測だ。

 

『どうした蛙吹!? 急に動きが止まったぞ!? ここぞとばかりに猪地が一気に距離を詰めてきたぁ!』

 

 そして巡理くんは背中を反らすようにして身長差を生かし、梅雨ちゃんを宙に浮かせつつヘッドロックを極めに来た。首を絞められている状況ではいくら怪力といえども舌を伸ばす余力はないだろう。

 

『蛙吹、苦しそうだ。これで終わるのか!!?』

 

 相手の体調を細かく感知できる巡理くんの個性により、絞め加減を間違える恐れもない。

 あと数秒で決着だ。そう俺は思っていた。

 

『おーっと、どうした猪地。急に腕を離したぞ。この隙に蛙吹は離脱した! でも首を押さえて苦しそうだぜ。大丈夫か!?』

 

 プレゼントマイクと同じく俺も巡理くんの急変に疑問符を脳内に浮かべる。しかし隣に居た耳郎くんのおかげでその疑問はすぐに氷解した。

 

「どーも聞いた感じ粘液出したっぽい。ウチ、初めて見た」

 

 確かに巡理くんが両腕の素肌の部分を脱いだ上着で拭っている様子を見ると間違いなさそうだ。

 

「前に梅雨ちゃんがそんなことを言っていたな。成る程、こういうときに使えば良かったのか。模擬戦の時は考えもつかなかったな」 

「意外とできることの幅広いよね。みんな羨ましい――――あ、めぐりが行った!」

 

 距離を取ったものの、ヘッドロックが堪えた様子でふらつく梅雨ちゃんに対して正面突破を仕掛ける巡理くん。

 跳躍力を活かした得意のドロップキックで応戦する梅雨ちゃん。

 だが巡理くんはその足首を強引に掴み取り、そのままの勢いで地面へと叩きつける。

 いや、腕力に任せて勢いを更に加速させている。掴んだ後の動きは完全に力技だ。

 

『顔面から行ったかっ?! いや、両手を先について勢いを殺したっ!!』

 

 直撃は免れたものの、顔面を強打する梅雨ちゃん。

 大量の鼻血を流しながらも、うつ伏せから仰向けに戻り体勢を立て直そうとする。

 

「頑張れー!!」

 

 きっともう決着は近い。二人共、頑張れと声を腹の底から絞り出す。

 声を出して、行方を見守る。

 

 梅雨ちゃんにとっては絶体絶命のピンチであり巡理くんにとっては千載一遇の好機。 

 観客たちもそれぞれに向かって大きな声援を送る。

 

 梅雨ちゃんは追い詰められながらも、マウントを取った巡理くんの顔面へと舌を伸ばし抵抗した。

 しかしそれを首を反らす動きだけで躱した巡理くんが鳩尾へと大きく振り被った拳を入れた。

 

『良いのが入ったー!! 蛙吹、完全に落ちたー!!』 

『蛙吹さんノックダウン。猪地さん、二回戦進出!』

 

 プレゼントマイクとミッドナイトのアナウンスが入る。

 巡理くんが勝ったか。順当に行けば三回戦で彼女と当たることになる。

 約束したからな。俺も気合を入れていこう。

 

 次は切島くんと障子くんの試合でその次が俺と八百万くんの番だ。

 席を立ち、選手控え室へと向かう。

 

 万能な個性とも言える彼女だがその弱点は創造までのタイムラグ。

 模擬戦で敗北を喫したときのように準備時間があるわけでもない。

 

 故に今回の試合条件では、速さに特化した俺にとって八百万くんは決して相性が悪いわけではない。

 油断せず俺のできる最速(レシプロ・バースト)を以て、一気に勝負をつける。

 最初の敗北を糧に、そう作戦を立てて俺は試合に臨んだ。

 

 

 

 

 

                ×              ×

 

 

 

 

 

 控え室に向かう途中巡理くんと会えると思ったが結局会えずじまいだった。勝利を祝ってあげたかったのだが仕方ない。この試合が終わったら今度は近くの席に座ろうか。ちなみに先程の試合に勝利した切島くんにはちゃんと声をかけることができた。

 

 そんなことを考えながら俺は試合会場への入場口を潜り抜ける。いかんな。そろそろ頭を切り替えよう。

 

 肌を刺す強い日差し。一段と増している感じがするのは、天候の問題だけではないだろう。

 この場の全員が俺と八百万くんの試合を見ている。この場だけではない。テレビの向こうの人たちもだ。

 宣誓での出来事と巡理くんとの約束がある。無様な試合はできない。

 

『お次は優等生対決、A組の委員長のザ・お嬢様。ヒーロー科、八百万百!』

 

 見られるというのはこういうことなのかというのを改めて実感する。

 ヒーローを目指すものとしては慣れなければいけないな。

  

『宣誓に騎馬戦と正直君目立ちすぎでしょ。A組の副委員長。ヒーロー科、飯田天哉!』

 

 アナウンスを耳にしながら一段ずつステージの階段を登る。

 べとつく掌。汗をジャージの大腿部で拭い、ズレかけたメガネを人差し指で戻した。

 

 対峙する八百万くんの眼差しはいつもよりも鋭い。真剣に俺への対策を練って来ているのだろう。

 本来なら女性相手には場外狙いなど穏便な方法を取りたいのだが、いくらレシプロと言えども場外に出すまでに何かを創造された場合を考えると難しい。俺が掴んでいる身体の一部から他の物質を創造して俺の拘束から逃れることもできるからだ。

 

 先程の試合での巡理くんのように、腹部への重い一撃で決めてしまおう。

 右足を一歩大きく引き、いつでもレシプロを発動できるように、ふくらはぎに全神経を集中する。

 

 レシプロ――――――――――――

 

『スタート!』

「バーストッ!!!」

「ぐっ?!」

 

 すれ違いざまに左足先を鳩尾に入れる。寸分違わず入った。

 八百万くんの身体が水平に薙ぎ飛ばされ、受け身も取れないまま地面を転がるのを見た。

 そして次の瞬間には彼女の脇を通り抜け、数歩先へと進む俺の身体。

 

『飯田の超加速! 早ぇえ! しかも容赦ねぇ!!』

 

 だが、先程爪先に走ったのは痺れるような、重い衝撃。

 まるで切島くんや鉄板を蹴り飛ばしたときのような――――

 

「まさかっ、服の下に?!」 

 

 嫌な予感がする。

 エンジンが止まるまで約10秒。

 それまでに決着を付けなくてはならない。

 

 故に即座にターンで引き返した。  

 それが間違いだった。

 

 転がる彼女の周りに散らばっているのは見慣れたマトリョーシカ人形。

 一個や二個ならば蹴り飛ばせる。しかしそれでは処理が間に合わない。

 

 拙い、このパターンは彼女が得意とするアレだ。

 そう確信した俺はとっさに腕で目を塞ぐ。

 

 その判断自体は間違っていなかった。

 瞳を閉じても、腕の隙間からでも感じるほどの強烈な光。

 

『何だコリャ、まぶし―って俺はサングラスだから無事だけどな。リスナーのみんなはダイジョブか?』

 

 すぐに閃光は消え去り、慣れたパターンで対処した俺の目は無事だ。

 だが一瞬でも目をつぶってしまったこと。それ自体が大きな間違いだった。

 

 急に身体が前につんのめり、こんどは俺の方が地面を転がってしまう。

 受け身こそ取れてダメージはほとんどなかったが、体中に纏わりついたソレに直に触れて状況を理解した。

 

「芦戸くんのような粘液か。俺の足を封じるには最適ということだな。してやられた」

 

 最悪だ。エンジンは止まってしまっている。

 芦戸くんに比べれば、ごく狭い範囲にだけ撒かれた罠に見事に俺は引っかかってしまった。

 俺の初動を読まれていたのか、即座に対処されたのか。

 いや、そんなことはどちらでもいい。

 

「簡単には、やらっま、せ……わ」

 

 吐瀉物を口から漏らしながら、身の丈ほどある金属製の杖を支えに立ち上がる八百万くん。

 立ち上がる際に、ジャージの隙間から凹んだ鉄板が地面に落ちた。やはりか。鉄板がごく薄い物なのは、最速で仕込める限界ラインだったのだろう。 

 

 呼吸は荒く、震えながら何とか立っている姿を見る限り、少なくないダメージはあったようだ。

 だが彼女の目はまだ死んでいない。

 

「俺だって、負けられない!」

 

 例え個性が使えなくとも。

 鍛えられた身体が俺にはある――――そして新たに得たものも!

 

 大上段の構えから剣のように振り下ろされる杖。

 いつもの俺ならば難なく左右に避けることで対処し、懐に飛び込んで蹴りを入れていただろう。

 だが普通の人間と変わらない速度の俺に易々と躱されるほど、八百万くんの技のキレは甘くない。

 

 だからこういう時はっ!

 

 両腕を頭上で交差して突進だ。

 

 できるだけ相手の攻撃の起点に近いところ、遠心力の小さいところで杖を受け止め、撥ね上げるように!

 巡理くんがコスチュームの入手と共に新たに会得しようとしていた盾術の訓練を思い出しながら再現を試みる。

 

 鈍い衝撃が腕に走った。だが多分折れてはいない。

 杖を撥ね上げられ八百万くんが体勢を崩したところにそのまま膝を腹部に入れる。

 

 肉にめり込む感触。

 今度は確かに入った。

 

 そして膝を入れた勢いそのまま押し倒し、手から離れた棒を掴みとって喉元に突きつける。

 

「俺の、勝ちだ」

「私、負け、で…………」

 

 彼女は痛みの限界だったのだろう。

 八百万くんは眠るように瞳を閉じた。

 

 相性だとか、実力差だとか。

 それが何だというのか。

 

 それを覆さんとするものをまざまざと見せつけられた俺は、どこか慢心していた自分に恥じ入るしかなかった。

 騎馬戦での勝利を得て、俺は思い上がっていた。あれは俺だけの成果ではないというのに。

 

 あんな宣誓をした後にこの様だ。

 完全に舐めていた。それが周りにバレるのが恐ろしかったのかもしれない。

 

『八百万さんの降参で勝者は飯田くん!』

 

 そんなアナウンスが流れたような気がするが記憶は定かではない。

 

 故にこの時の俺には全く耳に入ってこなかった。

 舞い下りる歓声も、称賛の声も、そして誰よりも俺を応援してくれていた彼女の声さえも。

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインらしい出番は26話までお待ちを…

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