英雄の境界   作:みゅう

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短めですが重要。



第24話 兄への祝福

 保須警察署での対策会議を終えて、臨時事務所に戻ってくると扉を開けた瞬間に濃厚なチーズの香りが鼻孔を通して、脳内に充満する。

 

「お帰りなさい、インゲニウム。ちょうど良いところですよ」

「お、久々の宅配ピザか。良いね。美味そうだ」

「予定よりお帰りが遅かったのでお先に頂いています。はい、ヘルメットお預かりしますね。おしぼりもどうぞ。エニグマ、冷蔵庫からオレンジジュース持って来て!」

「ほいほーい」

 

 そろそろ昼時だったか。ピザを頬張りながらも、スタッフたちが手際よく昼食の準備をしてくれた。とは言っても、紙皿にサイドメニューのサラダとフライドチキンを装ってくれた程度だ。

 

「ほいさ」

「ありがとう」

 

 席についてグローブを脱ぎ手を拭うと、手渡された紙コップに並々と注がれたオレンジジュースをグイッと一息に半分ほど飲み干す。事務所内がいつもより明らかに緩い、休日の団欒のような雰囲気なのも仕方がない。今日は雄英体育祭の日だ。皆が夢中になっているモニター画面へと視線を向ける。

 

「今年の団体種目は騎馬戦か。天哉のチームはニ番手か、いい感じ。うぉっ、一番手のところのポイントは桁が違い過ぎるだろう」

「でもその無茶苦茶加減が雄英っぽいですよね。で、そのチームの騎手が噂の彼女さんらしいですよ」

「なんだって?! あの子か!」

 

 トップチームによる包囲網を相手に指揮を振るいながら、数多の攻撃を見事に捌き切るポニーテールの彼女。いい目をしている。いや、六感が鍛えられているのか。それに騎馬自体もかなり良い。天哉のチームに迫る速度を出しているのはこのチームぐらいだろう。

 

「前騎馬の緑髪の少年は何て言うんだい?」

「緑谷出久、って子ですね。第一種目の徒競走でも二位の大活躍だったんですよ。勝負度胸もあるし有望株ですね。職場体験の候補として、代表に替わってしっかり抑えてますよー」

「彼が緑谷くんか。良く天哉の話に出てきたな、彼女の次に」

 

 確か増強型で超パワーの反動が大きかったんだっけ。ただ人望もあるみたいだし、第一候補の一人だな。

 

「私たちも初めて見ますけど思っていた以上に美人さんですねー」

「天哉のやつやるなぁ。あ、タバスコとってもらっていい?」

「どうぞ」

 

 猪地巡理、エンドレスの娘にしてメビウスの最重要人物というのが一般世間の認識だ。しかし俺にとって、そしてここに居るスタッフにとっての認識は違う。

 

「天哉くん選手宣誓、めっちゃかっこよかったんですよ。録画しておいたからしっかり見てあげて下さいね」

「生真面目もあそこまで徹底すれば、あの娘が惚れるのもわかりますわー。あんなに昔はちっちゃかったのに、ガタイもよくなっちゃったし」

 

 天哉の馬鹿はまだ自覚がないようだが、毎日見舞いに言ったり、俺との話題に良く出す位には彼女のことを気にかけているらしい。そして話で聞く限り、あの子は間違いなくかなりモーションをかけてきているようだ。兄として嬉しくもあり、申し訳ない気分にもなる。

 

「あの子も大変だな。天哉は難しいぞ。外堀から埋めていかないと、手だって繋げるかどうか」

「インゲニウムはそろそろ身を固めたらどうですか。ここ最近落ち着いたと思ったら落ち着き過ぎですよ」

「――――あ、このハヤシソースのやつって新作? なかなかイケるね!」

「露骨な話題逸らし。まぁ、スキャンダルよりは良いでしょう。こっちのカニマヨのも美味しいですよ」

 

 管制の藻部さんが端の方にあるカニマヨピザをトングで摘んで俺の皿へと乗せてくれる。

 

「それで“祝福(ハレルヤ)”の会議の件、進展どうでしたか?」

「警察の分析だと、どうも市内の人間よりも市外から人間が主な顧客みたいだ。粗悪品の売人は少々摘発できているみたいだが、おそらくもう少し上の仲介人もしくは製造者が近くに潜んでいる可能性が高いらしい。それでだ。今日は休日、しかも雄英体育祭だから在宅率も高く、通常の観光客や通勤通学者は少ない。だから敢えて今日はいつも相手の警戒度が高い駅近の路地裏に網を張ろうと思う」

 

 ヒーローだって今の俺たちみたいに職場体験への勧誘目当てでテレビ観戦をして、この時間は見回りに出ていない事務所も少なくはないはずだ。

 

 明るい昼間、しかも休日。普段とは違う年に一度のチャンス。ここぞとばかりに動き出す売人たちも居るかもしれない――――その油断を、突く。

 

「了解しました。ではポイントの洗い出しと、追跡時のルート算出を代表の食事後には完了させておきます。はーい、食べ終わった人は取り掛かりましょうね!」

「了解!」

 

 何人かが口にピザを詰め込みながら早速作業に取り掛かり始めた。俺もゆっくりとはしていられないな。お、カニマヨもジューシーで美味いな。そんなことを思っていると、突然画面が閃光に包まれた。

 

「うおっ!」

「きゃっ?!」

 

 テレビ越しでこの光量は凄いな。あのクリスマスツリーみたいなイルミネーションを纏った子か。すごく悪目立ちをしている。でも――

 

「おいおい。天哉のチーム、ハチマキとられたみたいだな」

「でも諦めてないみたいですよ。信じてあげましょう」

「そうだな。あいつは絶対に勝つさ」

 

 だって俺に約束してくれたからな。天哉は約束を破らない男だ。

 

 

 

 

 そしてその期待通り、因縁の彼女との一騎打ちの末、団体一位で第二種目を通過したようだ。それだけじゃない。その後の普通科の生徒と審判とのやり取りの中で、天哉の成長ぶりをしっかりとこの眼で見届けることが出来た。

 

 あれだけの事件があって悩んでいたようだったが、しっかりと前に進む弟の姿が兄として非常に誇らしい。

 

「一位を獲ると、天哉は約束したからな。俺たちもさっさとこの事件を片付けるぞ!」

「おー!」

「ほいさ」

「ですね。事件解決と天哉くんの優勝祝いやりましょうよ!」

「そんときは俺が支払いはもってやる! 気合い入れていけよ。チームIDATEN出動だ!」

「ラジャー!!」

 

 あぁ今日は良い晴天の日だ。

 

 

 

 

 

 

 

               ×               ×

 

 

 

 

 

「ハァ」

 

 負けた。罠による奇襲とは言え、完敗という他ない。

 

「……ハァ」

 

 油断はしていないつもりだった。気合はいつも以上に入っていた。

 だが、奴に及ばなかった。基礎体力や筋力こそは俺の方が上回っていたものの、俺の機動力を削ぐ立地を選び、罠にはめ、卓越した身のこなしとカウンターによって頬に浅い傷を負った。

 

 決して致命傷ではない。一ミリほどの深さの傷。しかし、その直後俺の身体の自由は奪われており、こうして無様に地に伏してしまっている。何をしやがった、畜生め。

 

「…………ハァ。名声、金」

 

 そして背から容赦なく突き刺さる刀剣の数々。腹部と胸部に無数の刀傷が刻まれる。なんてざまだ、俺は。

 

「私欲に塗れたてめェらは偽物だ」

 

 駄目だ。指先一つまともに動かせない。痛みのせいだけではない。何らかの個性か。

 

「彼だけ。彼だけだ本物は…………」

 

 俺を見下すようにして、狂った理念を語る男、ヒーロー殺し“ステイン”。戦っている最中も、ご丁寧にその教えを俺に教授してきた。

 

「今の世の中には悪が、そして偽善者たちが多すぎる。貴様のような、奴らがな!」

「ぐっ!!?」

 

 腹部に突き刺さったナイフを脚で更に捩じ込んでくる。思わず堪えていた苦悶の声が漏れ出してしまった。

 

「ハァ、弱いな。弱すぎる。それは貴様が偽物の拝金主義者だからだ。俺が、正す。正さなければならない」

 

 英雄回帰、だったか。奴の主張は。そしてその主張は稀にメディアでも取り上げられ、炎上沙汰も何度かおこったこともある。過激すぎるその思想の出処であるコイツをのさばらせる訳にはいかない。

 

「貴様はその贄となれ。そのためだけにお前を()は、生かす」

 

 生かす、か。だが今、俺が奴の凶行を止めなければならない。全身にありったけの力を込め、ステインの個性に抗っている最中のことだった。

 

 こんな薄暗い路地裏には似つかわしくない、幼い少女の声が軽快な足音とともに近付いてくる。

 

「…………チッ、子供が来たか。俺の主張を、決して忘れるなよ偽物」

 

 本当に一瞬だ。それだけ呟くと、ステインの陰は瞬く間に去ってしまった。

 

「あれー。あれあれー?」

「こんな所に丁度よいモノが。これも神の思し召しでしょうか」

「そーですよ。きっとそーなのです」

 

 間延びした明るい口調の少女と、凛として落ち着いた口調の少女たちの声が近付いてくる。

 

「救わないといけません」

「救わなければなりません」

 

 トーンや話し方が違うものの、声質は同じだ。姉妹か何かか?

 そして血を失いすぎてぼやけた視界の端に映る二人の少女。黒いゴシックドレスに映える純白の肌。左右対称の赤いリボンで縛ったサイドテール。

 

 そして屈み込んだ彼女たちの顔が吐息がかかるほどに近くなったとき、俺は思わず驚愕した。

 

「その顔、お前たちは一体……」

「なーんにも怖くないですよ。だから睨まないでお兄さん」

 

 ひび割れたヘルメットの隙間から差し入れられた指が、俺の唇に触れた。

 

「なんだこれは」と。そう喋ろうとして、自らが何の音も発していないことに気づく。唇が、唇だけではない。声帯が全く自分の意思で動かせない。ステインによるものとは別種の拘束能力か。

 

「救わせて下さいなー。でも凄い血だねー。すぐ死んじゃうかも。んー、やっぱりギリギリ死なないかもー?」

「そうですね。ギリギリで生かされた。そういったところでしょうね。メッセンジャーのつもりでしょうか。あの狂人は」

 

 忌々しそうに語る少女の口ぶり。しかし俺はステイン以上に彼女たちの方に対して、得体のしれない薄気味悪さを感じてしまっていた。

 

「私たちが見ていて良かったねーお兄さん。ヒーロー殺しなんて許せないよねー。殺すのはいけないことだよねー」

 

 おかしな事を言っているわけではない。しかし明らかにおかしなニュアンスを彼女たちの言葉の端々から感じ取ることができた。

 

「殺人なんて以ての外です。えぇ、血に塗れた思想は許せません。広げる機会など与えません。狂人の目論見は私たちが潰します。ですから貴方には特別製のコレを差し上げましょう」

 

 掲げられた注射器を見て確信する。そうか、こいつらが中枢の一角だったのか。それならばバラバラだった点が繋がり、線へと変わっていく。

 

 ――――誰かに伝えなければ。彼女たちを止めなければ。

 

 先程対峙しまさに今、自らを死の淵に追いやろうとしているヒーロー殺し以上に、俺は二人の少女たちに対して強い危機感を抱く。

 

「はーい、お注射の時間ですよー。いい子だからじっとしててねー」

「恐れることはありません。では貴方に“祝福(ハレルヤ)”を」

 

 深手を負っている現状、針で腕を刺された痛みなどないようなもののはずだった。

 

 しかし、瞬間その腕が。

 その腕の中から燃え盛る炎のような痛みが俺を――――――――――――

 

「うわぁああああああああ! オレは。…………ワタ、シは」

 

 俺は、オレで――――

 

「ぼくは、アタシはぁああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ×               ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一部成功、といったところでしょうか。この混乱ぶりでは使い物にならない可能性は高いでしょうが」

「へー、そうなんだ。成功なんだ」

「ギリギリ及第点ですね」

「おめでとー、おめでとー。あなたは“きょーかい”を超えたんだよー!」

 

 キョーカイ? それはなんだ。

 それよりもわたしは、俺は。

 

 あれっ。何を考えていたんだっけ。

 何か、大切なことを…………。

 

「回復速度は期待値以上ですね。しかしやはり今まで通り、別個に製剤を与えるほうが安定するのでしょうか。それともなんらかの不純物が? とりあえず経過報告を待ちましょうか」

「病院に連絡しなくていいの?」

「ここから一番近い緊急病院は兄弟のところ。搬送するならきっとそこよ。あとはチームIDATENに任せましょう。自分のところの社長さんなんだもの」

「はーい。じゃあ、私たちはお家に帰ろー」

 

 次第に遠ざかる足音。霞む視界の中、闇の中へと■■の姿が消えていく。去り際に振り返った■■が僕に言いつけた。 

 

「来るべき日は決して遠くはありません。啓示が降りるその日まで癒し、鍛え、備えなさい。我が愛しき家族(同士)よ」

「ばいばーい」

 

 ■■が行ってしまった。

 

 既に痛みはない。でもまだ身体は動かせそうにない。そういえば何で俺は血だらけになっているんだ?

 

 傍らに転がる携帯電話の画面が、振動と共に淡い光を放つ。

 

 その画面に映る文字は。

 

 

 

 

 『天哉』

 

 

 

 あぁ、そうか『天哉』だ。

 その名前は。その名前は()にとって二番目に大切な名前で――――――――。

 

「天哉って…………誰?」

 

 自由を取り戻したわたし(・・・)の唇が、弱々しく震えた。

 まるでそれが、哀しいことだと伝えたがっているかのように。 

 

 

 

 

 




ヴィジランテでのトリガーや本編での個性破壊弾とは別種のオリジナル薬、“祝福(ハレルヤ)”。わかりやすかったかもしれませんが、天晴兄さんからもじりました。

オリジナル設定も加わりながら、よりハードなステイン編始動へのカウントダウン開始です。

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