英雄の境界   作:みゅう

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保須市突入。
今回は巡理視点。ヒロインのターン。




第27話 私にできること

 体調は問題なさそうだけれども、色々と気疲れしていたのだろうか。天哉は私がこっそりと個性を使うまでもなくすんなり寝入ってしまった。彼の頭が自然と私の右肩に寄りかかる重みが、私を頼ってくれている証のような気がしてなんだか誇らしい。

 

 個性で完全に寝入っていることを確認し、記念に写メでも撮ろうかとカメラアプリのボタンを押そうとした所で駄目だとどうにか思い留まる。友達とはいえ盗撮には変わりないし、新幹線の中で周りに誤解されたくもなかったので邪な思いに鍵を掛ける。ふと脳内に浮かんできたぶどう頭のアイツのところまで堕ちるのは流石に躊躇われた。

 

 降り損ねたらダメだし私が寝るわけにもいかないので、ネットラジオのチャンネルをよく知らない洋楽を流しているチャンネルに変更して、少しボリュームを大きくする。新幹線なんて大層な乗り物、実は乗るのが初めてだったりしてドキドキだから寝落ちってことは多分ないはずだ。

 

 …………シャワー浴びてくれば良かったな。

 

 車窓から右肩へと視線を移す。着替えのときにしっかり汗は拭き取ったし、いつもより多めに制汗剤を使ったけれども、ここまで密着されると起きたときに臭いがバレないかほんの少しだけ不安になる。万が一気づかれたとしても、そこまでデリカシーがないわけじゃないと信じたいけれども「天哉だから」の一言に尽きる。真顔で指摘されたら多分恥ずかしさで死ねるよね。天哉が起きたら速攻で離脱して、もう一度制汗剤を使っておこうと心に決める。

 

 色気もへったくれもない初旅行のお供は、イギリスで人気のガールズバンドのパンクロック。幼さの残るハイトーンボイスとパワーコードとシンプルな2ビートで押し切った荒削りな感じがどこか応援したくなる感じで受けてるのかなと思う。

 

『この気持ちに名前をつけるとするならばこれが恋というものなのかな』

 

 日本語にするとそんな感じの初々しい歌詞が声のイメージとピッタリだ。普通の女の子ならばこの旅路に想いを馳せながら耳を傾けるんだろう。

 

『貴方に恋をしているみたい』

 

 私は違う。残念ながら違うんだ。この気持ちを恋と呼ぶには気持ち悪い――――ただの依存でしかない。決して口には出さないけれども、それぐらいの自覚はある。

 

 お母さんの居場所の情報や人質目当ての(ヴィラン)でもなく、お母さんの劣化版とは言えども私の個性による不老不死を目論む強欲な権力者たちでもなく、ましてや聖輪会(メビウス)の中に隠れ潜んでいる“次世代の創世のためだ”などと抜かし性的な目線を向け、何度も手を伸ばそうとしてくる男たちでもない。

 

 真面目で実直で、性的な興味もこちらが心配になる程に薄い。そして私がエンドレスの娘と知っても尚、何の打算もなく私に寄り添おうとしてくれた初めて人、それが天哉だった。今は優しいクラスメイトや先生たちに恵まれているけれども、本当に信頼してもいいと思えるのは多分まだ彼一人だけ。

 

 お母さんが失踪してから、(ヴィラン)と社会の両方に追われていた幼少期。天哉とは声も姿も性格もぜんぜん違うけれども、ずっと私の手を離さず居てくれたお父さんの姿に重ねて見てしまっているんだろうな。

 

『言葉にすれば全てが終わりそうな気がして。何もできないままの私はきっと…………』

 

 透き通ったラブソングかと思いきや、そんな感じのフレーズで締めくくられた。チャンネルを変えずに思わず聞き入ってしまったのも、哀しい終わりを予感させる歌詞の裏のストーリーに気づいてしまったからだろう。

 

 日本でもこんなの曲が段々流行っていくのかな。響香ちゃんに今度聞いてみよう。次はなんか趣味じゃないヒップホップが流れ出したので、ヒーローFMにチャンネルを合わせ、プレゼント・マイクのぷちゃへんざレディオ出張編に耳を傾ける。今日の話題は勿論、雄英体育祭についてだ。外の反響がどんな感じなのか、情報収集に務めるとしよう。

 

 尾行はいつもの聖輪会(メビウス)の護衛であろう二人だけ。メディアや(ヴィラン)連合の心配はなさそうだ。到着予定時刻の10分前にスマートホンのタイマーを合わせて瞳を閉じる。

 

 絶対に寝れないよねってくらい鼓膜に突き刺さるプレゼント・マイクの軽快なトークは睡眠防止には最適だ。感応網を先程までの半分に調整し、これからの出来事に備えて少し気を休めつつ到着を待つことにした。

 

 寝過ごすことも厄介な人たちに補足されることもなく、無事に私たちは駅に着くことができた。幸いまだ明るい時間だ。駅のロータリーで天哉のお母さんと連絡をとってもらう間、私は掲示板に貼ってあるバス停の時刻表の現物を改めて確認する。ネットで事前に調べていたけれど、偶に更新されていないことがあるから――――念のためにと思っていたが、まさかの三十分待ちだった。ネットでは十分待ちぐらいだったのに。

 

「はい、わかりました。四階でエレベーターを降りて右手すぐのロビーですね。すぐに向かいます。母さん、それではまた」

 

 天哉が電話を切り、左手を軽く上げて待たせたなというような仕草を見せる。

 

「バスだと三十分待ちみたいだね。地図を見ると少し遠いみたいだし―――」

「そうか。ならば走ろうか。俺たちの足ならこの位の距離でも、っと?!」

 

 努めて冷静であろうとしてくれているのはわかっている。でも私の話を遮り駆け出そうとするぐらいには天哉も焦っている。私はそんな天哉の腕を反対方向に引っ張り押し留めた。

 

「私たちなら大丈夫とは思うけど土地勘のない所で迷ったら最悪だよ。それに、こういうときにお金は惜しまない方が良いって。アレに乗ろう」

 

 向かい側の乗り場に見えるタクシーを指差す。タクシーも初めてだから相場がわからないけれど、五千円とかはしないよね、多分。想像が全くつかない料金体系に内心ではドキドキしながらも、早さと確実さを優先させた提案をする。

 

「すまない。確かにそちらの方が確実だな」 

 

 やっぱり天哉は身体はともかく、心が本調子じゃない。元々考えてから行動に移すまでの時間が短いタイプだったけれども、今の彼は考える時間そのものが短くなってしまっている。悪い傾向だ。

 

 私が支えなくっちゃ。そうじゃないとこんなところまで付いて来た意味がない。

 

 

 

 

            ×                  ×

 

 

 

「母さん、お待たせしました」

 

 ようやく到着した待ち合わせ場所のロビー。天哉と同じ髪色で真面目で温和そうな女性が彼の声に気づいて席を立つ。少しやつれているみたいだ。個性を使わなくてもメガネの下に浮かぶ隈の色から充分にそれが伺えた。

 

「あ、あのっ。天哉くんのクラスメイトの猪地巡理と言います。大変なときに、勝手に付いて来ちゃってすみません」

「天哉の母です。いつも話は聞いているわ。随分とお世話になっているみたいね。この子を連れてきてくれてありがとう」

 

 深々と頭を下げられる天哉のお母さん。

 

「そ、そんな畏まらないで下さい! 私の方こそ前の入院のときに本当にお世話になったので。本当にただついて来ることぐらいしかしていないんで気にしないで下さい」

「でも貴女も優勝候補だったのよね? 将来が掛かった大事な試合だったのに本当に申し訳ないわ」

「私は将来的に医療活動をメインに据えたいので、個人戦闘のトーナメントにはそんなに固執していないんです。だから私にとっては試合よりも、動転していた天哉くんに何かしてあげたくって…………」

 

 早い、早口すぎるぞ私。何とか噛まないでいられるものの、私の方が動転しているじゃない。そんな中、私の右手をふわりと柔らかな手が上下から優しく包み込んだ。 

 

「猪地さん。貴女みたいな優しい子が天哉と仲良くしてくれて私はとても嬉しいわ。本当にありがとうね」

 

 ゴツゴツした天哉の手やプニプニした茶子ちゃんの手とも違う感覚。少しの洗剤荒れした肌と筋張った指の筋肉の感触。でもその中には体温以外の確かな暖かさが、私の掌を、甲を、指を通して伝わってくる。

 

 あぁ、これが“母親”なんだ、と。それを思い知らされたのは入試の日に救けたご夫婦と合わせて今日で二回目だ。

 

 こんな状況下で私にできることは少ない。でもほんの少しだけ、気づかれにくいぐらいに本当に少しだけだ。身体の奥から力を引き出し、触れた指先からそれを譲渡する。

 

「早く天哉くんをお兄さんの所に連れて行って下さい。部外者の私はここで大人しく待っていますので」 

「――――本当に、優しい子なのね。ありがとう。気持ちは確かに受け取ったわ(・・・・・・)。でもね貴女にも着いて来て欲しいのよ」

「えっ、でもこういうのって普通部外者立ち入り厳禁なんじゃ」

「来ればわかるワン」

 

 急に声を掛けてきたのはスーツ姿の体格の良い男性。犬の異形型、頭部はビーグル系っぽい感じの人が廊下の方から現れた。天哉のお母さんが私から手を離し、彼を紹介する。

 

「保須市警察署長の面構犬嗣(つらがまえけんじ)さんよ」

「そちらが弟くんと――――猪地(めぐみ)の娘さんだワンね?」

「はい」

 

 会釈した天哉を一瞥だけした署長さんは私に視線をしっかりと合わせて言った。お母さんをその名前で呼ぶ人は久々だ。

 

「結論から言うと、インゲニウムは無事だけど(・・・・・)無事じゃない(・・・・・・)ワン。そしておそらく君も決して無関係ではない。だから私が面会の許可を出したワン。まずは君と弟くんはインゲニウムに会ってくると良いワン。ここから突き当りの部屋だ。詳しくは後で話そう」

 

 そう言って署長さんは私たちを送り出す。私と無関係じゃないって、聖輪会(メビウス)絡みかさっきの話し方だとおそらくお母さん絡みの話。お母さんが現れてインゲニウムを救けたとかいう話だろうか。でもそれだと『無事じゃない』って表現はしないはずだ。得体の知れない不安が胸中によぎる。

 

「巡理くん、行こう」

 

 強く握り締められた左手が――――ちょっと痛いよ、天哉。手を繋いでもらっているのに、何だか怖い。

 

 

 

 

「兄さん!」

 

 病室の手前まで行くと、やっぱり冷静じゃいられなかったんだろう。私の手を振りほどいた天哉が勢いよく扉を開ける。

 

 ごく普通の病室だった。緊急治療室でもなんでもなく、ただの個室。私がこの前まで居たような安い部屋とは違って備え付け家具の大きさや種類が全然違ったけれども。

 

 消毒液臭かった廊下とは異なり、部屋の中は熟れたメロンとパイナップルの甘い香りが漂っている。窓際の棚の上に美味しそうなフルーツバスケットが置かれていた。あの特徴的なリボンの使い方とシールの形からして、私が天哉にもらっていたフルーツのお店と同じだ。辛くて、怖くて、でもとても嬉しかったあの頃の思い出がふと蘇る。

 

 テレビ台の横の花瓶には淡いオレンジ色のカーネーションとカスミソウが活けられていた。部屋に座っているあの人が持ってきたのかな。

 

「天哉くん、久し振りね」

「藻部さん、お久しぶりです。兄がお世話になります」

「良いのよ。ここに座って。貴女も来てくれてありがとう。椅子を出すからちょっと待ってね」

 

 藻部さんと呼ばれた二十代半ば位のボブカットの女性が椅子に腰掛けていた席を天哉に譲る。清流のせせらぎのような透き通った声の似合う綺麗な人だ。制服の感じからして同じ事務所の社員さんなのだろう。天哉は藻部さんにお礼を言ったが、まだ座らず荷物だけ傍の棚に置いた。

 

 そして当のインゲニウム、天哉のお兄さんはベッドで仰向けの体勢で寝ていた。それはもう見事に健やかな寝顔だ。かなり歳が離れているみたいだけど、やっぱり天哉そっくりだな。

 

 でも様子がおかしい。おかしすぎる。点滴の類も一切見当たらないのはなんでなの?

 

「……巡理くん」

「すごく健康だよ。何でこの部屋にいるのかわかんない位に元気」

 

 決して直接的な言葉にはしなかったけれど、それを僅かにでも期待して私を連れて来たってのもあるんだよね。だから感じ取れるままの所感を述べる。私の個性で見る限り特におかしなところは見当たらない。だからこそ、そんなお兄さんの寝顔を見ていた天哉は困惑するのも無理はなかった。

 

「兄は、(ヴィラン)にやられたのではなかったのですか?」

「えぇ。ネームドの(ヴィラン)に一度やられた、それは間違いないの。滅多刺しのアーマーに、血の海になった現場、そしてスーツに搭載していた通信装置の通話記録と、視界映像。状況証拠の全てがインゲニウムが一度致命傷に陥っていたことを証明しているわ」

 

 話しながら藻部さんが取り出してくれた椅子を私に勧めてくれるが、それを固辞した。

 

「私がこの場にいることを許されている状況と、インゲニウムが致命傷を負ったにも関わらず今は無傷という状況。つまり、エンドレス()がインゲニウムを救けたということですか?」

 

 私は入り口側へと振り返り、署長さんへと問いかけた。

 

「憶測の段階でしかないが半分正解で、半分不正解だワン。ちょうどインゲニウムも寝ているし今が良いタイミングだろう。君たちに見せたい映像があるワン。これは特例中の特例だ。正直かなりキツい映像もある。もし気分が悪くなったら言うと申告すると良いワン。覚悟して見ることだ」

「ごめんなさい、私は二度目を見る勇気がないわ…………ロビーで待っているわね」

 

 天哉のお母さんが退出して行った。あぁ、あの感じは最近までの茶子ちゃんと一緒だ。でも実の母親がそうなのだ。かなりの覚悟が要る。それは間違いないのだろう。

 

「家族だから、事件の関係者だから、という理由だけで見せる訳ではない。君たちが次世代のヒーロー候補であるからこそ、そしてなによりも敵連合の事件を乗り越えた君たちだからこそ信頼して見せるんだワン」

「覚悟は出来ています。目を背けたりはしません」

「私もです」

「いい返事だワン」

 

 

 

 

 見せられたのは衝撃的な映像だった。

 

 ヒーロー殺しと呼ばれるステインの奇襲を受け、生死の境目を彷徨うインゲニウムの断末魔。拝金主義に陥った現代ヒーローを粛清することで、ヒーローの在り方を変革するという世迷い言。少女たちが祝福(ハレルヤ)と読んでいた謎の薬を投薬されて生命を取り留めたインゲニウムと、彼の発狂としかとれない叫びと呟き。

 

 そして私は見てしまった。私と全く同じ顔を持つ二人の少女の存在を。

 

 天哉も聞いてしまった。一人称が目まぐるしく入れ替わりながら発狂し『天哉って…………誰?』と呟くインゲニウムの声を。

 

 映像が止まった後、天哉は寝返りを打ちながら眠るインゲニウムを見てゆっくりと口を開いた。

 

「もしかして兄さんは、記憶障害を負ったのですか? だから『無事じゃない』と?」 

「そうよ。しかもただの記憶喪失なんかじゃない。急に多重人格のような兆候が見え出したの」

「ような?」

 

 言葉尻が気になって思わず口に出してしまった。けれどそれは天哉も気になったようで私の言葉を引き続いでくれた。

 

「普通の多重人格とどこか違うのでしょうか?」

「アフリカの僻地でしか使われていないような言葉を急に使い出したり、あんまり良くなかった英語の発音がネイティブ並に良くなったり、ずっと年上の人しか知らないようなことを知っていたり。そんなこと今まで聞いたことある?」

「いいえ」

「勉強不足かもしれないですけれど、私はそんな例は今まで聞いたことがないです」

「まだ分析中みたいなんだけどね。インゲニ……ウムはっ、天晴さんの心はっ、うぅぅ…………」

 

 藻部さんは嗚咽で言葉を続けることができなくなっていた。余程慕っていたのだろう。事務所のメンバーもたくさん居るだろう中、この人だけが残ることを許されていたんだ。もしかしたら恋人かそれに近いような立ち位置の人だったのかもしれない。

 

 ハンカチを差し出し、目元を拭ってあげる。何で私の周りはこんな哀しいことばかりが起きるんだろう。

 

「君も無理をせずそとの空気でも吸って落ち着いてくるワン」

「すみま、せん。そうさせて頂きます」

 

 藻部さんが退出したのを静かに見送ってから、所長さんが口を開く。

 

「――――恐らく飯田天晴としての精神はもうどこにも残っていない。条件は不明だが何らかのタイミングごとに、この地球上のどこかに済む誰かの精神に入れ替わってしまっているワン。しかもその全ての人格において記憶が曖昧な形でだ」

「何なんですかそれ。地球上、っていくらなんでも規模が無茶苦茶じゃないですか?」

「しかし現状ではそうとしか言えないらしいんだワン。それに私は精神科医ではないからね。だがもし、ただの記憶喪失の一種だとしたら、ずっと彼が気にかけていた自慢の弟である君の呼びかけを切っ掛けにできるかもしれないと医者たちは考えているようだワン」

「俺の言葉で、兄さんを――――」

 

 目尻が微かに濡れている。だけど下唇を噛み締めながら所長さんの言葉に頷いた。

 

「わかりました。兄が起きたら、たくさん話をします。絶対に()たちのことを思い出して貰えるように」

「頑張れとしか言えず申し訳ないワン。だがあまり気を張り詰めすぎないように。多分これはきっと時間がかかることだワン」

「……はい」

 

 天哉も最初に藻部さんが座っていた椅子に腰掛け、私の方を向いて言った。

 

「俺は兄さんが自然に起きるのを待とうと思う」

「私も待つよ」

「いや、すまない。少し心を整理する時間も欲しいんだ。だから巡理くん、今は兄さんと二人にしてくれないか?」

 

 そう言われたら引き下がるしかない。上手く返す言葉を私は見つけられなかった。

 

「うん、わかった。また落ち着いたら連絡して。しばらく天哉のお母さんや所長さんと話をしたり、近くを散歩しているよ」

「この埋め合わせは必ず」

「気にしないで。ゆっくりね」

 

 ここは私の出る幕じゃない。所長さんと一緒に部屋を出て静かに扉を締めた。

 

 

 

 

             ×                  ×

 

 

 

 所長さんにあの二人の少女のことや祝福(ハレルヤ)のことについて当然の如く問われたが、残念ながら私に出せる情報はほとんどなかった。伝えられたのは少なくとも私の知る限り妹は居なかったはずだし、年齢的にも新しくできたとしたらそれは異父姉妹になるということ。

 

 祝福(ハレルヤ)の存在は初めて知ったが、聖輪会(メビウス)もしくは直接お母さんのどちらかに繋がっている可能性が高いという推論。そして聖輪会(メビウス)から私が距離を置いていて、比較的穏健派や、(ヴィラン)からの護衛役の人たちに人脈が偏っていることも告げた。

 

 そうかと少し残念そうな素振りを見せたけれど、何か情報があった時の連絡先を教えてくれた。

 

 その後、天哉のお母さんと藻部さんといろんな話をした。天哉とのこれまでのことと、これからのことの両方を。そして天哉のお母さんから交通費とご飯代とかを出してもらい、ありがたく言葉に甘えることにした。さらに天哉の家に誘われたのだけれど流石に断って、その晩の新幹線に乗って帰ることにした。実質の滞在時間は三時間にも満たない感じになってしまったけれど観光じゃないから仕方ない。

 

 忙しいだろうからと天哉たちの見送りは辞退して、駅のホームで大人しくいつもより贅沢な駅弁も早々と食べ終えてしまい、のんびりと40分後の新幹線を待つ。帰りは何と指定席だ。何だか金銭感覚が今日一日で麻痺してしまったような気がする。

 

 ポーチから取り出した今日もらった名刺を鞄の上にズラッと眺める。さっきもらった藻部さんのもその中にもちろん加わっている。随分一杯もらったな。たくさんある中から目的の1枚を取り出す。マジマジと名刺を見るのはこれが初めてだけど、ちゃんと連絡先が載っていた。

 

 もう遅い時間だ。事務所の人に名刺を渡されたことを話すと、時間はかかったけれども目的の人物に連絡をつけてもらうことに成功した。

 

「ふっ、まさかこんなに早く連絡を寄越すとは予想外だったな」

「保留にさせてもらっていた返事の件なんですけれど、職場体験お世話になってもいいですか?」

 

 あのヒーロー殺しに対抗できる実力があり、そして同時に祝福の捜査もこなせそうな人物。実際に対面してみて噂通り人格には難ありだと感じたが、こんな状況で頼るならこの人しか居ないという確信もあった。

 

 本来なら極秘事項だが事前に面構署長にダメ元で話をしてもいいか許可はとった。派閥が複雑化し、疎遠にしていた聖輪会(メビウス)の中に探りを入れるよりは、この人を頼ったほうが恐らく進展が望める。

 

「勿論君ならば構わん。だが準決勝のことと関係があるのか?」

「えぇお望み通り、私の目を貸します。だから代わりにどうしても捜査して欲しい事件があるんです」

「生意気だ、と切って捨てるところだが言うだけ言ってみろ。使えるサイドキック候補は抑えておきたいからな」  

 

 序列はオールマイトの次点であり、あの脳無を難なく倒す圧倒的な強さを持ち、そして何よりもダントツのトップを誇る事件解決数を誇る捜査能力の持ち主。

 

「ヒーロー殺し、そして祝福(ハレルヤ)。別個の事件なんですが同時にインゲニウムが関わり、そして再起不能に陥りました」

「ほう、ここでその名前が出てくるとはな。おい、詳しく話してみろ」

 

 電話越しにでもわかるドスの効いた威圧感溢れる声。不敵な笑みを浮かべるエンデヴァーの顔が脳内に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 ――――――私が少しでも手がかりを持って帰る。だから無理をしないで、天哉。

 

 

 




飯田くんのターンは次から。

初期プロットではインゲニウムが死亡し、より憎悪を増す予定でしたが、ある意味悪化させました。その分色々飯田くんは悩むことになります。

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