――――今は兄さんと二人にしてくれないか?
大事な試合を捨ててまで巡理くんは俺に着いてきてくれたというのに、さっきの言葉はあまりにも自分勝手だっただろうか。いや、これでいい。あのまま隣に居られたら俺は彼女にもっと心無い言葉をぶつけてしまうかもしれないから。
そんな俺の気持ちに気づくわけもなく、兄は本当に気持ちよさそうな寝顔をしている。映像の中では見た怪我はあの時の切島くんたち以上だったはずなのに、今はどこからどう見てもその顔色は健康そのものだ。巡理くんのお墨付きともあればそれは間違いないのだろう。
大きく、息を吸う。熟れた果実の臭いが、妙に甘ったるい。そんな気分じゃない、とでも言えば良いのだろうか。全部がちぐはぐな気がする――――部屋の空気を変えよう。
席を立ち、窓を開放する。吹き込んでくる生暖かい風によってカーテンがふわりと舞い上がり、俺の頬を優しく撫でた。少し窓から身を乗り出して、沈みかけた太陽をぼんやりと眺める。
『太陽が見えなくなるまで競争だ!』
兄さんはそう言い出すと同時に走り出して、俺はズルいと抗議しながらその背中を追った。でも兄さんはときどき振り返って、離れすぎないようにしてくれた。あの川辺での日常をふと思い出す。
そんな回想に浸っている中、布団の擦れる音が俺を現実に引き戻す。
「う……お腹が減ったわね」
耳慣れた声がした。だが決して、聞き覚えの無い女性のような口調。首元に嫌な汗が一筋流れる。
そういうことか。この部屋にいるのは俺と兄さんだけ。藻部さんが言っていたことがどう意味なのかをこのワンフレーズだけでも痛烈に理解させられた。
覚悟しろ、今から見る姿が兄さんの現実だ。意を決して振り返る。
「起きたのかい、兄さん」
「にいさん? えっ、ここは?!」
跳ね上がるように上体を起こし、頬を両手で抑えている兄さんの姿を見て、俺は次の言葉を失う。目を丸く見開き、あからさまに困惑しているその様子は俺と鏡写しだったのかもしれない。手を下ろし、視線だけで部屋を一巡りした兄さんは先に口を開いた。
「私の名前は飯田天晴で、君がその弟くん。それで私は入院中。その認識であっているのよね?」
「あぁ、そうだよ」
「君の名前を聞かせてくれる?」
困惑はしているのだろうが、以外なほどに狼狽えた様子は見えない。ベッドのネームプレートを指さしながら、ゆったりとした口調で眼の前の人物言う。
眼の前にいる人は兄の姿をした“誰か”なのだと、今こうして相対してこそすぐに理解できた。母さんや藻部さんもきっと感じたであろう気持ち悪さやもどかしさも。
無論ショックはある。でも藻部さんたちが経験したときとは違い、ちゃんと日本語で会話もできている。そして第二声の内容から、非常に冷静な人格であることも容易に想像が付く。最悪こちらは混乱で暴れ出すことも想定していたので、これはきっとチャンスなのかもしれない、と。俺はそう信じることにした。
「飯田天哉、兄さんはいつも天哉と呼んでくれていたよ。雄英高校ヒーロー科の一年生だ」
だけど俺は兄の記憶が混濁しているだけと信じたい。信じたいからこそ、自然と発してしまいそうになる他人行儀な話し方ではなく、兄さんと普段話すような口調になるように努めた。
「そう、ヒーロー科だなんて天哉は優秀な弟なのね。天哉、早速悪いんだけど鏡を取ってくれない?」
喉の辺りを抑えてみたり、胸元や二の腕、鼠径部を確認しながら兄さんはそう言った。女性の人格になっているらしい本人が一番口調に戸惑っているようだ。
「鏡か。鏡は持っていないが、スマホをこうすれば良いと巡理くんが言っていたな。はい、兄さん」
スマホをカメラモードにして、自撮り用のカメラに設定した状態で手渡す。受け取った兄さんは角度を変えながら自分の顔を確かめる。
「うわ、本当に男だ」
「兄さんは自分の性別に違和感があるんだろ? インゲニウム、ステイン、ハレルヤ、この言葉に聞き覚えは? 直近の記憶で何か思い当たることは?」
「そんな一気に捲し立てられてもわからないから。天哉、落ち着きなさい」
母親が小さな子供に言い聞かせるような口調で、兄さんの姿をした彼女が言う。
「言っておくけれど、私自身が一番混乱しているんだからね、もう。要するに私の記憶を確認したいんでしょう?」
「あぁ」
諭された俺はただ頷く。これじゃ立場が逆じゃないか。
「残念ながら自分の名前すら思い出せないわ。でも身体が覚えているっていうの? 少なくともこの体は、本当の私は飯田天晴じゃないってことぐらいは分かるわよ。もしかしたら魂だけが別の身体に入り込んだとでも言うのかしら、まるで三流小説みたいね」
「三流ってことはないんじゃないか、むしろテンプレートだと思うぞ。離れた場所の男女の意識が移り変わる映画が去年の夏にかなり流行ったようだしな」
「そんな映画は知らないわね。でもそんなストーリーに既視感があるのは事実だし、自分でも色々確かめたいのだけど……」
俺から目線をずらし、部屋の四隅に設置された監視カメラをじっくりと確認した後、十秒ほど思案した兄さんは俺に推論を述べる。
「やけに厳重な監視カメラよね、でも拘束されているわけじゃない。そしてこの筋肉の鍛え具合と尋常じゃない数の傷跡。君がヒーロー科ってところから推察すると、飯田天晴はヒーローで、敵との戦いにおいて何らかの個性にやられて精神に異常を来たしている」
確かに推測が可能な要素は揃っている。とは言えども、この冷静さと察しの良さには驚かざるを得ない。
「どうかしら天哉。何点ぐらい付けてくれる?」
「ほぼ満点だよ。個性じゃなくて薬品ってところは誤差の範囲だろう」
「オーケー、大まかには把握したわ。貴方から色々聞きたい所だけどきっとそれじゃ、全然情報が足りないし偏るわね。天哉、所属事務所からその敵と薬品に関する情報、飯田天晴に関するプロフィール、病院のロビーか売店で直近の新聞と、あとはそうね……健康状態の診断結果にあのカメラの録画データ、ノート3冊くらいと筆記具ね。ざっとで良いから揃えてくれるかしら。私、こういうのはキッチリ多角的に確認したい性質なの。それに今の私の状態をいつまで続くかわからないからね。飯田天晴への引き継ぎと考察も早くまとめなきゃ。ハリーハリー!」
「わ、わかった」
「でも廊下は走っちゃだめよ」
「わかってるって兄さん」
俺の知っている兄さんとは別方面で頼り甲斐があるのは僥倖なのだろうが、怒涛の勢いとでも表現すべき言葉から感じ取れるパワーに、ただただ俺は圧倒される。売店に署長、藻部さんのところか。戻って来るまでに30分位かかるだろうか、全体的に巻き気味の今の兄さんを手持ち無沙汰にさせるのは勿体ないな。
「俺が買ってくる間、俺のスマホで事務所の公式サイトやヒーローチューブを見ていてくれ。ある程度の事はそれで調べられるだろうから」
「遠慮なく借りるわね」
スマホのロック解除して兄さんに渡すと早速検索サイトのアプリを起動させていた。使い方がわからないということはなさそうだ。他の日常生活も支障がなければいいのだが。
「ムフフ、じゃあネットの検索履歴から君のご趣味を拝見っと」
「やましいものは何もないぞ」
もーわかってないなと、何故か呆れ顔になる砕けた今のノリは、少しだけいつもの兄さんっぽかったな。
「冗談のつもりだったけど全く動じないなんて、本当に真面目なのね君。変なことはしないから、おつかいよろしく……ほう、これはこれはいいご趣味で」
「はぁ、だからやましいものはないぞ」
ため息と共に出てくるのは、これで二度目になる台詞。まるで峰田くんを相手にしているみたいだな。しかし悪戯っぽくニヤリと細まる兄さんの瞳が、次の瞬間、急に見開かれる。
「何か思い出したのかい!?」
「う、うん。何でもない。ほら、ハリーハリー、天哉!」
何でもないわけはないだろう。目頭に涙が浮かんでいるじゃないか。何に衝撃を受けたのかよりも、その涙が一体誰のものなのか。それを問う勇気を見いだせないまま、俺は言われるがままに売店へ向かって行った。
エレベーターでなく階段を使うなど、なるべく人の少ないルートを選び売店に向かう。変装を解いてしまったせいもあって、度々通りすがりの人々に声をかけられた。その声の多くは準決勝を棄権せざるを得なかった俺を励まし、そして兄さんを心配するものだった。どうやらインゲニウムが負傷したとの情報はもう一般にも広まっているらしい。
心配は嬉しいが随分違うものだな。入試での事故の巡理くんに対して、いやそれだけじゃない。敵連合襲撃後の入院していた皆への人々の視線は、同情も含まれど、少なからず辛辣な感情も混じっていたように俺の目には映っていた。
この周りの対応の違いは、兄さんの人徳が勿論一番の理由ではあるのだろう。しかし、俺や皆の体育祭にかける本気の想いが、少しでも認められたのがこの変化なのならば、頑張った甲斐があったというものだ。
通りすがったロビーでは体育祭のダイジェストを見ようとテレビの周りに人々が殺到していた。母さんたちがいるかもしれないと、一瞬足を止めてその場で探してみる。
病院だというのにテレビを見る人々は皆笑顔だ。テクニカルな三年生の技に歓声をあげたり、珍プレーランキングに破顔したりしている。ちなみに電灯まみれの尾白くんが、このランキング三位に入っていた。
「おじろふらーっしゅ!」
幼児がヒーローごっこのように、早速尾白くんの真似をしている。微笑ましい光景であるはずだが、このチームに一泡吹かされた身としては、何とも表現し難い複雑な気持ちだ。だが……
「『ヒーローの仕事は命を救うだけじゃない──』か」
反芻するためにわざと小さく声に出す。
クラスの実力と結束は確かに示すことができた。副委員長としての俺は自信を持って言える。だがヒーローの卵としての俺は、果たしてこの体育祭で勤めをやりきれたと言えるのだろうか。今一度自答する。
敵連合の襲撃後、ジョギングに誘ってくれた兄さんは思い詰めていた俺に続けてこう言っていたのを思い出す。
× ×
『──心を救うのも大事な勤めだ』
『言わんとすることはわかるよ。兄さん。でも具体的にどうやって? 怪我や
夜の暗い堤防沿いの生ぬるい風が、俺の首筋にじっとりと纏わりついて離れない。二歩分ほど斜め前を走る兄さんの背中は、実際の距離よりもずっと遠くに感じられた。
『だったら見えることから始めればいい。まずは笑顔だ。大先輩の受け売りだけどな。心はなかなか見えないけど、笑顔は見えるだろ?』
電灯も少ない道、しかもちょうど逆光だ。けれども、振り向いた兄さんが俺に伝えようと、励まそうとするその
『笑顔になってもらうために何ができるか、そこから考えてみようぜ!』
『うん、わかった。頑張ってみるよ』
『でも方法は人それぞれ向き不向きあるからな、ユーモアとか天哉に求めるのも違うだろうし。うーん、そうだなー』
兄さんはそう言いながら、少し下がって肩を組んで来た。そして横顔の近さに、改めて驚く。そうか、身長だけならもう俺は追いついてしまっているのか。中身はまだまだなのにな。
『確かに、兄さんやオールマイトみたいなジョークは苦手だ』
兄さんのような立派なヒーローになりたい。でも常々兄さんは俺に対して、自分たちと同じになる必要はないのだと説いてきた。けれども今もこうやって俺のために時間を割いて、真剣にアドバイスをくれようとしている。
回された兄さんの腕から、俺の首筋へと汗が伝ってくる。だだ密着することによる走りにくさも、熱が籠もりっぱなしの首筋も、決して不快ではなかった。
俺が取っつきにくい人柄だということも、俺が振りかざす論理に耳を痛める人間が少なからずいることも自覚がないわけではない。だから振り返ってみれば、俺に対してこんな距離感で接してくれる人間は、兄さんぐらいしか
『そうだ天哉は勉強が得意なんだから、メンタルケアとかそういう本読んでみるのもいいさ。医者志望の子とも仲良いんだろう。一緒に勉強してみたらどうだ?』
『そうだね。猪地くんなら詳しいかもしれないな。書籍について聞いてみようと思う』
『お前は俺より優秀なんだからきっとやれる!
『ありがとう兄さん!』
× ×
「おじろふらっしゅう!」
回想にふけっていると俺の足元で甲高い子供の声がした。どうやらさっきの子供が今度は子供用携帯のフラッシュを焚いてまで再現して遊んでいるようだ。それにしても親御さんはどこにいるのだろうか。
「こらこら、君、知らない人にフラッシュをしてはいけないぞ」
視線の高さを合わせるために片膝をつき、威圧感を与えないように気をつけながら言う。
「しらないひとじゃないよ。ぴかーってされためがねのひとでしょ?しってるもん」
「なるほど、確かに俺は本人だ。が、どうしたものか」
子どもに悪気はなさそうだ。親が出てくる気配もない、そもそもこの病院にはいないのかもしれないな。巡理くんや藻部さんなら上手いことこの幼児を指導出来るのだろうが、俺が何時もの調子で話しても、未就学児には通じにくいということはわかる。万が一泣かれでもしたら俺一人では収拾がつかない。迷いながらも俺は慎重に言葉を選び取る。
「あれはヒーローの必殺技だからな。必殺技は大事なときにしか使っちゃいけないんだ」
「だいじなとき?」
上手く言ったつもりが問い返されてしまう。しまった抽象的すぎたな。もっと分かり易く、具体的に表現しなければ。
「大切な人を守りたいと思ったときだよ」
「たいせつなひと?」
ぬぅ、それも問い返すか。もっと別の例えが良かったか。俺が言葉に詰まっていると幼児の方が先に口を開いた。
「おにいちゃんにはいるの?」
「いるとも。兄さんや母さん、それからクラスの友人たち。数え切れないほどいるぞ。君にはいるかい?」
「いるよ! おかあさんはあしがわるいからひーろーになって、まもってあげるんだ!」
生え替わりで前歯が一本欠けたその子は、屈託なくそう言う。
「あ、もうおかあさんのところにもどらなくちゃ。ばいばい、ひーろーのおにいちゃん!いろいろおしえてくれてありがとう!」
「廊下は走るんじゃないぞー!」
「はーい!」
振り返った幼児はとびきりの笑顔を見せた後、ゆっくりとエレベーターの方へと向かって行った。
見送った俺は目的である売店へと再び向かう。売店は少々込み合っていて、レジには行列が出来ていたので朝刊と夕刊を無作為に一つずつ手に取り、大学ノートと筆記具を確保して最後尾に並ぶ。雑誌はゴシップ紙ばかりで、どこのものが信憑性が高いか俺には皆目見当が付かなかったので、なしにした。スマホからの情報で充分だろう。
並んでいる間に夕刊の一面記事へと目を通す。もちろん体育祭の記事ではあったが、大きく写真に写っていたのは表彰式でセメントスに拘束されている爆豪くんの荒ぶる姿だった。どうやら決勝戦を放棄した俺たち二人に立腹し、メダルの授与を拒否し続けていたところを取り押さえられオールマイトまで出動したとのことだ。特に騎馬戦で巡理くんのチームにはまんまと心操くんの罠で出し抜かれ、俺達のチームにはダントツの差をつけられていたのだ。不完全燃焼なのは理解できる。だからこそ、このような醜態を衆目に晒すことになったのは爆豪くん1人の問題ではないな思うと非常に心苦しさを感じる。何かしらの詫びが彼には必要だろう。緑谷くんと巡理くんと要相談の案件だな。
そしているうちに買い物は無事に終えたが署長と藻部さんの居場所がわからないことに気づく。連絡を取ろうにもスマホは兄さんに預けたままだった。不覚だ。とりあえず一旦部屋に戻ることにしよう。
「お帰りなさい。早かったわね」
モグモグとバナナを齧りながらベッドの端に腰かけて、スマホを弄っていた兄さんが声をかけて来る。どこか見慣れたような風景だ。
「病院食以外をもう食べていいのかい?」
「大丈夫よ。私医者だし自分の体調くらいしっかりわかるわ」
「えっ、記憶が戻ったのかい?!」
さらりと投下された爆弾発言に思わず俺は新聞などの入った袋を取り落としてしまう。
「えぇ。私自身の方は。リンク先がインゲニウム、そして君に接触できるなんて、本当に奇跡みたいな確率だったけれどもしっかりと自我を取り戻せたわ。今なら神様の存在を信じれそう……今のは笑うところよって、解説がないとわからないわね。ごめん、聞き流して」
「意味がわからなくとも聞き流すには厳しい内容だったの思うのですが、やはり貴女は兄さんの別人格という訳ではなく、完全に別人ということですか?」
「そうよ。でも安心しなさい。お兄さんはもうすぐ元に戻って来れるわよ。しばらく療養は必要でしょうけれども、致命的ではないと思うわ」
「隣に来なさい。袋は拾わなくて良いわ。引き継ぎも情報も、もう不要だもの」
「いや、床に落としたままなのは衛生的にも、景観的にもよくないだろう」
「本当に真面目なのね。ほらそこに置いたら早く。あまり時間がないんだから」
ベッドをポンポンと叩き、腰掛けるよう促されその指示に従う。隣に座った俺と肩を組むようにグイッと引き寄せた
「できれば監視がないところが良かったのだけれど、時間がないから今ここで君に託すわ。これはオフレコよ。警察やヒーロー、友達や彼女、そしてインゲニウム自身にも。ちょっと目を閉じていて。そのほうが酔いにくいから」
「一体何を?!」
目を閉じた直後、肩を組んだ姿勢からさらに俺の頭が引き寄せられ、頭と頭が軽くぶつかる。
『何も声に出さないで。君のためにギリギリまで出力を絞っているんだから、ちゃんと聞こえていたら読書のときのように心の中で返事してみて』
ヘッドホンをつけたときの感覚をもっとくぐもらせたような、脳内に直接語りかけてくるような声が響く。兄さんではない、落ち着いた年上の女性の声。これが兄さんの中の人か。
『聞こえています』
『オーケーよ。こっちも把握したわ』
『それにしてもこれはテレパスの一種なのですか?』
先程までは兄さんと接するような口調でと努力していたが、もうその必要はないだろう。彼女と話す俺は自然と畏まった口調に戻る。
『全然違うけれど究極的には同じと言うか、まぁそれは些細な問題だわ。これなら盗聴の心配も要らないからね』
『警察には聞かれたくないと?』
『いいえ、誰にも、よ。時間がないからよく聞いて。君に幾つかメッセージを託すわ。まず1つ目、これは
『不老不死の妙薬という噂が本当だとしたら誰にもその欲求に抗えないからですか?』
始皇帝しかり、過去の歴史が物語るように権力者が最後に追い求めるのは永遠の命。手にしたものの善性に関係なく、それが実在することがわかれば数多の陰謀や抗争が巻き起こるのは容易に考えられる。
『大体あってるわ、実際はもっと酷いものになるのでしょうけどね。私は救えるところにある命は全て手を差し伸べるのがモットーだけど、別に死そのものを嫌悪しているわけではないわ』
『さっきからの口ぶりだと貴女は、
『ふふっ、察しのいい子は私の好みよ。はじめまして飯田天哉くん。猪地
悪びれないような口調で彼女は自身の名を告げる。その名前が出てきたことそのものには、思ったよりも驚きは少なかった。巡理くんとそっくりの少女の映像さえあったのだ。薄い可能性の一つとしては考えていた。どこか兄さんの仕草に既視感があったのも巡理くんのソレに似ていたからなのかもしれない。
しかしなんで、なんで貴女が今更出てきて。しかもよりによって
『やむを得ない事情があるのは理解できる。けれども巡理くんは貴女が去ってから父親を失い、少なくない苦労をして来た。謝罪しろとは言わない。それは貴女が自分の口で伝えることだから。でも、せめてあの子が捨てられたんじゃないと、愛されていたんだと、わかる言葉をどうか僕に託してくれ! しっかりしているようでもあの子は愛情に飢えているんだ。僕が当たり前のように享受していた家族との会話も、食べるものや住むところに不自由しない暮らしも、巡理くんは持ち合わせていなかったんだ。だからっ!』
『そんなに巡理のこと、大事に思ってくれているのね。本当に君に会えて良かったわ。今さら会わせる顔もないけれども君がそこまで言ってくれるのなら、そうね』
しばし言葉をまとめるために沈黙する
『“ヒーローじゃなくても、医者じゃなくてもいい、やらなくちゃいけないことじゃなくてあなた自身の幸せを探して、あなた自身になりなさい”って、そう伝えてくれるかしら。今すぐに言ったら混乱するでしょうからね、君があの子に必要だと思ったときで良いわ。必ず伝えてくれる? 約束よ』
『俺が求めていた言葉とは違うけれども……わかりました。巡理くんが求めているときに必ず伝えます』
『お願いね。いけない、そろそろタイムリミットね。もう、言わなくちゃいけないことがいっぱいあったのに。まぁいいわ。やれることをやりましょう。既に境界を超えたならば。えぇ、問題ないわ』
『“境界”それはあの少女たちも確か言っていた言葉では。俺に一体何を?』
『そのときが来ればわかるから。だから肩の力を抜いて“力”を受け取りなさい。巡理に一番近くて、思ってくれている君だからこそ託すわ。これからヒーローを目指すのならば数えきれない危険が待ち受けているでしょう。どうしても“今の君”では実力が足りない、そんな場面が来るでしょう。そのときは頼りなさい“君が一番信頼している人”の力を――――』
何かをされている。それはわかる。揺さぶられているような、違うような言語化しにくい違和感を感じていた直後、麦茶と間違って父のビールを口につけてしまったときのような酩酊感が急に襲い来る。
『願わくば、巡理のために使ってくれたら嬉しいわ』
それが最後に聞いたエンドレスの言葉だった。“力”が何のことかはわからない。だけれども、巡理くんのために使おう。そう言葉を返そうとして俺の意識は闇へと落ちていった。
「っ、一日中拷問だなんて碌でもない夢を見ていたな。やっと起きれた。おいおい、なんでこんなところで寝てるんだ俺たちは」
どこか酷く懐かしく感じる声が――――
「全く、そんな格好じゃ風邪引くぞ、天哉」
まどろむ俺の耳元にふわりと降り注いだ。
エンドレス登場ということで大分爆弾突っ込んでます。
いよいよ職場体験の導入ということで大きく話が動きます。
職場体験のメインキャラの発表です。