英雄の境界   作:みゅう(蒼山みゆう)

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第30話 職場体験へ

 待ちに待った職場体験当日がやってきた。

 

「全員コスチュームは持ったな?」

「ばっちりです!」

 

 皆の元気の良い声が駅の構内に響き渡る。切符売り場近くに集合した俺達は、先生の合図と共に最後の点検を始めた。

 

「俺はないけどな……」

 

 みんなが和気あいあいとする中、ぼそりと小さな声で心操くんが呟く。

 

「え、そうなん?」

「さすがに被服届けの承認と制作が間に合わないらしくてな」

「なら私服になるんかな?」

「体操服だ」

「そ、そか」

「どんまいだよ」

 

 哀愁漂わせる心操くんに、麗日くんと緑谷くんが気まずそうに声をかける。

 

「まぁ何事も前向きにだ! 職場体験に行けるだけ良いと考えようじゃないか!」

「そこ、私語を慎め!」

「申し訳ありません!」

 

 しまった。副委員長というのに何という体たらくだ。深く頭を下げて俺は謝罪する。

 

「仮免許すら持っていない以上、本来なら着用は厳禁なんだ。コスチュームは絶対に紛失するなよ。万が一にでもなくしたら、反省文どころじゃないぞ。下手をすれば────わかるな?」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ。絶対なくしませんって!」

 

 切島くんが半笑いでそう言うが、先生の目は真剣そのものだ。先生が冗談で言っているわけではないのだと、切島くんだけでなく皆もわかっているだろう。

 

「連絡事項は以上だ。お世話になる以上、向こうに迷惑をかけるなよ。独断はするなよ。体験先の指示には絶対に従え。最後に何か質問などあるか?」

「先生、少々よろしいでしょうか?」

「なんだ、八百万?」

「皆さん、先日のリストバンド、きちんと持って来てますよね?」

「ばっちりだよヤオモモ。1年A組の心は一つだぜぃ!」

「イェイ、心は一つだー!」

 

 上鳴くんと芦戸くんが、腕にはめたリストバンドを重ねるようにしてハイタッチを交わす。

 

「そういえば、心操くんはもらってるか?」

「あぁ。昨日もらったけど、まだカバンに入れてある」

 

 気になったので声をかけたが大丈夫そうで安心だ。

 

「無事に体育祭も乗り越えましたし、現役のヒーロー方が近くにおられるので何事もないとは思いますが、個性が割れてしまった以上、念には念を入れて身の安全を確保して下さいね」

「皆、家に帰るまでが職場体験だぞ。しっかりと学び、そして無事に帰ってくるようにしよう!」

「おー!」

 

 気合を入れて腕を掲げると爆豪くんなどの一部を除き、皆も同調してくれた。

 

「じゃ、また体育祭みたいに円陣もう一回やっとかねぇ? 心操も初めてだしよ」

「ナイス提案だ、瀬呂くん!」

「時間もないんだ。やるなとは言わんが、やるんならさっさとやれよお前ら」

「だってよ。爆豪、長引くと困るから抵抗は諦めろって」

「てめぇ、いつも握力強ぇんだよ。糞髪!」

 

 先生が時計を見ながら早くやるように促す。恥ずかしがる心操くんは緑谷くんが、やましいことを考えてそうな峯田くんの手は砂藤くんがしっかりと両手でフォローをする。ギュウギュウ詰めの円陣を素早く組んでから、一番上に手を置いた俺が号令を掛けた。

 

「それでは、いくぞ――――」

PLUS ULTRA(プルス ウルトラ)!!」

 

 円陣が終わると「じゃあ、それぞれ新幹線に送れないように。しっかり学んで来い!」との先生の一言で締められ、解散となった。

  

「天哉、絶対メール頂戴ね」

「少なくとも寝る前には必ず送るように心がけよう」

「それからこのTシャツに全員のサインをよろしく!」

 

 巡理くんから渡されたのは無地の白いTシャツ。生地や襟元の感じからしてそう上等なものではないのだろうが、新品をきっちり用意しているあたりかなり気合が入っているのが伺える。

 

「わかった。大事に預かろう」

 

 キラキラと目を輝かせる巡理くんから受け取ったシャツをカバンに詰め込む。そう、俺が向かう先は巡理くんがファンだというワイルド・ワイルド・プッシーキャッツのところなのだ。

 

 本心としては兄さんの事務所が一番良かったのだが、兄さんは念の為に療養という名目のもと大きな捕物があるらしく、受け入れが難しいとのことだったのだ。

 

 祝福を追うために保須市にある事務所に行くことも考えたのだが、仮免許すら持っていない俺にできるとなどたかが知れているだろうし、エンドレスからの言葉もあったのでその案は破却することになった。

 

 なので先日の体育祭で人柄もわかっている虎さんたちのところへ世話になることにした。普通の事務所ならば1人のヒーローに何人かのサイドキックがつくことが多いが、プッシーキャッツは四人ともプロで構成された熟練チームだ。経験値の高さから学ぶものも多いだろうし、彼らの個性は訓練の指導にも向いているということもあってガッツリと体術を教えてくれるらしいとも言っていた。 

 

 都市部での大掛かりな追跡・捕物や、迅速な救助活動に定評のある兄さんに対し、プッシーキャッツは山岳での救助活動を得意している。主な活動範囲に多少違いはあれども、救助のイロハを知るにはいいきっかけだと考えたこともあってここの事務所に俺は決めたのだ。

 

 兄さんがよくモットーにしている『早く助ける』という言葉。兄さんと同じく俺の個性もそれにかなり向いている。実際にプロになれば、いち早く要救助者の元に辿り着く場面も数多くあるだろう。そんなときに医者の元へできるだけ早く連れて行くのが役目になるのだろうが、先日の襲撃のときのように現地での治療の重要さを痛感したこともあって、最低限の初期対応などはできるようになりたいと常々思っていたのだ。

 

 そして少し考え始めた俺の将来について。俺の個性は様々な場面で腐ることはほぼない。ただし一人だけでできることの幅は少ない。雄英体育祭を経てから俺はその事について考えることが多かった。

 

 多くのサイドキックを組織的に活用し、兄さんの個性をバックアップするのに特化したスタイルの事務所を立ち上げる。フォロワーとして俺もそのような道を選ぶのが堅実ではあるのだろう。

 

 しかし連盟事務所としてユニット活動するプッシーキャッツのスタイルを実際間近で触れてみて、今の俺にはそれぞれ得意分野の異なるメンバーでチームアップするのはどうだろうかと思案するようになっていた。

 

 騎馬戦での自身の体験や他のチームの経験談を聞いて感じたのだが、やはり初見の相手との協調は中々難しい部分がある。タイミング、効果範囲、それぞれの癖や誤射など考えなければならない部分が多いからだ。しかしこのクラスのように普段から組んでいるのならば連携の難易度も下がるし、より迅速に正確に任務をこなせる。

 

 そんな俺の考えが甘いものなのか、どうなのか。現実を知る良い機会だろうと思い、俺は彼らのスカウトを受けることにしたのだ。

 

「ちゃんと写メとかも送ってね。特にラグドールとマンダレイはちょっとしか顔合わせできなかったし」

「わかった。忘れないようにしておく」

 

 俺と同様に体育祭で手伝った巡理くんもプッシーキャッツから声がかかっていたらしいが、エンデヴァーからのオファーがあり、そちらを受けたとのことだ。トーナメントの塩崎くんと轟くんの試合の後、なにやら言い争ったらしいことから嫌悪してそうな雰囲気はあったが、ナンバー2ヒーローからの指名を優先するのは仕方のないことであろう。

 

 そしてエンデヴァーの息子である轟くんも巡理くんと一緒に行くのかと思えば、意外なことにそうではなかったらしい。

 

「心操、あんまり時間がねぇ。そろそろ俺たちもホームに行くぞ」

「わかった。轟、コスチューム以外の荷物を貸せよ。ちょっとでも負荷掛けときたいし俺が持つよ」

 

 そう、指名数ナンバー1の彼に同行するのは編入生である心操くんだ。口数の少ないコンビで大丈夫なのかとクラスではもっぱらの噂だった。ただ接点ができたことでこの数日で以外なことに距離感は縮んでいるようだ。

 

「別に重いもんじゃねぇんだが。まぁ、貴重品とかねぇしな。こっちのバッグだけ頼む」

「おい、十分重いだろ。着替えとかじゃねぇな。一体何、入ってんだよこれ。クッソ重っ、持つけどさ」

 

 敵連合の襲撃直後の出会った当初は恵まれない個性だと自らの境遇を嘆いていた心操くんだったが、体育祭で色々思うところもあったのだろう。真逆の境遇とも言える轟くんから学び取れるところはないかと、

 

「保須にはまだヒーロー殺しも潜伏しているかもしれんとのことだ。兄さんの件以来目撃情報はないらしいと聞いているが、くれぐれも気をつけてくれたまえ。裏通りには決して行かないようにな!」

「心配ありがとうな。だけど、まぁ大丈夫だろ」

 

 轟くんがサッパリとした口調で言う。

 

「そうか、俺その辺考えずに出してた。でも、インゲニウムと違って平均的な事務所だし知名度的にも狙われることはないんじゃないか?」

 

 心操くんはそう言う。ヒーロー科に所属して間もない彼は、個性を除けば俺たち以上にできることが少ない。なので指名のあった事務所の中でも、ごく平均的なマニュアル事務所を志望したのだ。

 

 ノーマルヒーローマニュアルはその名が指し示す通り、ヒーローの模範となるようなことをモットーとしているため、ヒーローの空気にまだ慣れない心操くんが目指すにはいいだろうという相澤先生の勧めを受けた上での判断の結果だった。

 

 対して轟くんの方はエンデヴァーを含むヒーローランキングの上位事務所からも多くの指名が来ていたが、父親の像とは遠い普通のヒーロー像をあえて知りたいと思ったらしくマニュアル事務所を選んだとのことだ。

 

「念には念をだ。心操くん、リストバンドの使い方は──」

「飯田、俺から言っとくからマジでそろそろ行かねぇと」

「すまない。二人共気をつけて!」

「頑張ってね―!」

 

 轟くんたちを見送った後、俺も他のメンバーと別れ、体験先へと向かった。

 

 

 

 

               ×         ×

 

 

 

「キティ、久しぶりね」

「色々あったみたいだが、顔色も良さそうでなによりだ」

「お久しぶりです。先日はお世話になりました」

 

 駅まで迎えに来てくれたのはピクシーボブと虎の二人。兄さんの件では随分と気を使ってくれたらしい。

 

「ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、一生懸命がんばりますのでよろしくお願いいたします。それからこれを」

 

 カバンの中から百貨店でキレイに包装された箱を取り出してピクシーボブを渡す。

 

「いやいやいや、気を使いすぎでしょ君。ただの体験先なんだからこんなの気にしなくっていいの」

「いえ、俺からではなく兄さんから預かって来ました。入院のときにお世話になったみたいで、会うなら直接渡しておいてくれと」

「焼き菓子を送った程度なのだがな。うむ、インゲニウムからとのことならば、有り難く受け取ろう」

「『またチームアップするときにはよろしく』とのことです」

「お使いご苦労。そういうことなら受け取っておこう」

 

 快く虎が兄さんの言葉を受け入れてくれたので、手を差し出してきたピクシーボブに渡す。

 

「さーて中身は何かな?」

「オイ、ここで開けるのか? しかも開け方が汚い」

「だって、あんまり気を使われてそうな感じのものならすぐ返事をしなきゃいけないでしょ? インゲニウムって結構イケメンだし、その辺ちゃんとしておかなきゃ──ワォ!!」

「何が入っていたんですか?」

「ハンドクリーム?! 商売敵相手に凄い気遣い力。ちょっとこれはやっぱり良物件じゃない。なんで私、直接お見舞いに行ったが良かったのかしら……」

 

 チューブを手にした彼女の手が活きの良い鮮魚を手にしたときのように大きく震えている。俺には美容品のブランドは全くわからないが、反応を見る限りそれなりに良いのものなのだろう。

 

「こちらが女所帯だからということで気を使ってもらったのだな。かたじけない。まぁ我はもう女ではないが、最近こういったものを買わなくなってしまったから素直に嬉しいな」

「喜んで貰えて良かったです。結構迷ったらしく、同僚にアドバイスをもらいながら買ってきたらしいので」

「その同僚って女性?」

「はい。そうですが」

 

 品を作りながら詰め寄ってくるピクシーボブ。もしや余計なことを言ってしまっただろうか。背中を流れる一筋の汗が俺に無言の警告を送る。

 

「何歳位?」

「大学を出てから入ったと言っていたので、確か3年目なので25前後位でしょうか」

「チッ、これだから若い女は」

 

 麗日くんと巡理くんの前で、贅沢品の話をうっかりしてしまったときのような既視感。しまった、これは駄目な奴だ。何とか話題をそらさなければ。言葉に詰まっているとピクシーボブの方が更に詰め寄って来た。吐息がかかりそうな程に近い。

 

「この際、背に腹は変えられないわね。インゲニウムの事務所って大所帯なんでしょ。サイドキックでも良いから顔が良くて将来有望そうな男性に思い当たりはないかしら? うん、我ながらナイスアイディア! ねこねこねこ」

「ピクシーボブ、周りの耳がある。続きは車の中でしないか?」

「そうね。道が混む前に移動したいし、先に駐車場に行きましょうか。目的地までちょっと遠いから、いーっぱい聞かせてね?」

 

 こうも鬼気迫った様子を見せられては流石に「はい」としか答えられないだろう。婚期を気にしだした女性の本気を、たった少しのやり取りで痛感させられてしまった。だがピクシーボブぐらいの美人ならファンも多いだろうし引く手数多な気もするのだが、恋愛とは難しいのだな。

 

「すまんな」

 

 ため息と共に虎が駐車場へ俺を案内する。ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツのロゴの入った業務用のワゴン車に載せられた俺たちは事務所へと向かう。道中ピクシーボブの私的な質問も多かったが、いろんな話を聞けたのは良い経験になった。特に事務所の運営スタイルについては、将来のことを考える上で非常に参考になったと言えるだろう。 

 

 出発してから小一時間ほど山道を走っていたときのことだった。けたたましいブザーの音が車内に突然響き、マンダレイからの無線連絡が入る。

 

「こちらマンダレイ。虎、ピクシーボブ、緊急災害連絡よ。聞こえているかしら、どうぞ」

「こちらピクシーボブ、虎、天哉と共に居るわ。ラウド&クリアー」

「大翁岳の宿泊施設付近にて土石流が発生とのことよ。具体的には七合目の宿泊施設よ。本日の宿泊予定者はないみたいだけれど、昨日予約していた入山者の情報が入っているわ。もしかしたら巻き込まれている可能性が高いから、現地に急行して頂戴。GPSで見る限りかなり近いわよね。どうぞ」

 

 なんてことだ。こんな早々に山岳事故に向かうことになるとは。被害規模は一体どの位のなのだろう。

 

「近いというよりも、さっき大翁岳のふもとに入った所よ。こちら先行するわね。オーバー」

「了解、お願い。こちらも急いで合流するわ。山岳突入時にもう一度通信を頂戴。新しい情報をまとめておくわ。どうぞ」

「ピクシーボブ、虎、天哉と共に現地に急行する。ラジャーアウト!」

 

 思っていたよりもかなり簡潔なやり取りで通信は終了する。とりあえず第一報だけとのことだろうか。もっと細かいやり取りを普通はするものではないのだろうかと俺は思っていた。だがこの緊急事態に状況をよく把握していない俺が口を開くのは躊躇われたので、じっと指示を待つ。

 

「天哉、少し狭いが座席でコスチュームに着替えておけ。到着次第すぐに動くぞ」

「はい、迅速に着替えます!」

「事前の補給も忘れずにね。君の個性、オレンジジュースが燃料なんでしょ? ウチの事務所に置いてなかったからね。たくさん買いだめておいたわよ。一番後ろに乗ってるから好きな分飲んじゃっていいよ。まだ冷えてないのはゴメンね」

 

 振り返って見れば、スーパーの買い物袋丸々二袋分位の量のジュースが座席に置いてあった。

 

「俺のために、こんなにたくさん……ありがとうございます」

「いーの、いーの。経費だから遠慮しないでね」

「天哉、これから車を飛ばす。多少揺れるから気を付けろ」

「はい」

 

 運転していた虎がそう声を掛けてくる。緊急通行用のサイレンを鳴り響かせ、ワゴン車が急加速しだした。揺れる車内で俺はシートベルトを外し、急いで上着を脱いで行く。上はともかく、下の方は足を伸ばすスペースが中々ないため着替えるのに難儀した。

 

 着替え中妙な視線を感じたような気がしたのだが、俺の気のせいだろう。窓はスモークであるし、俺だけが後ろの座席であるため、はしたない格好を見られたなんてことはないはずだ────うっかりバックミラーでも覗き込まない限り。

 

 

 

 

 

 

               ×         ×

 

 

 

 

 とある繁華街の隅。テナントが入っていないことになっている(・・・・・)ビル内のBARにて。

 

「先生の言う通り、祝福(ハレルヤ)ってのようやく現物を手に入れたのはいいけどさ。こんなので本当に先生の怪我が治るのか? 試しに使ったけど、血止めくらいにしかならなかったぞ。痛みも取れねぇし」

 

 バーカウンターに座っているのは錠剤の入ったピルケースを手にした男。頭部に人間の手を左手取り付けた特徴のある男は、雄英襲撃事件の主犯である死柄木弔。

 

「その検証は向こうに任せましょう。それにどうやら薬にもランクもあるみたいですしね。ただあの売人は言動からしておそらく末端。コレは良くても中の下くらいの質ではないでしょうか。ヒーローたちよりも先にもっと上流の方を抑えられれば良いのですが」

 

 そしてカウンター内に立つスーツ姿のは靄がかった男は、その参謀たる黒霧。

 

「まぁ所詮都市伝説みたいなもんだしな。ヒーロー殺し探してたら、たまたま保須にあったってだけでも儲けもんだろう。もっと良いやつはきっと別のところだ。運びやすい港湾部とか、もっと上客の集まりやすい裏カジノとかを虱潰しに探していけばその内ぶち当たると思うが、今はそんな不確実なものに人手は割けない。とりあえず先生にコレ送っとけ」

「ではこちらに」

 

 宙に黒い霧で作られたワープゲートが生成され、その中にピルケースが投げ込まれる。ケースが虚空に吸い込まれて消失したのを見届けてから死柄木は言葉を続けた。 

 

「それよりもだ、あのクソガキ共の体験先のリスト出たんだろ」

「はい、こちらです」

 

 黒霧がカウンターテーブルにクリップで留められた書類の束を置き、死柄木が目を通していく。

 

「あの生意気なメガネはプッシーキャッツのところか。目が厄介だし、襲撃が成功しても場所が地味だから目立たないな」

「即座にテレパスで応援を呼ばれても面倒ですしね。リスクとリターンが釣り合いません。私も同意です」

「エンドレスの娘はエンデヴァー事務所。このクソ髭め。脳無の礼をしてやりたいけど、あそこはサイドキックの壁が厚すぎる。手駒が減った今の俺たちじゃ雄英と同じくらいキツイ」

 

 首を掻きむしりながら死柄木は忌々しいと言葉にする。

 

「そうですね。ですが、息子の方ならどうですか?」

「オイ、コイツは馬鹿か。カモがネギ背負って来やがったぜ」

 

 黒霧がめくったページに書いてあるのは「轟焦凍」の文字。職場体験先のヒーローのデータも詳細に纏められている。それを見た死柄木が先程までと打って変わって破顔一笑する。

 

「えぇ。まさかわざわざ騒乱の渦中の保須に来るとは。体験先のノーマル事務所も中堅で評価も安定しているものの、戦闘特化のヒーローでもなく大した驚異ではないかと」

「あぁ。名前はたまに聞くが地味なヒーローだ。俺の脳無なら楽勝だな」

「そしてもう一人の心操がネギというわけですか」

「あの個性、先生への手土産に丁度良いだろう。少なくとも効能も出処も詳細不明な祝福(ハレルヤ)よりは確実に『使える』」

「私もそう思います」

「あー傑作すぎて笑いが止まらねぇ。ワクワクするなぁ」

 

 歪に口角を歪めながら腹を抱えた死柄木が言う。

 

「えぇ、これは心が湧きますね」

 

 アイスピックを氷塊に何度も突き刺しながら黒霧が答える。

 

「どうやってヒーロー殺し先輩の鼻っ面を叩き折ろうかと考えてみたが、それよりこっちの方が面白そうだ。脳無でエンデヴァーの息子を殺してやって、洗脳の個性を手に入れて更に組織を大きくする。うまく行けば祝福のもっと良いモンをぶんどってくる。考えることが山積みだ」

「保須の街には我々の躍進のための贄となって頂きましょう」

 

 黒霧はよく冷えたグラスに砕いた氷を入れ、スコッチウィスキーとアマレットを注ぎ入れ軽くステアしたものを死柄木の前に置く。

 

「ゴッドファーザーか洒落てるな」

 

 口元を覆っていた手を取り外し、死柄木は一息にグラスを煽った。

 

「お気に召されましたでしょうか?」

 

 空になったグラスが砂のように崩れ落ちていく。そして後に残された氷を手のひらの中で弄びながら死柄木は答える。

 

「あぁ、相変わらず良い腕だよ黒霧。おかげで頭が冴えてきた」

 

 ────燻っていた悪意が熱を帯び、宵闇の中で蠢き出し始めた。

 

 

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