氷壁を一瞬で溶かし尽くした脳無が、全身に纏っていた炎を解除する。ただ棒立ちしたままのソイツはまるで俺たちを品定めするかのように、体中に埋め込まれた瞳で俺たちのつま先から頭の天辺までゆっくりと視線を一巡させた。
「無傷って、マジかよ……オイ、轟。相性が悪いなんてレベルじゃねぇだろ。これ、完全にお前の個性に当ててきてやがる」
まともに動けない母親の方を背中に担ぎながら心操が言う。
「だろうな。わざわざここにワープさせて来たんだ。狙いは俺だろうな」
まさかとは思うが、親父への当てつけだったりするのか? だがこれを声に出して何になる。これだけ切羽詰まっている状況で無駄話をしている余裕なんてない。
脳無が両肩の瞳からラグビーボール大の火球を俺の胸元を目掛けて発射してくるのを、足元から発生させた氷の盾で防ぐ。氷は溶けたけれども、炎も消しきれた。
こちらの攻撃が通じないとはいえ、防御が氷で相殺可能なのは幸いかもしれない。しかし今の攻撃はおそらく牽制だろう。速度も威力も、そして瞳の数から推察して炎弾の数もおそらくまだ上があるはずだ。
「だけど狙いが俺一人なら話が早い。相手は格上かつ相性最悪だ。後ろを気にしながら戦う余裕はねぇから、二人を連れてお前は先に離脱しろ。マップは頭に入っているだろう、近くのヒーロー事務所に駆け込め」
「確かネイティブ事務所があったな。俺はお前の言う通りそうする。だけどそっちはどうするんだ?」
「できるだけ防御と逃走にリソースをあてるつもりだ。無理に戦闘する必要はないだろう。正当防衛とは言え個性の無断使用には変わりないからな。囮をやりつつマニュアルさんと合流を目指す。あの人の個性はコイツ相手に最適だ」
「俺もそれでいいと思う。マニュアルさんなら大丈夫だ」
段々増えてくる火球を捌きながら、次の大技のために一瞬タメを作る。相手が足を止めてくれているのが救いだ。やるなら今のタイミングしかない。
「心操、一瞬待て。合図を出したら物陰を意識しながら走れ」
「わかった」
どっかでワープ使いが監視しているとすれば、きっと見通しの良い場所からのはず。一番近くのビル群の方角を視界の端で確認してから規模、造形をしっかりとイメージする。
「今だ、行けっ!」
厚みは無視して、できるだけ高さと広さを両立させた氷壁を心操とビル群の間に展開させる。保証はないけれども見えにくい方が心操の元に黒霧が来る可能性は減るかもしれない。それにこの氷壁を見たヒーローが異常に気づいて来てくれれば御の字だ。
「轟、絶対に死ぬんじゃねぇぞ!」
「お前もな!」
さらに氷壁を俺と心操の間を遮るように展開する。体力のない心操が大人一人を背負いつつ、さらに幼児も引き連れて動ける速度なんてたかが知れているだろう。できるだけアイツらとの距離を稼ぐのが俺の役目だ。
「こっから先は絶対に通さねぇぞ」
「ア、ヴァゴッ……」
俺の言葉に呼応するように、脳無が無意味な音の羅列を口にする。そして両手を地面に付け、四つん這いになった。そしてメキメキと肩甲骨の辺りが蛹の孵化のときように盛り上がっていき、二対の腕が新しく生えてきた。
そして全ての手足を地面に付けた脳無は、グッと体を沈ませ、手足全ての力を使って一気に跳躍し、俺の頭上へと舞い上がる。
「早ぇっ」
だけど、飯田あたりと比べたらまだまだ遅い。今までほぼ動かなかったから、その緩急に驚いたが、元々こちらの目的は逃走だ。氷結を足元へ幾層にも重ね、心操とは逆方向へと進路を向け疾走する。
次の瞬間、後ろを見てみれば脳無から流星群のように放たれた炎弾が地面にへと突き刺さり、地面が轟音を響かせて爆ぜた。
背中に強烈な爆風を受けて上体がぶれるが、背筋をフルに使って持ち直す。ここで転倒なんかしたら良い的だ。俺が作った氷の道の上を走る八本足の脳無が蜘蛛のような動作で這い寄ってくる。
炎弾の大きさもいつの間にか直径1メートルぐらいまで大きくなり、爆豪の連続爆撃の如く10連射ぐらいは普通に撃ってくるようになって来た。目から火球を生成してから放つまでの予備動作が大きいのが唯一の救いだ。
「化けモンが」
背中を向けたままじゃ追撃の炎弾を捌きにくい。左半身を進行方向へ向け、氷結を出せる右半身を後方に向けて防御しやすいようにする。よし、これで幾分かマシだ。
幸い俺の移動速度の方が僅差とは言えアイツよりも早い。振り切れるほどに差はないけれども、炎弾を捌きつつ適宜氷結で一瞬ずつでも足止めをできれば、ワープで攫われる直前の地点まで何とか持ちそうだ。圧倒的な格上相手だというのにも関わらず、俺はそんな甘い予測をしていた。
急に響き渡る拳銃の発砲音が耳に届く。警察か!?
どこから聞こえたかわかんねぇけど、そんなに遠い場所からじゃない。そして直後に続くガス爆発でも起きたのかのような聞こえた。振り返ると煙が立ち上っているのは心操が離脱した方向からだ。頼むから無事で居てくれ。
10秒にも満たない時間だったはずだ。ただその短時間とは言え、背後から迫る
複数の瞳から口元へと火球を集めて収束させていく脳無。直径が30メートル近くはあるだろうか。あれは食らったらただじゃすまねぇ。避けるにしても炎がでかすぎる。
こちらも足を止めて正面から相対する。即座に厚さを重視した氷壁を展開。
その直後、
「くっ?!」
氷が熱で溶かされ、風で砕かれていく。吹き荒れる熱風が肌に突き刺さる。
氷壁さらに展開するが炎の勢いに押されていく。
「クソっ、威力だけなら親父に近いんじゃねぇか」
精度、速度は遠く及ばないとは言え、氷越しに感じる熱波は親父に迫るものさえ感じる。駄目だ。このままじゃ保たない。だけど氷を少しでも緩めたらその次の瞬間に俺は死ぬ。
小さなこだわりに固執している場合じゃねぇ。まだマニュアルさんに鍛えてもらい始めたばかりの、付け焼き刃な炎を右拳に生成する。体育祭の塩崎戦でやったように、炎を一気に真横に放出し、相手の射線から即座に離脱を図る。
わずか2秒ぐらいの差だった。展開していた氷壁を溶かし尽くした火炎放射は、俺の後方にあったはずの歯科医院の建物を飲み込み、一瞬で跡形もなく消し去ってしまった。
緊急離脱の受け身を上手く取れず、路上のアスファルトに体中を叩きつけられながらも、その威力を目にし、悪寒が背中に走る。
「確か今日は休診だった、よな……?」
記憶違いじゃないよな。お願いだ、頼むからそうであってくれ。もし、あそこに人が残っていたら俺のせいで殺してしまったことになってしまう。
急に胃液がこみ上げ、首元を締め付けられたような感覚に襲われる。口の中が酸っぱい。こんな不安に、プレッシャーに麗日や飯田たちは耐えて居たってのかよ。
もうプランを変更するしかない。マニュアルさんとの合流するためにとはいえ、これ以上こっち側へ逃げたら駄目だ。もっと広い所、余波で被害が行かないところに逃げるべきだ。確かすぐ近く、300メートル位先に河川敷の公園があったはず。
呆けている暇はねぇ。建物の残骸すらまともに残っていないのに、元々居たかどうかもわからない人を探すなんて無理だ。
俺にできるのは、もうこれ以上周りに被害を広げないことだけだ。そのためにも少しでもこちらに有利なフィールドで“俺が倒す”しかない。
やはり大きな攻撃の後は新たな炎の生成に硬直時間があるようだ。即座に俺は河川敷へと向かう。
「俺が狙いなんだろう? 相手をしてやる。こっちに来やがれっ!」
言葉は理解しているのだろうか。突然の火事に驚いて出てきた野次馬には目も暮れず、一心不乱に俺を追いかけてくる脳無。よし、これで良い。
5歳ぐらいに見えた子供でさえも、母親守るために体張ったんだ。脳無から一歩も退かないあの姿を見て、俺は嘗ての日々を思い出していた。
親父のこととは関係なく、ただ存在そのものに憧れて、救ってあげられるようになりたくて、ヒーローになりたかったはずなんだ。
ヒーローになってお母さんを守ってあげるんだって言ってた時期が俺にもあったはずなんだ。
『なりたい自分になっていいんだよ』
あぁ、そうだ。お母さんは俺をそう言って後押ししてくれたはずなんだ。心を病んであんなことになったけれども、それまで何とか親父から守ってくれようとしてくれていたんだ。
あの日の自分に嘘を吐かないためにも、お母さんに正面から今度会いに行くためにも、コイツから俺が逃げ続けるわけには行かない。あの炎の脳無は、親父の影だ。今ここで乗り越えなくちゃいけない壁だ。
飯田や麗日たちはとっくに乗り越えて、背中で教えてくれた。心操の嫉妬が曇っていた俺の目を覚まさせた。マニュアルさんが優しく諭して鍛えてくれた。あの名前も知らない子供が嘗ての願いを思い出させてくれた。
そう、今の俺は今までの俺じゃないんだ。
「俺も前に進むって決めたんだ」
それに俺はもう1人ぼっちじゃない。
「力、借りるぞ。みんな」
────今まで得た
× ×
「来いよ。脳味噌野郎」
河川敷に辿り着いた俺は対岸にいる脳無を挑発する。
「ビベラズゥウ!!」
脳無がよだれを撒き散らしながら、鼻声のような雄叫びを上げた。そして俺が凍らせた河の上を何の警戒もなく八足走行で駆けていく。
「本当に知性がないんだな。こんな見え見えの罠、普通かかんねぇだろ」
八百万や猪地ならもっと上手くやれるだろうけれど、即席で作れる罠はこれぐらいだ。凍らせた河は俺の体重を支えきれるぐらいのギリギリの薄さだ。倍近い体躯の脳無の体重なら氷は簡単に割れ、脳無は狙い通り水の中に落ちた。
「埋まってろっ!」
すかさず全力で河に張っていた氷の膜を分厚く強化する。目的は脳無を氷漬けにすることじゃない。下で炎をくべ、氷を溶かそうとしている脳無の姿が見える。だけどこれで良い。
絶えず氷の膜で河の上に蓋をし、脳無を水の中に閉じ込め続ける。
「お前だって生き物なら酸素は要るだろう。溺れろっ!」
アイツが炎を使った後、特に大きな攻撃の後のインターバルには大きく口で呼吸していた。炎そのものへの耐性が備わっていないというお粗末な個性ではないようだが、練度の問題で周りの酸素を燃焼させすぎたのか偶に苦しそうな素振りが見えた。
敵連合の切り札みたいな存在だ。そう簡単には死なないはずだろう。だからは気を失うったと判断できるまでは水の中に閉じ込め続ける。俺の氷とアイツの炎との根比べだ。
段々と眼下の炎が小さくなっていく。良し、順調に弱ってきたか────そう考えた次の瞬間、足元の氷がぐらつく。よく見れば脳無の姿が更に大きく変わっていってる……だと?
更にグラリと大きく揺れた瞬間には本能に判断を任せ、全速力で河の氷上から後退する。
「グナギャフッ!!」
足元の氷が砕け散り、飛び散る氷塊。そのうちの幾つかが顔面と鳩尾にぶつかる。口内に広がる鉄錆の匂い。多分前歯が欠けたな。
「っ、痛ってぇ?!」
炎ではなく力技で氷を突破してきやがった。腕の数が更に4本増えていやがる。増強型の個性もやっぱり備わっているのか?!
だけど這い上がってきた脳無は足を止めて、大きく肩で呼吸をしているのが見える。気を失わせるのには失敗したが、水責めはそれなりに効果はあったようだ。
なら次はどうする?
そう考えている間もなく、脳無は無数の瞳から炎を集め、再び大きな炎を生成し出していた。避けるしかなかったさっきのよりデケェ。炎の増大のスピードも今までとは段違いだ。こいつ、この戦闘中に練度が上がっていやがる。
万が一アレが後ろの土手を抉り抜いて、奥の住宅街に着弾したら、住民はただじゃすまない。何もかも出し尽くして、全力で受け止めるしかねぇ。
50メートルほど離れているというのに、熱波がヒシヒシと肌に伝わってくる。炎の大きさもさっき見たやつの倍ぐらいまで膨れあがった。
集中しろ。速く、ぶ厚く。あんな炎なんかに溶かされないぐらい限界の低温の氷を作り出せ!
特大の火炎放射が放たれたのと俺が氷壁を展開したのはほぼ同時だった。俺の氷でさんざん冷やされていた空気が一気に膨張して、不規則な風が河川敷に吹き荒れる。
次第に強くなる炎熱の余波が、俺の氷の方が劣勢だと最後通告をする。そんなもん見れば一目瞭然の状況だっていうのに。
新たに生成した氷の壁は段々と俺の方に寄って来ており、それは当然炎が俺に迫っていることを意味している。もう1メートルも厚さが残っていない。気を抜けば一瞬で氷が消し飛ぶ。
「くっそぉおおっ!」
ありったけの力を絞り出す。
「ンヴァゴロッ!!」
でもそんな俺の努力は、咆哮する脳無の火炎にあっさりと打ち破られ、氷壁が完全に溶けてしまった。もう俺の身を守るものは何もない。
────ここで俺は終わるのか?
────こんな炎に屈して朽ちるのか?
『まずは自分のことぐらい乗り越えろよ。プルス・ウルトラしてみせろよ!』
不意に思い出すアイツの言葉。
そうだ。何も守れないまま、お母さんに謝ることもできないまま、終わるわけには行かねぇ。
「……まだだっ」
嫌いだとか、練習中だとか、自信がないとか。できない理由は、やらない理由は全部捨てろ。
紅蓮の炎は既に目と鼻の先まで迫っていた。
「死ぬのは、今、ここでじゃねぇっ!!」
それを押し返すために左の
さっきまでの防御で体はさんざん冷やされていたから、炎を使うことによるデメリットは問題ない。あとは単純に出力勝負だ。
少しずつだが、確実に炎は押し返して来ている。さっきは触れるか触れないかまでのところまで来ていたが、アイツとの距離の内の2割ぐらいまでは押し戻せた。
しかし脳無は炎を作っていなかった部位の瞳から新たな炎を生成し、更に攻撃を熾烈化させる。押し返せていたのが完全に五分になってしまった。互いの炎が一歩も譲らず、同じ場所で凌ぎを削っている。
「出力が同じならっ!」
出力と速度に胡座をかいて工夫が足りないと。相澤先生を始め爆豪や猪地などに散々そう言われ続けてきた。
いつの間にか俺を追い抜いていった爆豪はその辺りのセンスが抜群だった。俺を決勝で打ち破った技、ハウザーインパクトだったか。そうだ、俺に足りない工夫は、センスは盗んでやれ。
ただ炎を開放するだけじゃなく台風の目のように、ゆっくりと螺旋を描くように放出の仕方を変えていく。少しずつ慣れて来たら回転の速度を上げていく。
だけど威力に対して上体が反動に耐えられねぇ。ここで体制を崩したら終わりだ。故に氷で足場を固定する。まともな同時使用は出来ないけれど、その位の簡単なものを一瞬生成するだけならなんとかやれる。
「行けぇええええっ!」
イメージするのは炎の嵐。勢いを付けた俺の炎が脳無の炎を飲み込んでいくかのように押し返していく。そして逆に脳無に炎を浴びせてやった。
「デァダイョ!!」
全身に火が移り、野太い悲鳴が上がるが多分炎は効いちゃいねぇ。相手は炎の個性持ちだ。耐性はそれなりにあるだろう。もしラッキーで炎が効いたとしてもUSJのヤツみたいに再生能力が備わっていたら意味がねぇ。
だけど相手の攻撃が止まった。この怯んでいる今しかチャンスはない。次の一撃で決着を付けろ。
炎の放出を切って、全速力で氷を足元に生成して脳無に接敵する。速度を、上げろ!
氷での拘束は溶かされるし、耐性のある炎じゃ決定打にならない。手足を折ったところで、また生えてきたら意味がねぇ。
他に俺が取れる手段は
俺には緑谷みたいな馬鹿力があるわけじゃない。でもこんだけ加速がついているなら十分だ。
「力、借りるぞ」
────腰を入れろ。左腕に炎を纏い、大きく振りかぶる。
氷結での加速は決して緩めず、そして一気にアフターバーナーを吹かすように、炎で腕の振りを加速させる。
肩が軋む。筋肉が繊維の一つ一つが千切れていくのがわかる。
「……いつもこんなことやってたのかよ。やっぱ頭おかしいぞ、緑谷」
これから放つのは大怪我必須の自爆技。グチャグチャに潰れた腕を想像して痛いだろうなと思う。でもそれでもやらなきゃならないときってのは確かにあるはずだ。こんなピンチをくぐり抜ける代償が腕1本なら安い、いつもそう計算していたお前は確かに間違いじゃなかった。
────歯を食いしばれっ、轟焦凍!!
『オールマイトに倣っているだけじゃないよ。声に出すとね。勇気が出る気がするんだ』
────拳を握りしめろ。腹の底から声を出せっ!
氷の発動を切って一気に跳躍する。氷を使わない分、全ての意識を炎での加速に集中させる。
───俺自身が勝手に作っていた壁ごと、打ち砕け!
「
顎に渾身の一撃をぶち当てる。
拳が砕ける音がした。手首も変な方向に曲がった。骨も、肘も、肩も逝ったような感覚がある。でも───
「まだだぁあああああっ!!」
痛みに怯むな。ぶち抜け。脳を揺らせ。意識を、刈り取れっ!
槍で貫くように最後まで腕を振り抜き─────────顎を砕いた確かな実感がボロボロの手からしっかりと感じ取れた。
「やった、のか?」
脳無は声を上げることもなく、バタリと仰向けに地面に倒れ伏す。ピクリとも動く気配はない。
「ったぁ。クソっ、思った以上に腕ヤベェな」
拳も、腕も粉砕骨折している上に、内出血具合も見るからに酷い。紫色に膨れ上がっている。緑谷の全力時と似たような状況だ。
こういうときは取り敢えず冷やすべきだったと思うので、薄めの氷で腕全体を覆う。添え木もないし、さしあたってこれで固定も兼ねるしかないだろう。
自分の処置が終わった後、脳無の方も念の為に氷で頭部以外の全身を覆うようにして拘束する。本来だったら動いた時に体が割れたりするかもしれないから安易に使う手段ではないが、炎の個性持ちであるコイツなら大丈夫だろう。
氷はまた溶かされるだろうが、体を低温状態にすることで意識の覚醒が遅くなる可能性も上がるだろう。それに下手な拘束具では怪力で引きちぎられるか燃やされるのがオチだ。警察に引き渡すまではとりあえずこれが最善のはずだ。
「早くマニュアルさんと合流して、心操を救けに行かねぇと」
携帯を取り出してみたが相変わらず電波が立っていない。やっぱり通信施設がやられているのだろうか。
多分
そしてそれは早くも的中する。後ろから迫る足跡。隠そうともしない明確な殺気を受けて俺は振り返って、敵の姿を確認した。
「────マジかよ」
へばっている場合じゃねぇ。でも何で俺1人のなんかのためにコイツが出張って来る?
「オイオイオイ、ふざけんなよ。俺の脳無が何でやられてる? 何で大人しく殺されねぇ?」
手首から先を切り離した人間の手を顔面に取り付けた、あまりにも特徴的な男の顔を忘れられるわけがない。
指の隙間から除く狂気に満ちたその瞳。威圧感はさっきの脳無の非じゃねぇ。コイツは本気で殺しに来ている。
こちらは満身創痍。脳無だっていつ目を覚ますかわからねぇっていうのに。状況は最悪だ。
「
「あぁ、エンデヴァーへの手土産だからな。その首、置いていけ」