英雄の境界   作:みゅう

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第35話 マニュアル

 脳無を制圧した俺の前に突然現れたのは、この事件の黒幕である死柄木弔。複数で叩いて来たとは言えイレイザーヘッドに重症を負わせた相手だ。本当ならこの場面は逃走の一択だろうが、黒霧もセットで来ているとなればもう逃げられはしないだろう。心操の方に黒霧が行っていなかった分マシと思うべきか?

 

 そして不確定要素なのがノックダウン中の脳無だ。いつ再び起き上がってくるのか不明なのが怖いなんてもんじゃない。もう俺に二度目のラッキーパンチはありえねぇ。

 

「確か前はオールマイトを殺すと息巻いていたはずだろ? 随分とやることがチャチになったんだな。(ヴィラン)連合ってのは」

 

 そんな無駄口を叩く間に思考をできる限り広く、早く巡らせる。

 

「ハハハ、まさか俺が雄英の糞ガキ一人のためにわざわざこんなことをやったとでも思ってんのか? 自惚れんな」

「本当に思ってるわけねぇだろ。リスクとリターンが見合ってねぇ」

 

 まずは立地上の不利、ここは開けた河川敷だ。あまりにも見通しが良すぎる。黒霧がどこかで待機していること、脳無まで起き上がって包囲されることを考えると今すぐ街中の狭い路地にでも逃げ込むべきだが、逆にそれだと俺の個性では取り回しが利かなくなってしまう。しかも近接主体の死柄木には絶好のステージだ。

 

「冥土の土産に教えてやる。もうやるべきことはほぼ全部終わったんだよ。テストも、炙り出しも、種まきも、何もかもなぁ!」

「テストは脳無(こいつら)のことか。それならそこで一つは失敗して転がってんだろ」

 

 どっちにしろ立地が最悪なら、あとは時間の問題を優先させるべきだと俺は結論に達する。リミットは脳無が起き上がるまで。最速で死柄木を制圧して、黒霧を引き下がらせる。それしかない。

 

「そこは素直に称賛してやるよ。流石曲がりなりにもあのエンデヴァーのガキだ。まさか炎の出力で負けるなんて思ってもいなかったぜ。このままじゃコイツでエンデヴァーの炎に対抗は難しいからな。改造のし直しだ。いや、待てよ……そうか。足りない分は外付けすればいい。丁度良いのがいるじゃないか!」

 

 相手は感情的な節があり、明らかに激昂している様子だ。いや、その様子のはずだった。手に覆われてほとんど見えないその顔に浮かんでいたのは歪に吊り上がった口角。なんでか知らねえけど、いつの間にか上機嫌になって居やがる。

 

 素の身体能力はUSJでの身のこなしを見るに、圧倒的に速度も慣れも相手が上。冷静になられたら終わりだ。俺の氷は見切られることを想定していいだろう。挑発し続けた上で速攻が今の俺にできるベストだ。

 

「来いよ、敵連合。エンデヴァー(クソオヤジ)が出てくるまでもねぇ。ここでお前らは終わりだ」

「ハッ、粋がるなよ」

 

 低く身を下げて一気に地面を蹴り、目前まで迫り来る死柄木。

 

「すぐに綺麗な達磨にして工場に飾ってやるさ!」

 

 想定以上に早い──けど読み通り愚直に最短ルートで向かって来た。後退しながら速度重視で拘束用の氷山を作り出す。

 

 そしてまんまと誘導に引っかかった死柄木は、あまりにもあっけなく俺の氷の中に閉じ込められた。黒霧がどうせすぐに回収するだろうが、あのワープゲートを見ている限りだと中の死柄木だけを取り出すのは難しいだろう。氷ごと回収する形になるだろうから、すぐ戦いに復帰してくることはないはずだ。

 

 どうせならこの際、脳無も低体温にして少しでも復活を遅らせたほうがいいかもしれねぇ。横たわる脳無に目線をやり、そんなことを考えていたときだった。

 

 サラサラと砂場のお城が崩れ去るような音を鼓膜が捉える。

 

 何が起きているか目線をやる余裕すらない。即座に足元に氷を走らせ、全力で距離をとる。

 

「あぁ、寒かった。俺じゃなかったら死んでたぜ」

 

 声のする方には俺の氷は影も形も残ってなく、そこには無傷の死柄木が佇んでいた。

 

「……嘘だろ」

「俺の脳無を倒しただけはある。その強さ、判断の的確さと早さは認めてやるよ。でも絶望的に相性が悪かったな。所詮個性同士の戦いなんざ相性ゲーなんだよ」

 

 脳無みたいに氷を溶かしたわけじゃない。コイツ、個性で氷を崩しやがった。死柄木弔、コイツの個性はさっきの脳無とは別の意味で俺の個性の天敵だったらしい。

 

 能力の条件や詳細はわからないが、前の襲撃での情報と合わせて推測すると恐らくは手に触れたものを崩壊させる個性。固体での攻撃が通用しないとなれば、あとは────

 

「炎を使うしかない、って考えてるんだろ? いいぜ、使って来ても。でもその習熟度じゃ、糞ゲーでも氷の方がマシだと思うぜ」

 

 赤く迸る眼光から漏れ出す本気の殺意。

 

「まぁ……」

 

 脳無から発せられた威圧感とは全く違う。明確な意志を持ったソレは俺の対応を一瞬躊躇させる。

 

「どっちにしろ無駄なあがきだけどなっ!」

 

 そしてその一瞬は死柄木の右手が俺を射程に捉えるのに充分すぎるほどの時間だった。

 

「させるかぁああああっ!!!」

 

 嵐のようにうねる横殴りの水流が差し込まれ、死柄木の行く手を阻む。だが死柄木はとっさに上体を後ろに反らして、水流を躱した。すぐに後退して距離を取る。

 

「チッ?! 援軍かっ!」

「焦凍君、遅くなってすまない!」

 

 俺を庇うような立ち位置に割り込んできたマニュアルさん。

 

「なんでここがわかったんですか?」

「あんなに大きな氷を出せるの、君ぐらいしか知らないからね」

 

 肩で息をするマニュアルさんをよく見てみればコスチュームはあちこちが破れていたり、煤けていたりして、決して楽ではない戦闘を潜り抜けてここまで来てくれたんだということが伺えた。

 

「戦闘の許可なんて出した覚えはないんだけどな。仮免前だし、始末書で済むかも怪しいけれど……でも、無事で本当に良かった。危ないから下がっていてくれ。手出し無用、ここからは(プロ)の仕事だ」

 

 水球を纏った拳を死柄木に向けながら、背中越しにマニュアルさんは語りかける。

 

「わかりました。マニュアルさん、あいつの手、絶対に触れたらダメです。触られただけで壊れる個性だって相澤先生が言っていました」

「イレイザーから耳が痛くなるくらい聞いているさ。大丈夫“この場所でなら”僕は誰よりも強い」

「ノーマルだったけか。名前からして明らかに雑魚キャラの癖にさぁ……」

 

 死柄木が踏み出したのは僅か一足。だが一挙動での移動距離も速度も段違いだ。飯田ほどではないにしても緑谷に迫るものがある。

 

「何イキがってんだよっ!」

 

 身を低くし、飛来する水球を掻い潜って、指先がマニュアルさんの鼻先を掠める。

 

「早っ!?」 

 

 寸でのところで、マニュアルさんはとっさに腹部を目がけた前蹴りを放つことで、死柄木と無理やり距離を作る。

 上手い、けれど浅い。腕でしっかりガードされているから有効打にはなっていない。

 

「まだまだぁっ!!」

「弱いくせにウザいなぁ。掴み損ねた。今のでなんでわかんないのかなぁ。俺とアンタじゃさぁ、レベルが違うんだよっ!」

 

 再びマニュアルさんは牽制程度にしかなっていない水球を放ちながら、死柄木とインファイトを続けていた。無尽蔵とも言える量の川の水を利用すればマニュアルさんは圧倒的に有利なのに、決して使おうとしていなかった────いや、使うだけの集中する余力がないのか。触れただけでアウトな死柄木の個性相手だ。神経の削り具合は並みの近接戦闘とは訳が違う。

 

 そう俺は考えていたけれど、マニュアルさんは俺の予想よりもずっと巧かった。膝蹴りを受けて後退するときに、一瞬ふらついたような動きを見せたマニュアルさん。そこにすかさずに抱きつくような動作で死柄木が襲い掛かる。

 

「もらったっ!!」

 

 口元に笑みを浮かべたのは、死柄木ではなくマニュアルさんのほうだった。

 

「ぐはっ!!?」

 

 間欠泉のように砂利道から水柱が迸る。とっさに死柄木は腹部を両腕で庇うが、形の定まらない高圧の水流相手だ。

 

 ガード不可能の必殺技を前に、さすがの死柄木も土手側のコンクリートに叩きつけられ、倒れ伏した。

 

「視線が上に集中して足元が疎かになっていたようだね」

 

 ロープ状に伸ばした水を両手に構え、確実な捕縛のためマニュアルさんは追撃をかけるために接敵する。

 

「大人しく捕まってもらうぞ、敵連合!」

 

 倒れ伏す死柄木の元にたどり着いたマニュアルさんが、水のロープを死柄木の手にかけようとしたとき、笑みを浮かべたのは死柄木の方だった。クレーターのように崩壊するコンクリート。

 

「足元がなんつった? 起き攻めは格ゲーの基本だろっ!」

 

 そうか、こいつの個性は接触から発動までのラグがある。倒れたフリをして罠に誘導された。

 

「マニュアルさんっ!!」

 

 俺が叫ぶよりも早く、マニュアルさんは後に飛び退くが、崩れかけの足場で態勢が大きく後ろに逸れてしまう。だが皮肉にもそれが幸いした。

 

「死ねっ!」

 

 死柄木の転びかけのマニュアルさんに追撃をかけるが、五指が捉えたのはヘルメット部分だった。即座にそれを脱ぎ捨てることでマニュアルさんは破滅を回避する。ヘルメットが砂のように形を変え、風に溶けるようにして消えてしまう。文字通り一撃必殺、強力な個性の威力を俺は目の当たりにする。

 

「少し遅かったらヤバかった。その動き、君は相当殺し慣れてるね」

「そりゃあ先生にしっかり教えてもらったからなぁ」

「先生、ね。ますます退きにくくなったかな。これだけの騒ぎを煽動する奴を放っては置けない。情報を吐いてもらおうか!」

「退けない、の間違いだろ?」

 

 死柄木の目線がマニュアルさんではなく、俺の方に向けられた。手を出すなという牽制か?

 

「ようやくか……脳無、こいつらを殺せ」

「なっ?!」

 

 しまった。アイツは俺を見てたんじゃない。

 

「焦凍くん!?」

 

 振り返る時間すらなかった。けれど肌に突き刺さる熱波が、その存在を感じさせていた。さっきの脳無は炎を纏った両腕を振り上げ────

 

「焦凍ぉおおおおお!!!」

 

 空から聞きなれた声と共に一条の熱線が降り注ぎ、容易く脳無の両腕を切断した。

 

「どうやら無事なようだな」

「親父……」

「すまない、助かったエンデヴァー!」

 

 炎をジェット噴射させて駆けつけてきた親父が、脳無と俺の間に割って入ってきた。背後の心配がなくなったマニュアルさんは死柄木から決して目を逸らさず、背中越しに親父に語りかける。

 

 正直、助かった。親父が来なかったらきっと俺は間に合っていなかった。何を言うべきなのかはわかっている。でもどうしてもその言葉が出て来ず、代わりの言葉を俺は口にする。

 

「どうしてここに?」

「オラシオンのリストバンドのアラームが鳴ったからな。保須のこの状況とタイミングから考えれば、お前ともう一人のどちらかが危機に陥っていると判断した。お前が残した氷の道を発見後、その跡を辿って来たというわけだ」

 

 なるほど、鳴らした甲斐があったわけだ。あのときはなんで八百万たちが持っているレーダーを全員に携帯させなかったんだと思ったが、無意味ではなかったらしい。

 

「ちっ、エンデヴァーか。足止め用は何やってんだっ!」

「あの白い雑魚どものことか。複数個性持ちだったが大したことはなかったな。いくつかは俺が自ら落としたが、他のはウチのサイドキックたちに任せれば問題なかろう」

「糞、糞、糞ッ! この前といい、舐め過ぎだろっ。何を突っ立っている脳無! そいつらを殺せぇえええ!」

 

 歯ぎしりしながら怨嗟を口にする死柄木に、親父は軽くあしらう。その態度が逆鱗に触れたらしい。死柄木は今までにない形相で叫び散らす。

 

 その声に呼応して脳無が切断された腕を再生、そしてさらに腕を増殖させ、全身に炎を纏う。

 

「やはりこいつも再生能力持ちか。しかも、なかなかの熱量じゃないか。では加減はいらんな」

 

 地面を抉るほどに強く踏み込んだ脳無が飛び掛かる。

 

赫灼熱拳(かくしゃくねっけん)、ジェットバーン!!」

 

 まさに気合一閃。親父は右拳に収束させた炎を開放して、高速の一撃を見舞う。脳無が纏っていた炎も苛烈な熱風でかき消す。

 

 なりふり構わず繰り出した俺の技とは完成度が全然違った。熱量も、収束具合も、タメから放つまでのスキのなさも何もかもが俺には足りていない。

 

「だけど、ガードされた」 

 

 思わず声が漏れる。分厚い筋肉に包まれた四本の腕でキッチリと受け止められている。アッパーカット気味に放たれたため、脳無は空中に打ち上げられはしたが、ダメージらしいダメージは見当たらない。それだったらさっきのレーザーを使っておいた方が……そう俺が考えていたのは素人考えだったようだ。

 

「ここならば、何の遠慮もいらんな。本当の炎というものを見せてやる。再生などさせるものか」

 

 勝利を確信しているであろう親父が不敵な笑みを浮かべた。空に打ち上げられた脳無も俺に向けたとき以上の炎弾を生成し、親父が放つであろう炎に備える。

 

 対する親父も目を開けていられないほどに眩い光を体に蓄積させ、最強の必殺技の名を口にした。

 

「この煉獄で灼けて静まれ────赫灼熱拳(かくしゃくねっけん) プロミネンスバーン!」

 

 全身から解き放った炎は炎弾すら飲み込んで、脳無を焼き尽くす。ぐしゃりと鈍い音と共に、脳無は無防備なまま地面に叩きつけられた。

 

 どうやら完全に炭化しているわけではなさそうだ。僅かに痙攣しているところを見るに、あれだけの炎を受けてまだ生きているらしい。

 

 親父が網状の炎でその体を捕獲しようと指先から放った瞬間、脳無の体が黒い霧に包まれて消えていった。やはり黒霧が監視していたのか。

 

「死柄木弔、既に主目的は達成しています。この結果は計算外ですがここは撤退するべきです!」

「ちっ、わかったよ。でもこのまま帰るのも癪だな。おい、黒霧。せっかく役者が揃ってんだ。予定を元に戻す。アレ(・・)をやれ」

「少し勿体ない気もしますが、承知しました」

 

 声がした背後を振り返ると、死柄木もまた黒い霧のゲートの中に消えゆこうとしているところだった。

 

「待てっ! 逃げるなっ!」

 

 親父が消えゆく死柄木に飛び蹴りを放つが、ギリギリ向こうが消える方が早く間に合わなかった。でも、これでとりあえずは落ち着くか。そう思っていたときだった。

 

 俺の背後、完全に視界の外から、ソレ(・・)は声もなく、『死』そのものが俺に差し迫っていた。

 

「焦凍くん!!!」

 

 俺の名を呼ぶ悲痛な声。何があったのかわからないまま、マニュアルさんに突き飛ばされ、そして俺は目にしてしまった。

 

「チッ、邪魔が入ったか。でもムカつく奴が一人死ぬからいいか。じゃあな」

 

 マニュアルさんの右腕が手首の辺りから砂のように崩れ落ちていた。

 

「この(ヴィラン)がぁああああ!」

 

 親父が吠えた。でも炎が死柄木を襲うがゲート消える方が早かった。ただ俺はその光景を呆然と眺めることしかできなかった。

 

「間に合って、良かった」

 

 肘、そして上腕部へと呪いとでも呼ぶべき崩壊の力が浸食している中、マニュアルさんは振り返って俺にそう笑顔で声をかける。

 

 笑顔(・・)で、だ。腕が消えていっているのに、死ぬしかないのに。なんで、この人は笑って……

 

「マニュアル、手荒く行くぞ。食いしばれっ!」

 

 そんな中、急に発せられた親父の言葉が何を意味するのかわからないまま、俺は次の絶叫を聞いて事態を把握する。

 

「ぐわぁああああっ!!!」

 

 親父はマニュアルさんの肩の先から右腕を熱線で切り落としたのだ。熱で止血もできて、浸食されていない部分を切り落とすことで全身の崩壊を食い止める。現状最善の判断。

 

 あと数秒判断が遅かったら間違いなくマニュアルさんは死んでいた。それだけの判断力、そのスピードと技の精度。俺では無理だ。あれだけ憎んでいた親父の力、そしてその頂きに至るまでの研鑽。炎を使いだしたとたん、それを嫌というほどに見せつけられてしまった。今まで俺は一体何をしていたんだろうな。いや、それよりも今は!

 

「マニュアルさん、俺を庇ってこんなこと────」 

 

 急にマニュアルさんの胸元に抱き寄せられ、ここで俺の言葉は遮られた。

 

「ヒーローはいつだって命がけのお仕事だ。右腕一本で君の命を守れたんだ。安いものさ」

「でもっ、このままじゃマニュアルさんはヒーローを続けられないじゃないですかっ!」

「確かに引退も視野に入れなくちゃいけないだろうね。でも義足や義腕のヒーローもいないわけじゃない。生きてさえいればどうとでもなるさ。まぁ、正直さっきまでは死を覚悟していたわけだけど」

 

 焼き切れた腕を水を操って冷却しながら、マニュアルさんは言葉を続ける。

 

「それも君のお父さんの炎のおかげだ。君の嫌いな力でも、それが俺の命を救ったのは確かなんだ。この前の中華屋さんでの話を自分の身で実証するなんて微塵も思わなかったけどね。ここまで緻密にコントロールされてなかったら、やけどでショック死するか、そもそも全身丸焦げになっていたか、処理が遅くて塵みたいになっていたか。乱暴な人だけどね、でもここまで自分の力に真摯に向き合っている人はそういないと思うよ」

 

 とっくに目が覚めたつもりだった。でも俺やマニュアルさんのために戦う親父の姿は、俺が知っていたはずの親父の影とはほんの少しだけ違うものだった。

 

「君はいいヒーローになるよ。俺よりも君のお父さんよりも、いいヒーローに」

「いいヒーローって、なんなんですか?」

「焦凍君はどう思う? もう答えを持っているんじゃないかい?」

 

 そう言われてみれば、考え込むまでもなくスラスラと俺の心の中に言葉が浮かんできた。

 

「強くて」

 

 親父よりも強く、オールマイトのように強いヒーロー。

 

「誰も泣かせない」

 

 命を守るだけじゃない。お母さんのような人を出さない、心を守れるヒーロー。 

 

「笑顔の似合う」

 

 マニュアルさんのように、こんなときでも俺を笑って励ましてくれるそんなヒーロー。

 

「そんなヒーローだと思います。俺はそうなります」

「あぁ、なれるよ。きっとなれる。俺が保証する」

「ありがとうございます。マニュアルさん、俺が病院に連れて行きます。今なら親父に心操のことを任せられますし」

 

 マニュアルさんに肩を貸して立ち上がる。病院の位置は把握している。俺が氷結で走ればそう遠い距離じゃない。猪地のところに合流することも考えたが、あいつはリカバリーガールと違ってケガに対して応急処置以上のことはほとんどやれない。

 

 手負いのマニュアルさんと俺を連れて行くより、親父一人で心操の救出に向かってもらった方が足手まといもなく確実だろう。

 

「そうだね。アイツらが消えたから大丈夫だとは思うけど一般人も一緒ってのは不味いか」

「心操とは、お前と一緒に来ていた普通科上がりの奴だったな?」

「あぁ。保須第三公園で分かれてから東の方に民間人を連れて逃げているんだ。小さな子供と、足の動かない母親も一緒にだ。他の脳無や敵に襲われているかもしれないんだ!」

「エンデヴァー、俺からも頼みます。今回の敵連合は明らかに焦凍くん対策であの脳無を当ててきた。つまり生徒たちへの報復が少なくとも目的の一つだと思う。それに焦凍くんと違って彼は戦闘力において一般人となんら変わりがない。それにあまりにも強力な個性だ。一般人を人質に犯罪を強要される可能性だって決して低くない」

「事情はわかった。すぐにそちらへ向かおう。マニュアル、焦凍のことは任せたぞ!」

 

 親父の力に忌避感を抱いているのは確かだ。でもそれは今、ここで終わりだ。下らない意地はもう捨てよう。アイツのやってきた仕打ちは許せないけれど、区切りをつけるために今ちゃんと言わなくちゃいけないことがある。

 

「親父」

「なんだ? ようやく父の偉大さに気が付いたか?」

「心操のこと任せた。それから、さっきは助かった。それにマニュアルさんの腕のことも────ありがとう」

 

 




轟くん覚醒編終了。マニュアルさんと共に2章戦線離脱です。
よってステイン戦は轟くん抜きになります。

次は飯田くんのターン。彼の本領発揮回です。

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