英雄の境界   作:みゅう(蒼山みゆう)

38 / 49
第38話 英雄問答

 状況を改めて分析する。大規模な通信障害で混乱したこの街の状況下ではまず援軍は見込めない。私一人で切り抜ける必要がある。そう考えながら一応リストバンドの救援信号を起動させておく。おそらく先に押したであろう轟くんたちがピンチを切り抜けて、こっちに気付いてくれない限りどうしようもないけれど。

 

 相手は私よりも遥かに格上。天哉に劣るとは言え、スピードも尋常ではなく、しかも相性の悪い刃物使い。私の感知能力では腕の振りとかは読み切れても、刃物には反応しないから間合いを考慮しなくちゃいけない。

 

 だから間合いの異なる刃物を無数に装備しているアイツ相手には下手に避けるより盾でキッチリ防ぐのが最適解になってしまい、こちらの行動が極端に狭められる。さっきの投擲がまさにそうだ。そう思案している間に私は奥歯を噛みしめながら右手に刺さっているナイフを引き抜いて、素早く止血テープで右手の傷を塞ぐ。

 

 そして後方で麻痺しているヒーローは回復の即座が見込めないのも最大の障害だ。麻痺なんて強力すぎる個性にはおそらくある程度の時間制限はあるはずだけど目途が立たない。それに神経系に作用していると推測される以上、私の個性で治療も不可能ではないだろうけれど、じっくり解析しないと対処方がわからない。

 

 それからアイツの私を試すような言動。今までのデータ分析からしてもしアイツのお眼鏡に適うのなら私だけは見逃してくれるかもしれない。でもそれはダメだ。

 

 こんな崖っぷちに追い込まれた私はようやく回答に辿り着く。そもそもヒーロー殺しステインは思想犯だ。オールマイトが初めての模擬戦で言っていた戦闘以外の手段に訴える。舌戦で説得して退かせるか、ヒーローの回復を待つ。きっとこれが今の私にとれる最適解のはず。そう私は結論付けた。

 

「私の価値、ね。アンタはそうやってヒーローにふさわしいかどうか選り分けて来たんだ」

「今の世の中には欲に塗れ、ヒーローを名乗る資格のないものがあまりにも多すぎる」

「その資格の基準って何なの? 私、あんまり頭良くないからさ。私にもわかるように教えてよ」

「ほう。そこに興味を抱くか。あぁ、いくらでも語ってやろう。だが――後ろのそいつを始末してからだ」

 

 全然だめだ。私一人のときならよかったのかもしれないけれど、これじゃ話で時間稼ぎできる気がしない。殺すことしか頭にないじゃんコイツ。

 

「はい、そうですかって私が素直にここを通すと思う?」

「思わんな。だからこうするまでだ」

 

 そう言って私が投げ捨てたナイフを広い、血塗られた刀身をぺろりと舌で舐めるステイン。

 

「何、この変態っ!? キモ…………えっ?!!」

 

 そうか、血を通して発動する個性だったのか。だけど、もう今さらだ。抵抗するすべもなく私の躰は膝から崩れ落ち地面に叩きつけられる。だめだ、自由が利かない。

 

 私の血を介して全身の神経系が侵されている。まともに動くのは肺や心臓の循環系、眼球に表情筋、声帯や口元など顔回りなどのごく一部だけ。四肢に関してはまったく何もできない。

 

「すぐに終わる。話はその後だ」

 

 ステインが這いつくばっている私の横をすり抜けて、いまだ動けないインディアン風のヒーローの元へと向かう。 

 

「やめてっ! 殺しはだめ。殺すのだけはだめなんだ!」

 

 解析しろ、解析しろ、解析しろっ! 私自身の躰は私が一番わかっているんだ。絡まりあった毛糸を解くように神経を縛り付けるアイツの鎖を一刻も早く!

 

「おまえは今の言動見る限りでは生かす価値がある。今見る限りでは、な。だがコイツは見るに堪えん」

「……クソがっ!」

 

 そして足を止めた奴は日本刀を大上段に振りかぶり────

 

「死に際のセリフがそれか。やはりおまえは相応しくない。死ね」

「逃げてっ!」

 

 首が、飛んだ。

 

 絞るように出した声は何の役にも立たなかった。命の気配が噴き上がる鮮血と共に急速に抜けていく。私の個性の全能力を以てしても助かる見込みはない。紅い海がほの暗い路地裏に広がっていき、私の躰を浸していく。

 

 もう私一人だ。逃げる算段を立てなきゃ。ほんの少しだけ、左手の小指が動かせる分だけ、たったこれっぽっちだけどようやく麻痺の糸が解けた。やり方はわかった。私の個性は本質的にはコイツの天敵なはずなんだ。だから口車で時間を稼ぎながら早く、もっと早く解除するしかない。

 

「動じないか」

「そんなわけ、ないでしょ……」

 

 何、言ってんのコイツ。切り離された頭部をゴミ捨て場の方に蹴り飛ばしながら、ステインはそう言い捨てた。血に塗れた日本刀を拭うこともなくそのまま鞘へしまい込んだ。

 

「おまえ、死を見慣れているな?」

「よくわかるね。百人から先は数えるのを止めたよ」

 

 唇に、僅かに残った命の残滓が触れる。随分と遠い昔に味わったきりの懐かしい味がした。

 救けられなくてごめんなさい、無駄にはしません。今の私はそう心の中で謝ることしかできない。

 

「どうやらまともな人生を送って来たわけではなさそうだな」

 

 私の頭の近くに来てしゃがみこんだステインはそう呟いた。私を凝視するその眼は血走っていながらもさっきまでの殺意は微塵も感じられない。純粋にコイツは私を試し、興味を抱いている。きっと嘘は悪手だろう。

 

「まともな人生かぁ。綺麗すぎて、眩しすぎて。そう、妬ましくて────正直反吐が出る」

 

 天哉に百ちゃんみたいな良家のお坊ちゃんにお嬢様だなんてまさに夢物語。梅雨ちゃんや茶子ちゃんの家族話を聞くたびに胸が締め付けられる。緑谷くんや心操くんの苦悩に共感しながらも、ときどき後ろ暗い気持ちが湧いてきて、そして真っすぐに育とうとする彼らと自分との差を見て絶望する。

 

「でもそうなりたいって世界が、希望が確かにあるんだってわかることはいいことなんだ」

 

 私は最低な人間だっていう自覚はとっくにしている。そもそもヒーローになる資格なんてないんだってことも。でも私は生きなくちゃいけない。生きるためには同情でもなんでも引いてやる。

 

「私が知っている世界は醜くて、荒んでいて、ただただ生きるのに必死になるしかなかった」

 

 天哉みたいな綺麗ごとじゃコイツを説得なんてできやしない。コイツがこんな狂った思想に嵌った経緯、根幹に少しでも近づいて、思想に介入する。そこまでしなきゃ私は助からないし、また同じ悲劇が繰り返される。

 

 だから私はためらわず心の奥底に秘めていた恥部を口にすることにした。

 

「私を食べるだとか、交配実験させるだとか、神様になれだとか、みんな馬鹿ばっかり。勝手に殺しあって、勝手に周りの人たちを巻き込んでさ」

 

 (ヴィラン)も、ヒーローも、警察も、信者も、普通の人たちもみんな死んでいった。

 

「でもだからこそだよ。どん底を知っているからこそだ。私は今のヒーローたちが守ってくれている綺麗な世界を壊したくはないし、私みたいな境遇の人が増えないようにしていきたい。自分勝手な理屈で道理を捻じ曲げて他の人を不幸にする人たちは許したくない」

「それがおまえがヒーローを目指す理由か?」

「そうだよ。約束したんだ。最高のヒーロー(レスキュー・ワン)から願いを託されたんだ」

 

 ────オラシオン(祈り・願い)

 

「『僕の分まで生きろ』って」

 

 いい名前を付けてくれてありがとうね、天哉。

 

「そして『君の個性で僕が救うはずだった人たちよりも多くの人を救ってくれ』って」

 

 願い(コレ)こそが私のスタートラインだから、絶対にこの道から私は逃げない。

 

「レスキュー・ワン、懐かしい名だ。そうかおまえがあのエンドレスの娘か。だが解せんな」

 

 かがんだ状態から更に首を伸ばしてきたアイツの生臭い吐息が鼻に触れる。

 

「何故父親が殺したヒーローを慕う?」

「簡単な話だよ。父さんは自分自身以外誰も殺してなんかいないし、レスキュー・ワンはそもそも私を狙って来た(ヴィラン)にやられた。あとは政治的な理由でうやむやになった。アンタにはこれ以上は言うつもりはない」

「嘘ではなさそうだな────がしかし全てではない。その隠したい部分こそがおまえの本質があるのだろう?」

「これ以上はセクハラだよ。それよりもアンタのことを聞かせてよ。どうして“英雄回帰”だなんて思想に行きついたの?」

 

 見開かれた瞳が遠ざかる。そしてステインは空調の室外機に腰かけた。

 

「露骨な時間稼ぎか。だがいいだろう。硬直が解けたところで、俺からは逃れられん」

 

 アーミーナイフが2本飛来する。そしてご丁寧にそれ私の両方の手の平を地面に縫い付けた。

 

「ぐぅ……ったいなぁ。同じとこ狙う、フツー?」

「おまえは未だに読み切れん。だが真に価値ある者ならば生かしておこう」

「ねぇ、ずっと気になってたんだけどその価値の線引きって一体何なの? 英雄としての資格て何を基準に話をしているのさ?」

「金銭欲、名誉欲、そういった私欲に塗れ、英雄という立場を詐称する輩と、見返りを求めず自己犠牲の精神を以て(ヴィラン)を断罪する者。それが英雄の境界だ」

 

 調べていた通りの答えが返ってくる。そして言葉一つ一つへの熱の籠り方から、本気で言っていることも理解できる。あまりにも本気過ぎて、私は言葉を一瞬失った。遠くで鳴り響く僅かなサイレンだけが私の耳元に届く。

 

「理解できん、という顔だな」

「理解はできるよ。でも共感はできないかな」

 

 いかれ野郎だとか、馬鹿じゃないとかいう罵倒の言葉よりも先に、もっと根本的な価値観の相違が私には許せなかった私の口は勝手に言葉を紡ぎだした。

 

「スタンダールとして活動していた頃からの情報、色々漁ってみたよ。そして今の言葉で納得した。線引き以前のところでアンタは思い違いをしていると私は思う」

 

 ナイフがさらに1本、私の頬を掠めた。

 

「吐いた言葉は戻せんぞ。回答によっては子供であっても危険因子としておまえを摘まねばならない」

「とりあえず全部聞いてから判断してよ。そもそもアンタは英雄の仕事をさ、(ヴィラン)を倒すことだけってしか考えていないんじゃない? さっきの言葉は私にはそう聞こえた。私は違うと思う」

 

 ハァ、ハァと、荒げる息をしながらも、ステインはどうにかまだ私の声に耳を傾ける気では居てくれるようだ。

 

(ヴィラン)だけじゃない、火事や地震なんかの災害、あらゆる理不尽や身の危険から救けてくれる人。それが英雄の定義だと私は思う」

 

 茶子ちゃんにとっての緑谷くんや心操くん。私にとってのお父さん、レスキュー・ワンや天哉。メビウスのみんなにとってのお母さんみたいに。

 

「本当は英雄はいっぱい居るんだ。ヴィジランテの人たちはもちろん、親兄弟や恋人、学校の先生なんかもそうかもしれない。誰かにとっての英雄はみんなバラバラで、そうやって助け合って生きてきたのが人間の営みじゃないの?」

「下らん理想論だ、それでは社会はっ!」

「だから法律という枠組みができて、みんなを守るために職業ヒーローが居る。そうじゃないの?」

「社会を成立するため、運営するために法はある。確かにおまえの言うとおりだ。しかし法では裁けぬ輩もいる。法による処罰では抑止力として成り立っていないから(ヴィラン)が新たに現れる! 違うか!?」

「違わない。そこは私も同意見だよ。穴だらけの法も、腐った政治家や実業家、警察は多くはなくとも確かに居た。お父さんや私や、庇ってくれた人たちを追い詰めた」

 

 ごはんも寝るところもなかった酷い生活はもう嫌だ。でもオールマイトが登場する前の時代は似たようなものだったらしい。そして比較的治安の高い日本以外の世界は私よりずっと酷い目にあっている人たちがたくさんまだまだいるはずなんだ。

 

「でもね前に進んでいるんだよ。少しずつでも良くなっているんだよ。この世界は。法律だって変わる。ヒーローだってたくさん増えた」

「そのヒーローが腐っているといっているのだっ!」

「お仕事なんだよ、お金をもらって何が悪いの?! 警察や政治家や、重要な公務員は高給取りがあるべき姿でしょ。どこかの国みたいに賄賂を蔓延させるつもり? 理想だけじゃ人間は生きていけないんだよ。食べていけないんだよ?!」

 

 あぁ、スイッチ入れちゃった。でも許せない。殺しとか、天哉のお兄さんを傷つけたこととかそんなこと以前に。こいつの生きることに対する甘えが許せない。

 

「飢えたことなんてないんでしょ? そもそもお金をちゃんと稼いだことはあるの? (ヴィラン)とヒーローの殺傷以外の犯罪行為は絶対にしていないってオールマイトに誓えるの?」

「おまえがオールマイトを語るなっ!」

「アンタこそ上っ面だけで何も知らないくせにっ!」

 

 一気に言葉をまくし立てる。ここが分岐点だ。冷静さを奪え。視野を狭めさせろ。

 

「訴えたいことがあるなら本でも執筆して、政治家でも目指すべきだったんだ。英雄の線引きなんてもうどうでもいいよ。お金を、生きることを舐めてるアンタとは絶対に価値観が相容れない!」

「そうか、もしや志を共にできるかと思ったが。俺もおまえとはどうやら相容れないようだ。語るべき言葉はもうない」

「私もないよ。虫唾が走る。話したくない」

「そうか。ならば、死ね」

 

 拘束はもう解けた。来る(・・)タイミングも合わせた。拳に訴えるなら今しかない。

 

「チェストッ!!」

 

 無理やり腕力でナイフを地面から引き抜きそのままアッパーを顎に当てる、つもりだったけれど顎先をほんの1センチ程度掠めただけ。でも体制を崩して間を広げられた。そして────

 

「巫女様っ!」

「ここにおられたのですね。ここは我々をお使いください!」

 

 メビウスからつけられていた男女二人の顔見知りの護衛。ハレルヤの売人を逃した地点から全力で走ったから一度は巻いてしまう形になったけれど、ようやく私を見つけてくれたらしい。

 

 ヒーローを目指す者が頼るのも情けない話だけど、圧倒的格上相手だ。そしてこの二人の実力は私自身が良く知っている。プロほどじゃないにしてもウチのクラスのメンバーよりは強い、いや個性は微妙でも戦いそのものに慣れている。

 

「あんまり頼りたくはなかったけれど。これで形勢逆転だね」

 

 

 

 

 

             ×          ×

 

 

 

 

 したり顔でそう言っていたのはたった1、2分前のこと。無残に横たわる亡骸が増え、残っているのはもう私だけだ。どれが私の血なのかわからないほどに他のみんなの血で塗れたおかげなのか、使用限度があるのかステインは個性を使ってくることはなかった。

 

 負傷しているとはいえ、力は嘗てないほどに満ちている。だから反動は全部無視して身体能力をふり絞り、なんとかステインの攻撃をしのぐことができていた。

 

 でも、もう時間の問題だ。スタミナと筋力にこそ問題はないけれど、盾が削られ、動きも読まれ出している。ワイヤーなんかの盾のギミックも出し尽くしてこの様だ。

 

 誰か、救けて。そう心の中で叫んだのが届いたのか、ありえない速度で近づいてくるよく知っている気配の存在に私は気付いた。

 

「えっ、天哉っ?!」

「巡理くん!!?」

 

 気付いていたけれど、実際に白く輝くフルアーマーを視認するまで信じられず、思わず変な声が出た。

 天哉も少し上ずったような変な声を出した。

 

 きっと私はこのとき心底安心したんだろう。大丈夫だって。

 

 だから一瞬だけ気が抜けてしまった。 

 

「────眼を離したな?」

 

 その対価がこの様だ。

 胸の真ん中から刀が生えていた。

 

 痛いという感覚すらもうわからない。

 

「貴様ぁああああああっ!!!」

 

 私のために怒ってくれているのかな。

 でもダメだよ。天哉。

 

 君一人じゃ絶対に勝てない。だから待っていて。

 すぐそっちに行くから。

 

「おじちゃ……、ごめん。やくそ、く。ひとっ、やっ……よ」

 

 私は普通には死ねない(・・・・・・・・)

 生き続けるためだけに、私の個性は存在する。

 そういう風に私は生まれてきたはずなんだから。

 

 こんなケガの1つや2つ大したことじゃないはずなんだ。

 昔はできていた(・・・・・・・)

 思い出せ。あの時の『生きたい』って気持ちを。

 

 天哉と2人で生きて帰るんだ。

 誕生日にケーキを食べるんだ。

 

 医者になって、ヒーローになって、みんなの分も生きるんだ!

 

「……きるんだ」

 

 ここで3人分の命を私は背負った。

 だから私が今ここで倒れるわけにはいかないんだ。

 

「ぁたしぁ……いき、っんだ」

 

 なんだ、やれるじゃないか。

 

 筋繊維が、血管が、神経が、内臓が、活性化し、増殖し私の傷を塞いでいく。

 

 ぽっかりと空いていた胸と両手の穴、肩の傷も、そして何より長い間忘れていた力の使い方の記憶も全部元通りだ。

 

 暖かな血の海から這い上がり、私は地面を再び踏みしめる。

 

「────私はいきるんだっ、願い(いのち)を、託されたんだからっ!!」

 

 

 




因みに巡理はO型(6話)なので、個性抜きでも割と復活が早かったりします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。