英雄の境界   作:みゅう

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第4話 1年A組

「てめーどこ中だよ。端役がっ!」

 

 入学早々、教室の扉を開けた瞬間から言い争いになるとは思いもしなかった。しかし一体何様のつもりなのだ。机に、それも雄英の机に脚をかけるなど不遜にも程があるというものだ。雄英生の一人として、爆発頭の彼を注意しないわけにはいかなかったのだ。

 

「全国から集まるこの雄英でわざわざ出身中を問うなど、身の程が知れてるな。だがあえて名乗ろう。俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ」

「聡明……いや、てめーがあの(・・)飯田か。てめーは絶対にブッ殺さなきゃなぁ!?」

「何なのだ君のその言葉遣いは。よくそれでヒーロー科を受けたな!?」

 

 立ち上がって、睨みつけて来る彼。間違いなく幼児が見れば泣き出しそうな眼力。眉間に刻まれた皺といい、顎を突き出して来る仕草といい、コンビニ前にたむろっているチンピラたちの姿が思い起こされる。

 

「あの眼鏡が実技と総合一位か」

「ていうか、あいつ血塗れの奴じゃん」

 

 ヒソヒソと聞こえて来る声。やはり見ていた者がここにも居たのか。確かにチラホラと見覚えのある生徒が数人いる。

 

「い、飯田くん、かっちゃん! ちょっとみんな退いてるから止めた方がいいんじゃあ……」

 

 聞き覚えのある声。緑谷くんが教室の入り口から心配そうな声で呼びかけて来る。彼も同じクラスだったのか。それと「かっちゃん」という呼び方からして、同じ中学の出身者なのだろうか。

 

「デク! てめーは黙ってろ。このクソナードがっ!」

 

 更に一段と威圧するような声を発する「かっちゃん」くん。緑谷くんは肩を震わせ、完全に委縮してしまっている。どう見ても良好な関係じゃなさそうだ。

 

 「デク」というのもおそらく緑谷君の名前をもじった蔑称だろう。新しく過ごすメンバーが集まっている場でその名を口にするのはあまりにも酷過ぎる。青ざめた顔で、反論できそうな雰囲気が見えない緑谷くん。

 

「“出久くん”。漢字も読めない奴なんてほっときなよ。それから飯田くんも周り見て。みんな席に着いてる。どうせ調子に乗ってる奴は勝手に沈んでいくんだから」

 

 緑谷くんに助け船を出したのは冷めた声の猪地くん。聞き慣れないトーンがやけに耳に残る。そして俺も指摘されてしまった。確かに今の時点で着席していないのは俺と緑谷くんだけだ。確かに彼女の言うことも一理あるが、見て見ぬふりをするのは雄英生として如何なものかと俺は思う。

 

「あぁっ?! 木偶の棒をデクって言って何が──」

「……ほらっ。もう目を付けられた」

 

 顎でしゃくるという、猪地くんにしては珍しく乱暴な動作。その示す先、廊下の足元には一つの影。

 

「青春ごっこしたいなら。他所へ行け」

 

 まるで蓑虫の如く、寝袋に包まった男が入り口前の廊下に転がっていた。無精ひげのくたびれた顔からして、生徒と呼べるような年齢ではない。

 

「えっ、まさかアレが先生?」

 

 誰かが“まさか”“アレが”と皆の気持ちを代弁してそうボソリと呟いた。そして“アレ”呼ばわりされた男はゼリー飲料を口に咥えながら言い放つ。

 

 

「ここは“ヒーロー科”なんだぞ」

 

 雄英の“ヒーロー科”。その言葉が持つ重みを、入学早々に俺たちは思い知らされることになった。

 

 

 

 

           ×              ×

 

 

 

 

「おーい、緑谷くーん!」

「あ、猪地さん。それに麗日さんと飯田くんも!」

 

 怪しい寝袋の人こと、担任の相澤先生が急きょ行った個性把握テスト。そのテスト中において、指を一本骨折するという結果になった緑谷くん。

 

 放課後すぐに俺たちは緑谷くんの居る保健室へ三人で向かい、その途中の廊下で無事彼と会うことができた。

 

「緑谷くん、指の怪我は治ったのか?」

「うん。リカバリーガールのおかげで。ほらっ」

「おぉっ、こりゃ凄いね。あんなに波長がズレてたのに見事に治ってる。私も治療するところ見せてもらえば良かったな」

「包帯越しでもわかるんだ」

 

 興味津津といった様子で猪地くんが緑谷くんの手を握り、包帯の上を軽く何度か撫でる。

 

「音みたいなもんだからね。目をつぶってても大体わかるよ。ほれっ、これで少し疲れも抜けるでしょ」

「うん、少し楽になった気がする。ありがとう猪地さん」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 ごく自然に流す感じで猪地くんは言う。彼女のお人よしは今日も健在な様だ。

 

 猪地くんの話題といえば、退院後は九州から親戚の元を飛び出し、こちらに下宿を借りて生活することになったばかりだ。

 

 入試の騒ぎなどの問題で本来申請していた奨学金は尽く破談となったらしいが、妊婦の件と入試の件を知ったどこぞの富豪が金銭的援助を全面的にしてくれることになったらしい。

 

 その人物の詳細は聞いていないが、推測するに医療関係などの人物から早速青田刈りされたのだろう。

 

 ちなみに麗日くんとも徒歩圏内の近所らしく、時々一緒に食事を作ったりしているそうだ。

 

「健康状態の診断と体力の付与。やはり便利な能力だな。ふと思ったんだが、君とリカバリーガールが組めば、更に効率が跳ね上がるのではないか?」

「でしょう? それ私も凄く思うんだよね。果物の補給がしっかりできていれば大体の怪我はどうにかなるよ。ていうか、そんなことより相澤先生だよ、相澤先生。みんなアレどう思う?」

 

 アレというのは先程のテストのことか。脚力が重視される項目が多く俺もかなり自信があったのだが、4位に甘んじてしまった。半分は成り行きとはいえ入試の実技テストで1位を取ったことに少々浮かれ過ぎていたのかもしれない。まだまだ上がいるということだ。

 

 皆の個性も目を惹くものが多かったが発想や着眼点の面においても、まだまだ上がいるということを思い知った。まさかテストで乗り物を作成しようだなどと誰が思うだろうか。高い壁だ。

 

「俺はこれが最高峰の壁かと思ってしまったのだがな。まさか教師が嘘で鼓舞するとは思わなかった。むしろ見抜けなかった俺たちがまだ未熟ということなのか……」

「飯田くんは真面目だなぁ。順位も良かったし。僕は本当に除籍かと思ったよ」

 

 一度復調した顔色が再び青くなる緑谷くん。靴が踵に引っ掛かっており、上手く履けないようだ。そんな隣で大きく鳴らす様にしてローファーを履いているのは猪地くん。

 

「私、実はさっき通りすがりの上級生の噂話聞いたんだけど、あの先生気を付けた方が良いみたいだよ。去年の一年生を一クラス丸々除籍してるって。何人残るか私たち賭けられてたんだけど」

「賭けごとか、それは法的に不味いのではないか?」

「学食とか言ってたから現行法には抵触しないと思うよ。風紀的にはどうなのって思うけど。というかさぁ────」

 

 大きく溜息を着いた猪地くんは声のトーンを一つ上げて叫び出す。

 

「何なの私たちって見世物扱い酷くない!? っていうかクラス丸々除籍って要するに教育放棄じゃん! 教師としてどうなの!? 職務怠慢じゃん!」

「……何か今日めぐりちゃんカリカリしてる?」

「そりゃイライラするよ。マスコミ対策で私が今日の式の挨拶する予定だったのに、いきなり先生の独断で式すっぽかしだよ? 全部パー。文章考えてきた時間を返せって」

「あちゃー。そりゃ怒るわ」

「それは残念だったな」

 

 どんまい、と猪地くんの肩を叩く麗日くん。挨拶の件は俺も初耳だった。朝から妙に気が張っているなと思えばそういうことだったのか。実技及び入試総合1位の俺に声がかからなかった以上、推薦組と思っていたが違ったようだ。

  

「そう言えば急に話題を変えて申し訳ないが緑谷くん。爆豪くんが何度も君の事を“デク”と呼んでいたがあれは蔑称ではないのか? あの性格上、中学での関係が良好でなかったことは察するが、新たなクラスで定着する前に訂正させるべきだと思うぞ」

「あれって緑谷くんを絶対馬鹿にしてるよね。何なのアイツ。3番も負けたなんて。悔しーい!」

 

 むーむーと言いながらふくれっ面を見せる猪地くん。彼女はスタミナ切れが存在しないという利点は別にしておいても、単純な筋力そのものがずば抜けて高かった。彼女曰く個性による体調管理に基づいた日々のトレーニング効率の高さによるものだそうだ。

 

 そんな彼女の成績は21人仲6位、俺が4位で爆豪くんに一歩及ばず、麗日くんは丁度真ん中の10位、そして負傷した緑谷くんが最下位の21位だった。

 

「かっちゃんは品性はその……アレかもしれないけど、才能は本当に凄いんだ。それにくらべて僕は……」

「そんなことないよ。緑谷くんも入試のパンチも、ソフトボール投げも凄かったもん!!」

「でも、怪我するし……」

「でも少しは制御できたんでしょ? 進歩じゃん?」

「そうだよ!」

 

 二人が自嘲する緑谷くんのフォローに入る。俺も見習わねば。

 

「謙遜しすぎも良くないぞ。緑谷くん。個性に関しての課題が多いのは傍で見ていても分かるが、君がこの雄英に入学できたのは個性のおかげだけではないはずだ。現に俺たちはそれを間近で見ている。もっと堂々としていたまえ。憧れの英雄(オールマイト)はそんな背中をしていたか?」

 

 俺が見上げたその背中は今のように丸く縮こまっていたか? いや、違うはずだ。

 

「そうだね。ありがとう飯田くん。君の言う通りだ。小さな頃からずっと一緒だったからかっちゃんのことは正直怖いし、ビクッてこれからもなるんだろうけれど──でも」

 

 右拳を胸の前で握り締め、自分自身に誓うように彼は言葉を続ける。

 

「僕だって雄英に入れたんだ。やっとかっちゃんと競えるところまで来れた。ここから僕は追いかけて、かっちゃんを超えて、そしてオールマイトみたいな立派な英雄になるよ」

「そうそう。しゃんとしてたら格好いいじゃん」

「うんうん。オールマイトみたいに粉砕、粉砕って!」

「私も見たかったなぁ。その粉砕っての」

 

 段々と緑谷くんの頬が赤みを帯びている。良かった。血の気が戻って来たようで何よりだ。

 

「あと、あの呼び方って蔑称だったんだね。でも“デク”って響きが頑張れって感じで、何か好きだけどなぁ私」

「デクです!」

「いいのか、緑谷くん?!」

 

 そう呼んでくれと言わんばかりに急に肯定の意を示す緑谷くん。どうしたのだ? 

 

「デクくんって呼んでいいってこと?」

「うん、麗日さんのおかげでコペルニクス的な転回というか」

「よく考えたまえ。本当にいいのか?」

「本人が言うんだからいいんじゃない? それからまた飯田くん、シャキーンって」

「何かおかしいか?」

「ううん、いいの。ただ“大きく前に倣え”してて癖なのかなぁって」

 

 このメンバーでそんな談笑をしながら帰ることができる毎日。そんな日が続くとばかりの甘い事をこの時の俺は思っていた。

 

 

 

 

 

           ×              ×

 

 

 

 

 

 来る翌日。午後のヒーロー基礎学、クラスの皆が待ちに待った時間だ。しかも担当教師はあのオールマイト。

 

 早速実践的な訓練をするとのことで被服控除で申し込んだコスチュームを早速着用することになった。許可がなければ袖を通すことが許されない特別なこの服装。

 

 誰もがロッカールームで感慨に浸っている。もちろん俺もそうだ。

 まだ見た目だけかもしれないが、少しは俺も兄さんに近づけただろうか。

 

 そして着替え後の集合地点はちょっとした披露会場と化していた。これ見よがしにマントを見せびらかすも居たり、憧れのヒーローへの想いを語る者など反応は様々だ。

 

 意外な事にあの傍若無人な爆豪君や、緩い空気を纏っている上鳴くんなどは籠手や通信機器の動作を確認しており、意外な一面を垣間見せた。

 

「おっ、飯田くんはやっぱりデザイン寄せて来たんだね」

「あぁ。いずれ兄さんと肩を並べる日のことを考えれば自然とな。猪地くんの方は忍者をイメージしているのか? 意外だな」

 

 肩から肘、太腿を大胆に露出した白い忍者装束。そしてネックガードや指抜きのグローブなどの装飾品。入試のときを思い出す白と赤のコントラストが際立っていた。特に左腕部に装着している円盾は赤十字を弄ったようなデザインをしており、明らかに病院をイメージしているのだろう。

 

 それから腰元や太腿などには革製のポーチを装着している。医療用品などの備品用と見た。

 

「実は中々良いデザインを思いつかなかったから、とりあえず忍者に病院的なイメージを組みあわせてって申請しただけなんだけどね。他はある程度会社任せにしてみたんだけど……ちょっとこれは肌晒し過ぎかなぁ。透ちゃんには流石に負けるけど」

「葉隠くんの事例は特殊過ぎて比較対象としてどうなのか?」

 

 透明化の個性持ちなため、手袋や靴など最低限の装備以外は脱いでいる葉隠くん。見えないが故に大胆を超越したその格好は比較対象として不適切であると俺は思う。

 

「さぁ、皆揃ったな。浮かれているところを切り替えていこう。始めようか有精卵ども! 戦闘訓練のお時間だ!」」

 

 オールマイトの声が市街地を模した演習場に響き渡る。皆が雑談を止め、視線をオールマイトに向ける。

 

 そして提示された今日の課題は2対2の屋内戦闘。英雄(ヒーロー)チームと(ヴィラン)チームに分かれて対峙する極めて実践的なものだ。屋内に侵入する英雄(ヒーロー)チームに想定された条件は、15分以内での核の奪還若しくは相手チームの捕縛。(ヴィラン)チームはその逆の条件になるとのことだ。

 

 チーム分けはクジで行い、残った一人は最後に優秀な3人を加えてのエキシビジョンマッチという形式を取るらしい。 

 その肝心のクジの結果、俺とIコンビになったのが────

 

「宜しく頼む。蛙吹くん」

「こちらこそよろしくね飯田ちゃん。それから梅雨ちゃんと呼んで」

 

 蛙のような異形型の女子生徒、蛙吹(あすい)梅雨くん。昨日はほとんど話せなかったが、個性把握テストにおいても跳躍力を用いた種目などは中々の好成績を残していたはずだ。

 

「梅雨……ちゃん」

「自分のペースでいいわよ」

 

 この年齢になって“ちゃん付け”とはするのもされるのも少々気恥ずかしいものがある。だが本人がそう希望するならそう呼ぶべきなのだろう。

 

 オールマイトが次の箱を用意し、新たなくじを引く。対戦相手の発表だ。できれば2戦ほど他のチームのやり方を見て、ヒーロー側と敵側それぞれの傾向と対策を練りたいものだが────

 

「さぁ続いて最初のマッチは、Hコンビがヒーロー、Iコンビが(ヴィラン)だ!」

「いきなり俺たちか」

「八百万ちゃんと猪地ちゃんが(ヴィラン)チームね。一筋縄じゃいかなそうだわ」

 

 今回は敵同士だが、つくづく猪地くんとは縁があるようだ。

 

「推薦の八百万に筆記トップの猪地、それから実技トップの飯田と蛙吹か」

「こりゃ初っ端から中々レベル高いんじゃねぇの?」

「昨日の個性把握テストでも1位、3位、6位がいるのか。よく見ないとな」

「いや異形型は複数技能持ちも多いし、蛙吹もあなどれねぇぞ」

 

 後ろで誰かが俺たちの事を噂している。あす……梅雨ちゃんや彼らが言うように難敵なのは間違いないだろう。

 

「ハァ。脇、腰、下乳、横乳……Hコンビ、いい……」

「いや峰田。猪地(あっち)は胸が残念だろ」

「上鳴、凶悪なヤオヨロッパイと比べるから見誤るんだ。耳郎を見ろ」

「あぁ確かに。良く見れば耳郎よりはあるか。成程」

「それより見ろよ。何だ飯田のクジ運は。ハーレムじゃないか! 合法的にタッチし放題とかずるいぞ。オイラと代われってんだ!」

 

 この不真面目な会話の主は峰田くんと上鳴くんか。実践前の会話としてはとても不適切な会話だ。それに俺はそんな不埒な事をする人物だと見られているのか?

 

「峰田くん、上鳴くん。君たちの発言は女性に対して失礼に────」

「おらぁあああっ!!」

 

 渾身の右ストレートが二つ。そして鈍い音と嗚咽。侮辱された耳郎くんによる鉄拳制裁が下った。そして女性陣全員と切島くん、オールマイトによるまばらな拍手。

 

「うーむ。腰の入った良いパンチだったが。演習内で行うように。さぁ早速気を取り直して始めよう。Hコンビは先に入ってセッティングを開始。五分後にIコンビが潜入でスタートするぞ。他の皆はモニタールームに移動だ!」

 

 皆の移動と共に俺たちコンビも建物の入口へと向かう。突入までの五分間、見取り図を頭に入れながら作戦を練る必要があるだろう。そんな中、あす……頭の中でも言い慣れないな。梅雨ちゃんが提案をして来た。

 

「飯田ちゃん、一度お互いの個性のすり合わせをしましょうか」

「そうだな。俺の個性は足のエンジン器官によって加速することができる。ギアを上げていくことで段階的にスピードを上げることが可能だ」

「ギア……確か昨日の短距離走でも3速までとか言ってたわね。便利な個性だけど屋内戦ではあまり高い速度まで上げれないと考えていいのかしら?」

 

 鋭い読みだ。彼女もまた中々に頭が回る。こうなってくると今回の組み合わせの模擬戦は、単純な個性比べではなく作戦を如何に読み合い出し抜くかの頭脳戦になるだろう。

 

「指摘の通りだ。だがその条件でも機動力はこのクラスで最も高いという自負はある」

「わかったわ。ありがとう。作戦にもよるけれど、正面突破又は撹乱や陽動を担当してもらうことになるかしら。次は私ね。私の個性『蛙』は蛙っぽいことなら大体できるわ。今回役に立ちそうなのは壁に張り付いたり、跳躍したり、べロを伸ばしたりね。後はピリッとさせる粘膜とか胃袋に物を収納して取り出せることも一応できるわ。この二つはあまり役に立たないでしょうけど」

「対応力の高い強い個性だな。聞いた限りだと、俺が正面から引き付けている間に君には壁を利用した上階への潜入を任せるべきなのだろうが────」

「だろうが?」

「相手が猪地くんだとこの作戦は少々厳しいと言わざるを得ないだろう」

 

 制限時間が15分とある以上、出来るだけ上階に核を設置して時間を稼ぐのが(ヴィラン)チームのセオリーと考えられる。その対策に上階への直接潜入はかなり強力だと考えられるが、猪地くんは対抗手段を持つ。これもまた組み合わせの妙というものなのだろうか。

 

「それはどういうこと? あなた、猪地ちゃんと仲が良いわよね? 個性の詳細はわかるかしら?」

「把握している限りになるが、大元の能力は他者への体力の譲渡と健康状態の診断の二つだ。そして付随する能力で問題なのが後者を利用した独自の索敵能力。生物限定という条件付きらしいが、入試のときも会場全体を一度に探知していた程に範囲が広い。加えて個性以外にも身体能力自体がかなり高めと来ている」

「なるほど。ケロ……潜入もばれちゃうってことね。それに奇襲も不可能で、向こうは逆に奇襲し放題。八百万ちゃんもたくさん罠を作るでしょうし、あの二人控えめに言っても強過ぎるわ」

 

 彼女の言う通り、屋内戦にあたって彼女の個性は強力だ。更に無数の攻撃手段と防衛手段を提供できる八百万くんと組んでくることを考えると、敵対するにあたって最悪のコンビの内の一つに違いない。明らかに俺たちの方が不利過ぎる。

 

 向こうの準備が整う前に強行突破も考えたが、昨日の八百万くんの創造ペースを考えると、簡単なものならば五分の間にそれなりの数を用意できるだろうと思うと、罠の数は決して少なくないだろう。そんな思考が行き詰りかけたところで、梅雨く、ちゃんが新たな質問をしてきた。

 

「でもそれって、戦闘中にもできるのかしら? 索敵は普通それなりに集中の必要があると思うのだけど、猪地ちゃんの索敵の様子はどんな感じかわかる?」

「言われてみれば入学試験のあのとき、何度か目を開けたり閉じたり、かなり集中を要していた節はあったな。捜索範囲が膨大だからあぁだったのかもしれないが、要するに気を逸れている間は索敵できない可能性があるということを言いたいのか?」

 

 俺もそこまで彼女が個性を使っている場面を見ていた訳ではないが、確かに知り合いの探知系の者の挙動を考えるとあり得る話だ。

 

「えぇそうよ。一応こんな作戦を考えたのだけれどどうかしら? まずは一階の正面から飯田ちゃんを戦闘に突入。二人とも同時に罠にかからないように私は後追いで行くわ。そしておそらく迎撃にくるであろう猪地ちゃんと飯田ちゃんの交戦中に私が離脱して外壁経由で上階に向かう。核は飯田ちゃんを警戒して一番遠い5階に置くだろうからそこから当たるわね。あとはなんとかばれないようにして核を捕獲してみるわ」

「実に妥当な提案だな。俺が猪地くんを振り切って上階に向かえれば更にベストか。二人で核に向かった場合は梅雨、ちゃんが陽動で注意を惹いている間に俺が全速力で核にタッチする」

「良いと思うわ。何とかまとまったわね」

「後は離れた場合のこまめな通信は欠かさないように」

「了解だわ。飯田ちゃん」

 

 爆豪くんのような会話を碌にしそうにない者や、こういった細かい相談ができなさそうな者、猪地くんのように時折衝動に任せてしまいそうな者がパートナーではなくて本当に俺は幸運だった。彼女は実に理知的で、協力的だ。

 

 そしてすぐに五分(スタート)が来た。

 


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