英雄の境界   作:みゅう

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リアルで色々あり一年も滞っていましたが、ようやく戻って来ました。
再びお付き合い頂けましたら幸いです。


第42話 NEW LIFE

「おはよう、天哉」

 

 その挨拶はいつもよりも少しゆっくりと。声をか細く震わせながら、彼女はそう俺に声をかけた。

 彼女の瞳から溢れ出す雫が、俺の頬に降り注ぐ。

 何故、彼女がそんな顔をしているのか。そんなこと思い返すまでもなかった。

 

 全部俺だ。弱かった俺のせいだ。

 きっと彼女は全てを尽くして俺を救けてくれたのだろう。

 

 痛みはない。だが、酷い倦怠感で指一本動かすことも、言葉一つを投げ返すこともできそうになかった。泣きはらした顔をただ延々と眺めるだけだ。

 

 なんて様だ。

 

 救けてもらった感謝よりも、彼女が無事なことへの安堵よりも、生き返ったとしか言い表せない状況への困惑よりも。

 

 どうしようもなく情けないこの醜態への憤りが俺の脳裏を支配していた。

 

 君のその声を、その顔を。

 俺は戒めとして、この先一生忘れることはないだろう。

 

 こうして俺は襲い来る睡魔と倦怠感の波に身を委ね、一つの夜が過ぎ去った。

 

 

 

 

     ×          ×

 

 

 

 

 淡い花の香りと済んだ柑橘の香るふわりとした空気に包まれた室内。

 居心地のいい空間であるはずなのに、どこか落ち着かない。

 一生忘れ得ぬ体験をしたあの喧噪から一夜明けた今も、これが現実なのだという実感が持てなかった。

 

 何せ、俺は胴体を断たれて一度死んだはずなのだから。

 

「ほらっ、一丁剥けたよ。心操くん、コレ運んで」

「相変わらず早ぇ。やっぱ器用だなお前」

 

 俺と緑谷くん、轟くん、そしてマニュアルさんの4人が押し込まれた病室に、聞きなれたキビキビとした声が耳に届く。

 

「包丁さばきに裁縫は手先の訓練にいいからね。医者志望としての嗜みだよ」

「ふーん、意識高いな」

 

 軽度の打撲で済んだ心操くんと自力で超回復した巡理くんの二人は見舞いに来ているという名目の下、実質的には朝からこの部屋に軟禁状態となっている。あまりにも今回の俺たちは事件に深入りし過ぎたからだ。

 入試の事故、雄英襲撃事件、そして今回。俺たちの周りがこれから騒がしくなることは火を見るよりも明らかだった。

 

「その言い回しはディスってるように聞こえるんだけど」

「普通に誉めたつもりだったけど、そう聞こえたなら悪い」

「なら良いけど。ありがとね」

「峰田君だったら問答無用でアイアンクローなのにどこで扱いの差が…」

「聞こえてるんですけど、そこっ!」

「ひぃっ、ごめんなさいっ!」

 

 不機嫌モードに切り替わりかけた巡理くんの気迫に押されて、すぐに緑谷くんが頭を激しく横に振る。

 

「巡理くん、変に威嚇するんじゃない。萎縮してるだろう」

「威嚇してませーん」

 

 それを指摘してみれば彼女は目を伏せ、唇を少し尖らせて、拗ねたようなフリを見せる。見慣れたいつものよくある光景だ。

 

「ほんとアイツらは……マニュアルさん、どうぞ」

「うん、ありがとう。俺は一つでいいから」

 

 敵連合の首領である死柄木との交戦で片腕を失くしたマニュアルさんはそう言って、可食部だけを切り抜いた半月型のオレンジをもう一方の手で掴んで被り付く。

 

「じゃあ、そこの自爆技コンビにあげてくれる?」

「わかったけど、やっぱ素で時々……いいや何でもない」

 

 心操くんは何かを言いかけて辞めたが、名指しされたらしい轟君が抗議の声を上げる。

 

「猪地、今回の話だけでその括りは不本意なんだが」

「火傷に凍傷に粉砕骨折のトリプルコンボを自分でやっちゃった人が何言ってんのさ」

「うっ」

「ぼ、僕は最近はフルカウル中心で、100%は本当に必要なときにしか使ってないし」

「それはわかるが、指や腕の数を残弾数と思っているような節が見て取れるのだが、それは良くないと思うぞ。ステイン戦で身を挺してくれたのは助かったが今後は……」

 

 俺の口にオレンジが突如押し付けられ、巡理くんに強制的に黙らされてしまう。じゃれるような軽口の時とは違い目が完全に笑っていない。

 

「天哉?」

「飯田君」

 

 巡理くんだけではなく緑谷くんまでが、じっとりとした目を俺に向ける。そして見事なシンクロで言った。 

 

「君が言うなよ」

 

 命をベッドし、そして一度全てを失ったはずの俺に言えることはもう何もない。

 黙って頷き、よく咀嚼することもなくオレンジを飲み込んだ。

 

 気まずい沈黙がいくらか続き誰もが次の言葉をどう発するか、四苦八苦していたであろう頃に病室のドアが開き客人たちが入って来る。あれは面構所長とピクシーボブとエンデヴァー、そして確かあの小柄なヒーローは────

 

「グラントリノ! おはようございます」

「おっ、元気でやってるか小僧」

「おはー!みんな集まってることだし、これからちょっと真面目なお話の時間だニャン」

 

 

                     ×      ×

 

 

 

 今後の事件による俺たちの処遇について面構所長を中心に話があった。まずはヒーローではない俺たちが個性の使用を行った件について。ピクシーボブ及びエンデヴァーの指示下で緊急使用許可を得ていた俺と巡理くんについては本人はお咎めなし、しかし該当ヒーロー2人についてはそうはいかずしばらくの間減給となるそうだ。

 

 また直接敵連合に標的とされたと思われる轟くんとその場に居合わせた心操くんは、無許可での個性による戦闘を行ったものの、正当防衛の適用範囲にあたると判断され厳重注意のみで済んだが監督者のマニュアルについては減給及び教育指導の免許停止。ただし本人がヒーローとして復帰できるかそのものが

定かではない状態なので、もしかすれば処分が変更の可能性もあるとのことだ。

 

 そして緑谷くんについては、完全に独断で俺たちの救援に来てしまったので状況が違う。状況が状況だけに特別処置として面構所長が緑谷くんの情報を握りつぶすようだが、グラントリノは教育権はく奪されるようだ。

 

 面構所長による個性使用に関する厳しい指導があったものの、事件解決に尽力したことに関しては大きく感謝され、一旦この話は収束することになった。

 

 しかしその後別室に再度俺は呼び出しを受けることになる。俺以外に部屋に集まっているのは巡理くんに緑谷くん、ピクシーボブとグラントリノの5人だ。

 

「なんでこのメンバーだけ集まってるかわかるわね。オラシオン」

「……はい」

「もう一度言うけれど天哉の身に起きたことは絶対に秘密よ。外に漏れたときの影響なんて賢い貴方たちなら十分わかっているでしょ」

 

 死者蘇生。もはや個性と呼べる範疇を超えたと言っても過言ではないかもしれないほどに大きな能力。何を捧げても、犠牲にしてでも求められるような力だ。

 

 似たような力を持つと噂されたエンドレスの経歴を鑑みれば、多くの困難が待つことは容易に想像できた。

 

「この件を共有しているのは俺らの他にはお前らの学校の校長と担任そしてボディガードだけだ」

「心操くんはなぜ呼ばれて居ないのでしょうか?」

「彼は復活の瞬間を見ていないからね。祝福を使ったと誤魔化しているわ。それも不味い言い訳だから口外禁止してるけど」

「小娘の力とバレるよりマシだからな。現に祝福に関する噂は以前より活発だ。あの事件で相当出回ったらしい」

「そもそも彼女のやらかしは私のチームメンバーにも言ってないからね。それぐらい重いってことまずは理解して頂戴」

「はい。それからグラントリノ、質問良いですか?」

「話の途中なんだが、まぁいい。なんだ言ってみろ」

「私の状況を先生たちに知らせるのはわかりますけど、ボディガードって一体どういうことですか?」

 

 珍しく恐々と挙手をしながら訪ねる巡理くん。

 

「おおよそ想像通りだろうよ。お前さんに関しては今後自由が一部制限される。ボディガード付きでな。メビウスのところの護衛も実際役に立たなかったこと、敵連合にワープ能力持ちが居て生徒を直接狙って来た実績があることを考えれば当然の処置だ」

「ボディガードってそんな、それじゃあ私は……」

「そうです、彼女の自由はどうなるのですか!」

「安心しなさい、ボディガードは私とグラントリノが務めるわ」

 

 少し背伸びをして巡理くんの頭を撫でながらピクシーボブはそう言った。

 

「あともう一人は秘密だが、安心しろ。俺が世界で一番信頼している奴に任せることになっている」

「私も知らないんだけどね。あの校長があそこまで言い切る人物はそういないと思うわ」

「グラントリノと校長が一番……、うん、それなら安心だ。きっと安心だと思うよ!」

「なんで根拠もなく緑谷くんがそう熱く語るかな」

 

 眉をひそめて巡理くんが言うと緑谷くんは急に口を閉じて露骨に目を逸らす。

 

「それで実際ボディガードってどうするんですか。流石にメビウスみたいにストーカーまがいのことは無理ですよね?」

「そんなのナンセンス。普通に共同生活を送ればいいじゃない!」

 

 人差し指を天に向け、なぜか急に声のテンションを上げるピクシーボブ。話の雲行きが何か変な気がしてきた。どこかこの感じは既視感があるのだが、うまく言語化できない。

 

「ウチ、ぼろいし狭いですよ? お湯も沸きにくいし」

「ろくに守れない場所を拠点にするわけないだろう。一軒家丸ごと借り上げる」

「丸ごとよ! そして偽装家族として活動するのよ。むふーっ!」

「偽装家族って言っても姉妹と祖父役だけって言うのもちょっと妙じゃないかなぁって私的には思うんですけど」

「旦那様役がいるに決まっているじゃない!」

 

 妙な雰囲気だと思ったらそういうことかと一言で納得がいった。目の輝きが明らかにいつものパターンだ。

 

「しかもね、すーっごくモテる人らしいのよ。結構年齢的には離れちゃってるけど、イケオジもありね。ありだと思うわ!」

「ピクシーボブってこんな人だったんだ。確かにプロデビュー年を考えれば無理も……」

「心は18!!」

 

 必殺猫パンチが見事に緑谷くんの頬に炸裂し、景気の良い音が響き渡る。

 

「緑谷くん、女性に、得に彼女には年齢の話は禁句だぞ。今後は気を付けたまえ。俺もきっちり指導されたからな」

「いたた、そういうことはもう少し早く言って欲しかったな」

「すまなかった。俺としたことが情報共有の徹底を怠るとは。不覚! 他に気を付けることと言えば婚期の」

「シャアラップ!!」

「ぐはっ!!」

 

 みしりと、重量感のある膝蹴りが鳩尾にめり込む。腰の入った良い蹴りだ。流石はプロヒーロー……

 

「天哉が浮いたっ!?」

「ピクシーボブ。その辺にしておけ。話を進めるぞ」

「オラシオン、引っ越しは日曜だからサクッと帰って荷物まとめといてね。そこの男二人も使っちゃって」

「えぇ、日曜っていくらなんでも急すぎだし」

「こういうのは急ぐに越したことはない。それにこの病院に長く留まるのは良くねぇ。マスコミが集まり始めた。昼イチで脱出させるからな。まずは病室の荷物すぐにまとめとけよ」

 

 難色を示した巡理くんを合理的な説明でグラントリノが説得する。

 

「なるほど、確かにそうですね。では早急に片付けるぞ二人とも!」

「人の話は最後まで聞け」

「はっ、すみませんでした。なんでしょうか」

「これから住居の警護は俺たちがやるし、雄英はかつてない厳戒体制だ。ただそれでもヒーロー達が付いてやれない状況は少なくない。それにプライべートの外出まで露骨にコイツ一人だけ制限したり、張り付いての警護は現段階じゃ色々な縛りで難しい状況だ」

「そこで君たち二人よ」

 

 ピクシーボブが俺と緑谷くんを指名する理由。

 

「僕たちがですか。つまりそれは」

「現時点で巡理くんとのプライベートの交友が常日頃あって、事情も知っていて」

「そして立派な足があるわ」

「余程の速度特化の個性でもない限り、プロでも足の早さじゃまず負けんだろう」

「でもそれって暗に僕たちに……」

「個性を使えと、そう仰るのですか」

 

 俺たちの問いにプロ二人は首を縦に振った。

 

「ええそうよ。でも何があろうと逃げること。これだけに専念して頂戴。戦闘して危害を加えるのは持っての外よ。あくまでも自衛、逃走の範囲なら法のギリギリを攻めれるわ」

「承知しました。問題ありません」

「そういうことなら僕も」

 

 そう返した俺たち二人とピクシーボブの間に巡理くんが割って入って来た。

 

「ちょっと待って。勝手に話が進んでいるけどさ、私のことで二人の将来になんかがあったら私申し訳ないというか、責任取れないというか、そのっ」

「なぁ、巡理くん。君は勘違いしているぞ」

「うん、僕も同意見だ」

「俺は今の提案に納得した上で、自分の意志で君の救けになりたいと思っている。副委員長だとか、返しきれないほどの恩だとかの建前は抜いた上の話でだ」

 

 俺の言葉に頷いた緑谷くんが後の言葉を続けた。 

 

「それに友達を救けるのは当然だろ?」

「そうだ任せたまえ。これでも俺たちはヒーロー志望だからな」

「知ってるよ。充分知ってる。二人ともヒーロー馬鹿なんだから」

 

 俺と緑谷くんの胸元に握り拳をグッと押し込みながら巡理くんは言った。

 

「くーっ、アオハルしているところ悪いけど、私たちだって何も考えていないわけじゃないのよ。個性を使っちゃいけないなら、堂々と使えるようになればいいじゃニャイ!」

「要するにだ。お前たちには通常より1年前倒しで今年の秋口に仮免試験を受けてもらう。まぁ他のクラスメイトも受けさせることになったらしいがな」

「そういうことならば安心しました。そういう背景があったのですね!」

「安心? 君は何を言っているのかしら。特にキティたち三人は絶対に落とせないからね。みっちり扱くわよ」

「それはあのブートキャンプよりもでしょうか?」

「天哉、その問答に意味があると思ってる? それよりも今すべきことを復唱しなさい」

「はい、いいえ。今なすべきことは早急に病室の荷物をまとめることです」

「よし分かったなら解散。引っ越し先の住所は後で送るわ。以上!」

 

 こうして仮免試験という新たな目標と、巡理くんの新生活準備という課題を得て、俺たちは保須の街を去ることになった。

 

 ステインの逮捕による世間への影響、轟くん単身を狙った死柄木の不可解な行動と意味深な言葉、脳無による甚大な破壊の爪痕、噂が先行する祝福の薬の行方、そして俺の意識に入り込んだ兄さんの声と、覚醒した巡理くんの個性。

 

 あまりにも多くの出来事が起き、そしてそのほとんどが未解決のまま時が過ぎていく。

 俺たちはベストを尽くした。やれることはやり通した。

 

 このときの俺たちは、全てを拾えるほど手が大きくはなかった。

 ただそれだけの話なのだ。

 

 

 

 




巡理、新家族生活編始まります。
3章からオリジナル要素が強くなると告知していた理由の一つです。

心操くんの呼び出しメンバー除外に関して追記しました

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