英雄の境界   作:みゅう

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昨晩に続き勢いのあるうちに連続更新です。


第43話 新たな家族

「すごい、これが私の部屋なんだ」

 

 引っ越し先での作業を始めて1時間、私はふっかふかで心地よい背もたれの椅子に体重を預けながら感慨に浸っていた。 

 

 なにせ机がある。リサイクルショップで買ったちゃぶ台じゃない、ちゃんとした勉強机がある。カラーボックスじゃない背の高い本棚だってしっかり備わっている。しかもスライド式でいっぱい収納できるやつだ。

 手持ちの医療本がすっぽりと収まったどころかまだ七割ほど余裕もありそうだ。

 

「巡理くん、手元の明るさはどうだ?」

「うん、その角度と明るさ良い感じ。そこで固定してくれる?」

「承知した」

「今日は色々とありがとうね。天哉。お礼に晩御飯は美味しいの作るから期待してて」

 

 作業がここまで順調なのは天哉と緑谷君が手伝ってくれているのも大きい。天哉は新しい家での作業を、緑谷くんは元の部屋の最終清掃を引き受けてくれている。本当に二人には頭が上がらないな。

 

 医療本関係以外は、他の人と比べて元々持ち物が少なかったから引っ越しは大した作業じゃなかった。お気に入り以外のものは、茶子ちゃんに譲り渡したり中古ショップに引き払ったし持ち物は実際半分くらいになっていた。とは言え、あまりにも時間がない中、さっとガス屋さんに連絡付けてくれたり、みんなに手伝ってもらって色々と助かった。

 

「それでは期待するとしよう。ピクシーボブ、じゃなかったここでは流子さんも意気込んでいたからな非常に楽しみだ」

「へぇ、お姉ちゃんも料理上手なんだ」

「あぁ、特にこの前の天ぷらは衣の具合が絶品だったぞ。仕事の関係上、山の幸を使った料理は得意らしいから君の職の好みにも合うんじゃないか?」

「何それ素敵!」

 

 どことなく生活力低そうなイメージがあったけどそれは杞憂だったみたいだ。私一人で4人分のご飯を作り続けられるか心配な部分があったから、ちょっとほっとしている。

 

「天ぷらかぁ。油をいっぱい使う料理なんて贅沢は避けていたから、私には未挑戦の領域だ。この機会に師事してレパートリー増やそうかな。晩御飯作るときに色々聞いてみよっと」

「うむ、それが良いだろう。災害救助の現場では炊き出しもあるし、どうせ作るなら美味しいものを作れるようになっておけと、プッシーキャッツの面々が言っていたからな。君の目指すヒーローの先達が傍にいるのは良いことだろう」

「そうだよね。私、プッシーキャッツの人と暮らすんだ。しかもお姉ちゃんだよ。すごくない、すごくない?!」

 

 私は今、人生の絶頂期にいる。築三十年越えの6畳間の1K住まいから一気にピカピカの戸建てにランクアップ。しかも憧れの人が私にお姉ちゃんと呼べだなんてさ。もうこれはファンとして感涙ものだよ。きっと今の私は緑谷くんみたいにふやけた変な顔をしているかもしれない。

 

「すごいな」

「今の返事、ちょっとおざなりじゃない?」

「そんなことはないぞ。それよりこっちの段ボールの中身も順に整理していこう」

「本当に? まぁいいけどさ。よしっ、サクッと詰めて行こうか」

 

 後はトレーニング機材や、小物類や洋服類ぐらいだ。まずは重量のあるトレーニング機材をって──── 

 

「タンマ! それはいいから、元に戻して!」

「そうか、ならどれからいけばいい?」

 

 危なかった。私の体操服を手に持った天哉がクローゼットに直そうとするところだった。体操服は全然いいんだけど、その下は確か下着類を入れていたはず。

 

 見てないよね……見てないかな。いや、天哉のことだ。見たとしても風景の一部として流してしまいそうだ。むしろ、このままストップをかけなかったら悪気なく普通に手に取っていそうな気さえする。

 

 あの生真面目男、十分にあり得るから怖い。普段はそういう嫌らしさがないのがありがたいんだけど、一周回ってデリカシーのない領域に踏み込んで来そうだから私が天哉をコントロールしないと。

 

「そ、そっちの箱に文具が入っているから直していってくれる?」

「承った。最高に使いやすい配置に整理しようじゃないか」

 

 出た。よくわからない天哉の小さく前に習え、それの左右フリフリバージョン。とりあえず気合が無駄に入っていることだけは十二分に伝わってくる。

 

「あ」

 

 トレーニング機材が先だった。

 

「どうした?」

「ううん、なんでもない。ただの思い過ごし」

「ならばいいが。では迅速に作業を進めるとしよう」

 

 もう。なんでこうさ、ぐちゃぐちゃになるんだろう。

 

 

 

   

 

              ×         ×

 

 

 

「猪地さん、すごいね。これ全部君が作ったの?」

 

 リビングテーブルに並ぶのは普段じゃ考えられないご馳走の数々。ミネストローネに、ツナ入りのオリーブドレッシングで和えた野菜たっぷりのサラダ。即席のピクルスを添えたハーブチキンソテー。

 

「お姉ちゃんと2人でね。緑谷くん今日はありがとうね。たくさん食べて行ってよ」

 

 お店で出てきそうなくらいすっごくおしゃれなご飯だ。今日の私は下ごしらえや灰汁取りに専念し、味付けや盛り付けはお姉ちゃん主導だ。こんなレシピを知っているとは流石大人の女性だ。気合をいれるときの料理をわかっている感じがする。

 

 特にエストラゴンとか何それってハーブを使いこなすとか本当にすごい。XYZクッキング教室に毎週通って覚えたんだって。私も後で検索してみようかな。

 

「うん、お腹すいちゃったし遠慮なくごちそうになるよ。すごく美味しそうだ。グラントリノもそう思いませんか?」

「食欲わかねぇし、俺は冷凍たい焼きだけでいいんだがなぁ」

「だめよ。栄養が偏るのは健康にも美容にも良くないわ!」

 

 背を向けてリビングから去ろうとした、ぼやくお爺ちゃん一喝するお姉ちゃん。強い。

 

「おじいちゃん、初めてみんなで食べるご飯なんだからさ、ちゃんと食べてよ」

「そうです。巡理くんと流子さんが心を込めて作ったのですから、食べるのが礼儀ではないのですか」

「そうですよグラントリノ。僕と飯田君はともかく、このメンバーでの初めての団欒なんですし」

 

 ちょっとこのお爺ちゃんは私生活では中々癖が強そうだ。でもスタートはしっかりと切りたいじゃないか。そんな私の想いに応えて、天哉と緑谷くんも私の援護射撃に加わってくれた。ナイスフォロー!

 

「わかった。食えば良いだろう。それにしてもアイツは遅いな。まだ来んのか小僧」

「もうすぐ来るって言ってましたけど。あ、インターホンが鳴ったから来たのかも。僕開けてきます」

 

 しぶしぶ座ったお爺ちゃんに急かされ、緑谷くんが小走りで玄関に向かう。

 

 そして帰って来た緑谷くんと共にリビングに入って来たのは意外というか、すごく腑に落ちる人物だった。

 

「なるほど、四人目ってオールマイトだったんだ」

 

 何気なく、本当に何気なく私はそう言ってしまった。

 麦茶の配膳に半分気を取られていたせいで、入った人物の顔をしっかりと確認しないまま言ってしまった。見ていれば、絶対そんな迂闊なこと言うはずなかったのに。

 

「い、猪地少女。君は何を言ってるんだい?」

「何って──────あ」

 

 場の空気が凍り付いた。

 

 私の目の前に居たのは筋骨隆々な陽気な劇画風のおじさんではなく、今にも風に吹かれて倒れそうな骸骨じみた痩せぎすのおじさんだった。

 

 でも髪型とか、独特な呼び方とか全然隠せていない。そもそも私は身近な人なら波長で誰かわかるから、目の前のおじさんがどう取り繕ったところで隠し通せるはずもなかった。そもそもその独特の波長で判断して私は失言してしまったのだから。

 

 お姉ちゃんと天哉は突飛もない私の言動に戸惑っているのだろう。そして緑谷くんはいつものパニック状態だ。やっぱりこの顔は知ってたね。全然隠せてない。当のオールマイト本人も似たような挙動だ。やっぱりこの二人、実は親子だったりするのだろうか。

 

「お爺ちゃんはさ、知ってたって顔だよね?」

「お前は自分の考えに自信があるようだな?」

 

 私の問いには答えず、そう私に質問を返してきた。プロヒーローとしての本気の目線だ。さっきまでのおちゃらけた我儘老人はどこにも居ない。

 

「個性で。生命力の波動みたいな第六感ってやつで個人の識別ができるんだよ。片っ端から覚えてるわけじゃないけど、身近な人とか特徴的な人なら目をつぶっててもわかる。特にオールマイトは絶対にごまかしの効かないくらい特徴的だから絶対に間違えないよ。自信がある。口に出しちゃったのは完全に私のとちりだけどさ」

「適当に言っているわけではなさそうだな。これは誤魔化しきれんぞ俊典」

「ええ、そうみたいですね。いやはや参ったな。まさか初日で見抜かれてしまうとは。ここは称賛するとしようか。流石の洞察力だ猪地少女」

 

 そう言った瞬間、骸骨おじさんが劇画おじさんに大変身した。なにこれ……筋肉系の個性? でも筋繊維とかは変わってない、というか力んでるだけだ。なにこれ、本当になにこれ。

 

「ちょっと、流子さん!?」

「飯田君!」

 

 びっくり大変身に耐えきれなかったお姉ちゃんが口にしていた麦茶を噴き出して天哉の眼鏡が大惨事になっていた。緑谷くんが慌ててティッシュをとりに行って、てんやわんやだ。

 

「多分お爺ちゃんと緑谷くんは知ってたよね。オールマイトと二人はどういう関係?」

「緑谷少年は偶然この変身するところを見られてね。それからグラントリノは私の師匠の相棒だったお方だ。それに雄英の教員として私の指導にあたっていたこともある人だよ」

 

 隠し子、とは言わないか。それとこれは別問題だし、ここでの追及はやめにしよう。

 

「なるほど。お姉ちゃんは知らなかったんだよね。一応聞いておくけどなんて聞かされていたの?」

「ヒーロー事務所にお勤めの事務員さんって聞いてたわよ。凄腕のヒーローがもう一人フォローに入るっては聞いてたけど、オールマイトなら私なんか要らないとも思ったけど……でも」

 

 お姉ちゃんが言いたいことはわかる。また痩せぎすに戻ったオールマイトは一般人どころか、どう見ても長期入院患者みたいな顔色だ。私のような個性を使わなくったってわかるだろう。

 

 私はもっとわかる。どんなに取り繕っても誤魔化せない。なんでこの人が雄英で教師をやることになったのか。どう考えても療養のためだ。母校であり、リカバリーガールのいる環境ならばうってつけだ。

 

 そして私はそんなオールマイトのことをずっとわかっていた。いつか校長かリカバリーガールが私に言ってくるのだと思っていた。オールマイトの治療を手伝えと。

 

 でも実際は違った。そんな素振りは誰も見せなかった。USJの後、弱り切っていたときでさえ。ひねくれものの私は意地の悪い質問を自然と口にしていた。

 

「ねぇ、オールマイトが一緒に住むのは私の個性をあてにしているんでしょ。ここなら家族以外の人目もないし、おじいちゃんっていう凄腕の護衛もいるんだから治療にはバッチリの環境だよね」

「それは違う断じて違うぞ」

 

 弱々しい声で。それでも彼はきっぱりとそう言い切った。

 

「巡理くん、落ち着きたまえ」

「天哉、落ち着ける? 死にかけの人がずっと私の目の前に居て、みんなにも黙っていて、私にはできるのに、救けになれるのに何もできないこの状況で天哉なら落ち着ける?」

「彼女はこんな風に言っていますが、オールマイト貴方を責めているわけではないんです。だから言ってくれませんか、治療を手伝ってくれと。もちろん根回しやリカバリーガールとの調整はいるかと思いますが」

「そうですよ、オールマイト。僕も貴方には元気でいて欲しいんです。僕にできることはなんでもやります。だからっ!」

 

 天哉と緑谷くんが私に加勢してくれた。生きて欲しいという思いは人間なら当然なんだ。だから生きることを諦めたような姿勢は、見せないで。お願いだから見せないでよオールマイト。

 

「お願い、オールマイト。私頑張るから。一生懸命頑張るからさ、一言だけ言ってよ。お願いだからさ」

「猪地少女」

「少女って呼ぶなよ! 仮にも貴方は私の兄さんになるんだから、そう他人行儀にならないでよ。私は嫌なの……うっ、家族が、居なく、なるのは……もう」

「少し飲んで落ち着こう。ゆっくり、な?」

 

 天哉が差し出した麦茶を、少しずつ飲み込み、そして呼吸を整える。

 

「生きてよ。生きたいって言ってよオールマイト」

 

 そうじゃなきゃ、なんのために私はここに居るの。

 

「巡理、私も君をそう呼んでいいかい?」

 

 暖かな手が私の両肩に触れた。小さく震える虚弱な手が。

 

「うん」

「ここでの生活は仮初のもの見せかけだけ、そう考えていたが私の間違いだったようだ。これからの私は君を一生徒としてだけではなく、家族の一員としてあろう、心から。そうなるために努力しよう。ここに並んでいる料理だけでも君がそう考えてくれていることは痛いほどに伝わってくる」

「そうだよ。私もお姉ちゃんも頑張ったんだよ。見てよドレッシングも手作りしたんだよ」

 

 私がドレッシングを取ってみせると、それを受け取ったオールマイトは────兄さんは隈で澱んだ瞳をわずかに輝かせてこう言った。

 

「そうか、それなら味わって食べないとな」

「私、頑張って作るから、たくさん食べれるように治そう?」

「もちろんだ。約束しよう。私は生きることを最後まで諦めないと。だから少しだけ手伝ってくれるか?」

「当然だよ、家族でしょ!」

 

 パン、と乾いた拍手が一つ鳴った。

 

「はい、湿っぽいのは終わりニャ。温かいうちに食べましょ! せっかくのソテーが冷めちゃうわ」

「そうです。作った二人のためにも一番美味しいうちに食べなければ! さぁ席に着きましょう!」

 

 お姉ちゃんと天哉が着席を促し、場の空気を変える。

 

「それじゃあ、みんなで言うわよ」

 

 頂きます、と手を合わせ楽しい団欒の時間が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして私たちは家族になった。

 私と、流子お姉ちゃんと、俊典兄さんと、空彦お爺ちゃん。そして後から加わる愛しいもう一人。

 あっという間に過ぎ去ったここでの5人の生活。

 

 この思い出を私はこの先きっと一生忘れることはないだろう。

 

 




ようやく出せたオールマイト復活に向けての第一歩。
回復系個性持ちの物語なら王道ですよね。

次回心操くん編です。

23日追記
心操くんの呼び出しメンバー除外について前話追記しました。

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