英雄の境界   作:みゅう

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久々の飯田君回


第46話 祝福の影

 職場体験明けの月曜の放課後、俺は巡理くんと八木さんことオールマイトと共に彼女の家へと向かっていた。ちなみに今朝もこの三人で登校している。

 

 ピクシーボブとグラントリノも各種手続きなどの家庭状況やこれまでの仕事の整理が落ち着き次第、雄英の職員として勤務することになっているようだ。グラントリノは過去一年間だけ雄英の教師として活動していた実績もあったことは意外だった。もっとも保須の件の処分で教師としての資格をはく奪されてしまったようなので、教師以外の形にての採用の方針とのことだ。

 

「しかし、本当に君の家を借りてよかったのか? 引っ越ししたてで落ち着いていない中だというのに」

「だって、学校からめっちゃ近いじゃん。それに関係者はほぼ家のメンバーだし、防諜体制も整っているでしょ」

「そういうことさ飯田少年。だから気兼ねする必要はないぞ。流子君も朝から張り切って家事をしていたからな」

 

 そんな雑談をしていたらあっという間に巡理くんの家に着いてしまった。

 

「ただいまー!」

 

 玄関のドアを開けるのとほぼ同時に伸びやかな声が響き渡る。元々かなり気分屋な彼女だが、今はまさに絶好調といった具合というのが手に取るようにわかる声だ。そして奥の方から「おかえりー」というピクシーボブの声が返ってくる。

 

「只今。さ、君も中に入りたまえ」

「それではお邪魔します」

 

 俺とオールマイトも巡理くんの後に続く。玄関口で足元を見ると、よく見慣れたデザインの靴が並んでいた。そしてリビングを開けると────

 

「よっ、先にお邪魔してるぞ。うん、その顔色なら大丈夫そうだな」

「あぁ。俺はこの通り元気だよ兄さん。そっちこそもうバッチリみたいだね」

 

 そこにはヒーロー殺しに襲われる前と何ら変わりのない、いつも通りの天晴兄さんの姿があった。なんの力みもない笑顔に俺は安堵の息をわずかに漏らす。

 

「はじめまして。天哉くんのクラスメイトの猪地巡理です。いつも天哉くんにはお世話になってます」

「天哉の兄の天晴だ。そう畏まらなくていいよ。こっちこそ天哉が生真面目過ぎて色々迷惑かけてるんじゃないか?」

 

 兄さんが俺の頭をわしわしと撫でながら言うが、少々心外だ。

 

「わかってくれます? こう、走り出すと修正効かないし、ぶつかんなくていいところでぶつかって事態をややこしくするし」

「巡理くん、その言い分は一方的だと思うぞ。君の方こそ無暗に爆豪くんや相澤先生と諍いを起こしているじゃないか。瀬呂くんや耳郎くんあたりは俺のことを君の飼い主扱いし始めていて、正直困惑しかないのだが、君からも一言言ってくれないか?」

「響香ちゃんもか……」

「メグと天哉、どっちもどっちと思うけどな。それよりお客さん来てるんだから、続きはまた今度ね」

 

 俺もおそらく巡理くんも抗議したい部分があったが、店じまいといわんばかりにピクシーボブに手を鳴らされてこの議論は一度収束してしまう。

 

「はーい。お姉ちゃん、そういえばお爺ちゃんはまだ部屋なの?」

「そうそう。さっき起こしに行ったんだけど、お昼寝から起きなくてね。俊典さん、呼んで来てもらっていい?」

「わ、私が師匠を? 起き抜けのあの方は……いやしかし巡理には任せられんし、止むを得まい」

 

 正体を明かしていない兄さんが来ているため、帰宅直前に筋肉隆々な姿に戻っていたオールマイトからそんな言葉が出てくるのはなんとも以外だった。

 

「ささ、二人とも席について。インゲニウムは天哉と同じオレンジジュースでよかった?」

「それでお願いします」

「お姉ちゃん、私絞る!」

「じゃあお願い。私はお茶淹れておくから」

 

 まだ共同生活が始まったばかりではあるが、二人のやり取りや表情を見るにすでに巡理くんはピクシーボブにかなり懐いているようだった。

 

「ようやく揃ったな。お、たい焼きがあるじゃねぇか」

「揃ったじゃないでしょ。一番最後がお爺ちゃんだよ。それから天晴さん、お土産ありがとうございました」

「引っ越し祝いには安すぎるけどね。この前お見舞いももらったし、気にしないでくれ」

「じゃあ遠慮なく頂きます」

 

 そうお礼を言って、巡理くんは俺の隣に座った。復帰後の天晴兄さんとの再会がこの場所で行われたのには大きな意味があった。

 

「うし。食べながらでもいいから始めるとするか。特に俊典は事情に疎いところもあるからなインゲニウムお前が仕切ってくれ」

「それでは僭越ながら始めさせてもらいましょう。治療系個性能力者の連続失踪事件、および祝福(ハレルヤ)との因果関係について」

 

 兄さんが切り出したのは、保須市で兄さんが品指示に施された非合法治療薬、祝福(ハレルヤ)についての会議だった。様々な情報が錯綜しているため情報の整理の場が設けられた次第だ。この家で開催されたのは、雄英に準じるレベルでの傍聴対策が施されていることと、関係者の半分の住まいであることが理由だ。

 

「ちょっと長くなりますが。まず祝福(ハレルヤ)について。これは保須市を含む関東地区から東海地区にかけて最近流行り出した非合法ドラッグの一種です。効能はケガや病の治療、場合によっては不老不死をうたっていることもあるようです。形状はバラバラで粉末、錠剤、そして俺が投与されたように注射を用いるタイプもあるようです。そして効能もピンキリで、即時に切り傷が修復するようなものもあれば、骨折の治療期間が半減したものもあれば、効果が見られないかわかりにくいほどに薄いものもある。そして別人格があらわれるなどの精神面への影響もまれに存在する」

 

 兄さんの言葉に皆も頷きながら話が進んでいく。ここまでは前置きでありここからが本題だ。事前に兄さんと電話で打ち合わせしていた通りに俺が次の話を始める。

 

「あのときの兄は多重人格なんて生ぬるいものではありませんでした。そして今まで俺は黙っていましたが、兄さんが復活する直前の人格、いえ人物と対話をしています。彼女は間違いなく兄さんとは別の記憶をもった別の人間の精神でした」

「天哉、ちょっとそれ私聞いてないよ!?」

「俺が天哉に黙ってもらうようにしていたんだ」

「巡理くんすまない、ここからがもっと重要なんだ。俺が出会った別人格は『猪地恵』と俺にその名を明かした」

「で?」

 

 彼女から発せられたその一音には尋常ではない怒りの念が込められていた。だが、会話の流れを切らないで聞く姿勢を見せ続けていることは幸いと言えた。

 

「巡理くん、これは俺個人の意見でしかないが君の母上は黒幕じゃないと思う」

「これは俺も同意見だ。インゲニウムとしても、祝福(ハレルヤ)の投与を受けた当事者としても」

 

 兄さんが俺の言葉にフォローを入れてくるので、俺は任せることにする。

 

「その根拠となる一つの事実として、祝福(ハレルヤ)は血液製剤のように人体の一部を元にした薬というのがDNA検査ではっきりしている。それも多数の人間だ。そしてその中に含まれているDNAの内の一部が、現在行方不明となっている治療系個性と合致している。君のお母さんのDNAは比較データがないからわからないけれど、治療系個性の頂点の一つだ。ここ数年失踪していることからも、人体材料の一つとしてどこかに監禁されている可能性が非常に高い」

「その人体実験の成果の一つが、私にそっくりの祝福(ハレルヤ)を配ってた双子だったりするの?」

「確信はないけれど、近い線を行っている可能性は高いと俺は思っているよ」

「おい、インゲニウム。可能性が高いって言葉を続けたからにはもうちょっとエビデンスを持ってんじゃねぇのか?」

 

 先ほどまで聞きに徹していたグラントリノが兄さんの言葉に対して切り込みをかけて来た。

 

「えぇ、俺が祝福(ハレルヤ)を投与されて多数の人格が現れていた時期、そのときの記憶は俺にはありません。ずっと他人の視点から夢を見ているような感覚でした。女性になったり、子供になったり、記憶があやふやなこともありましたが色々です。ですがその多くに共通した場面がありました。風景はバラバラでしたが何らかの研究施設に淹れられ、時折拷問のように体を切り刻まれるシーン。それがもしかしたら現実で起きていることかもしれないと考えた俺は、夢の中で見た風景の内、位置を割り出せた場所へと侵入を果たしました。そしてその結果がコレです」

 

 兄さんがカバンから取り出した書類に乗っているのは両腕を失い、細り切った男の顔写真。そしてその横には健康であったころと思しき頃の写真も添付されていた。

 

「治崎 廻ってあの死穢八斎會の大物でしょ!? なんでこんな姿に!」

 

 ピクシーボブにとってもこれは意外だったのだろう。俺はついこの前まで知らなかったが、この写真の男は巷ではオーバーホールと恐れられている有名な任侠らしい。

 

「俺があたりをつけた研究室に突入して保護したときはこんな状態だった。かなり強力な治療系能力者だったらしいと聞いている。他に保護した二人も似たような状態だったことで俺は確信を持ったっていうわけです。多分俺はあの三人の内の誰かの精神に一時的に乗り移っていたのだと」

「この件について詳しくなかった私でも、これがかなりきな臭い話ってのは理解できたよ。それにどうも嫌な既視感を覚える」

「お前もそう思うか俊典。俺も同感だ。もしかしたらヤツが関わっている。いや、そうでないとしても関わってくる気がするな」

「えぇ、後者だとは思いますが祝福(ハレルヤ)はヤツにとっても恐らく有用なはず。見逃すとは考えにくいですね」

「ちょっとお爺ちゃんたち、私たちにもわかるように話してくれる?」

「巡理、置いてきぼりにしてすまなかった。まぁ端的に言うとアレだ。私にとって長年の因縁の相手だよ。私が今まで戦ってきた中で最も強く、そして最も狡猾な男だ」

「そんでもって俺たち二人が考えている、敵連合の推定黒幕だ。アイツは俊典がキッチリとどめを刺したはずだったが、おそらくまだ生きている」

 

 基本的にヒーローはよほどのことがないかぎり、強力な敵相手でも殺人を犯すことはほとんどないがオールマイトは特にその傾向が強かったはずだ。そのオールマイトが殺人を、それも意図をもって行わなければならなかったほどの相手だと考えると、その想定黒幕がいかに強大な力の持ち主なのかが伺い知れた。

 

「だが生きていると仮定しても、体は万全ではない可能性が高い。これは、やられたかもしれんぞ。保須に現れた脳無の件、ヒーロー殺しの話題性でも、エンデヴァーの息子が狙いでもねぇ。その祝福(ハレルヤ)の回収って線はないか?」

「あり得ますね。だとするとまずい、非常にまずいです。もし既に奴の手に強力な効能を発揮するものが渡っていたら」

「オールマイト!」

 

 巡理くんの一声が、不穏な会話をし始める師弟二人の込み入った会話に水を注す。

 

「勝つよ。私が勝たせるから」

 

 力強い彼女の言葉。それはつい昨日の夜、オールマイトに生きていて欲しいと言った言葉に通じるものだ。

 

「巡理」

「絶対に勝つて信じてるから。だからそっちの心配はしないで話を戻そう」

「そうだな。少々脱線してすまなかった。インゲニウム、話を続けてくれるかい?」

「では、改めて。このオーバーホールたちを捉えていた組織の人間も逮捕をしましたが、データの回収前に火を放たれたせいで、研究の詳細は掴めず、また研究員たちもどこの組織の所属のものか決して口を割りませんでした」

「全然だめじゃニャイ」

「そう俺も思っていました。俺が覚えている範囲の中で見た光景からは他の監禁場所を特定するのは、資格情報が少なすぎてまず無理です。しかし一つの突破口のヒントを俺たちは得ました」

 

 兄さんの言葉を引き継いで俺が口を開く。

 

「これあ兄さん以外には初めて話したのですが、ステインと対峙して絶対絶命に陥った瞬間、俺は無意識化で兄さんの救けを求めました。すると俺の脳内に兄さんの声が響き、一時的に俺の体は兄さんが操っていました。最初は走馬灯のような俺の妄想かと思っていましたが、兄さんに電話したところ、兄さんもその瞬間、俺と同じ景色を共有していました」

「天哉、それすっごく大事なことだよね。私、それ初耳だし」

 

 巡理くんが俺の二の腕を思いっきり抓りながらそう言った。

 

「飯田少年、つまりどういうことが言いたいのだ? 全然話が見えてこないのだが」

「重要なのは俺が、俺の意志で能動的に兄さんの精神を俺の中に引っ張ってこれたことです。もし何らかの具体的な方法論が確立できれば、囚われている人たちの居場所を探知できるかもしれないと俺たちは考えています」

「確かに今までの症例のようなめちゃくちゃな人格の切り替わりとは違うよね。というかそもそも祝福(ハレルヤ)を使ったわけでもない天哉がなんでそんなことできるのさ?」

 

 最もな指摘だ。だが俺は彼女と出会ってから過去の新聞や書籍で調べてきた情報や、精神を共有した兄さんとの話合いの結果、一つの推論を導き出していた。

 

「兄さんが入院中、猪地恵と名乗る人格として俺と対話したとき、彼女は俺に個性を使用した。それも兄さんの体のままでだ。何かがおかしいと思わないか?」

「天哉や俺のエンジンのように身体的特徴に表れていれば特にわかりやすいけれど、個性はDNAに依存するというのが基本的な考え方だ。それに天哉の話じゃ、彼女の力でテレパスよろしく精神世界的なところで対話をしたらしい」

「しかも君の母上はその力を明らかに使い慣れている風だった。これが祝福(ハレルヤ)による影響だけとは考えにくい、そもそも俺は祝福(ハレルヤ)を飲んでいないしな。だけど一つの仮定があっていれば色々と辻褄が合ってくるんだ」

 

 隣で巡理くんがこちらを睨みながらオレンジジュースに口をつけている。

 

「猪地恵という人間の個性は治癒系個性能力者だが、もともとその中身が精神憑依系能力者であったならば。全部合うんだ。リカバリーガールより遥かに年下にも関わらず、他の医者たちと比較にならないほどに数の人間を世界各国で救えているのか。君より遥かに若い年齢の時から闇医者として活動できるだけの知識があったのか。表舞台から消えている間でも、何故か増えていく救済者の数の件も。黎明期の頃にかつてエンドレスという名の医者が存在していたことも。だから……」

 

 ぱりん、と何かが割れる音がした。その何かよりも隣で肩を震わせる彼女から俺は目を離せなかった。

 

「なんね、それ」

 

 声を荒げることもなく、巡理くんはただそう言った。

 彼女の瞳に宿るその色は、きっと怒りでも、悲しみでも、困惑でもない。

 

 

 それは────────俺への疑念だ。

  

 




オリジナル要素の説明回、まず半分ちょっと短めに区切りました。

新家族の明るい要素をふんだんに取り入れたはずなのに
着地点がきわどいところに。

どうして……(某電話猫風)。

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