時系列は小説版1巻ですが
読んでなくても支障ないです。
「さっきからずっと表情ゆるみっぱなしだけど、二人っきりで何をしてたのかニャ?」
お姉ちゃんは髪を濯ぎながら、湯船でくつろいでいる私へと話しかけてくる。
「何をって、お姉ちゃんたちのプッシーキャッツみたいなチームを組んでくれないかって話をしたんだ」
「それはメグから?」
「そうだよ」
「返事は聞くまでもなかったね。よかったじゃない」
「うん、よかったよ」
「へぇ~」
どんなだけ伸ばすのさ。お風呂場だから変にビブラートかかってるし。
「何、その妙な伸ばし方」
「なんでもない。なんでもない。それよりどうしてメグはこのタイミングで天哉を誘ったわけ? あなたたちがチームを組むのは悪くないと思うけれど、ちょっと性急じゃない?」
「天哉も同じこと言ってたよ」
「あの子ならそう言うでしょうね。それで答えは?」
「だって早く言っとかないと、他に取られちゃうかもしれないし」
「そこは、取られちゃうのが嫌だった、からでしょ?」
そう突っ込んでくるか。ぐいぐい来るなぁ。でも三奈ちゃんたち対策の練習と思ってみるか。
「まぁそうだけどさ。でも違うからね。好きとかそんなのとは」
「この前チューしてたのに?」
すっごくおじさんぽい、ねっとりした響きでお姉ちゃんは言う。そんなんだから婚期逃すんだぞって、口には出さないけどさ。慌てず、騒がず、理路整然と返すんだ。
「あれはノーカンだって。前も言ったでしょ。生命力の補充の時は経口摂取してるのは、窓の大きさが違って効率が段違いだからって。送るときはいつも手でしているけれど、細胞レベルでは生きてたとは言え、個人レベルでは実際死んでた天哉を急いで引き戻すにはあれをするしかなかったの」
全く嘘は言っていない。何よりも脳に力と酸素を行き渡らせなければいけなかったのだ。息と一緒に力を送り込むの理にかなった行動だったんだから。
「まぁあれはロマンティックとか言っている場合じゃない状況だったけどね。でもあんなんでもファーストキスだったんだから思い出は大事にしなさいよ」
「────違うし」
「へ?」
「あれ全然ファーストキスじゃないし」
「ウッソ? じゃあファーストは誰となの? やっぱり天哉? それともどんな男の子?」
「男の子じゃないし。女の子だったし」
残念ながら私の初めてはお茶子ちゃんだし。しかも私が気を失っているときにだ。
「え? でもメグはノーマルよね?」
「うん。実は高校入試のときに色々あってね。聞いてくれる?」
お姉ちゃんに私の個性を活用した美容ケア付きのトリートメントをしてあげながら、入試の日の出来事を話す。
「色々と災難だったわね。それなら3回目はもうちょっとロマンチックなキスしたいとか思ったりしないの?」
「ないよ。天哉がどうってわけじゃないけれど、性的なことは今の私には絶対無理。割と最近まで何度も頭のおかしい男の人たちに乱暴されそうになったことあるからさ」
「茶化してごめん。言いたくないことは無理に言わなくて良いわよ」
「うん、だから天哉に対して親しみとか独占欲とか持っているのは少なからず認めるけれど、男の人として見るのは今の私じゃまだ無理だと思うんだ。性欲とか全然感じさせない生真面目馬鹿じゃなかったら、私と天哉は今みたいな関係を築けなかったって思ってる。俊典兄さんや、空彦爺ちゃんとの生活も、二人が完全に枯れていなかったら絶対無理だった」
きっと私は本能的に男という要素を拒絶するようになっているのだ。できるだけ悟られないようにしているし、多分クラスのみんなにはバレていないとは思うけれど。
「メグ……」
お姉ちゃん、変な目をしているな。そうさせちゃったのは私だけど。うーん、ジメジメしたのはあんまり嫌だな。
「お姉ちゃん、濯ぐから目をつぶって」
「にゅぁあっ?! 冷たっ! 水、水だからそれっ!」
「ほらほらー。動いちゃダメだって」
「ちょっと熱い、私熱いの苦手だからもうちょっと下げてっ!」
遊び過ぎたせいで、お爺ちゃんに出るのが遅いと愚痴られたり、お姉ちゃんからさっきのことをちょっぴり叱られ、そのお詫びとしていつもより念入りなお肌マッサージを命じられることになったり、そんなうちにこの家初めての平日の夜は更けていった。
× ×
「それで改まって話って何?」
引っ越しからしばらくたって新生活にも慣れてきたある日のこと。すっかり毎晩の日課となった俊典兄さんへの個性フル活用マッサージの後、時間をくれないかと言われ兄さんの部屋で話をしている。
お姉ちゃんやお爺ちゃんには内緒で買って来たお高そうなお店のメロンタルトを私へ差し出すあたり、何かお願いごとの類だろう。律儀な人だなぁ。
「実はだね。今度の授業参観で……」
そう切り出されたのは今度の授業参観の内容について。私たちは保護者への感謝の手紙の朗読と聞いていたのだが、実際はオールマイトたちが扮する
「それにしても酷いネタバレを聞いてしまった」
「八百長を頼むようで本当に申し訳ないのだが、君に黙っていたら個性で正体を看破されてしまうからね。だから君にだけは先に事情を説明しておこうってなったわけなんだ」
「うん。私が先生たちの立場ならそうするし、しょうがないよね。当日は正体に気付いていない演技をしつつ、みんなそれぞれ見せ場があるように、指示出しをしてあげればいいのかな?」
セキュリティガチガチで普段は中に入れない雄英に親御さんたちが来るんだ。我が子の晴れ姿はみんなみたいよね。
小チームになる場合は別だけど、クラス全体で固まっている状態なら私と百ちゃんが司令塔になることが多いことを考えれば、口裏合わせをする人間として私以上の配役はないだろう。
「そこまでは口にするつもりはなかったのだが、君ならそうしてくれるだろうという打算があったのは事実だ」
「うん。兄さんならともかく相澤先生は絶対そう考えるのわかってるから気にしなくていいよ。タルトももらっちゃったし」
それにしても美味しいなこのメロンのタルト。果物が美味しいのは当たり前だけど、中のクリームの甘さとタルト生地のバターの香りの組み合わせが絶妙で、メロンとの調和が素晴らしい。
「ちょっと食べる?」
ずっと私のフォークの動きに兄さんの視線が集中しているのを見て、私はそう提案する。
「いや、この数日で随分良くなったとはいえ、まだ胃も良くないしこんな時間だからね。気持ちだけ頂いて、遠慮しておくよ」
「でも、食べたいんでしょ?」
兄さんは何も言わない。でも、ここ最近生活を共にして、これが物欲しそうにしている目だというのはわかって来た。昨日の晩、がっつりしたローストンカツを私たちが食べる中、極限まで衣を薄くしてオーブンで作った小さなヒレカツを食べてたときも同じ目をしてた。
ふむ、仕方ない。授業参観の予行演習だ。私の女優魂を見せるときか。
「あーお腹いっぱい。あと一口だけなのに食べきれないやー。勿体ないけれど捨てるしかないかぁ」
「君がご飯を残すのは珍しいね。では片付けは私がしてこよう」
そう言って、立ち上がり、空箱とケーキの皿を手に取ろうとする兄さん。ダメだ、全然伝わっていない。直接言うしかないか。
「捨てるくらいなら、食べてもらった方がメロンも喜ぶと思うけどな。兄さんが食べたら?」
「うーむ、確かに勿体ないがしかしだね。胃の調子が……」
「その一口なら消化に問題ないと、あなたの隠れ主治医さんが言ってるんだけどな」
それならば、と渋々ながらフォークを動かし、口に運んだ兄さんの目は、皆の憧れるナンバーワンヒーローでも、今にも死にそうな骸骨でもなく、どこにでもいるような子供のように、透き通ったラムネ玉のような純粋な輝きを見せていた。
もっと美味しいものを食べられるように、怪我の後遺症に苦しむ顔でいる時間が少しでも短くなるように、私は改めて頑張ろうって思った。
「食べたね? お姉ちゃんに内緒にしていたのがバレたときは一緒に怒られてよ」
案の定、次の朝のゴミ出しの時に、箱がお姉ちゃんに見つかったのはまた別の話だ。
× ×
遂にやってきた授業参観の当日。感謝の手紙を原稿用紙20枚も書いてきた天哉にツッコミを入れたり、響香ちゃんのことをチッパイと貶す峰田を女子みんなで制裁したりしたしばらく後のこと。
定刻になっても姿を現さない相澤先生のことを不思議に思ったみんなが騒ぎ始めた直後、私たちは「模擬市街地に来い」という指示を受け、保護者の人たちが檻の中に幽閉されている場所へと向かう。
結局今日の授業参観はお姉ちゃんもお爺ちゃんも本業が忙しく、参加は無理だったらしい。普段の姿を天哉や緑谷くんたちは知ってるから、あの二人が檻に囚われているってのはおかしいのバレバレだからね。仕方ない。
ちなみに
でもエンデヴァーも人質役は絶対無理だから、炎を封印してサポートアイテムを装備して
エンデヴァー事務所から高級な琵琶が送られてきたから、やっぱり恩は売るべきだよね。でもエンデヴァーには爆豪とかの戦闘ガチ勢を多めに振り分けしつつ、轟くんに大いに殴られてもらおうと画策もしている。あの糞親父を殴れる機会を作ってあげれば、もし後で色々バレても言い訳は立つだろう。
そして檻に囚われた人質を見つけ、
「────嘘つき」
お姉ちゃんもお爺ちゃんも来れないって言ってたじゃんか。
よし、気合入った。大きく息を吸い込んでから、私はみんなに呼びかける。
「落ち着いて! 大丈夫、私たちは強くなった。人質の人たちを怖がらせないためにも一旦落ち着こう」
「猪地さん!」
「何、百ちゃん?」
「私、思いつきましたの。とっておきのオペレーションを。でもまだ足りない要素があるので、立案を手伝ってくれませんか?」
「任された。でも細かく詰める前にまずは────」
私の言葉に百ちゃんが頷く。第一手としてきっと考えていることは同じだ。
「上鳴くん!」
「上鳴さん!」
大幅な手加減ありとはいえ、トップランクのヒーロー4人相手だ。演習と知っている私だけれど、今の私たちがどこまでやれるか。本気で挑むからね。
× ×
こうして無事に授業参観が終わった後、轟くんのファイアパンチを顔面に受けたせいで鼻に詰め物をしたエンデヴァーにすっごい形相で睨まれながらも感謝の言葉をもらったり、天哉のお母さんに挨拶したり、お爺ちゃんに格闘のダメ出しされたり、色々あった。
そんな中でも今日一番の思い出といえば、夕食後にお姉ちゃん主催で強制開催された手紙の朗読会。本人を前に朗読するのはすっごく恥ずかしかった。
「────以上、これが、私の自慢の家族です」
お父さん、お母さん。
幸せだって。今の私は胸を張って言えるよ。
勉強会関連と期末テストは軽めに流して、
もう少ししたら3章メインイベントに突入予定です。