真紅に彩られた世界。妖精や妖怪が跋扈するこの幻想郷で、紅魔館の主を務める高貴な吸血鬼である私、レミリア・スカーレットにとって眼前に広がる光景はとても魅力的に見えるはずだった。
そう、いつも通りなら。周りを見渡せども目に映るのは鬱蒼とした木々と対岸の見えない湖の水面のみ。
周囲に広がる薄く赤みがかかった霧は私の吸血鬼としての力を大きく封じ込める作用があるようで、今の私は空を飛ぶことすらできない。
そんなこんなで私は今、紅い霧に覆われたこの湖の周りを3日間も彷徨い続けている。幾ら歩いても気がつけば元いた湖畔のそばに戻ってきてしまう。なんらかの魔術的な物が起因していることは間違いないだろう。
どうしてこんな事になってしまったのか。いつもの様に咲夜にお茶を用意させ、夜の散歩に出かけたんだけど・・・
頬を掠める心地よい風を感じながら、紅魔館から湖を越えた森の近くに降り立ち一人月を眺めている時に異変は起こった。館の方向から急に紅い霧が流れてきたのだ。
霧は瞬く間にこちらまで拡がり、湖や森を覆い尽くした。いや、もしかしたら人里の方まで拡がっているのかもしれない。あぁ、もうだめだ。最後に吸血をしたのは確か館をでる4日前、流石の私も力が封じられたまま一週間近くの断食に耐えられる程丈夫にできてはいない。
力を封じられていても純血の吸血鬼だ。死んでしまうといったような事はありえないがそろそろ体力の限界のようで意識が朦朧と・・・・・・
-----------side change-------------
その日俺は紅い月と出会った、紅く幼い月に。今なって思う、運命の悪戯にしては性質が悪い話だと。
ちょうどその日は里の薬剤師の頼みで、湖にしか生えていない薬草を求めて俺は湖を目指していた。
人里からかなり離れてしまっている上に、3日前からこの湖の方角から真っ赤な霧が流れ込んできたのだ。
初めの内は里の皆も怯え、慌てふためいていたのだがこの霧が特に有害な物ではないということがわかると、騒ぎは小さくなっていった。
もちろん農作物を育てる上で日光が遮られるというのは大きな被害がでるのでこのまま放置し続けるわけにもいかないのだが仕方ない。
そんなこんなで謎の霧が発生しているのに加え、発生源と思しき人里離れた湖に一人で薬草を摘みにいくのはなんとなく危ない様な気はした。
しかし真昼間である上に、そんなに長い時間かからないだろうという考えから湖畔のほとりへやってきたのだが・・・
「おーい、大丈夫ですかー・・・?」
目の前に幼女が倒れていた。
いけない、頭が混乱している。いったん整理してみよう。薬草を求めて湖にやってきたら幼女が倒れていた。
・・・・・・・・・あれ?
ま、まぁいい。幸い、息はあるようなのだが完全に気を失っている。このままここに放置しておくわけにもいかない。
フリルの付いた高そうな服だ、見たことのない生地だしどこかのお嬢様なのかもしれない。とりあえず背中の薬草袋を下ろし、背中にこの子を背負う。
すると、背中からうっすらと香る薔薇の匂いが鼻腔をくすぐった。うわ、良い匂い・・・って俺は何を考えているんだ。相手は子供だぞ!
湖を囲む森を抜け、一刻程歩くと里の郊外にポツンと建っている木造の少し古びた家が見えてくる。
これが俺の家だ。元々あまり人ゴミが得意ではなかったのもあるが、ここに住み始めた一番の理由は家賃の安さだ。
俺は里でいわゆる便利屋を経営している。とはいえ博麗神社の巫女さんの様に大仰な事はできない。畑の害虫駆除や、家に出来た蜂の巣の撤去などその程度の事なのだがいかんせん依頼数が少ない。
皆そこまで家計が裕福なわけではない。現実に依頼をしてくるのは大半がこの村の薬剤師の薬の材料集めや、里で寺子屋を開いている教師から夜の里の警備を頼まれる位なのだが。
そんな貧しい俺にとって里まで半時間程歩かなければならないという事を除けば、低家賃で一戸建ての家に住めるというのは願ってもない事だった。
しかし、この子やけに軽いなぁ。身なりからしてちゃんとしたご飯は食べていると思うのだが、女の子とは皆こんなものなのだろうか。
などと他愛もないことを考えている内に家に着く。そっとこの子を居間に下ろす。意識はまだ無いようだ。
とりあえず目が覚めたら親御さんに連絡を取らないとな、食事の用意でもしていようと思い、台所で軽い握り飯と水を用意して戻る。
「う・・・・・・」
食事を運んでいたお盆を机に置き、傍に座ると、微かな呻き声と共に少女が目を覚ました。
少し戸惑っているのだろう、周りをきょろきょろと見渡している。
「良かった、具合はどうだい?」
驚かせないように配慮しながら尋ねる。特に外傷も無いようだし、水でも飲んでもらおう。
「・・・貴方、人間?」
「へ?」
うむ、一体どういうことなのだろう。妖怪に襲われて逃げている内にあの湖で気を失ってしまったということなのだろうか。
目が覚めて見知らぬ男と見たことのない家に寝かされていた。なるほど確かにこれは相当驚いてしまうだろう。
この少女に安心感を与えるためにも俺は満面の笑みで断言することにした。
「あぁ、人間だよ!」
「そう、なら貴方私の餌になりなさい。」
いい終えると共にこちらの襟首を掴み引き寄せる少女。え、なにこれ、どういうこと?餌?
堂々と断言したのはいいが全く話が掴めない。
「う、うわ!ごめんごめん!何か俺不味いことしちゃったんだよね、とりあえず一旦落ち着いて・・・」
「五月蝿いわね、人間風情が。黙って貴方は私の食料になればいいの、わかるかしら?」
なるほど、俺が握り飯1つだけを持ってきたのが不満だったのか、この子は。
出来る限りお持てなしはするつもりだったが、俺自身もあまり裕福ではないのでそこまで美味しい物は出せない。
身なりがいいからお嬢さんなんだろう。けどだからといって家の食料を全てこの子にあげるなんて出来ないんだ。
「ある程度ならいいけど、俺はあんまり裕福じゃないから君の望む食べ物は出してあげられないかもしれない。ごめんね。」
くっ、俺にもっと財力があれば・・・!
そんな俺の葛藤は気にも留めていない様子でこちらを見つめている。少女とは先ほどまでの笑みから一転して、訝しい目をこちらに向けて尋ねてくる。
「・・・・・・・・・。貴方、私が怖くないの?」
「えー、と・・・うん。」
怖いも何も10歳にも満たないであろう女の子に凄まれてもどう反応していいのかわからない。
呆れ半分驚き半分といった顔で嘆息する少女。
「いいわ、教えてあげる。私は・・・吸血鬼よ。改めて告げるわ。貴方、私の餌になりなさい。」
再びニヤりと妖艶な笑みを浮かべる少女。 吸血鬼?こんな小さな女の子が?あ、けど確かに言われてみれば背中から翼みたいな物が生えてたよな。
あれは何かの装飾品とかじゃなくて本物だったのか。ってこんな事考えてる場合じゃなくて、もし彼女が本当に吸血鬼なのだとしたら俺は今命の危機に晒されていることになる。
「えーと、血を吸われたら俺死んじゃったりします?」
冷や汗が流れるのを隠しながら恐る恐る尋ねる。
「ふふ、そうよ。その怯えた顔が人間にはふさわし・・・って、え?いや、流石にそこまで吸い尽くす訳じゃないけど・・・・・・」
なんだ、死ぬわけじゃないのか。なら色々とこの子にも、いや吸血鬼を子と呼んでいいのかはよくわからないが事情があるのだろう。
ここで何も聞かずに従ってあげるのが人の情けという物だ。
「あ、じゃあお手柔らかにお願いします。」
「いえいえ、こちらこそ・・・・・・って何なの、これ!」
いそいそと首筋を差し出す俺を見て大声を張り上げる少女。なんだろう、吸血鬼といえば首筋に噛み付くものだと思っていたのだが偏見だったのだろうか。
「貴方、本当に理解してるの?私は吸血鬼で貴方は人間。そして私は今から貴方を捕食しようとしてるのよ?」
「いや、最初はビックリしたけど死なないなんだろ?」
「そういう問題じゃなくて・・・!」
一体何に驚いているのだろうか。もしかして俺は吸血鬼にとって不味そうに見えたのだろうか、あまり健康とは言い難い生活をしてきたシッペ返しがこんな所で来ようとは。
「はぁ・・・もういいわ。吸血する気が失せちゃった。」
少女は頭を片手でかかえ、呆れた様な動作を取った後布団の中に戻り、丸まる。俺は一体どうすればいいのだろうか。
静寂に包まれることおよそ10分。布団の中からよく聞いた事のある音が聞こえてきた。
『ぐー☆』
「・・・・・・あの、」
「うるさい。」
「いや、ほんと吸ってくれてもいいんだよ?」
「私は今そんな気分じゃ「ぐー☆」・・・・・」
数秒の静寂の後、無言でのそのそと布団から這い出てきた少女は黙って俺の首に噛み付いた。吸血は思っていたものとかなり違うもので不思議と痛みはなく、むしろある種の心地よささえ覚えるものだった。
かなり長い間吸われていた様な気はする、ぷはっ、という音と共に少女の体が俺から離れた。
そのまままた無言で布団に包まる。吸血鬼にしては威厳というかそういった物をあまり感じないな、この子からは。
・・・そういえば布団一つしかないのに、今日俺は一体どこで寝ればいいんだろう。というかこの子、家に居座るつもりなのか?
こうして俺と吸血鬼の女の子の奇妙な共同生活が始まるのだった。
不定期投稿になるかと思われますのでご了承ください。
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