Dies irae ~Abyssus abyssum invocat~   作:ROGOSS

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マルコ・シュミット

 諏訪原市。

 60年ほど前からあるその都市は、大発展を遂げ今では人口80万人以上の政令指定都市となっている。

 それほど歴史が古い都市とはいえない。

 だが、海浜公園や遊園地、巨大タワーとなどが存在し人の出入りも激しい、いわゆる行楽地となっていた。

 その街にある月乃澤学園に、珍しくも転校生がやってきたのは数か月前。

 春休みが明け、新入生が入学し、元からいる生徒達は進級をする、そんな若々しさとよそよそしさが相まって、どこか浮かれた気分が学園全体を包み込んでいる時期に、彼はやってきた。

 彼は、ドイツ人であり名前を「マルコ・シュミット」と名乗った。

 色素がやや抜け落ちたような灰色の髪に青い目のシュミットは、人付き合いが上手らしくあっという間にクラスの人気者となった。

 そして……今も、こうして昼休みにはいったばかりだというのに、何を考えているのか一番前の席からわざわざ一番後ろの席にいる俺の元へとやってきて、一緒に昼食を取らないか? などと誘っていていた。

 めんどうくさい……どこかへ行ってくれ。俺は別に寂しい奴だと思われてもかまわない。だから、ホッといてくれ。付きまとうのは香純だけで十分だ。

 と、叫びたい衝動に駆られるも、シュミットの朗らかな笑顔を見ていると、どうもそう言う気にはなれない。

 親友と大喧嘩をして、数か月入院しなくてはいけないようなケガをして、ただでさえ評判は良くなかったというのに、さらにそれを下げ、孤立するしか道のない者を哀れんでいるような様子は一切ない。

 純粋なまでに、久しぶりに学校にやってきた級友と談笑を楽しもうという腹なのだろう。

 そこに悪意が無さすぎるがゆえに無碍には出来ない。

 いっそのこと、興味本位で近づいてくる者のほうが扱いが楽だ。

 シュミットは首をキョトンと傾げ、呆然としている俺に声をかけた。

 

「どうかしましたか? まだ、ケガが痛むんですか?」

「あ、あぁ、いやそんなことは無いのだが……」

 

 相変わらず敬語が抜けていないな。

 小さく突っ込むと、シュミットは恥ずかしそうに笑いながら頭をかいた。

 どうする……。

 このまま煙に巻くか、きっぱりと断るか。それとも、諦めて、シュミットと一緒に食べているよ、などという奇異の視線に耐えながら数十分を過ごすか……。

 出された三つの選択肢のうち、最後だけはありえないと確信する。

 人気者と一緒にいる者のさがという奴だろう。

 どうがんばっても目立ってしまい、しかも人の良いシュミットが学校一の不良と一緒にいると見られれば、周りからは、俺がまるでシュミットに助けてもらっているような今度こそ哀れみの目を向けられるだろう。

 嫌いな奴ではない。好感の持てる男だ。

 だた、香純と同じく空気を読む力が足りなくないか?!

 今度こそ口に出して叫ぶ。

 

「突然叫んでどうされたんですか? もしかして、頭まで強く打たれたのですか?」

「いやいや……そうじゃなくてな…まぁ、なんだ……」

 

 いよいよ言い訳が付きかけた時、俺の携帯がけたたましくなり始める。

 誰だか知らないがナイスタイミングだ。

 心の中で小さくガッツポーズをする。

 

「悪い。ちょっと、いいか」

「えぇ、大丈夫ですよ」

 

 メールのようだ。

 開くと、ふざけた絵文字や文面が目に飛び込んできた。

 宛先が誰なのかなど見なくてもわかる。

 少ない連絡張の中で、こんな文章を送ってくるのはただ一人。

 どこからか、俺が退院したことを聞きつけ呼びつけようと考えたのだろう。

 

「シュミット。どうやら、断れない客に割り込まれちまったようだ」

「そうですか……」

 

 一瞬悲しそうな顔をするシュミットに、俺は罪悪感を覚える。

 

「それは仕方ないですね。それぞれ事情があるでしょうし。今度は、ご一緒していただけますね?」

「あぁ、わかった。今度は一緒にとるよ」

「そうだ。藤井さん」

「うん……?」

「あ、いえ……お元気になられたようで良かったです。ですが……まだ帰ってこないほうが……いえ、病院では変わりませんでしたか?」

「何を言ってるんだ?」

「なんでもありません。さぁ、早く行ってください。人を待たせているんでしょう?」

「わかった」

 

 最後に見せたシュミットの見たことのないような表所が妙に頭に残る。

 憂いているような、満足げな顔のような相反する感情が反発しあった複雑な表情。

 

「まぁ、いいか」

 

 俺は屋上へと走り始めた。

 今の俺は、まだ何も知らなかったし、何もできなかった。


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