───大入君と物間君と───
「いててて……」
「大丈夫、物間君?」
「相変わらず君の“個性”は扱いづらいね」
「ほい、胃薬。あと保健室行く?」
ヒーロー基礎学。本日の授業は広大な市街地を利用した「鬼ごっこ」だった。ヒーローチーム・ヴィランチームに分かれてヒーローがヴィランを町中で追い回す事になった。
特に難所だったのが回原君がサポート科に申請した『特注バイク』だ。彼の“旋回”で作った運動エネルギーをエンジンにして半永久的に稼動するモーターマシン。しかも、排気ガスも騒音も無いエコでクリーンな仕様だ。
バイクに跨がり、町中を爆走する彼。それを俺と物間君のコンビ「チーム・サンジェルマン」で追っかけた。上手く進路を誘導する事に成功し、骨抜君特製の「落とし穴」に落として無事にクリアした。
しかし、払った代償は大きい。物間君の胃は犠牲になったのだ…。
「…そうするよ。大入君は昼どうするんだい?」
「うーん。今日は“個性”使いすぎたから昼は購買で軽めに済まして、ゆっくりしようかな?」
「じゃ、僕も一緒に行こうかな。先にご飯買わないと食べそびれそうだし」
購買に着くと多くの生徒が思い思いに買い物していた。少しコンビニ寄りも広いだけの空間に商品が所狭しと陳列されている。その中から今日の気分に合わせて商品を選んでいく。
おにぎりとお茶…一応、10秒メシも買うか。うーん、さすがに食後のマックスコーヒーは売って無いか。まぁ、自前の有るからいいけど…。あっ、後これも欲しいな。
「またそれかい?好きだね」
物間君は俺が手に取ったヨーグルト(今日はアロエ入り)を見て溜息をつく。ヨーグルトの何が悪いのか…。
「ほら、俺の“個性”って胃をヤラレルだろ?だから、小さいときはトレーニングの度にお腹を壊してな…。食事は消化の良い物が中心で、特にこれは胃の粘膜保護・吸収系の補助になる必須食材だったんだ。要は癖…なのかな?一日最低1回は食べないと落ち着かない…」
「うん、軽い依存症じゃ無いかな?」
「ヒドす」
物間君と会計を済ませ。購買を後にする。
「…あれ?でも、薬と乳製品って一緒に摂取しちゃ駄目なんじゃ無い?」
「そうなんだよなぁ。乳製品に含まれるたんぱく質や脂質が粘膜を保護しちゃうから消化吸収が上手く行かないんだよ…」
更に言うと薬がカルシウムと反応して効果が低下したり。本来酸性のはずの胃液が中和されて、薬が腸に届く前に溶けてしまったりしてしまう。
胃薬なら吐き気を催す場合が有るから注意が必要だ。
「けど、薬飲む場合の話だろう?今日は飲まない予定だから大丈夫だ!」
「まぁ、それはそうだろうけどさ…。じゃあ、何でこの間は胃薬とヨーグルトの両方渡したんだい?」
…。
「うっかりしてたわ、ゴメン」
「お前っ!!」
その後、物間君にネチネチ説教されました。
───大入君と柳さんと───
「…ん?柳さん?」
「…あ、…大入…くん」
「昼から居ないと思ったら、こんなとこに居たんだ」
「委員会の…仕事。大入…くんは、読書?」
「あぁ、午前に“個性”の使いすぎてな。昼は大人しくしてようかと」
「拳藤…さんは?」
「多分角取さん所かな?お昼誘われてた気がする」
昼休み。本を借りに図書室に足を運んだら柳さんに出会った。そう言えばこの間の委員決めで図書委員会になってたっけ。つまり、今日が当番の日なのか。
先日行われた。委員決めで一佳が委員長、俺が副委員長に選ばれた。その翌日、委員会会議の時間が取られ、各委員会で活動内容の説明がされたばかりだ。それで早速仕事とは中々大変だ。
『柳レイ子』。片目を前髪で隠したショートヘア。手を幽霊のように前に出しているのが印象的な彼女。教室でも物静かで、暇なときは外を眺めたり、携帯電話を弄っている事が多い。
「そう言えば黒色君は?同じ図書委員でしょ?」
「黒色…くんは他の先輩と書架の整理。…私が受け付けの…担当」
「それで、隣に先輩がいるのか」
その先輩に「図書館ではお静かに」と注意される。俺は頭を下げ、声を小さくして会話を続ける。
「じゃあ、検索お願いしていい?」
「ちょっと待って…」
俺が何点か希望のジャンルの本を頼むと柳さんは隣の端末を操作した。整理番号をチェックして席を立つ。
数分後に何冊かの本を抱えて戻ってきた。
「…お待たせ」
「ありがとう、お疲れ様」
「…じゃあ、ここで読んでく?」
「いや、借りて教室で読むよ。貸し出し手続きお願い」
「分かった…」
そう言うと柳さんは貸し出しカードを取り出して記入を促す。
「…意外」
「何が?」
「…読書することが」
「そう?」
「…そう」
「そう…」
「…特にファンタジー小説を選ぶ辺りが…意外…」
「君の中の俺のイメージはどうなってるのさ?」
「う~ん、どちらかというと…体術の…指南書?」
「どんなのだよ…。柳さんは本読むの?」
「…あんまり。だけど、携帯小説や電子書籍は…読む」
「デジタルだな」
「そう…だね…」
「はい、終わったよ」
「おっけー。…返却は1週間で」
「分かった」
「…あっ、大入くん」
「ん、なんだい?」
「その本、面白い…らしいよ?前にネットのレビューで見た…気がする」
「そっか、楽しみにするよ」
元々口数の少ない彼女だったが、今日は意外と話せた。
───大入君と回原君と───
「なぁなぁ、塩崎さん…っていいよな」
お昼の一時、『回原旋』の予想外な話題から始まった。
教室で昼食を取った後、今日はゆっくり読書の気分だったので図書室から数冊の書籍を借りて優雅な一時を堪能していた…はずだった。
しかし、近くには俺しか居ない。俺に対して話しているのかい、回原君?
「…それは俺に言っているのか?」
「他に誰が居るんだよ」
…マジで俺だった。仕方ないので読みかけの本に栞を挟んで机に置く。
「随分と突拍子の無い話だな。…まぁ、確かに美人だとは思うけど」
原作のA組キャラ達で隠れがちだが、一佳をはじめB組の皆も綺麗どころだ。
塩崎さんは顔のパーツも整っているし、少し大きめのドングリ眼も綺麗だし、肌もキメ細かい。更に体の線は細めで華奢な印象を受ける。案外守りたい系の女子だな。
「そう!だけどそれだけじゃ無いんだよっ!戦闘訓練の時の凜とした佇まい!怪我をしたときに俺を心配してくれた優しさ!雑談で時折見せる花の咲いたようなあの笑顔!…ああ、ステキだ」
…そーだねー。塩崎さん保健委員だもんね、怪我をしたらそれは心配してくれるよなー。
「…それで?その塩崎さんがどうしたの?」
「それがさ?感じるんだよ…彼女の熱い視線が…」
こっそりと俺に話す回原君。チラッと塩崎さんを見るとこちらをガン見している。目を合わせた瞬間に、慌ててプイッとそっぽを向く塩崎さん。
「確かにこっち見てたな…」
「だろ!なぁなぁ…これってフラグかな?フラグなのかな!」
凄く緊張している回原君。…ちょっと待って、回原君ってこう言うキャラなの?もっと…こう…硬派なイメージだったのに。
俺のげんなりしたオーラを察したらしい回原君は怪訝な顔をする。
「…なんだよ大入?」
「いやさ、きっと回原君の期待するフラグじゃ無いってアレ。どちらかというと「睨み倒すタイプ」の視線だって」
「それはアレだって!「もっと私に構って下さい」的な嫉妬の視線だって」
「予想の斜め下を転げ落ちる発想だなっ!?」
その方向の発想だと俺と回原君が掛け算されている可能性だってあるじゃないですかーやだー。
とりあえず、白黒付けるために誘導してみよう。
「…はぁ、そんなに気になるなら、この間の戦闘訓練と屋外逃走劇の意見交換をダシにして話してきたら良いじゃないか」
「お前、天才かっ!?ちょっと行ってくる!」
「ほいほ~い。骨は拾ってやるぞ」
「縁起でもないな!」
そう言って去っていく回原君。俺は本の続きを読むフリをして様子を窺う。
塩崎さんは少し困った顔をしてから回原君の話を聞いていた。まぁ、回原君の予想はハズレっぽいが、舞い上がっている彼はそれに気付かない。
回原君は思いのほか残念キャラだった。