…ダメだポンポン痛い
「…気に入らない。実に気に入らないね」
「ん?何がだい、物間君?」
お昼時、ワイングラスに入ったブドウジュースで喉を潤しながら物間は愚痴をこぼした。
同席していた大入は半分ほど食べていた炒飯の手を止め、彼の話を聞く姿勢を取る。他に同席しているクラスメイトとも居るのだが、食事を中断してまで話を聞くのは大入のみである。
「『この現状』が…だよ」
そう言うと物間は周囲に目線を促す。視線の先には楽しく談笑を続ける生徒達。
それ自体は何も問題無い、極平穏な日常だ。問題はその内容である。
──1年A組
話題の中核はそれだ。
先日の「ヴィラン連合襲撃事件」はマスメディアを通じて、公共に報道された。最早全国区に情報が知れ渡り、雄英生徒の間でもその話で持ちきりだ。
やれ、敵はどうだったか?
やれ、お前は何を成したか?
恐くなかったか?
と至る所で1-A組生徒への質問攻めが繰り広げられている。
「A組ばかりがチヤホヤされちゃってさ」
周囲を眺める彼の視線はどこか冷え切っている。周りの雰囲気とは明らかな温度差を感じた。
「けどさ、あんな事態に陥ったのに対処したってのは充分な名誉だろ?褒め称えるのだって当然だ」
喝上げしに来たヤンキーでも、因縁吹っ掛けて来たチンピラでも、仲の悪い顔見知りでもいい。そういう奴らからいきなり悪意や敵意を向けられて対抗できるか?
大概の奴は萎縮してしまうだろうし、全力で逃走を謀る事もあるだろう。
未熟ながらもそれら一部を無力化し、尚且つ殺人も躊躇わない
大入はそう考えた。
「そうかな?「偶々ヴィラン連合とかち合ったのがA組だった」ってだけでしょ?」
「じゃあ何か?「もし、襲撃を受けたのがB組だったとしても同じことが出来た」とでも言いたいのかい?」
「あぁ、言うね」
物間は即答した。先ほど迄の冷めた瞳ではない、仄かな熱を帯びた視線を向ける。
「A組に出来てB組に出来ない道理は無いね」
「その自信はどこから来てんだよ…」
物間の繰り出す無茶苦茶な理由に大入は思わず頭を抱えた。
とは言うものの、これには大入の「認識の差」が含まれている。原作知識を持つ大入はヴィラン連合の戦力を仔細に目算できる。こちらの戦力と照らし合わせれば、どの様な結果が待っていたか目測が可能だったのだ。
しかし、他の…A組人気に嫉妬する人達は「ヴィラン連合を退けた事」に目を向けるばかりで「ヴィラン連合がどれ程恐ろしい戦力なのか」について余り考えていないように感じられる。だから、「ヒーローの卵みたいな1年生に出来たんだから、件のヴィラン連合が大したこと無かった」と言う甘い認識が少し含まれている。
「でも駄目なんだ。
それでも示さないと行けない。ヒーロー科1年はA組だけじゃない、B組だって居るんだぞ…ってね」
そう言って物間は睨みつける。その先には偶然近くに居たA組の生徒だった…。
「…質問だ。物間よ、お前には何か考えがあるのでは無いか?少なくとも、何の考えも無しに不満だけを口にするお前ではないだろう?」
物間の話に入って来たのは『黒色支配』だった。やや芝居がかったような言い回しを好む彼だけでなく、その場に居た面子は物間の話を聞く姿勢を取った。
意外に思われるかも知れないが、物間寧人はクラスメイト全員と友好な関係を築き始めていた。上から目線の煽るような言動が少しだけ目に付く物の、聡明で地頭も良くユーモア溢れる話術が彼の評価を上げていたのだ。加えてなんだかんだ言いながらも、困っていたら的確なアドバイスや手助けをする隠れた人の良さも、付き合いが長くなれば自然と分かることだろう。
因みに、彼の小さな親切に気がついた大入が「さてはお主、ツンデレじゃな?そうであろう?」と茶化した所、ガチの口喧嘩から御乱心になったのは良い笑い話だ。
「やることは至ってシンプルだよ。B組の方がA組より優れているって見せつけてやれば良い」
「と言うと?」
「A組を倒すんだよ…。雄英体育祭でねぇ…っ!」
物間は今日一番の悪い笑顔を見せた。
_______________
二週間はあっという間に過ぎ去った。
──雄英体育祭
かつてスポーツの祭典として賑わいを見せた『オリンピック』。“個性”の出現により平等だったルールの根幹が揺らいだ。今ではその規模も人口も縮小してしまい、すっかり形骸化してしまった。
それに台頭してきたのが多種多様な“個性”にも適応した新しいスポーツ競技として現在の形となった、この体育祭である。
「ヴィラン連合襲撃事件」が起きたため、開催が危ぶまれたが、年一回しかないビッグイベントであるこれを敢行することで「悪には屈しない」とアピールする事が目的らしい。
何で一高校の学校行事が一種のエンターテインメント…況してやオリンピックの代わりになる程の発展をする事になったのか?
元々『国立雄英高校』と言うのは、ヒーローを養成する学校の中でも最古の歴史を誇る。当時は卒業を控えたヒーロー科三年生の「
しかし、体育祭を行うための「運用資金」の問題が生じた。いくら国から援助を受けられると言っても、競技に使われる設備の手配、警備のためのヒーローオファー等多額の費用が台所事情を圧迫していた。
その世知辛い問題を解消するため、一般公開の規模を拡大し、飲食物の販売や一部ヒーローグッズから得た利益をこの体育祭に充てているのだ。
勿論、他のヒーロー科を保有する高校や養成所でも同じように「“個性”何でも有りの運動会」は実施されているが、全国区で放送されるレベルとなるのは、この雄英体育祭のみである。
実は、これが後にあるヒーロー科の教習過程でも悪い意味で役割を果たすのだが…そこは割愛。
そういった事情もあってか雄英体育祭はその形式も実に独特だ。
通常であれば赤組白組に分かれて競技に勝利して得たポイントで対決するのが一般的である。
それが雄英体育祭では、学年別に競技会場が分かれている。そこで普通科・経営科・サポート科そしてヒーロー科が一同に会し、数回の予選を行い、勝ち上がった一握りの生徒が本選で勝負する総当たり戦になる。『オリンピックの代わり』と言われるだけは有る過酷なルールだ。
その戦いの火蓋が切られる寸前。一同はスタジアム袖の入場ゲートの前に控えていた。
「…大入?」
精神統一をする大入福朗に声を掛ける男が一人。物間寧人だ。
「…何?」
「例の件、やっぱり考え直してはくれないかな?」
大入が静かに返事をすると、物間は最後の交渉に出た。
「B組協同戦線」
高慢なA組を叩き潰す為に物間が暗躍して作った包囲網。既にB組の半数以上の賛同者を得て、一大戦力と化している作戦である。
やることは簡単で「B組一丸になって本選を独占してしまおう」と言う考えだ。状況をひっくり返す事が充分に可能だろう。
「…ごめんね。それには協力出来ないよ」
しかし、大入を筆頭に数名の生徒は協力を拒んだ。他の皆の事情は分からないが、大入に関して言うと「自らの限界への挑戦」である。
1年ヒーロー科はこの後に大きな試練が待っている。それを知るのは大入だけだ。試練の前にどうしても自分の地力というものを確認したいと考えていた。
そのため「敵の襲撃を受けて、一皮剥けたA組生徒」は非常に良い指標になることだろう。
ここに居る大入はただ一人の「挑戦者」となったのだ。
「…そっか、まぁ無理強いはしないけどね。ただ、それ相応に覚悟しなよ?」
「分かってる。…さ、時間だよ」
B組の大多数からの離反。少なからず反逆者と認定され、狙われる可能性は高くなる。大入は「構わない」と考えた、条件はA組と
『レディース!アーンド!ジェントルメン!!
雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!!
どうせてめーらアレだろ!こいつらだろ!!
敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!』
『ヒーロー科!!』
『1年!!!』
『A組だろぉぉ!!?』
実況担当『プレゼントマイク』の熱い
スタジアム中に空気が震えるほどの迫力の声援が響き渡る。期待の星、A組が入場だ。
先日の事件から毎日のようにメディアを賑わせ、民衆の注目度は最高潮に達していた。B組は後に続くようにゲートをくぐる。
晴れ渡る青空、その下に選手全員が整列した。
「選手宣誓!!」
主審を務める18禁ヒーロー『ミッドナイト』の手にした鞭が空を切り、乾いた音を打ち鳴らす。
「18禁なのに高校にいてもいいのか?」そんな疑問を一喝して、段取りを進める。
「選手代表!! 1-A 爆豪勝己!! 1-B 大入福朗!!」
会場が騒然とする。選手宣誓が二人居るという事実にだ。
雄英体育祭に於いて「選手宣誓」は前年度の「優勝者」がする習わしだ。ただし1年生だけは「入試試験」を首席で通過した者に権利が与えられる。
しかし、今年の「ヒーロー科入試試験の実技試験」には首席が二人いた。故に選手宣誓も二名で行うことになった。
二人が前に出て並ぶ。
「せんせー」
A組代表の爆豪が口を開く。先制は彼からだ。
「俺が一位になる」
_______________
…やばい、今すぐ帰りたい。B組の元へ。
選手宣誓…。入試試験一位通過だからもしかしたらとは思ったが、かっちゃんと同着とは知らんかった。もうやだ。
何が嫌かって?
「せんせー 俺が一位になる」
「「「「「絶対やると思った!!!」」」」」
「調子にのんなよA組オラァ!」「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」「誰だ!あんな奴出したのは!」「ひっこめヘドロヤロー!」「お前本当にいい加減にしろよ!爆豪!」「ギャッハッハ!この場面でそれ言うフツー!?」「いや、切奈。笑うとこじゃ無いから」「ふざけんなよマジで!」「どんだけ自信過剰なんだよ!!この俺が潰したるわ!!」
「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」
ご覧の有様だよ(白目)
かっちゃんの優勝宣言に一同大ブーイングの雨霰である。
自身にプレッシャーを掛けて追い込むのは別に構わないが、出来るなら余所でやって欲しいもんだ。
隣で一緒にブーイングを受ける身にもなってくれ。加えて言うなら、この空気で俺に「選手宣誓」しろってか!?勘弁して欲しい!!どうしろってんだよ!?
普通の選手宣誓しようモンなら場の空気が白ける。100パーセントだ。
……。
あぁぁぁぁっ!!もうっ!乗るしか無いっ!!このビッグウェーブにっ!!!
「 宣 誓 ! ! 」
「「「「「!!?」」」」」
「っ!?」
俺は右手を高く掲げて、腹から力一杯声を出す。立てられたマイクが大声を拾い、盛大なハウリング音を搔き鳴らす。
1拍、2拍、3拍。
間を置いて、しっかりと注目を集める。此処で仕上げだ。
高く掲げていた右手の人差し指を残して握りしめる。丁度「1」を示すように。
その手をゆっくりと横に降ろす。その人差し指の向かう先は「爆豪勝己」。
「こいつを倒して
「「「「「被せてきたぁーっ!!?」」」」」
大会は開催前から混沌の渦に巻き込まれる。俺の宣誓に触発された生徒の怒号が飛び交い、実況席の熱の入った声が響く。今年の体育祭は荒れるゾォっ…!
「てめェ…」
かっちゃんが唸るような声で睨んでくる。俺は不敵な顔で序でとばかりに挑戦状を叩きつける。
「お前の様な跳ねっ返りは、さぞ弾むことだろう。是非とも皆に踏まれろ」
負けられない 戦いが 有るんだっ! (集中線)