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……………
………
…
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──昔話をしよう…──
幾千幾万の死霊と骸の兵士の軍勢。
鎧袖一触に薙ぎ払い、戦場を独りの戦士が駆け抜ける。
彼の眼前に聳え立つ牙城。この世界を滅ぼす魔王の城。
戦士は躊躇うこと無く、足を踏み込んだ。
立ちはだかる数々の異形の怪物。一足一刀で切り捨て、長い階段を駆け上がる。
摩天楼の最上階、戦士はその最後の扉を開ける。
「姫っ!」
戦士の目の前に飛び込んできた物は、禍々しい祭壇、その上に横たわる見目麗しい『姫君』だった。
戦士は脇目も振らずに駆け寄る。優しく抱きしめ、顔を覗き込んだ。
「そ、そんな…」
戦士の顔が絶望の色に染まる。
目の前の姫君。金を織り込んだ美しい髪は輝きを失い、肌は蝋のように白く生気を失い、青い宝石の様な瞳は瞼に閉ざされたまま決して開くことは無かった。
『ふむ…もう辿り着いたか。流石はあの忌々しき勇者の末裔だ。
しかし、後一歩及ばなかったな…』
「っ!?魔王っ!!」
戦士…『勇者』が空を見上げると、暗雲立ち篭める天空に『魔王』が佇んでいた。魔王の右手に紅の宝玉が美しく輝いていた。
『漸く…漸くだ、この最後の「我が身の片割れ」…これさえ手に入ったのなら、この世界は我の物だ…っ!』
魔王は手にした紅玉、「姫の魂」を飲み込んだ。
次の瞬間、魔王の全身から力が溢れ出した。噴き出した闘気が空気を呑み込み、重圧が支配した。
『くっくっくっ…何時までそうしておるのだ、勇者よ?』
「………」
勇者は剣を取り構えた。
しかし、その瞳は怒りに支配されていた。最愛の姫を奪われて、平静を失っていた。
『……つまらん。そんな貴様なんぞ、殺す価値すら無い』
「………うるさい」
『今なら見逃してやっても良いぞ?そのまま踵を返し、愛しき者を失った悲しみで泣き伏せておるが良い』
「……うるさい」
『それとも我にその刃を突き立ててみるか?もしかしたら、運良く復讐の一つも出来るやもしれんぞ?』
「うるさいっ!!」
勇者は剣を握り、魔王へと挑む。しかし、誇っていた剣才は陰りを見せ、魔王に掠り傷の一つさえつけること叶わない。
『……やはり、つまらん。そんな有様では永遠の時を費やそうと、我が身に届くことは無いだろう』
「……ハァ…ハァ…」
『我は非常に寛大だ。しかも、とても気分が良い。今からでも貴様を赦そう…』
「……黙れ…」
『そうか……では、死ね』
魔王が右手を翳すと光弾が生まれる。それが解き放たれ、勇者を射抜く。
『うぉぉぉっ!?』
『むっ!』
「…竜…騎士…?」
『ったく!何府抜けてやがんだ!このボンクラっ!』
凶弾は勇者を貫く事無く、彼の友『竜騎士』の持つ堅牢な盾に阻まれた。
竜騎士の怒号に勇者の体が震えた。
『諦めてはいけませんっ!勇者様っ!』
『そうですよ?諦めるにはまだ早いです』
「……聖女?…賢者?」
勇者が後ろを振り向くと、今まで苦楽を共にした『聖女』と『賢者』が居た。
『私の見立てが正しければ…姫はまだ死んでいません。今も彼の…魔王の中で生きています』
「っ!?」
『魔力の流れが非常に不安定です。恐らく、取り込んだばかりの半身が馴染んでいないのでしょう…。
彼を打ち倒し、姫の魂を取り戻せば或いは…』
『くっくっくっ…何を根拠に…』
『舐めないで頂きたい、常世全てを統べる魔の王よ。
私は賢者!この世全てを識り、理解する悠久の探求者!私の叡智に不可能は無い!』
『賢者様の言葉に嘘は有りません。迷える魂の導き手である私には分かります…。
姫様の命は、その輝きを失ってはおりませんっ!まだ、救えるのです!』
『っ!?』
二人が秘密を看破すると、魔王の表情が僅かに揺らいだ。それこそが二人の考察を肯定する何よりの証明であった。
『…だそうだ。勇者よぉ、お宅の姫さんまだ助かるってよ?だったらどうする!ここで立ち上がらなけりゃ男が廃るってもんだろっ!!』
「…そうだな、まだ希望が残っていると言うなら屈するわけにはいかないっ!」
勇者は剣を杖にして立ち上がる。そして剣先を魔王へと向けた。
並び立つように竜騎士が鎗を構えた。賢者が杖を掲げた。聖女が法陣を描いた。
「悪の根源っ!魔王よっ!貴様を倒す!この世界を守るため!愛する人を取り戻すため!私は戦うっ!!」
勇者の瞳に輝きが戻った。その全身から覇気が溢れ出し、魔王の重圧を押し返した。
『くっくっくっ…はっはっはっ………あーはっはっはっはっ!
ここに来てっ!息を吹き返したかっ!全く持って忌々しいっ!貴様等勇者は有象無象の様に湧いてくる!その度に我が悲願を阻むとはっ!
善かろうっ!貴様等を超えることこそ、我が神から与えられた試練だっ!我は全てを踏破し、この世界を手に入れて見せようっ!!』
「いくぞっ!魔王っ!!」
『来いっ!憎き我が怨敵よっ!その魂の滓一つさえ!この世から消し去ってくれるわっ!!』
勇者達と魔王の戦いは一進一退を極めた。
魔王が無数の魔弾を放つ。竜騎士が全てを受け止める。勇者が斬り込む。魔王の障壁が弾く。賢者の魔法が障壁を穿つ。聖女が支え、癒す。
命運を分けたのは一瞬の隙だった。
『ぐぅっ!?小癪な小娘よっ!魂の一片になろうとまだ抗うかっ!?さっさと我の物になれっ!』
「っ!姫っ!」
魔王に取り込まれた姫の魂。それがいつまでも抵抗した。
一際大きな魔力の氾濫が魔王の障壁を弱めた。
「魔王っ!覚悟っ!」
『ぐああああっ!?』
魔王を守っていた絶対防御の障壁が硝子の様に打ち砕かれ、勇者の剣が魔王を貫いた。
『ぐっ…ふっ…またしても阻まれると言うのか?
だが、諦めん…諦めんぞ!必ずやっ!世界を我が物にしてみせるぞ!
…くっふっふっ……ゴホッ……精々、僅かばかりの安寧を謳歌していろっ!我は必ず蘇るぞおおっ!!』
大量の魔力を放出して魔王は消滅した。魔王の消えた跡には紅の宝石が残されていた。
勇者が宝石を手にすると、愛する姫の元へと歩み寄る。
「……賢者、頼む」
『ええ、任せて下さい』
勇者の持つ宝石に賢者が魔力を流し込むと火を灯すように輝きを放った。
その炎を姫君の胸元に差し出せば、自然と光の粒子となって吸い込まれる。
熱は全身を駆け巡り、ほんのりと肌を赤く染めた。髪が元の輝きを取り戻し、閉じた瞼が開かれた。
『勇…者…?』
「姫?」
『あぁっ!勇者っ!勇者なのねっ!』
「姫っ!」
『勇者っ!』
二人は固く抱きしめあった。互いの鼓動が重なり熱を持つ。
愛する人が其処に居る。
永遠にこのまま時が止まってしまっても構わないと感じる程の幸福の絶頂だった。
「いたっ!?」
『勇者っ!?』
『いつまでイチャついてんだ、この色惚け共!』
『そうです勇者様っ!私だって頑張りましたっ!もっと褒めて下さいっ!』
『では私が褒めて差し上げましょう…』
『やめてくださいっ!』
二人の逢瀬に茶々を入れる旅の仲間達。
しかし、皆がその顔に喜びの笑みを浮かべていた。
「…それじゃあ、帰ろうっ!!私たちの国へっ!」
『はいっ!』
勇者と姫は互いに手を取り立ち上がる。
空は晴れやかな青色に染まっていた……。
「…………ハイ!カーーットっ!!
パーフェクトっ!最高に良い感じっ!
もうっ!流石だよ~!ばっちし!賞賛の嵐間違いなしだよ!
はいっ!じゃあ!今日はここまでっ!!
お疲れ様でした!!」
「「「「「お疲れ様でしたーっ!!」」」」」
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「…おっ!一佳、お疲れ様」
「待っててくれたのか?」
「おうっ!夜遅いからな、護衛だ護衛」
「そこらのチンピラくらいなら軽く畳んでやるんだが…」
「あんま物騒なこと言うな。受験生なんだから内申に響くような真似はだめだって」
「ふふっ、冗談だって…」
私立植蘭中学校文化祭『植蘭祭』。その開催を後数日に控えていた…。
私が所属する3-Aクラスも、出し物である演劇が随分と様になり、中々の仕上がりを見せていた。この数週間文化祭のため放課後を利用し、コツコツ準備を進めていた。
しかし放課後に長い時間を充てれば、当然帰宅時間も遅くなる。
そこで学校側は安全に配慮して、可能な範囲での集団下校を推奨していた。
すっかり暗くなった夜の道を福朗と二人で帰路に着く。二人の家の方角は同じで、この先の閑静な住宅街に私の自宅が、その先の小高い山の麓にコイツの施設があった。
日が沈み、姿を変えたいつもの帰り道。馬鹿なコイツが隣にいるだけで安心して歩けた。
「……それでどう?出来栄えは?」
「ああ、衣装合わせも済んだから今日は衣装有りでのラストシーンの通しだったな。
皆の演技も出来上がったし、このまま行きたいね」
「そいつはなにより。こっちも台詞の練習付き合った甲斐があるってもんだっ!」
「…そいつはどうも」
コイツが劇の出来栄えを聞いてきた。
今思い出すと、最初の頃は散々だった。
台詞はよく噛むし、たまに飛ぶ。動きは硬くてぎこちない。「お前は大根かっ!?」とコイツからツッコミが入るレベルだった。…容赦なく殴ってやったので恨みは無い。癪ではあるが、いや本当に…。
しかし、それは昔の話だ。練習を熟し、すっかり役が板に付いてきた。でもな…
「…でもな……」
「ん?」
「何で私が
「弱きを助け、強きを挫く、ヒーロー志望の一佳さんなら適役だろ?」
「そうだけどもっ!違うんだよっ!」
私に与えられた役は主人公である『勇者』。出番も台詞量も劇中最多で難を極めた。ちくせうめ…。
台詞を覚えるためによくコイツに台詞合わせに付き合って貰った。けど、コイツ無駄に演技が巧い。
しかも、役によって複数の声を使い分けてるらしく、一人寸劇が出来るクオリティだった。
「福朗の方が巧いんだから、お前が演ればいいのに…」
「俺は生徒会で文化祭実行委員だ、クラスには参加出来ないよ。つか、本当に誰だよ………キャスティングで俺を
「クラスの出し物をコントに変えるな」と言いたいっ!」
福朗はそう言いながら項垂れと、次には怒り出し拳を握り震わせた。忙しないやつだ。
しかし、その様子はクラスの出し物の事を真剣に考えていて、参加出来ない分の期待と熱意を込めていた。
「……あっ。…なぁ、福朗?…また頼んで良いか?」
「またか?」
私は目の前の公園を指さして、頼み込んだ。
福朗が少し困ったような顔をした。
「ん~…まぁ、いいよ。でも、30分だけだ」
「充分。ありがとう…」
「どういたしまして」
台詞合わせの練習。役作りに苦戦した私を見かねて、福朗はこの公園で練習に付き合ってくれるようになった。自分だって文化祭実行委員で疲れてるのに、わざわざ私を気に掛けてくれるなんて、本当に律義な奴だ。
少し嬉しくなった。
近所の子供が遊べるように作られた小さな公園。ベンチ、滑り台、砂場にシーソーくらいしか無いちっぽけな場所だ。
薄暗くなった周囲を公園に建てられた街灯の光が切り抜き、まるで公園を演劇のステージのように別世界へと切り離しているようだった。
福朗に鞄を預けると、私は光の中心、街灯の傍へと歩み寄る。福朗はその近くのベンチにゆっくりと腰を下ろし、鞄を置いて、台本を取り出すとパラパラとめくる。夜の静寂の中、頁をめくる音が耳に心地良い。
「…さて、どこやる?」
「第五章、四節…『誓いの言葉』」
「またそこ?…最近そこばかりだな?」
「い、いいだろっ!一番苦手なんだからっ!」
コイツの呆れたような顔に、口を尖らせて抗議する。
この場面は物語のキモだ。念には念を入れたい。それに…実はお気に入りのシーンでもある。
「まぁ…良いけどさ…。
じゃあ、ちょいまち。準備する…」
そう言うと福朗は台本の目的の頁を探しながら、あー…あー…と発声練習を始めた。出した声のキーが段々と高くなっていき、次第に男性の声から違和感なく離れていく。
「あー…あーあー…『あー、……さて、このような感じかしら?用意出来ましたわ、勇者』」
「いや、ホントお前どっから声出してんだよ」
「『どこから…?と仰いますと、皆様と同じ…喉からですわ』」
福朗が目を細め、上品に口元に手を当てて、クスクスと妖しく笑う。光と影が座り姿にしなりを作り、歌舞伎の女形の様な女性らしさを醸し出す。
いつもの声とは違う、鈴の鳴るような声、意図的に作っているような不自然さは微塵も無い。目の前にいるのは間違いなく一国の姫だった。
…姫役に投票した奴、ある意味で正解だったと思うんだ私。だって、役に入ったコイツ、ヘタな女よりも艶っぽいもん。
「『さぁ、勇者…。時間も少ない事ですし、始めましょうか?』」
「…あぁ」
ベンチからトンっ!タンっ!…と軽やかにステップを踏むように立ち上がると、クルリとターンをしてこちらを振り返る。
口角を少しだけ吊り上げ、楽しそうな顔をしている。
「『あぁ、楽しいっ!今日はなんて素晴らしい日なのかしらっ!
ねぇ、勇者?…今夜のパーティー、楽しんで頂けたかしら?』」
「えぇ、このように持て成して頂き、痛み入ります…」
長い冒険、野を越え、山を越え、海を渡り、谷を飛ぶ。三千世界を渡り歩く勇者一行。
彼の古巣であるこの国では、ささやかながら英雄達の帰還を祝う歓迎の祭りが催された。
格式高い由緒正しき王国の大広間。美しく着飾った貴族達が、音楽隊の奏でる音色に合わせて踊る。
絢爛豪華な料理と秘蔵の美酒が振る舞われ、それらに舌鼓を打っては旅の疲れを癒やす。時には新たに生まれた冒険譚を肴に穏やかな一時を過ごす。
勇者と姫は一夜限りの祭を抜け出した。
姫がお気に入りにしている庭園。辺りは月の淡い光が照らし、空を満天の星々が彩る。
「『もう、堅苦しいのねっ!…………昔はもっと素直で良い子だったのに…』」
「それは…子供の頃の話です。幼い頃は何もしがらみは無かった…」
「『大丈夫…分かっているわ。…何時までも子供のままじゃ居られないものね…。
勇者…。もっと傍に来て?その顔を見せて?』」
「はい、姫……」
「『あなたは会う度に見違えるわね…。背が伸びて逞しくなった、髪が伸びて格好良くなった…。
…でも、前よりも傷痕が増えたわ。きっとこの服の下にも傷痕が増えているのでしょうね……』」
「それは……」
「『何も言わないで?…ちゃんと分かっているから。この旅がどれだけ大変な事なのか…ちゃんと……分かっているから……』」
「心配をお掛けしてすみません…」
「『まったく、本当にその通りよ…本当に……』」
「『…ねぇ、勇者?今度はいつ、お戻りになるの?』」
「…わかりません。ひと月かふた月か…もしかしたら一年、いやそれ以上…戻れないかも知れない…」
「『そう…また寂しくなるわね…』」
「姫…どうか泣かないで下さい。姫には国王陛下も女王陛下も傍に居ます。近衛騎士団の…頼れる馬鹿な友人だって着いています」
「『違うの…違うのよ勇者。父上が居ても、母上が居ても、例え頼れる味方が居ても私の心が晴れることは無いの。
勇者…あなたが、あなたが傍に居てくれるだけで私は幸せなの…』」
「…姫……」
「『…………ねぇ、勇者?冒険なんて止めにしない?』」
「……え?」
「『時々夢を見るの……長い旅の果て…賢者様が死んで、聖女様が死んで、竜騎士様が死んで…そして…貴方が死んでしまう夢。それを見ると、体が熱を失ったように寒くなって、心に風が吹くように空虚になるの…。
想像しただけで、大地が消えて踏み場を無くして立っていられなくなる。空気が灼かれて息が詰まる。涙が枯れても、止め処なくこぼれ落ちるの…。苦しくて、辛くて、哀しくて、どうしようも無くなる…。
そこで夢から覚めるの…そして安堵するわ。あぁ、全ては一時の幻だったんだって…。
でも、あれはただの幻ではない。あれは可能性…ほんの一片の運命の悪戯で傾く天秤。小さな綻び一つで訪れる未来。
そんなの駄目よっ!絶対に駄目っ!もし、そんな明日を迎えてしまったら私の世界は…私を優しく包み込んでくれる毎日は死んでしまうっ!輝きは失われてしまう…。
だから勇者…?冒険なんて止めましょう?
使命なんて果たさなくてもいい。危険な思いなんてしなくていい。ずっと私と居て…本当にそれだけでいいの………私の…傍に…居て………』」
「……姫…顔を上げて下さい」
姫の顔を覗き込むと頬を涙が伝い、雫となってこぼれ落ちた。
それを優しく拭うと、両手を持ち、包み込むように手を重ね合わせた。
「姫…申し訳ありませんが、貴女の願いに応えることは出来ません。
私には使命が有るのです。『魔王討伐』と言う大事な使命が…。しかし、使命だからと義務や責任を負ってしているわけでは無いのです。私がそうするべきだと感じているからこそしているのです…。
常に魔物の気配に注意を払い、戦いに身を投じています。密林の中を何日も彷徨ったり、大時化に遭い船が沈みかけた事も有りますし、高山で病に命を落としそうにもなりました。姫の言うとおり、旅は過酷で、いつ命を落とすやも知れません。
しかし、それ以上に素敵な世界を見ることが出来るのです…」
「『…素敵な…世界…?』」
「えぇ、寒空の中…見張り番をしながら迎える朝焼けの輝き。ジリジリと照りつける太陽の光を吸いこんで、極彩に色を放つ大海原。夜に焚き火を囲んで、森の中から掻き集めた食べ物で作ったスープを頂く幸せ。白銀の雪原の中、綺麗に飾られた氷樹。それら一つ一つが私に力を与えてくれるのです。世界を見て歩く…それだけで、私の世界は輝きを増して更に広がっていくのです」
「『それはさぞかし美しいのでしょうね……』」
「…ですが、それらは失われようとしています。
魔王…彼の者の手先によって、以前に訪れた村は人々が嬲られました。妖精族の泉は穢れ、死に絶えました…。
魔王の手はこの素晴らしい世界を壊してしまうのです…。
……私にはそれが耐えられない。それが自分の身を切りつけられるよりも、痛く、苦しいのです。
だから私は戦いたいのです。自分に魔王を倒す力があるのなら、私が愛するこの世界を守りたいのです…」
「『…でも…それで貴方が命を落としては意味が無いのよ?』」
「勿論ですとも…。だからこそ貴方に誓います。
私は死にません。魔王を討ち倒し、この世界を守って見せます。姫の元に戻ってきます。
…だから、もし私が約束を果たしたなら…一緒にこの素晴らしい世界を見てみませんか?」
「『連れて行ってくれるの…?私も一緒に…?』」
「世界が平和を取り戻したなら…」
「『………分かったわ勇者。………でも約束よ、本当に…約束ですからね…っ』」
「えぇ…必ずや…」
「…………どうだった?」
「…完璧。はじめの頃とは見違えるようだ」
「そっか…頑張った甲斐があるな…」
涼しい顔をした福朗が、私の演技に太鼓判を押すと、手にした台本をパタリと閉じた。
結局コイツは手に持った台本を一度も見ること無く熱演し切った。やっぱりお前がやればいいのに…。
演技で上がった熱が呼吸と共に抜けていく、ジワリと掻いた汗に前髪がペタリと張り付いた。
「一佳…」
汗を拭っていると、福朗が呼びかけてくる。そちらを振り向くと福朗が何かを投げつけてきた。
私は投げられたそれを反射的に受け取る。それはタオルを巻いたペットボトルのスポーツドリンクだった。
ボトルからタオルだけを外し、顔を拭い直す。ペットボトルの冷気を吸いこんだタオルが火照った体を沈めた。
ペットボトルキャップの封を切ると、中の液体を喉に流し込む。喉の渇きが潤されて、自然と吐息が漏れた。
「ありがとう」
「どう致しまして」
礼を言うと。福朗が柔らかく笑った。
…その顔は卑怯だ…何というか卑怯だ。
改めて思えば、このタオルと飲み物…恐らくは私の帰りを待つ間に用意した物だろう。抜かりないやつだ。
「タオルは洗って返すよ」
「それでいいよ。…じゃあ帰ろっか?」
福朗から私の鞄を受け取ると、借りたタオルをねじ込んだ。
「あぁ、ごめん。渡すの忘れるとこだった」
「……?わっ!」
ふと、思い出したように福朗が振り返ると、小さな小包を取り出して。ポンと投げつけてきた。
「……お誕生日おめでとう、一佳」
「っ!?」
下がった熱が、また上がったのを感じた。
思わず俯いた、今は顔を見られたくない。
きっと、さっきまでのアイツの顔のせいだ…。
アイツは泣いていた。それは作り物だと、演技だからと言われても、心を揺らさずにはいられなかった。
私はアイツが…中学校に上がったアイツが涙を流した事を一度も見ていない。
芝居をしているときのアイツは、そこに本当の感情があるかのように熱を叩き付けてくる。入る役が変わる毎に違うアイツが見られる。この数週間だけで色々なアイツを見ることが出来た…。
けど……。
(一つだけ………まだ、見てない……)
私の役。『勇者』の役。
アイツが『勇者』だったら、一体どんな演技をしたんだろう…。
興味があって、演って貰おうとしたら、「それは一佳の役だろ?俺がやってどうするんだよ?それに万が一、イメージが引っ張られたら不味いだろ…。一佳は一佳のイメージする勇者を演じればいんだよ…」と返された。
でも、本当は今でも見て見たい。アイツの『勇者』を、格好良くて、強い『勇者』を……。
「……一佳?」
「はっ!?な、なにっ!!」
「なんでそんなに驚いてんのさ…。そんなに誕プレに夢中だったの?気になるなら今空けたら?」
「あぁ、うんっ!そうする!」
恥ずかしさを誤魔化すように、私は可愛くラッピングされた包みを解いた…。
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………
……………
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「…よし。こんな物かな?」
部屋に置いてある、全身を覗ける程の大きな姿鏡の前で、私は身嗜みを整えていた。
今日は珍しくアイツと遊びに行く。しかも、遊園地だ。
…まぁ、十中八九チビ達もセットで着いてくるだろう。何せ行き先は夢の国、子供なら誰しもが恋い焦がれる場所だ。そんな場所に遊びに行く事がバレよう物なら、チビ達の「連れてってコール」は予想するに難くない。弟妹loveのアイツがせがまれたら、なし崩しに連れてくるのは目に見えている訳だ。
連れてくる前提で考えたら、服装は動きやすい方が良いな。うん、これで決定だ。
「さて、髪留めはどうしよう…」
小物入れを開けて、私は少しだけ考える。飾り気の無いヘアピンとヘアゴム、控えめに飾りをあしらった髪留めが纏めて入った箱を見て迷った。
「どっちの色がいいかな?」
目に留まった二つのシュシュ。それぞれ「ハイビスカスピンク」と「ハワイアンブルー」のレースで作られた、ちょっと派手な色のシュシュ。自分では買わないだろうなと思ってしまう色合いのこれは、とある人からのプレゼントだ。
「よし、決めた…」
私はブルーのシュシュを手に取ると髪の毛を束ねる。すると、すっかり私のトレードマークとなったサイドテールが出来上がる。完璧だ。
「…じゃっ!行って来まーす!」
部屋を出て、階段を駆け降り、玄関のドアを開く。
本日は快晴、最高のお出かけ日和だ。
ちょっと予定より遅くなってしまった。きっと律儀なアイツは駅で待ってんだろうな…。
で、でたーっ!?本編から横道逸れる奴ーっ!
拳藤誕生祭(9/9)だから是非も無いねっ!
※尚、塩崎誕生祭(9/8)には間に合わなかった模様