転生者「転生したんでヒーロー目指します」   作:セイントス

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74:大入福朗の職場体験

 

「一秒間に10回の呼吸が出来るようになれ!!」

「ちょっと何言ってるのか分からないです… (•́ω•̀ ٥)」

「では!10分間息を吸い続け、その後10分間息を吐き続けるられるようになるんだ!!」

「ごめんなさい。やっぱり何言ってるのか分からないです… (•́ω•̀ ٥)」

 

 

波紋使い見習い東雲こと、僕ロリの修業は難航していた。

 

“波紋法”…。それは生命の神秘。

全身を駆け巡る太陽の力は、闇を払い、調和をもたらす勇気の力だ。

加えて、呼吸方法一つでバイタルコントロールをし、生命力を活性化。細胞は若返り、不老長寿にさえ手が届く。

 

しかし、この“波紋法”。幾ら素質が有っても一朝一夕で身に付くような代物ではない。

本来ならば、チベットのヌー川をさかのぼった奥地やヴェネツィアから船で北東へ30分の位置に有るエア・サプレーナ島などの修行地へ赴くのが非常に良い(ディ・モールト・ベネ)。しかし、限られた短い期間中にプチ旅行をするわけにも行かない。

仕方ないので、この環境でも出来る修業方法を行っているのだが、冷静に考えると常識を疑うような修業方法が目立つ。というか下手すりゃ死ぬ。

現在、ショタ神から言い渡されたトレーニング方法に僕ロリは困惑していた。

 

 

「やれやれ仕方ないのう…。では、初歩の初歩から始めるか。

時に東雲…いや、コロナよ。お主は“波紋法”について何を知っておる?」

「いえ…何も… (•́ω•̀ ٥)」

「では…ジャックサッカー!答えをどうぞっ!」

 

 

えっ!?ちょっと待って!?そこでこっちに振るの!?

 

 

「波紋法はっ!仙っ!道の!?秘術!!うひゃあ!?前世に……ジョジョって!漫画がっ!あっ~~~てっ!それーーにっ!出て来た!技術!!?」

「おらぁ!?余所見してんじゃあねぇぞ!!!」

「イ゙ェア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 

「その波紋法に重要な物はっ!?」

 

「特……特殊な!呼吸法っ!コレに尽きるぅっ!?だっ!でっ!あっ!

即…ち、肺活量が重よぉぉおおぅぅお!?」

「ホラホラぁ!!もっと愉快に逃げ回りなさぁい!?」

「ぬわーーーーっ!!!」

 

「どうだ!これでわかったかのう?」

「日本語でおkです (•́ω•̀ ٥)」

 

 

忙しい俺に説明させといて…ヒドす。

 

 

 

 

「「もっと激しく(楽しく)行くぜ(わよ)!!!」」

「ドッヒャーーーッ!!」

 

 

眼前に猛獣の鋭利な爪が迫る。俺は身を伏せて躱す。そのまま、正面に立つライガーさんの側面に飛び込む。すると先程まで俺の居た場所に二筋の白線が着弾した。

慌てて俺は立ち上がり、体勢を整える。その間に、天井に逆さ吊りにぶら下がり待機していたチジュさんが手のひらを俺に向け、今一度掌から粘着性の有る細い紐を射出した。

 

 

「あらん?」

「どっせいっ!!」

「きゃあっ!?」

「うおっ!?……やるなぁ…」

 

 

俺は“ポケット”から錫杖タイプの武器を一つ取り出すと、その撃ち出された白線の紐を絡め取る。そこからチジュさんを一本釣り。天井から引きずり落とした。

そのまま、ライガーさんに向けてチジュさんをぶん投げれば、彼は彼女をお姫様だっこで受け止め、優しく地面に降ろした。

俺は呼吸を整えながら、二人のヒーローに改めて対峙した。

 

俺は“もう一つの個性”についてショタ神から教えられ、現在、それの完全掌握に努めている。

俺の“もう一つの個性”には筋力向上・耐久性向上・回復力向上…etc.複数の恩恵があった。しかし、それらが混在していたのだ。複雑に絡み合う複数の力をコントロールし、自らが望む力に変換する…。“もう一つの個性”にはそれが求められた。

そのための修業方法がコレ。プロヒーローを相手に戦う事。より、実践的な模擬戦での“個性”操作だった。

 

 

獣王ヒーロー『グレイトライガー』

“個性:ライガー”

獅子と虎が合わさり最強に見える“個性”。

 

スパイダーヒーロー『チジュ』

“個性:蜘蛛”

クモっぽいことは大体できる。

 

 

どちらも他生物の性質を取り込んだ“異形型個性”。その恩恵は計り知れない。

“ライガー”はクラスメイトの宍田君の“ビースト”と同じ、純粋な身体能力強化。

“蜘蛛”は身軽な体で巧みに空中を渡り、粘着性の糸を放出して相手を捕まえる。

 

 

 

 

「……仕切り直しだな。いくぞっ!!」

 

(……さっきのじゃ駄目だ。もっと修正しないとっ!!)

 

 

プロヒーロー二人が再び動き出す。

ライガーさんが拳を握り締め、振りかぶる。あの巨木の様に逞しい腕からは、凄まじい破壊力が繰り出されるだろう。

 

俺は“もう一つの個性”を発動した。

すると全身に血液が巡るように、力が浸透していく。

 

ライガーさんの攻撃は既に回避が間に合わない。俺は迎撃のため、真っ正面から拳を繰り出した。

 

 

「があぁあっ!?」

「うおっ!?…はっは!やるなぁ!!」

 

 

拳と拳が激しくぶつかり、両者の腕が反発して弾き返された。その際、俺の腕がビキリと鈍い痛みを発した。

そんな俺にライガーさんは牙を剥き出しにして笑った。

 

 

(…っ!?力だけじゃ駄目なのかっ!?強度も上げないと腕が壊れるっ!!)

 

「…っ!?チィッ!!…だあっあ!?」

「上手く避けるじゃ無い?無様に転げ回って可愛いわね?」

 

 

チジュさんがライガーさんの体の隙間を縫うように追撃を仕掛ける。慌てて横に飛ぶと、加減を間違えて地面に這いつくばった。

それを見てチジュさんは愉しそうに笑った。

 

 

(反応が…感覚が遅れるっ!肉体に着いて行ってないんだ…修正しないと…)

 

 

立ち上がり構え直すまでの間、追撃は無いらしい。

更に力を込める。全身に熱が、力が浸透する。

再び俺は立ち上がろうとして…

 

 

 

そのまま倒れた。

 

 

 

「……あ…れ…?」

 

「あ~あ…。体力の削りすぎじゃな…」

 

 

俺に歩み寄ってきたショタ神がしゃがみ込んで、俺の顔を覗いた。

 

 

「力を回復に全て回すんじゃ……数分もしたら動けるわい」

 

 

言われるがままに力をコントロールする。全身に流れていた力が抜けて、痛みが和らいだ。

 

 

「さて、待たせたのう…まずは呼吸方法から。

波紋の力を自分だけで生み出せるようにならなければ話にならないわい」

「…はい、お願いします (•́ω•̀ ٥)」

 

 

そう言うと僕ロリとショタ神はトレーニングルームの端っこで深呼吸を始めた。

 

 

 

 

「ただいま~っ、新作アイテムのレポート終わりましたよ…って、どちらさん?」

 

 

休んでいると、トレーニングルームの扉が開いて、見覚えの無い人物が入ってきた。

白い布地に青色の筋で植物の意匠をあしらえた浄衣。小さい烏帽子。人形浄瑠璃などで黒衣(くろご)などが顔を覆うような白い布…雪衣(ゆきご)だっけか?

とにかく全身を陰陽師風に整えたヒーローだった。

 

 

「…ども、ショタ神の相棒ですか?」

「ショタがっ!?……え、えぇ、そうですけど…」

「こんな格好で失礼。初めまして、雄英高校ヒーロー科1年大入福朗、コードネーム『ジャックサッカー』です。

そして、あっちの小っちゃいのが同じく雄英高校ヒーロー科1年東雲黄昏、コードネーム『コロナ』です」

「あぁ…あの…。

…御丁寧にどうも。僕、ここの相棒(サイドキック)の『レイステイカー』って言います。操霊ヒーロー名乗ってます。得意分野は広域偵察です」

 

 

珍妙な空気で交わされる自己紹介。腰の低い相棒のレイステイカーさん。

何というか全身から苦労人のオーラを感じた。

 

 

「おおっ!丁度良かったレイスくん!そのままチジュくんとジャックくんを連れてパトロールに出てくれ!

儂等はこの娘の訓練するから!」

 

「分かったわ、ボス。じゃあ行きましょうか?」

「えぇっ!?この子、既にグロッキーですよ!?」

「何を甘いことを言うておるか。折角の職場体験なんじゃから、余すこと無く体験せねば損じゃろう?」

「……よい…しょっ………平気です。歩けます」

 

 

ショタ神の言い分にも一理ある。生のヒーローの活躍を知る機会は滅多に無い。チャンスを不意にする気にはなれなかった。

何とか立ち上がれるまでに回復出来た様なので頑張って立ち上がる。うっ…ちょいフラフラする。

 

 

「もう少しすれば、自然回復します。大丈夫です」

「そ、そうですか?無理はしないで下さいねっ、ヒーロー業務は危険がいっぱいですから」

「大丈夫よ。このボク、ライガーの特訓に耐えれるくらいには丈夫だから…肉壁位にはなるわ」

「にくかべっ…!?」

「うわっ…惨いっすね、姐さん」

「冗談よ」

「冗談に聞こえませんよ…。

ははっ、とにかく無理は禁物。何かあったら優先的に下がらせますからね」

「わかりました」

 

 

平然と恐ろしい事を口にするチジュさん。ダウナー気味で表情の変化に乏しいせいも有ってか洒落にならない。

 

 

…いや、洒落だよな?

 

 

────────────────

 

 

東京都保須市。東京23区から西へ走った県境にある商業都市。中心部のオフィスビル群と郊外に残された豊かな自然が混在しているこの街は、不思議と調和が取れていた。都心の様な華々しく喧騒と活気に溢れた街並みとは違い、緩やかで落ち着いた雰囲気が流れている。

ヒーロー事務所も多く点在し、治安も良く、以前には住みやすい街としてバラエティ番組で紹介された事も有った。

 

 

「へぇ~あの娘さん波紋戦士になるんですね」

「あれ?レイスさんは波紋法をご存じなんですか?」

「えぇ、僕の世界にもジョジョ有りましたから…」

「彼女、本来の“個性”の方はマスターハンドみたいなのを操るんですが…あれ?よく考えたら波紋との食い合わせがいいな、これ?」

「物体の召喚ですか…。なんだか幽波紋(スタンド)みたいですね」

「あぁ、それ俺も思いました」

「懐かしいなぁ…私はペットショップがお気に入りでしたね。何というか職人気質な感じが好きです」

「職人て…必殺仕事人じゃないですか…全然カタギじゃ無いです」

「はははは…」

 

 

そんなに街中を穏やかな世間話をしながらパトロールして回る。

爽やかに笑うレイスさん。イケメンだ。顔見えないけど多分イケメンだ。

色々試してみたが、この人きっと俺と同じ世界から来てる。古いネタが多いが話が通じるし、感性も似ている。

 

 

「随時楽しそうね…。除け者にされちゃって、お姉さんさみしいわ…」

 

 

少し前を歩くチジュさんが不満そうに声を掛けてきた。チジュさんはエヴァネタを知ってはいたものの、他の人から教えられた物らしく、話が通じない場面が多々見られる。

 

 

「そう言えば姐さんは完全に異世界から流れて来てましたね」

「えぇ、火星からやって来た宇宙怪獣相手にアサルトライフル乱射して突撃するような世界だったわね。アレに比べたら本当にここは平和よ」

「うわぁ…なにそれこわい…」

 

 

頭の中でグロテスクな容姿の名状し難い生物が人を喰らう魑魅魍魎とした世界を想像して思わず引いた。

 

 

「……でも、昔の話よ。

今は御飯も美味しいし、安心して眠れるベッドがあるし、怪我や病気になっても治療が受けられる。

本当に幸せな世界よ…」

「チジュさん…意外と壮絶な人生送って来たんですね」

「転生者なんてそんなモンよ。大小の差はあれど、前世を往生できなかった人間ほど、二度目の人生を歩むのよ」

「……なんだか、戦後の話をするおばーちゃんみたいですね」

「ちょっとレイス~?これでもお姉さん20代なのよ?おばーちゃん呼ばわりは失礼だと思わなぁい?」

「ね、姐さんっ!アイアンクローはやめてーっ!」

「お黙りなさいっ!女性に年齢と体重とスリーサイズの話は禁忌(タブー)よ!」

「ぎゃーっ!」

 

 

そう言いながらじゃれ合い始める二名。あの…置いてけぼりにしないでください。

 

 

「…あぁ、そうだっ!パトロールで注意することってありますか?」

「えぇっ!?注意点ですか?」

「……そうね。じゃあ、基本的な事から話しましょうか?」

 

 

俺の質問が意外だったらしく、驚いてみせるレイスさん。対してチジュさんは少し考えて、そのように話を切り返した。

 

 

「まず服装は基本戦闘服ね。知名度にもよるけど、ヒーロー戦闘服は自身の身分証明でもあるの。要は「私がパトロールに来たっ!」ってアピールする事が大切ね」

「それはなんとなく判りますね」

「次に手荷物ね…まぁ正直、警察や自警団(ヴィジランテ)と同じなのだけれど。

まず、一つ目は連絡手段の確保。携帯電話やGPS端末…兎に角、何かしらの自分の情報を知らせられる道具。応援や救急、場合によっては反対に本部から情報を仕入れる事も必要になるでしょう。

次に記録道具。何だったら手帳とペンでも構わないわ。これは危険箇所を見つけた場合や事件現場に遭遇した際に現場の情報を記録するための物、ついでにカメラも持ってれば便利ね。ただ、現場の捜査権は警察にあるから、見たまましか記録出来ないのだけど…」

「危険箇所って言うのは?」

「そのままの意味です。

例えば、「あそこの曲がり角は交通事故が起きやすいからカーブミラーの設置や注意喚起」を警察に申請したり、「公共設備に老朽化を発見したら」然るべき会社に連絡。以前に高圧線が切れかかってるのを偶然見つけたときは、少しビックリしましたね。

後、道端に落書きを見つけたら、それも必ず通報すること。『割れ窓(ブロークンウインドウズ)理論』って言って、落書きや割れ窓の放置は「此処が無法地帯である」って印象を生んで、犯罪を誘発しやすくなります」

「ふむふむ…なるほど、メモメモ…っと」

 

 

いや、流石はチジュさん。略して、さすチジュ。レイスさんにも感謝。

勉強になるな…。

 

 

「って!既にメモ帳持ってきてるぅっ!?」

「うぇい!?」

「…あら、ホントね」

「だ、だって勉学に励む学生の嗜みですし…」

「偉いわね…じゃあ、続けるわ。

と言っても後はついでのような物よ。夜間用の懐中電灯、緊急手当用の救急道具、非常事態の警告用防犯ブザー…手荷物については以上よ。

あぁ、あと武器の類は、片手が塞がった状態だと事態の対処に後れを取る場合があるから、極力ホルスターにしまうこと」

「なる程…」

「続けるわよ。パトロールの目的は出来る限り明確な方が良いわ。子供の通学路の見守り、空き巣の注意喚起、引ったくりやひき逃げの防止、夜道での通り魔探索。時間帯やパトロールルートも大きく異なるわ。

次にパトロール人数。これは最低2人以上、出来るなら4・5人のグループで回るのが理想ね」

「えっ!?ヒーローって割と単独でパトロールしてません?」

「そうなのよね…それが問題なの。ヒーローって職業は人気商売でもあるから、横の繋がりって維持しにくいのよ…。単独行動だからこそヒーローでもあるけれどもね。

でも、チームアップしてパトロールするのはかなり有効よ。複数人の目で観察すれば危険箇所の発見率は上がるし、敵との戦闘でも連携を図り有利に進められるし、いざとなったら一人を逃がして応援を呼んで貰う事も出来るわ」

 

 

そんな話をしていると、遠くの方でサラリーマンのおじさんが手を振っているのを見つけた。それに返すようにチジュさんとレイスさんは手を振り、倣うように手を振った。

 

 

「他には…そうね、事前準備になるのだけれど、情報をしっかり頭に入れておくこと。迷子の人の道案内の為に近隣の主要施設や避難場所は把握していた方が良いし、警察から出されている犯罪情報をしっかり把握し、注意すること。

……一先ずはこんな物かしらね?」

「ありがとうございます、チジュさん」

 

「いけませんよ、姐さん。姐さんは一つ、大事なことを忘れています」

 

 

チジュさんのパーフェクトパトロール教室が終わったかと思いきや、レイスさんが異を唱えた。やけに得意気な声色で、「まだまだだね」とか言い出しそうな勢いだった。

 

 

「あら?生意気言ってくれるじゃ無い?」

「レイスさん?その足りない物って何ですか?」

 

「それはですね…「明るく元気に挨拶をする」事です」

 

「…はい?」

「あぁ、成る程ね」

 

「ジャックくんはイマイチ解って無いようですね…。説明しましょうっ!

実は空き巣等の犯罪予備軍の皆さんが、それを躊躇った理由には「人から声を掛けられた」と言うのがあります。これは、周囲に「貴方を見ていますよ」と印象を与えて、その人の警戒心を強めます。すると、今日は拙いと判断して計画を見送らせるきっかけになります。

更には地域住民とのコミュニケーションのきっかけになります。我々は周囲の皆さんに認められて、初めて一人前のヒーローです。あいさつは皆と仲良くなるための第一歩なんですよ!」

 

「な…なるほど……」

 

 

つまりは「あいさつの魔法。」って事だな。

 

あいさつするたびともだちふえるね。

 

 

「……んっ!?」

 

「…?どうしたんですか、レイスさん?」

 

 

ふと、隣に立つレイスさんが空を見上げる。

 

 

「姐さんっ!怪我人1名っ!」

「場所は?」

「距離凡そ800m!」

 

 

そう言いながらレイスさんは人差し指を立てる。指先から火の玉が現れて、フワリと飛んでいく。

 

 

「ボクっ!!仕事よっ!

お姉さんに着いてきなさいっ!!」

「は、はいっ!」

 

「お気を付けて!僕も応援を呼んですぐに駆けつけます!」

 

 

チジュさんが手から糸を出すと、それを使ってワイヤーアクションに空中を飛んで火の玉を追う。

俺はそれを追って走りだした。

 

チジュさんのスピードは速い。最高速度は俺の〈エアスラスター〉程で無いにしても、持続力を考慮したならば比べものにならない位に優れている。

張り合おうにも、今回は一般市民のいる市街地だ。無闇に暴風を吹かせたり、「ストリングガントレット」のワイヤーアンカーで壁を穴ボコにするわけにも行かない。…意外と使用幅狭いな。

故に“もう一つの個性”を使う。全身に力を浸透させ、体が熱を持つ。全身の筋肉が強化され、走力が跳ね上がる。足並みを併せるように感覚を強化する。視覚・聴覚からより多くの情報が得られ、体感時間が少し遅くなる。

先を行く彼女を追うと、狭い裏路地へと入っていった。

 

 

「臭いがしてきたわね…。もう直ぐよ、心構えはしておいて頂戴」

 

 

現場が近いのだろか、チジュさんがその様に指示を飛ばす。そのまま地上に降りてくると、周囲を警戒しながら迅速に路地裏を駆け出す。俺はその後を着いて走る。

 

 

「っ!!これはっ!」

「…やられてるわね」

 

 

目の前には倒れた人。厭に鼻につく鉄の臭い。薄暗くて分からないが倒れた人の傍には水溜まりが広がっていた。

いや、誤魔化しきれない。あれは『血』だ。『人が血を流して倒れている』のだ。

思わず口元を手で覆った。何でかは分からない。多分、生理的嫌悪感と恐怖心からか。

 

 

「…ふむ…」

「……い、生きてますか?」

 

 

チジュさんは躊躇うこと無く、倒れた人の傍に歩み寄る。

それを俺は三歩後ろから覗き込む。そして気付いた。その人は『ヒーロー』でしかも『女性』だった。

 

 

「…失血が酷いわ。急ぎ手当てしないと…。ボクっ!治療道具っ!あるだけ出してっ!」

「っ!?は、はいっ!」

 

 

心臓が喧しい程に騒ぎ立てる。息が詰まる。しかし、状況は待ったりしない。チジュさんに指示され、慌てて“ポケット”から救急道具を取り出す。

「消毒用エタノールスプレー」「除菌ジェルボトル」「ガーゼボックス」「脱脂綿」「テープ包帯」「ランセットセット」「ソーイングセット」「ハサミ」「ピンセット」「瞬間冷却パック」「簡易吸引器」「小型酸素ボンベ」「止血用シート&スプレー」「三角巾」

…必要になると考えて、思い付くだけ用意していたサポートアイテムが妙に心細く感じた。

 

 

「…あの、これは麻酔の代わりになりませんか?」

 

 

そう言って取り出したのは「ダーツ型麻酔針」。ダーツに装着されたアンプルには成分量が記載されている。筋肉弛緩剤なのか睡眠薬なのか鎮痛剤なのかは、悲しいかな知識不足で分からないが、でも、もし、少しでも使えるのなら…。

 

 

「素人が医療目的で麻酔打つのは危険よ。止めておきなさい。

それよりこっちに来て、体仰向けにするの手伝って」

「…はい」

 

 

チジュさんの反対側に回り、目の前の女性を優しく転がす。

ヘルメットを外され露わになった顔は生気が無く、腹部が赤く染まっていた。

一段と胸の辺りがざわついた。

 

黙々とチジュさんが女性の上着にハサミを入れて剝ぎ取り、上半身をブラジャー姿に変える。

その事実以上に、俺には鋭利な刃物で斬られたらしい腹部の傷から目が離せなかった。

本当は目を背けてしまいたいのに、それを出来ない。矛盾した感情がせめぎ合って、ぐるぐると頭の中で巡った。

 

 

「…ここまでで良いわ。ボクは周囲の警戒を…時期に援軍も来るわ」

「ですが…」

「医療資格が無いなら、ここから先はNGよ。それにいつまでも彼女の肌を男に晒し続ける訳にも行かないわ」

 

 

その言葉で、ハッと我に返る。

よくよく考えたら、彼女を襲った襲撃者がまだ居るかも知れないのに、微塵も警戒していなかった。

 

 

「……っ!失礼しました…」

 

 

俺は立ち上がりチジュさんの背後に回る。そして背を向け、後方を警戒するように立った。

周囲を観察しだして、ふと気付く。周囲に光る、細い銀の線。恐らくセンサーだ。チジュさんが周囲にバラ播いた蜘蛛の糸。振動を感知し、侵入者を知らせる警報装置。

 

 

「……来てる。ボクの方向から三人」

「……っ」

 

 

チジュさんがそう声を掛けてくる。

恐らくは応援だろう。しかし、万が一に(ヴィラン)だった場合に備えて、拳を構える。

深呼吸。精神を整えようとして行った、それ。また、血の臭いが鼻についた。心音は鳴り止まない。

 

…戦えるのか?こんな状態で?

 

 

「ジャックくん!大丈夫!?」

 

 

目の前に現れたの白い和装。レイステイカーさんだった。大急ぎで来てくれたのだろう、大きく空気を吸い呼吸を整えていた。

 

 

「けが人はっ!?」

「っ!!?」

「大入くん!!?」

 

 

後を追うように現れたのはブルーのタイツスーツに、魚類のヒレを取り付けたヘルメット。水を巧みに操るヒーロー『マニュアル』。

そして、恵まれた体格に白いアーマータイプのコスチューム『飯田天哉』だった。

 

幸い、俺が仮面を外していたお陰だろう。あちらは直ぐに俺に気付いたらしい。

声を上げられないほどに緊張していて、助かった。うっかり飯田君だと口にしてしまうところだった。

 

 

「大丈夫か?顔色が悪いぞ…」

 

 

飯田君が自身のヘルメットを外しながら声を掛けてくる。

彼に指摘されて気付いた。握った拳が震えていた。

 

…そっか、そんなにショックを受けていたのか…。

 

 

「……容態は?」

「トリアージは赤。油断は出来ないわ。

でも、平気…私が居るわ」

 

 

マニュアルさんが確認を取る。

チジュさんが針と糸で縫合作業をしているらしい。

 

 

「いったい誰がこんな酷いことを…」

 

 

その様子を見て飯田君がそう声を漏らした。

今更になってその疑問に気付く。しかし、既に答に当たりは付いていた。

直に怪我の容態を見た俺には分かる。鋭利な刃物で一直線に斬られた痕。あれは長い得物でないと綺麗に傷痕は出来ない。それこそ刀の様なものでなければ。

 

 

「………英雄(ヒーロー)殺しです」

 

 

レイスさんが疑問に答える。

 

 

「英雄殺し『ステイン』。奴が犯人です」

 

 

真剣な声色で、彼は犯人の名を告げた。

 

 

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