「いやー、それにしても一歩遅かったね。まさか、僕らが現地入りするよりも先に、あの『ヒーロー殺し』がまた事件を起こしたなんてね?」
「……ああ、そうだな」
「だけれど…保須市と言ってもかなり広いよ?こんな広大な捜索範囲で、簡単にあの神出鬼没な殺人鬼を補足する事なんて出来るのかなぁ?」
エンデヴァー率いるエンデヴァー事務所の面々とその研修生の轟と物間は市内のホテルに宿泊していた。
彼等はステインを捕縛すべく、この保須市に赴いたのだった。
しかし彼等が辿り着いたのは、職場体験初日の夕方。その日の昼に件の凶悪犯罪者が第二の事件を起こした後だった。ヒーローを支援する『ヒーローネットワーク』からその情報がもたらされた時には既に後の祭。粘り強く市内を捜索したが犯罪者の影を掴むことは叶わなかった。
その際エンデヴァーが浮かべた苦虫を噛みつぶしたような顔が実に印象的だった。
「……ところで、何してんだ?」
「練習。…特に威力の収束に重点をおいてるね」
市内を歩き回り、少しばかり積もった疲労感をホテル備え付けのシャワーで洗い流すと、物間は轟から“
テーブルの上に洗面器を置き、その中に小さな氷山を作る。その氷山を左手でなぞり、再度右手でなぞる、その動作に合わせて氷山は自由に形を変える。
物間が挑戦しているのは氷像作りだった。
放熱も冷却も彼の指のみに集中、かつ高い水準で保持して、目の前の氷像を加工する。人形造形師がパテを盛るように氷結で増やし、研磨して形を整えるように炎熱で溶かして減らす。その動作を反復して何度も繰り返し、重ねて、氷像を作り上げる。
「……巧いもんだな」
「…君もやってみたら?最も君なら氷だけで同じ物が作れそうな気がするけど?」
氷山が翼を広げた大鷲の氷像に変化していくのを眺めながら、轟が感嘆の念を抱く。それ程、物間の美的感性は優れていた。
物間は興が乗ってきたらしく、目の前の氷像に手を加えていく。羽毛の質感を再現する切り込みを入れているようだ。
「僕の場合、こういう小細工で勝負するしか無いからさ…」
物間の“コピー”は熟練度のみならず、肉体的な適正も反映されない。
その性質が物間の“個性”に二重に制限を掛ける。だからこそ、物間は小さな時間の合間を縫って、技量向上を図っていた。
職場体験中、物間は轟と行動を共にする場面が増える。つまり“半冷半燃”こそが物間の
「……ごめん時間切れた。もう一回延長させて…って、おお、綺麗な立方体…」
制限時間が切れた物間がもう一度“個性”を借りようと顔を上げて轟に声を掛ける。
すると轟が物間の見よう見まねで氷像作りに挑戦していた。轟が手始めに作り始めたのは土台となる氷塊。普段より丁寧に、より繊細に作った氷のブロックは、その断面が滑らかな平面、更には向こう側が透き通るほどに透明で不純物の排された綺麗な氷だった。もしここに大入がいれば「すっごく、いい氷!かき氷にしようぜっ!」と言うだろうなと、物間は内心馬鹿なことを想像した。
「………なぁ」
「ん~?」
二人揃って黙々と氷像作りにのめり込んでいく内にどれくらい時間が過ぎただろうか。突然轟が物間の事を呼んだ。
「あの
物間の氷像の翼がひび割れて、ゴトリと落ちた。
──「エンデヴァー、質問してもいいですか?」
──「どうした、物間くん?」
──「何故、僕を指定してくれたのですか?」
──「何故…とは?」
──「僕を指名してくれたのは感謝しています。しかし、実力面を見るならば、僕はお世辞にも優れているとは言えません。
実際に先日の雄英体育祭で、僕は第二種目敗退。そんな僕の何処を見初めたのですか?」
──「……確かに君の力はまだまだ発展途上と言わざるを得ない。それこそ、実力面に重点を置いたなら、他の生徒を指名しただろう。
例えば、一位の爆豪くん。派手な“個性”に圧倒的な戦闘力。しかし、あの粗暴で凶暴な振る舞い…ヒーローにあるまじき行為だ。故に相応しくない」
──「では二位の大入は?彼は御子息様を直接下している。実力は申し分無かったのでは?」
──「…そうだな。格闘センス・開発技術・戦術構築・武器の操作能力・メンタル面…どれを取っても一級品と言っても申し分の無い、優秀な生徒だな。少々道化が過ぎるのが玉に瑕では有るが…まぁ、合格だ」
──「では…」
──「だが、彼は駄目だ」
──「え?」
──「彼はウチに
──「…どういう…意味ですか…?」
──「……?…!……ほう…なる程。君は
──「何…を…」
──「いや、いい。君が
それより、君を選んだ理由だったな?…それこそ君が敗退した騎馬戦こそ決め手だ。
フィールドを把握して適切な指示を下せる指揮能力。終盤、君は場から手に入れた“
──「……」
──「ウチは優秀なヒーローも多い。学べることは非常に多いぞ……」
思い出したのは今日の昼の事。この保須市に向けて移動している最中、ふと気になった疑問を投げかけた事からだった。
雄英生徒の職場体験のオファー。あのエンデヴァーから見ても、大入は優秀な人材であった。しかし、エンデヴァーは大入を選ばずに物間を選んだのだ。
大入を拒否した理由は「彼は相応しくない」からだと言っていた。その言葉が、どうにも物間の心にシコリを残した。
「……」
無言で折れた翼を氷結で継ぎ直すと、物間は再び作業に没頭する。
「……それにしてもおかしな話だ。クソ親父なら使える人材は早々に確保するだろうに…」
「……」
野心家であるエンデヴァーの事を考えれば、純粋に戦力増強が見込める爆豪。更にエンターテインメント性も兼ね備えた大入という選択肢は普通にあり得る話だった。
(どういう…意味だ…?)
あの時の言葉を反芻する。
──「……ほう…なる程。君は知らないのか…」
──「いや、いい。君が知る必要の無いことだ」
(エンデヴァーが知っていること…。僕が知る必要の無いこと…。
話からして…大入に理由があるって事だよな?)
物間は自分の相方の事を考える。
真面目で不真面目で勤勉で不謹慎…。時に自由自在に立ち回る、あの道化師。
(大入…。君には…何かあるのかい……?)
物間の疑問に答えを返せる者はこの場には居なかった。
────────────────
「ここは
えーっと…『簡単に説明すれば「呼吸」には「血液」が関わっている!「血液」は「酸素」を肺から運ぶからだ!そして「血液」中の「酸素」は「体細胞」に関わっている!「体細胞」イコール「肉体」!!
つまり!水に波紋を起こすように呼吸法によって「肉体」に波紋を起こしエネルギーを作り出すッ!』」
──コーォォォ……
「……途中から話が飛躍してません (•́ω•̀ ٥)?」
「呼吸乱れてるぞ。ショタ神が言ってたリズムを意識して。
……呼吸方法は多くの格闘技、武術でも重要視されていることだ。当然、仙道…仙人に成るための修行の事な。とにかくそれに通じてる“波紋法”にも言えることだ……」
──コオォォォ……
「……はい… (´・ω・`)」
「『丹田呼吸法』って言うのがある。
所謂お臍の数センチ下にある丹田って言う部分に呼吸を意識する呼吸法と言われているけど…あれだって少林寺拳法のルーツを汲んでいる。その拳法だって『禅』…つまりは仏教に密接な関わりを持っている」
──コオォォォ……
「……あれって実在するんですね…初めて知りました (๑´Д`ก)」
「多くの格闘系漫画でもこの手の話は使われているからな…。
健康のために行われている『ヨガ』なんかにも同じ事が言える。
正しい呼吸法が交感神経・副交感神経を刺激したり、血液循環を促進、内臓機能の活性化を促す…。これも実はインド発祥で、武術や宗教に繋がりがあったりする」
──コオォォォ……
「……おにーさん、博識ですね (•́ω•̀ ٥)」
「…と言っても雑学の範疇だよ。ネットや図書館で、それっぽい知識は知ることが出来るよ。
精々、俺が実践できるのは空手と合気道の呼吸法くらいだな」
──コオォォォ……
「……充分だと思うのは私だけでしょうか (•́ω•̀ ٥)?」
「普通の人が正しい呼吸法を実践するだけでも、体内機能が促進されるんだ。
ましてや僕ロリの“波紋法”なら+αの恩恵が得られるぞ?」
職場体験二日目、午前中。ネイチャーカンパニーのプロヒーローの面々は捜査協力やら会議やら雑務やらで時間の都合が着かなくなった。
仕方ないので俺と僕ロリはトレーニングルームで自主練に励んでいた。
流石に二人きりで放置というわけにもいかないから、監督役に一人残っているのだが…その役のグレイトライガーさんは隅っこで昼寝をしている。オイ、ヒーロー仕事しろ。
至極残念な事に僕ロリは『ジョジョの奇妙な冒険』を…波紋法を知らない。
一先ず俺が前世の記憶を総動員して“波紋法”について伝え、現代の格闘技における鍛練法を織り交ぜて、認識して貰う。
後はその感覚を本人に自覚して貰うことだ。
「+α…って何ですか (´ーωー)?」
「……そうだな。んじゃ、試してみるか?
ちょい待ってて…」
そう僕ロリに告げると、俺は一度トレーニングルームから出る。5分くらいで必要な物を用意すると再び戻ってきた。
「じゃあ、これ持ってくれる?」
「…る、るねっさ~んす ( ¯−¯٥)?」
「そういうネタはいいから」
俺が差し出したのは一つのワイングラス。それに社員食堂の厨房から分けて貰った調理用の安価なワインを注ぎ、僕ロリの右手に持たせる。
「もう一回“波紋”を出して」
「…はあ、分かりました ( ¯−¯٥)」
「波紋が肉体的全体を流れるのを意識出来る?」
「…大丈夫です ( ー̀ωー́ )」
「そのまま意識を右手にも向けて。そのワイングラスも自分の身体の一部で有るように意識して。…少しづつ…少しづつだよ」
「こう…ですか (´ω`;)?」
そのまま俺は僕ロリの斜め後ろに回り込む。そこで俺は“もう一つの個性”を使った。
「わっ Σ(,,ºΔº,,*)!?」
「大丈夫、そのまま落ち着いて集中」
僕ロリが驚いた声を上げる。突如グラス内のワインが激しく波紋を作り、波を起こした。
それを見届けると俺は僕ロリの周囲をゆっくり歩いて一周する。
「…波が…おにーさんの後を追っている (º ロ º๑)?」
気付いたようだな…。
「波紋は手足等の末端部分から体外に放出出来る。
この性質を利用して、触れた箇所から物質に波紋を流し込む事が出来る。
今やって貰ってるのは、それの応用技…波紋が持つ生命エネルギーが、他の生物が持つ生命エネルギーと共鳴する事でワインが激しく波打つ。居場所を教える!
これが波紋の応用技の〈ワイン探知機〉!」
「……何故にワイン (•́ε•̀;ก) ?」
「そういうものだからだ」
現在の僕ロリの波紋でも感知しやすいように、俺自身の生命力を強化した。そうしなければ〈ワイン探知機〉が反応しないからだ。
僕ロリの波紋は未熟で、探知機の精度はまだ低い。
その証拠に俺よりもタフネス…生命力に溢れたライガーさんに探知機が反応できていない…。これからも鍛練が必要だった。
「じゃあ次だ」
僕ロリからワイングラスを受け取ると今度は「コーラ」を取り出す。この御次世には珍しい、瓶のタイプでしかも王冠が着いてる奴だ。
「ここを…こう。角度はこうな」
「…?……はい… ( ¯−¯٥)?」
僕ロリにそのコーラの瓶を持たせると、手を取り角度と向きを調整する。
標的は…語るまでもない。
「こんなもんかな?よしっ!僕ロリっ!波紋を流してみろ。
今度は瞬間的に!最大出力でだ!」
「…はい ( ¯−¯٥)」
困惑するものの言われるがままに波紋を生み出す僕ロリ。するとコーラの瓶がガタガタと振るえだした。
きたきた…。
──ドン!
「わきゃあっ Σ(ŎдŎ|||)ノノ!?」
波紋を流されて行き場を失ったコーラが瓶の飲み口に圧をかける。
その圧力に耐えきれなくなった王冠がシャンパンのコルクの様に景気よく弾け飛んだ。
そしてぶっ飛んだ王冠は…
「んがぁ!?痛え!?」
眠りこけるライガーさんにクリーンヒットする。
「実は波紋って水や油への伝播率が非常に高い。
その性質を利用して、コーラを波紋で活性・増幅させて、ペットボトルロケットの様に高圧噴射させる技…〈波紋コーラ〉!凄いだろう!」
「ちょっとぉ ∑( ◦д⊙)‼」
不可抗力の粗相に慌てた様子の僕ロリ。
「…イタタ……。君の仕業か…ジャックくん」
「そうです。おはようございますライガーさん」
「…あぁ、おはようさん」
ライガーさんが頭を摩りながらノソリと起き上がる。波紋コーラ食らったせいで機嫌が少し悪そうだ。
「そろそろ俺の稽古もお願いします!」
「……生憎だが、今は少々機嫌が悪い。手荒になるが構わないかな?」
「望むところです!」
そして俺は訓練の為にグレイトライガーに挑みかかった。
その30分後、無残な敗北を記す事と成った。
「よし!まぁ…こんなもんだろ!んじゃそろそろ昼飯買ってくるわ!」
そう言いながらトレーニングルームを去るライガーさん。俺はまともに立ち回ることすら出来なかった…。
「オノレェ…ライガーさん。あんな隠し球まで持っているとは………ガクリ」
「ちょっ!? おにーさぁんっ(இдஇ; )!」
────────────────
辺鄙な廃ビル街の一角。そこに店を構える隠れ家風のバー。
煉瓦造りの壁、板張りの床、簡素な作りのイスの並べられたカウンターテーブル、カウンター後ろの戸棚にはメジャーな物からマイナーな物まで多種多様なアルコールが所狭しと並べられている。少しばかり薄暗く設定された橙色の照明は、ゆったりとした時間の流れを作り出し、落ち着いた雰囲気を醸し出す。
これに優雅なジャズピアノでも流して、カクテルドリンクのグラスでも呷れば、日常の忙しさから逃避し、日々の疲れを癒やす憩いの場としてひっそりと評判が得られるだろう。
そんな場所に場違いな人間が居る。
目元を隠す覆面、赤い頸巻き、全身に携帯した大小様々な刃物。そして全身に抑えきれないほどに血の臭いと殺気を纏った男、ヒーロー殺しステイン。
「なるほどなァ…。お前達が雄英襲撃犯…」
「あぁ、そうさ『ヒーロー殺し』。俺達が『ヴィラン連合』さ……」
殺人鬼の目の前に座るのは、一人の少年。細身の貧相に見える身体、左手の形をした装飾品を仮面のように取り付けているのが何より目立つ特徴だった。
少年の名は『死柄木弔』。ヴィラン連合の元締めであり、社会に爪弾きにされた現代の歪みであった。
「要件は
その一団に俺も加われと?」
「ああ頼むよ。悪党の大先輩?」
ニタニタとした笑みで交渉に移る死柄木。対してステインはそれを訝しげに見ていた。
「………目的は何だ?」
ステインが真っ先に問いただしたかった事。
「この犯罪集団に大儀はあるか?」
彼が一番興味あることだった。
何せヒーロー養成の最高峰、あの『オールマイト』を世に送り出した名門中の名門、『雄英高校』を襲撃して見せたのだ。
「そうだなァ…。
とりあえずはオールマイトをブッ殺したい。気に入らないものは全部壊したいな…。
こういう…糞餓鬼とかもさ…全部」
気怠そうに死柄木はステインの問いに答える。答えながら、手にした写真を前に突き出した。
写真には先日雄英体育で隠し撮りされたヒーロー科の選手が写されていた。
それを見た瞬間、殺人鬼の目の色が変わった。
「…興味を持った俺が浅はかだった…。
おまえは……ハァ…俺が最も嫌悪する人種だ」
「…はあ?」
剣呑とした視線に侮蔑の色が混ざる。怒気と殺気が膨れ上がる。ステインが感情を昂ぶらせて目の前の小僧を睨んでいた。
何が殺人鬼の琴線触れたのか全く理解出来ていない死柄木は呆けて間抜けな声を上げる。
「子供の癇癪に付き合えと?
ハ……ハァ…信念なき殺意に何の意義がある」
ステインが両脇に携えた厚身の刃物をゆっくりと引き抜く。神経を研ぎ澄まし、戦いへと意識を切り替える。
「先生…止めなくて良いのですか!?」
元々、ステインを招き入れたのは戦力増強の為だけでは無い。
破壊衝動ばかりが膨れ上がっていた死柄木弔。その殻を破り、更なる成長を促す為に招いたのだ。
しかし、この状態は危険だ。今にもこの殺人鬼は死柄木に斬り掛かりそうな勢いである。
『これでいい!』
すると、部屋の奥に煌々と光るモニターから音声が流れる。
モニター越しの『先生』と呼ばれた男は、死柄木を見初め、自身の後継者として育てることに決めた張本人でもある。
『答えを教えるだけじゃ意味がない。至らぬ点を自身に考えさせる!成長を促す!
…「教育」とはそういうものだ』
この男も所謂裏社会の住人であり、昔は数多くの部下を従え、この国を秘密裏に牛耳っていた。
しかし、長きに渡るヒーロー達との抗争の末、引退を免れないほどの重症を負ったことから、現在では隠居の身となっていた。
『そんなことより黒霧。キミは自身の身を案じるべきだ』
「…はい?」
次の瞬間、薄暗い部屋に銀色の軌跡が一条走った。
「…ぐっ!!?」
ステインが刃物を抜いた…と思った瞬間だった。彼の右手に持っていた厚身のナイフは手中を離れ、黒霧へと飛来する。
視線を向けることすら無く、投げつけられた飛び道具。警戒を怠った黒霧は反応が遅れた。彼は反応することすら許されずに左肩を裂かれた。鮮血を散らし、血濡れたナイフがそのまま後ろの戸棚に突き刺さった。
「…っ!?黒ぎ…!!」
咄嗟の事に死柄木は思わず黒霧に声を掛ける。その声は発しきる事叶わずに呑み込まれる。
ステインが死柄木に向けて前進。その首筋目掛けて、左手に持った凶刃を薙ぎ払う。
身を仰け反らせるように回避したところに、切り返すように第二刃が迫る。
「死柄木弔ぁ!!」
先生から死柄木を任されている黒霧は彼の身を守るために動き出す。
自身の身体の黒い靄を引き伸ばし、ステインと死柄木の間に割り込むようにゲートを開く。
その動きを見て、死柄木は合わせた。目の前の黒い靄に向け、死柄木は体勢が戻りきっていないのを無視して、右手を伸ばす。右手がゲートを通過して、ステインの死角から必殺の一撃が放たれた。
咄嗟の連携。これだけで死柄木と黒霧の間に確かな仲間意識が窺えた。
しかし、ステインはそれの上を行く。
ステインは黒い靄を見た瞬間、素早く身を翻す。ゲートを抜けて繰り出された死柄木の一撃は物の見事に空振りさせられた。それを脇目にステインは黒霧を封じようとナイフ片手に躍り掛かった。
黒霧は迎撃に入る。前面にゲートを広げ、防御体勢。更にはステインの死角にゲートを繋ぎ、カウンターを狙った。しかし、黒霧の予測は外れることになる。ステインは黒霧の脇を擦り抜けると戸棚に埋まったナイフを回収し、刃に滴る血を舐めたのだ。
──ゾァッ!!
「っ!!!」
急激に黒霧の全身に悪寒が走る。筋肉が弛緩し、立つことさえままならず、膝から崩れ落ちる。必死の思いでテーブルに縋り付く様にその身を支えた。
ステインがテーブルから飛び降りると、体勢の戻りきっていない死柄木の左肩を踏み付ける。
そして地に伏せた死柄木にステインは容赦なく、手にした双刃を突き立てた。
「がっ!あぁぁああぁぁっ!!?」
死柄木の咽から悲鳴が吐き出される。ナイフ1本が右肩を貫通し、激しい痛みと焼けるような熱を脳に送り続ける。ステインが右手に持つナイフは死柄木の左側の首筋…頸動脈付近に宛がわれ、今にも首を搔き切る事が出来た。
死合いが始まって僅か一分。生死与奪をステインが掌握した。
「……何を成し遂げるにも信念…想いが要る。
ない者、弱い者が淘汰される。当然だ。
だから
目の前の組み伏せた糞餓鬼に刃を突き立てた。
ヒーロー殺しステインは失望していた。
雄英襲撃犯…その主犯格だと話を聞いて、多少の期待はしたものの、とんだ拍子抜けだ。
目的を聞けば「気に入らないから殺したい。気に入らないから壊したい。何もかも全部が気に入らない」と来たもんだ。呆れ果てて物も言えない。
「ハッハハハ…!いってえええ、強すぎだろ!
おい、黒霧!こいつ帰せ、早くしろ!」
目の前の『死柄木弔』が黒霧にステインを退けるように命令しているようだが…無駄だった。
「身体が動かない…!おそらくヒーロー殺しの“個性”……」
黒霧の“個性”は優秀だ。一見移動手段としての役割が目立つが、攻撃を防ぐだけでは無く、そのままカウンターとして返す力がある。だからこそ、真っ先に潰されたのだった。
「“
ヒーロー殺しステインは確固たる信念の基にヒーローを殺す。しかし、それは自分の信じる正しき社会の為だ。
だからこそ、その社会を乱す者も彼の標的となる。
ステインは右手のナイフに力を込める。そのまま死柄木の首を刎ねるつもりだった。
「ちょっと待て待て…。この掌は……駄目だ」
死柄木が仮面にした掌に刃が触れようとした瞬間だった。
死柄木は怪我をした右手を伸ばし、無造作にその刃を握った。
「殺すぞ」
死柄木の目に殺気が宿った。
同時に死柄木が触れたナイフが腹部分からボロボロと崩れだし、亀裂を走らせる。
ステインは死柄木の豹変を確かに感じ取った。
「口数が多いなァ…信念?んな仰々しいもんないね…。強いて言えばそう…オールマイトだな…。
あんなゴミが祀り上げられてるこの社会を目茶苦茶にブッ潰したいなァとは思っているよ」
何処までも歪に、何処までも禍々しく、不遜に無礼に傲慢に、死柄木は表情を動かす。
破壊衝動と言う原動力で、復讐と言う欲望で、死柄木は笑った。
「───────!!」
死柄木の放った激情がステインに届く。殺人鬼の殺気にも引けを取らない死柄木の衝動が、ステインの拘束を緩ませた。
その隙を突いて死柄木は反撃に出る。しかし、逆襲の一手は空を切り、攻撃を躱したステインは大きく後ろに下がった。
「せっかく前の傷が癒えてきたとこだったのにさ…。こちとら回復キャラがいないんだよ。責任とってくれんのかぁ?」
死柄木がユラリと立ち上がり、構える。死柄木に殺意が膨れ上がる。
この肩の傷、どう落とし前を付けてやろうかと死柄木は算段を立てていた。
やはり、殺そう。そう死柄木は考える。
「それがおまえか…」
「…は?」
突如ステインは構えを解いて、殺意を鎮めた。
「おまえと俺の目的は対極にあるようだ…。だが、『
「ざけんな。帰れ。死ね。“最も嫌悪する人種”なんだろ」
「…真意を試した。
死線を前にして、人は本質を表す。異質だが…“想い”…歪な信念の芽がおまえには宿っている。
………おまえがどう芽吹いていくのか…。始末するのはそれを見届けてからでも、遅くは無いかもな…」
ステインは認めたのだ。死柄木の、彼なりに掲げる強い“想い”。ステインはしかと見定めるべきと考えたのだ。
「始末すんのかよ…。こんなイカレた奴がパーティーメンバーなんて嫌だね俺…」
自分達に凶刃を振りかざすような危険人物を仲間に引き入れたいと考えるだろうか。
常識ある人間ならばまず選ばないだろう。
例に漏れず死柄木はステインを拒否する。また襲われるなんて堪ったものでは無かった。
「死柄木弔。彼が加われば大きな戦力になる。
交渉は成立した!」
折角あの殺人鬼が死柄木を認めたのだ。それを破局させるわけにはいかない。
黒霧は咄嗟に少年を窘めた。
「用件は済んだ!さァ“保須”へ戻せ!
あそこにはまだ成すべき事が残っている!!」
かくして、殺人鬼は舞台に帰る。
より大きな災厄を携えて、かの街を混沌へと叩き落とそうとしていた。
いつもありがとうございます。
突然ですが、今回初めて活動報告をさせて頂きました。
もし宜しかったらご覧になって頂けたらと思います。
蛇足失礼致しました。